ヴォルデモートはダンブルドアとの短い会話を脳内で何度も繰り返しながら人の少ない廊下を歩く。
──あのハリー・ポッターが生き残ったのは母の愛ゆえか。
あの日、俺様はあの女を殺すつもりは無かった、ただあの予言の子さえ死ねば良しとしていた。まぁ抵抗する鬱陶しい男は殺したが。
母が子を想う愛。
その愛ゆえに自分の命を犠牲に子に最大級の防御魔法をかけた──ということか。だからこそ、あの日死の呪文は跳ね返り俺様の身に帰った。そして、護った女は死んだ。
ならば、やはりハリー・ポッターには特別な力は無かったと言うことか。何度も俺様の手から逃れる事が出来たのは運だとでも……?いや、母の防御魔法が発動し続け、何らかしらの加護があるのか?ならば、やはりハリー・ポッターを殺すのは得策ではない。まずはあの女をどうにかしなければならぬ。
名前は何だったか、穢れた血の女など覚えておらんな……。
ハリー・ポッターが生まれる前に殺すという手もあるが、そうした場合未来がどう進むのか不透明だ。別の予言の子が現れ、結局その餓鬼も母の愛だとかいうものに護られるのだろうか。いや──だが──……。
ヴォルデモートはどっぷり思考の海に沈みつつ、足だけは無意識のうちに目的地へと──スリザリン寮へと進んでいた。
しかし、とある空き教室の前を通り過ぎた時、ふと視線を上げ後ろを振り返る。
物音と声が聞こえた。空き教室に忍び込む生徒は少なくは無いが、その声に聞き覚えがありヴォルデモートは足を止めたのだ。
暫く無表情のまま扉を見ていたヴォルデモートは、まぁ夕食時には戻ってくるだろうと考え一度止めていた足をゆっくりと進めた。
──あの声は、ルークか?…他に誰かいた気配があったが。……どうでも良いか。
ホグワーツは卒業まで寮生活が続く閉鎖的な世界である。四年生にもなれば特定の男女はそわそわと落ち着きがなくなり、空き教室──少し頭と運の良い生徒は隠し部屋など──で年頃の男女らしく濃密な時間を共に過ごす。
ヴォルデモートはその容姿と猫被りの優しさゆえに、ホグワーツの中でもかなりの美女に誘われる事もあり、気が向けば誘いに乗っていた。
こんな真っ昼間、そこそこ人が通る空き教室を使用するなど、見回りの教師や監督生に発見でもされれば面倒な事になるのだが、よくもまぁ。とは思ったが、例えルークと名も知らぬ人間の痴情が晒されたところでヴォルデモートは微塵も心が痛まない。
「ああ、トム。いい本はありましたか?」
「いや…やっぱり、禁書棚を探さないとね、図書室にある本は殆ど読んでしまったし」
暖炉の近くにある肘掛け椅子に座り魔法薬学のレポートをしていたアランが談話室に帰ってきたリドルに気付き声をかけた。
ちらりと辺りを見回したリドルは近くにジュードとテオがいないと知ると少し機嫌良く机を挟んだ前の椅子に腰掛け、鞄の中から魔法史の教科書と羊皮紙を取り出した。
「あの数を?──いやはや、勤勉ですねぇ」
ジュードとテオも見習って欲しいです。とアランは小さくため息をついたが、その後は黙って課題に取り組んだ。
2人はジュードとテオのような馬鹿ではなく、ルークのように集中力が切れたりする事はない。すぐに課題を終え、明日からの予習を始め数時間。
窓の外が薄暗くなり談話室の中にうっすらと緑がかった炎がゆらめき室内を照らす。もうそんな時間か、とリドルとアランは同時に顔を上げ壁掛け時計を見た。
「もうこんな時間か…」
「本当ですね。あの2人が居なければ本当に、滞りなく勉強が進みますね」
「いつもの邪魔がないからかな?」
「ふふ…まぁ、あの2人の邪魔がないと何だか物足りないというか、少し寂しい気もしますけどね」
「…寂しい?」
羊皮紙をくるくると丸めていたリドルは手を止め首を傾げる。アランは羽ペンとインク壺を鞄の中に入れながら「ええ」と頷く。
「トムも、そうでしょう?なんだかんだ言ってあなたは2人と1番仲がいいですし」
「……そうかな」
「そうですよ」
ヴォルデモートは将来の目的のために彼らを騙し、誰が見ても友人関係だと伝わるように接している。前回もそうであったが、間違いなく4人はリドルの事を友達だと思っているだろう。その中でテオとジュードは親友だと思っているが、親友、と言葉の意味は知っていても、ヴォルデモートの中にその言葉は存在しない。
親友だけではない。誰かを考え寂しく想う気持ちも、ヴォルデモートの中にはあり得ない感情だ。
──寂しい?この俺様がそんな事を思うものか。仲が良く見えているのは、俺様がわざわざそうしてコイツらを騙しているからだ。
「それにしても、テオとジュードはどうせ校庭で遊んでいるのでしょうけど、ルークはどこに行ったんでしょうね」
アランの少し心配そうな声に、ヴォルデモートは数時間前の事を思い出したが「さあ、知らないな」と呟く。
「大広間でしょうか。──もう夕食の時間が始まってますし、行きませんか?テオとジュードはクィディッチか食べることしか考えていませんし、先に行ったのでしょう」
「うん、そうだね」
アランとルークは行動を共にする事が多い。たまにふらりとどちらかが居なくなる事はあるが、こう長時間離れているのは初めてだった。どこか落ち着きなく足早に扉へと向かうアランに、ヴォルデモートは「これが、寂しい、という気持ちの現れなのか」と彼の表情を観察しながらふと、そんな事を考えた。
リドルとアランは談話室を出て、大広間へ向かう。その時リドルはチラリと数時間前までルークが居ただろう空き教室を見たが、その部屋は静まり返り何の物音もしなかった。
生徒達で賑わう大広間。
2人はスリザリン生が座り美味しい夕食が並べられた机をぐるりと見渡し──僅かに怪訝な顔をした。
「……いませんね」
「そうだね」
もう夕食の時間が始まり半分の時間が過ぎていたがそこにはテオとジュードとルークの姿はなかった。アランはすぐに同級生に3人を見てないかと聞くが、皆不思議そうに首を振った。
リドルは特に気にする事なく何処かで道草でも食っているのか、課題をしてなかった事に教師から苦言でも言われているか、情事後寝てるのだろうと考え、目の前に山のように盛られている魚のソテーを自分の皿に移した。
アランは少し眉を寄せ大広間の扉を見る。
少ししてとりあえずリドルの隣に座りポークチャップを皿に取り分けたが、3人の不在が妙に引っかかり食は進まない。
チラリと隣に座るリドルを見るが、彼はいつもと変わらず食事をし、同級生と数週間後にあるクィディッチの決勝戦について話している。
「──トム、私、探してきます」
ほとんど食べていない食事の手を止め立ち上がったアランは、何か訴えるような視線をリドルに向けた。
その目を見たリドル──いや、ヴォルデモートはほぼ習慣的に無意識でアランの思想を読む。
「──……僕も行くよ」
リドルはフォークとナイフを置くと同じように立ち上がった。途端にアランはほっと目元を緩め「ええ」と頷いた。
アランは、きっとトムも一緒に来てくれるだろう。何せトムは優しくて、私たちは友人なのだから。
──と、考え、リドルがそうする事を微塵も疑っていなかった。
ならば、リドルとして彼らを探しにいかねばならないのは、善良な彼らの友人と偽る自分にとって必要な事だ。
そう、ヴォルデモートは判断し足早に大広間を抜け出し不安げに辺りを見回すアランの背中を見ながら考えた。
──しかし、前回はこやつ、このような事を思っていなかったはずだが。
少々アランの行動に違和感を覚えたが、それでも人を
──これは、俺様が持ち得ない感情だ。そんなもの俺様には必要が無い、前回の俺様はそれを歯牙にも掛けぬ、愚かな感情だと考えていた。……いや、今でもその思考しかないが。
愛やら寂しさやら、……ダンブルドアのいう親愛が、俺様が分からぬのはおそらく、この心の揺れが理解出来ぬからだ。
ならば、よく観察し、理解しよう。
そうすれば、愛の魔法を知るきっかけになるかもしれん。
「…図書館、にはいませんでしたね」
「そうだね。……空き教室で寝てるんじゃない?」
「そう…ですね」
アランは近くにある空き教室を開け、中を見渡し直ぐに閉じ、そのまま近くの空き教室に移動していく。
リドルは彼らを心配しているわけではなかったがさっさと見つけてまだ途中だった食事に戻りたいと思い、一応、アランのように近くの扉を開け中の様子を確認した。
空き教室を探し中を見て回ったが、3人はおろか人影は一切ない。それもそうだろう、今は夕食の時間であり、ホグワーツの全生徒が大広間にいるのだ。
空き教室を確認していた2人は、スリザリン寮近くの廊下に来ていた。そしてそのままリドルが数時間前にルークが居たことを知っている空き教室の扉にアランは手をかけ、そっと中を覗いた。
「──ルーク!」
中を見た瞬間アランは顔色を変え中に飛び込む。
やはりここで寝ていたのか、とリドルはアランに続いて空き教室に入ったが、その先の異質さに扉近くで足を止めた。
「──アラン、動くな」
「っ…トム…」
「わかるだろう、足元を見ろ」
アランはびくりと肩を震わせ部屋の中央に倒れているルーク、テオ、ジュードを悲痛な目で見る。彼らの下には赤黒い液体が広がり、血液独特の強い鉄臭さが鼻を刺す。
リドルは3人を囲むようにして床に書かれている魔法陣を見て、その珍しさに愉しそうに目を細めた。
──ほう、これは古の魔法だな。召喚魔術か……とすると、供物はあの3人か…?……この血は──。
青白い顔をしてピクリとも動かない3人は血に濡れている。いつも冷静で涼しい顔をしているアランは、その表情を崩し顔を白くして胸の前で手を組み見るからに狼狽していた。
「ど、どうしましょう。誰がこんな事を──校長に──いえ、校医に──」
「……いや…」
リドルは魔法陣に触れぬようゆっくりと周りを観察し、部屋の端に押し退けられている机の上にある本や、何かが書き込まれた羊皮紙、床に無造作に落ちている三本の杖を見下ろす。
「その必要はない」
「トム、まさか、3人は──し、死んで…?──」
校医を呼ぶ必要がない、つまり、もう手遅れなのか。確かにどう見ても致死量の血が床に広がり、3人は微塵も動かない。むせ返るような血の濃い匂いに、アランは震える口を押さえ一歩後ろに下がった。
「──
リドルは杖を振り、床に広がる魔法陣や血液を押し流す。大量の水がぶつかり、3人の体は押されるままにごろごろと転がり壁に衝突した。
まるで荷物かゴミを扱うような行動に、アランは小さく悲鳴を上げリドルの忠告を忘れその場を駆け出した。
「ルーク!テオ!ジュード!」
「──う、うう…」
「ん…?つ、冷たっ」
「びちょびちょだぁ……」
大量の水で濡れた3人は、ぶつけた腰や腕を痛そうに摩りながら体を起こした。
「──は。あ、あなたたち…死んでたんじゃ…」
ローブが濡れるのも厭わず、力が抜けたのかその場に膝をつき呆然とするアランに、3人は「は?誰が死んだの?」「馬鹿な事言わないでよ」「課題には殺されるかもな」など口々に言いながら笑う。
リドルは部屋の水を消し、自分の靴にのみ乾燥魔法をかけながら何が何だかわからず困惑しているアランと、ひどく疲れて顔色は悪いがニヤニヤと笑う3人を見た。
「トム…どういう事ですか…?」
「…さっきの魔法陣は、魔法生物に対する召喚魔法だった。…だけど、様々な防御がかかっているホグワーツで召喚魔法は成功しない」
リドルは机の上に置いてあった古い本と羊皮紙をアランに手渡し──手渡されたアランはまだ困惑したままそれを受け取った──そのまま机に腰を下ろす。
「その羊皮紙に書かれている理論は、魔法生物の性質のみを発現させるものだ。性質だけであっても、供物として使われるのは──ドラゴンの血液。3人にかかっていた血、床の魔法陣に使用したものは間違いなくそれだろう。……ドラゴンの血液を媒介に、その血に魔法生物の特性を無理やり付与させた。──テオとジュードには逆立ちしたって不可能だから……」
ちらり、とリドルがルークを見れば、ルークはニヤニヤと笑ったまま大きく頷く。
「そうそう、僕が組み立てた理論だよ!いやあ最近ちょっと色々溜まってたからさぁ」
「いやーいい夢見たわー」
「なんか疲れたけどね」
「つ、つまり…?」
「つまり、僕たちはヴィーラの性質のみを召喚して、まぁ、夢の中で──幻影の中で?──楽しんでたってわけさ」
「いやー楽しかったな!」
「楽しかったけど、やっぱ実物を抱きたいなぁ」
そう、3人は夢の中で絶世の美女とお楽しみ中だったというわけだ。
闇深い純血思想を持つとはいえ彼らは15歳の健康な青年であり。とくにこの年代の男子の性にかける意欲は半端ない。とてつもない。キリがない。
彼らは純血を守るためにそれぞれ許嫁や婚約者がいるが、古風な貴族的思考を持つ一族は婚前交渉を避ける。しかし、だからといって我慢ができるほど彼らは慎ましい性格をしているわけではないのだ。
良い笑顔で言う3人に、アランはぽかんと口を開いていたが何が起こったのか、全て理解した後──アランはふらりと立ち上がりポケットから杖を出し3人に向かって振り下ろした。
「
起き上がっていた3人はビシリと固まり、そのまま仰向けに転がった。
アランは仁王立ちになり目を吊り上げ憤怒の表情で叫ぶ。
「──このお馬鹿さんたち!!どれだけ私とトムが心配したと思っているんですか!だいたいあの論理通りなら誰かが外から壊さなければあなた達は一生!そのままヴィーラの幻影に!惑わされ続けていたのですよ!そもそもあなた達は──」
先ほどのリドルの水魔法のようにとめどなく溢れるアランの説教を聞きつつ、リドルは腕時計を見てもうとっくに夕食の時間が終わっている事に気づくと深いため息をついた。
お久しぶりの更新です。