イヌ子さんのホラ吹き。《あの時の嘘、ほんまやで〜》   作:あきと。

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第五十五話 「エビ作戦とピンチ」

 

 

「なでしこちゃん、これやない?」

 

店先に並ぶ干物の中から、あおいが一枚を指差す。

 

「うん! 下田産極上、地金目鯛の干物!!」

 

なでしこがぱっと顔を輝かせた。

店頭には、綺麗に開かれた魚の干物がずらりと並んでいる。

 

その中でも、赤く艶やかな金目鯛はひときわ目を引いた。

 

「今日はこれを使って、久しぶりのキャンプごはん作るよ!」

 

「おーっ!」

 

ぱちぱちと拍手が起こる。

 

「夜が楽しみですねー」

 

鳥羽先生も嬉しそうに笑う。

 

その時、店内の奥から――。

 

パチパチ、と何かが焼ける音。

同時に、香ばしい匂いがふわりと漂ってきた。

 

「買った干物を店内で焼いて食べられるんですね」

 

「ほんまですねー」

 

「ああいうの、昼からやるのも贅沢でいいですよね」

 

あらたがそう言うと、視線の先には焼きたての干物をつまみに酒を楽しむおじさんの姿。

 

――そして。

 

禁酒二十五日目の鳥羽先生はというと。

 

「……」

 

じっと、その光景を見つめている。

 

一歩。

 

また一歩。

 

吸い寄せられるように前へ出ようとしたその瞬間。

 

ぐいっ。

 

「あの、鳥羽先生」

 

「お酒はまだ駄目です」

 

あらたとあおいが同時に服の裾を引っ張る。

 

「……はっ!」

 

我に返ったように足を止める鳥羽先生。

 

「い、いやぁ……危なかったですね……」

 

「完全に吸い込まれてましたよ」

 

「よっぽど好きなんやなぁ」

 

苦笑しつつ、あおいがそっと宥める。

そんな様子を横目に。

 

「小牧ちょっといいか?」

 

「大垣さん?」

 

千明に店の出入り口付近へと連れられていく。

 

「分かってるなリン、小牧。エビ作戦だ」

 

「お、おう」

 

気付けば、リンもすぐそばに立っていた。

 

「大垣さん、その“エビ作戦”って本当にやるの?」

 

「たりめぇだろ!」

 

即答だった。

 

 

 

俺は、少し前の出来事を思い出す。

 

「リン、恵那。それに小牧。三人とも聞いてくれ」

 

ある日の放課後。

俺は志摩さんと斉藤さんと一緒に、図書室へ呼び出されていた。

 

「キャンプ一日目の夕飯担当は、なでしことイヌ子。メニューは伊豆地金目鯛の干物を使った料理だ」

 

「そういえば、前に野クルの部室で話してたよね」

 

「そう。そして二日目はあたし達三人。つまり――」

 

にやり、と千明が笑う。

 

「二人の誕生日祝いは二日目の夜に決行する」

 

(……なんか任務前の作戦会議みたいだなこれ)

 

そんなことをぼんやり思う。

 

「まぁ、小牧は小牧でイヌ子に何か用意するんだろうが。今回の件は別でいいか?」

 

「え、そうなの?」

 

「それなら、私たちの方が多めに出した方がいいんじゃない?」

 

恵那が言う。

 

「いや、大丈夫。そこは気にしないで」

 

そう答えると、千明は満足げに頷いた。

 

「で、メニューなんだが……」

 

少し声のトーンを落とす。

 

「金目鯛と並ぶ縁起物、伊勢エビを使いたい」

 

「伊勢エビ……。これまた豪勢な」

 

「そう。両方は無理だ」

 

そこで――

 

「私は考えた」

 

びしっと指を立てる。

 

「先生に禁酒させて、浮いた金で伊勢エビを買わせよう、と」

 

((ゲス案だ))

 

三人の心が綺麗に一致した。

 

「コードネームは、エビ作戦。覚えておけよ」

 

 

――回想終了。

 

「さて、どうやって先生をそそのかすか……」

 

「言い方が悪いよ大垣さん……」

 

「とはいえ、いきなりお願いするのもな……」

 

そんな相談をしていると。

 

「すみません。こちらの伊勢エビの干物をお願いします」

 

「「「って、買ってるし!?」」」

 

まさかの展開だった。

 

振り返ると、鳥羽先生が鼻歌交じりにこちらへ戻ってくる。

 

「斉藤さんに聞きましたよ。伊勢エビ料理の話」

 

「え」

 

「私にも協力させてください」

 

にこやかな笑顔。

 

「……」

 

一同、沈黙。

 

「ふっ、ふっ、ふっ」

 

恵那が得意げに笑う。

 

「やるな、恵那……!」

 

「ていうか最初から普通に頼めばよかったじゃん」

 

「そうだね」

 

リンとあらたのツッコミが綺麗に重なった。

 

 

その後、店を後にした俺たちは爪木崎へ。

 

「もうすぐで着きますよ」

 

「「おぉー」」

 

「ここもジオスポットなんですね」

 

「ええ。昔、家族で何度か冬キャンプをしたことがありまして」

 

「でも先生、ここキャンプ場なんて無いですよ?」

 

恵那がスマホで周辺を確認しながら言う。

 

「浜辺で野営するんです」

 

「野営!?」

 

「鳥羽先生。それって大丈夫なんですか!」

 

前にテレビで野営とキャンプは少し違うと聞いた。

管理されているキャンプ場とでは別物だという意見もある。

 

「夏から秋は条例で禁止ですが、冬から春なら問題ないと聞いています」

 

「そうだったんですね」

 

「さすが社会のせんせーやー」

 

「だねー」

 

期待が高まる中、車は目的地へと到着した。

 

しかし。

 

「ここ、キャンプ禁止ですよ」

 

入り口に立つ係員の一言で、空気が止まる。

 

「えっ!? 市役所の方に確認した時は……」

 

「それが、何年か前に地主さんの意向で、冬も野営禁止になったんですよ」

 

「そ、そうだったんですか……」

 

鳥羽先生の肩が、がくりと落ちる。

 

――そして。

 

「ど、どうしましょう……」

 

申し訳なさそうに振り返る鳥羽先生。

車内の空気が、ほんの少しだけ揺れた。

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