イヌ子さんのホラ吹き。《あの時の嘘、ほんまやで〜》 作:あきと。
「なでしこちゃん、これやない?」
店先に並ぶ干物の中から、あおいが一枚を指差す。
「うん! 下田産極上、地金目鯛の干物!!」
なでしこがぱっと顔を輝かせた。
店頭には、綺麗に開かれた魚の干物がずらりと並んでいる。
その中でも、赤く艶やかな金目鯛はひときわ目を引いた。
「今日はこれを使って、久しぶりのキャンプごはん作るよ!」
「おーっ!」
ぱちぱちと拍手が起こる。
「夜が楽しみですねー」
鳥羽先生も嬉しそうに笑う。
その時、店内の奥から――。
パチパチ、と何かが焼ける音。
同時に、香ばしい匂いがふわりと漂ってきた。
「買った干物を店内で焼いて食べられるんですね」
「ほんまですねー」
「ああいうの、昼からやるのも贅沢でいいですよね」
あらたがそう言うと、視線の先には焼きたての干物をつまみに酒を楽しむおじさんの姿。
――そして。
禁酒二十五日目の鳥羽先生はというと。
「……」
じっと、その光景を見つめている。
一歩。
また一歩。
吸い寄せられるように前へ出ようとしたその瞬間。
ぐいっ。
「あの、鳥羽先生」
「お酒はまだ駄目です」
あらたとあおいが同時に服の裾を引っ張る。
「……はっ!」
我に返ったように足を止める鳥羽先生。
「い、いやぁ……危なかったですね……」
「完全に吸い込まれてましたよ」
「よっぽど好きなんやなぁ」
苦笑しつつ、あおいがそっと宥める。
そんな様子を横目に。
「小牧ちょっといいか?」
「大垣さん?」
千明に店の出入り口付近へと連れられていく。
「分かってるなリン、小牧。エビ作戦だ」
「お、おう」
気付けば、リンもすぐそばに立っていた。
「大垣さん、その“エビ作戦”って本当にやるの?」
「たりめぇだろ!」
即答だった。
俺は、少し前の出来事を思い出す。
「リン、恵那。それに小牧。三人とも聞いてくれ」
ある日の放課後。
俺は志摩さんと斉藤さんと一緒に、図書室へ呼び出されていた。
「キャンプ一日目の夕飯担当は、なでしことイヌ子。メニューは伊豆地金目鯛の干物を使った料理だ」
「そういえば、前に野クルの部室で話してたよね」
「そう。そして二日目はあたし達三人。つまり――」
にやり、と千明が笑う。
「二人の誕生日祝いは二日目の夜に決行する」
(……なんか任務前の作戦会議みたいだなこれ)
そんなことをぼんやり思う。
「まぁ、小牧は小牧でイヌ子に何か用意するんだろうが。今回の件は別でいいか?」
「え、そうなの?」
「それなら、私たちの方が多めに出した方がいいんじゃない?」
恵那が言う。
「いや、大丈夫。そこは気にしないで」
そう答えると、千明は満足げに頷いた。
「で、メニューなんだが……」
少し声のトーンを落とす。
「金目鯛と並ぶ縁起物、伊勢エビを使いたい」
「伊勢エビ……。これまた豪勢な」
「そう。両方は無理だ」
そこで――
「私は考えた」
びしっと指を立てる。
「先生に禁酒させて、浮いた金で伊勢エビを買わせよう、と」
((ゲス案だ))
三人の心が綺麗に一致した。
「コードネームは、エビ作戦。覚えておけよ」
――回想終了。
「さて、どうやって先生をそそのかすか……」
「言い方が悪いよ大垣さん……」
「とはいえ、いきなりお願いするのもな……」
そんな相談をしていると。
「すみません。こちらの伊勢エビの干物をお願いします」
「「「って、買ってるし!?」」」
まさかの展開だった。
振り返ると、鳥羽先生が鼻歌交じりにこちらへ戻ってくる。
「斉藤さんに聞きましたよ。伊勢エビ料理の話」
「え」
「私にも協力させてください」
にこやかな笑顔。
「……」
一同、沈黙。
「ふっ、ふっ、ふっ」
恵那が得意げに笑う。
「やるな、恵那……!」
「ていうか最初から普通に頼めばよかったじゃん」
「そうだね」
リンとあらたのツッコミが綺麗に重なった。
その後、店を後にした俺たちは爪木崎へ。
「もうすぐで着きますよ」
「「おぉー」」
「ここもジオスポットなんですね」
「ええ。昔、家族で何度か冬キャンプをしたことがありまして」
「でも先生、ここキャンプ場なんて無いですよ?」
恵那がスマホで周辺を確認しながら言う。
「浜辺で野営するんです」
「野営!?」
「鳥羽先生。それって大丈夫なんですか!」
前にテレビで野営とキャンプは少し違うと聞いた。
管理されているキャンプ場とでは別物だという意見もある。
「夏から秋は条例で禁止ですが、冬から春なら問題ないと聞いています」
「そうだったんですね」
「さすが社会のせんせーやー」
「だねー」
期待が高まる中、車は目的地へと到着した。
しかし。
「ここ、キャンプ禁止ですよ」
入り口に立つ係員の一言で、空気が止まる。
「えっ!? 市役所の方に確認した時は……」
「それが、何年か前に地主さんの意向で、冬も野営禁止になったんですよ」
「そ、そうだったんですか……」
鳥羽先生の肩が、がくりと落ちる。
――そして。
「ど、どうしましょう……」
申し訳なさそうに振り返る鳥羽先生。
車内の空気が、ほんの少しだけ揺れた。