中ボス悪役令息くん、度重なるループの末に悪役『令嬢ちゃん』に至る 作:TS幼馴染は必ず勝つ党第809代党首
どん、と大気が震えて、教室の窓ガラスがわずかに揺れる。
エヌフォーリア学院祭の開幕を告げる花火の音だ。轟音に少し遅れて学生たちの歓声が続く。
それらの喧噪からやや離れた校舎の中にルクレティウスはひとり佇んでいた。
しかし相も変わらずの馬鹿騒ぎだ。
窓から見える生徒たちは皆一様に、何かから解放されたような清々しい顔をしていた。
学院祭は春の終わり、卒業式の少し前に行われる。
各国の商人や学者に騎士団から入学予定の新1年生まで招待される、規模の大きなものだ。
卒業する3年生にとっては思い出つくりの場で、新1年生にとっては入学前に夢広がる瞬間。らしい。
どちらにしろルクレにはあまり関係のないことだ。
なにせ己は卒業どころか、3年生になれるわけもない身の上なので。
そんなルクレの佇む教室も学院祭の期間中とあって見慣れたそれとは様子がやや異なっていた。
いつもの学び舎は飾り立てられて、教室の机上には生徒の成果物が展示されている。
智を競う研究発表の部と武を競う魔導大会の部。
ふたつのうち、研究発表の部に参加する学徒たちは、様々な方法で自身の学業の成果を示す。
それはもう、論文発表だったり作成物の展示・実演だったりと、色々だ。
そのうち、教室などにただ展示されるものは基本的に一般市場向けの魔導具が多い。
ルクレもまた、これまでに作成した魔導具をいくつか提出していた。何もしない、というのも体裁がよくない。
残り僅かの命だとしても、リトグラト家の子息として恥ずかしくない程度の見栄は張りたいのだ。
しかし、対象が一般市場とあって、こういう魔導具の展示は生徒より外からの客向けになりがちだ。
しかも研究発表それ自体が学院祭の期間中ずっと行われているということもあって、開会式の直後に来るような物好きの学生は滅多にいない。
今だってこの教室にはルクレ以外に人影はなかった。
明日になれば学院祭が一般開放される。
そうなれば、来賓の商人や学者たちがめあてのものを探しにやってきて賑わうことだろう。
それに。
高等部ではすでにお祭り騒ぎが始まっているが、学院祭と直接関係のない中等部では初日の今日は通常授業が行われている。
ニアも今頃、真面目に授業を受けているはずだ。
ただし、魔導大会の本選が始まる明日からはさすがに中等部もほぼ自由行動になる。
義妹の身の上を考えると傍を離れるわけにはいかないだろう。
特にこの期間は人間の出入りが激しい。
これまでの繰り返しでは学院祭でトラブルが起こることは一度もなかったが、何も起きないとは言い切れない。
護衛のルチウスがいないこともあって、しばらくは気が休まらない日が続きそうだ。
だからこそ今日くらいはのんびりしていたくって、ルクレティウスはこうして教室に居座っている。
ひとりっきりで。
そうだ。ひとりきりだ。
シャルナノークはここにはいない。今頃あいつは誰かに便利に使われていることだろう。
……いつも、なら。
いつもの繰り返しではシャニもまた魔導大会に参加してしのぎを削っていた。
たいてい本選まではいかないくらいの戦績だが、武術偏重のあいつではそれくらいが限界というところだ。
けれど今回は、今回ばかりは参加を辞退させた。
こんな公衆の面前でともしびの炎がちらりとでも出たらまずい。おしまいだ。
さすがのルクレでも誤魔化しのしようがない。
まぁ結局あれから何故かともしびの魔力の気配さえしなくなったから、杞憂だったのかもしれないが。
──まったく、骨折り損にもほどがある。
ルクレは胸の内でため息をついた。
あんなことまでしてやったのに何の役にも立たないなんて、計算違いにもほどがある。
そうして大会に出なくなったらなったで、シャニは実行委員会の雑用に駆り出されているらしい。ルクレのことなんて放っておいて。
それ自体は別に想定内のことだ。
別にあいつと見回りたいなんて思ってもいない。
そう思いながら、それでも気にかかってしまうのはシャニのせいだった。
あの馬鹿はあの夜からというもの、どことなく態度がぎこちない。
目線は合わないどころかすぐにあらぬところに泳ぐし、言動自体もよそよそしいというか、なんというか。
……男を抱いた、と思ったらやっぱり嫌だったんだろうか。
別に、あんなケダモノなんてこちらから願い下げだ。
だから全然気にしてなんかいない。
いないけど。
「……シャニのばか」
そう独り言ちて、ルクレティウスは下唇を噛み締めた。
どうしてだろう。もう春も終わりかけで世界は少し暑いくらいなのに。
なのに、心臓のあたりは何故だか冷えていて、寒いくらいだ。
反射的に二の腕のあたりを擦る。が、元から体温が低いせいで大した成果は得られなかった。
こんな凍えそうな時に限ってシャニのやつはいない。肝心な時にいないのはいつだって変わらなかった。
あの男は本当に、こと己のことに関してはいつだって遅いのだ。
「──あ、あれ? ルクレティウスくん?」
不毛な物思いを破ったのは、自信のなさそうな女の声だった。
教室の入り口から顔を覗かせた女は野暮ったい黒いローブを纏っている。
ミネア師だ。
首をかしげる教師の姿にルクレは慌ててよそ行きの仮面をつける。
「はい、セーニャ先生。どうされました?」
「あ、先生は、て、展示品の確認に。ルクレティウスくんこそどうしてここに……?」
「僕はちょっとずる休みを」
そう言って少し恥ずかしそうに微笑んで見せる。
確かこの人は美しい造形にあまり耐性がない。言葉で誤魔化すより仕草で煙に巻く方が楽な相手だ。
思った通りミネアの頬が赤く染まる。
「ず、ずるではないでしょう。体調が、第一ですから」
ふへへ、とぎこちなく笑って、ミネアは恥ずかしそうに顔を俯かせた。
「る、ルクレティウスくんの魔導具は、い、いつ見ても目の付け所がよいですね」
照れ隠しのように、教師はガラスの中に展示されたイヤリングを指した。
翠の石が煌めくそれはシャルナノークの耳に揺れているものと同じ類のものだ。
これには浄化の風を呼ぶ魔術を組み込んでいる。
魔族の放つ瘴気からも身を守れるものの、持続効果は大してない。
子供だましのお守りじみたものだが、装飾品としても一級の装飾を施している。
貴族の耳で揺れていてもおかしくない程度に瀟洒で、けれど実用性も高いように仕上げた。
もちろん、ちょっとのことでは壊れないように強化の術式をも刻み込んでいる。
「大したものではありませんよ、術式にしろイヤリングにしろ、古来からあるものをちょっと改変して見栄えよくしただけです」
「そ、それはそうかもしれませんが、いいえ、でも、そこに目を付けたのはルクレティウスくんの発想でしょう」
そう語るミネアの頬はいつの間にか平時の色を取り戻している。
イヤリングをまなざす薄青い瞳は真剣な光を宿していた。
「飾り石に衝撃を与えても効果が発動する、というところがいいですね。魔力を蓄積できるというのも先生は素敵だと、思います。あの、だって、発動のための魔力さえ惜しみたかったり、そう、あるいはそも枯れていることだってありますから……」
ミネアからの手放しの賞賛に返す言葉が見つからなくて、ルクレティウスは曖昧に微笑んだ。
だって、そんなに大したことを考えて作ったものではないのだ。
魔力を持たない自分でも使えるものにしただけ。後はまあ、魔導に疎いシャニでも使えれば、とも思ったが、それだって優しさなんかではなくて。
言ってしまえばただ、自分の能力を見せつけたかっただけだ。
ルクレの作る魔導具はたいていそういう浅ましくも悲しい自意識の産物だった。
「あ、先生。ひとつお願いが」
「ああ、も、もちろん承知しています。商家の方々には、この魔導具の製作者は紹介できないと、伝えておきますね……ね?」
学者はともかく、商人たちは目ざとい。こういう上流階級に売れそうな商材を逃すような間抜けはそうそういないだろう。
というか実際にこれまでの繰り返しの中で複数人いたのだ。こんな子供だましを欲しがる商人たちが。
そういう連中の相手をするのは面倒だ。少なくとも今は極力したくない。
教員側も、リトグラト家の子息がわざわざ商人と取引をしようなんて思っていないことは承知の上だ。
だから、こうして予めシャットダウンしてもらうことにしていた。
「すみません、ありがとうございます」
「いえいえ! これも教師としての務めですから」
「──あ」
ミネアに軽く礼をした瞬間だった。その背後で、見慣れた赤金色の髪が教室の扉から覗く。
シャニだ。
珍しいことに窓ではなく扉から姿を現した男は、その腕に重たそうな箱をいくつか抱えていた。
ぱっと目が合う。
絶対にあの橙色の目と視線が合ったのに、シャニの視線はすぐにミネアへと逸らされた。
日に焼けたその横顔はあからさまに「気まずいです」という表情を浮かべている。
本当にわかりやすい男だ。嫌になる。
「っと、セーニャ先生。実行委員長が探してましたよ」
「え! す、すみません、ご足労を……!」
「いや! 他の教室に物を持ってくついでだったんで」
じゃ、とだけ言い残してシャニは足早に立ち去っていった。
ミネアもまた、真っ黒なローブの裾を翻して教室を出ていく。
そんな二人の背中を見送りつつ、ルクレティウスは再び訪れた穏やかな孤独の中でひとつ、息をついた。
エッチなやつを個人用に書いてから賢者タイムでした。
不定期更新ですが今月は番外含めて2回くらい更新ありの見込みです。
完結までのプロットは上がったので気長にお待ちいただければと思います。
対戦よろしくお願いいたします。