千夏先輩にも、色々あります。
まあそういう年頃ですから。
悩みながら、歩んでいく。
道はまだ延々続く。

1 / 1
アオいお出かけの日

 私はやっぱり、人といるのが得意ではないらしい。父親似、という事だろうか。

 感情を見せるのが苦手で、距離が近い相手には警戒する。仲良くしてくれるのは喜ばしいけど、でもあまり寄ってきて欲しくない。女子としてはあまり一般的ではない、一人でいるのが苦痛ではないタイプなんだろう。なにせお手洗いでさえ一人は嫌だ、という子も珍しくないし。私は連れ立って行くのは好きじゃないな、恥ずかしい。

 そんな私は今、家族ではない人達と暮らしている。

 そして寝起きする隣室には、一個下の男子がいるわけで。

 ――まあ、色々と思う所はあるけれど。でも、私はこの生活が嫌ではない。僅か二年で終わってしまうのが、少し寂しいくらいに。

 

 猪股大喜くん、私の後輩であり同居人。私に憧れて朝練を始めたとかそんな話も聞く、頑張り屋なバド部員。そして――男子、という未知の生き物でもある。

 正直よく分からない部分もいっぱいあるし、知らない事も多い。向こうも向こうでそう思っているだろう、そして多分私たちはお互いを深く知ることはない。その程度の関係なのだから。

「大喜くん、ジャンプ借りるね」

 毎週月曜日の夜は、こうしてジャンプを借りに部屋を訪れる。これが習慣になって尚、ドアを開ける時には少しだけ緊張してしまう。大喜くんは男子、なんだ。こんなことを考えるのは良くないだろうけど、何処かが落ち着かない。

 だからドアは開けたまま、最低限の入室だけ。万が一、なんて有り得ないけれど。

 私にとって男子というのは、理解の範疇にないモノだから。

 私がそんなことを考えつつ、ジャンプを片手に踵を返そうとした時。

「あの、千夏先輩。……次の休みって、何か予定ありますか」

 大喜くんが何やら決意したような顔で、そんな事を言ってきた。

 予定。ふむ、取り立てては無い。昼までは部活だけど、後は休みだな。インターハイ前だしオーバーワークにならないように、部活以外の事をして心身を休ませるのも練習のうちだ。大喜くんも同じだろうけど、()()()()()()()()()()?()

「無かったら、あの……一緒に遊びに行きませんか」

 ……続いて飛んできたのは、またしても予想外の言葉。一緒に、か。少し前に水族館に行ったけど、あれは笠原くんに言われたのが大きい。まあ謝りたい事もあったし、気分転換にちょうどよかったけど。

 でもこれは、……これは。

「そうだね、うん。良いよ」

 気がつけば私はそう言いながら小さく頷いて、そのまま大喜くんの部屋を出ていた。

 数歩歩いて自分の部屋に戻って、そして。

 ふと、思ってしまった。

「…………あれ、これって…………?」

 世に言うデートのお誘いではあるまいか、と。

 

 部活を終えたら当然シャワーくらい浴びるし、上から下まで着替える。汗を流した後で、その前に着ていたものを着たくはない。せっかく綺麗にしたんだから。

 とは言え、だ。どうにも変な心持ちになってしまう。

 男子と遊びに行く、その前だから。

「うー…………」

 なんだろう、この妙な気持ちは。

 大喜くんは既に一旦帰ってきて出掛けたみたいだし、由紀子さんたちもいない。部外者の私はシャワーを浴びながら、なんだか釈然としない。

 どうなんだろうな、これは。当日になって考える事じゃないけど、家主の息子さんと二人きり。果たして良いんだろうか。

 何処に行くんだかさえ、私は聞いていない。どのみち大して長い時間出ている訳じゃない、少し離れた街をブラブラするとかくらいだろう。大喜くんが適当に決めてくれるみたいだし、待ち合わせの時間と駅を決めただけ。一緒に家を出られないのは仕方ない事だ、同居をあまり大勢に知られたくないから。

 でも早まったかな、と思わなくもない。先に着いて待っているということは、その分()()()の時間があるということ。もしかしたら、何処かに連れ込まれたりするかも。…………それはさすがに怖い、かな。

 今からでも予定が入ったふりをしてドタキャンしてもいいかな、渚辺りが強引に誘ったって事で。……さすがに悪いな、それは。先輩として、そして居候として良くなさすぎる。

 しかしまあ、大喜くんが変な考えを抱くというのは早計だろう。ここしばらくお互いにインターハイ目指して常に研ぎ澄ませてきたし、ここらで息を吐く時間が必要だ、と考えてくれたのかもしれない。

 それにだ、私という人間はこの仕上がりだ。自他ともに認めるガサツ力の高さが売りな、ワンパクでたくましいスポーツ女子。これ相手にヨコシマな事を考えられる程、男子というのも馬鹿じゃあるまい。

「……分かんないけど、さ。オトコノコなんて」

 

 まあ杞憂は杞憂、そんなものだ。そう思ったのは、待ち合わせ場所で大喜くんの顔を見た矢先。あの可愛らしい顔で、どんな悪事が出来るものか。あれは小動物だ、テンション上がった小型犬かなにかだろう。そんなのと二人並んで歩くのは、なかなか悪くない。

 さっきあんな事を考えておいてこれだ、私も相当だな。

 でもきっと私たちは彼氏彼女とかでなく、姉弟くらいに見えるだろう。そのくらいがちょうど良い、多分。そういえばいつぞや、大喜くんに「弟がいそう」と言われた気がするし。

 栄明へ入ってバスケ部に籍を置いて、もう四年。面倒見が良い、と何度も言われた。それが姉っぽさなんだろうな。

 本音を言えば、歳に関係なく人の面倒を見るのはあまり好きではないんだけど。

 面倒見が良く見えるのは、単に外面だ。他人が必要以上に入ってこないように、事前に安全な距離を保っておくスキルがあるというだけ。褒められるのも頼られるのも、得意ではない。後輩に慕われる、なんてのも苦手なんだろうな。

 でも大喜くんには、あんまりそういう感じはしない。慕われている感じはあるけど、必要以上に踏み込んでこないから助かる。自分では団体競技に向かないと言っていたけど、この子はチームワークが出来る子だ。

 色々と気遣ってくれるつもりなのか、チラチラ私の顔を伺うのも何処か可愛らしい。

 ……だからって、ワガママは言えないけど。一人なら適当にウロウロして、足の向くまま好きなところへ行って。そして飽きたら帰ってしまえば良い。でも人と一緒の時にはそれが出来ないから、少しだけ疲れる。

 疲れるというか、ほんの少しだけ――不愉快かもしれない。ほんの少しだから、わざわざ口になんかしないけど。

 人と一緒に過ごすのは、面倒で大変だ。部活くらいの距離感が、ちょうど良い。でもあの距離感のままでは寂しいとも思う、やっぱり私はワガママだな。

 大喜くんは、どう思っているのだろうか。

 私たちはきっと、お互いを深く知ることはない筈。でももし大喜くんが、私を知りたいと思うようになったら。好きだ、と思うようになったら。

 私は――。

「千夏先輩? あの、どうかしました?」

 怪訝そうな顔をする大喜くんに、意識が現実に引き戻される。いつのまにか足は止まっていて、私は少しの間心が()()()に行っていたようだ。

 いけないな、まったく。花恋にも前にボヤかれたっけ、時々ボケーっとして止まってる、と。やっぱり私はマイペースに、一人でいる方が向いているのかな。

「ん。なんでもない、よ」

 こうやってわざわざ取り繕うのは面倒だ、でも。心配して覗き込んでくれるような間柄、というのは悪くない関係だろう。

 我ながら面倒くさい女だな、本当に。こんなので私は、オトナになれるのだろうか。

 まあ、良いか。そういうのはまた今度、だ。

「さ、――行こうか大喜くん」

 スッと歩き出す私と、その隣に寄り添う大喜くん。

 こんな距離感で、これからもいたいと思う。先なんか分からないけど、そうあってほしい。

 初夏の午後は、まだまだ陽も高い。楽しもう。

 これからもまだ、先は長いんだから。




弟がいそう、は読み切り版だった筈。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。