まあそういう年頃ですから。
悩みながら、歩んでいく。
道はまだ延々続く。
私はやっぱり、人といるのが得意ではないらしい。父親似、という事だろうか。
感情を見せるのが苦手で、距離が近い相手には警戒する。仲良くしてくれるのは喜ばしいけど、でもあまり寄ってきて欲しくない。女子としてはあまり一般的ではない、一人でいるのが苦痛ではないタイプなんだろう。なにせお手洗いでさえ一人は嫌だ、という子も珍しくないし。私は連れ立って行くのは好きじゃないな、恥ずかしい。
そんな私は今、家族ではない人達と暮らしている。
そして寝起きする隣室には、一個下の男子がいるわけで。
――まあ、色々と思う所はあるけれど。でも、私はこの生活が嫌ではない。僅か二年で終わってしまうのが、少し寂しいくらいに。
猪股大喜くん、私の後輩であり同居人。私に憧れて朝練を始めたとかそんな話も聞く、頑張り屋なバド部員。そして――男子、という未知の生き物でもある。
正直よく分からない部分もいっぱいあるし、知らない事も多い。向こうも向こうでそう思っているだろう、そして多分私たちはお互いを深く知ることはない。その程度の関係なのだから。
「大喜くん、ジャンプ借りるね」
毎週月曜日の夜は、こうしてジャンプを借りに部屋を訪れる。これが習慣になって尚、ドアを開ける時には少しだけ緊張してしまう。大喜くんは男子、なんだ。こんなことを考えるのは良くないだろうけど、何処かが落ち着かない。
だからドアは開けたまま、最低限の入室だけ。万が一、なんて有り得ないけれど。
私にとって男子というのは、理解の範疇にないモノだから。
私がそんなことを考えつつ、ジャンプを片手に踵を返そうとした時。
「あの、千夏先輩。……次の休みって、何か予定ありますか」
大喜くんが何やら決意したような顔で、そんな事を言ってきた。
予定。ふむ、取り立てては無い。昼までは部活だけど、後は休みだな。インターハイ前だしオーバーワークにならないように、部活以外の事をして心身を休ませるのも練習のうちだ。大喜くんも同じだろうけど、
「無かったら、あの……一緒に遊びに行きませんか」
……続いて飛んできたのは、またしても予想外の言葉。一緒に、か。少し前に水族館に行ったけど、あれは笠原くんに言われたのが大きい。まあ謝りたい事もあったし、気分転換にちょうどよかったけど。
でもこれは、……これは。
「そうだね、うん。良いよ」
気がつけば私はそう言いながら小さく頷いて、そのまま大喜くんの部屋を出ていた。
数歩歩いて自分の部屋に戻って、そして。
ふと、思ってしまった。
「…………あれ、これって…………?」
世に言うデートのお誘いではあるまいか、と。
部活を終えたら当然シャワーくらい浴びるし、上から下まで着替える。汗を流した後で、その前に着ていたものを着たくはない。せっかく綺麗にしたんだから。
とは言え、だ。どうにも変な心持ちになってしまう。
男子と遊びに行く、その前だから。
「うー…………」
なんだろう、この妙な気持ちは。
大喜くんは既に一旦帰ってきて出掛けたみたいだし、由紀子さんたちもいない。部外者の私はシャワーを浴びながら、なんだか釈然としない。
どうなんだろうな、これは。当日になって考える事じゃないけど、家主の息子さんと二人きり。果たして良いんだろうか。
何処に行くんだかさえ、私は聞いていない。どのみち大して長い時間出ている訳じゃない、少し離れた街をブラブラするとかくらいだろう。大喜くんが適当に決めてくれるみたいだし、待ち合わせの時間と駅を決めただけ。一緒に家を出られないのは仕方ない事だ、同居をあまり大勢に知られたくないから。
でも早まったかな、と思わなくもない。先に着いて待っているということは、その分
今からでも予定が入ったふりをしてドタキャンしてもいいかな、渚辺りが強引に誘ったって事で。……さすがに悪いな、それは。先輩として、そして居候として良くなさすぎる。
しかしまあ、大喜くんが変な考えを抱くというのは早計だろう。ここしばらくお互いにインターハイ目指して常に研ぎ澄ませてきたし、ここらで息を吐く時間が必要だ、と考えてくれたのかもしれない。
それにだ、私という人間はこの仕上がりだ。自他ともに認めるガサツ力の高さが売りな、ワンパクでたくましいスポーツ女子。これ相手にヨコシマな事を考えられる程、男子というのも馬鹿じゃあるまい。
「……分かんないけど、さ。オトコノコなんて」
まあ杞憂は杞憂、そんなものだ。そう思ったのは、待ち合わせ場所で大喜くんの顔を見た矢先。あの可愛らしい顔で、どんな悪事が出来るものか。あれは小動物だ、テンション上がった小型犬かなにかだろう。そんなのと二人並んで歩くのは、なかなか悪くない。
さっきあんな事を考えておいてこれだ、私も相当だな。
でもきっと私たちは彼氏彼女とかでなく、姉弟くらいに見えるだろう。そのくらいがちょうど良い、多分。そういえばいつぞや、大喜くんに「弟がいそう」と言われた気がするし。
栄明へ入ってバスケ部に籍を置いて、もう四年。面倒見が良い、と何度も言われた。それが姉っぽさなんだろうな。
本音を言えば、歳に関係なく人の面倒を見るのはあまり好きではないんだけど。
面倒見が良く見えるのは、単に外面だ。他人が必要以上に入ってこないように、事前に安全な距離を保っておくスキルがあるというだけ。褒められるのも頼られるのも、得意ではない。後輩に慕われる、なんてのも苦手なんだろうな。
でも大喜くんには、あんまりそういう感じはしない。慕われている感じはあるけど、必要以上に踏み込んでこないから助かる。自分では団体競技に向かないと言っていたけど、この子はチームワークが出来る子だ。
色々と気遣ってくれるつもりなのか、チラチラ私の顔を伺うのも何処か可愛らしい。
……だからって、ワガママは言えないけど。一人なら適当にウロウロして、足の向くまま好きなところへ行って。そして飽きたら帰ってしまえば良い。でも人と一緒の時にはそれが出来ないから、少しだけ疲れる。
疲れるというか、ほんの少しだけ――不愉快かもしれない。ほんの少しだから、わざわざ口になんかしないけど。
人と一緒に過ごすのは、面倒で大変だ。部活くらいの距離感が、ちょうど良い。でもあの距離感のままでは寂しいとも思う、やっぱり私はワガママだな。
大喜くんは、どう思っているのだろうか。
私たちはきっと、お互いを深く知ることはない筈。でももし大喜くんが、私を知りたいと思うようになったら。好きだ、と思うようになったら。
私は――。
「千夏先輩? あの、どうかしました?」
怪訝そうな顔をする大喜くんに、意識が現実に引き戻される。いつのまにか足は止まっていて、私は少しの間心が
いけないな、まったく。花恋にも前にボヤかれたっけ、時々ボケーっとして止まってる、と。やっぱり私はマイペースに、一人でいる方が向いているのかな。
「ん。なんでもない、よ」
こうやってわざわざ取り繕うのは面倒だ、でも。心配して覗き込んでくれるような間柄、というのは悪くない関係だろう。
我ながら面倒くさい女だな、本当に。こんなので私は、オトナになれるのだろうか。
まあ、良いか。そういうのはまた今度、だ。
「さ、――行こうか大喜くん」
スッと歩き出す私と、その隣に寄り添う大喜くん。
こんな距離感で、これからもいたいと思う。先なんか分からないけど、そうあってほしい。
初夏の午後は、まだまだ陽も高い。楽しもう。
これからもまだ、先は長いんだから。
弟がいそう、は読み切り版だった筈。