――――――これは幻想に迷い込んだ者達の記録の断片である。


※息抜きの短編集になります。唐菓子でもつまんでお読みください。


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聰智の痴

 

 

 

 

 

――――ねぇ、聞いてらっしゃる?」

 

「――ッ!?...すまん、何の話だったかな」

 

自分に話しかけてくる訝し気な声に曖昧だった意識が覚醒する。目の前には紫のワンピースを纏い、今では服屋で見ることも少ないナイトキャップを被っている可愛らしく、それでいてどこか妖艶な雰囲気を漂わせる金髪の少女が、これまた今時珍しい昭和のような丸形の卓袱台を挟んで座っていた。

突然の風変りな景色に目を見開く。はて、一体全体自分はどうしてこんなところに居るのだろうか。

目の前の少女から視線を外して卓袱台に置かれた2つの湯呑にちらと目を向ける。

湯気は無い。恐らく自分はこの少女と暫く会話に興じていたのだろう、とここで気づく。

今まで自分が何をしていたのかが上手く思い出せないのだ。記憶を手繰り寄せてもまるで霞をつかんでいるかのように手をすり抜けていってしまう。確か自分は今日、いつものように仕事を終わらせ、いつものようにバスに乗って...そこからの記憶が混濁している。

 

「んもう、先ほどから説明しておりましたのに...」

 

「すまない。最近疲れが溜まることが多くてね」

 

「従者に疲労回復の薬でも持ってこさせましょうか?」

 

「いや、いいんだ。そこまで疲れてる訳ではない」

 

「そうですか。ではもう一度説明しましょう」

 

そう言ってから彼女はこの場所についての説明を始める。どうやらここは幻想郷といって、現代社会に否定されていった妖怪や神々の最後の楽園、らしい。

...んな莫迦な。妖怪?神?そんなモノが存在するなんぞ常識的に考えて在り得ないだろう。

そんな考えが漏れ出ていたのか、彼女は自分を見てフフ、と困ったように笑う。

 

「信じられないのも無理はありません。しかしこれは事実なのです」

 

「そうはいってもねぇ...」

 

「では貴方はどうして、どうやって幻想郷(ここ)に来たのかを説明できて?」

 

その質問に言葉が詰まる。確かにそれに関しては説明をすることができない。それも超常的な力が働いているせいなのであろうか。

 

「とりあえずお聞きになって下さいな。ずっと否定されていたら本題に入れませんわ」

 

その言葉に一旦思考を打ち切り、すまないと一言返して話を促す。どうやらこの奇天烈な話を前提として受け入れなければいけないらしい。なら一度全て事実として認識しようじゃないか。元々こういうオカルトチックな話は嫌いじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――というわけです。ここまでは理解できました?」

 

「ああ、まだ半信半疑だが、一応この状況に納得はできたよ」

 

あれから目の前の少女――――八雲紫というらしい――――から自分がこの場所に来た経緯とこの世界の概要を解説された。どうやらこの幻想郷には強力な結界、というものがあり本来一般人が通れるようなものではないらしいのだが、稀に結界の境界が揺らいで幻想郷外の人間が神隠し(・・・)に遭うことがあるとのこと。

全くもって迷惑な話だが、それに自分が巻き込まれたらしい。それを偶然発見した八雲さんが気絶していた自分を屋敷まで運んでくれたそうだ。そのまま放置して妖怪の餌となるのは彼女の良心が許さなかった、とのことだが。

どこまで信用していいのかわからないが無理やり納得して話の続きに耳を傾ける。

 

「と、ここまで長々と語りましたが、ここからが本題です」

 

ただ流れ着いただけの自分にここまで懇切丁寧に幻想郷のことを話してから出される本題とは、一体彼女は自分に何を語ろうというのだろうか、と不安がよぎる。

 

「そう身構えないでくださいまし。ただ外交官となって欲しいだけですわ」

 

「外交官...だって?」

 

「ええ、実は私、この幻想郷(セカイ)の賢者...そちらの世界でいう総理大臣や大統領のような役割を務めていますの」

 

「それは驚きだが...それでセカイ間の外交をと?」

 

「その通りでございます。近年外の世界と幻想郷の関わりが減っておりまして、それによる生じることが予想される弊害を避けるために外の世界との交流が必要なのです」

 

「へぇ...それで具体的には何を?」

 

「簡単な事です。あなたには外の世界から幻想郷へと人々を招待して頂きたいのですわ」

 

と、八雲さんが頼み事の詳細を語る。どうやら交流の為にセカイ間のインターンシップのようなモノをやるらしく、それの手伝いを行ってほしいのだとか。自分のやることは外の世界でインターンに赴く人を集めて八雲さんに連絡して幻想郷に送ってもらうだけらしく、インターン先(幻想郷)の説明等は八雲さんの方で行うとのこと。

 

「勿論本来の仕事を優先して頂いて構いません。空いている時間に少しでも人を送ってくれれば多少のお給金を差し上げましょう」

 

そう言って提示された額に愕然とする。その額は想定したよりも桁が幾分か多く、これさえしていれば他の仕事はしなくてもいい生活が出来るだろう、という程であった。

仕事内容は簡単なものである上、貰える駄賃は破格の額。普段の自分なら二つ返事で了承していただろう。

 

が、何かが引っかかる。何か大事なことを見落としているような気がして止まない。「ゆっくり考えてくれていいのよ」と言う八雲さんにどうも、と返してから卓袱台の湯呑を手に取り中身を一気に呷る。未だ仄かに暖かい茶で喉を潤して一息。

理屈では納得できるが目の前の少女をいまいち信用することができない。言ってることが真実だとは思うが何かを隠して話しているような所作が所々に見られる。その猜疑からか、目の前の少女が途端に胡散臭く見えてくる。

 

そもそもだ。幻想郷には様々な妖怪が暮らしていると言っていたことが真実だとするとその中には人間を食う者もいるのではないか。日本だと鬼や河童、海外からも来ているのならヴァンパイアなどが人を食う妖怪として有名だろう。

それらの危険性がある中に現代において平和ボケしている日本人らを送り込んで良いものなのだろうか。たしか自分を助けてくれた理由も『そのままだと妖怪に食われる』というものだったのではないか。

 

...その危険性を全く話さず話を進めようとしてきた八雲さんは人間側なのだろうか(・・・・・・・・・)

 

その考えに至り一気に血の気が引く。そういえば彼女は自分を『人間』であると言っていただろうか。彼女は幻想郷に連れて行った人をどうするか説明していただろうか。もしかしたら彼女は―――――――自分に妖怪の為の餌調達をやらせようとしてるのではないか?

 

「あらあらあら...」

 

彼女の声に肩が跳ねる。目の前の少女の顔を直視することができない。胸の奥で恐怖が鎌首をもたげる。その艶やかで脳に染み込むような甘ったるい声に顔を顰める。

 

「も、申し訳ないが用事を思い出した。今すぐに帰らせて――「気づいてしまったようねぇ」っ!!」

 

間違いない。八雲紫は妖怪、若しくは妖怪側の存在だ。咄嗟に逃げようと足に力を込めるが腰が抜けたのか立つことができず、ただ後退ることしかできない。

 

「貴方の考えている通り、私は妖怪。八雲紫、妖怪の賢者をやっておりますわ。以後お見知りおきを―――まあ以後なんて無いのだけれど」

 

八雲紫が立ち上がり、自分へと歩いてくる。一歩近づく度に恐怖が体中を駆け巡り脳が警鐘を鳴らす。必死に後退るものの部屋の壁に突き当たりそれ以上の後退を許さない。恐怖により動かない口を必死に動かし、目の前に迫った死を避けようとする。

 

「ま、待ってくれ。わざわざ助けて殺すって、そりゃないだろう!?...ああ、わかったよ!やるさ!私も喜んで外から人を連れてこよう!だから....!」

 

「命だけはって?うーん...確かに貴方をここで殺してしまうと結構面倒なのよね...」

 

死の淵に立たされた状態に光明が差す。目の前の死から逃げることができる可能性が出てきたことで恐怖に少し引き攣った笑みが思わず漏れる。や、やった!生き残ったぞ――――

 

「でもねぇ...妖怪として目の前で怯える人間がいるのなら――――ソレを喰わなきゃ嘘ってモンでしょう?」

 

――――もう逃げられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、紫様。先程の外来人は帰したので?」

 

「いいえ、食べたわ」

 

「そうですか...食糧問題は次に期待ですかね」

 

「そうなるわね...でも後悔はしてないわ」

 

「その心は?」

 

「だって久しぶりに妖怪に対して純粋な恐怖をぶつけられたのよ?こんな御馳走を前にして食指が動かない妖怪なんて幻想郷(ここ)には居ないわ」

 

「それはそれは...私も少し頂きたかったですね」

 

「貴重な食材ですもの、半分は保存してるわ。お夕飯はこれで作って頂戴な」

 

「おお、有り難い。ではその様に...」

 

 

―――――――――今日も幻想郷は平和である

 



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