シンデレラストーリーが書きたくて書きました。

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 『怪獣黙示録』を終わらせるために、ぼくは産み出されたらしい。

 

 怪獣黙示録とやらがなんなのか、ぼくはよく知らなかったのだけれど、この『学園』の長である〈キョージュ〉の言うことだからきっとそうなのだろう。

 キョージュはこの『学園』を創設した理由について、全校集会でこんなことを宣言していた。

 

「いいかね? この世界は、おまえたちが生まれるずっと前から怪獣たちによって脅かされ続けているのだ。そして今まさに人類はその脅威に晒されようとしている」

「だから我々は戦わなければならない。正義のため、大切なものを守るため、人類の未来のために」

「おまえたちこそが、この呪わしい怪獣黙示録を終わらせる。それがおまえたちの使命。おまえたちこそが人類最後の希望なのだ!!」

 

 講堂に集められた子供たちを前にそうやって熱弁を振るうキョージュ、ぼくはその様子を学園研究棟、その最奥にある培養槽の薬液中から眺めていた。

 キョージュが語ったその言葉の意味も、そこに籠められた思いも、研究棟の培養槽から出たことがなかったこの時のぼくにはよくわからなかったけれど、それが存在意義だというのならそれを全うするまでのこと。『怪獣黙示録を終わらせる』、そのためにぼくは与えられた検査とテストをクリアする毎日だった。

 

 

 

 

 〈アヤナ〉と出会ったのは、そんな日々でのことだ。

 アヤナは『学園』の寮にいた人間の女の子だ。『学園』ではアヤナのような人間の子供たちが大勢集められており、寮で共同生活をしながらぼくとは違う様々なテストをこなしていた。

 アヤナの存在を感じ取ったとき、ぼくは最初にこう思ったのをよく覚えている。

 

 ……なんて綺麗な心の持ち主なんだろう。

 

 眩いばかりの輝きを放ち、それでいて目を逸らすことも惜しまれるような、どんな言葉でも言い表せないアヤナの魂。しかもまだまだ伸びる余地がある、磨けばますます綺麗になるに違いない。

 ……どんな子だろう、話がしたい。アヤナに夢中になったぼくは、テストと検査の合間に何度か話しかけてみることにした。

 話しかける、といっても音声言語に頼る人間たちのそれとは違って、ぼくの場合“相手の心に直接語り掛けること”が出来る。人間流に言ってみれば精神感応、『テレパス』という奴だろうか。だから距離だとか壁だとか、そういう物理的な事柄は問題にはならない。

 

 ただ、問題だったのは、アヤナの心が頑ななことだった。

 アヤナは当初、ぼくに話し掛けられている事実さえ受け容れてはくれなかった。初回はひどく驚いて、「ひゃあ!?」とその場で飛びあがって可愛らしい悲鳴を上げていたけれど、二度三度とそんなことを繰り返すうちに慣れてきてやがて無視するようになった。

 まあ、そんなことで諦めるぼくではない。来る日も来る日も欠かさず、アヤナに呼びかけた。

 おはよう、アヤナ。

 おやすみ、アヤナ。

 今日はどうしたの、アヤナ。

 今日は辛そうだね、アヤナ。

 今日は嫌なことでもあったの、アヤナ。

 気が向いたらでいいけれど、返事してくれたら嬉しいな……

 だけどアヤナは、ぼくが声をかければかけるほどに意固地になってしまったようだった。初めて声をかけたときこそ反応してくれたアヤナだけれど、最初に人前で悲鳴を上げて恥をかいてしまったのが良くなかったのか、やがて眉一つ動かさずに平然と無視するようになった。

 アヤナへ懸命に話し掛け続けるぼくと、それを徹底的に無視し続けるアヤナ。ぼくとアヤナの攻防戦は一ヵ月ほど続いた。

 

 

 

 アヤナと最初に言葉を交わしたのは、月が綺麗な夜だった。

 おやすみ、アヤナ。ぼくはいつものとおり夜の挨拶を済ませ、アヤナはいつものとおり聞かないフリをしてベッドに入った。

 ……まあ、無視されるのはいつものこと。正直寂しいと思わなくもないけれど、アヤナの方から心を開いてくれるまで気長に待つさ。そんなことを考えながら、眠るアヤナの様子を見守っていた時のことである。

 唐突にアヤナが何かを呟いた。

 

「さとる……」

 

 起きているのかとも思ったけれど、改めて見ればアヤナの目は閉じられているし、誰かに話し掛けているにしては口調があまりにもぼんやりとし過ぎていることにぼくは気づいた。これは寝言だ。きっと夢でも見ているに違いない。

 

「……おとうさん……おかあさん……っ!」

 

 気掛かりなのは、アヤナが酷く(うな)されている様子だったことだった。眉間にしわを寄せ、歯を食いしばったアヤナの険しい表情。アヤナは今どんな夢を見ているのだろう。

 

「いや……いや……いやっ……!!」

 

 ぼくが見守っているうちに、アヤナの見ている夢はどんどん酷い展開に進んでいるようだった。表情はますます苦しみに歪み、額から嫌な汗が滲み出ている。

 その苦悶が最高潮に達したとき、ついにアヤナは耐え切れなくなって爆発した。

 

「いやあっ、おとうさん、おかあさん!!」

 

 そしてアヤナは悲鳴を上げながら布団から飛び起きた。全身から湧き出た汗で寝巻はグッショリ濡れていて、興奮のあまりに動悸が酷いのか苦しげに胸を抑えて息を荒げている。

 

「はーッ、はーッ、はーッ……」

 

 一体どんな夢を見ていたのか、何がそんなにアヤナを苦しめているのか。まだそこまで踏み入れさせてもらえるほどアヤナは心を開いてくれていないけれど、酷い悪夢を見ていたのは間違いない。

 ……大丈夫、アヤナ?

 ぼくが思わず声をかけてしまったときである、アヤナはこう言ったのだ。

 

「ほっといてよ」

 

 答えてしまってからアヤナは「……あっ」と小さく呟きを漏らした。『ぼくのことを無視し続ける、返事はしない』という自分で決めたルールを破ってしまったからだろう、ひどく不機嫌な表情をしている。

 けれどぼくは安心した。良かった、アヤナがちゃんと返事をしてくれて。近頃はてっきりぼくの言葉が通じなくなってしまったのかと思っていたよ。

 

「……はーあ」

 

 ぼくの言葉に、アヤナは指先で眉間を揉みながら心底不愉快そうに深い溜息をついた。そしてもはや無視し続けても無駄だと悟ったのだろう、しばらく考え込んでからアヤナはぼくにこう訊ねたのだった。

 

「……あんた、名前は?」

 

 ……名前? アヤナから返ってきた初めての質問に興奮しつつぼくが聞き返すと、アヤナは言った。

 

「そう、名前。どうせ幻聴なんだろうけど、何にだって名前はあるでしょ?」

 

 そういうものだろうか。ぼくはとりあえず、この『学園』でぼくを指すときに使われている名前を教えてあげた。

 

「ちょういでん……なんだって?」

 

 一言では聞き切れなかったのか、聞き返してきたアヤナにぼくは再び名前を告げる。

 “超遺伝子獣ギャオス改変型 精神感応制御式対獣強襲制圧システム アルファタイプ”。

 キョージュたちはぼくのことを皆そう呼んでいるし、実際ぼくのベースはギャオスという怪獣に由来しているのだとキョージュが言っていたのを聞いたことがある。だから、名前があるとするならばこれがぼくの名前だろう。

 説明するぼくに、アヤナはぴしゃりと言った。

 

「そんなの名前じゃない」

 

 そうかな。皆が呼んでいる名称があるなら、それが名前だと思うのだけれど。ぼくの理解に、アヤナは首を振る。

 

「そんなの、人間に『ニンゲン』って名前を付けてるようなものじゃない。長すぎて噛みそうだし、なによりギャオスってのが気に喰わない」

 

 ふうん、人間の感性は正直よくわからない。

 けれど『超遺伝子獣ギャオス改変型 精神感応制御式対獣強襲制圧システム アルファタイプ』がぼくの名前として相応しくないらしいことだけははっきりわかる。

 そういうわけなので、いっそぼくは「じゃあ、アヤナがつけてよ」と提案してみることにした。

 

「わたしが?」

 

 目をぱちくりさせているアヤナに、ぼくは続けた。

 そう。ぼくに相応しいとアヤナが思えるような、素晴らしい名前をつけてもらえたらと嬉しいなって。

 

「わたしがつけてもいいの?」

 

 いいよ。それに、そんなの名前じゃない、と言ったのはアヤナの方でしょう?

 ぼくの返答にアヤナは「そっか。どうせ幻聴だものね」と頷き、「名前、名前、ね……」とじっくり考え込んでからやがてこう言った。

 

「……〈イリス〉ってどう?」

 

 イリス。それがぼくの名前? ぼくが聞き返すと、アヤナは頷きながら教えてくれた。

 

「そう。昔飼ってた猫の名前」

 

 “ねこ”? また聞き慣れない概念が出てきた。“ねこ”ってなんだろう。

 首を傾げているぼくに、アヤナは「あんた、わたしの幻聴なのに猫も知らないの?」と呆れたように溜息をつく。

 

「ペットよ。小さくて、毛が生えてて、ふわふわしているの」

 

 小さい、ってどれくらい? 毛って、どんなだったの? ぼくの問いに、アヤナは答えた。

 

「大きさはわたしでも抱っこできるくらい。毛はキジトラ、可愛い縞々模様の雑種……死んじゃったけどね」

 

 抱っこできるくらい、縞々模様か。標準的な人間の体格を基に、大きさや姿形を想像してみる。どんな見た目なのかはよくわからないし、アヤナの言う『可愛い』がどのようなものなのかは想像もつかないけれど、アヤナのくれた『イリス』というネーミングからは然程イヤなニュアンスは感じなかった。少なくとも悪意を込めた命名ではないだろう。

 そんな空想をぼくが巡らせている一方、アヤナがフフッと鼻を鳴らした。

 

「……なんてね。幻聴相手に何話してんだろ」

 

 そうかな。ぼくはアヤナとお話が出来て楽しかったけれど。

 そんなぼくの答えに「幻聴と楽しくお話か……」とまたしても自嘲気味の笑いを漏らすアヤナ。

 

「じゃあね、おやすみ、イリス」

 

 そう、またね、アヤナ。ぼくの返事を聞いているのかいないのか、アヤナは毛布を被って寝入ってしまった。

 ……イリス。イリスかあ。

 アヤナから貰った名前を頭の中で繰り返し、繰り返し反芻する。イリス。アヤナがかつて飼っていたという“ねこ”のことは結局よくわからなかったけれど、素敵な名前だとぼくは思った。

 

 

 

 

 それからというもの、ぼくは毎夜アヤナと話をした。

 

 話すようになってからもアヤナの態度は頑なでその内側にはなかなか踏み込ませてくれなかったけれど、話をしてくれるだけよほど前進だ。毎晩、毎晩、飽きることなくぼくは話し掛け続け、アヤナはそんなぼくに「あーうんはいはいそうね」とちゃんと返事をしてくれた。

 そんなある夜のこと。

 ……今日はどうしたの、アヤナ。

 そう訊ねるぼくに、アヤナが応える。

 

「どうした、ってなにが?」

 

 他の人から見れば、いつもと変わらないようにも見える素っ気ない態度。だけど毎日アヤナの心を見つめてきたぼくにはわかる。

 相変らず頑なに閉ざされたアヤナの心だったけれど、その日はまるで今にも潰されてしまいそうなほど(ひず)んでいた。とてもショックを受けるような、酷いことがあったのだ。

 どうしてそんなに悲しい顔をしているの、アヤナ。

 問いかけるぼくに、けれどアヤナは「別に、なんでも」と答えただけだった。

 

「あんたに関係ないし」

 

 そうかもしれないけど、心配だよ。

 

「余計なお世話。いいから放っといて」

 

 ……そうか、わかった。アヤナがそういうなら仕方がない。けれど、何かあったらぼくを頼ってほしいな。

 

「……“頼れ”って?」

 

 気遣ったつもりの言葉だったけれど、それを聞いた途端アヤナは心をますます(ひず)ませた。

 心の刺々しさをそのまま、ぼくへとぶつけるアヤナ。

 

「あんたに何が出来るの? ただの幻聴でしかないあんたに? わかったようなクチ、きかないでくれる?」

 

 ……そうだよね、ごめん。ごめんね、アヤナ。

 謝り倒すぼくにアヤナは最初怒っていたけれど、自分でも思うところがあったのかやがて力無く笑った。

 

「……なんて。幻聴相手に何怒ってんだろ。バカみたい。ごめん、イリス」

 

 いいよ、アヤナ。ぼくの方こそ、ごめんね。

 

「ううん、こっちこそ……ってこれじゃあ堂々巡りじゃん」

 

 自分で言った言葉が馬鹿馬鹿しくなったのか、アヤナはふふっと笑った。

 そしてアヤナはふう、と息を吐いてからぽつりと零した。

 

「……今日『クラス』でヤなことがあったんだ」

 

 ……そっか。

 クラス。この『学園』において子供たちが集められているのは先にも述べたとおりだけれど、『学園』の大人は子供たちを『クラス』という単位で管理していた。ぼくはよく知らないけれど、人間の世界にある『ガッコウ』という仕組みを模したものらしい。

 アヤナは続ける。

 

「ほら、あいつら、ガキだからさ。いつもは適当にスルーしてやってんだけど、今日はなんか、()()()()()()

 

 ……アヤナを“キレさせる”なんて。

 毎朝毎晩話しかけ続けたぼくを、平然と無視し続けたアヤナ。そんな我慢強い彼女を感情的にさせるなんて、クラスの連中はよほど酷いことを仕出かしたに違いない。

 憤慨するぼくに、アヤナは「でもいいの、気にしないで」と言った。

 

「ほら、わたしお姉ちゃんだから、適当に相手してやんないと。あいつら他に楽しみも友達もいない、可哀想な奴らだからさ」

 

 そう語るアヤナ。しかしそれが精一杯の虚勢、強がりであることはぼくにもわかった。アヤナの言い間違いでなければ『あいつ“ら”』『奴“ら”』、つまり複数形だ。友達がいるのは向こうの方で、いないのはむしろアヤナの方じゃあないのか。

 思い返してみれば、アヤナからクラスの友達の話を聞かされたのは今日が初めてだ。ただでさえ自分のことを話さないアヤナだけれど、特にクラスの仲間についてはまったく話さない。

 それはきっと、アヤナがクラスで独りぼっちだからだろう。ぼくと交信していないときのアヤナの生活を空想してみる。

 ……毎朝起きてから夜帰ってくるまで、クラスで一日の大半を過ごしながら誰とも会話せず、ともすれば今日みたいに嫌なことが起きるだけ。

 本来群れる生き物であるはずの人間であるアヤナにとって、それが決して居心地の良い環境ではないことはぼくにだってわかる。

 

「まあ、でも、慣れてるから。寂しくないし」

 

 ……こうやって強がるアヤナに、ぼくはどうしてあげれば良いのだろう。慰めれば良いのか、励ませば良いのか、それともただ黙って寄り添えば良いのだろうか。アヤナのために一体このぼくに何が出来るだろう。一生懸命に考えてみたけれど、ぼくには思い浮かばなかった。

 うんうん唸っているぼくの様子を眺めていたアヤナが、唐突にこんなことを言った。

 

「……あんたって、ほんと変だよね」

 

 え? どういうこと?

 

「わたしのために心配したり、怒ったり、悩んだり。声しか聞こえない癖に、なんか顔つきまで浮かんできそう。変な幻聴。なんか弟みたい」

 

 言葉はそう悪し様だったけれど、アヤナがそれほど怒っていないことにぼくは気づいた。

 アヤナは“笑っていた”。

 いつもの自嘲でもなければ自虐でも皮肉でもない、温かな笑み。何年も忘れていたのをようやく思い出したばかりのようなその笑顔はぎこちなくて、それでも初めて感じるアヤナの表情だった。

 

「……でもありがとね、イリス。聞いてもらえて、すっきりした」

 

 話も一区切りついたところで、おやすみイリス、とアヤナはベッドで毛布にくるまった。

 おやすみ、アヤナ。そう答えるぼくの返信は、寝息を立て始めたアヤナに届かなかったけれど、今夜はアヤナの笑顔を感じられたのでぼくはとても満足だった。

 

 

 

 

 

 この夜を境に、アヤナの心は少しずつ変化していった。

 態度は相変わらずつれなくて、口調もつっけんどんだったけれど、ぼくの日々の努力の賜物か、心の方はゆっくりとほぐれてきて、自分の方から色々な話をしてくれるようになってきた。

 『学園』の外の世界、人間の社会の知識、そこでアヤナ自身が見てきた物事。アヤナが知っててぼくが知らないことを、アヤナは「あんた、そんなことも知らないの?」と呆れつつもきちんと教えてくれた。

 ある夜、こんな話題が出た。

 

「……わたし、弟がいたんだよね」

 

 “おとうと”?

 

「お父さんと、お母さんと、両親が同じ家族のこと。わたしは年上だからお姉さん、サトルは年下の弟」

 

 サトル、っていうんだ。

 そのときぼくは、初めてアヤナと話したときのことを思い出した。あのときアヤナは譫言で『サトル』を呼んでいた。見ていたその悪夢についてアヤナはまだ話してくれないけれど、きっと家族にまつわる内容だったのだろう。

 

「……もう死んじゃったけどね」

 

 そっか……。

 ぼくが悲しんでみせると、アヤナはちょっと困ったように苦笑いした。

 

「あのね、言っとくけど、別に同情してもらいたくて話したんじゃないから。ただ、イリスと話してるとサトルを思い出すな、って思っただけ」

 

 そうなんだ。

 気まずい空気を変えたかったのか、「あ、そうだ」とアヤナは何かを思いついたようだった。

 

「昔サトルにしてあげたみたいに、イリスにも寝物語をしてあげる。どんなのが良い? だいたい頭に入ってるからそらで話せるよ」

 

 アヤナが話したい内容だったら何でも!

 ぼくがそう答えるとアヤナは「……そういうの、一番困るんだけどな」とぼやきつつ、ちょっと考えてから「じゃあ、これにするね」と話を始めた。

 

「『むかしむかし(Once upon a time)遠い遠いところに(in faraway land)小さな王国がありました(there was a tiny kingdom)……』」

 

 アヤナが語り聴かせてくれたそれは、昔々あるところに住んでいたという一人の女の子のお話だった。幼い頃から苦労してきた可哀想な女の子、『シンデレラ』の物語だ。

 継母とその連れ子の姉妹に虐められ、こき使われる日々を過ごしていたシンデレラ。ある日、お城の王子様が婚約者を探すため、国中の娘を集めて舞踏会を開くことになった。しかしシンデレラだけは意地悪な継母たちに邪魔をされてしまい、舞踏会へ行けなくなってしまう。

 悲嘆に暮れるシンデレラ、そこへ魔法の妖精が現れる。魔法の力で美しく着飾り舞踏会へも行けるようになったシンデレラは、見事に王子様のハートを射止めて舞踏会で楽しい時間を過ごす。

 ただし、妖精の魔法には制限があった。シンデレラに掛けられた魔法は真夜中を過ぎると解けてしまうのだ。宴もたけなわというところでそのことを思い出したシンデレラは、名前や素性も告げないまま慌ててお城を飛び出していってしまった。

 シンデレラを見失ってしまった王子様、けれど彼は決して諦めなかった。シンデレラが忘れていったガラスの靴を頼りに国中を探し回り、継母たちの妨害も超えて遂にシンデレラを見つけ出す。

 そしてシンデレラと王子様は結ばれて、ずっと一緒にいつまでも幸せに暮らした。

 

「……というお話だったのさ、おしまい。シンデレラって別名だと『灰かぶり』っていうらしいんだけど、わたしは『燃えがら姫』の方が好きだな。『灰を被る』だとなんだか汚い気がするしね」

 

 そう語り終えたアヤナはどこか遠くに想いを寄せているかのようだった。

 ……でも『シンデレラ』って、ぼくにはそんなに善い話だとは思えないな。

 

「どうして?」

 

 だってそうでしょう。シンデレラは魔法の力で着飾ったおかげで王子様に見初められた。つまるところそれは『見た目の話』じゃないか。見た目なんて労を惜しまなければいくらでも誤魔化せてしまう。

 それに人間にとって大事なのは『見た目より中身』なのでしょう? だけど人間はお互いの心がそんな簡単にはわからない。ましてや男女の結婚だというのなら、もっと順を追って交際を重ねた方が良いんじゃないかなあ。

 そんなぼくの考えに、アヤナはぶすっと顔を顰めた。

 

「……イリス、あんたって意外と夢が無いのね」

 

 “ユメ”? 眠るときに見る『夢』とは違うの?

 ぼくの質問にアヤナは「まぁ似てるけど、わたしが今言ったのとはちょっと違うかもね」と答えた。

 

「ここで言う『夢』っていうのは、現実で叶えてみたいことを空想することよ。あんたの言うことは現実のことばかりで夢がないわ」

 

 現実で叶えてみたいことを空想する、それが夢。

 どうしてそんなことをするの? 意味がない気がするのだけれど。

 

「そりゃあ楽しいからよ」

 

 楽しい?

 

「そう。現実なんて嫌なことばっかり。あんたみたいに現実的なことばかり考えていたら、希望が無くなっちゃう」

 

 そうだろうか、ぼくにはよくわからない。

 ぼくが首を捻っているうちに、興が削がれた様子のアヤナは「おやすみっ、イリス」と布団にくるまって眠ってしまった。

 

 こんな感じで毎夜重ねた、ぼくとアヤナの心の交流。

 それはとても楽しくて、幸せで、どうかいつまでも続いてほしいとぼくは思った。アヤナ流に言うならばこれこそまさに『夢』というものだったのだろう。

 ……けれどぼくはいずれ思い知ることになる。『いつまでも続く幸福な夢なんて、この世には存在しない』ということを。

 

 

 

◆     ◆     ◆

 

 

 

 それはある夜のこと。

 いつものように交信をしようとアヤナにテレパスで呼びかけたつもりだったのだけれど、その日は返事が無かった。部屋の様子を確認してみれば、そもそも部屋にアヤナがいない。

 ……どうしたのだろう、就寝時間も近いのに。

 いつもと違う状況に、ぼくは不審に思った。他の子たちならこっそり夜更かししたり寮の部屋を抜け出したりしていることもあるのだけれど、アヤナは善い子だから就寝時間になればきちんと寮のベッドに就いていて、規則破りの夜更かしなんて決してしない。

 

 なんだか嫌な予感がした。

 

 アヤナを探すために、ぼくはまず普段から使っているテレパス能力の機能を拡張してみようと試みた。

 テレパス能力の機能拡張、ぼくはこれまでずっとテレパスはアヤナとお喋りすること以外に使ったことがなく、感度調整なんて『やってみよう』と思ったことすらなかった。けれど、そのアヤナがいなくなってしまったのだ、手段は選んでいられない。

 ぼくの試みにテレパス器官は当初拒否反応を示したものの、ぼくがそれでも押し通そうと試行錯誤を繰り返すうちに機能が拡張され、テレパスで探せる範囲はより広く、感知できる感度もより精密にアップグレードされた。

 寮やぼくの身の回りだけじゃない、『学園』全体をカバーできるほどの範囲。これならアヤナを見つけ出せるかもしれない。ぼくは虱潰しに一部屋一部屋、丹念に探した。

 ……他の部屋、いない。寮の中、いない。『学園』のクラスルーム、ここにもいない。屋内外の運動場、影も形もない。こんな夜遅くに、アヤナは一体どこに行ってしまったのだろう。

 

 そうやって探し回るうち、ぼくは奇妙なことに気が付いた。

 ぼくはアヤナを探すのに一生懸命でつい見落としかけていたのだけれど、そういえばアヤナだけじゃなくて他の子供たちも何人かいない。『人っ子一人いない』というわけでもないものの、より注意深く観察してみると普段埋まっているはずのベッドが空いていたり、あるいは寮の部屋にいるはずの子がいなかったりしている。他の子なんて正直どうでもいいけど、これもアヤナがいなくなってしまったことと関連があるのだろうか。

 

 

 『学園』中を隅々まで散々探し回った挙句、最後に残ったのはその外れにある『研究棟』だった。そこにはぼくが普段、そして今もいる培養槽が安置されていて、その棟内ではいつも“キョージュ”とその配下である大人たちが何かしらの仕事をしている。

 けれどここに入るには大人たちが持っている『セキュリティカード』が必要になる、だから『学園』の子供たちが入ることはできないはず。そういうわけで研究棟は後回し、一番最後にしてしまった。

 テレパスの感度をより上げて、研究棟全体を細かく見てみる。いつも人が忙しく働いている研究棟だけれど、今宵はより一層騒がしいようだった。もう夜遅いというのに寝る間も惜しんで、キョージュの指揮下で忙しく仕事に従事している大人たち。なんだか何かの準備を進めているかのようだ。

 けど、一体なにを? そう思ったときだった。

 

「……タ……テ……」

 

 それは、辛うじて感じ取れるほど微かなテレパスだった。もしぼくがテレパス器官の機能を最大限に拡張していなかったら、間違いなく聞き逃していただろう。

 テレパス器官をそばだてて、心の耳をさらに研ぎ澄ませる。そのおかげで、今度ははっきりと聞こえた。

 

 

 

「たすけて、だれか……!」

 

 

 

 それは毎夜毎夜聞き続けた声。間違いない、アヤナだ。

 ようやく見つけ出した糸口。それをしっかりと掴んで手元へと手繰り寄せてみると、アヤナはやはり研究棟内にいた。

 アヤナがいたのはぼくが入っている培養槽のある部屋のすぐ近く、研究棟の奥の一室だ。テレパスで透視してみると、アヤナはぐったりとした様子で大きなベッドに縛りつけられていた。

 そして、アヤナが寝かされているベッドの周りには、“キョージュ”を筆頭に『学園』の大人たちがずらりと並んで立っている。まるで、これからアヤナの身に起こる出来事を観察したがっているかのようだ。

 準備が整ったところで“キョージュ”が部下たちに告げた。

 

「さあ、始めよう」

 

 そして、テーブルに並べられた鋭利な刃物を手に取るキョージュたち。その光景を目の当たりにして、ぼくは直感した。

 

 このままだとアヤナが切り刻まれてしまう。

 

 そのことに思い至ったとき、ぼくはもはや居ても立っても居られなかった。全身を流れる体液が一瞬で沸き返り、体の中で爆発的な進化が促されて、ぼくの身体が作り替えられてゆく。突如膨れ上がったぼくの体、そこから生じた内部圧力の激烈な上昇で培養槽の強化ガラスにヒビが入る。

 

「!?」

 

 そんな培養槽内部の異変に周囲の大人たちも勘づき、ひどく慌てた様子で周囲の装置を操作し始めた。だけどそんなのは無駄な足掻きだ、そんなことではぼくを止められない。

 ぼくは力任せに培養槽を突き破り、外の世界へと滑り落ちた。

 砕け散る水槽のガラス、一気に零れ出る大量の薬液、生まれて初めて吸った外界の空気の味、触手で触れた床の冷たさ、全身に感じた重力の重み、すべてが『初めて』だけれど今はそんなことを言っている場合ではない。

 培養槽から這い出たぼくを、周囲の大人たちは捕まえようとした。

 

「つかまえろ、逃がすな!」

「やめろ、撃つな、死んだらどうする!」

「スタンロッドだ、誰かスタンロッドを持ってこい!」

 

 強化ガラスの培養槽を破壊したぼくの巨体に当初人間たちは恐れ戦いていたけれど、やがてそのうちの勇敢な、あるいは無謀な男がぼくを取り押さえようと飛び掛かってきた。手には鉄棒状の道具を持っていて、その先端からは高圧電流が流れている。ぼくを電撃で痛めつけて大人しくさせてから捕まえる、そういうつもりなのだろう。

 心の中で本能が、ぼくに『戦え』と言っている。その声に従って、ぼくは触手の先端へ力を込めた。

 

 刹那、超音の刃が駆け抜けた。

 

 最初ぼくは、自分が何をしたのかわからなかった。

 ぼくを捕まえようとしていた男は驚きのあまりその場で腰を抜かして引っくり返っており、手に持っていた鉄棒状の道具、つまりスタンロッドは半ばの所で綺麗に切断されていた。捩じ切ったのでもなければ焼き切ったのでもない、その切り口はとても滑らかで元からそういう形状だったかのようだ。

 ぼくがもう一度体に力を込めると、触手の先端から人間の耳をつん裂いてしまうほどの高周波が響き渡り、音波はやがて一枚の鋭利な刃となって相手の男の喉を掻き切った。

 

「んげっ、ごぷっ……!」

 

 抉れた喉から勢いよく噴き出す鮮血のシャワー、首を斬り裂かれた男は呻き声も挙げられないままその場へ倒れ込んだ。

 

 超凝縮された高周波によって研ぎ抜かれた強力な斬撃。

 いわば“超音波メス”だ。

 

 ぼくからの思わぬ反撃に、周囲の人間たちは動揺した。そしてもはやスタンロッドでは抑えられないことも理解したのだろう、スタンロッドではなく銃器を手に取ろうとする。

 だけど、人間たちが武器を手に取るよりもぼくの方が遥かに素早かった。超音波メスの使い方を理解したぼくは、全身の触手に力を込めて、超音波メスを四方八方へ撃ちまくった。

 室内を所狭しと駆け巡る鋭利な超音波メス。部屋中を赤く濡らす夥しい流血の雨。そして人間たちの絶叫。

 

 こうして研究室の人間たちを皆殺しにしたぼくは、触手をくねらせながらアヤナの下へと向かったのだ。

 

 

 

 

 

 突然のぼくの脱走。

 研究棟内で耳障りな警報が響き渡り、逃げ出したぼくを捕まえようと武器を持った人間たちがうじゃうじゃと現れた。そのうちの何人かは銃を持っており、実際ぼくも何発か撃たれた。

 しかしパワーアップを遂げたぼくの進撃を、人間如きに止めることなど出来やしない。撃ち込まれた弾丸をぼくは触手の一振りで弾き飛ばし、邪魔する人間たちを逆に超音波メスで返り討ちにしていった。

 そして遂にアヤナが捕まっている部屋の前へと辿り着く。

 

「たすけて……だれか……」

 

 アヤナのテレパスの声がする。間違いない、中にアヤナがいる。

 ぼくは閉ざされたドアを力任せに開けようとしたのだけれど、ドアにはロックが掛かっていてぴったりと閉ざされていた。ドアに体当たりしてみたがびくともしなくて、きっと力任せでは開けられないだろうと思えた。

 そこでぼくは、今回も超音波メスを使うことにした。出力を絞ってより研ぎ澄ませた超音波メスの刃をドアの隙間へ差し込んで、ロックを斬り落とす。

 ロックを破壊されたドアは、呆気なく開いた。

 

 部屋にはベッドがずらりと並べられていて、ベッドの上には『学園』の子供たちが一人ずつ寝かされている。その周りには白衣を纏った大人たちがいて、突如ドアを開け放ったぼくのことは驚きと恐怖の入り混じった変な顔で凝視していた。

 だけどそんなことはどうでもいい。問題はアヤナだ、アヤナはどこにいる。

 超音波メスと触手で周りの人間たちを蹴散らしながら内部へ押し入ったぼくは、テレパスの残り香を頼りにアヤナを探り出す。

 ぼくが見つけたとき、アヤナは隅のベッドで寝かされていた。

 

 ――………アヤナ、アヤナ、アヤナ!

 

 脈はあるし生きてもいる、しかしテレパスで呼び掛けても返事がない。

 見てみると両手足と胴はベルトで縛り付けられ、静脈に管を差し込まれて体内に複数種類の液体を流し込まれていた。きっと何らかの薬物で無理矢理眠らされているのだ。

 そう理解したぼくは、アヤナの身体に刺さっている点滴を引き剥がし、代わりに自身の触手を突き刺してアヤナに流し込まれている薬物の解毒を試みた。

 アヤナの身体から吸い出したそれらはとても苦くて不味い薬物で、ちょっと体内に入れただけでも有毒なものであるのはすぐにわかった。けれど構うものか、アヤナを冒している薬物をすべて抜き取って床へと吐き捨てると、続いてぼくはアヤナをベッドへ縛り付けているベルトをすべて毟り取って彼女を抱き起こした。

 起きて、起きてよアヤナ。目を覚ましておくれ、お願いだから。

 

「んっ……」

 

 ぼくに揺さぶられるうちに、アヤナが眉を顰めて呻いた。きっと毒抜きが成功したのだろう、アヤナは無事だ。今はまだ夢現だけれど、時間が経てば目を覚ましてくれるだろう。

 ……よかった。ぼくが安堵したとき、すぐ背後で声がした。

 

「お、おまえは、アルファタイプか……?」

 

 “キョージュ”だった。並んで立っていた他の人間たちはぼくが放った超音波メスの乱射で賽の目状に切り刻まれて即死していたけれど、『悪運が強い』という奴なのか、キョージュだけは無傷のようだった。

 キョージュはぶつぶつと何か独り言を呟いていたけれど、やがて何かに思い至ったかのように声を上げた。

 

「……そうか、巫女の少女との共鳴か!」

 

 キョージュの表情に浮かんでいるのは恐怖と恍惚、そして狂喜。うっとりと魅せられたかのようにキョージュは浮かれ調子で捲し立てた。

 

「そうだ、わたしは正しかった! 聖遺物『マガタマ』の破片を用いた人間と怪獣の精神交感システム、これが完成形! 精神の交感を極限まで高めることで、人間の限界を超えた力を得ることが出来るのだ! これこそ人類の可能性だ、科学の勝利だ、人類の未来を切り開くための希望! ああ、アルファタイプ、わたしの最高傑作、愛しい我が子、おまえはなんて美しい蝶なんだ! どうか、どうか、その翅を見せておくれ……!」

 

 ……うるさいなあ、もう。せっかくアヤナと出逢えたのに邪魔しないでよ。

 

「やはり心にトラウマを抱えた孤児を巫女に選んだのも正解……あぴゅっ」

 

 わけのわからないことを喚き続けるキョージュの額に、ぼくは触手を突き立てた。ぐしゃっという頭蓋の割れる軽い音とキョージュの間抜けな呻きが響く。

 続けて『中身』を吸い上げる。

 

「あっ、あっ、あっあっあっあっ……」

 

 白目を剥きながら変な呻き声を挙げているキョージュ、その脳髄をぼくはちゅるちゅると吸い上げてゆく。その最中、キョージュの『中身』がぼくへと流れ込んでくる。

 1954年から始まる怪獣の大量発生『怪獣黙示録』とその世界史。バルゴン、ギャオス、バイラス、ギロン、ジャイガー、ジグラ、宇宙海賊ザノン、レギオン、ジーダス……相次いで怪獣が現れるそんな時代。その最中に教授(キョージュ)は息子と夫、自分の家族を怪獣に殺されたこと。

 キョージュはその復讐のために国際機関モナークの主任研究員であった権限を悪用して、『人間と怪獣を融合させた究極の対怪獣兵器の誕生』を目指した非合法な実験へ手を出したこと。

 目標にしたのは最強の大怪獣:G。身寄りのない孤児を集める非政府研究施設『学園』の創設、彼らを素材に用いた精神感応を強化する人体実験、超古代先史文明のテクノロジー『聖遺物:マガタマ』の解析とリバースエンジニアリング、回収された怪獣の死骸をクローニングしての生体兵器開発、そしてそれらの集大成にして完成形が超遺伝子獣ギャオス改変型 精神感応制御式対獣強襲制圧システム アルファタイプ、つまりこのぼくであること。

 

 ……ふん、くだらない。

 

 キョージュの『中身』を吸収したおかげで、ぼくは外の世界のことについて少しだけ詳しくなったし、ほんのちょっぴり賢くもなった。けれど、アヤナの素晴らしさに比べたらどれもこれもどうでもいいものばかりだ。

 キョージュの全てを吸い尽くしたぼくは、残った搾りかすをその場に放り捨てるとアヤナの方へ向き直った。薬物の影響か、アヤナはまだベッドの上でしばらくぼんやりしていたけれど、時間が経つにつれて意識も覚醒してきて虚ろだった目つきも徐々にはっきりしてきた。

 そして正気に帰った途端、アヤナは驚愕の表情でぼくの方を見た。

 

「……っ!?」

 

 テレパス越しじゃない、ぼくが初めてその目で見たアヤナの姿。

 取り立てて整っているわけでもない、見目形だけでは特別なことなんて何もない、ごく普通の女の子。けれど、瞳の奥から溢れ出るその魂の美しさは隠しきれない。

 そのアヤナが、戸惑うような目つきでぼくを見上げていた。ぼくは「やあ、アヤナ」とテレパスで挨拶をする。

 

「あんた、イリスなの……?」

 

 そうだよ、アヤナ。やっと会えたね。

 ぼくは頷きながらテレパスを返し、触手を差し伸べて、アヤナをベッド――それは解剖台だった――から降ろしてあげた。

 ……ねえ、アヤナ。

 

「な、なに……?」

 

 いつだったか、『ぼくに何が出来る』と聞いてくれたよね。

 そんなぼくの言葉に、アヤナは過敏に反応した。

 

「! ひっ!」

 

 喉を引き攣らせながら身を引いてその場から後ずさるアヤナ。危害の予感を察した咄嗟の反応。アヤナが見せたのは、長年に渡って尊厳を踏み躙られてきた苛められっ子のそれだった。

 ……まあ、可哀想に。すっかり怯えている。

 そんなアヤナの頬を、ぼくは触手の柔らかいところでそっと撫でてあげた。

 アヤナの全身はまだ僅かに震えていたけれど、ぼくの気持ちが通じたのだろう、やがて自分からこう言った。

 

「ごめん、助けてくれたんだよね……」

 

 そうやって詫びるアヤナに「いいよ」とぼくは返す。

 きっとアヤナはいつも“こう”だったのだろう。周囲の人たちの気紛れや都合ひとつで一方的に甚振られ、アヤナはそれら全てにいちいち怯えながら小さく縮こまって生きてきたのだ。

 

 だけどこれからはもう大丈夫。これからはぼくがついている。

 たしかに、かつてのぼくには何も出来なかった。アヤナが傷つけられたとき、アヤナが寂しかったとき、いつだってぼくはキミの話を聞いてあげるばかりで、本当にキミに必要なことは何一つしてあげられなかった。

 だけど今は違う。今はアヤナ、キミが傍にいる。

 

 ぼくは触手を広げ、“光の翅”を形作った。

 

 構造色の光、カラフルな輝きを帯びたぼくの触手。

 ……これはキョージュの『中身』から知ったのだけれど、ぼくの名前である『イリス』は本来猫の名前ではなくて、神話に登場する女神の名前なのだという。そこからの着想だ、虹の神イーリス、そしてその名を冠したぼく。

 アヤナはと言えば、きらきらと鮮やかに煌めくぼくの触手をしばらく見つめて、やがてぽつりと呟いた。

 

「虹……」

 

 まだ怖がっている様子を見せているアヤナ。けれど、目の前で光輝く虹の華麗さに心惹かれるものがあったのだろう、やがて自分から歩み寄って恐る恐るぼくの触手へ指を重ねてくれた。

 その指先から、ぼくは触手を巻きつけた。

 

「い、イリスっ!?」

 

 大丈夫だよ、心配しないで。

 ぼくは、アヤナの全身へ触手を絡めてゆき、さらに膜や翅も折り重ねていって、やがてアヤナと一体になってゆく。

 ……はい、出来た。ぼくは伸ばした触手で鏡の破片を拾い上げ、その“完成形”をアヤナに見せてあげた。

 

「これが、わたし……?」

 

 鏡に映っているのは煌びやかで美しい虹色のドレス、そしてそれを纏っているのはアヤナだ。

 目指したのはアヤナが密かに夢見ていた御伽噺のシンデレラ。アヤナが心の中で思い描いていたそれには遠く及ばないかもしれないけれど、なるべく近づけたつもりだ。

 ……どう、かな。

 

「……きれい」

 

 そう呟いたアヤナの表情はまさに満面、幸せそうな笑顔だった。

 ……よかった、喜んでもらえて。アヤナは素敵な女の子だから、触手と翅の素敵なドレスだってきっと似合うと思っていたのだ。

 さて衣装も出来たし、次はいよいよ『魔法』の時間だ。さあ、願って、アヤナ。

 

「魔法? それに願いって?」

 

 アヤナが好きなシンデレラと一緒だよ、とぼくは答えた。

 シンデレラのお伽噺には『魔法』が付き物だ。健気で不幸で頑張り屋さんの、可哀想なシンデレラ。今まで頑張ってきたシンデレラには、その幸せを魔法で叶えてもらえる権利がある。

 さあアヤナ、キミの『願い』を聞かせて。アヤナが欲しいものを何でも言っておくれ。

 

「わたしの、願い?」

 

 そう。キミが願えば、今のぼくにはなんだって出来る。何が良い? カボチャの馬車でもガラスの靴でも、なんでも叶えてあげられるよ、すべてキミが望みさえすれば。

 差し出されたぼくの言葉に対し、アヤナは一瞬何かを言いかけた。

 

「わ、わたしは……っ……」

 

 けれど、アヤナはすぐさま口を閉ざしてしまう。

 ……どうしたの? 何でもいいんだよ?

 

「……いや、出来っこないから」

 

 どうして?

 

「イリス、あんたはきっと凄い怪獣なんでしょうね。だけど、いくらあんたが凄くても、きっと『コレ』は無理だから」

 

 そうかなあ? 言ったでしょう、『なんでも叶えてあげられる』って。今のぼくに不可能なんかない、アヤナが傍にいてくれるなら。

 ぼくがそう答えるとアヤナは再び考え込んだ。

 

「そう、なんだ……」

 

 いつだったかアヤナは『現実で叶えてみたいことを空想する、それが夢』だと言ったよね。

 アヤナの望み、アヤナの願い、アヤナが現実で叶えてみたい『夢』はなに? 言って御覧?

 迫るぼくに対し、アヤナはなおもしばらく逡巡していたけれど、やがてそれを口にした。

 

「……わたし、怪獣黙示録を終わらせたい」

 

 それはアヤナの心からの願い。

 『怪獣黙示録』に運命を弄ばれ続けてきた女の子が抱いた、小さくて、だけど切実な夢。

 ぼくの頬を手で撫でながら、アヤナは続けてこう言った。

 

「もう、怪獣なんかに踏み潰される人たちのいない、誰も傷つかない、安心して楽しく暮らせる平和な世界が欲しい。こんなこと、もう終わらせなきゃ」

 

 言ってしまってからアヤナは気まずそうに、そして恥ずかしげに目線を逸らす。

 

「……でも出来っこないよね。ごめん、無茶なこと言っちゃった」

 

 いいや、出来るとも。

 自信満々に即答したぼくにアヤナは当初面食らっていたけれど、恐る恐る聞き返す。

 

「……ほんとうに、できるの?」

 

 ほんとうだとも。ぼくに不可能なんてものはない、アヤナさえいてくれれば。

 

「じゃあ、手伝ってくれる?」

 

 もちろん!

 ぼくは触手を広げ、虹色の翅を煌めかせながら、アヤナの小さな身体をより一層抱き締める。

 

「イリスのなか、あったかい……」

 

 これからはずっと一緒だよ、アヤナ。

 アヤナはぼくに身を委ね、ぼくは触手を伸ばしてアヤナの全身を包み込んだ。

 

 

 

 誰もいなくなった『学園』で繰り広げられる、ぼくとアヤナだけの舞踏会。

 ぼくのリードに身を委ねて、アヤナが踊っている。その表情は心の底から楽しそうで、嬉しそうで、まさにぼくが夢にまで見たアヤナの幸福な姿だった。それを邪魔しようとする者がいたなら、ぼくはそいつを許さないだろう。

 『学園』の時計塔が鳴った。深夜0時を知らせる時報、だけどそんなものではぼくらは止められない。むしろ楽しいことはこれから始まるのだ。

 そんなときに『そいつ』は現れた。

 

「…………!」

 

 ぼくよりも先に、アヤナの方が気が付いた。楽しそうだったアヤナの表情が一変し、頭上へと視線を傾ける。

 ぼくもアヤナに合わせて空を見上げると、奇妙な音が聞こえてきた。

 遠い夜空の向こう側から接近してくるのは、風を切って空を飛ぶ『回転ジェット』の轟音。

 

「……ッ」

 

 その音に、アヤナは覚えがあったようだった。顔を怒りに歪め、音の主の名を呟く。

 

「〈ガメラ〉……ッ!」

 

 ガメラ。

 その名を口にしたとき、アヤナの心にどす黒い炎が灯るのがぼくにも感じ取れた。それと同時に、アヤナの記憶の欠片がぼくの方へと流れ込んでくる。アヤナが長いあいだ心の奥底に封じ込めてきた、けれど時折夢に見てしまうほど深々と刻み込まれている、忌わしい想い出。

 

「おとうさん! おかあさん! サトル!」

「いいから早く逃げるんだ、アヤナ!」「あなただけでも、アヤナ!」「ねえちゃん!」

 

 アヤナを逃がそうとするアヤナの家族たち、そんな彼らを救い出そうとアヤナは懸命に腕を伸ばしていた。

 けれどその手は寸前で届かない。アヤナの目と鼻の先で、巨大な『足』がアヤナの家族の頭上へと振り下ろされる。

 ぐちゃ、という音がした。

 

「あ、ああ、あ……!」

 

 アヤナは言葉を失い、その場にへたり込みながら『足』を見上げた。

 ……アヤナの前に立つ『足』の主。身長は60メートルほど。爬虫類:カメにも似た、丸いけれど刺々しい甲羅を備えたシルエット。その頂点で、鮮やかな緑色の双眸が揺れている。

 体重は果たして何トンあるだろうか、そいつの足の蹴爪から溢れ出るどす黒い血溜まり。

 そいつは戦いの最中、その巨大な足の一撃でアヤナの家族全員を踏み潰していた。

 アヤナが絶叫した。

 

「いや、イヤアァァアァァァ――――ッ!!……」

 

 ……そしてぼくらは現実へと引き戻される。

 アヤナの家族を踏み潰した怪獣、その名は大怪獣〈ガメラ〉。怪獣黙示録でアヤナの家族を踏み潰し、アヤナの心に深い傷をつけた憎い敵。

 そのガメラが今、ぼくらの方へと向かってきている。ぼくらの幸せな時間をぶち壊すために。

 

「……ころして」

 

 聞こえた呟きに振り返ると、アヤナが頭上を飛ぶガメラを睨んでいた。アヤナの心に点いた怨念と憎しみの炎が、今や眩いばかりに煌々と燃え盛っている。

 アヤナは叫んだ。

 

「ころして、イリスッ!!」

 

 わかったよ、アヤナ。アヤナの願いに応え、ぼくはガメラに挑みかかった。

 

 

 

◆     ◆     ◆

 

 

 

 ガメラとぼくの戦いは、ぼくの優勢で進んだ。

 当然だ。アヤナと融合し、さらに無数の餌を喰らって無敵の存在となったこのぼくに、ガメラ如きが敵うはずがない。

 

 ガメラ御得意の強力な火炎弾:プラズマ火球は絶妙な触手捌きで完封、真正面から組み打ったパワー比べでもぼくはガメラを難なく捻じ伏せた。スピードもパワーも何もかもぼくの方が上だ、到底負ける気がしない。

 力で押し負けて後ずさるガメラへ、ぼくは容赦なく触手を繰り出していった。ぼくの俊敏で鋭い触手攻撃の剣閃ラッシュを、ガメラののろまな動きでは到底防ぎ切れない。

 触手の鋭い一閃がガメラの腹部を深々と斬り裂き、触手の鞭で足元を払う。足を掬われてその場へ倒れ込んでしまったガメラ、すぐさま立ち上がろうとしてついたその手へ目掛けて、ぼくは触手の刺突を思い切り振り降ろした。

 

 ぐしゃっ。

 肉と骨の砕ける音が一帯に響き、ガメラの腕を触手の一撃が貫通した。

 

 刺し貫かれたガメラの腕から緑色の体液が噴水のように噴き出し、ガメラは地面に釘付けにされた。さらにぼくは触手に力を籠めてガメラの腕の傷口を力一杯に躙る。

 腕を潰された上に傷口を抉られ、ガメラは苦悶の呻き声を挙げた。アヤナの家族を踏み潰した報いだ、せいぜい苦しめばいい。

 人間の世界には『まな板の鯉』という言葉があるが、ぼくにとって今のガメラはまさにそれだった。さて、ここからどう料理してやろうか。

 ……最高の勝利は、最高の皮肉で味付けされている。ぼくは思案の末、最高の“トドメ”を考えついた。

 

 ぼくはガメラの体液を吸い上げ、遺伝情報を解析してその力を『コピー』した。周囲でくねる触手たちの構造が瞬く間に作り替えられ、その矛先でエネルギーを展開して収束、灼熱に燃えるプラズマの線状光が、破壊力抜群の爆炎球へと凝縮される。

 名付けて必殺『オーバーブースト・プラズマ』。

 これまで数多くの敵怪獣を屠ってきたガメラの必殺技、プラズマ火球。ぼくが編み出したオーバーブースト・プラズマはそのコピーだけれど、その威力は本物以上だ。これをまともに喰らえば、いくらガメラであろうとも無事では済まない。ガメラはこれまで自分自身が使ってきた必殺技の模造品、それも改良版に敗れるのだ。これ以上に惨めな皮肉もないだろう。

 そのとき、ぼくの中にいるアヤナが言った。

 

「……ありがとね、イリス」

 

 どうしたの、改まって。ぼくが怪訝に訊ねると、アヤナはこう答えた。

 

「あなたはわたしを助けてくれた。あなたのおかげで、家族の仇が獲れた。ありがと、イリス」

 

 いいえ、こちらこそ。

 ぼくはアヤナの人生を思い返す。

 大怪獣ガメラに大切な人たちを踏み潰され、極悪非道の邪悪なマッドサイエンティストに心身を弄ばれ、『怪獣黙示録』が引き起こす不条理にずっと傷つけられ続けた可哀想なアヤナ。

 だけどそんな悲しみも苦しみも何もかも終わりだ、今までの不幸なアヤナの人生もこれでようやく報われる。ガメラを仕留めればアヤナもきっと喜んでくれる。今度こそアヤナは本当の笑顔を取り戻してくれる。そしてガメラを倒したら次は世界進出、アヤナの望むとおり『怪獣黙示録』を終わらせてあげるんだ。

 そうこうしているうちに、エネルギーの充填が終わった。ぼくの触手の先端で眩いばかりに輝くオーバーブースト・プラズマの光。

 ……終わりだ、ガメラ。

 最高潮まで洗練されたオーバーブースト・プラズマの一撃をガメラに叩き込もうとしていたそのとき、「ねえ、イリス」とアヤナが問いかけた。

 

「ガメラは、これで殺せるんだよね?」

 

 そうとも。ガメラはこれでおしまいさ。

 ぼくが得意気にそう答えると、アヤナは心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべながら、さらにこんなことを訊ねた。

 

「このあと、どうするの? 『怪獣黙示録を終わらせる』、なら他の怪獣もやっつけてくれるんでしょう?」

 

 当然だね。ガメラ以外にも人間を踏み潰す悪い怪獣は沢山いる。そいつらも根絶やしにしてやらなくちゃ、一匹残らずね。

 ぼくの堂々とした宣言に、アヤナはさらに問う。

 

「じゃあ、そのあとは? もし怪獣を皆やっつけたらどうするの?」

 

 そのあと、怪獣をやっつけたあと? アヤナの不可解な質問にぼくが首を傾げていると、アヤナはこんな提案をした。

 

「もしイリスがよかったら、怪獣を皆やっつけたら『どこかで二人で暮らす』ってのはどう? たとえば、誰も来ない無人島でのんびり二人きり、ってのは? あなたとわたし、『ずっと一緒にいつまでも幸せに暮らしましたとさ』って。きっと楽しいでしょうね」

 

 いや、それは違うよアヤナ。アヤナの提案にぼくは首を振った。

 

「えっ、どういうこと?」

 

 まったくアヤナったら、キミは何を言っているんだい? たしかに全て終わったらのんびりスローライフもいいけれど、隠居の心配をするにはまだ早すぎるよ、『やること』はまだまだ沢山残っているじゃあないか。

 尤もな指摘をしたつもりなのだけれど、アヤナは唐突に怪訝な顔をした。

 

「やること? 怪獣を殺す以外にやることってあったっけ?」

 

 あるとも。わかりきっていることだとは思うけれど、アヤナはまだピンと来ていないようだった。仕方ないのでぼくは教えてあげた。

 

「……え?」

 

 するとアヤナは、ぼくが思ってもみなかった反応を返してきた。

 

「ちょ、ちょっ、ちょっと待って!? 今“何をする”って?」

 

 そうやって聞き返してくるアヤナ。

 ちゃんと聞こえなかった、ということなのだろうか。そりゃあもちろん、とぼくは答える。

 

 

 

 ――怪獣の次は、人間を皆殺しにするのさ。

 

 

 

 ぼくは決まり切った共通の理解を伝えたつもりだったのだけれど、どういうわけかそれはアヤナにとっては思いがけない、とてつもない青天の霹靂のようだった。

 『怪獣黙示録の終焉』、怪獣なんかに踏み潰される人たちのいない、誰も傷つかない、安心して楽しく暮らせる平和な世界。そんなのお安い御用だ、人間も怪獣も皆殺しにしてしまえばいい。踏み潰される人間がいなければ誰も踏み潰されることもない。ね、容易いことだろう?

 順を追ったぼくの説明にアヤナは一瞬呆然としていたけれど、すぐに我に返って叫んだ。

 

「ちがう、ちがうの、イリス!」

 

 ぼくはわけがわからなかった。アヤナは一体何が不満なのだろう。

 ちがう、何が違うって?

 

「わたし、そんなの望んでない! 人間を殺すなんて!」

 

 本当にそうかな、アヤナ。これこそがキミの望んでいたことじゃないのかな?

 

「なっ……!?」

 

 アヤナはどうして驚いているのかなあ。こんなことは自明だと思うんだけど。

 不思議なアヤナの反応をぼくが訝しんでいると、アヤナはこんなことを言い出した。

 

「あなたはガメラさえ、怪獣さえ殺してくれればいいの! 人間まで殺さなくていいの! だから……」

 

 ……ねえ、アヤナはどうしてそんなことを言うんだい? アヤナが望んだ『誰も傷つかない世界』、そのためには人間は皆殺しにしなくっちゃあ駄目じゃないか。

 

「そんなはずは……!」

 

 ……アヤナ、キミは『誰も傷つかない世界』を望んだ。だけどキミにとって他人は怪獣と同じだ、キミにとってこの世界の人間はいつだって意地悪で、誰も彼もがキミのことを傷つけてくる。他人がいたら繊細でか弱いキミの心が踏み躙られてしまう。

 そんな無神経で大雑把で暴力的な世界のすべてを、キミはいつだって憎んでいた。結局キミは世界を受け容れられないし赦せもしない、なら答えは一つしかない。だろう?

 

「そんなことは……」

 

 ぼくの言葉を否定し反論しようとするアヤナだったけれど、すぐに言葉に詰まった。

 今ぼくが話したことは全てアヤナの心の中にあったものばかりだ。だからアヤナも否定しようにも否定しきれないのかもしれない。人間って本性はそれほど道徳的でもないくせに、時々心にもないことを気にするよね。

 

「イリス、あんた……!?」

 

 それにねアヤナ、キミは『怪獣黙示録の終わり』も望んでいたけれど、そもそも『怪獣黙示録』がどうして起こったか考えてみなくちゃいけないよ。

 

「『怪獣黙示録』がどうして起こったか……?」

 

 そう。環境汚染、科学の暴走、核開発、戦争、怪獣出現の原因はすべて元を辿れば何もかも人間のせいだ。『怪獣黙示録』を引き起こしたのは人間の愚劣さなのさ。

 人間は欲深で、浅はかで、そして底無しに愚かだ。つまりね、元を断たなければ、例え今の怪獣たちを皆殺しにしてやったところでいずれきっと同じことの繰り返しになってしまう。そういう意味でも『怪獣黙示録の終わり』には愚かな人間や悪い人間は間引かなくっちゃあならないんだよ。ぼくのベースになった超遺伝子獣ギャオスが、本来は超古代先史文明で人類の天敵として創造されたようにね。

 

「だけど、人間まで殺すなんて聞いてない! 人間を殺すなんてやりすぎ、お願いだからやめて、イリス!」

 

 いまさら何を言っているんだろう、とぼくは思った。人間なんて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え……」

 

 ほら、たとえばキョージュ。それに研究棟の人間たち。アヤナの命を助けるときに皆殺してしまった。アヤナ自身、彼らが目の前で切り刻まれて干物にされる場面を目にしていたじゃあないか。それなのに今になって『人殺しはやりすぎ』ってちょっと変だよね。

 

「そ、それは正当防衛で……」

 

 それだけじゃあないよ、ほら見てごらん。

 一体何を言い逃れようとしているのかわからないけれど、言い訳らしい言葉を述べようとするアヤナにぼくは学園中の光景を見せてあげることにした。

 

 『学園』のあちこちに築かれた、人間の死体の山。

 

 校庭、クラスルーム、寮、研究棟。どこもかしこも干乾びた死体だらけで、この『学園』の敷地内で生きている人間はもはやアヤナだけだ。それともアヤナは自分自身で気づいてなかったのかなぁ、ぼくと融合したアヤナが真っ先にやったことが『学園中の人間を皆殺しにすること』だったってことに。

 

「わたしが、みんなを殺した……?」

 

 そうとも、アヤナ。まだ状況が呑み込めていない様子のアヤナに、ぼくは説明する。

 ぼくと融合したあと、キミは『学園』中の人間を殺して回った。いじめっ子たち、そのいじめを見て見ぬふりしていたクラスメートや大人たち、キミを実験材料として弄び続けてきた研究員たち。みんなみんな殺したじゃないか、アヤナ自身の意志でね。

 あいつらのみっともない末路の光景が脳裏に浮かぶ。

 

「たすけてくれえ!」

「うあああっ」

「誰か! だれかあ!!」

「く、来るな化け物ォオオオッ」

「ぎゃあああっ」

 

 人間流に言わせればまさに阿鼻叫喚、血の雨が降る地獄絵図。かつて面白半分、あるいは私利私欲でアヤナをいじめてきた下劣な奴らが、恐怖に顔を歪めながら必死になって逃げ惑い、命を乞うて、そして最後は呆気なく生命を狩り取られてゆく。

 

「いやだあ! 死にたくない、死にたくないぃ!」

「おうちに帰してよぉっ」

「いやだいやだいやだいやだいやだ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない」

「もうやめてくださいお願いします殺さないでおねがい」

「いたいよぉ! たすけてぇえ!!」

 

 ……ふふ、楽しかったよね。それに愉快だった。『ざまあみろ』って奴だ。実に滑稽で、素晴らしく痛快で、最高に面白かっただろう?

 『そんなこと思ってない、本当は嫌だった』なんて言わせないよ、だってぼくはキミの心が誰よりもわかるからね。

 

「痛いっ、いたいいたいいたいいたい!」

「腕が、足が折れるぅううう!」

「たすけて……だれかたすけて……」

「こわいよぉ……」

「おとうさん、おかあさん……!」

 

 そうやって惨めに死んでゆくあいつらを、キミは心底気持ちよさそうに踏み潰していったじゃないか。あのときのキミはまさに『怪獣』、いや怪獣以上の存在だった。アヤナは今までそうやって、学園の人間を幾人も何十人も殺してきた。なのに今さら『人間を殺すのはダメ』って、それはやっぱりおかしいと思うけどな。

 ぼくがイメージ映像混じりの説明を終えたとき、アヤナは呆然としていた。

 

「イリス、わたしなの……? わたしが皆を殺したの……!?」

 

 どうしてアヤナはショックを受けているのだろう。アヤナを見ながら、ぼくは人間の心理について思考を巡らせた。

 ……キョージュやこの『学園』の人間たち。彼らの『中身』を啜ってその記憶や精神構造を取り入れてゆくうちに、ひとつ理解したことがある。

 人間は弱くて、虫が良くて、そして甘い。

 誰かに傷つけられたことのない人なんていなければ、誰かを傷つけたことのない人もいない。人間は誰もが被害者で誰もが加害者。

 トラウマ、コンプレックス、罪の十字架、誰かを憎み恨み呪うという暗い感情。人間誰しもがそれぞれに心に悪魔を飼い、闇を抱え、それらと理性の狭間で毎日もがき苦しんでいる。

 

 だけど、ぼくら怪獣からすればそんなの、馬鹿馬鹿しいことこの上ない。

 

 だってそうだろう、苦しむくらいならそんなものさっさと捨ててしまえばよい。余計な荷物は捨てた方が良い、その方が余程幸せになれる。

 だけど人間はそうしない。人間たちときたら厄介者であるはずのそれらを捨てるどころか後生大事に抱え込んで、挙句の果てには『これだけ可哀想な自分ならきっといつか報われる、きっと幸せになれるはず!』だなんて根拠の無い、手前勝手な『夢』を希望に懐きながら毎日を懸命に生きている。

 いつかアヤナが寝物語に聞かせてくれた『シンデレラ』の御伽噺を思い出す。健気で不幸で頑張り屋さんの、可哀想なシンデレラ。だけど彼女もきっと心の底では世界を呪っていただろう。

 人間なんてどいつもこいつも皆そうだ、人間は結局そういう自分の甘さを捨てられない。自己愛、自己憐憫、自己陶酔、行き着く果てでは他者を拒絶し、都合の良い夢へ逃避して、居心地が良い幸せな自分だけの世界へと閉じ籠る。

 それが人間の弱さ、そうなのでしょう?

 

「ちがう! ちがう!」

 

 そしてアヤナ、キミこそはぼくにとってのシンデレラだ。

 家族を怪獣に踏み潰されたこと。その後の暮らしにも馴染めず周囲からいじめられていたこと。『学園』で受けた惨たらしい仕打ち。アヤナはそれらの痛みをすべて自分の中へと呑み込んできた。

 そうして作り上げられたのが、アヤナの心だ。自分を傷つけるこの世界、それらすべてに向けた怨念でアヤナの心は酷く歪んでいて、その奥底では磨き抜かれた復讐心が燃え滾っていた。

 

 “わたしはガメラをゆるさない”

 

 その憎しみ、怒り、殺意、アヤナが抱え込んだ心の闇、その美しさと言ったらなんて綺麗なんだろう! ……そんなアヤナに、ぼくは心から恋焦がれた。

 ガメラを、誰かを、そしてこの世界を憎んでいるときこそ、アヤナの心は美しく輝いていた。キョージュやその他の人間みたいに余計なことなんか何も考えず、世界を恨んでいたときのアヤナは本当に幸せそうだった。そんなアヤナだからぼくは惹かれたんだ。

 

「ちがう……ちがう……!」

 

 だからね、アヤナ。

 この世界を憎み続けるのがキミの幸福なのだというのなら、その憎しみを永遠のものにしてあげる。

 忌々しい『怪獣黙示録』もこれで終わりだ。汚らわしい怪獣どもも、意地悪なこの世界も、キミが憎んで止まないモノは何もかも取り除いてあげる。

 キミが願った『怪獣黙示録の終わり』、怪獣なんかに踏み潰される人たちのいない、誰もが安心して楽しく暮らせる平和な世界。ぼくなら実現可能だ、キミさえいてくれたなら。

 

「ちがう……ちがうんだってば……」

 

 ぼくの言葉を否定しようとアヤナは懸命に叫んでいたけれど、その声は弱々しくなり、やがてはぽつりと消えてしまった。

 ……ちょっと追い詰めすぎちゃったかな。

 ぼくはちょっぴり反省した。今まで自覚が無かったのだけれど、ぼくはどうも図に乗りやすい性格らしい。

 ぼくにとってアヤナは特別な女の子だけれど、心の在り様は()()普通の人間だ。人間の心は脆くて弱い、あまり追い詰めすぎると壊れてしまう。

 ……まあ、ぼくと“ひとつ”になりさえすればその心配はないんだけどね。深夜から始まったアヤナとの融合、その完了もじきのことではあるけれど、可哀想だし一応フォローしてあげなくちゃ。そう思ってぼくはアヤナを優しく撫でながら声をかけてあげる。

 ねえ、アヤナ。

 

「いや!」

 

 ねえ、アヤナ……

 

「いや! もういや! 聴きたくない!!」

 

 けれど、どういうわけかアヤナは耳を塞いでその場に蹲ってしまった。

 どうしたのアヤナ、具合でも悪いの? ぼくは気遣う言葉を掛けようとするのだけれど、アヤナは耳を傾けようとしない。

 

「たすけて、だれか! たすけて……タスケテ……!」

 

 いったいどうしちゃったの、アヤナ。

 ぼくは不思議に思った。アヤナ、キミはいったい誰に救いを求めているの。ぼくは何も間違っていない。何もかもアヤナの願い通り、アヤナの心が望んだとおりにしてあげただけ。そのはずなのにキミはいったい何が気に喰わないの、アヤナ。

 そう思ったときだった。

 

 

 

 ぼくの腹に激痛が走った。

 

 

 

 内面世界でのアヤナとの対話につい気を取られていたぼくは、その痛みで一瞬にして現実へと立ち返った。見下ろしてみると、カギ爪の生えた巨大な腕がぼくの腹部へ突き刺さっている。

 いったい、何が起こった? 現実の光景が遅れてやってきて、ぼくはようやく状況を理解する。

 

 腕の主は、ガメラだ。

 

 なんとガメラは、ぼくが磔にしてやったはずの腕を切り落として立ち上がっていた。

 磔にされて喪われた拳、その切断面にはプラズマ火球の残り火が燻っており、さらにもう片方の腕はぼくの腹部に突っ込まれている。

 ガメラが雄叫びを挙げ、ぼくの体内から内臓を掴むとそのままぐいと力づくで引き抜いた。臓腑(はらわた)を抉り出されるダメージで、ぼくも思わず苦悶の呻きを漏らす。

 

 ――う、ぐう……っ!!

 

 そのとき、ぼくはガメラの真の狙いに気づいた。ぼくの体に腕を突っ込んで内臓を引き抜いたガメラ、その手で掴んだ内臓の中には“アヤナ”がいる。

 ぼくからアヤナを奪う気だ。

 けれどそうはさせない。ぼくは最大出力にまで高められたオーバーブースト・プラズマを、ガメラ目掛けて叩き込む。遠慮はいらない、アヤナを握っている片腕だけ残して後は消し炭にしてやる。

 ぼくの触手から離れたオーバーブースト・プラズマはそのまま真っ直ぐ飛んで行ってクリーンヒット、ガメラを木端微塵にするはずだった。

 

 だけどガメラは死ななかった。

 

 逃げるか怯むかすると思いきや、ガメラは逆にぼくの方へ勢いよく踏み出して切り落とされた腕を突き出した。発射されたオーバーブースト・プラズマの火球、それらが炸裂する刹那に腕の傷口でそれらを受け止める。

 ガメラを爆死させるはずのオーバーブースト・プラズマは、ガメラの喪われた腕の中で形を変えた。まるで燃える拳だ、そしてそれらは完全にガメラの制御下にある。

 

 ――おのれっ!

 

 ガメラを焼き殺そうと、ぼくはさらにオーバーブースト・プラズマを撃ちまくった。けれどそれらはガメラを仕留めることはなく、ガメラの手中にある炎がそれらの爆炎すら呑み込んで、ガメラの激昂に共鳴するかのように火勢はより一層の激しさを増してゆく。

 

 ――……バカな、こんなはずでは!

 

 そのときになってようやくぼくは“誤算”に気が付いた。

 ぼくの誤算、一つ目はアヤナがぼくを拒絶し受け入れてくれなかったこと。そして二つ目は、土壇場で発揮されるガメラのクソ根性を侮っていたことだ。

 きっと、ガメラのプラズマ火球をそのままコピーしたのが仇になったのだろう。プラズマエネルギーを操る能力があるガメラにとってぼくが迂闊に繰り出したオーバーブースト・プラズマは最高の絶好球、逆転の大好機だったのだ。

 ガメラの拳で燃え盛る怒りの炎、腕のオレンジ色の爆炎が最高潮に達したところでガメラが燃える拳を固く握り締め、渾身の勢いでぼくに向かって繰り出す。

 

 ガメラ必殺、バニシング・フィスト。ガメラ渾身の燃える鉄拳が、ぼくの胴を刺し貫く。

 

 肉が抉れて焼ける音と焦げる悪臭、ぼくの体を灼熱の衝撃と激痛が貫いた。ガメラが叩き込んだ爆熱とぼくの体内に溜め込まれたエネルギーが化学反応を起こして引火誘爆、大爆発へと膨れ上がりながらぼくの体を内側から焼き尽くしてゆく。

 だけど、そんなことはさほど気にはならなかった。そんなのはどうでもいい、それよりもアヤナだ。ずっと一緒に、そしていつまでも幸せに暮らすはずだった、ぼくの大切なシンデレラ。

 

 ――アヤナ、アヤナ!

 

 ぼくはアヤナの名を懸命に叫び続けたけれど、ぼくのテレパスはもはやアヤナに届かないようだった。

 意識までもが焼かれてゆく中、ぼくはようやくアヤナの姿を見つけた。ガメラの手中、燃えていない方の腕の中だ。ガメラに奪われたアヤナを取り返そうと、ぼくは必死に触手を伸ばす。

 

 ――アヤナ、アヤナ、アヤNa……!

 

 あと少し、というところだったのに。

 ぼくの触手がアヤナへ届くよりも先に、体内を焼いているプラズマ火炎が臨界を突破。

 桁違いの大爆発と閃光が、一帯を包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ぼくが気が付いたとき、アヤナは、まだガメラの手中にいた。

 

「ごめんなさい……」

 

 ガメラの掌の上で、朝焼けを浴びながらアヤナは大声で泣きじゃくっていた。頭から灰をかぶり全身真っ白な姿はさながら燃えがらの姫、まさに灰かぶり(シンデレラ)だ。

 アヤナは嗚咽しながら泣き叫んだ。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

 アヤナは一体何に謝っているのだろう。夢現のまま皆殺しにしてしまった『学園』の連中か、邪神へ心身を委ねた挙句憎しみに任せて破壊しようとしてしまった世界か、身勝手な逆恨みで殺されそうになったにも関わらず最後は救い出してくれたガメラか、それともそれら全てに対してなのか。ぼくにはわからない。

 だけどアヤナは悪くない。アヤナが謝ることなんか何もない。悪いのはこの腐った世界の方、アヤナ以外の何もかもすべてだ。

 止め処なく涙を流しているアヤナを目指して、ぼくは触手を伸ばした。辛うじて残った一本だけの触手は、ガメラの火炎でぼろぼろに焼かれて上手く力が入らなかったけれど、それでもぼくは懸命にアヤナへと伸ばす。

 

「イリス……?」

 

 そんなぼくに、アヤナの方も気が付いた。

 先ほど融合していたときのことを思い出したのか、最初アヤナは怯えるように身を縮こませていた。けれど、黒焦げになったぼくの姿を見てもはや何の力もないことを理解したのだろう、やがてアヤナは恐る恐るぼくの触手へと指を重ねてくれた。

 ぼくの触手と、アヤナの指と。微かに触れ合った刹那、ぼくは伝えたいことを心に浮かべた。

 

 ――泣かないで、アヤナ。

 

 ……その気持ちが伝わったのか、伝わらなかったのか、ぼくにはわからない。

 ただアヤナは、ますます涙を溢れさせながらこう応えたのだった。

 

「ごめんね、イリス……本当にごめんね……」

 

 だから泣かないで、ったら。

 ぼくはそう伝えたかったけれど、その前にぼくの総ては灰塵と化し、早朝の爽やかな風に吹かれて跡形もなく消えた。

 




これ書くためにディズニーの『シンデレラ』を観ました。開始早々から時計塔の鐘に逆ギレするシンデレラとかが面白かったです。
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