魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 78 <魔法学院の実験>②

 

男子寮の空き部屋の一つをスパーダは時折借りては書斎として使っていた。

図書館に寄贈する書物を執筆したする訳だが、未来のフォルトゥナから持ち帰ってきた魔具や研究素材、ドッペルゲンガーに記憶させたアグナスの資料なども色々と分析を行っている。

簡素な机と椅子、その横には時空神像やサイドテーブルが設けられているが、サイドテーブルの上には二つの置き物が並んでいた。

 

就寝間際の時間にルイズと共に入ってきたスパーダは、懐から取り出した砂時計を模した装飾が施された鍵をサイドテーブルのアンティークな置き時計の上面の鍵穴に挿入する。

「きゃっ……!?」

途端に部屋内の雰囲気が変わり、ルイズは小さく悲鳴を漏らした。

いや、部屋の中自体は何も変わっていない。変化が起きたのは正確には、その外だということがルイズには察せられた。

外界から完全に切り離され、密閉されてしまったような異質な感覚である。

「クロノスライサーだっけか? クソ眼鏡の野郎も大したモンを作るんだなあ」

デルフは悪態交じりに感嘆の声を上げた。

 

持ち帰ったアグナスの品々の一つである置き時計はクロノスライサーという人造の魔具だった。

アグナスはゲリュオンのように時間に干渉する研究を行っており、そのために開発されたのがクロノスライサーという装置だ。

装置が生み出した高密度の魔力による結界に包まれた対象は通常の時空の流れから外れ、独自の速さで活動することができる。

アグナスの資料によればこの置き時計は最初に作った試作品らしく、極めて狭い範囲かつ結界を静止させたままでなければ維持することができないらしい。

 

「どれくらい外の時間を遅くできるの?」

「資料によれば最大で1/50まで時間を圧縮できるらしい」

つまり、この結界の中での一時間は外ではたったの一分弱でしかないし、一日が経とうとも三十分にも達しない。仮に丸一年間(384日)を過ごそうが、一週間(8日間)に至るかどうかという所である。

完全に時を止めることもできるゲリュオンに比べれば遥かに遠く及ばないものの、この圧縮された時間の流れは今のスパーダには実に好都合だった。

現に、外の時間にして短期間で今まで疲弊していたゲリュオンも完全に回復させることもできたのである。

「ははっ、なるほどな。こいつぁ良いや。だからあんなに新しく本をどんどん増やせた訳だ」

この結界の中であれば長時間の作業も、外界では極めて短い時間でしかない。

スパーダはここで時空神像やドッペルゲンガーの記憶を参照し、アグナスの膨大な資料から写本を作ったり、童話の翻訳を行っているのだ。

今書いている最中の中国の史実を元にした〝三国志〟も間もなく執筆が完了するが、外の時間にして既に10日間を費やしている。

無論、スパーダはずっと閉じ籠っている訳ではなく、外の時間にしてせいぜい5~6分もすれば一時中断するが。

 

「あまり長居はするな。ここでの時間はお前達には大して益にならん」

ペンを取り始めたスパーダはルイズに忠告する。

「ま、お前さんだからいつまでも長居できるってこったな」

不老の存在である悪魔だからこそ、この静止した時間の中を半永久的に過ごすことができる。

だがルイズのような人間がここに長居し続ければ、外界よりも50倍もの時が経過することになり、それだけ寿命が浪費することを意味する。

今、ここにこうしているだけでもルイズの流れる時間は外界の50倍も無駄になっているのである。

 

「〝五輪書〟……〝孫子の兵法〟……何これ?」

机の隅に並んだ既に完成済みらしいいくつかの紙束を手に取ってルイズは目を丸くする。

「ギーシュ達が読むにはちょうど良いだろう」

かつての戦友、宮本武蔵が晩年に記したというものや古代の中国から伝わる兵法書で、どちらもスパーダが感心できるような内容だった。

スパーダはクロノスライサーと並べられている小さな蓄音機を片手で操作すると、無音のままだった部屋の中に静かな雰囲気の音楽が流れ始める。

アグナスの蓄音機に収められていた膨大なクラシック音楽の数々は、当然ながらスパーダが元居た18世紀より後の時代に作られたものも含まれている。

蓄音機の一部に選んだ曲名など詳細が簡潔に表示されており、今演奏されているのはポール・デュカスによる〝魔法使いの弟子〟とかいう曲らしい。

 

「はあ……」

しばらくスパーダの作業を横から覗いていたルイズは唐突に溜め息を漏らしていた。

「どうしたよ? 自分の魔法が気になるのか?」

「うん……」

素直にデルフに頷いたルイズは昼間にギーシュのワルキューレを相手に試した爆裂の鞭(パウダー・ロッド)を取り出し、軽くかざすとレビテーションの呪文を唱え始める。

「ねえ、今のあたしはどう見える?」

怪訝な顔でルイズはそう問うた。

小さな体はその場でふわりとほんの僅かに浮き上がり、スパーダはちらりと横目で彼女を見やる。

「ブラッディパレスの時と同じだな」

「そう……」

ストンと床に降り立ったルイズは憮然と顔を顰めていた。

 

獣の首の一件によってハルケギニアへと戻ってきてた後日、ルイズは今のようにレビテーションの魔法を唱えてみた。

結果は、規模こそ小さいがいつも通りの爆発……炸裂(バースト)と名付けた失敗魔法だった。

獣の首の力によって渡った異世界・フォルトゥナではタバサと一緒に同じ魔法を唱えて爆発させることなく成功していた。それが元の世界に戻ってみればこの有り様である。

あの世界での出来事は何もかも夢であったかのように、ルイズは風の魔法を使えなくなっていたのだ。

少なくとも、普段通りの状況では。

「祈祷書も読めてない……」

始祖の祈祷書を開き、〝爆発(エクスプロージョン)〟の虚無の呪文が記されたページを開くが、フォルトゥナの時と同じく白紙のままだった。

だが、ここに来る直前に一度開いてみたがその時にはちゃんと呪文が記されているのが確認できたのである。

 

「確か、ここも外からは完全に切り離された空間なんだよな?」

「そうだ。ブラッディパレスと似たようなものだ」

デルフの問いに答えたスパーダに、ルイズはますます意味が分からないとばかりに首を傾げてしまう。

ルイズは一度、試しにブラッディパレスに入ってみたのだがそこでは今のように普通に風の魔法を失敗させずに発動させることができたのである。

付き添ってくれたスパーダによれば、以前話してくれたようにブラッディパレスやこの部屋の中以外で系統魔法を発動させると、ルイズが纏っている魔力の性質が発動した瞬間に系統魔法から虚無にすり替わっているのだそうだ。

「どうなってんのよ……何で、あっちの世界やここじゃ虚無が使えないのよ……」

ルイズには実に複雑な気分だった。

何故、こうも自分の魔法が場の状況次第でここまで極端に大きく変化してしまうのか。

理由がさっぱり判らず、そればかりか妙な気味の悪ささえ感じ始めてしまう。

ひょっとしたら祈祷書に何か秘密が記されているのではと思ってページを全部捲ったりもしてみたが、今まで覚えた虚無の呪文以外のことは一切記されていなかった。

 

「ここの図書館では虚無のことは大して調べられんな。もっと専門に扱うような資料でもあれば良いが」

「う~ん……王立図書館に行けばあるかしら? でも、あそこって相当地位の高い貴族じゃないと入れないし……かといって、ロマリアまで行くのは遠いし……」

ブリミル教の総本山ともなれば確かに虚無に関してより詳細な資料や秘密が手に入るかもしれない。

だがデリケートな話題でもあるし、何よりルイズの虚無を知られるというリスクも大きい。それだけは避けたいものだった。

「まあ、コモン・スペルはどっちでも変わんねえみたいだからな。それと一緒にその鞭も慣らしておこうぜ」

「うん……」

幸いというべきなのか、コモン・スペルだけは何の影響もなく使えるのは間違いない。

ようやく完成させたこのマジックアイテムも、悪魔達相手でもきっと役立てられるはずである。

ひとまずはこちらを慣らしておくべきだろう。

 

「ところでスパーダ。前から聞こうと思ったんだけど……」

鞭をしまったルイズは新たに切り出し始めるが、スパーダは一瞥もくれずに作業を続ける。

「どうしてフォースエッジを、あの大きい魔剣に変えないの?」

フォルトゥナでルイズが見たスパーダと同じ名を冠した禍々しい姿をした巨大な魔剣。あれこそがフォースエッジの真の姿だ。

シンプルな造りのフォースエッジに比べると非常に禍々しい肉塊そのものであり、傍から見れば剣のイメージからかけ離れている。

だがスパーダは向こうの世界でも、自分のフォースエッジをそのままの状態で使い続けていた。

今にして思えば彼はせっかく故郷の魔界に戻ってまで持ち帰ってきた、半身とまで呼ぶ愛剣の真の力を解放したことはない。

それこそ羅王アビゲイルを退けた時でさえ、フォースエッジのままだったのだ。あの時に真の力を発揮させればすぐにでもアビゲイルを討ち滅ぼすこともできたかもしれないのだ。

伝説の魔剣士・スパーダの真の力ならばそれは可能なはずである。

 

「あれは万が一の切り札だ。このハルケギニアで使うには力が強すぎる」

「強すぎる?」

「そうだ。フォースエッジのままならまだ影響が出る程でもないからな」

リベリオンと閻魔刀はスパーダの能力が具現化したものであり、この二つの魔力であれば人間界に影響をもたらす心配はない。

半身である魔剣スパーダは表面的であろうと魔力の濃度は他二つとは桁違いのものであり、魔力をセーブさせたフォースエッジであろうとも、今現在のスパーダ自身の魔力とも影響して力を使えば使うほど、周囲に濃い魔力を撒き散らすことになる。

アビゲイルを退けた時のように瞬間的にのみ魔力を極限にまで解放させるか、ブラッディパレスのような現世とは隔絶した空間の中でもなければ濫用をするのは避けておきたかった。

「それに、この姿もうっかり解けかねん」

何より、半身の魔力の影響を受けてスパーダの擬態が自然と解けてしまうというのが懸念すべきことだった。

 

「お前さん、キレたりするとあの姿が出てくんのかね」

「さあな」

アルビオンでワルドと戦った時やトリスタニアの歌劇場でジェスターと戦った時、そしてフォルトゥナでの巨神像との戦い。

それらの戦いの中でスパーダは本来の悪魔の姿が浮かび上がっていた。

いずれも冷静沈着なスパーダが珍しく感情的になった時だった。

「だが、力を出し惜しみしていることには変わりない。今のままで間に合っているのは幸運なことだ」

自嘲気味に鼻を鳴らしてスパーダは冷笑を浮かべだす。

「もう、スパーダは絶対誰にも負けたりなんかしないわ。伝説の魔剣士なんでしょ?」

ルイズは憮然と溜め息を漏らした。

正直な話、魔剣スパーダなど持たずともスパーダは充分に強いのはルイズにも判り切っている。

相手が何者だろうと伝説の魔剣士スパーダが惨敗するなどという展開はまるで想像ができない。

 

「伝説など所詮、過去のものだ。私を超える存在がこの先、現れんとも限らん」

何しろ平行世界とはいえ、遠い未来にスパーダを超える者が存在したのだ。

ダンテやネロのように、それぞれスパーダを超える部分を持つ者がいた以上、これから先にもスパーダを超える存在はいくらでも現れる可能性がある。

「ムンドゥスやアルゴサクス達のやり方次第では、フォースエッジのままで戦い抜ける保証はない」

「じゃあ、もしも完全に力を解放したら……」

「少なくとも、この学院にはもういられん」

魔剣スパーダの力を解放したその時、スパーダは擬態することもできなくなる。

もし本来の悪魔の姿が露わになれば、スパーダの正体が公になってしまう。

「考えてみれば、奇跡というものだ。私の秘密を知る者は大勢いるというのにな。本来なら大騒ぎになっている所だ」

「もう、そんな言い方よしてよ」

ルイズは口を尖らせながら言った。

意外にもこのハルケギニアでスパーダの正体を知る者はそれなりの数になる。

ルイズのように親密な者達は当然として、学院長オスマンから女王アンリエッタ、実家のラ・ヴァリエールの家族達とこのトリステインだけでもかなりの大人物達が、表向きは異国のフォルトゥナより訪れた貴族にして剣豪という肩書きを持つスパーダの秘密を知っているのだ。

本来であれば大騒ぎになるはずの所なのに、何食わぬ顔で人間の生活に溶け込むことができているのは、本当に奇跡的というべきかもしれない。

 

「ま、お前さんの人徳って奴じゃないのかね。あの風の教師も不愛想な野郎だが、人気も人望は全然違うしな」

確かに不愛想ではあるが、その裏に秘めた真摯な想いはルイズ達にははっきり伝わっている。

スパーダにとっては自らの秘密が知られるのは本当は不都合なことのはずである。だが、彼は自らの秘密を犠牲にしてまでルイズ達を守るために剣を振るってくれた。

だからこそ、ルイズはスパーダを恐れることも疎むこともなく受け入れることができるのだ。

「ガリア王にまで知られちゃってるけど……本当に大丈夫かしら」

「奴は良くも悪くも中立だ。気にしなくても良い」

ルイズは不安そうに顔を顰めた。

アルビオン皇太子のウェールズはまだ良いとして、ガリア王ジョゼフにもスパーダの秘密を知られているのは、はっきり言って心配なのである。

何しろエルフと手を組んでいるというのはハルケギニアの王族としては前代未聞である。スパーダに表面上は敵意は無いそうだが、一体どこまで信じて良いか判らない。

 

「もしバレても……みんな、スパーダのことを判ってくれるわよね」

スパーダが人間のために必死に戦う姿を見れば、きっと他の人間達が秘密を知っても受け入れてくれる。そうルイズは信じたかった。

「さてな。万人がルイズ・フランソワーズのような感性や度量の持ち主でもないからな」

「まあ、娘っ子の母ちゃんっていう例もあったしなぁ」

デルフの乾いた苦笑いにルイズは微妙な表情で眉を顰めだす。

スパーダの秘密を知った者の中で、明確に彼に対して負の感情を向けた者達もいたのは事実だった。

ワルドは論外として、母・カリーヌがその一人となってしまったのは複雑だった。

だが母の場合は、そもそも過去に魔帝ムンドゥスの勢力との因縁という特別な事情がある。それ故にスパーダに対しても心を許しきってはいないのも理解できる。

「お前さんもあんまり敵を作らねえようにしろよ。このトリステインの人間も全員、味方って訳じゃねえんだからな」

「考えておく」

素っ気なくスパーダはデルフに相槌を打った。

そう。問題なのはスパーダを好く思わない者達の存在だ。

何しろこの学院の中だけでも、ギトーのように彼に好意的でない者は何人もいる。

もし、そのような者達が秘密を知ったその時には……。

 

「ラ・ヴァリエールの名に賭けて、魔剣士スパーダの名誉は守るわ。あなたは悪魔じゃないって、みんなに認めさせてやるわよ」

はっきりと力強くルイズはそう断言する。

「あまり無茶はするなよ。ネロの時のようにはいかん」

スパーダは目を伏せ、静かに言った。

ルイズは悪魔の力を宿しながらも人の心を失わない一人の青年を庇った。

悪魔を憎む心ない人間達に真っ向から立ち向かったのだ。

あの時と同じことを仮にも自分の同胞に対して行えば、ルイズさえも敵と見なされるのは目に見えている。

自分が嫌われようがスパーダは別に構わないが、自分に向けられた憎しみが矛先を変えて他者にまで及ぶのは不本意だった。

 

 

作品の良かったところはどこですか?

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  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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