衝撃が都市を揺らす。
先程まで惨劇の舞台だった場所は、たった1人の少年によって取り壊された。悪神の神意においてそれぞれの場所で冒険者達の足止め役をしていた2人の覇者はその少年の挑発によって神意を無視して現れた。
「アスフィ、無事か!?」
「無事に……見えますか、これが……」
理不尽にも衝撃によって吹っ飛ばされたアスフィは
「アスフィ……傷はどうした……?」
「…………はい?」
ボロボロだったアスフィの身体は、斬られた傷も火傷の痕も、何もなかった。無傷というわけではないが、負傷の程度が軽かったのだ。それに気づいたアスフィもまた目を見開き、煙立ち込める眼前を向く。
「………が、はっ……は、はは」
煙の中からベルが後ろへ飛び出す。
受けた負傷を癒し、激痛に身体が悲鳴をあげるが次には笑みを浮かべて見せる。数瞬遅れて2人の覇者が迫り、2本のナイフを交差させて防御の構えをとる。再び吹っ飛ばされる。
「最強が聞いて呆れる!
「加減されているというのが、わからんか」
「ぐっ……ぅぅ、はは、負けた、時の……言い訳ですか? さすが大神の眷族」
兜越しでもわかるイラっとした顔をしているだろうザルドの言葉に即返答。分かりやすすぎるほどの挑発に、2人はベルを無視できなかった。
「僕に、負けて……言うんだ、俺達はたったLv.4の子供に手加減していたから負けたんだって……! 格好悪い!」
「お前……どこでその挑発を覚えた! 育てた奴の顔が見てみたい!」
「ごめんなさい、鏡は持ち歩いてないんです」
「
「「ぶへっ!?」」
そして2人仲良くアルフィアに魔法を叩き込まれる。不可視の音の砲撃に横殴りにされて吹っ飛び、ゴロゴロと転がる。
「ア、アルフィア……お前……っ」
「喧しいことこのうえない。……小僧、無理に笑うな道化のつもりか? お前のその顔は癇に障る」
ザルドのことを無視し、立ち上がろうとしているベルへ不快感を顔に浮かべ言の葉を紡ぐ。片膝をつき、顔を上げたベルとアルフィアの視線が合う。
「虚勢を張りつけ立ち向かうな。お前のそれは勇敢などではない。蛮勇だ」
力量差などハッキリしている。
加減されていたから、今もまだベルの命があるだけだ。
ヘタな挑発をして自分にだけ意識を集中させても圧倒的な力の差がある以上、アルフィア達がそうしようと思えば無視だって当然、できた。
「見てみろ」
アルフィアはベルから視線を外し、周囲を見渡した。ベルも習うように、そうした。
「無辜の民も神の眷族も等しく死に絶える。お前が助けた冒険者も、民も、所詮は数あるうちのほんの一部…礫でしかない。礫にいったい何ができる?」
見渡す限り、瓦礫の山だった。
無事な建物なんてどこにもない。それは冒険者も民間人も一緒だった。傷つき、怯え、震えていた。立ち上がり抗うだけの戦力があまりにも足りない。アルフィアは空を見上げる。ベルもつられて見上げる。そこには青空もなければ星空もない。暗雲が空を覆っているだけだ。
「正義とやらを信じられなくなった者ばかりで、一体何ができる?」
「………でも、それ…でも、声を上げることは……できる」
笑い声をあげ、暗い空気を吹き飛ばす。
立ち上がる者には声援を。
声を上げなければ、何も変わらない。
ベルの言葉にアルフィアは閉じていた瞼を開けた。
口元に笑みを浮かべ、ザルドは言う。
「ふっ……ならば聞かせてもらおう」
――『正義』とは。
それはエレボスがリューを始め正義の眷族達へ問うてきたものだった。ベルは張り付けた笑みを消し、少し考えて、口を開く。
「わからない」
「………」
どこかで悪神が呆れたように吐息を吐く。
アルフィアやザルドも同じく。
「でも」
でも、とベルはつづけた。
欲しいものはあるのだと。
だから2人は、それはなんだと再度問いかけた。
「僕は……昨日とは違う、明日が欲しい」
「「―――――」」
目を瞑っても、耳を塞いでも、悲鳴は聞こえていた。
誰もが今日を生きてやり過ごすことでいっぱいいっぱいだった。昨日を振り返っても悲しいことだらけで、明日のことを期待して眠りにつくなんてきっとできていない。それだけは、ベルにだって察することはできた。だからベルは思ったことを口にした。誰も口にしなかったことを言った。2人の覇者は眼を見開く。神々も、神の眷族達もまた同じように。
「みんな、笑ってない。僕も……笑えなかった。でも、助けてもらったから……『正義』は巡るって教えられたから……今度は、僕が」
武器を手に、2人の覇者を前に構えをとる。
滴る汗が流れ落ちていく。
力量差なんてわかりきっている。
それでも、この地獄の中でしか挑めない『冒険』にベルは僅かに笑みを無理矢理にでも浮かばせる。
「嗚呼、お前のような顔を知っている」
「くく、ああ、懐かしいもんだな」
風に悪戯される髪を抑えるアルフィアに、鎧の具合を確かめるザルドが懐かしいものをみるような眼差しを浮かべた。揺れる白髪も、憎らしい深紅の瞳も、強者に挑もうとする『冒険者』としての顔も、懐かしさを搔き立てられてる。自分達もかつて、あんな顔をしていた時期があった…そう、思えてしまう。だがここは戦場。自分達が作り上げた地獄。そんな穏やかな顔などしてはならない。挑んでくるというのなら……。
「叩き潰すまでだ」
「ああ、その通り…だからあえて、お前にこの言葉を贈ってやろう」
アルフィアは、ザルドは眼前に立つ1人の少年に殺気を込めて、立ちふさがる者に相応しくその言葉を贈ってやった。
――さあ、かかってこい。
と。
× × ×
鐘の音が響く。空気を切り裂く斬撃の音が都市を揺るがす。
たった1人の少年が2人の覇者を相手に戦っている。
それは異常な光景で、無謀な死闘だった。
撫でられただけで破壊されるはずなのに、まだ、死んでいなかった。壊れてなかった。ボロボロになっても、淡い輝きがすぐ癒す。右手に片手剣、左手にナイフでアルフィアの手刀を、ザルドの拳を往なしては魔女の砲撃に吹っ飛ばされる。
「……加勢しなくていいのかしら!?」
「あの中に飛び込むだと……自殺志願者か、団長? しかしかれこれ10分か……? あのヒューマンは本当に何者だ?」
「あの魔法は
「あの片手剣は……アーディの……何故、彼が……」
アリーゼ、輝夜、ライラ、リューが目の前にある光景に釘付けになる。つい先日まで廃人みたいになっていた少年が人が変わったように戦っているのもそうだが、Lv.7の覇者をたった1人で相手にして未だ死していないことが信じられなかった。
「………ベル、殿」
建物にもたれかかりながら、命は戦場で戦うベルの姿を瞳に映し瞳を潤ませた。繋いでもらった腕は包帯に撒かれているが、時折痛みが走るせいで表情が歪む。
「ベル様……っ」
狐の耳を揺らした春姫が、着崩していた着物を直し晒していた肌を隠す。振り返って女神を一瞥すると頷かれ、彼女はすぐにその場を飛び出した。
「あの小娘を行かせる意味は?」
エレボスが軽薄な笑みと共にアストレアへ問う。
アストレアは少女の背中を見送って返す。
「止まっていたあの子達は再び歩き出した。なら私は、あの子達の女神としてその背中を押す…それだけよ」
「発現した魔法が何かは俺にはわからないが…断言してもいい、戦力になるような力ではない」
「だとしても、戦況を変えるきっかけにはなる」
駆け出した少年と少女がどんな物語を紡いで、どこに終着するのかなど女神にだってわからない。物語を紡ぐのも語るのも女神ではなく、子供達だから。女神にできることはただ、背を押してやることだけ。
「勝てると思っているのか?」
「勝てると思っているわ」
エレボスは問う。
アストレアは断言する。
「何故ならアレは――」
「何故ならあの子は――」
2人の声が静かに教会の中で重なって響く。
「俺の」
「私の」
――眷族なのだから。
× × ×
鐘の音に叩きつけられ、後方に跳んで衝撃を軽減する。
そのベルの動きを読んでザルドが踏み込んで大剣を叩き込む。ベルはこれを片手剣とナイフを重ねて防御の姿勢をとるが当然、受け止めきれない。
「さあ小僧、その
「これは玩具なんかじゃない!」
「打ち合えば相手の味はよくわかる。その剣は魔力を流すことで切れ味を落すものだ。俺達に対して振るう得物じゃあない! 武器ですらない! 玩具以外の何物でもない!」
「この剣は……この剣の持ち主の誓いの形だ!」
「その持ち主とやらはどこにいる!? 何故、お前が振るっている!? 力がなければその誓いとやらに何の価値もないぞ!」
振るわれた大剣が身体を切り裂き、振るわれた拳が頬を撃ち抜き華奢な身体が石畳をバウンドする。赤い水滴がいくつも石畳を濡らし、白髪をも穢した。それでも帯びる光がベルの身体を癒し、ベルは何度も立ち上がってアルフィアとザルドへ攻撃を繰り出す。
「遅い」
「ぎっ!?」
手刀がベルの手首をへし折った。
「脆い」
「がっ……!?」
ザルドの手がベルの右腕を掴み、そして、大きく口を開くと一思いに齧りついた。
「ああああああああああああっ!?」
肉を失った二の腕からダラダラと命の雫が流れていく。
咀嚼し、嚥下するとザルドはベルを投げ捨てた。
アルフィアは不快そうな表情をザルドへ向けると、ザルドは肩を竦めた。
「魔法を喰らい、吐き返す珍芸は面白いものだったが回復属性の
嘆息するアルフィアがドレスを叩いて土埃を掃う。
ザルドは口の中に残っていたベルの肉片を飲み干した。
ガラ、と音を立ててベルが立ち上がる。
まだ立つのか、などとは言わない。
立ち上がるのなら、叩きのめすだけだ。
「安心してほしい……」
肉を失ったはずの二の腕が癒えていくのが見えた。
それでも魔法の限界か、治りは遅かった。
ベルは剣を両手で握りしめて痛みに声を震わせて続けた。
「無傷で完勝してみせる……!」
「……よく言った!」
ザルドは腰を左へ捻り姿勢を低く、まるで居合でもするかのような構えをとった。どこかでそれを見ていた
「ベル殿、いけない!」
その少女の声は届きはしない。
「構えを崩すな、意識を張り巡らせろ、一瞬たりとも気を緩めるな」
「……っ!」
ぐらり、と巨躯が揺れベルの視界から姿が消え一瞬で目の前に現れたように距離が詰められる。ベルは柄を握り締め迫る刃と己の肉体の間に剣を入り込ませ、防御。さらに左から右へと振るわれる斬撃を右後方へ跳躍することで衝撃を軽減しようとする。
「意識を張り巡らせろと言われたばかりだろうに」
しかし、とんっと優しく背中を押された。
瞳が背中を押した声の主へ向く。
いつの間にかそこにいたのは、アルフィアだった。
「お前が相手をしているのは誰だと思っている?」
緩慢な時の中で魔女の説教が静かに耳朶を震わせた。
お前が戦っているのはそこいらの冒険者ではないのだと。ただ強いだけの魔物でもないのだと。知識を持ち経験を培い知恵を身に着け誰よりも高みに至った神の眷族であると――そう言っているようだった。
大剣が片手剣に触れる。
嫌な音が身体に響く。
軽減させようとした衝撃は華奢なベルの身体を悉く打ち砕き、軽々と宙へ浮かせ、そして遅れてきたかのようにLv.7の膂力が生み出した衝撃がまるで猛牛の突進を彷彿させるようにいくつかの建物を巻き添えに崩壊させベルを吹き飛ばした。
静まり返る戦場に、ベルの声は響かない。
誰もが青ざめ、無残に散った無謀な少年の死に様を胸に刻む。ザルドは大剣を振るって背に仕舞うと、ベルが飛んでいった方角へ背中を向けた。アルフィアもまた、終わりだと言うように背中を向けた。肉体を癒す魔法を持っていようとも決して無敵になれるわけじゃあない。何度も立ち上がろうとも、限界は当然ある。一時、都市に希望の光を灯しただろう少年がもう立ち上がることはないと2人の覇者は確信する。
しかし―――。
「……足音?」
地を蹴りやってくる足音が聞こえた。
それはあの少年の足音ではない。
また別の誰かのものだ。
アルフィアは興味を失くしたように振り返らず立ち去ろうと歩んでいく。ザルドはアルフィアの背中を見つめ、足を止め、すぐ近くまで迫ってきた気配へと振り返り―――。
「ぉおおおおおおおおおおっ!」
目の前に現れた凡庸な風貌をした黒髪の少年の拳を頬に喰らっていた。どこにでもいそうな人間という印象のヒューマンの少年で、喰らった拳から先程まで戦っていた少年よりも遥かに劣る路傍の石であり、跳ねて飛んできた礫でしかない。
「っ!?」
振り抜いた拳をそのままに勢いを殺せず石畳に転がった少年が剣を抜いて立ち上がり、足を震わせ瞳を潤ませ、如何にも無様な様相でザルドの前に立ちふさがる。
「お前……」
少しだけぶれた姿勢のまま視線を巡らせアルフィアがいなくなったのを確認すると殴られた頬の熱を確かに感じ、圧倒的な弱者であるはずなのにそこにいる少年の違和感に、彼が帯びている魔力にザルドは訝しんだ。
「何者だ?」
つい、聞いてしまう。
黒髪の少年はいっそ失禁でもしてしまいそうなくらいに震えているのに時間稼ぎのつもりなのか、声を大にして叫んだ。
「……ゎ、我が名はラザル! 【ゴォール騎士団】…騎士、ラザル! お前達に立ちふさがる者だ!」