【いい極道(ヤクザ)なんていない】   作:属物

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【いい極道(ヤクザ)なんていない】後編

 都内豊島区巣鴨。

 

 誰が見ても平凡なオフィスビルの地下に、誰が見ても異常な巨大地下空間がある。

 その名は「烏合の巣」。裏社会(ウラ)で極道から蛇蝎の如くに恐れられる仕事人、『忍者』の住処(ねぐら)だ。

 

 そこに一人の男……童女(こども)……悪童(ワルガキ)……老人(じじい)……最後に美少年(ジュノンボーイ)……がやってくる。

 そう、一人だ。男と童女と悪童と老人と美少年が連れ立ってきたのではない。

 男に、童女に、悪童に、老人に、美少年にとその姿が移り変わったのだ。だが異形にして異常な姿に驚きを示す者はいない。

 

 

(おさ)、おかえりなさいませ。今日は一段と変化(かわ)っておりますな」

 

 

 変幻自在の同一人物へ、先住者から挨拶がかけられる。こちらの姿は一つだけ。ウェイターの制服に片眼鏡(モノクル)、品よく整えられた白髪と白髭は、彼が過ごした日々の気高さを物語る。

 

 

「おお壊左! しばらく同一人物(おなじ)で過ごしたので(のう)。慣らしじゃ。

 そう言えばお主、(でぃびす)は良いのか?」

 

「本日はお休みとさせていただきました。

 (わたくし)も長の調べ物が気になっておりまして」

 

 

 ようやく安定したのか長と呼ばれる人影が一つの姿をとる。荒いタッチで描かれたオールバックの男前。危険な色気が匂い立つようだ。

 

 

「尻尾を掴んだ……と、言いたい処じゃが謎が深まるばかりよ。纏めて話すが故、珈琲(コーヒー)を淹れてくれんか? 砂糖とミルクをたっぷりと入れてな」

 

「長にそこまで言わせるとは……かしこまりました。越南(ベトナム)仕立ての甘い珈琲(コーヒー)といたしましょう。長、練乳はお嫌いで?」

 

「好物じゃ」

 

 

 長の名は「神賽(かさい) 惨蔵(ざんぞう)

 老人の名は「璃刃(あきば) 壊左(かいざ)

 

 言うまでもなく、二人は忍者だ。

 

 

 *

 

 

「ほほぅ! 越南珈琲(ベトナムコーヒー)とやら中々に美味(イケ)(のう)!」

 

「それはよう御座いました。夏場に(アイス)で頂いても美味しゅう御座いますよ」

 

 

 それは楽しみと長は笑う。つられて微笑む壊左だが、すぐに表情を引き締めた。

 

 

「して、長は如何な謎を見出したのですかな?」

 

「ふむ、事の始まりを覚えておるか?」

 

「『極道の 空孔(あな)』、で御座いますな」

 

 

 帝都一円に蔓延る極道はそれぞれに縄張りを持っている。蜚蠊(ゴキブリ)以上に増える極道がいない場所はない。僅かな例外は公的機関くらいだ。

 

 だが、縄張りごとに地図を塗り絵にしていくと、ある時期以降から塗りつぶされない空白領域が現れる。

 それは誰の手垢もついていない処女領域(ブルーオーシャン)。それに気づいたならば、よだれを垂らした極道の群れが即座に食いつきしゃぶり尽くすだろう。その筈だ。

 

 だが、空白領域は残存(のこ)り続けている。まるで飛び込んだ極道を一人残らず飲み干す暗黒空孔(ブラックホール)のように。

 

 故に通称『極道の空孔(あな)

 

 

「極道が飛び込んで死ぬのはよい。だが何が削除()しているのかは知らねばならぬ」

 

 

 それが堅気に害なすならぶっ殺す。それが忍者と言うものだ。

 

 

「して、それが不明と?」

 

「いや、正体は掴めた。極道じゃ」

 

 

 長の言葉に壊左は目線を落とした。自分達以外に極道を殺す『なにか』に、童心めいた淡い期待を抱いていたのだ。

 

 

「……結局は極道で御座いましたか。となれば鏖殺(みなごろし)となりますか」

 

「それが、なんというか、その……奇妙(みょー)(のう)

 

 

 表情を歪ませ口籠る長。即断即決即殺を旨とする忍者たちの長にしては珍しい。壊左も思わずオウムのように聞き返してしまった。

 

 

奇妙(みょー)、で御座いますか?」

 

「そうじゃ、奇妙(みょー)なんじゃよ」

 

 

 長は懐から巻物を投げ出す。巻物はカップまで転がりながら中身を曝け出した。

 ざっと目を通せばありふれた極道的単語が目に入る。児童牧場(こじいん)企業舎弟(フロント)短刀(ドス)。これだけなら壊左には一般的な極道のように思える。

 

 

「どう考えても堅気ではない。だが極道の定義に何一つ当てはまらん。当然、半グレでも暴走族でもヤンキーでもない」

 

「それは……極道なので御座いましょうか?」

 

「うーむ、難しい。経歴的に一番近いのがそれというだけだし(のう)

 

 

 首を振り振り悩みを振り撒く長に、壊左は指を立てて案を示した。

 

 

「それが長の言う謎ならば、経緯のご説明を。そこから始めましょう」

 

「うむ。そうするとしようか(のう)

 

 

 長は珈琲(コーヒー)で口を湿らすと、始まりから話し始めた。

 

 

「まず当の極道じゃが、名は『刃野 阿久五郎』。かつてあった山本組組長の息子じゃ」

 

「山本組……空孔(あな)ができる前にそこを縄張りにしていた極道で御座いますな」

 

 

 極道を飲み干す空孔(あな)は遥か江戸の世からあった訳ではない。ごく最近に出来た不可思議だ。

 そしてそれ以前にはありふれた極道(ヤクザ)が根を張り、ありふれた悪事(わるさ)を働いていた。

 

 

「そうじゃ。そして山本組は組長幹部が刺殺(ドス)られて滅びた。その下手人こそが刃野よ」

 

「親子の確執から下克上と粛正。極道とすれば珍しくはありませんが」

 

「それならば組を新しく立ち上げるものよ。だが立ち上げたのは真っ当な清掃業者(フロント)。組は綺麗さっぱり無くなってしもうたわ」

 

 

 ちなみに(株)ピカピカクリーニングは厚労省にも登録して認可を貰っていると付け加える。

 

 極道にせよ国家にせよ、内乱を起こすのは上層部を排して主導権を握り、組織を我が物とする為だ。

 なのに組の背骨をへし折りトドメを刺して滅ぼし切っている。それは()()()()()()()()()と言わんばかりだ。

 

 

「ふむ、それは確かに珍しく思えます。しかし頭の切れる極道ならば、組を挙げずに悪事する例もあり得ますが」

 

「儂もそう思った。故に変化(ばけ)潜入(もぐ)った」

 

 

 長の異能は『全姿全能』。文字通りに()()()()()()()()()()()()()()。こと諜報に於いては万能の名に相応しい卑劣(チート)なまでの力だ。

 

 

「して結果はいかかで?」

 

「概ね真っ当。普通に書類選考して、普通に面接して、普通に働いたわ。拍子抜けするほどであった」

 

「それはそれは。しかし概ねとは」

 

 

 小首を傾げる壊左に異形(よつば)の瞳でウインクを投げる。男前に変化した割にこういう茶目っ気が妙に似合う。

 

 

「一応、後ろ暗いところはあるようでな。偽装はしておったが死体の処理をやっておった(のう)

 

鏖殺(みなごろ)すべき悪事……というには無理がありますな」

 

 

 忍者が手を下すべき悪事と言えば、麻薬製造販売(くすりや)使い捨て娼館(きりばなや)臓物畜産解体(ほるもんや)などなど。

 死体処理は違法だが、忍者が出張るほどとは到底言えない。

 

 

「左様。しかも処理していたのは極道、半グレ、暴走族、ヤンキー。つまりは死ぬべき外道ばかりよ」

 

 

 それが死ぬなら喜ぶべきだ。だがだれがそれをした? 話の流れから答えは見えている。

 

 

「殺したのはやはり……」

 

「そう、刃野 阿久五郎よ」

 

 

 巻物を指で打つ先には荒んだ目の小男の写真。そして彼が刺殺(ドス)った外道の死体写真(スナッフスナップ)がずらりと並ぶ。

 

 

「これが空孔(あな)の仕組みよ。刃野が進出した外道と極道を刺殺(ドス)り、その死体を企業舎弟(フロント)非存在()す。

 忍者にも極道にも見えなかったのは、そこに一切の利益が出ておらぬ故よ」

 

 

 壊左は驚愕に見開いた目を細め、長い息を吐いた。想定も想像も超えていた。

 

 

「………………先入観で御座いましたな。一切の利を考慮せず、義務のように極道を刈る。忍者以外にそんな者がいるとは露とも想いませんでした」

 

「致し方あるまい。儂も潜入(もぐ)ってこの目で見てなければ、信じるどころか納得すらできぬわ」

 

 

 話の区切りと長はカップを煽り珈琲を飲み干す。その声音にも驚愕の色は残っていた。

 更にと壊左に顔を寄せて耳元に囁きかける。男前と老紳士、耽美な光景だ。

 

 

「それだけではない。死体処理には極道公害(ゴクガイ)遺族を雇い、遺族のうち働けぬ子供たちは孤児院で育てておる。

 極道への復讐を願う一部の子供たちにいたっては、極道殺しの技巧(わざ)を教えているそうじゃ」

 

 

「それは……まるで色嬢の……」

 

 

 本日一番の驚きに思わず息を呑む壊左。冷静沈着にして常に優雅な彼のこんな顔は、長としても数えるほどしか見た覚えはない。

 

 帝都ハ忍が一人『病田(やまだ) (しき)』。

 

 彼女の出自は今、話に出てきた極道公害(ゴクガイ)遺族そのものであり、彼女もまた極道への復讐を願い忍者の道に足を踏み入れた。

 

 

「そう、忍者(わしら)とよく似ておるわ。物真似(パクリ)でもしたのか(のう)

 

 

 ただしネーミングセンスは悪いと笑う。たしかに『恐るべき兄妹達(テリブル・ブラザーズ)』は忍者と言うより極道的な印象だ。

 

 

「儂の言った奇妙(みょー)の意味、判ってもらえたか(のう)

 

「はい、とても」

 

 

 壊左は深く頷く。確かに奇妙としか言いようはない。堅気ではなく、極道でもなく、忍者であるはずもない。まるでそれは……

 

 

任侠映画(フィクション)に出てくる侠客(よきやくざ)とでも言うべきか(のう)

 

「それはありえません。確かに刃野(コレ)は異常で御座います。しかし……」

 

「ああ、そうじゃ」

 

 

「「()()()()()()()()()()」」

 

 

 二人の声が(ハモ)った。幾千幾万の極道を殺し、その所業をつぶさに見てきた。絶対の結論、万一はない。ならば答えは一つ。

 

 

「べしゃり烏で監視を続ける。悪事(わるさ)かましたら即座に()るぞ」

 

「承りました。その時は一切合切鏖殺(みなごろし)で御座います」

 

 

 裏社会(ウラ)悪事(わるさ)かませば忍者が来る。極道のお伽噺通りにするまでのこと。

 

 

「話は変わるが鬼死荒行の効率化についてじゃが……」

 

「そこは左虎殿に知恵を仰いで医学知識に基づき……」

 

 

 話を終えたニ忍は次の話題に取り掛かった。

 

 奇妙(みょー)な極道について話に上がることはもうなかった。

 

 

 

 * 

 

 

 

 刃野が買い物を終えて店から出ると、真っ赤な西日が目に飛び込んだ。手で日差しを作り目を細める。

 買い物に時間をかけすぎた。夕飯に間に合うだろうか。半ば駆け足で家路を急いだ。

 

 

「おお、刃野さん。こんばんは」

「ああ、こんばんは」

 

「あら、刃野さん。この間はありがとうねぇ」

「……いえいえ、どういたしまして」

 

「や、刃野さん。ちょっとだけいいかな?」

「…………急ぎのご用件なら」

 

 

 ……急ごうとはしていた。だが皮肉にも街の人々(カタギ)の好意が刃野の足を止めていた。堅気を害さぬよう日々コミュニケーションをかかさぬ姿勢が仇となったのは何の冗句か。

 結局、商店街を離れる頃には夕日は地平線の向こうに沈みかけていた。多分、夕飯には間に合わないだろう。謝罪の文面を考えていると、小さな影が隣を通り過ぎた。

 

 

「刃野おじさんじゃあねー!」

 

「それじゃあね。俺まだ二十代だけどね」

 

「ちょっと待ちなさい! ああすいません、刃野さん」

 

「いえ、子供の言うことですし気にしてはいませんよ?」

 

 

 頭を下げつつ通り過ぎる父親にこちらも頭を下げつつ返事する。

 先に行ってた幼児がくるりと取って返すと、父親の腹に勢いよく飛びついた。小さな手でしがみつきながら今日の出来事を身振り手振りで話し立てる。

 

 

「………………」

 

 

 置いて行かれた刃野は親子の姿をどこか遠い目でぼんやりと見ていた。

 その目は今ではない、ずっと昔を映している。

 

 

『テストで100点たぁ立派(すげ)ぇぞ五郎! 流石は俺の子だ! 総理大臣(そーり)になって日本を極道(おれたち)の国にしてくれよ!』

 

 

 父親(オヤジ)を愛した。組長(オヤジ)に愛されてた。山本組(くみ)を継ぐと思ってた。

 

 

五郎坊(ゴロボウ)はやっぱ筋がいいな! その歳で短刀(ドス)をそこまで熟練(つか)えるのは中々いねぇぜ! 跡目はやっぱりお前だな!』

 

 

 兄貴(あにぃ)を尊敬してた。阿仁(あにぃ)に見込まれてた。一緒に支える筈だった。

 

 

『見ろよ、この女児童臓物(メスガキモツ)でオメェの学費も出したんだぜ。

 この肝臓(キモ)で50万、こっちの子宮(コブクロ)なんか変態(すきもん)が100万で買ってくれんだ。驚愕(ビックリ)だろ?』

 

 

 胸を張る組長(オヤジ)の手で子宮(コブクロ)を抜かれた女の子。空っぽの眼窩がこっちを見てた。

 組長(オヤジ)稼業(シノギ)がやっと解った。組員(かぞく)正体(ヤクザ)とようやく知った。

 

 

『で、こっちが俺からの誕生日プレゼントだ。特製の試斬女子(メスデク)14歳! 塞ぎ込んでねぇで楽しめよ? 五郎坊(ゴロボウ)!』

 

 

 刺突(さし)た後でも挿入(させ)るよう、麻薬(クスリ)廃人(こわ)した同い年。

 苦しまないようその()刺殺(ドス)った誕生日。全組員(かぞくみんな)刺殺(ドス)ると覚悟(きめ)た。

 

 

『五郎……短刀(ドス)……ゲフッ……上手く……なったな……ゴボッ……山本組(くみ)……任せても……安心……だなぁ……』

 

 

 組長(オヤジ)が一人目。

 

 

五郎坊(ゴロボウ)よぅ……昔から嘘……苦手(ヘタ)……だよな……変わって……ねぇなぁ……』

 

 

 阿仁和(あにぃ)が最後。

 

 初めて殺したあの()に報い、一人も残さず鏖殺(みなごろし)

 全組員(かぞくみんな)の血に染まり、救済(すく)い求めて人助け。

 

 

『刃野さんみたいな極道(ヒト)がいなきゃさ、アタシの内臓(なかみ)は誰かの内臓(なかみ)で、残りの死体(アタシ)は豚の餌。ホントに感謝してるんだよ?』

 

 

 児童臓物(ガキモツ)に成らずに生きる()微笑(わら)う。

 

 

『今でも極道(ヤクザ)ってだけでぶっ殺したくなるんだ。なんで手前らと俺が生きてて、妹が死んでるんだって。ああ、刃野代表は別だぜ? お陰で仇討ちも弔いも出来たんだ』

 

 

 極道公害(ゴクガイ)の遺族の拳に血が滲む。

 

 

『俺たちは殺さずには居られない。だけど、人の道に残っていたい。贅沢なのはわかってる。だから、そうさせてくれた刃野さんの極道(てき)恐るべき兄妹(おれたち)()るよ。なぁ、誰の頸を刎ねればいい?」

 

 

 弟子入りしてきた割れた子が得物(ヤッパ)担いで胸を張る。

 

 

 救った。救った。沢山救った。

 殺した。殺した。極道殺した。

 

 

 それでも消えないあの日の記憶。初めて刺殺(ドス)ったあの()が見てる。内臓(なかみ)抜かれたあの()も見てる。濁った死体の目が告げる。

 

 

「『お前は所詮、外道の極道。いい極道(ヤクザ)なんていやしない』ってか。ああ、そうだよな。そのとおりだな……」

 

 

 路地裏の闇から記憶の()たちが手で招く。死人の方へふらりふらりと歩き出す。苦界(こっち)の水は苦いけど、三途(そっち)の水は甘いのかい。

 

 両手の袋がかさりと鳴り、刃野の足が止まった。

 

 

「…………」

 

 

 袋にはお土産(おみや)に買ったケーキがいくつか入ってる。孤児院の子供たち、会社の社員たち、押し掛けた弟子たち。それぞれの表情(かお)が脳裏に浮かぶ。

 

 過去は消えない。

 殺した人に変わりはない。助けられなかった人に変わりはない。

 

 過去は消えない。

 救った人に変わりもない。助けた人に変わりもない。

 

 

「確かにさ、いい極道(ヤクザ)なんていやしない……けど、真似したっていいだろう?」

 

 

 記憶の幻影に背を向けて歩き出す。

 

 刃野の影は暗がりに溶け消え失せた。

 

 

 

 おわり。

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