いつかに英雄の隣にいた誰か 作:幽
今のところ、pixivの方にあるものを全部載せてから新作を書いていこうかと思っております。
また、モードレッドの他に、アーラッシュや二トクリス相手のものなど載せていこうと思っております。
その特異点に、彼がいたと聞いたのは、ずいぶん後の事だった。
関わっていたサーヴァントがサーヴァントなだけに、関係者である円卓の人間には話が行かないようになっていたらしい。
なんとなく、レイシフト先での一件が伏せられていることは察していたが気にはしていなかった。
特異点の内容を聞いたとしても、揺らぐような人間など円卓にはいないのだが。
それでも、彼女、モードレッドにとってはありがたかった。
幸せそうに笑って消えていったというその話に、モードレッドはあれらしいと納得し、そうして、ああ会えなかったのかと記録を眺めた。けれど、何故か、少しだけ笑っていたことに彼女は気づいていなかった。
彼女のマスターである藤丸立香が、レイシフトから帰還してから少し経った。そうして、そのレイシフト先にモードレッドの忘れることが出来ない彼がいたことを知った。
モードレッドは、彼女らしくもなく、黄昏れる様に人があまり通らない通路にて、その吹雪を眺めていた。
(・・・・あの塔からの景色とは、大違いだな。)
思い出すのは、彼女が足繁く通った塔の最上階から見た景色と、そうして月色の瞳と、月光色の髪。
セイアッドが、いたのだという。
モードレッドを止め、彼女を殺し、そうして幸福そうに互いに笑って消えたのだという。
それを聞いて、モードレッドの中にあったのは、呆れと苛立ちと、そうして、一抹の妬ましさ。
王に仕えたという己、王のために死んだという己、そうして、セイアッドと再会して逝った己。
今、カルデアにいるモードレッドにはその記憶はない。
約束を叶えることなく彼に会ったという己。叶えなかったくせに再会した己。もう一度だけ、会えたならなんて祈りを叶えることが出来た己。
ずっと、ずっと、モードレッドを待ち続けたと言って、会いたかったのだと言ったセイアッド。
幸福そうだったのだとそう言っていたなんて、マスターは泣いている様な、笑っている様なそんな顔をしていた。
それに、モードレッドは、まるで絵空事を騙られているように、そうか、とだけ頷いた。
モードレッドはまるで子供の様に膝を抱えて座り込んだ。
叶うなら、叶うなら、どうか、彼がカルデアに来ることなどないようにと、モードレッドは切に願っていた。
月光に、未だ相まみえることなどできなかった。
まるで月が人になったような存在がそこにいた。
もちろん、カルデアには某月の女神も居はしたが立香としては月に対して静謐さだとか、柔らかさを感じる為、どうしてもイメージと合わないのだ。
それに比べて、目の前の姫君はそのイメージにしっくりくるのだ。
召喚陣の上に立ったそれは、夜闇を照らす月光が如く柔らかに微笑んだ。
「サーヴァント、キャスター。あなたとの縁を頼りに顕界しました。どうか、私があなたの進む道を助ける力と成れるように。」
その台詞と共に頭を下げる動作は、まさしく姫君という姫君が裸足で逃げ出すほどに優雅で品がある。
薄い微笑みを浮かべたその小作りな顔は、国を傾けるが如く麗しい。けれど、作る表情が少女のごとく愛らしく、顔と相まって繊細な魅力を作りだしていた。
細められた瞳は満月のごとく黄金にキラキラと輝いていた。そうして、何よりも目を引くのは背中で緩く編まれた銀色の髪だろう。照明の光を吸い込んで、キラキラと光るそれは、まるで光を背負っているようだった。
その身を包むのは、青みがかった白いドレスであったが、品のある色合いがその容姿の魅力を何倍にも増させていた。
彼を、茫然と見ていた立香とマシュに、セイアッドは嬉しそうに一層笑みを深くした。
「マシュさん、立香さん。」
お久しぶりです、がんばりましたね。
その、男にしては少し高く感じる声に二人の涙腺は崩壊した。
「セイアッドさああああああああああん!!」
彼はそれに手を広げて、受け入れた。
「ねえ!モードレッドどこ!?」
「モードレッドさん、どこですか!」
食堂に慌ただしく駆け込んできた立香とマシュに、その場にいたスタッフやサーヴァントたちが目を丸くする。
「どうしたのかね、マスターにマシュ。そんなにも慌てて。」
「新しい人が来たの!」
「はい、どうしても会わせたい方が来られてたんです!」
「新しい?で、その新しいサーヴァントはどこ・・・・・」
エミヤが存在しない新人の所在を問おうとすると、廊下から白銀が現れた。
「お二人とも、お速いですね。」
そのサーヴァントは静々と淑やかに二人に歩み寄った。そうして、二人が詰め寄っているカウンター奥のエミヤを見つけるとにっこりと微笑んだ。
「ごきげんよう、赤の方。初めまして、新しくマスターに呼ばれた、キャスター、セイアッドと申します。」
以後、お見知りおきを。
彼女はスカートをひらりと捌き、エミヤに貴族の礼をする。エミヤはサーヴァントでは珍しいタイプの出で立ちに、ああ、と頷いた。
「あ!ごめん、セイアッドさん。置いていっちゃって。」
「いえ、お構いなく。私も、早くモードレッドに会いたいので。」
そう言って、その姫はきょろきょろと周りを見回した。そして、エミヤはセイアッドという名前を思い出す。
「・・・・セイアッド?」
「はい、何か御用でしょうか、赤の方?そういえば、お名前を伺っても?」
「あ、ああ、私はしがないアーチャーのサーヴァントだ。エミヤと呼んでくれ。セイアッド姫。」
「あら、ご丁寧に。エミヤ様、改めましてよろしくお願いします。」
にっこりと笑って再度された礼にエミヤは戸惑うようにああと頷いた。
サーヴァントなどになった存在は、大抵、言い方は悪いがどぎついものが多い。それに比べて、セイアッドという存在はその容姿を抜けばなんとも平凡な存在のようにエミヤは感じた。
そこにどやどやとやってきたのは、丁度食堂にいた円卓のメンバーであった。けれど、期待に添えることはなくモードレッドはその中にいなかった。
「マスター。」
後方から聞こえて来たその声に振り向けば、そこにはガウェインやトリスタン、セイバーのランスロットにベディヴィエールが立っていた。彼らの視線の先には察した通りでセイアッドが立っている。
「あ、ガウェイン!ねえ、モードレッド知らない?」
「モードレッド、ですか?さあ、今日は見ておりませんが。」
「そうなの?どこ行ったんだろう。」
立香がそう言う中、彼らは女なら一目で恋してしまいそうなほどに麗しい微笑みを浮かべて、セイアッドに挨拶をした。
「ご機嫌麗しゅう、姫君。お名前を伺っても?」
「まあ、姫君なんて、ご丁寧にありがとうございます。私は、セイアッドと申します。」
ドレスの裾をちょこんと掴み、彼はしゃなりと挨拶をして見せた。その優雅な仕草に円卓の騎士たちはほう、と感嘆のため息を吐く。
「いや、このような美しい人と会えるとは幸運で・・・・・」
おもむろにランスロットが口を開くが、それはマシュの凍えるような目で中断される。
「・・・・あなたという人は。」
「ち、違うんだ!そういう意味ではなく、美しい人に美しいというのは当然で!」
ランスロットに詰め寄るマシュに、セイアッドが柔らかく止める。
「マシュさん、落ち着いてください。」
「ですが、セイアッドさん!」
「ふふふふふ、そんなに怒らずとも、男の私を姫君なんて言ってくれる優しい人たちなんですから。」
「・・・・ですが。」
マシュがさらに言葉を紡ぐ前に周りがしんと耳が痛いほどの沈黙で覆われていた。
それに、マシュと立香はセイアッドが男であると伝え忘れていたことに気づく。そうして、次にやってくる反応も又予測できた。
それにセイアッドは彼らの様子に、何となしにされていた誤解を察したのだろう。ぽん、と手を打ちおもむろに己のスカートに視線を向けた。
「御疑いなら、見てみますか?」
それに、思わずマシュと立香が反応する。
「「「男だと!!??」」」
「「セイアッドさん!!!」」
絶叫のようなそれは何十にも重なって、食堂に響き渡った。
「もう、セイアッドさん、ああいうことしちゃだめですよ?」
「そうですよ。」
食堂を後にした三つの人影は、廊下をてくてくと歩いていた。
セイアッドはそれに、眉をへにょりと下げて謝罪した。それに二人は分かっているのかと不安になりながら、後ろを歩くセイアッドに目線を向ける。
けれど、彼はそんなことを気にした風も無くきょろきょろと必死にモードレッドを探しているようであった。
それに、ため息を吐きながらもマシュと立香は受け入れた。
彼の、あの特異点での別れを知っている立場ならばその急いた様子も仕方がないとマシュと共に頷き合った。
ともかくは、フランなどから聞いた、彼女がこのごろよく入り浸っているという区域へと進んでいた。
(・・・でも、モードレッドがそんなふうに一人になりたがるって珍しいけど。)
どちらかといえば馬鹿騒ぎが好きな彼女にしては、というよりもこの頃妙に静かであった気がする。
そんな疑問に答えを出そうとするが、そこで、ようやく外に面した大きな窓の縁に座る金色の頭を見つけた。
それに気づいた立香は思考を中断し、モードレッドに声を掛けようと口を開いた。けれど、それよりも先に後ろから銀色の髪を靡かせて、セイアッドが駆け出て行った。それに、立香は声を掛けようとしたが無粋かと口を閉じた。
そうして、再会を邪魔せぬようにと歩みをゆっくりにする。それに倣い、マシュもまた淡く微笑んで歩みを緩めた。
たったった、と何かが近づいてくる気配を感じて音のする方に視線を向けた。
そうして、彼女はゆっくりと目を見開いた。
白いドレスのよく似合う清楚な容姿、男にしてはあまりにも頼りない嫋やかな体、満月のような瞳と、そうして、月光のような白銀の髪。
それは、遠い昔、彼女が失った月だった。彼女だけの、姫君だった。
夢を見ているのだろうか、そう思って。けれど、それがすぐに錯覚だと理解もした。
セイアッドはモードレッドから数歩離れた所で立ち止まった。緊張の為か、真っ白な肌が真っ赤に染まっている。
そんな、そんな彼を見てモードレッドの胸に広がるのは静かな絶望であった。
セイアッドは、モードレッドを真っ直ぐと見て、そうして息切れをするように荒い息をしながら言った。
「・・・・ごめんなさい!」
セイアッドは、勢いよく、驚いた顔のモードレッドを前にした。
「あなたは、今、ここにいるモードレッドは知らないでしょうけど、でも、私、会ったんです。」
セイアッドは必死に言い募る。
「あなたに、ある時、会ったんです。だから、待とうと思ったんです。でも、駄目でした!また、会いたくなってしまいました!」
だから、会いに来たんです。
セイアッドは、そう言って幼子が母に手を伸ばすような仕草でモードレッドに近づく。
それは、確かに、いつかの彼らが見た夢と似ていたかもしれない。セイアッドが、モードレッドを求め手を伸ばした。
けれど、それは何よりも彼女によって壊された。
「・・・・だめだ。」
珍しく、震える様なモードレッドの声にセイアッドの動きが止まった。
モードレッドは窓の縁から立ち上がり、そうして彼女はセイアッドから目を逸らした。
「・・・・モードレッド?」
「すまない。」
「あの、私は何か・・・・」
「違う。お前の、お前のせいじゃない。ただ、俺に問題があるだけだ。」
「それはどういう。」
「すまん。」
モードレッドは、そう言って早々と会話を断ち切りその場から立ち去ってしまった。
振り返りはしなかった。きっと、振り返ったその先で迷子のような顔で途方に暮れているのがありありと想像できた。
それっきり、モードレッドはセイアッドを避けるようになった。
マスターである立香や円卓の人間がどれほど言おうと彼女は執拗にセイアッドを避けた。
理由こそ言いはしなかったが、いつもなら素直に感情というものを示す彼女の沈黙に、皆も手を出すべきではないかと静観に徹している。
そうして、件のセイアッドはというと、モードレッドを見るたびにそわそわとしている。が、彼女から避けられていることが分かっているせいか、無理に近寄ろうとはしない。
ただ、悲しそうにモードレッドを見る。それに彼女の唯我独尊ともいえる自意識がきりきりと静かに悲鳴を上げる。
けれど、それでも、どうしても、モードレッドはセイアッドに関わろうとはしなかった。
数度ほど、マスターである彼女が宥めすかして同じパーティーにいれたこともあったがモードレッドは頑なに彼を遠ざけた。
それによってとうとう立香も匙を投げて見守ることに徹している。
モードレッドは、セイアッドが来てから考え込むことが多くなった。それは、円卓の人間に獅子王たちのことが知らされた頃よりも、ずっと顕著であった。
人の滅多に通らぬ端の廊下にて、彼女は滅んだ世界の吹雪を眺めて何かをじっと考え込んでいた。
なにがあったと聞かれた。
セイアッドが気に入らぬのかと問われた。全てが違った。
モードレッドの中にある葛藤とも言えるそれは、ずっと、ずっと、彼女の中にあったものだった。
その日も、モードレットは暖房のあまり効いてない廊下にいた。腰かけた窓の縁はまるで氷のように冷たいがサーヴァントである彼女には大した意味はない。
この頃は、食堂にもろくに行っていない。行けば、セイアッドと高頻度で顔を合わせてしまうのだ。
食事を取る意味もないサーヴァントの身が今はありがたかった。
あれは、今日も自分を待っているのだろうか。あの日、あの時のように、己を、ただ待っているのだろうか。
会いに来てくれた彼に頑なに会おうとしない自分に呆れながら、それでもモードレッドは未だに覚悟を決められていなかったのだ。
「・・・・らしくないですね?」
その声に弾かれるように顔を上げた。そこには、呆れた顔をしたベディヴィエールが立っていた。それにモードレッドは顔をしかめる。
普段なら噛みつく程度の事はするのだが、そんな気分にもなれずまた窓に視線を向けた。
ベディヴィエールはそれにため息を吐き、断りも入れずにモードレッドの隣りに座った。
モードレッドはそれに不快そうに顔をしかめるが、何かを言い返す気力もなかった。それに、ベディヴィエールは廊下側を向いたまま、横目でモードレッドを見る。
が、何も言い返してこないモードレッドによほど重病なのかと察せられたのか、ベディヴィエールは小さく目を細めた。
「・・・・・彼が、座に還りたいと言うようになりました。」
「は?」
モードレッドはベディヴィエールの言葉に目を丸くした。ようやく反応らしい反応に、ベディヴィエールはほっと息を吐く。
「自分が、あなたに何かしてしまったのかとそう言って、沈んでいたのですが。それから、あなたに会えないならカルデアにいる意味もないと。」
モードレッドは、少しの間沈黙する。そうしてようやく、ベディヴィエールの言葉を噛み砕けたのか、へたりこむように言い添えた。
「・・・・それでも、俺は、あいつに会う気はない。」
モードレッドは途方に暮れた子どものように片膝を抱えた。その、まるで年端の行かない童女のような仕草に、ベディヴィエールのほうこそ途方に暮れてしまいそうになる。
「・・・・・ただ、彼に会うことさえ恐れるというのですか、モードレッド。」
挑発のようなそれにモードレッドは顔と腰を上げベディヴィエールを睨んだ。一瞬、膨らんだ怒気にベディヴィエールはほっとする。
ようやく、彼にとってらしいモードレッドの様子であった。けれど、彼女のそれはすぐに引っ込みへたりこむように座り込んでしまった。
「てめえには、分かるだろう。」
掠れた様な声に、ベディヴィエールは黙り込んだ。その言葉がどういった意味なのか、分かってしまったからだ。
あの、歪な忠誠で彩られた円卓を、ベディヴィエールは見届けた。
彼は思わず問いかけた。
「・・・・あなたは、セイアッドが会いに来たことを不快に思っているのですか?」
「ちげーよ。」
すぐに返って来たそれの後に、モードレッドは居心地が悪いというようにこつりと額を窓に押し付けた。
ベディヴィエールは、思った以上に長期戦になりそうな予感に襲われ、早々と最終手段を使うことにした。
「・・・・あなたが私に話しにくいというなら、王をお呼びしますか?」
「は?」
真面な反応に、ベディヴィエールは言葉を重ねた。
「皆、セイアッド姫のことを気にしているのですよ。」
「・・・・暇なやつらだな。」
「彼の思いは、すでにカルデアの皆が知っていることです。」
長い、長い、時間の果てにそれでもと会いに行った彼の物語を気に入るものは多く居た。
そうして、それはモードレッドに複雑な思いがあると言っても気にかけていないわけではないアルトリアも同じであった。
もしも、どうしてもモードレッドがセイアッドに会わない理由を言わないというなら、自分が行くと自ら言って出たのだ。
そうして、それは、彼女のifの一つである男のアーサー王も同じであった。
「・・・・・父上に、話すことはない。」
普段よりもずっと熱のない声音にベディヴィエールは困惑したようにため息を吐く。らしくないその反応に、ベディヴィエールも調子が狂ってしまいそうだった。
どうしたものかと彼がため息を吐くと、それを見ていたモードレッドが静かな声で問いかけた。
「なあ、お前はさ。」
「はい?」
モードレッドは窓の外に視線を向けたままだった。
「もしも、父上に会わないって選択肢を選ぶことが出来たとしたら。お前はそれを選ぶか?」
「何をそんなあり得ないことを。」
その台詞の意味が、考えても仕方ないことを、でも。突然何を、という呆れでもなく。
それを選ぶことなどありえないという意味だと何となしに察せられた。
「だよなあ。」
モードレッドはそう言って、また、窓の外に視線を向けた。
その様子に己では駄目であったかとベディヴィエールは顔をしかめる。
昔の馴染みの中で、彼女を怒らせることはそうないだろうと頼まれはしたが、どうしたものかと思考を巡らせた。
そこで唐突に、彼女の本当にらしくない、囁くような声にそれは終わった。
「・・・・・あいつは、消える時、どんなだった?」
それが、あの特異点で彼が己の役割を果たした時の事だと察せられた。それについては、彼女も記録で見ているのだろうが。記録は、あくまで記録でしかなく不鮮明な部分もある。
ベディヴィエールは、それに、彼が見たままを伝えた。
「・・・・幸福そうで、あったと思います。」
モードレッドは、瞼を閉じ、何かを呑みこむように沈黙した。そうしてもう一度、囁くように言った。
「・・・・・馬鹿な奴だ。」
そこには、暴言といえるような荒々しさはなく、ただ、後悔するような後味の悪さがあった。
そうして、モードレッドは徐にまたベディヴィエールに問いかける。
「・・・・お前さ、何日かほっとかれた死体ってどんなのか知ってるか?」
ベディヴィエールは何を言っているのだと顔をしかめた。
そんなもの、彼とて知っている。
戦場の後など、倒れた死体など放置されるものだ。頷いたベディヴィエールを見ることなく、モードレッドはとつとつと話し始める。
「・・・・その時も、前に行った時から結構な時間が経っててな。機嫌が悪いかもしれねえってらしくもねえが土産だって用意してたんだ。いつもどおり、あいつの塔のドアを開けて、部屋に入ってみたらよ。虫の集ったあいつの死体と対面した。」
ベディヴィエールは、思わず言葉を失った。モードレッドはそれでも淡々と言葉を続ける。
「最初は、意味なんざ分からなかった。ただ、倒れてたから心配でよ。何にも思わず、あいつを抱きあげた。酷い匂いがしててな、それでも、気にならなかった。」
ただ、悲しかった。
モードレッドの掠れたような声に、彼女の弱さや脆さは存在しなかった。ただ、ベディヴィエールは己が成した千年に及ぶ程の旅の中に見出した後悔と同じものを見た。
「どうしようもなくてな。一人で死んだのか、どうやって死んだのか、死ぬとき何を思ってたのか。もっと、早く来てやればよかったなんてことも思ったがな。ただ、あいつの側から離れられなかった。」
モードレッドは、どれほどそこにいただろうか。それさえも、曖昧だった。
けれど、ふと、彼を埋めてやらねばと思い立った。
それは、弔いの為でも、その死を割り切ったためというわけでもなく、ただ、セイアッドが哀れであったためだった。
ただ、その彼女の愛した琥珀の瞳も、愛らしく笑う顔までもが、くすみ、濁っていくことが耐えられなかった。
誰にも、見せたくなかった。
生きていたころの彼を知る人間にも、彼の事を何も知らない人間にも、知ってほしくなどなかった。
美しい彼の姿よりも、今の醜い姿が、人の記憶に残ることが耐えられなかった。
モードレッドは、弔いのためでも、悲しみのためでもなく、誰にも見られぬために彼を埋めた。
「なあ、魂に重さがあるなんて言った奴がいるが。実際は、人間ってえのは、死ぬと重くなんだよ。」
墓を作ることも無く、塔の中にあった畑に埋めた。彼の鳥籠であった塔だけが彼がいた軌跡であった。
そうして、モードレッドは二度と、塔を訪れることはなかった。
「あの特異点で会ったことを知った時、俺は、俺自身が憎かった。あの俺のやったことの理由は、よくわかる。俺自身の事だ。けどな、それでも、俺をあいつに殺させたことは認められねえ。」
優しいあいつに、てめえの業を背負わせた俺を、俺は赦しはしない。
「・・・だから、彼に会わないというのですか?」
掠れた声に、モードレッドは首を振る。
「いや、微妙にちげーよ。ただ。」
俺は、あいつと出会ってよかったんだろうか。
その独白は、誰よりも、何よりも、己に向けられたものだった。
「もしも、俺があいつに出会わなければ、あいつは少なくとも、あの鳥籠で静かに、苦しむことなく終わることが出来た。」
魔女の策略に巻き込まれることも、永遠に輪廻の輪から引き離されることも、ただ、終わることのない、約束を待ち続けることも。
己の業に巻き込むことも、きっとなかったろうに。
彼が、己の業によって、国を亡ぼすことも無かったろうに。
もしも、もしも、出会うことなどなければ。出会わずにいられたら。
少なくとも、セイアッドだけは束の間の平穏の中で終わることも出来ただろうに。
思ったことも、考えたことも無かった。
けれど、あの時、己の業によって、願いによって、あの特異点で、彼は己のために死んだのだ。
赦せない、赦したくない。
もう一度、再会をと、彼女とて願わなかったわけではない。けれど、あそこまでして再会を望んだわけではない。
モードレッドは、赦せなかったのだ。
己の業が、再びセイアッドを殺したことが。己と出会ったことで、彼が背負った業が。
己の業を覆すことは出来ない。終わったことを悔やむことは出来ない。
けれど、セイアッドという、最初から外側にいた彼がそれに苛まれるのは嫌だった。彼の最期だけを後悔した。
セイアッド、セイアッド、セイアッド。
美しい、春の夜の月のような者よ。
生きていてほしかった。長く、長く、その月のような美貌が、花のように少しずつ衰えていったとしても、それでもよかった。
モードレッドの人生は、傍から見れば彼女の実情を知れば破滅しかなかったかもしれない。
モルガンによって最初から多くが決められた生は、彼の魔女を王にするためのものであった。
モードレッドは、人が当たり前の中で知ることのできるものを知らず、短い生の中で、自分でも処理しきれない感情に振り回された。
それでも、彼女の人生にも光はあった。
太陽のような王と、そうして月のような姫がいた。
そうして、とりわけ、セイアッドだけが、モードレッドにとって数少ない己の力で勝ち得たものだった。
血筋も、円卓の騎士であることも、願いも、それは用意されたものだった。用意された縁だった。
けれど、セイアッドだけは違った。
モードレッドが見出し、繋がり、逢瀬を重ね、そうして手に入れたたった一つの繋がりだった。
彼らの間に、血筋も、力も、地位も、理由も、存在しなかった。
ただ、出会ってしまっただけの始まりは、モードレッドにとって唯一だったのだ。
彼だけは、円卓の騎士でも、アーサー王の息子でも、反逆の騎士でも、魔女の子でもなく、モードレッドという少女のものだったのだ。
モードレッドは考えてしまったのだ。
また、もう一度会った時、自分はセイアッドに破滅をもたらしてしまうのではないかと。
沈んだその顔に、ベディヴィエールは口を噤んだ。
ありえないことだと、言うことも出来ない。
英霊というものには物語が伴うものだ。
もしかすれば、モードレッドに出会うことで、破滅に至るという物語がセイアッドにはある可能性もあるのだ。
モードレッドの憂いを、あり得ないと一喝することは出来ない。だが、ベディヴィエールには、少なくともこれだけは言っておくことがあった。
「・・・・モードレッド。私は、王に出会うために、長い、永い、旅をしました。ですが、それでも、出会わなければよかったと、出会わないという選択をすることはないのだと思います。」
「・・・・なんでだよ。」
「己の行いに後悔し、贖罪の旅をしたことと王に出会ったことは別だからです。例え、あの旅をもう一度することになろうと、私は王に仕えることを願います。」
そう言って、ベディヴィエールは微笑んだ。銀の髪を持った、柔らかな容姿の男が笑う様は、少しだけ、本当に少しだけ、少女の月と似ているように思えた。
「・・・・・願いや幸福とは、本人にしかわからぬものですよ。」
静かな声は、なるほど、千年ほど生きた男に相応しい老いたものであった。
「己の願いも、幸福も、所詮は己の中にしかないのです。もしかしたら、などと他人が考えても無駄なのですよ。そうしなければ救われぬというのなら、そうでしかないのです。モードレッド卿。もしも、あなたが本当に後悔しているというのなら、それは彼に直接言うべきでしょう。」
出会わなければ幸福であったのだと、それを決めるのはあなたではない。
それに、モードレッドは驚いたような顔をして、顔を伏せた。ベディヴィエールは立ち上がる。
「・・・・・彼に会わない理由がそれならば、外野が何を言っても無駄でしょうね。ただ、あなたは、少し臆病が過ぎると思いますよ。」
「・・・・・なんだと?」
最後の一言に、モードレッドがぎろりとベディヴィエールを睨むが彼は肩をすくめて彼女に背を向ける。
「再会とは、すでに物語を完遂してしまった我らには奇跡に等しい。この奇跡が、再びあるかは誰にもわかりません。後悔など、せぬように。そうして、例え、出会わなければよかったことがあったとしても。出会わなければ、知らないこともあったでしょうに。」
放り投げられた声と共にモードレッドは言葉を喪う。
見送った背中に、かける言葉を見つけることは出来なかった。
一人、残されたモードレッドは、やはりへたりこむように顔を伏せて窓の縁に腰を下ろしていた。
後悔など、しても仕方がないのだと思っていた。
それでも、モードレッドにとってセイアッドだけは特別であった。モードレッドは人が嫌いだ。
それでも、彼だけはどうしても簡単に割り切ることも、かみ砕くことも出来なかった。彼だけは不幸にしたくなかった。
もうすでに、互いに出会わぬままに終わってしまった結末を迎えてしまっても。
こつん。
廊下の先から聞こえて来た足音にモードレッドは視線を向ける。
そこには、真っ白な何かが立っていた。
なんだと、目を凝らすとそこにいたのはエジプトの女王がよく連れている使い魔のようなものだった。ただ、普段見ている者に比べればどう見ても数倍デカい。
それは、そろりそろりと自分に近寄って来る。そうして、よくよく見れば、バスケットを手に持っている。
それは、モードレッドの前に立つと、そっとそのバスケットを差し出す。その被っている布から出来るだけ、低く意識はしていたが確かにセイアッドの声が聞こえて来る。
「・・・・め、メジェド様配食サービスになります。」
「・・・・頼んでねえけど。」
「あ、あなたを心配するとある方からの差し入れになります。」
それに一瞬だけ断ろうかとも考えたが、先ほどのベディヴィエールの言葉が頭に浮かぶ。
後悔などせぬように。
会いたくて、ここまで駈けて来たセイアッド。
会いたかったのは、モードレッドとて同じだ。モードレッドとて会いたかった。
いや、あの特異点の記憶がないモードレッドのほうが、ずっと、ずっと、会いたかったのだ。
確かに会いたかったのだ。
そっと、手を差し出したモードレッドに、セイアッドは目に見えてぱあああと喜んだのが分かりやすい。
メジェドの布を被ったセイアッドは、バスケットの中からサンドイッチと魔法瓶を取り出す。
サンドイッチは、フカフカのパンに、鳥の照り焼きとレタスと玉ねぎが挟まっていた。食べごたえのあるそれをモードレッドに渡す。
彼女がそれに無言で齧り付いた。
冷めていたが、しっかりと味の付いた照り焼きはパンとよく合っており、それに加えてレタスと玉ねぎが後味をさっぱりさせている。
これを作ったのがセイアッドであると何となしに察していた。普段、調理場を預かっているものたちの味付けに比べて、少しだけ味が濃い。
慣れ親しんだその味付けに、モードレッドはほっとしたような気がした。
無言でそれを咀嚼する間、メジェドは、魔法瓶からとくとくと温かいスープを注いでいた。
無言で食べ終わったモードレッドに、タイミングよくスープが渡された。
簡素な味付けのスープも又、馴染んだ味であった。
食べ終わったモードレッドに、セイアッドは機嫌が良さそうにしていた。
そうして、おもむろに、囁くように言った。
「・・・・メジェド様は、サービス後のフォローアップもしてますよ。」
「なんだよ、それ。」
呆れた様な和やかな、それは、モードレッドがずっと恋しいと思っていた、彼女が愛したお茶会の様だった。
いや、少しだけ、似ていたのかもしれない。
窓辺で、彼の料理を食べて、二人きりで喋り合う。
彼女が、愛したものだった。
「・・・・お客さんは、何かに悩んでいる様なので。お悩み相談サービスも完備しています!」
びしりと、恰好を決めた姿が面白くて、モードレッドは笑ってしまう。
そうして、するりと、口から、言葉が漏れ出た。
「・・・・・ずっと、大事にしてた奴がいた。」
囁くような、それに、セイアッドは頷く。
「最初は、ただ、飯とかが目当てでな。縁が切れちまったって。何かがあるわけでもなかった。そんでもなあ、居心地がよかったんだよ。そいつの前では、俺は、しなくちゃいけないことも、したいことも忘れて、ただ、ガキみたいでさ。」
それが楽しかったんだよ。
セイアッドは無言でそれを聞いていた。
「俺はそいつと約束をした。いや、約束っつーよりも、きっとあれは誓いだった。俺の願いへの、そんであいつが自由だって証明を、したかった。外を、見せてやりたかった。」
俺が、愛したものを、あいつにも見せてやりたかった。
しんと静まり返った中でモードレッドの声が響く。
「けどな、少しだけ、あいつが俺に会いに来た時のことを見た時、こう思っちまったんだよ。出会わなければよかったって。」
残酷な、その台詞に、隣りにいた存在の動きが止まった。それでもモードレッドは話し始める。
いつかのような、窓辺での茶会はひどく静まり返って、破綻の前のように沈黙していた。
酷いことを、言っているのかもしれなくても、きっと飲み込み続けることだって出来ないのだと、モードレッドには分かっていた。
このままで彼に微笑んでやれない。昔のようにいられない。
それこそ、らしくない。だから、話し始める。
ただ、この孕んだ後悔に自分は答えを出さねばならないのだ。それだけは理解できた。
「尻拭いをさせてばっかだった。あいつにされた予言を本当にしちまって。あいつの故郷だって、滅ぼしちまって。あいつに、俺を殺させて。出会わなきゃあよ。そうしたら、あいつは、平穏に終わることだって出来たかもしれねえのに。あいつに、滅びを呼んだ姫なんて、称号もつかなかった。」
泣くことだって、なかったのに。俺と出会わなければ。
モードレッドの台詞が途切れると同時に、隣りからぐずぐずと音がする。
それに視線を向けるとおそらく目の部分なのだろう、染みを作ったメジェド様がいた。
モードレッドは無言でそっとその布をはぎ取った。そうして、そこからは目からぼたぼたと涙を流し鼻水もずるりと啜っていた。
モードレッドは泣くのが下手な奴だと呆れて。
そして、モードレッドは、セイアッドにここにいてほしくないと思う。
彼は優しい。そうして、強い。あの日恐れることなくモルガンに立ち向かったように。
けれど、戦うための強さと、それはまた別物なのだ。
カルデアのマスターは、確かに、よきものなのだろう。けれど、それとこれとは別なのだ。
優しい彼を、戦に出したくない。戦ってほしくなどない。
再会という奇跡に甘んじることはあっても、この優しい男を戦いに巻き込みたくなどなかった。
自分と、出会いさえしなければ。出会いさえしなければ、この優しい男は戦いも、悲しみも、苦しいことだって知ることなく、あの鳥籠で終わることだって叶ったろうに。
「俺と、出会わなきゃあ。お前は、きっと、もっとましな人生だったろうにな・・・・」
「・・・・・ちがう。」
話すのも苦しいという様な震える様なその声に、モードレッドはセイアッドに視線を向けた。
彼は、流れて来る涙を袖でぐしぐしと拭いながら、必死に言葉を紡ぐ。
「ちがい、ます。出会わなければ、よかったなんて。そんなこと、一度だって、思ったことなかった!」
「・・・・・・そうかねえ。」
モードレッドは、何とも言えぬ苦笑の混じる台詞と共にそう言った。セイアッドの返事なんて、分かり切っていた。
優しい、優しい、セイアッド。自分のような乱暴者の話を、聞いてくれた。
女でありながら、騎士として生きたモードレッドの生き方を、肯定してくれた。
姫として生きるしかなかった、青年。
事実、きっと、世界に、互いだけだった。お互いの、その歪な生を肯定し、理解してくれる存在なんて、いなかった。
だから、特別だった。
けれど、あの終わりを、この関係を、自分は認めていいのだろうか。
認めてしまって、巻き込んでしまっていいのだろうか。
ただ、ただ、日常の中で笑っていただけの、優しい青年を。訳の分からぬ予言によって、何も己で選ぶことのできなかったこの、男である姫君を。
きっと、王子として生きていれば、良き王になっただろう。
セイアッドが、モードレッドに執着するのは、彼が彼女の事しか知らないからだ。縛り付けているのは、自分の方だ。
もっと、もっと、上手くやれた方法は、幾らでもあったのだ。幾らでもあったのに。モードレッドは幼い約束を優先して、セイアッドを守れなかった。
出会わなければ。
その言葉が、モードレッドの口から出る直前に、セイアッドが叫ぶように言った。
「だって、私は、モードレッドと出会わなかったら。人形のままだった・・・・・!!」
喉から絞り出すような声だった。
まるで、血反吐を吐くような、壮絶な声だった。
セイアッドは隣に座ったモードレッドの手を掴み、その手の上にぼたぼたと涙を溢す。
モードレッドはその声に思わず黙り込んだ。
「塔の中しか、知らなくて。だから、そのままでも平気だった。外に出てはいけないって、言われて。そればっかりを信じてて。平穏で、でも、だから、私には何もなかった。」
悲しみも、苦しみも無かった。けれど、喜びも、楽しみもなかった。全てが平穏で、窓の外に見える、滅びを前にしたままの世界の中でも、たとえ、自分が死んでしまっても、絵空事のように他人事だった。
「あなたが、あなたがいたから。あなたと出会ったから、嬉しいって、おもって。いつ、来るんだろうって。ご飯だって、用意して。あなたが、死んじゃうかもって、そう思ったら、怖くて、悲しくて。あなたがいたから、私は、生きることが出来たのに!」
全てが絵空事で過ぎていく中で、モードレッドだけがセイアッドに生きるということを教えてくれた。
悲しみ、苦しみ、喜び、楽しみ、セイアッドは人形としてではなく、人として生きることが出来たのに。
「あの、怖い人が来て。アーサー王を滅ぼす様に言えって、言われても。嫌だって、言えたんです。あなたの、夢を守るって。私は、あなたのおかげで、私は、私の誇りを持つことが出来た。」
セイアッドは、人形のように生まれた。
滅びを呼ばぬために、外に出たいという感覚を殺され、何にも興味を示さぬ人形であった。
そうせねば生きられなかった。
それを分かっていたとしても、セイアッドは人として生きた己の在り方が好きだった。
例え、その約束を叶えられなかったとしても、セイアッドはそれによって明日を生きていこうと思えた。
どうでもよかった、未来を夢見ることが出来た。その約束を叶えたいと、夢を持つことが出来た。
「モードレッド、お願いだから。私の夢を、取らないで。私の、願った美しい国を、奪わないで。ただ、出会いたかっただけなの。もう一度って、願っただけなの。モードレッドがいたから、私は生きることが出来たの!」
あなたが、私を人にしてくれた。
零れた言葉に、モードレッドは言葉を失って、そうして、顔を歪めた。
「・・・・・俺と、一緒に居れば、お前また、碌な目に遭わねえぞ。」
「それでも、いいです。いいことばっかりな人生なんてないもんです。」
「・・・・・・・また、この夢だって終わるんだぞ?」
「また、夢を見ます。この夢が、醒めたとしても、あなたを待ちます。今までと同じように、夢を思い出して、待っています。」
例え、永遠のような月日がかかっても。
泣いて、いた。
セイアッドは泣いていた。その満月色の瞳から透明な滴がぼたぼたと流れ落ちて。
ああ、やはり、この男には泣くのは似合わないと思った。
淡く笑う男ほど、美しいものはそうそうない。
「・・・・お前と、俺が、
「誰もが、そう言っても。そうだとしても、あなたは私の
変わることなく、モードレッドは、セイアッドの太陽だった。
だから、いい。例え、破滅に至るとしても、それまでの幸福が、嘘になるわけでないから。
だから、いいのだ。
「私は、あなたに会えてよかった。」
あなたは、私のうんめいでした。
モードレッドは、それに、セイアッドをかき抱いた。攫うように、彼を抱きしめた。
「バカな奴だ。お前はよ。本当に、馬鹿な奴だ・・・・・」
セイアッドは、肩が、微かに湿るような感覚がした。けれど、それを言わずに、自分も、わんわんと泣き喚いた。
泣くしかなかった。だって、だって、セイアッドだって少しは思っていたのだ。
自分にさえ、会わなければ、自分さえ、殺されなければ。
モードレッドは、自分の大好きだったものを壊さなくたって済んだのに。
後悔していたのは、お互いだった。
幸せであってほしいと、互いに願い合っていたのは事実だった。
二人は、幼子のように、泣きわめいた。
幼いころ、泣くことを知らなかった彼らは、その分を取り戻す様に泣き喚いた。
「・・・・セイアッド。」
「なに?」
「・・・・約束、守れなくて、すまなかった。」
「わたしも、約束、まもれなくて、ごめんなさい。」
最後に吐き出した、互いの謝罪の言葉を吐き出した。
本当は、案外、言いたかったのは、ただ、それだけだったのかもしれない。