かぐや様は脳内であたふたしているところがお可愛い。
運命。それは人間ではどうにもならない超越的な何かによって定められたモノ。一説によると人間の幸不幸は均等になるように出来ているとか。これを運命と言わずして何と言うのであろうか。
その点から言えば私、四宮かぐやという人間は四大財閥の一つである四宮家の長女として生を受け、何不自由なく育つという恵まれた人生を過ごしてきた。
だから私に降りかかる不幸もすべては幸運の裏返し。私の不幸なんて大した事はない。
信じた人に裏切られる事も、友達と遊びに行けない事も。
…家族の愛を知らない事も。
だって、私はこんなにも恵まれているのだから。
でも本当は……。
昔はもっと希望を持っていた筈だ。誰かが運命的に私を助けてくれて、幸せを与えてくれるのだと。
現実は御伽噺の様に優しくは無かったけれど、何も救いがない訳ではなかった。
中等部の頃、こんな私にも友達が出来た。私の大切な大切な……蝋燭の燈みたいに暖かく明るいあの子。
だからきっと、現実にも救いはあって。もう一度だけ、少しくらいは期待してみても良いのかな。そんなふうに思えてしまう。
ふふっ……なんて。こんな浮ついた考えが湧いてしまうのは、今が春だからなのかしら。
桜が美しく咲き誇る出会いの季節。秀知院学園高等部の入学式から数日が経った今でも尚。私はこれからの学園生活で何かが変わるのではないかという根拠のない予感が止まらなかった。
──
唯一の親友である藤原さんが、高等部で出来た新たな知り合い達に昼食へ誘われているのを見かけた私は、何だか居心地の悪さを感じて一人学園の敷地内を彷徨っていた。
「そうよね。藤原さんは私だけのモノじゃないのですから……他にご友人が出来ても仕方のない事なのよ。ハァ……なんで私が教室から逃げ出さねばならないのかしら。別に恥ずかしがらずに堂々としていれば……」
つい口から愚痴めいた言葉が漏れ出てしまう。
そして流石に浮かれすぎていたのだろうか。私が誰もいないと思っていたこの校舎裏で、誰かが身じろぎする気配に今更になって気づいた。
私が振り返ると、校舎の隙間の影に座り込んでいる一人の男子生徒と目があった。
「あー……えっと……」
男子生徒は気まずそうに目を逸らし、言い澱む。しかしながら私はそれどころではなかった。
(聞かれた……それも私が弱音を吐くところを)
私は総資産200兆を抱え、国家の心臓たる四宮財閥の令嬢。自分の容姿には相当の自信があるし、この容姿に惹かれた男や四宮家の力を狙う男達から言い寄られた事だって何度もある。
だからこそ私は決して弱みを見せてはならないと言うのに。
(今すぐにでも消すべきかしら……? いえ……彼も秀知院の生徒です。いくら私とて生徒一人をどうこうするには時間も手間もかかる……何よりこれは私の招いた失態。軽々しく四宮家の力に頼れば後で家から何と言われることか……。何とかしてこの場を切り抜けなければ)
兎にも角にもまずは情報が必要。彼を知り己を知れば百戦危うからずとも言うことだし、相手の立場を知らなければ私が切るべきカードも見えてこない。
「貴方……名前は?」
(着崩した制服にやや明るい髪色。座っているから分かりにくいけれど、背は高そうね。あまり真面目な人ではないのかしら。雰囲気も荒ら荒らしいし、どこか投げやりな態度ね。あの目には私も見覚えがあるわ。何もかもに嫌気がさしている……そんな目つき。私に対する反応は……驚愕、そして思案。そう……まあ無理もないわ。この四宮かぐやに話しかけられて動揺しているのね? どうせどう私の弱みに付け込もうかとか考えているのでしょうけれど……残念でしたね。私はそう甘くないわよ)
私がなるべく平静を装いつつ相手を観察していると、男子生徒は小さく喉を鳴らし、こちらを睨みながら口を開いた。
「……お前がどこの誰かなんて俺は知らないけどさ。普通は人に名前を聞くときは自分から名乗るものじゃないのか?」
…………はい?
(聞き間違いかしら。今この男は私、四宮かぐやを知らないと言ったかしら? いえ、ブラフの可能性もありますね。それが何の意味を持つのかまでは流石にまだ分かりませんが、少なくともこの私を知らない可能性よりはあり得……)
「ねぇ、聞いてる? ってかまじで誰だよ……あっ、もしかして先輩……でしたか? だとしたら……その……すみません……」
男子生徒のあんまりな発言に考え込んでいた私は彼の新たな発言で気がつく。彼はおそらく外部入学生なのだろう。だから私が四宮かぐやだと知らない。これなら理屈が通る。しかしそれにしても……。
「はぁ……貴方ね。この私の顔に見覚えはないと言うの? 外部入学生とは言え、つい先日私を見たばかりだと思うのだけれどね」
そう。私は先日の入学式で新入生代表として全校生徒の前で登壇していたのだから、顔と名前を覚えていてもおかしくない筈。いえ、覚えていないなんてありえない。式の間中ずっと寝ていたとかでない限り、この完璧な美少女を見れば記憶に残るのは当然のこと。
「あぁ……そうか、それで見覚えが。確か名前は……四宮かぐや……だっけ?」
なんだ、ちゃんと知っているじゃないの。まあ、私の美貌を鑑みれば当然のことですけれどもね。
「ええ、そうよ。まさか知らないとは思うけれどね、貴方に礼儀知らずと思われるのも心外だわ。きちんと名乗ります。いい? 普通なら私が直々に名を教えるなんて前世でどれだけの徳を積んだとしても得られない栄誉なのよ? せいぜい心して聞くことね」
「そういうのはいらんから早くしてくれ」
……もう。さっきから何なのかしらこの平民。不調法者にも程があるわ。
「ん゙ん……私の名は四宮かぐや。国家の心臓たる四宮家の長女にして秀知院学園高等部の一年生よ。…………ほら、私が名乗ったのだから貴方も名乗りなさい」
私がそう言って男子生徒を促すと彼は小さくため息を発しながら立ち上がり、制服の汚れを雑に払った後に名乗る。
「俺は白銀御行。一年で、……あー、一応特待生枠の外部入学生だ」
一応とは何だろうか。特待生は特待生であり、それ以上でも以下でもない。彼が外部入学生という私の推測が正解していたと言う事実はあれど、この会話からは彼がその不良っぽい見た目の割に、この秀知院というエリート育成校に相応しい学力を有していることが判明しただけだ。私には一応の意味が分からない。
(まあそれに、この白銀とかいう男がどれだけ優れていようとも、私がいる限り彼がトップを取ることはないのですし)
「……っ。なんだよ、その憐れんだ目は。言っとくけどな、俺はお前ら見たいな生まれた地位に胡座をかいたボンボン共よりも遥かに努力してきたんだ。少なくとも今出会ったばかりの他人にそこまで見下される筋合いはないと思うんだが?」
「あら、そう見えたのなら失礼いたしました。しかし事実として新入生代表となったのは私であり、貴方ではありません。貴方の言う努力がどれ程のものか知りませんけれど、私は生まれてこの方他者に劣った事など一度もない者ですから?」
なんだか私の口がいつもより数段お喋りになっていることを薄々と自覚しながらも、つい止められずに続けてしまう。
「遥かに努力してきた? 本当ですか? 私、特待生枠の仕組みに関しては寡聞にしてあまり存じ上げないのですけれども、たしか特待生枠には補欠合格があるとか。そして貴方はそれで合格した。だから先程一応、と付け加えた。違います?」
「うぐっ…………」
彼の反応がとてもお可愛くてお可愛くて、その歪んだ顔をもっと見たい、暴き出したいと心の奥底で泥々とした感情が鎌首をもたげる。
(あゝいけない。彼の顔が歪んでいるのに……こんなに酷い事を言ってしまっているのに……どうして口がニヤけてしまうのかしら)
「親の七光り、生まれが良かっただけ、それって……申し訳ありませんが、私からしたらただの負け惜しみにしか聞こえません。なぜ私達が相応の努力を重ねていると思わないのです? 確かに私は何でもやれば直ぐに上達してしまいますが……だからといって何もしていないなんて、はっきり言って侮辱です」
「いや、すまない……そんなつもりじゃ……」
「貴方だって自分の努力を馬鹿にされたら嫌な気持ちになるでしょう? そんなに顔を歪ませるくらいなのですから、プライドだって相応にあるのでしょう。ならば不用意にそのような発言はしないことね」
(特にこの秀知院では、ね)
名家の子息子女を育てるこの学園の生徒たちには、我々は選ばれし者、人の上に立つ者。そう教え育てられた者が多い。彼らはプライドを傷つけられる事をひどく嫌う。自分より優れた者は気に入らないし、劣った者は……やっぱりこちらも気に入らない。
だが何事も匙加減なのだ。本音の全てを曝け出さず、打算で仲良くする事が出来るくらいには彼らにだって分別はある。しかしそれはお互いがそう思っている時の話。
喧嘩を売られれば家の誇りにかけても買わざるを得ない。そしてそうなれば関係が破綻するのは自明。私はそれが分からなかったから……今はこんなだけれど。
もしこの白銀御行とかいう男が秀知院学園で平穏に生活しようと思うのならば、私のようになるべきでは無い。
それはさておき。ともかくこれで、こんな性格の悪くて、愛想の悪い女と関わろうなんて思わなくなるわよね。あとはさっきの事に釘を刺して、そしたら……あっ! そうだわ!
「ねぇ、貴方」
「はい……なんでしょう……」
いつのまにかズーンと項垂れている彼へたった今思いついた名案を伝える。
「私、貴方に興味が湧きました。だから……その……そう、この四宮かぐやが友人になってあげます。感謝するといいわ」フフーン
「はい…………すみません……ん? え、どゆこと……?」
そう、こうして私が彼の友達となってあげる。こんな校舎の隅っこで一人寂しく昼休みを過ごしているのだから喜ぶに決まっている。なによりこの四宮かぐやの人生において二人目の友人となれるのだ。そうすればあまりの喜びに先程の私の失言を忘れるかも知れない。
もし忘れなくても……彼が言いふらしたりしなければそれで許してあげよう。そうすれば私は正真正銘本当の友達がもう一人出来るのだ。うふふ。藤原さんに何て紹介しようかしら。
私は言いふらされる可能性を意図的に無視した。しかし、彼の発言は完全に予想外のものであった。
「え、いや……いいよ……別に……」
(まさかのお断り!? なんで!? この私が友達になってあげると言うのに! ……やっぱりちょっと意地悪しすぎたからかしら。そうよね。こんな性悪女なんてお友達になりたく無いわよね……。ハァ……もう帰りたい……早坂ぁ……どこぉ……?)
先程までの気分に冷や水を浴びせられた気持ちになり、自虐的になってしまう。早く帰って近侍の早坂に甘えたくなるくらいには。
「ごめんなさい。いきなり変な事を言ってしまったわね。忘れて頂戴。……あと、ここに私が言っていた事は誰にも言わないこと……では失礼します」
私はこれ以上恥の上塗りをする前にさっさと退散することにした。彼が呆然とこちらを眺めているが、その視線が恥ずかしくて自然と早足になる。
──
(お昼も食べ損ねてしまったし……こんな事になるなら多少気まずくても藤原さんと一緒にいるべきだったわね……)
「あ〜かぐやさん! も〜どこに行ってたんですかぁ。わたしすっごく探しましたよぉ」
教室へと戻る途中。私の後ろからぽわぽわとした声が聞こえてきた。気落ちしていた私は振り向く気力が生まれず、そのままに答えた。
「藤原さん……ごめんなさいね。いきなりいなくなって。少し、そう。少しだけ用事がありまして」
「あれ、そうなんですかぁ。ってかぐやさん! そのお弁当、まだ食べてないんじゃ……?」
「えぇ、そうなのよ。どこかでついでにと思ったのですが……中々いい場所が見つからなくて」
「じゃあ急いで食べましょ! わたしも食べるの手伝いますから」
「ふふ。それは藤原さんが食べたいだけじゃないのかしら」
藤原さんと会話をしながら廊下を歩いていると、いつの間にか先程までの落ち込んだ気分がどこかに消え去っていた。
(そうよ。別にあんな男と友達にならなくたって、私には藤原さんがいるんですもの。友達のいなさそうな誰かさんとは違ってね!)
──―
それから教室で藤原さんと一緒にお弁当を食べた私は午後の授業に臨んだ……のだけれどもなんだか集中できなくてぼうっとし続けていた。
そして気がつけばあっという間に午後の授業が終わり、いつの間にか帰宅していた私は自室で早坂の淹れた珈琲を飲みながら今日の出来事を振り返っていた。
(あの反抗的な目。私を四宮家の令嬢と知らない世間知らず。それに……それに!私と友人になるチャンスを棒に振るなんて!信じられないわ!なんなのかしらねあの男は……もう!)
考えれば考えるほどにあの男に対する愚痴が溢れ出してくる。今までこんな事はあっただろうか……。私の誘いが断られるだなんて……あゝ、そういえば一度だけあった。私がまだ何も知らず幼かった頃。パーティ会場で出会ったあの四条の娘に絵本の誘いを断られた事があった。
あの時は訳が分からなくて、でも悲しいって事だけは分かって、それから……それから……。
「かぐや様。先ほどから何か悩まれているご様子ですが、お加減が優れませんか?」
思考の海に潜り込んでいる私の耳に近侍の早坂が心配する声が届いた。
「もしやわたくしのコーヒーに何か不手際が?」
その言葉に慌てて否定する。
「いいえ、早坂。貴女の仕事はいつだって完璧よ」
そう私が言うと早坂は露骨に嬉しそうな表情を顔に出しながらキョトンとしている。随分と器用だこと。
「何よ、早坂」
「いえ、かぐや様がそうやってお褒め下さるのは大変珍しいものですから。やはりお加減が……?」
なんて、ひっじょーに失礼な発言をしてくるものだから昼間のあの男を思い出してまた苛々としてきてしまう。
「違うわよ!あのね、早坂。今日の昼休みに変な人にあったの。それで私はその人について考えていた訳」
「……かぐや様。その人の名前は?」
一瞬にして早坂が剣呑な顔つきとなり、近侍としての然るべき役割を果たそうとしてくれる。けれども、私には何故か。そう、特にはっきりとした根拠はないのだけれど、こんなにも苛々とさせるくせに、しかしあの男は早坂が動く必要のある人物ではないとの確信があった。
「いいのよ、早坂。彼については私が直々に見極めますから。ほら、私はもう寝ますから貴女も下がりなさい」
「……?はい。畏まりました」
そう言った早坂は部屋の照明を落とすと、そっと静かに部屋を後にした。
「はぁ……白銀御行……変な男ね」
──
私はあの後一瞬で眠りについたであろうあの子を起こさないよう慎重に部屋の扉を閉め、囁くように声をかける。
「おやすみなさいませ、かぐや様。………ん?彼?」
──
誤字脱字がございましたら是非お教えください。
その他読みにくい等もありましたら。