かぐや様は運命を信じたい   作:ティッシュの切れ端

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最終話めっちゃ良かった…。


かぐや様は文通したい/藤原千花は指したい

 

 

 

 早坂に頼んで用意させたレターセットは男性が使用しても違和感のないシンプルな物であった。

 過度な装飾の付いていない、白とネイビーの二種類。彼の趣味嗜好をあまり知らない私は、何よりも彼が使ってくれない可能性を排除したかったのだ。

 

 朝のホームルームを聞き流しながら考える。彼は読んでくれたのだろうか。

 

 教師の伝える連絡事項が鼓膜を振動させるが、脳は蝸牛から伝えられる電気信号を遮断する。どうせ私が聞いていなくても、嫌でも憶えてしまうのだから関係ない。

 

(早くお返事来ないかしら)

 

 十五の歳を数えた中で、誰かに私的な手紙を送った経験は無く。すると当然その返事を待つ事も初めてだ。流されるがままに生きて来た私の人生。人間関係において主体的な行動を起こしていた記憶は遠い過去の物だ。

 

 私は失敗の多い生涯を送ってきた。

 私には、人の心というものがよく解らなかった。

 感情の機微とは一体何なのか。自分にはどうにも、刹那的感情に身を任せることが、ごく自然に起こり得るとは微塵も思えなかった。

 

 合理と理性は感情と欲望に優越し、そして誰もが正しい、それは四宮の価値観としてであるが、行動をするものだと思っていた。 

 誰かが泣いても、それはその者が愚かであるからだと、本気で思っていた。

 何かが出来ないのは、それはその者が手を抜いているからだと、本気で思っていた。

 

 げに恐ろしきは四宮の教育か。真っ白な私の価値観は、世界は、染められてしまっていた。四宮成らば……。その悪しき家訓に。

 厳しい、今思うとあれは虐待に近しいと思うのだが、躾。それになまじ付いていけてしまった物だからタチが悪い。

 

 まあそれで。世界には様々な人がいて、十人十色という言葉の意味するところを本当に実感した頃には、私は一人だった。

 

(勿論、今は違いますけれど)

 

 だからこそ私は、誰かと言の葉を交わし合う事に飢えている。誰かとは言うが、本当に誰でも良い訳でも無い……が、それが心を通わせたお友達とならば、尚嬉しい。

 

 そして今は新たに……。そう、好きな人との交流を欲している。この返事を待つひと時は何だか、嫌じゃない。古い時代の女子はこんな風に殿方からのお返事を待っていたのだろうか。

 

 恋に焦がれて 鳴く蝉よりも 

 鳴かぬ蛍が 身を焦がす 

 

 と、有名な一節を諳んじてみたものの、自分はどちらなのだろうかと疑問に思う。

 耳障りに喚く蝉で在るのではないか。そも私は蛍と言った柄だろうか。外見的な美麗さではなくて、その有様が。

 

 こんな私が彼に好かれるのだろうか。藤原さんのような女性が好みなのではないのか。この不安はいつになっても消えない。むしろ彼が藤原さんとお知り合いだと知って余計に心配になった。

 

 じゃあどうして彼からのお返事を藤原さんに渡すようにと書いてしまったのか。

 

 お友達を飛脚の様に扱う事は心苦しいが、しかし私が校内で気軽に彼と話しては迷惑をかけてしまう。だから電話で相談した時、彼女からその仲介役を買って出てくれた時は天恵に思えたのだ。

 

(でもやっぱり不安なのよね……)

 

 理性では彼女が白銀さんとその様な関係になる事を積極的に望む筈がないとわかっている。だけれども、彼の方はどうだろうか。

 

 そう思うと目が潤む。

 

でもでも、彼は私の事が好きだと思うわよ?

 

 そんなの根拠の無い思い込みよ。

 

だって昨日私に手を振ってくれたじゃないの。あれは私に気があるからだわ。

 

 それで気があることになるのなら世の友人たちは皆両思いね。

 

あの場面でわざわざこっちを見たのよ?それって、私に良いところを見せたかったから以外に何があるというの?

 

 知り合いを見つけたなら、手を振る事もあるでしょう?

 

そうなのかなぁ……。

 

 そうよ。勝手に期待して、もし違っていたらどうするのよ本当……。        

 

 日に日に私の脳内でコレが大きくなって来ているのが分かる。最初はほんの微かに感じ取れる程度の存在、いや。感情だった。なのに彼と話す度にコレは、確かな輪郭を得ていく。今や意識しないと表面に出てきてしまう程に。 

 

 兎にも角にもだ。今は彼からのお返事を待つこのひと時を、不安と期待で一杯の気持ちを堪能しようと思う。

 

 だって何だか、普通の少女に成れた様な気がするから。

 

 

 

 ──

 

 

 

 俺は四宮からの手紙に何と返事をするか悩んでいた。ノートに下書きを書いては消し、書いては消し。

 しかしどれも失礼な、そっけない返事な気がしてきて。

 

 図書室で手紙の書き方についての本を開いて眺めてみる。

 

(俺手紙なんか書いた事ないんだよなぁ)

 

 そうやって考え込んでいると隣の席に誰かが座って来た。

 

「あれぇ?御行くんじゃないですかぁ。どうしたんですか?お勉強?」

 

 そう言って声をかけて来たのは俺のバスケの師匠、藤原であった。

 

「ああ、少し調べものをしたくてな」

 

「どれどれぇ?ビジネスで使える手紙のマナー?なんで高校にビジネスの本があるんですか……」

 

 言われてみれば確かに、俺以外にこれを必要とする生徒が居るのか疑問だ。

 

「多分藤原は知っていると思うんだが、今朝四宮から手紙が届いてな。かなり礼儀正しい内容だったものだから、何と返事すればいいのかと……」

 

「あぁ〜聞きました聞きました。わたしそのお返事の催促をするために御行くんを探してたんですよ」

 

 彼女はノートを開くとそこに何か書き込みを始める。

 

「いいですか?お手紙も要は会話と同じなんです。つまり、コミュニケーションの手段の一つに過ぎないんですよ」

 

 可愛らしいシャープペンシルで紙面に『会話』と書くとそれをグリグリと囲う。

 

「自分は何を思って、何を伝えたいのか。相手への気持ちを伝える事が大切なんです。そこに多少の形式こそありますが……別にそれ程気にしなくったって良いんです」

 

「いやしかしだな……せっかくこんなにしっかりとしたものを貰ったのだから、こう、なんか良い感じに書きたいんだよ」

 

 こちらを眺めながらペンを弄ぶ彼女は以前の様にやれやれと首を振った。

 

「御行くんはわかっていませんねぇ。かぐやさんだって別に常に礼儀正しい訳じゃないんですよ?私とメールする時はもっとカジュアルな感じなんです。だから、きっとたくさん悩んだ結果がそれなんです」 

 

 藤原は今度は『カジュアル』とノートに書き込む。

 

「つまりですね。無理にカッコつけて書く必要なんてないんですよ。ただありのままに、素直な気持ちを綴る。それで良いじゃないですか」

 

「そう言うものなのか……」

 

「そう言うものですよ」

 

 藤原はそのまま立ち上がり、本棚へと向かって行った。

 

 俺は藤原の言葉を反芻する。そうなると、この本を読む必要はもうない。さっさと本棚に戻して返事を書くとしよう。

 

「それでは返却期限は一週間後ですので忘れない様にしてください」

 

「はぁい」

 

 俺が本棚へとこのマナー本を戻していると、藤原がカウンターで何かしらの本を借りていた。これは偏見なのかもしれないが、彼女は熱心に読書をする様には見えないのだが……。

 

 気になった俺は質問してみることにした。

 

「藤原、何を借りたんだ?」

 

「これですか?将棋の本です。わたしオセロとかチェスはやったことあるんですけど将棋はなくって……。かぐやさんに言ったら今度一緒にやってくれるそうなんです」

 

 そう言ってこちらに向けられたその本の表紙には二人のキャラクターが描かれていた。どうやら最近よくあるタイプの漫画で解説する形式の本の様だった。

 

「ほう、将棋か。俺はちょっと苦手なんだよなぁ」

 

「へぇ〜そうなんですかぁ。じゃあ初心者のわたしでも勝てちゃうかもですね!」

 

 藤原はニマニマと笑う口を本で隠すと挑発的に言ったてきた。

 

「よぉし御行くん。放課後TG部の部室に来てください!持ち運び式の将棋セットがあるのでそれで勝負ですよ!」

 

「確かに今日は生徒会の活動はないが……」

 

 

 

 ──

 

 

 

 放課後、俺は覆面マスクを被った女子生徒二人に拉致されていた。HRが終わった後、教室を出たところを袋詰めにされたままどこかに連れて行かれたのだ。

 

 目的地についたのか、袋から出される。急な眩しさに目を細めていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「わたしは謎の将棋星人フジワラ!ここから帰して欲しければ、わたしとの勝負に勝つのだぁ!!わはは〜!」

 

「自分で藤原って名乗ってるのにどこが謎なんだ……」

 

 これが例のTG部か……。確か生徒会や風紀委員での監視対象の部活だったな。なぜたかだか一クラブがそれほどに危険視されるのかが分からなかったが……。生徒一人を気軽に拉致してくる部活は確かに危険だろう。

 

「千花ちゃん、彼が?」

 

「そうですよテラ子先輩。この人がわたしの言ってた生徒会の人です」

 

 この部活の危険性について考えている俺を他所に、藤原は俺を拉致してた実行犯のもう一人と会話をしていた。

 

「私は今日は帰って最近出たばっかのFPSやりたいから、部室の鍵よろしくねぇ〜」

 

「はぁい!じゃあ御行くん、早速勝負ですよ!」

 

 見ればテーブルには既に将棋盤が用意されている。しかし……。

 

「そうは言うがな藤原。確かお前、昼に初心者用の本を借りたばかりだろう?ルールとかは分かるのか?」

 

「むう、失礼ですね!駒の動かし方くらいは流石のわたしも知ってますよ!ほら、早速始めますから、席についてください!」

 

 藤原に促されて着席する。しかし彼女は俺が席に座ったと言うのに一向に準備を始めない。疑問に思った俺は尋ねる。

 

「どうした?早く始めるんじゃなかったのか?」

 

「あの、これどうやって並べるんですか?」

 

 そこからかよ。やっぱり将棋のことはたいして知らない様であった。

 

 

 

 ──

 

 

 

 振り駒で藤原が先行を取った。彼女は少し悩むそぶりをしてから、しかし勢いよく指す。

 

 それをみた俺も、まずは様子見に矢倉囲いを組もうと歩を指す。

 そこから数手はお互いに序盤のため、大した動きがなかったのだが……。

 

「よーしいっけぇ」

 

 藤原はいきなり飛車をこちらの陣地に突撃させ、飛車が成る。銀が取られたが、この位置なら角で取り返せる。

 いや、だがなんのメリットもなしで簡単に飛車を捨てるものか?流石に初心者とはいえ、飛車角の価値は理解している筈だし、むしろ初心者ほどその価値故に固執し過ぎてしまい形成を悪くするものなのだが……。

 

「ではこうだ」

 

 さまざまなケースを想定してみたものの、少なくともここから数十手の範囲ではこちらが優勢になると判断し、飛車を取る。

 

「あっ」

 

「ん?」

 

 俺が飛車を持ち駒に加えると藤原は気の抜ける声を出した。いやこいつまさか。

 

「藤原……。お前これに気がつかないのは嘘だろ?」

 

「ちょっと待って下さい!タンマ!今の無しです!」

 

 気がついていなかった様である。まあ初心者相手に待った無しというのも大人気ない。

 

「わかったよ、ほら、指しなおしな」

 

 盤面を二手前まで戻し、藤原に手番を譲る。

 

「こーすると……取られちゃうから、こっちだと、これもダメで……あー!もー!ここですっ!」

 

「ほう。では俺はこうだ」

 

「あわわ……御行くん大人気ないですよ⁉︎」

 

「ははは。やるなら勝ちに行くに決まっているだろ」

 

 藤原の打ち筋は彼女の性格故なのか、それとも初心者だからなのか、素直で、こちらの誘導に悉く引っかかっていた。

 

「王手」

 

 そこから追い詰めるのは簡単だった。序盤に得た優位をそのままに、じわじわと自陣を広げていく。藤原も対処に躍起になっていたが、それも場当たり的なものに過ぎなかった。

 

「えーっと……前は角があるからダメで、横もと金があるからダメ……後ろもダメで……斜めも……あう……参りました……」

 

「ありがとうございました」

 

 詰みを悟った藤原が投了し、お互いに礼をする。

 

「ってか御行くん強くないですか⁉︎ちょっと苦手ってのはなんだったんです⁉︎」

 

「いやいや、俺なんか大したことはないぞ。なんせアマチュア三段でしかないからな」

 

「まさかの段位持ち⁉︎御行くんって道場とか通ってたんですか⁉︎」

 

「別にそこまでしなくても、将棋番組の出す認定問題を解いたりすればアマチュアの段位は貰えるんだよ。資格欄に書いたりはできないけど、そんなに金もかからないしな」

 

 小さい頃から田舎の祖父母の家に遊びに行った時は、爺さんと一緒に将棋をやっていたのだ。こういった頭脳スポーツはゲームなんかを買えない我が家では貴重な娯楽だったのだ。圭ちゃんは昔何回やっても俺に勝てなかったのが嫌だったのか、いつの間にかやらなくなってしまったが……。

 

「うちの爺さんは過去に大会で優勝した事があってな。それに比べたら俺なんて……」

 

「高校生の趣味レベルでそれなら十分自慢して良いと思いますよ⁉︎」

 

 駒を片付けながらも藤原は続けて言った。

 

「あーあぁ。まさか御行くんがそこまでできる人だとは思いませんでしたよ」

 

「そうは言うけどな、俺はこれでも特待生としてこの学園に入学してきてるんだぞ。それなりに頭の回転が早くてもおかしくは無いだろ」

 

 確かに俺は苦手な事が多いが……全てが壊滅的な訳でも無いのだ。

 

「そうだ藤原。これ、四宮に渡してくれるか?」

 

 ポケットにしまっていた封筒を取り出し、手渡す。

 

「ちゃんと書けたんですね!じゃあ早速渡しに行ってきます!御行くん戸締まりお願いしますねぇ!」

 

 藤原は手紙を持つと猛スピードで出て行ってしまった。

 

「えぇ……俺部外者なんだが……?」

 

 

 

 ──

 

 

 

 四宮へ。

 

 手紙、ありがとうな。少しだけ驚いてしまったが、嬉しかったよ。

 

 ただ申し訳ないが、俺は手紙の作法に詳しくなくてな。迷惑でなければ、四宮ももっと気軽な内容で送ってくれないだろうか。

 

 それで、月の話が出たな。実は、俺は天体観測が趣味でな。子供の頃は天文学者になりたかったんだ。

 

 四宮は何か好きなものとかあるのか?

 

 

 

──

 

 

 

 藤原さんが持ってきてくれた彼のお返事。

 

 自宅に帰ってから、その簡素な封筒を開けると、私の送った便箋に彼の文字が書かれていた。内容は、短くて、ともすればそっけないとも思えるが。しかし私にとって重要なのは、彼がわざわざお返事を書いてくれた事実なのだ。

 

「良かったですね、かぐや様」

  

 横に控えていた早坂が私の顔を見てそう言う。

 

「そ、そうね。さあ早坂。早速お返事を書くわよ。あゝ、なんと書きましょうか」

 

 どうやら彼はあまり堅苦しい文面を好まない様であるので、藤原さんとのメールの様な内容と文面でいいのだろうか。    

 

 机に座り、万年筆のキャップを少し齧る。室内に流れる弦楽四重奏が考えを纏める助けをしてくれる。

 

「それにしてもそう……白銀さんは天体がお好きなのですね」

 

 ならばその方面で話を続けるべきか。いやしかし、まずは彼の質問に答えなければ。

 

「好きなもの……。好きなもの。好きなもの、好きなもの……」

 

「かぐや様?」

 

 好きなもの、思い浮かぶのは彼の顔。

 

「べ、別に期待されている様な人は……ええ!好きですけど⁉︎なんか文句ありますか⁉︎」

 

「あのぉかぐや様、それを書くって事はつまり告白ですが……よろしいのですか?」

 

「よろしい訳ないでしょう⁉︎」

 

 まさか唐突にその様なことを書く訳がない。私は失敗する可能性がある時点での賭けなどしない。不確実は好みではない。

 

 もし彼が私の事を好きになったら、その時に彼から求められて初めて、この気持ちを打ち明けられるだろう。

 

 だからまずは、彼に私の事を好きにさせるところから。そのための文通。ここで彼の趣味に理解のある女を演じる事で、好感度を稼ぐのだ。

 

「早坂、天体に関する本を何冊か持ってきて頂戴。彼に話を合わせる必要があるわ」

 

「かぐや様はあれですね。好きな男性に影響されやすいタイプみたいですね。わたくしはかぐや様がその内、タトゥーで彼の名前を入れるとか言い出さないか心配です」

 

「そんなことしないから安心しなさい」

 

 あゝでも、彼色に染められると言うのは悪くない。「俺の女になれ」とか言われたりして。早坂曰く俺様系と言うらしい。

 

「兎に角いい感じに話を合わせるのよ。だから早く持ってきて」

 

「はいはい。畏まりました」

 

 夜は更けて、窓辺に佇む月を眺めながら、彼へのお返事を書く。気軽な文体というのはそれは私にとって逆に難しく、何度も書き直してダメになった便箋の束を見て、しかし私は充実感に包まれるのであった。

 

 

 

 

 







カナーンが見れて私は満足です。
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