かぐや様は運命を信じたい   作:ティッシュの切れ端

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難題「桃源郷に棲みたる龍の頸の珠」①

 

 

 

「つーかさ、白銀。お前勉強はどうなってんだ?」

 

 学園生活にも慣れ始め、生徒会活動も順調にこなしていた頃。すっかり恒例となった天文部の活動中に、龍珠はそう言った。

 

「どうって……まあ、それなりにはやってるけど……?」

 

「もう四月も終わる。連休が明けたらすぐに中間試験だぞ?ウチの学園は試験結構難しいからな。特待生とは言え、対策無しでは厳しいんじゃねぇの?」

 

 桜がすっかり散ってしまい、少しずつ日も長くなり始めたこの頃。東京湾にうっすらと見える、水平線の向こうへ沈みかけた夕陽を眺める。

 

「そうだな……確かに油断は出来ないか。だが、俺は生徒会役員としてそれなりの成績を取れる自信はあるぞ?」

 

「そんなんじゃ足りねぇだろうが。お前が並び立とうとしてるのはあの四宮のご令嬢だぞ?それこそ、四宮、四条。この両方と同等の成績はいるだろ」

 

「それってつまり……学年一位なんだが……」

 

「んだよ、この期に及んで無理とか言うんじゃねぇだろうな?なぁ白銀。お前は、一体誰だ?」

 

 

 

 俺は……。

 

 

 そう、俺は。

 スポーツ万能頭脳明晰質実剛健文武両道。何でも完璧にこなす天才、白銀御行だ。

 

 龍珠と考えた、四宮に並び立つための方法。セルフ・エフィカシー。人間は、自分の限界を自分自身が決めてしまっている。だから、自信がなければ本当に何も出来なくなってしまう。

 

 だが逆に、出来ると思い込むならば。それは人の可能性を引き出す力となる。

 

 いつか本物になる為の虚勢。今はそれで良い。みっともなくても良い。ただ、諦めず信じる事こそが重要なのだ。

 

「そうだったな。やってやるよ。俺は天才だ。俺に不可能はない」

 

「お前、やっぱりそうやっていた方が格好良いよ」

 

 こちらを振り向いた龍珠の顔は、笑顔で。その頬は夕陽に照らされて赤く染まっていた。

 

「そうか……?」

 

「そこで肯定できない辺りはまだまだだな」

 

 そう言うと、呆れ顔をしながら、また空を眺める。俺も同じ様に上を見つめ、やるべきことを整理する。次の試験、つまりは中間試験で良い点を取る。それも、一位を取れるくらいのだ。

 

 四宮の学力。学年一位として、それが一体どれほどのモノかは分からない。だが、勉強時間を少し増やした方が良いかもしれない。

 

 それから、もっと積極的に、自分が出来る奴だとアピールするべきだろう。

 自己肯定の有無は心の内側だけで無く、外にまで滲み出るモノ……らしい。俺にはまだ実感が湧いていないが。

 

 だとすると、やはりデカい態度は必要なのだろう。舐められたら殺す、勝利にまさる弁明はない。龍珠の……いや、龍珠組の信念であるそれは、いささか過激過ぎるのでは無いかと思いながらも、同時に、なるほど理にかなっているとも思えた。

 

 ふと、何かが視界の端で煌めいた。あれこれと考え事をしている内に陽が沈みきっていて、どうやら俺は流れ星を見逃したらしい。

 

 思考に集中すると周りが見えなくなる、これは悪癖なのだろうとの自覚はある。しかしどうにも昔から、複数の物事を同時にこなす事が苦手で、何かに熱中して時間を忘れたりするのはもはやお約束だった。

 

「だとすると……これから暫くは生徒会が終わったら直ぐに帰って勉強だな」

 

「そうだな」

 

 誰に憚る事なく星を眺められるこの時間は、環境の変化に戸惑う中で、貴重な癒しだった。

 けれど、それにかまけてばかりで成績を落としたら元も子もない。この学園に通えているのは、俺が特待生だからであり、学園の補助があってこそだ。

 

 そもそもの時点で、俺に勉強をしない選択肢はなく、良い点を取るのは強いられている事でもあった。

 

「サンキューな龍珠。どうやら俺は居心地の良さのあまり、気が抜けていたらしい」

 

「ハッ。何だ?アタシとの時間は落ち着くってか?それ自体は悪い気分はしねーけどよ……ただ、口説き文句としては二流ってとこだな」

 

 別に口説くつもりで言った訳では無いのだが、しかし、こうもあけすけにダメ出しをされると凹んでしまう。

 

「そんなつもりじゃ……」

 

「オイオイ。乙女の純情を弄ぶなんて白銀も随分偉くなったなぁ?えぇ?」

 

「もうそれでいいよ……」

 

 こう揶揄われてしまうと、もはや抵抗は無意味なのだと、この約一月で嫌と言うほどに学んだ。

 

 下手に否定しようと言葉を重ねると、どこにあるのか分からない逆鱗に触れてしまい、それはもう大変な事になってしまうのだ。

 圭ちゃんの罵倒は心にクるモノがあるが……それとは別に、龍珠の罵倒はなんというかやると言ったらやる、スゴ味があるのだ。

 

 俺は怒れる龍に真正面から馬鹿正直に挑むタチの男ではある……が、だからと言ってそのまま死ぬ気はない。それは物理的にも……社会的にも、だ。

 

「おー?白銀はアタシの事が好きなのかー?どうなんだよー。オラオラーッ」

 

 ぺちぺちと腕を叩く龍珠は大変楽しそうで、その言葉がそのまま、つまり、本気で言っている訳ではないのは、流石に分かった。

 

「はいはい、無駄無駄」

 

 先日、龍珠が生徒会に持ち込んだ、かなり昔から週刊誌で連載されている名作漫画を読んだ俺は、そこで漸く、今まで不自然に会話に差し込まれていた言葉に出典がある事に気がついたのだ。

 

「んだよー……ノリ悪いなぁ。あっ、もしかして白銀お前あれか?四宮のご令嬢が好きなのか?いやぁ、だとしたらアタシじゃ敵わないなぁ……トホホ」

 

「だから違うって……」

 

 このネタで揶揄われるのはもう何度目だろうか。

 

 確かに、四宮に対する執着……と生徒会の皆は言うが……、それは、少々、男子高校生が一人の女性に抱く感情としては重いのだろう。

 

「だってさぁ白銀。お前、口を開けば四宮〜四宮〜って……これで好きじゃないつったって、無理があるよなぁ?」

 

「そ、それは……ほら……色々、あいつに関して考える事が多くてだな……」

 

 手紙の返事だとか。

 朝、見かけて挨拶をしようとしたら無視されたりとか。

 かと思えば廊下ですれ違う時に目を合わせてくる。

 でも隣にいる藤原と話してる時は微笑んでいるのに、俺を見る時はいつも睨んでくるし。

 

「つまり、そう。俺はだな、四宮が何を考えているのかがさっぱり分からんのだ」

 

「あ〜……白銀の四宮トークが始まっちまったよ……ハァ……長くなるな、コレ」

 

「まずな?四宮は手紙の内容が固すぎるんだよ、社交辞令的というか、こちらの話に無理して合わせてるのが分かるんだ。やっぱり友達じゃないと氷のかぐや姫ってやつになるのか?でも俺と他の男との態度には差があるよな?だって他の男子がまともに会話してるところ見たことが……ハッ!?もしかして、秘密の文通をしているのは俺だけじゃなくて、四宮は他の男達とも似たような……いやいや、そんな、あの四宮のご令嬢だぞ。お嬢様がそんな男を手球に取るような…………むしろやりそうかもしれん。いやいやいや。こんなのは俺の勝手な偏見が生み出した妄想だ。だから安心するんだ。いや待て、なんで俺は四宮が他の男と会話してる可能性を不安視してるんだ?別にそこは個人の自由で……そう、だからこれは俺が騙されている可能性があったら嫌だ……的な、いや、そもそも四宮は……」

 

「あ〜聞こえな〜い。あ〜聞こえな〜い」

 

 

 

──

 

 

 

「くちゅん……」

 

「かぐやさん?風邪ですか?」

 

「いえ……別に問題無いですよ。心配してくれてありがとうね」

 

「かぐやさん季節の変わり目は体調崩しやすいんですから、無理しないで頼ってくださいね?」

 

「ええ。そうね。頼りにしてるわ、藤原さん」

 

「えへへ〜」

 

 

 

──

 

 

 

「そもそもだな。何故四宮が俺に構うのかが分からん。出逢い方は正直悪かったし、俺の態度も良いとは言えなかったはずだ。なのに友達なんて……あの時は突然の事で色々と考えが及ばなかったが、やはり俺の高校生活は間違っている。そうは思わないか?入学前に思い描いていた学園生活とは何もかもが違う。そもそも生徒会に入るつもりは無かったし、つつがなく、静かに、穏やかに。そう、激しい喜びは要らなかったんだ。そのかわり深い絶望もない、植物の様な生活を。そんな平穏な学園生活を望んで入学したというのに……。いや、本当は高校で彼女が出来ないかなとか淡い期待はあったが、しかしそれは入学してすぐに無くなったんだよ」

 

「くっそ、3rdのティガレックス強すぎだろ!何でシビレ罠持ってないんだよ。教えはどうなってんだ教えは!」

 

「だからな?俺は時々思うんだよ、何でこんなに頑張ってるんだろうって。確かに約束はしたさ。なら守るのが筋って理性では理解出来ているんだけどな……」

 

 長々と思いの丈を語っていると、龍珠はいつの間にか狩りをやっていて、完全に聞いていない様だった。

 

「しゃあっ!やっぱ剥ぎ取り気持ち良すぎだろ!」

 

 もはや狩りを終えて最後のお楽しみの所まで進むくらいには俺の自分語りは長すぎた様で、先程までは見えていた夕陽も東京湾に沈み、下校の時刻が近づいていた。

 

「なあ龍珠。もう下校時間だが……」

 

「ん?おー……もうそんな時間か。いやぁ、今日の狩りは熱かったな」

 

 龍珠の意識には、もはや中間試験や四宮のことは残っていない様だ。後、天文部も。

 

「天文部なのに星を見なくても良いのか?」

 

「なーに、別に毎日見なくたって、偶には良いだろうが」

 

 一理ある意見ではあるが……その偶に、の頻度が高すぎる様に思えるのは……気のせいだろうか。

 

「そうだ、白銀。お前連休は暇か?」

 

「ん?まあそうだな……少し待て」

 

 学ランに常備している手帳を開くと、連休中の予定を確認する。

 

「いつもの新聞配達以外は……カフェのオープニングスタッフと工事現場の警備員だな。それ以外だと……二日ほど空いているぞ」

 

「じゃあそこ二日……ウチでバイトしねーか?」

 

 それは……ありがたい話だ。この学園に進学してからは、放課後に何かしらの予定が入る事が多くて、バイト時間が二時間ほど短かった。一日で二千円に満たない金額だが、しかしコレが一月分となると、家計に影響が出るレベルなのだから。

 いつかのタイミングでたっぷり働いて、貯蓄をしておこうと思っていたのだ。

 

「ウチのシノ……いや、家業で新しく始める奴があるんだが……ウチの奴らはこう、キャピキャピした奴が苦手だからな」

 

「おい……今シノギって言いかけなかったか?」

 

「気のせいだろ。んで、まあ若者に流行りのタピオカ屋なんだが。どうだ?」

 

(タピオカ屋……?タピオカパンでも売るのか?)

 

「まあ、危なそうじゃ無いなら……」

 

「んだよ、コレは普通に真っ当な商売だよ。ちゃんと営業許可だって貰ってるから安心しな」

 

 ヤクザって営業許可取るんだ……。

 まあ、そりゃそうか。警察に睨まれているのに、簡単に違法行為をしたら面倒になる事位は、当然の事か。

 

「じゃあ……頼もうか」

 

「あいよ。ただ、一応面接はやるから……そうだ。何なら今からウチでやるか。よし白銀。帰るぞ」

 

 急に立ち上がり、携帯ゲーム機を鞄にしまい込むと、俺の腕を掴み、走り出した。

 

「ちょっ、今から!?流石に夜分にお邪魔するのは迷惑だろ……っ」

 

「アタシの友達なんだから別に平気だろうよ。なーに、気に入られれば何も問題ないから」

 

「気に入られなかったら!?どうなんの!?」

 

「そん時は……線香くらいあげてやるよ」

 

「俺死ぬの!?」

 

(すまん……圭ちゃん……あとついでに親父。先立つ俺を許してくれ……)

 

 身構えている時には、死神は来ないらしい。だが逆に言えば、不意に訪れる。そういう事なのだろうか。

 

 今から向かうは、龍の巣。古来より龍は神として崇められて来た。つまり、そう。俺は今からその様な存在と相対せねばならない。

 

(そういや……かぐや姫には龍の頸の玉の話があったな……)

 

 あの後、大納言はどうなったのであったか。死にはしなかった……様な記憶があるが。しかしかぐや姫のストーリーは、我儘な姫の無理難題で、貴公子たちが酷い目に遭う話だった筈。要は、ろくな目に遭ってないに違いない。

 

 だが……もしこれが四宮かぐやという、我儘姫と出会った事で訪れた事態なのだとしたら。

 俺はこの無理難題を乗り越える必要があるのだろう。その為の鍵は……。

 

「本当に本当に大丈夫なんだよな!?菓子折りとか持ってかなくていいのか!?」

 

「んだよ、友達の家に遊びに行くのにそんなのいらねぇだろ」

 

 この、頼りになる友、龍珠桃。彼女の気分次第……。

 

(いや、彼女こそが……龍の頸の珠なのかもしれんな)

 

 

 

 ──

 

 

 

「ここがウチだ」

 

 そのまま龍珠に手を引かれ、連れて来られた場所は……学園からそれほどに歩いた、つまりは都内のほぼ中心地、一等地と言って差し支え無い高層ビル群のある場所。そこで異様な存在感を放つ、武家屋敷だった。

 

「これ……何かの博物館とか文化遺産とかじゃ無いのか……?」

 

 そう、見るからに大名屋敷でしか無い。この年季の入った石垣なんかを見ても、明らかに築百年とかの次元では無い。

 

「あー、元はどっかの大名の屋敷だったらしいな。維新後に金が無くなって手放したのをウチが買ったんだとよ」

 

「そんな軽いノリで買って良いのか……?」

 

「良いじゃねーか。味気ないビルなんかにされるくらいなら、こうやって当時のままの姿を残してやる方が、その大名だって嬉しいだろうよ」

 

 龍珠は至極どうでも良さそうに扉、というか、これは門と言った方が正しい、に近づいた瞬間。

 

 ぎぃ、と門がうちに開き、そこにあった光景は……。

 

 

 

 左右にズラリと、後ろ手に腕を組み並ぶ、黒服の列であった。

 

「「「お帰りなさいませッス姐御!!」」」

 

「お〜ただいま〜。親父に紹介したい奴連れて来たんだけどよ、今いるか?」

 

 ヒラヒラと気軽に言葉をかける様をみて、やはり彼女も秀知院VIPと呼ばれる大物であるのだと再認識、いや、本当に実感した。

 

「「「姐御のこれッスか!?」」」

 

 黒服一同が、完全にシンクロした動きで小指を立て……ようとしてるのは分かった。

 ……殆どの人が、小指ないけど。

 

 ってかそれは彼氏を意味するのか……?普通は親指じゃないだろうか。

 

「違う違う。今度のタピ屋のバイトだよ」

 

「「「成程!なら安心ッス!!」」」

 

 おい、今。手元が銀色に光ってたよな?

 そっちは懐に手が入っているじゃん。

 やめてくれ、携帯に手を伸ばさないでくれ。

 それは誰に連絡しているんだ。

 

「おーい白銀。親父部屋にいるってよ。さっさと行こうぜ」

 

「あ、ああ」

 

 声をかけられて、何とか怯えない様に気張る。舐められたら殺す。舐められたら殺す。

 

 大丈夫だ、ビクビクしなければ向こうだって、娘の客人に手を出したりしない……筈。

 

「親父機嫌良いってさ。運が良いじゃねぇか。これならすんなりOK貰えるかもな」

 

「そうか……なら少し安心できるな」

 

 いくつもの襖がある長い廊下を歩く。

 年季の入った木材は、足がつくたびに軋む音を立てる。

 

 いくつもの人がコチラを監視している気配を感じながら、永遠にも思える距離を踏破し、最奥の、一際豪華な襖の前で立ち止まる。

 

 これから相対する龍珠の父親へ何と挨拶をしようかと悩んでいると。

 

「おやじー帰ったぞー」

 

 龍珠は何の躊躇いもなしに、勢いよく中へ入っていった。

 慌てて後を追い、部屋に入ると、優しそうな声がした。

 

「おぉ……桃。帰ったか……」

 

「親父に紹介したい奴がいてさー。ほらコイツ」

 

 龍珠の紹介に乗って、なるべく礼儀正しく挨拶をする。

 

「どうも初めまして、娘さんと生徒会でご一緒させて頂いている白銀……」

 

「帰れ」

 

「御行と……はい?」

 

 ドスの効いた声で自己紹介が中断された。思わず聞き返すと、龍珠の父親は、続ける。

 

「娘はやらん!!帰れ!!帰らんとバラすぞ!!」

 

 そう言って、床板に飾ってある刀を取り、鞘を抜く。照明を反射する鋭い銀色が、模造刀ではない事を示している。

 

(やば……マジで死ぬかも)

 

 四宮かぐやに並び立つ為の課題。

 それをこなす為には、先ずはこの龍の巣から生きて帰る、そんな無理難題をクリアしなければならない様だった。

 

 

 

 




更新遅れました…。

始まりました、難題シリーズ。
タイトルはかなり悩みました。
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