かぐや様は叫んでいる時もお可愛い。
生徒会室での一幕の後、白銀は朝から続く好奇の視線に晒されながらも教室へ戻り午後の授業を受けていた。
(んなぁぁぁぁどうして俺はあんな恥ずかしい事をぉぉぉぉぉやっちまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ)
そして、後悔で死にそうになっていた!
(はぁ……今朝の件で学校中の生徒からジロジロ見られているし、別の意味で居心地が悪い)
白銀の耳に入る女子達のヒソヒソ話。男子達の怨念の篭った視線。思春期の男子にとってこれは辛い。
それも、秀知院に友人がいない白銀にとってはなおさらである。だが、彼は腐っても特待性枠。奨学金を含めた各種援助を受ける為にはそれなりの成績を維持し続ける必要がある。
天才秀才がゴロゴロといるこの秀知院学園でそれなりの成績を維持するには、相当の努力を重ねる必要がある。
よって、白銀は何だかんだと言いながらも真面目に授業に取り組んでいたのである。
しかし、この話の焦点はここではない。白銀に降りかかる災難はここがピークではないのだ。
そんな事は一切知らない白銀は意識を放課後の生徒会活動の見学に寄せていた。
(確か空いている役職は庶務だったっけ。雑用とかやらされるのかな……バイトとの両立が出来るのか心配だ。あんまり帰るのが遅くなって圭ちゃんを心配
させたくもないし……)
家庭を支える長男として、兄として、わりと立派な思考をしていた白銀へ、更なる災難が降りかかる!
「……さん。ちょっと、無視しないで下さる?」
ハイレベルな授業について行く為に多大な集中力を使用した白銀は休み時間になると大抵、机に突っ伏して英気を養うのが入学以来の習慣なのだが、その白銀に声を掛ける者は居なかった。
……今までは。
「起きています?聞いてますよね?解っていますよ?私、耳がいいんです。呼吸が寝息とは違いますもの」
白銀は聞き覚えのある声にばっと顔を上げる。そこにいたのはそう、四宮かぐやである。
朝に続いてのアポなしでの押しかけ!
困惑するクラスメイト!
謎の腹痛が止まらない白銀!
今にも泣き出しそうな四宮かぐや!
動けばヤられる……そんな緊張感が教室中を包む中、最初に動いたのはかぐや。
「ほら、起きてた。白銀さん。あんまり私に意地悪しないで下さい。…………泣きますよ?」
女の涙。それは古今東西の男達にとって何よりも恐ろしい天敵。これ一つであらゆる論理は吹き飛ばされ泣かせた男が悪いという結果のみが残る!
その破壊力は絶大。しかも相手は四宮かぐや。もしこの教室でその暴力が解放されたならば……
(骨すら残らんかもしれん…………っ!!)
白銀に残された猶予はあまりない。既に一部の女子生徒達はかぐやの潤んだ瞳に気がついている。男子サイテーという致死性の言葉すら聞こえてきそうな空気である。
「し、四宮さん……。何か用かな?」
取り敢えずは無難に要件を聞くことにした白銀。先ほどの危険なセリフは聞かなかったことにした。
それを聞いたかぐやの反応はというと。
「な……なんで、嘘つくんですか?」
目が潤んで今にも溢れ出しそうな程に涙で一杯になっていた。
白銀には今の発言でなぜ泣かれるのかが分からなかった。しかしそれも当然だろう。一体何をどうしたら礼儀正しい口調がかぐやの地雷だと思えるのか。
出会って二日目の人間を相手にそれほど深く理解できるほど、白銀の観察眼は優れていなかった。
目を見たところで精々5〜6%しか分からない。つまり、ほとんど分かっていない。
「えっ……あぁと、その、なんかすまん……」
そして、追い詰められた男が最後に取る手段。それは謝罪という名の降伏宣言。白銀にとって、とりあえず謝ることで高校生活どころか人生が終了する可能性から逃れられるのならば躊躇う必要などなかった。
「ぐす……こっちに来てください」
「え、ちょま、うぉっ!?力つよっ!?」
そう言ってかぐやは白銀を立たせるとその手をとって廊下へと走り出す。
かぐやの持つ齢十五の乙女とは思えないほどの腕力で引っ張られた白銀は転ばないように必死に足を動かした。
──
かぐやの意外な腕力に引かれた白銀が辿り着いたのは、屋上へと続く階段の踊り場であった。この秀知院学園の屋上は普段解放されておらず、この扉を開ける為には教師か、もしくは生徒会役員でなければならない。つまり、この場に立ち寄る生徒はあまり居らず、絶好の密談スポットであるのだ。
「……あのさ、四宮さん。もしかして俺、知らぬ間に何か君に酷いことしちゃってた?」
未だにスンスンと鼻を鳴らしているかぐやを前に居た堪れなさが限界を迎えた白銀は訊ねる。
その言葉を聞いたかぐやはびくりと肩を揺らすと掴んでいた白銀の腕を離し、ゆっくりと振り返る。
「……貴方は、どうして嘘をつくのですか?」
「は?嘘?いや、俺は嘘なんかついてないよ」
かぐやの言は先程と変わらず、白銀の嘘を糾弾するものであったが、やはり彼には要領を得ない質問でしかない。
「貴方が嘘をつくのは……私が……嫌い……だから?」
「いや……嫌いってほどじゃないけど……つーかさっきから俺を嘘つき呼ばわりしてるけどさ!俺があんたに嘘をつく理由なんかないだろ!訳を話せよ訳を!全然意味がわからん!」
「……嫌いじゃない?そ、そう……なのね。じゃあ、どうして今みたいに本音で話してくれなかったのかしら……?」
白銀には訳がわからないが何故かかぐやの機嫌が直り始めているようなのでヨシッ!と思い、会話を続ける。
「本音って……そりゃ、人は誰しも多少は仮面を被るもんだろ。なりたい自分、時と場合に相応しい自分。何でもかんでも本音を出してたら世の中生きづらいだろ」
「……でも貴方のはただの嘘よ、解るわ。臆病な自分を守る為の殻。貴方の言うなりたい自分ではない。違う?」
白銀は図星を突かれ、怯む。かぐやの観察眼の鋭さは白銀のそれを遥かに凌駕しており、たった数度の会話で人の本質の一端を掴む程のものなのだ。
「……じゃあ逆に聞くけどさ、四宮さんはどうなわけ?」
「かぐや、よ」
「は?」
かぐやは会話の流れをぶった斬り白銀の四宮呼びに抗議する。
「私の事はかぐやと呼んで」
「いやいや、なんでそんないきなり……」
「呼んで」
「……そう言うそっちこそ俺の事は白銀さんじゃねえか。だから別にいいだろ」
「はぁ?……じゃあ私も貴方を名前で呼びますから。それで文句ありませんね?みっ……みゆ……白銀さん」
売り言葉に買い言葉でかぐやが白銀の名前呼びを試みるも、ぷるぷると震えながら俯く彼女を見た白銀は(やべ、また返答間違えたかも)と考える。
重力に従い垂れた彼女の黒髪の隙間から覗く耳は、彼女の瞳の様に真っ赤に染まっており見ている白銀すら恥ずかしくなってきていた。
そして結局かぐやは名前呼びが出来ず、話が進まないと思った白銀は切り替える。
「ま、まあ。そこは別にいいんだよ。俺はそう言うそっちは実践できてんのかって聞いてるわけ」
「べ、別に……私は常にとは言いませんが……完全に自分を隠している訳じゃないのよ……偶には素直に……してるわ」
「……そうか」
ツンツンした態度が抜けきれていないかぐやの態度は、あまりオタク文化に縁のない白銀にもツンデレの良さを理解させるに十分な魅力だった。
「んんっ、それで、私はね。貴方が私に対して余所余所しい態度を取るのが気に食わないの」
「よそよそしいつったって、実際赤の他人じゃないか……」
「でも今の態度は違うでしょう?だから、いつもそれでいなさいと言っているのよ」
「なんで四宮さんにそんな事言われなきゃいけないんだ」
白銀は、かぐやが傲慢で高飛車な女である事は理解している。しかしだからといってその指図にほいほいと従うかといえばそれは違う。
「……なんでって、その」
「なんだ」
かぐやは言葉に詰まり、口を閉じると目を大きく見開く。
ルビーの瞳には涙が再び浮かび上がり、今度は完全に溢れ出して頬を濡らす。
そして彼女は大きく息を吸い込むと、涙に濡れた頬を膨らませて叫ぶ。
「私が!!……貴方と!!と、友達になりたいから本音で話してほしいって言っているのに!!なんで分かってくれないの!?貴方っていつもそうですね!!私の事をなんだと思っているのですか!!私だって断られたら悲しむんですよ!?いまだってこんなに緊張して……!!それなのに!!なんなんですか!!もう!!もう!!」
急に大声で話し出したかぐやのマシンガントークは白銀の鼓膜にそれなりのダメージを与え、耳鳴りを発生させた。
(うわ声でっか)
「だいたい!!私かぐやって呼んで欲しいって言ったじゃない!!貴方また私のお願いを断りましたね!?よくもまあ何度も無下にしてくれましたね!!なんですか!!私の事なんてどうでもいいって事ですか!!みんないつもそう!!私の事を人形かなにかと思ってるんじゃないですか!?私だって!!私だってみんなと一緒に学校行きたかった!!みんなで浴衣着て夏祭りにも行きたかった!!いいじゃない!!こんなに我慢してきたんだから!!私だって少しくらい何か我儘聞いてほしいの!!」
先ほどのかぐやは時々本音で話している、と言った。その実態がコレ、である。
幼少期より抑圧された環境で育ったかぐやは本音を出したり、人に甘えたりする事が出来ない、いや出来なかったのだ。
言って仕舞えば彼女はつい最近自我が芽生えたばかりで、親への甘え方がわからずに癇癪を起こしてしまう園児のような状態なのだ。
だが逆にいえばかぐやの絶叫に含まれる言葉は全て紛れもない彼女の本心。かぐやが癇癪を起こす、それは相手に心を開いているからであり、彼女なりの甘え方なのだ。そしてかぐやが心を開いた人間は白銀で三人目。
一人はかぐやの近侍、早坂愛。姉妹のように育ってきた彼女に対してかぐやは日頃ぞんざいに扱ってきた。しかしやはりコレも彼女なりの甘え方であり、一種の反抗期のようなもの。早坂はそれを分かっているから何だかんだと彼女の癇癪にも付き合う。
もう一人はかぐやの親友、藤原千花。かぐやはお世辞にも性格が良いとは言えない。かぐやが周りを傷つけ遠ざけ続ける中でそれでも尚、藤原だけが側に残った。かぐやの中で早坂は家族のカテゴリーに入る為、藤原はかぐやにとって初めて自分を理解してくれた他人。そんな藤原もやはりその大きな器でかぐやの癇癪を受け止めた。
そう、つまり、この二人はかぐやを取り巻く環境が異常である事を理解していた為に、特に指摘をせず、暖かい目で見守ってきたのだ。
しかし白銀にはそんな事は分からない。彼からしたら今さっきまでのかぐやはまさに我儘姫、悪役令嬢であった。
だからこそ、刺さる。
かぐやの本音が、刺さるのだ。
「なんつうか。四宮さんの事、すこし分かった気がするよ」
「……かぐや」
「んぐっ!!それで、その、俺も言いたい事があるんだ」
「……なによ」
一息で長々と叫んだかぐやは今度は一気にトーンダウンしている。
「昨日さ……ほら、友達になってくれるって言ってただろ。あれさ、断ったように聞こえたかもだけど、誤解なんだよ」
「……」
「だから……その、四宮さん。俺と、友達になって下さい!!」
「……」
白銀は腰を深々と下げて言う。しかし何秒待っても返事が来ない。白銀は段々とあれ、なんかコレ告白みたいじゃね?とか変な事を考え始めた。
「……友達なら、対等じゃなきゃ……いやです」
白銀はそれを聞いて目線を上げ、かぐやを窺うと、彼女は唇を尖らせ、横を向きながらもにょもにょと続ける。
「……呼び方については苗字で妥協します、から。せめて貴方の素を……見せて欲しい……です」
髪を弄びながらかぐやは再度お願いを言う。
「……分かった。四宮。だがそれなら一ついいか?」
「……なんでしょう」
「何故に敬語?」
そう、かぐやの口調は敬語とお嬢様言葉のミックスであり、それが彼女に我儘姫、悪役令嬢感を覚えさせる理由の一つであったのだが、今この瞬間。何故か白銀に対して、それが引っ込んでいるのだ。
「べ、別になんだって良いじゃないですか……此れが私の男友達に対する口調……ですので」
確かにかぐやにとって男友達と言える存在は白銀が初めてだから嘘ではない。
そして白銀には事の真偽が分からない為、納得するしかない。
「そうか……なら分かった。話はこれで終わりか?」
「あっ……その、白銀……さんは、その……放課後に何かご予定はあるのでしょうか……?」
かぐやはようやく今回の本題を切り出した。そう、彼女がわざわざ白銀の教室へやって来たのは今の一連のくだりをやるためではない。藤原のアドバイスを参考に白銀を放課後デートに誘いにきていたのだった。
しかし……そう、白銀には…………
「あー、すまん。今日は生徒会の活動を見学しに行くんだ」
先約があった。
「そっ、そうですか……。なら仕方がありませんね」
目に見えて落ち込むかぐやを見て、白銀はふと考える。
俺、この子と友達になったんだよな……?じゃあ、これから言うことも変じゃないはずだ、と。
「なあ、四宮。良かったら一緒に行かないか?」
白銀は現状、別に四宮かぐやに惚れている訳ではない。現在の二人の関係性は友達。ならば、『一緒に』という言葉、この場合二人で、となる。これを使う事に何の後ろめたさも、躊躇いも存在しないのである。
しかし、これは白銀は、である。
かぐやは既に白銀に恋をしている。ならば、この『一緒に』と言う言葉に特別な意味を見出すのは必然。
「……一緒に、ですか。白銀さん、貴方はこの私と、二人で、見学に行きたい。そう仰るのですね」
「ああそうだが?」
「へぇ〜ふぅ〜ん?成程成程……」
かぐやはニヤけが止まらなかった。
「友達になったんだ。別にこれくらいいいだろ」
そして白銀の言葉で現実に引き戻される。
「………………そうですね。では、その、見学だけでしたら…………」
「よし、じゃあまた放課後に生徒会室で会おう」
「えぇ……また放課後に」
こうして白銀御行は四宮かぐやは友人となり、彼は自らの教室へと戻っていった。
──
白銀が居なくなってから数十秒が経ち、かぐや一人となったはずの踊り場に声が響く。
「良かったですね、かぐや様」
「…………早坂。何でいるのよ」
「他の誰かが来ないように見張っていた私を褒めてくださってもいいのですよ?」
「……要するに盗み聞きでしょ」
そこに現れたのは早坂愛。しかし彼女の装いは四宮家での瀟洒なメイドではなく、秀知院学園の中でもそれなりのスクールカーストに位置する一昔前のギャルであった。
ギャルな見た目でありながら、しかし態度はかぐやの近侍としてのそれで言葉を続ける。
「白銀御行。特待枠の外部入学生。母はおらず父と妹の三人暮らし。バイトをこなしながらもこの秀知院でそれなりに上位の成績をとる学力の持ち主。通学手段はママチャリ。そして……」
「生徒会にスカウトされている……でしょ?」
「はい。ですがまだ調査を開始してから半日しか経っていませんのでそれ程情報は集まっておりません」
半日でここまで調べ上げる早坂と四宮家の方がおかしいと思うのは貴方の感性が正常な証拠だろう。
「別に調べなくていいと言ったのに……」
「しかしわたくしとしてはかぐや様が心配なのですよ。特に彼の父親などは職業を調べる事が出来ませんでした。家は貧しいようですから大した職ではないのかも知れませんが……」
「解らないと不安……まあ、それは理解できるけれど……」
「まあ、で。かぐや様。どうですか、付き合えそうですか?」
早坂はかぐやの近侍であり、そしてかぐやの住む四宮家別邸の筆頭家令でもある。その業務の多忙さと言ったら、女子高生らしい生活どころか、そもそも健康で文化的な生活ができているのかすら怪しい程の激務である。
だが彼女も華の女子高生。恋バナには目がないのである。それが妹のように可愛がってきた主人の恋バナなら尚更。早坂が知る限り、かぐやが恋をするのは初めて。つまり初恋だ。
まるで少女漫画かのように胸がキュンキュンする展開を期待して話をせがむのも仕方がないだろう。
「つっ……付き合うって……わ、私は……解らないわ」
「と、いいますと?」
「だって……彼と友達になれた。それだけでこんなにも心が一杯で……それ以上だなんて……想像しただけで私、可笑しくなっちゃうわ……」
初めて見る主人の顔。恋をする乙女の顔。早坂は甘酸っぱ過ぎる主人の初恋を見て、脳内でブラックコーヒーをがぶ飲みしまくった。
そして、主人のしおらしい態度を見てこう思う。
(やばー!!ちょー可愛いんですけど!!え!!もしあの男とこの子が付き合ったら毎日こんな感じ!?ひゃー!!それに、こんなにしおらしいなら私の仕事ももっと楽になる!!うん!!この子のためにも、私の為にも、あの男にはぜひこの子を好きになってもらわないと!!)
……と。
──
アニメ3期がもうすぐ終わってしまう…。その先の展開も個人的には見どころ沢山あるから是非続いて欲しい…。
皆さん最終回の予告映像みましたかね。
2分ちょっとの映像なのに私泣きそうになってます。
これが1時間も続いたらどうなっちゃうのか。
期待と不安で来週が待ちきれません。