バブルを見てきました→衝動が抑えきれなかった。以上!

 と言う事で、バブルのその後を書いてみちゃいました。ちなみに、自分はあのラストも好きです、はい。

 ネタバレ注意です。映画を見ていない人はプラウザバックを推奨します。

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バブル アフター

 クッションです!ネタバレ上等、もう映画見たよ、と言う方だけお楽しみください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今にも崩れ落ちそうなくらい朽ちたその廃ビルの屋上。そこには色とりどりの花が咲き誇っていた。

 人工的な浮島の花畑に水をやりながら、ヒビキはふと思う。

 

 「もう一年……か……」

 

 目の前の花壇の花は、あの日、彼女が見ていた時と同じ種類が咲いている。それが、ヒビキに経過した年月を教える。

 第二次降泡現象が起き、彼女が、ウタがヒビキ達の前から消えて一年が経過しようとしていた。

 水没していた東京だが、その水位はだいぶ下がっており、一部の低地を除いてすでに水は引ききっていた。毎日復興作業が進められており、タワーもだいぶ元の高さを取り戻しつつあり、いくつもの建設中のビルが立ち並んでいる。

 だが、かつてのように東京が日本の首都に戻ることは難しいと言うのが、マコトの見解だった。

 水が引き、重力場の歪みも観測されなくなったが、それでも東京の建物はほとんどが崩壊しており、一部の区は未だに再開発の目途が立っておらず、立ち入り禁止となっている。

 更に言えば、東京にはいまだ水色の泡がそこかしこに残り、フワフワと宙を漂っており、人々はまだ泡に対する恐れを拭えずにいる。結果として、東京を脱出した人々の多くは東京に戻りたがっていないらしい。恐らく、街が復興しても、かつての賑わいは望めないだろう。

 そこかしこから工事の音が鳴り響き、ヒビキの鼓膜を揺らす。以前であればヘッドフォンで少しでも遠ざけようとした喧騒だが、今の彼は目を細め、首にかかったヘッドフォンの表面を撫でるだけだ。

 花壇の世話が一通り終わり、ふう、と息を吐くヒビキの前を、小さな泡が漂い寄ってくる。それを嬉しそうに微笑みながら、ヒビキはそっと手で触れる。

 泡は弾けることなく震え、ヒビキの周囲をふわりと舞う。

 

 「ウタ………今日はちょっとした報告があるんだ。東京が復興するにしたがって、バトルクールができる場所が無くなってってる。でな、明日の試合から、バトルクールは新しく生まれら変わる事になったんだ……まだまだ時間はかかるだろうけど、それでも、俺たちは新しく歩き出す事にしたよ。見ててくれよな」

 

 呟かれる言葉に答える者はいない。それでも、ヒビキは語り掛ける。いつだって、きっとそばに居てくれている彼女に。その事をヒビキは片時も忘れたことはない。

 

 「それじゃあ、またな」

 

 それでも、ヒビキはいつだってそう約束する。幾らでも、何度だって。

 後片付けを終え、ヒビキは浮島を後にする。

 人気のなくなった浮島を一陣の風が撫で、ヒビキが触れた泡が舞い上がる。

 その泡はフワフワとゆっくりと浮島の上に舞い降りると、ブルりと小さく震える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。天気は快晴。まさに絶好のバトルクール日和だ。

 ブルーブレイズのメンバーはコースの中間ほどのビルの屋上に集まってレースの観戦をするつもりだ。

 

 「なあなあ、今日の試合、電ニンとマッドロブスター、どっちが勝つかな?」

 

 鉄柵から足を投げ出してブラブラとしながらウサギが呟く。

 

 「このコースは直線が多いみたいだし……マッドロブスターのパワーが存分に生かせるな」

 「どうかな。電ニンのチームプレイなら、うまくいなせるんじゃないかい?」

 

 イソザキとオオサワは両チームの戦力を分析し、盛んに意見を交わらせている。その光景を見ながらヒビキはふう、と息を吐きながらヘッドフォンを耳につけなおし、ゴール付近に視線を向ける。

 そこは今までとさほど変わっていない。フラッグが立っており、審判役のシンやマコトを始めとした見物人たちが集まっている。周囲の他の建物もおおむねそんな感じだ。

 

 「ヒビキも今後のためにちゃんと見ておけよ」

 「ああ、分かってる」

 

 カイの言葉にヒビキは小さく頷く。そう、今日のバトルクールはただの試合ではない。そのコースは廃墟を利用しているとはいえ、明らかに人の手で整備されているのが見て取れる。この周辺のビル群が、バトルクール用に整備されているのだ。

 復興が進むにしたがって、当然だがバトルクールを行える場所はかなり狭まってきている。一時は復興の作業現場も巻き込んで行われていたのだが、流石に危険すぎると言う事で中止となり、次第に東京の若者たちは感情の発散場所を無くしつつあった。

 そんな中、かつてアンダーテイカーのスポンサーだった企業を代表した一部の企業連から復興活動の一環として、バトルクールを一つのスポーツとしようと言う話が持ちかけられた。

 だが、最初、ヒビキを始めとする若者たちの多くはアンダーテイカーの件もあってかそれに難色を示した。また良いように見世物にされるのではないかと言う事を危惧したのだ。

 だが、このままではバトルクールが廃れていくのも事実。そうなれば、自然と彼らの生きがいも居場所もなくなってしまう。それでシンが仲介役となり、幾度となく話し合いが行われ、最終的に彼らはその話を受け入れたのだ。

 今日の試合スポーツ化への第一歩だ。今後は試合を通してコースの設定、安全面の整備等を話し合い、競技としての完成度を高めていく事になっている。それがどれほどかかるかは分からないが、いずれは東京バトルクールは東京復興の目玉になるだろうと予想されている。

 

 「これからどうなるかな、バトルクールは」

 「さあな。流石にそれは分からねぇ。でも、バトルクールが残るなら俺たちがやることは一つ。勝ち続けるだけだ」

 「おう、その通りだぜ!俺たち5人ならどんな相手でも余裕で勝てるって!」

 「それはいいけど、怪我だけはしないようにね」

 「そうだな。勝つのも重要だけど、何事も大事なのはやっぱり体だから」

 

 コースを眺めながら五人は言葉を交わす。以前はどこか鬱陶しかったその空間も、今は心地よい。だが、ふとした瞬間、ヒビキは思ってしまう。ここにウタがいたら、と。

 いつか会える。その約束を疑ったことはない。それに、いつだってウタはそばに居てくれている。目に見えなくても、触れることができなくても、確かにそこにいる。その事を、ヒビキはちゃんと感じている。

 だが、触れることはできない。あの無邪気な笑顔を見ることはできない。彼女の声を聴くことはできない。名前を呼んでくれない。その事実に寂寥感を感じる時がある。そばにいるはずなのに、会いたくてたまらなくなる時がある。

 それでも、会う事はできない。

 不意に胸を締め付けられるような感覚にヒビキは思わず唇を噛み、ヘッドフォンをずらす。

 耳に一気に流れ込んできた音の洪水に顔をしかめるが、今はそれがありがたい。ヒビキはそっと音の奔流に耳を傾け、

 

 ———————―

 

 歌が、聞こえた。甘く、切なく、だがはっきりとした歌が。

 その瞬間、ヒビキは目を見開き、息を呑む。突然の変容にカイたちが驚いたように目を丸くし、心配そうに声をかけてくる。

 だが、今のヒビキにはその音は届いていない。

 その歌を、ヒビキは忘れない。間違えない。間違えるはずがない。だって、その()が、ヒビキの世界に色を取り戻してくれた。その()が、ヒビキを本当の自分にしてくれたのだから。

 

 「ヒビキ?おい、本当にどうした?」

 

 カイが顔を覗き込みながら肩に手を置くが、ヒビキは答えず、歌が聞こえてきた方角を食い入るように見つめ、

 

 「……悪い、カイ。急用を思い出した。ちょっと出てくる」

 「はっ?急用って何……お、おいヒビキ!」

 

 カイの制止の声を振り切って、ヒビキは駆け出すと、ビルから躊躇なく飛び出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いくつものビルを跳び越えながらヒビキはひた走る。耳は音の洪水などものともせずに歌を拾い上げ、ヒビキを導いていく。ヒビキは必死に駆けながら何度もその旋律に耳を澄ませる。

 導かれるように、周囲の景色など無視してヒビキは走り続け、遂にヒビキは目的地を把握する。。

 そこは、ヒビキの秘密の浮島だ。廃ビルに辿り着くと、荒い息を吐きながらヒビキは流れ落ちる汗をぬぐい去り、頭上を見上げ、ゆっくりと浮島を目指す。

 登り進めるにつれ、歌はよりはっきりと聞こえていた。優しく、心地より旋律が紡がれ、空に消えていく。

 あふれ出しそうな思いに胸を焦がしながらヒビキは廃ビルを登っていく。

 そして、縁に手をかける。後はこのまま体を持ち上げるだけ。それだけで、ヒビキは浮島の花畑に辿り着く。だが、それだけの行動ができない。もしも違っていたらと言う考えが、最後の一歩を躊躇わせる。

 だが、それでも、とヒビキは唇を噛み、腕に力を込めて浮島に体を上げる。

 色とりどりの花が咲き誇る花壇。乗り上げた廃バスは日の光を浴び、静かにたたずんでいる。小さな池の水面には空を流れる白い雲が映り込んでいる。

 その浮島の中央。穏やかな風に花たちが揺れる中に、彼女はいた。

 海のように明るい青い髪が風に揺れている。あの時と変わらず、ちぐはぐな服を着た小柄な体。

 その姿を見た瞬間、ヒビキの頭は真っ白になっていた。理解が追い付かず、まるで夢でも見ているかのような錯覚に陥る。

 

 「…………ウタ?」

 

 どこかうわ言のように名前を呼ぶと、少女はピクリと肩を震わせ、くるりと振り返る。

 そして、ヒビキの姿を瞳に映し、はにかむように微笑む。

 

 「やっぱり……きっとここで会えるって……思ってた」

 「ウタ……本当にウタなのか……?」

 

 ゆっくりとヒビキが歩みを進めると、それに答えるようにウタもまた歩き出し、二人はあっという間に手を伸ばせばすぐ顔に触れられる距離に近づいていた。

 

 「うん、そうだよ、ヒビキ。私だよ」

 

 目の前のその姿が、耳に心地よい声が、全てが示していた。ここにいるウタは本物だ。ヒビキの幻覚でも、妄想でもない。あの時、ヒビキの前から消えてしまった少女は確かに今、ここにいるのだ。

 ヒビキはゆっくりと、ウタの頬に向けて右手を伸ばす。ウタは以前とは違い、その手を、嬉しそうに見つめている。

 が、指先が頬に触れる寸前、ヒビキは怯えたように手を止める。自分の腕の中で泡となって崩れていくウタの姿が脳裏をよぎり、顔が歪む。

 ウタは一瞬きょとんとしたが、すぐに優し気に目を細め、行き場を失ったように動かないヒビキの手に両手を伸ばすと優しく包む。

 ウタの手は………崩れていない。包まれた両手から伝わってくるのはあの時感じた温もり。

 

 「だいじょうぶだよ、ヒビキ……私なら………もう、だいじょうぶだから………」

 

 そしてウタはゆっくりと自分の頬にヒビキの手を導き、そっとこすりつける。

 

 「ウタ………」

 「ヒビキの手………あったかい………」

 「ウタ………!」

 

 その瞬間、ヒビキはウタを力いっぱい抱きしめていた。両腕の中の温もりは、今度は崩れることなく、確かにそこにある。ウタは驚いたように目を丸くするが、すぐに嬉しそうに笑い、ヒビキの背中に手を回す。

 

 「ウタ、ウタ……本当に……本当にウタ何だな……!よかった……本当に良かった………!」

 「うん、うん………」

 

 視界が滲み、幾筋もの涙が流れるが、ヒビキはウタを抱きしめる力を緩めない。二度と離さないと言わんばかりに、強く、しかし彼女が痛がることがないよう、優しく。ウタは嬉しそうにヒビキの胸に顔をこすりつけ、何度も頷く。

 どれほどそうしていただろう、少し落ち着いたところで、ヒビキはウタを開放して口を開く。

 

 「でも、どうして……」

 「……私にも、よく分からない。でも、もしかしたら……うちゅうと同じ」

 「宇宙?」

 「マコトが言ってた。崩壊と再生は繰り返すって。あの時、わたしは泡となって散らばった。でも、消えちゃったわけじゃなくて、ちゃんと残ってた。それが、またこうして私として集まった。ヒビキが、みんなが私にくれたものすべてが、私を私にしてくれた……のかも」

 

 ウタの言葉の意味を、ヒビキは完全に理解できたわけではない。もしかしたら、ウタも理解しきれているとは言えないかもしれない。

 

 「そっか……よく分からないけど……もう、消えたりしないんだよな?」

 「うん。だいじょうぶだよ。それだけは、確信を持って言える……私はもう……ヒビキの前からいなくなったりしない……」

 

 その言葉にヒビキは安堵したような表情を浮かべ、再びウタを抱きしめる。

 

 「よかった……本当に……本当に良かった………!」

 「うん……うん……!」

 

 ウタもヒビキも、互いに互いの存在を刻み付けるように、確かめ合うように強く強く抱きしめ合う。

 どれほど経っただろう。ふと、ヒビキがあっ、と声を漏らすとウタから体を離し、自分の胸元に触れる。

 

 「そうだ、ウタ。預かってたもの、返すな」

 

 ヒビキは首から下げていた貝殻のペンダントを外すと、ウタの首にかけてやる。

 ウタは首から下げられたペンダントを手に取ると、嬉しそうに微笑みながら顔を上げ、

 

 「ありがとう、ヒビキ……」

 

 その笑顔を見て、ヒビキは言葉を失う。他にも言いたいことがった。伝えたいことがあったはずだった。だが、その笑顔を見た瞬間、全部吹き飛んでしまった。それほどに彼は彼女の笑顔に見惚れてしまった。

 そしてウタも、いつの間にかヒビキの顔を熱に浮かされたようにと見つめている。

 自然と、二人の視線は互いの唇へと引き寄せられ、それに釣られるように彼らはそっと顔を近づける。

 そして二人の唇は静かに「パァン!」

 

 「「!?」」

 

 突如として遠くから響いたピストル音にヒビキは思わずびくりと肩を震わせる。

 突然の事にウタはキョトンとし、ヒビキは居心地悪そうに頭を掻きながら音が響いた方角に目を向ける。

 

 「今のは………試合が始まったのか」

 「試合?」

 「ああ、バトルクールだよ。今日は試合だったんだ。それもただの試合じゃない。バトルクールを正式な競技にするための第一歩なんだ」

 

 ヒビキは浮島の縁へウタと共に歩いていき、そこから東京の街並みを眺める。ここからでは流石に試合の様子までは見られないが、それでも、微かに聞こえてくる歓声が試合の盛り上がりを伝えている。

 

 「……ウタ。東京はすっかり変わった。でも、みんなここにいる。カイも、オオサワも、イソザキも、ウサギも、マコトも、シンさんも。みんなきっと喜ぶよ」

 

 そう言ってヒビキはウタに目をやるが、彼女はわくわくした表情で東京の街並みを眺めている。その目を見た瞬間、ヒビキは彼女が何を望んでいるのか察し、小さく笑みを浮かべる。

 うん、そうだな。折角だし、みんなを驚かせるのもいいかもしれないと、ヒビキは意地の悪い笑みを浮かべ、

 

 「ウタ」

 

 名前を呼ばれ、ウタが顔をやれば、ヒビキが笑いながら手を差し出し、

 

 「一緒に跳ぶか」

 「……うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「結局ヒビキは戻ってこなかったの?」

 

 試合が終わり、周囲が興奮冷めやらぬように先ほどまでの試合の感想を交わす中、マコトはBBのメンバーと話していた。

 

 「そうなんすよマコトさん!あいつ突然どこかに行っちまって!」

 「まあまあ、落ち着いてカイ」

 

 髪を掻きながら怒りをあらわにするカイをオオサワが宥めている。

 

 「しかし、気になると言えば気になるな。急に用事なんて……何かあったんじゃないか?」

 「どうせ何時もの所じゃねえの?」

 「でも、仮にそうだとして、どうして急に?」

 

 ヒビキの真意が分からず5人が首を捻っていると、

 

 「ヒビキはまだ戻ってきてないのか?」

 

 審判役を務めていたシンが合流し、彼らは一斉に顔を向ける。

 

 「そうなんですよ。本当にどこに行っちゃったのかしら」

 「すっかり大人しくなったと思ったらまだまだ……」

 

 そこで、不意にシンが耳につけているインカムに手を触れる。

 

 「はい……ヒビキ?どうした、何かあったのか?」

 

 ヒビキの名前に5人は即座に反応し、シンに注目する。

 

 「ああ……ああ………なに?コースを走りたい?いや、確かに試合は終わってるけどみんなゴールに……何?自分と相手の二人だけで?なんだって急にそんな……相手は?……秘密?なんだそれ。幾らなんでもそれは……………はあ、全く………分かった。エキシビションマッチとしてできないか先方に聞いてみるよ」

 

 そこで通信を終え、シンはやれやれと苦笑を浮かべる。

 

 「あの……ヒビキはなんて?」

 「ああ。何でも、今すぐコースを走りたいって。それも、自分と対戦相手の二人だけでって言ってきた」

 「はぁ!?なんだそれ。幾らなんでも勝手が過ぎるだろうが!」

 

 カイが怒りに拳を震わせる中、マコトも納得していない表情を浮かべる。

 

 「どうしてそんな……それで、シンさんはなんて答えたんですか?」

 「ああ。一応先方に確認をして、許可が下りたら走らせてもいいかなって」

 「……いいんですか?」

 「まあ、バトルクールは自主性重視とはいえね。だから審判としては許可できないけど……だけど……あいつの身元引受人としては、あいつの初めてのお願いを叶えてやりたいと思うんだよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒビキはスタート地点で軽くストレッチを行い、その隣でジャケットを着こみ、キャップをかぶったウタがぴょんぴょんと跳びはねている。

 シンが確認したところ、先方から許可が下りたと言う事で、ヒビキとウタによるエキシビジョンマッチは実現した。もっとも、ヒビキはウタの事を、たまたま見つけた凄い奴としか周囲には話していない。周囲からは騒々しいざわめきと共に好奇の視線が無数に向けられている。もっとも、ウタはその事を欠片も気にしておらず、むふー、と鼻を大きく膨らませている。

 そんな横顔をヒビキは愛おしげに眺めながらヒビキはスタート地点に立つ。それに気づいたウタもヒビキと横並びに立つ。

 それを見て、ヒビキは軽く息を吸ってヘッドフォンを首にかけ、

 

 「ウタ………思いっきり楽しもう」

 「うん!」

 『エキシビジョンマッチ、レディ、セット、ゴー!』

 

 ピストル音が鳴り響いた瞬間、二人は全く同時に駆け出す。

 ビルの塀を飛び越え、隙間を渡り、空中で身を捻って疾走する。

 段差も、屋上の設置物も、全てをヒビキは軽やかに駆け抜け、そのたびに周囲から歓声が沸き上がる。

 だが、それはウタも同じだ。彼女もまたヒビキに負けないぐらい注目を集めている。両手をついて体を回転させ、空中で一回転をして、ビルとビルの間を軽快に飛び越える。全く無名の選手が、BBのエースと互角の勝負を繰り広げている事に、観客のボルテージは上がっていく。

 それを聞きながらヒビキはウタに視線を向ける。

 ウタは正に大輪の花のような笑顔を浮かべながら跳んでいた。今この瞬間、この時が、楽しくて楽しくてしょうがないと言うように。

 その姿にどうしようもなく見入ってしまう。

 そうしていると、不意にウタがヒビキの方を振り返り、微笑むと、息を吸い、歌を紡ぎ始める。

 それはあの時、ウタが初めて浮島に来た時、二人で跳んだ時に歌われた歌。

 その歌を聞いた瞬間、ヒビキもまた笑みを浮かべ、

 

 「行こう、ウタ!」

 

 その声に、ウタが大きく頷くと同時に、二人の動きががらりと変わる。

 二人の横の距離が縮まり、ヒビキが跳ぶウタも跳ぶ。ウタが瓦礫を飛び越えれば、ヒビキもまた飛び越える。それはレースではない。バトルでもない。

 互いが互いの動きを、何倍にも引き立て合っている。それはまさしくダンスだった。彼らは共に空で踊っている。全力で、手加減無しで、一緒に、踊りたいだけ踊り続けると言わんばかりに、彼らはコースを駆け抜ける。

 大口を開け、楽しそうな、無邪気な笑顔を浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おいおいおいおい!なんだあれ!マジで何だあれ!?」

 

 ゴール地点からレースの状況を見ていたカイが驚愕に満ちた声を上げる。

 周りのBBの面子も同様に目を見開いて驚きを露わにし、マコトとシンですら目を丸くしている。

 先ほどまでのレースも凄まじかった。だが、今のレースとは比較にならない。

 競い合っているのではない。共に高め合っている。競争意識も、何も、二人の動きからは感じられない。二人はただただ、一緒に走るのが楽しくて楽しくて仕方がなくて、それを心行くまで満喫している。ただそれだけ。だからこそ、二人のパフォーマンスは凄まじかった。同じチームの彼らでも、ヒビキにあそこまで合わせることはできない。

 周囲の観客は正に熱狂の渦に叩きこまれたように歓声を上げている。

 

 「あんな子一体どこに……!」

 

 マコトがよく見ようと双眼鏡を目に当てた瞬間、キャップが外れ、彼女の素顔が露になる。

 広がる青い髪を見た瞬間、マコトは目を見開く。

 

 「嘘………まさか……」

 

 あり得ない。冷静に考えればその結論に至るのだが、目の前の光景が、彼女とヒビキが楽しそうに踊っているその姿が、彼女が現実であると教えてくれる。

 いつの間にか、彼女は双眼鏡を取りこぼし、とめどなく涙を流しながら口を手で覆う。

 

 「ど、どうしたんだいマコト。一体何が……」

 「み、みんな!あれ!あいつ!あいつの顔!」

 

 マコトの様子に驚いていた彼らだが、興奮した様子のウサギの言葉にBBのメンバーがレースに目を向け、目を見開く。いつの間にか、シンも驚愕の表情を浮かべている。

 レースも終盤になり、彼らの位置からでもヒビキと相手の顔が見て取れるようになっていた。だからこそ気付けたのだ。今ヒビキと一緒に走っているのが彼女であると言う事に。

 

 「嘘だろ……まさか……そんな……!」

 「なあみんな!あれ、本物だよな!?幽霊とかじゃないよな!?」

 「………うん、本物……だといいなぁ……」

 

 イソザキが絶句し、ウサギは興奮したようにぴょんぴょんと跳びはね、オオサワは口元を緩ませながら呟く。

 

 「これは………ヒビキに一本取られたなぁ……」

 

 シンは苦笑を浮かべながら顎を撫でる。だが、その声音には隠し切れない嬉しさが滲んでいる。

 

 「ったく、本当にどいつもこいつも好き勝手しやがって……」

 

 カイはニットキャップ越しに頭を掻きながら疲れたようにため息をつく。だが、次の瞬間には口元に笑みを浮かべながら走る二人を見つめ、

 

 「ポール取ってくるのが遅いんだよ、この野郎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体が軽い。まるで翼が生えたみたいに、あらゆるしがらみから解き放たれたかのように。今の自分ならば、どこまでも高く跳ぶことができる。そんな確信がヒビキにはあった。

 その理由は考えるまでもない。ウタがいるからだ。ウタと一緒ならば、どこまでもいける。

 胸の内から湧き上がる衝動に突き動かされるように、ヒビキは駆け抜ける。ウタも口元の笑みを深くすると負けないと言うようにペースを上げる。

 いつまでも続いてほしいと願わずにはいられない時間。自由に、自在に踊り続ける至福の時間。

 だが、そんな楽しい時間だからこそ、終わりの時はあっという間にやってくる。二人は同時にポールの前に着地する。そして立ち上がって互いに顔を見合わすと、小さく笑い合う。

 これから先、多くの物が変わっていくだろう。東京も、自分達も。変わる事からは避けられない。でも、みんなと、ウタと一緒ならば、たとえ何があろうと乗り越えていける。ヒビキはそう確信している。

 そして二人は一緒にポールを掴むと、引き抜き、高々と掲げる。

 次の瞬間、東京中に響き渡るような大歓声が青空に響き渡った。


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