分かっていても、止まらない。
一度嵌まった思考から抜け出すには、視点を変えるしかない。
自分だけでは難しい、でも。
でも、切っ掛けさえあれば。
俺は向かい合わなければいけない、そう思いながら逃げ続けていた。そんな状態で、プロにも善戦してしまう遊佐くんに勝てるわけがない。うだうだ悩みながら振るったラケットに、どんな想いがのせられるというんだ。
だからそう、雛に言わなければいけない。好きになってくれて嬉しいけど、でも俺はそういう気持ちになれないんだと。俺が好きなのは、千夏先輩なのだから。
きっと雛は嘆くだろう、下手したら鉄拳や足刀が飛んでくる。それでも、逃げることは出来ない。
どんなにひどい目に逢おうとも、それは俺の不甲斐なさが招いたことだから。
――なんて、思っていたのに。
「そっか。……まあ、それは知ってるよ。あんたは千夏先輩が好きだし、私をそういう目で見ちゃくれないよね」
良いのよそんなもん、と雛は笑ってそう言った。強がりでも嘘でもなく、晴れやかに。
「私はそれでも、あんたが好きだよ。それは変わらないし、いつか千夏先輩にも勝つつもり。楽しみにしてなさい」
ひらひらと後ろ手を振って去っていく雛の背中には、一分の哀愁も無い。いつも通り自信に溢れた、俺の親友がそこにいた。
そんなもんと言いやがった、あのバカ。俺が試合中にどれだけ悩んだと思ってんだ。
でも、そうか。俺がどう考えたって、人の気持ちなんか分からない。前に花恋さんが言ってた事だ、今になるまで忘れてたけどさ。なのに無駄に悩んで、自分を追い込む理由にして。どこまでドMなんだよ俺は、いっそ馬鹿馬鹿しいな。
雛は俺を好きになってくれた、その理由は雛にしか分からない。俺なんかが、とか考える事自体が間違ってたんだ。
そしてそれは、俺が千夏先輩に向ける気持ちも同じ。
もし千夏先輩が、俺と同じ程度でしかなかったら。インターハイなんて出れもしない、スターでもない普通の人だったら。俺はどうしていただろう。決まっている――、そんなの関係なく好きになっていた。一緒にいられる事が嬉しくて、悩んでいたら力になりたいと願う。きっと俺は、何も変わらない。
本当に、俺はバカなんだな。
自信がなくて、無い頭使おうとしてばかりいる。長々と雛を振り回して、迷惑かけてばかりだ。
これからも雛は、俺を好きでいてくれると言った。なら、頑張ろう。アイツがいつか振り返ったとき、「なんであんなの好きになったんだろう」とか思わないように。
敗北のあとでもう一つ考えたのは、千夏先輩の事だった。バドに集中しなければいけないのに、恋愛に現を抜かしていて良いのか、と。それにちょっと励ましただけで背中を押した気になって、理解者面して。俺はいったい何様だよ。そんな事が頭の中を駆け巡り、良くない発想ばかりが膨れていった。
雛を拒絶して、そして千夏先輩からも離れよう。バド以外のすべてを捨てよう。
そこまで覚悟をした、……んだけど。
雛にああアッサリ言われて、目が覚めた。そんなのは間違っているんだ。
というかそもそも、俺は先輩がいなかったらバドにこんな入れ込んでない。先輩と少しでも一緒にいたくて朝練してたんだし、インターハイだって「それくらい立派になったら告白出来るかも」くらいで目指したんだもんな。バドは楽しいから好きだけど、でも血ヘド吐く思いしてまで続けるほどかって言われると微妙だ。
千夏先輩を諦めたら俺は、多分バドからも逃げ出すだろう。
別に俺が勝とうが負けようが、それこそ先輩にしてみれば「そんなもん」なんだ。それっぽちの事で線引きしたり距離を置いたりしたら、それこそ失礼じゃないか。
――でも、そうなるとどうしよう。
いっそ、伝えてしまうべきなんだろうか。雛がそうしたみたいに。
「考えてみたらあのバカ、スゴい度胸だよな……」
俺にあんな勇気が、断られて尚想い続けるほどの熱いハートがあるんだろうか。
いや、あるんだろうかじゃない。絞り出せ、俺。
告白はゴールじゃない、スタートなんだ。
告白しない理由はいくらでもあるけれど、それは全部俺の都合でしかない。先輩がどう取るかなんて、俺には分からないんだから。受け入れて貰えるかどうかじゃない、まずは言わなきゃ始まらない。
そう思いながら、俺は千夏先輩の部屋の前に立ち尽くしている。
まだそんなに遅い時間じゃないし、僅かに音楽らしきものも聞こえるからきっと先輩は起きているだろう。ノックをして先輩を呼んで、好きだと言う。一分だってかからない簡単な事が、何故出来ないのか。
こういう所が俺の情けない所だ、重ね重ね想い知らされております。
恥で人間死なない、と言うかそれで死ぬなら死んでしまえ俺。
正直試合よりずっと焦燥している、下手したらこのわずかな時間で体重が減ったかもしれない。
こんなに大変なことを事も無げにやってのけた雛は、やっぱりスゴいんだな。
「……よしっ」
頭の先から爪先まで意識を通し、心を研ぎ澄ます。
先輩がどう受け取ろうと、俺の気持ちは変わらない。好きな気持ちは、決して曲がらない。弱くてバカな俺だけど、それだけは確かだから。
さぁ、行こう。一世一代の大恥をかきに。