なぜ転生できたのか分からないが、転生したら結界師の力が宿っていた。
 しかし、妖はおらず、付喪神なるものが割といるらしい。
 持っている結界師としての力を生かさなければと考えたが、塞眼とよばれる存在がいて、組織を作ってうまく回しているらしい。
 まぁ、その塞眼の遠縁として、わたしも結界師の力を使って人を助けますよ。
 さぁ、わたしのそのかたりを聞いてくれ。

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一話完結にしてしまったので、こんな長い話に……。

あと、ルビが最低限です。


わたしのかたりは……

 生きる上で重要なことは何かと問われても困ってしまう人が多いことだろう。

 

 そんなことを考えないで生きている人がほとんどだと思う。

 

 ただ、わたしの場合は考えるきっかけがあった。考えざるを得なかった。

 

 というのも、一度人生が終了しかけ、まさしく死につつあった時、わたしは生きることを諦められなかった。妄執の果て、何とか手繰り寄せたのが今の人生なのだと思う。

 

 もっとも、なぜ第二の生を手に入れられたのかはわからないし、なぜこの身に結界師の力があふれんばかり宿っているのもわからない。この第二の生が胡蝶の夢である可能性だって十分ありうるし、次の瞬間には消えてなくなるかもしれない。

 

 漠然と襲ってくる恐怖に固まってしまいそうだ。

 

 しかし、どれほど浅ましいと思われようが、生にすがりついたのがわたしである。

 

 生にすがりつくわたしそのものが、今のわたしを形作っているとするならば、生きることそのものを考えたり、生きる上で重要なことを規定したりするのは自然なことだったのだと思う。

 

 そうしてわたしは第二の生を踏み出したのだ。

 

 わたしが生きる上で重要な指針としたのは三つ。

 

 一つは、老衰以外の死に方を認めないということ。病死はある程度許容するが、他者から自分の死がもたらされるのは許容しない。

 

 二つ目は、このあふれんばかりの結界師の力を、手の届く範囲で、他者のために使うということ。わたし自身が他者からもたらされる死を許容しないというならば、同じように他者が他者からもたらされる死に対しても許容してはならないと思う。

 

 三つ目は、最後まであがくということだ。あがいた故の第二の生だと思っているし、諦めないということは、わたしの重要な一部だと思われる。もともと諦めの悪い性格だったことは否めないが、今生はさらにも増して諦めないことにしよう。

 

 

 はてさて、この身に結界師の力が宿っていたので、烏森のような神佑地があったり、妖がはびこったりしているのかと思っていたのだが、どうやら違うらしい。

 

 妖の代わりに付喪神というものがたくさんいるそうだ。常世と現世があって、常世の霊魂が現世にさまよい出て古いものに憑りついて肉体を得ると付喪神というものになるらしい。

 

 現世に来てしまった魂を常世に返す者たちもいて、それが「塞眼(さえのめ)」といわれる一族だそうだ。

 

 さまよって受肉した魂を、一度、憑りついた器に封印して受肉状態を解き、後で供養して常世に送り返すそうだ。

 

 おとなしく常世に帰ってくれる付喪神いれば、暴れて現世で好き放題をする付喪神もいる。好き放題に暴れる付喪神に対しては、強制的に封じることもあれば、憑りついている器ごと壊してしまうこともあるそうだ。

 

 結界師の力を持つわたしはというと、一応、東北の塞眼である「(くなと)」の遠縁であるらしい。ただ、残念ながら、才能のすべてが結界師の才能に割り振られているようで、付喪神を壊したり、消滅させたりすることはできても、封印して送り返すことはできないらしい。

 

 一方で、本家に連なる他の塞眼の方々には、結界師の力は使えないようだった。天才といわれる本家の跡取りが自分の可能性を広げるべく試行錯誤していたが不可能だった。

 

 何かの突然変異だろうということで片づけられたが、封印できないので、あまり塞眼としての仕事に駆り出されることは多くなかった。あったとしても、式神を使って壊れた現場を修復することがほとんどだった。

 

 本当はもっといろいろできるのだが、塞眼の組織がしっかりしていて、必要とされない。探査用の結界も県を跨ぐぐらいに領域を展開できたが、現世にとどまっても良いとされる付喪神もいたりするので、誰これ構わず壊したり、消滅させるわけにもいかない。常世に帰す必要がある付喪神は、組織を通して連絡が来るのだ。

 

 絶界も、極限無想も、真界も、使う必要があるほどの強敵がいなかった。空身(うつせみ)は大変便利な技なのだが、そもそも付喪神の攻撃は、呪力と物理の合わせ技みたいなものなので、絶界で削るしかない。そして、削るにしても付喪神の攻撃があまりに威力が高すぎると、無力化するまでにその攻撃がこちらに届いてしまう。となると空身は、同じ塞眼の技を躱すときくらいにしか使えない。塞眼の技は破壊力に特化しているので、むしろ空身でかわさないと死ぬレベルではあるのだが、そうなると、いよいよ、付喪神に対して使える技も限られてくる。ぶっちゃけ、念糸や普通の結界で付喪神を足止めさえすれば、一緒にお務めをしてくれる塞眼が封印してくれるのだ。

 

 結局、周囲からのわたしへの評価というものは、一緒にお務めをすると便利だが、一人だとお務めを果たせない微妙な奴というところに落ち着いてしまった。

 

 それもそうだろう。新人の塞眼がわたしとお務めを果たして楽をしすぎると、塞眼としての成長が微妙になってしまう。わたしがいることが前提となった動き方をすると、わたしがいないときにお務めを果たせなくなるからだ。一方で、ベテランの塞眼だと、そもそも一人でお務めを果たすことができるので、わたしがいる必要がない。必然的に中堅からベテラン一歩手前ぐらいの塞眼と組むことが多くなり、あったとしても、ベテランが楽をしたいときに呼ばれるぐらいだった。

 

 行き場のない結界師の力であったが、万が一の場合に備えて、修行だけは欠かさなかった。行動指針に従い、諦めなかったのである。

 

 おそらく、本家分家合わせて誰よりも強い自覚はあったが、本家の護衛なども他の塞眼が務めていたし、呼ばれることは本当に少なかった。

 

 もっとも、そのおかげで学校にしっかりと通うことができたし、修行の時間もみっちり取れた。何というか、優しかった両親が病気で早く亡くなってしまったこと以外は、本当に穏やかに大きくになっていった。

 

 両親も塞眼としてあまり優秀ではなかったからか、周囲からの評価が微妙なわたしに対してすごく優しかった。そして、わたしが本当は強すぎて化け物じみていることを明かした時、よく打ち明けてくれたと、今まで言い出せなくて悩んだでしょうと寄り添ってくれたのだった。

 

 故に、両親がそろって病に倒れた時、わたしは真界を使って治そうとした。現代医療では手の施しようがなかったからだ。わたしが世界を作れば、わたしが神に近づけばできないことはなかった。

 

 しかし、両親は、あなたは私たちの自慢の息子だから、私たちの息子以外にはならないで欲しいと、自慢の息子に私たちは看取られたいのと、わたしに人の道に留まるように言ったのだった。

 

 日に日に痩せていく両親を見て、何度真界を使おうかと思ったことか……。しかし、その度に、何もしないわたしを、自慢の息子と、優しい自慢の息子と両親はわたしの手を取って言ったのだった。

 

 とうとう先に父が亡くなった時、わたしは母にどうして何もさせてくれないのか、何もさせてくれなかったのかとぶちまけてしまった。しかし、そんなわたしには母は、あなたが生まれてきてくれてもう十分に幸せを受け取ったからと言ったのだった。

 

 知ってはいたが、父も母も体が強い方ではなかった。度々、倒れていたのを記憶している。ふたりが結婚するにあたって医者からは、子どもは諦めた方が良いと言われていたらしい。しかし、わたしは生まれ、父と母の体質を受け継がず、健康どころか超健康体だった。それが何よりうれしかったのだと言う。ただの校内競走の賞状を今でも額縁に入れて飾っているほどに……。

 

 奇跡のように生まれ、奇跡のように健康的で、奇跡のような自慢の息子だそうだ。もう十分にその奇跡を父も母も受け取ったから、そんな自分たちが受け取った奇跡を、幸せを、他の人にあげて欲しいそうだ。私たちの自慢の息子は、それができると、私たちの自慢の息子としてそれを成して欲しいと……。

 

 わかった。父さん母さんの自慢の息子として頑張ると、霞む視界で横たわり、微笑んでいたであろう母に約束したのだった。

 

 その後、眠りについた母は、二度と起きてくることはなかった。

 

 

 両親が亡くなった後、東北塞眼代表の造兵(ぞうへい)さんが後見人となってくれて、何不自由なく、両親と過ごした家で生活することが出来た。相変わらず、塞眼としてお務めに呼ばれることは少なかったけど、修行三昧だったし、手の届く範囲でいろんな人を助けることが出来たと思う。

 

 そんな時に事件が起こった。

 

 東北の塞眼代表である「岐」、それも本家の兄妹が二人そろって亡くなったのだ。兄に関しては、自他共に認める戦闘の天才であったし、妹も非凡な才能を示していた。負けることなど想像もつかないぐらい勢いのあった二人の敗北は、全国の塞眼の間で大きな話題となった。

 

 残念ながら、わたしはそんなに彼らと関りがあったわけではなかった。本家の「岐」の隼人(はやと)鼓吹(くすい)の二人は、出会った当初こそ、わたしの結界術に興味を示したものの、使えないとわかると寄り付かなくなってしまったのだ。ゆえに、彼らの訃報を聞いて一番心配したことは、残された弟の兵馬(ひょうま)くんが大丈夫なのかということだった。

 

 というのは、隼人、鼓吹は、唐傘の付喪神に殺されたそうで、間が悪いことに、兵馬は二人が殺されるところを見てしまったらしい。岐家の墓の前で、涙を流す彼にわたしは言葉をかけることが出来なかった。付喪神に対する憎悪を募らせていることが、後ろ姿だけからでもよく分かったからだ。

 

 個人的には、あの時兵馬をなんとか出来たのは、お祖父さんの造兵さんだけだったと思うが、造兵さん自身が、二人の死にかなり参っていたのでどうしようもなかった。

 

 わたしは、その唐傘の付喪神を探し出そうと動こうとして、造兵さんにお伺いを立てた。しかし、見つけたら感情のままに兵馬が突撃してしまうであろうことを心配して、造兵さんから止められてしまった。というか、わたしの実力を披露したことがなかったので、出来もしないことを言うなと割と感情のままに造兵さんに怒鳴られた。まぁ、それだけ隼人や鼓吹の二人の孫たちのことを大切に思っていたということだ。一応、絶界とか探査用結界とか、わたしの実力を少し見せて、出来ることが多いことを示しておいた。感情的だったことを自覚してか、すまんと言っていたが、とりあえず、動かないで欲しいという結論に変わりはなかった。

 

 わたしは、隼人、鼓吹の仇について何も動くことが出来なくなってしまった。確かに、大事な人を無くした状況は同じかもしれないが、病気と殺害では状況がまるで異なる。何もできないわたしが口出ししてよいことではなかった。結局、残された兵馬に対して語りかける言葉は出てこず、わたしは再び修行の日々に戻ってしまった。兵馬も本格的に塞眼の修行に入ったらしく、一緒に稽古が出来るかと思ったのだが、「岐」の本家では、引手と呼ばれるものを使った戦闘方法をとるため、修行の方法がかなり異なるらしく、残念ながら機会に恵まれなかった。結局、本家とはそうそう関わることがなく、月日が流れていくのだった。

 

 

 彼らの死から1年が経ったぐらいに、塞眼京都支部代表の門守大樹(かどもりたいじゅ)さんが訪ねてきた。

 

 というのも、娘の椿(つばき)の遊び相手になって欲しいとのことで、その娘さんを連れてうちにやってきたのだ。椿は、塞眼京都支部の麒麟児だそうで、8歳の時に十器組手なる難しい修行をやり遂げたらしい。今では、塞眼京都支部で彼女に勝てる者がいないのだそうだ。そんなので京都の塞眼たちのお務めは大丈夫なのかと少し心配になった。東北に比べたら京都の方が圧倒的に古いものが多いからだ。その分塞眼の人数も多いのだろうが、その全員がこの未成年に戦闘面で負けるらしい。今までは、同じく天才だった「岐」の麒麟児二人に遊んでもらっていたそうだが、残念ながらお亡くなりに……。遊び相手がいなくなって人生が退屈らしい。「岐」の麒麟児たちを殺した唐傘の付喪神なら楽しめそうだ、もしくは、自分のおもちゃを取られた腹いせというような感じで、その付喪神を探しつつ、新たな遊び相手も求めているとのこと……。彼女の表情を見てみると、確かに人生が退屈ですといった眼をしていた。子どもがしてよい眼ではない。

 

 遊びと修行を一緒にして欲しくはないのだが、まぁ、いいだろう。結界師として、初見殺しの数々をお見舞いして稽古をつけてあげよう……。

 

 

 懐かれました。

 

 それはもう懐かれた。距離感がバグっているレベルで懐かれた。最初の光を失ったような眼はどこへ行ったのやら、今はキラッキラさせている。それが新しいおもちゃに対するものなのかはわからないが、少なくとも、楽しんでは頂けたようだ。反対に大樹さんは顔色を失っていたが、まぁ、いいだろう。

 

 椿からアドバイスを求められたので、いろいろと意見を述べさせてもらったが、すると月一で良いから京都支部へ稽古をつけに来て欲しいとのことだった。

 

 移動だけで時間がかかるし、自分の修行もあるので、どうしたものかと考えていたのだが、大樹さんにぜひ来て欲しいと頭を下げられてしまった。こうなると、塞眼の面子が関わってくるので断れない。個人の感情を優先して、家同士の関係に傷をつけるわけにはいかないのだ。

 

 一応、東北塞眼代表の造兵さんの許可は必要かと思ったので、電話してみると、「良いよ~」と軽い感じで許可された。どうやら塞眼同士の交流は推奨されているそうだ。ただ、京都で気を付けることとして、「長月家」への接触をできる限り避けるように言われた。何やら塞眼御三家「岐」「八衢(やちまた)」「辻」の取り決めが関わっているらしい。とはいえ、接触してしまったら、それはそれで構わないとのことで、やはり、造兵さんが言うとなんか軽い気がする。御三家の取り決めって結構重要じゃないのかな……。

 

 許可がとりあえず下りたことを伝えると、椿は飛び上がって喜んでいた。まぁ、それだけ喜んでくれたのなら、こちらとしても嬉しくなる。連絡先を交換して二人は去っていったのだが、それ以来、やたら椿から連絡が来るようになった。教えるよかったのか悩ましいところだった。

 

 

 月一での京都訪問が二年ほど続いた頃、とうとうと言って良いのだろうか、長月家の面々と顔を合わせることになった。

 

 というのも、彼らがお務めをしている最中に出くわしただけなのだが、逃げていた付喪神が、わたしを一般人と勘違いして、人質にしようとしたようだ。とはいえ、わたしからすれば、急に付喪神が襲ってきたようにしか見えなかったので、細い結界で串刺しにして動きを止めた。

 

 そこに、長月家の婚礼調度という特例の付喪神の面々が三人、集合したのだ。

 

 追っていた付喪神が急に表れた人物に見たこともない術で拘束されていたのだ。当然、警戒をする。一方で、わたしも群れる付喪神たちが仲間を助けにやってきたかと警戒し、人数もいたので、絶界を出してしまった。

 

 絶界は負の感情を使った結界を体に纏うので使い勝手が良いのだが、如何せん、負のオーラが出ているように周りには見えてしまう。ゆえに、彼らはよろしくない者に対応するために動いてしまった。もっとも、わたしとしては、これは仲間の付喪神達ではないなとすぐに感じられたのだが、わたしが普通の塞眼とは違う自覚はあったし、すぐに自分が塞眼であることを証明できなかったので、戦うしかなかった。

 

 結果的に、全員拘束してから誤解を解くことが出来たのだが、割と強くて面倒だった。

 

 簪と硯と太刀の付喪神だったが、射出か投擲という動作が必要であった簪の付喪神、(ゆう)はすぐに結界で拘束することが出来た。四肢を指に至るまで結界で捕えれば何もできなくなったからだ。

 

 一方で、硯の付喪神の硯は、墨汁に形態を変えられるので、少し面倒だった。四肢を拘束したら液体になって逃げられてしまったので、硯全体を5重の結界にして捕えて、何枚か破壊できたとしても大丈夫なようにして拘束した。

 

 最も厄介だったのは、やはり太刀の付喪神である(なぎ)で、体は太刀に変えられるし、地面から太刀を生やすこともできる。結界の切断もできて汎用性が高すぎた。結界に粘性を持たせて切れなくさせるということもできたのだが、制御し続けるのが面倒だったので、前後から結界でビタッと挟み込むという、彼だけ手荒な方法で拘束してしまった。気絶しかけていたので申し訳なかった。

 

 とはいえ、拘束した後で、わたしが「岐」の遠縁であること、月一で塞眼京都支部に赴いていることを伝えるとわかってくれた。もっとも、造兵さんの名前を出して、電話に出てもらったことが一番大きいのだろうが……。

 

 迷惑をかけたということで、夕食に招待された。

 

 こちらとしては、薙に対して割と手荒に拘束してしまったので、遠慮しようとしたのだが、当の薙自身が、酒を飲む理由ができると歓迎するとして、押し切られてしまった。

 

 ふと、御三家の取り決め的に大丈夫なのか心配になり、再び造兵さんに連絡を取ったが、食事ぐらいなら大丈夫とのことだった。良いのかそれで……。

 

 大きな日本家屋に案内されると、すでに玄関前に三人の人影があった。こちらは、羽織と(くしげ)と鏡で、やはりみんな付喪神だった。この時初めて、彼らが婚礼調度という六対で一つの付喪神であることを知ったのだが、家主の長月さんとやらは、まだ学校にいるらしい。家主が学生ということは、何らかの要因で親が亡くなっているのだろう。そして、この六人に守られているということは、その長月さんとやらにも、なにかしらの重い事情があるはずだ。

 

 まぁ、あまり踏み込んだことを尋ねると、その事情とやらに巻き込まれそうだし、そのままにしておくことにした。家主、長月ぼたん(女の子だった)が帰ってくるまで時間があるとのことで、休憩かと思ったが、結に「一手指南を」とお願いされて表に出ることになった。

 

 ついでに他の人たちとも手合わせをした。個人的な印象であるが、この婚礼調度の面々は、守る対象、そして家族である長月ぼたんに寄り添おうとするあまり、人間であることに引っ張られすぎている気がした。確かに魂がものに宿っているので、人間的な側面があるのだが、ものであることが大前提なのである。特に顕著だったのは、結で、投擲という動作は人ならではの動きである。世界で最も投擲が上手い動物は人間である。簪を飛ばして結い上げることを主な攻撃としているようであるが、攻撃手段が人間にとても寄っているのが良く分かる。簪というものは、結った髪をその場にあって留めることが主な用途だろう。自ら拘束しに動き出す意味がよくわからなかったりする。まぁ、己をどのように規定するかは、人それぞれだし、わたしが口出すようなことでもないかもしれない。ただ、少なくとも、婚礼調度は、人間に寄りすぎであると感じられた。ものである利便性から離れた結果、長月ぼたんを守るという大事な目的を果たせなくなるようでは、本末転倒ではなかろうか。わたし個人の見解を踏まえてアドバイスしたのであるが、少なくとも一考の余地はあるとして、みな考え込んでいた。

 

 そうしているうちに、長月さんが帰ってきた。

 

 知らない男の人がいるということで、少しおびえたような感じで挨拶する表情が硬かったのだが、造兵さんの遠縁で、晩御飯をごちそうになるだけだと言うと表情が和らいでいた。なるほど、婚礼調度が人間的であろうといる理由がわかった気がする。彼らは、物理的に彼女を守ることもしているが、それにもまして、彼女の心を守っているのだろう。その心に寄り添うには、ものであることよりも人であることが望ましかったのだ。まぁ、これだけ良い関係性を築いて心に寄り添っているのであれば、そのうち彼女も気楽に人と接することが出来るようになるだろう。

 

 おいしい晩御飯を頂いた後、次の日は、塞眼京都支部を訪ねなければならないということで、早めにお暇した。

 

 どうして塞眼京都支部へと尋ねられたので、椿に月一で稽古をつけていることを伝えると驚いていた。椿と結はお茶友達だそうで、あの戦闘狂も良い人間?関係を作っているようで、勝手ながら安心した。

 

 また晩御飯を食べに来いよとの言葉を頂いたが、ぼたんさんから連絡があればまた来るよと言ってホテルへ向かった。ちなみに彼女とは連絡先を交換していないので、すぐには連絡がとれない。加えて言うならば、婚礼調度たちとも連絡先を交換していない。つまり、わたしを誘うならば、まず、ぼたんが連絡先を横の伝で手に入れるところから始める必要があり、結―椿ルートにせよ、長月家―造兵ルートにせよ、一手間かけることを避けられないのである。ぼたんが人と関りを持とうと思えるようになるまで待つというスタンスだ。ぼたんの雰囲気から判断するに、自ら他人と距離を詰めることをまだ率先的に行える心持ちではないだろう。もっとも、御三家の取り決めにも配慮しなければならない。こちらから気軽にお邪魔するのは良くないはずだ。

 

 こうして次の日、いつものように椿に稽古をつけて、東北へ帰ることが出来た。

 

 故に、翌月、また京都へ来るときには立ち寄ってくださいと、ぼたんから連絡がきた時に固まってしまったのは言うまでもない。一か月でそんなに心境の変化は起きうるものなのだろうか……。

 

 

 門守椿に懐かれて稽古をつけに行ったり、長月家にも度々夕食をごちそうになったりしているうちに、数年が経過した。相変わらずわたしは修行漬けであったし、相変わらずお務めに呼ばれることは少なかった。その間にあった出来事といえば、3年前ほどではあるが、奥州の鬼瓦が兵馬に供養されたことだ。付喪神への憎悪を募らせた結果、兵馬自身の引手が兵馬に応えてくれなくなったようで、一方、その憎悪から、兄と姉の引手を使うことが出来るらしい。自分に合っていない武器でなお、奥州で一番強いとされる付喪神を倒せたのはすごいことだった。

 

 さて、その当の兵馬は、数か月前から京都の長月家に出向している。というのも、付喪神の封じ方が、憎悪のあまり激しく過ぎて何とかしないといけないレベルだったらしい。付喪神と聞いただけで激しくなる兵馬を、常に付喪神と一緒にいさせる荒療治でもって改めさせることがこの出向の目的のようだ。造兵さんも思い切ったことをする。まぁ、数か月も続いているのだから上手くいっているのだろう。

 

 兵馬が長月家へ出向してからは長月家を訪れてはいない。御三家の取り決め的に控えるように造兵さんに頼まれた。もっとも、椿への稽古は継続しているため、京都へは訪れている。

 

 なかなかに椿も強くなった。今なら、かつての「岐」の麒麟児たちより圧倒的に強いだろう。

 

 で、今月もその稽古のために京都へ来たのだが、やたら騒がしい気がする。探査用結界の領域内に激しく動いている反応がいくつもあった。

 

 長月家には誰もいない。塞眼京都支部は、塞眼が集合しているが、激しくは動いていない。何かしらがあった後だと思われる。ただ、塞眼京都支部の道場で今も暴れているのがちらほらいるので、そちらに向かうとしよう。屋根の上で動いていないのがいるのはどういうことなのかが気になるが、とりあえず急ぐことにしよう。

 

 

 ぼたんのそばに気持ち悪いのがいたので、蹴とばしておいた。あと、どうやらぼたんは動けないようだったので、十個に重ねた結界に閉じ込めておいた。

 

 そして、何をやったのか、ボロボロになっている椿と兵馬がいる。

 

 おかしいな。これぐらいの相手に椿が後れを取るような鍛え方をした覚えはないのだが、よほど兵馬が足を引っ張ったのだろうか……。

 

 違った。ボロボロなのに悦に入った椿の表情をみると、長く楽しむために遊んだようである。後で説教しようかと考えたが、なるほど、どうやら敵は唐傘をもったやつららしい。おもちゃを奪ったやつらということで、感情のままに椿の戦闘狂としての顔が出てきてしまったのだろう。

 

 わたしは、稽古ではいろいろ試して遊ぶ要素は取り入れても良いと思うが、本番に持ってくることはあり得ないと思っている。そこらへんは、いつまでたっても椿はわかってくれない。

 

 眼がぐるぐるの傘を持った付喪神が襲ってきたが、火力が足りないタイプらしく、絶界を突破できないようだった。水滴飛ばすのが奥の手っぽかったが、弾が小さすぎて絶界に当たった瞬間に消え失せていた。傘の胴を広げて面制圧のような感じでも攻撃してきたが、もともと、傘の胴は薄いのだから、それを面制圧でやったとしても薄いことには変わりがない。絶界に消されて終わっていた。ならばと、傘を畳んで、石突で一点突破と刺そうとしてきた。その攻撃は悪くないし、一点突破は正解だったのだが、残念。いくら傘の先端、頭ろくろが硬かろうが、やはり傘自体は薄い。芯の柄竹は長いが、言っても竹である、わたしの絶界の方が強かった。練度が違う。まぁ、傘を幾重にも重ねるとか工夫もできていればまた違っただろう。

 

 私への攻撃手段がすぐには思いつかなかったようで、彼女はお仲間のいる屋根の上に戻った。

 

 そして、結局抑え込まれたままのお二人さん。椿に至ってはマジで何をやっているのだか……。

 

 手を出そうかと考えた矢先、突如、ぼたんを閉じ込めていた結界が弾け飛んだ。

 

 びっくりして見てみると、ぼたんであって、ぼたんでないものがそこにいた。なるほど、ぼたんの事情はこれだったようだ。付喪神たちは地面に膝をついて首を垂れており、動けないみたいだった。屋根にいた奴らもいつのまに屋根から降りていた。しかし、このぼたん(仮)、あまり強い感じはしないのだが……。

 

 ぼたん(仮)に大丈夫かと声をかけてみたのだが、ガン無視で、片腕を失っている付喪神の方へ行ったと思ったら、偉そうな感じで器ごと消滅させていた。

 

 そして、ぼたん(仮)の語りから察するに、どうやら、ここに集まった付喪神たちは、このぼたん(仮)に何かをやらせようとしていたらしい。思惑が外れてしっぺ返しを食らっているようである。

 

 そろそろこのぼたん(仮)をどうにかしようか考えていたのだが、兵馬が語りかけると、ぼたんが戻ってきそうな感じだ。抱き合ってすごく青春していた。いやぁ、あの付喪神憎しに染まって、青春のせの字もなかった兵馬が変わったものだ。なんてことを考えていたのだが、そういえば、わたしも修行ばっかりで青春していないような気がする。あれだけ時間あったのにほぼ100%修行に充てていた。よし。東北に帰ったら、伝の広い造兵さんに誰か良い人を紹介してもらおう。

 

 ぼたんが戻ってきそうなのと同時に、平伏していた付喪神たちの拘束も緩んだのか、兵馬が邪魔だとして殺そうとした。まぁ、させないんだけど……。

 

 すると、わたしが動く前に、兵馬が叫び出したと思ったら、それに答えるように婚礼調度がどこからか出てきて、椿を回収して、ボロボロの兵馬を守っていた。どうやら、どこかに閉じ込められていたらしい。残骸から察するに、傘の中に閉じ込められていたようなのだが、傘を使って領域を形成したり、封じ込めたりすることもできるなんて、傘の汎用性が高すぎるだろと思った。

 

 なんかもう、主役が交代したかの雰囲気が出ていたので、手出しすべきかどうか迷っていると、なんと、唐傘の連中の一人は、岐隼人ではないですか。おいおい、わたしは唐傘の付喪神に殺されたとしか聞いていないぞ。

 

 隼人は兵馬が彼らの計画を決定的に乱したとか何とか言っていたが、さすがにこれは看過できなくなってしまった。

 

 雅楽寮(ががくりょう)と呼ばれる付喪神を囮に、唐傘連中は逃げ帰ろうとしているようだ。急いで前にいた二人の付喪神を即座に弾き飛ばし、傘を起点に逃げようとしていたので、空中にあった傘も結界で即座に消滅させた。無想なんて久々に使ったわ。ついでに、塞眼京都支部の道場も囲って、唐傘連中も逃げられないように結界を張った。結界術とは、空間支配術なのだ。空間の掌握において、わたしに勝てるとは思わないで欲しい。

 

 問題は隼人だ。外見と中身が合っていないので、おそらく喰われたのだろう。なるほど、造兵さんがあれほど参っていた理由が理解できた。外見だけとはいえ、孫を殺したいわけがない。塞眼としての役目と祖父としての情に揺れたのだろう。となると、わたしに唐傘連中の捜査をさせなかったのも、自分の手でけりをつけたかったからだな……。

 

 とはいえ、わたしも塞眼である。役目は果たさなくてはならないし、なにより、外見だけでも東北塞眼の身内が恥をさらしているのであれば、対処せざるを得ない。椿や兵馬には文句を言われそうだし、加えて造兵さんにも恨まれそうだが、ここは泥をかぶってでも動く時だ。

 

 さぁて、先ほど名乗っていたので知ったが、藁座廻(わらざまわし)とやら、東北塞眼傍流が一人、雪墨(ゆきずみ)(すぐる)が相手をしてやろう。

 

 とはいえ、無想状態で攻撃し、絶界で防御するという無想と絶界を切り替えることを基本に、藁座廻たちを追い詰めるしかない。絶界は攻防一体で便利なのだが、攻撃が体当たりしかできなくなるからだ。一対一では有用だが、守る人がいる時や複数の相手を逃がしたくない時には、隙をさらすことになるのでよろしくない。ということで、無想の攻撃で出来るだけ早く決めようとしたのだが、失敗した。

 

 隼人 がいる時点でなんとなくわかっていたのだが、隼人の野郎、塞眼の技を使いやがって、生太刀(いくたち)で道場一帯に張った結界を壊したと思ったら、藁座廻4人の面制圧で視界を塞いできて、こちらが防御している間にさっさととんずらこきやがった。無駄口をたたかず急いで逃げた感じからすると、誰が一番ヤバいのかが分かってしまったようだ。面倒くさい。

 

 あと、これはおそらく鼓吹もいるな。隼人と鼓吹が協力すると厄介具合が格段に増すのだ。非常に面倒くさい。

 

 しかし、藁座廻の連中が、塞眼たちを殺して戦力にできると分かった以上、有利不利は明らかだ。こちらはチェスをして、むこうは将棋をやっているようなものだ。本当にだるい。

 

 そうこうしているうちに、雅楽寮の二人が復活してきて、婚礼調度とやりあっていた。鏡の照魔境のような能力で、彼らの記憶を覗いていたから、藁座廻の捜索が進むことだろう。

 

 兵馬と椿を病院へ連れていくことになったのだが、その前に椿には説教だ。聞くと一対一で藁座廻の時雨と戦ったらしい。あの俺に何もできなかった奴だ。一対一なら確実に勝てたはずである。何のための稽古だったんだといくつか文句を言ったのだが、どうも堪えてない。もう好きにしてくれ。

 

 稽古が生かされないのでは、あの時間は無駄でしかない。怪我もしているので、今月の稽古は中止、来月からは稽古する必要が無いねと言って帰ろうと背を向けると、腰のあたりに衝撃が……。

 

 振り返ってみてみると、膝立ちで縋りつき、眼に大粒の涙を浮かべてわたしを見上げる椿がいた。どうしたと尋ねようとしたら、泣きながらごめんなさい、そんなこと言わないでと、大泣きし始めた。22歳の立派な淑女が何をやっているのだか……。あと周りの目を気にしてくれ……。

 

 まぁ、知るかとばかりに振りほどこうとしたのだが、椿の力が強すぎて振りほどけなかった。チッ、鍛えたのはわたしだよ。どうやら撤回するまで放してくれそうにない。しまいには涙やら鼻水やらがわたしの服で拭われ始めた。

 

 わかった。わかった。来月も来るからと言うと途端に泣き止んで、にっこりし始めた。てめぇ、今更いい大人が公衆の面前で泣いた事実は消えないからな……。

 

 とりあえず、怪我しているし、泣いて疲れたし動きたくないという椿を抱えて病院まではつれていくことになったが、大樹さんたち京都の塞眼たちも集合した。大樹さんたちに任せれば良いかと思ったのだが、大樹さんたちも見たところお疲れのようである。大樹さんに至っては腰が痛いそうで、椿を渡すのがためらわれた。シスコンの椿の兄二人なら疲れていても大丈夫と思ったが、いえいえ、よろしくと頼まれてしまった。なんだこれ……。

 

婚礼調度や兵馬たちを伴って、車で病院へ向かった。さすがに疲れたのか、車の中では椿も静かに窓の外を眺めていた。こうして、少し激しかった一日が終わりを迎えたのだった。

 

 

 次の日、椿は怪我をしているし、兵馬は目を覚まさなかったので、大樹さんに挨拶だけして東北へ帰ろうかと考えていた。

 

 すると、造兵さんから連絡が入り、京都で御三家会議が開かれるとのこと……。今回の事件に関わった人たちから聞き取りを行うらしく、その中の一人にわたしが入っているらしい。なので、そのまま京都に滞在することとなった。

 

 滞在を延長して一日目には、兵馬も目覚め、慰労会という名の宴会が催されたが、匣の快気祝いでもあったらしい。よくよく考えてみたら、今回、ずっと匣の姿を見ていなかった。だいたい裏方に回って表に出てくることがないし、ほとんどしゃべらないので、忘れるのも仕方がない。そんなことを考えていたら、匣が兵馬に声をかけていた。久々に声を聞いたが、宴会の人たちは、匣の声を縁起ものと捉えているらしく、これから良いことがありそうだと喜んでいた。こうして束の間の休息のようなものを、皆が楽しんだのは間違いない。

 

 

 さて、御三家会議が始まり、兵馬、鏡が報告を終えたようで、最後にわたしだそうだ。入口に椿と大樹さんがいたが、鏡の報告の際には中で暴れるようなひと悶着あったらしい。全然聞き取りではない……。

 

 呼ばれて入ると、造兵さんが向かって右の席にすわり、正面が面識のないばあさん、左も面識のないおっさんという感じだった。いわゆる塞眼宗家、本家といわれる御三家当主が椅子に座っているのだろう。そして、その後ろに物々しい雰囲気の護衛と思しき人が一人ずつ立っていた。てか、話し合いに護衛はいらんだろ……。

 

 よく見ると、造兵さんの後ろにいるの主鷹(しゅよう)じゃん、久しぶり。と和んでみたのだが、失敗、そんな雰囲気でもなさそうだった。

 

 左側のおっさんに今回のわたしの動きと所感を話せと言われたのだが、態度がすごくデカイ。さらに、その後ろにいるおばさん?は体がごつくてデカイ。デカイ御三家の一つとしてインプットしてしまいそうだ。

 

 面識のない人に、横柄な態度で命令されても答える義務はありませんと正直に言うと、紅緋(べにひ)と呼ばれたおばさんが手を出してきた。しっかり、結界で叩きつけておきましたが……。その際、まずいと思ったのか、正面のばあさんの護衛も動こうとした。まぁ、必要なかったけど、助けようとしてくれたようだ。後で知ったが塵外(じんがい)さんというらしい。というか、わたしの実力を知っているからかもしれないが、造兵さんも主鷹も動く気配が全くなかった。「岐」の遠縁とはいえ、一応は一族に連なっているのだが、大切にされていないのだろうか……。

 

 まともに聞き取りをする気がないのであれば、造兵さんにお話しするだけでよかったのではないか、東北に帰らず、わざわざ京都に留め置かれたのにこれは何なのかと言うと、まともに取り合わなければ、造兵さんにしか情報を上げる気がないことを理解したようである。ばあさん、おっさんと自己紹介を始めた。辻のばあさん(豊穣(ほうじょう))に、八衢のおっさん(黒檀(こくたん))らしい。てか、このおっさんからは、妙な気配を感じるな……。

 

 ようやく、まともに聞き取りが出来るようになったので、京都でのわたしの行動の流れ、戦った感じ、これから戦うにあたっての所感を述べさせてもらった。

 

 藁座廻に関わっている人たちのあらゆる情を無視して考えるならば、わたし一人で潰した方が楽で良い。討伐隊のような精鋭を集めたとしても、倒されて向こうの駒になるなどして、足を引っ張る可能性が多々ある。初見殺しとはいえ、当主の護衛ですら、こうしてわたしに瞬殺されるぐらいだし……。藁座廻の本拠地さえ教えてくれれば、相手も塞眼の技を使ってくる面倒くささを考慮しても、逃げ道もなくして叩くことは可能だ。

 

 さぁ、どのような対応をするのでしょうね、御三家の当主たちは……。

 

 当主たちだけで話し合うのか、部屋から下がるように言われた。もう、東北に帰っても良いかどうかを造兵さんに尋ねると、そこを含めて話し合うから待つようにと言われた。仕方がない。広い庭を散歩でもして時間をつぶすことにしよう。

 

 部屋から出ると、椿から稽古はいつ再開できるのかを尋ねられた。

 

 御三家会議の結論次第だよ。まぁ、思った以上に藁座廻が厄介そうなので、椿のできることを増やすためにも、稽古をつけることは約束しよう。

 

 はてさて、広い庭に出てみたのであるが、ぼたんに兵馬、鏡、あと引手を持った二人がボケっとしていた。何をやっているんだ君たちは……。

 

 兵馬と他二人は、塞眼本家の次期当主たちだそうだ。制服を着た子のぽわぽわした様子から、塞眼であるとは思えなかったらしい。

 

 しばらくすると、御三家会議が終わって結論が出たらしい。通達によれば、長月家の家屋が直り次第、一つ屋根の下、次期当主たち三人でぼたんの護衛をすることになるようだ。量より質だということで、次期当主たちが選ばれたそうな……。わたしからすれば、たぶん、三人より椿の方が強くて質が良いのだが、何も口を挟まないことにした。

 

 で、わたしについてはどうするんだよと考えていたが、やはり、藁座廻に対して討伐隊が組まれるようだ。これに参加することになるのかと思ったが、なんと、京都で次期当主たちをサポート、また討伐隊の後詰として残れとのことらしい。なるほど、わたしに任せるのではなく、造兵さん自身でけりをつけたいということなのだろう。死にますよと忠告したし、人情で貴重な人材を死なす気ですかとも伝えた。もう独自に動こうかと考えていたら、頭を下げられてしまった。どうしても自分でけりをつけたいらしい。仕方がない。であればと条件を付けさせてもらった。もし、この討伐隊が失敗に終わった場合、わたしは独自でこの藁座廻の件を終わらせにかかること、他の塞眼は一切その邪魔をしてはならないこと、これら二つを御三家会議の決定として出してもらった。出せないならば、塞眼全員を叩き潰してから藁座廻を潰しに行くと言ったら、もう一度集まって御三家で話し合いが行われ、なんとか了承された。会議の時に少し動いたのも功を奏したようだ。

 

 さすがにしばらく京都に滞在するのであれば、二日分の荷物では足りないものが多い。そして、確実に失敗するであろう討伐隊の後のためにも準備はしておきたい。一度東北へ戻ることにした。

 

 とはいえ、日用品に加えて、実家に大量にある式神や数珠などを鞄に詰め込むだけで、すぐに京都へとんぼ返りするのだった。

 

 京都での滞在場所はいつもであればホテルなのだが、さすがに期間が未定だともったいないということで、塞眼京都支部の一室を借りることとなった。さらにありがたいことに、支払いも造兵さんが持ってくれることとなった。

 

 その晩、式神を作ったり、天穴といった術具のメンテナンスを行っていると、椿が部屋に入って来た。まぁ、門守のお家だし別に良いけど、一応ノックぐらいした方が良いのではないでしょうか……。

 

 椿は、同じ藁座廻に思い入れのある兵馬を誘って二人で藁座廻の連中を倒してしまおうと考えているそうだ。それで、もし二人で行くことを断られたら、造兵さんの討伐隊に参加して、抜け駆けで自分の獲物を倒してしまおうということらしい。いずれにせよ、もう少し鍛えてほしいらしい。怪我はもう大丈夫なのかと尋ねると、なんかすぐに傷が治ったらしく、体も絶好調だそうだ。それは何より……。

 

 椿は私に関する御三家会議の通達の意図を理解していないのだろうか。いや、わかった上で、わたしに全てを終わらされる前に動こうとしているのかもしれない。いずれにせよ、100%失敗する討伐隊に参加させるかどうかだ。もっとも、何をどう伝えたところで、こいつは勝手に動き回るのは間違いない。

 

 個人的な所感を伝えた上で選択してもらおう。

 

 まずは、兵馬と二人で藁座廻を相手取る場合だ。この場合、兵馬の実力が少し未知数なところはあるが、仮に兵馬が藁座廻に喰われても消すのが一人増えるだけなので、椿で対処できないわけではない。討伐隊みたいに人数がいてどんどん相手の駒にされるよりは対処がしやすく、藁座廻を倒せる見込みがありそうだ。問題は、藁座廻たちと椿が一対一で戦えるのかどうかで、1対1を繰り返すなら、おそらく勝てるだろう。しかし一対多数になった場合、椿は形成符を使った武器を生成して、その武器を振るわなくてはならない以上、一度の攻撃で対処できるのは、一人か二人であり、藁座廻全員を倒すまでに、何度か武器を振るわなくてはならない。人間とは異なり、付喪神は多少の肉体の損傷などお構いなしに動けるのである。藁座廻という統率が取れているであろう付喪神集団であれば、囮役の一人二人が倒される間に、本命の三人目四人目五人目が椿に致命傷を負わせにくるだろう。もし兵馬と椿で攻防に秀でた連携技を持っているのであれば、また話は変わってくるが、二人が連携技を編み出すべく修行しているとは聞いたことがない。

 

 二つ目は、討伐隊に参加する場合だ。これはもう絶望的に死ぬこと間違いない。御三家に連なる塞眼は火力特化の塞眼である。引手を用いて戦うので、付喪神に攻撃を当てるだけで致命傷を与えることが出来る。故に、先に攻撃を当てることこそ討伐隊に必要なことであり、攻撃一辺倒で機先を制し続けなければならない。しかし、相手の本拠地に乗り込む以上、機先を制し続けるのは不可能である。まして、相手に術式に造詣が深く、塞眼の同調能力に長けた鼓吹がいる以上、こちらの術式の大半は逆手に取られるか、利用されるだろう。つまり、おそらく初手から機先を制することが出来ないのだ。となると消耗戦の様相を呈することが確実である。消耗戦になる以上、塞眼の死体はあちらに利用されて敵が増えることがあるのに、こちらはただ減る一方になってしまう。どうやっても勝てない。

 

 三つ目の選択肢は、兵馬と二人で行かない、討伐隊二も参加しないパターンである。これはもう、討伐隊が失敗してから、わたしと共に動くかどうかになる。そのための御三家会議の通達だ。これは一番椿が死ぬ可能性が少ないし、わたしが死なせない。サポートもしてやるし、メインを譲って一対一の状況を作ってやってもいい。

 

 いずれの場合にせよ、稽古はつけてやるが、わたしにだって思うところはある。なんだかんだで椿には今まで目をかけてきたのだ。それなりの情はあるつもりだ。しかし、ここまで言っても自殺するような選択肢を取るのであれば、これ以上は面倒を見切れない。とりあえず、一月半後、長月家の家屋が直され、御三家の次期当主たちがぼたんの護衛につくことになる。また、討伐隊の人員の決定もその頃だ。その時まで鍛えながら、椿の答えを待つことにした。

 

 

 さて、一月半の間、みっちり椿を鍛え上げた。相当なスパルタだったはずだ。というのは、実家から持ってきた大量の式神を使ったからだ。

 

 式神はわたしの写しみたいなもので、基本的な結界術しか使えない。もっとも、突き詰めた結界師であるわたしが使っているから、その基本的な結界術において、真にわたし自身に迫る式神たちを作り出すことが出来ている。それらをつかって波状攻撃を常に浴びせたのだ。

 

 これぐらいしのぎ切れなければ、これぐらい倒せなければ、隼人や鼓吹に届くわけがなかろうと、それこそ毎日椿をしばき倒した。そして、一日の最後に必ず一対一も想定して立ち合いを行った。戦闘スタイルのせいもあるが、こいつに肉弾戦をするのはやめようと思う。体の使い方が上手すぎて絶対に勝てない。まぁ、やれることは全部やったと思う。

 

 とはいえ、ここまでやっても兵馬と二人で行って一対一に持ち込めなかった場合での勝つ見込みは五割を少し超えたかどうか、討伐隊に参加した場合で二割に届かないといったところだろうか。まぁ、どちらも勝率が0%のところから頑張ったと言いたい。

 

 

 さて、長月家の修理が終わり、とうとう御三家の次期当主たちがぼたんの護衛につくことになった。お祝いに仙台牛の牛タンを置いてきた。なんか、右目に傷を負っている子が家の壁などに使われている警備に関わるものを一生懸命確認していた。

 

 垣根に使われている形成符は門守さん達が作ったけど、結界符はわたしが作ったから中級程度じゃ突破できないことを教えてあげた。

 

 この人は菫という八衢の次期当主のようだ。自己紹介してくれた。こちらも自己紹介すると、あなたが東北塞眼の異端児ですかと言われた。もう子どもの年齢ではないが、割と有名だったらしい。造兵さんめ、どういう紹介を他にしていたんだろうか……。

 

 すると木箱を持った兵馬が塞眼京都支部でのお務めから帰ってきた。婚礼調度も護衛にいることから、空いている時間には京都でお務めを手伝っていたらしい。

 

 木箱の中身はおそらく兵馬本来の引手だな。菫からすると、ようやく自分の引手を持ち出したかといったところだそうで、以前ぼたんの前で、兵馬を塞眼として、東北塞眼の次期当主として認められないと 責したことがあったようだ。兵馬自身もその叱責は甘んじて受け取るそうで、これからの行動で認めさせるとのこと。まぁ、頑張ってくれ。

 

 兵馬は菫のことをちゃん付けで呼んでいるのだが、菫はもう今年で二十歳らしく、そろそろやめてほしいようだ。何というか、兵馬も菫も生真面目だ。こいつら似た者同士で相性良さそうだと感じたのはわたしだけなのだろうか……。

 

 

 御三家の次期当主が護衛について数日が経った頃、兵馬が倒れた。

 

 なんでも、ぼたんを現人神として仰ごうとした付喪神達が、自分たちこそ傍に侍るにふさわしいと果し合いを求めてきたそうだ。わたしの結界符を突破してきたということは、それなりに強い付喪神達だったのだろう。しかし、それらを兵馬一人で相手をして瞬殺したらしい。というのは、兵馬本来の引手を使うことが出来たそうだ。おそらく、生太刀で一掃したのだろう。その生太刀を久しぶりに使ったのと、練度が足りなかったというのもあり、全力でぶっ放すこととなったようだ。その結果反動で動けなくなり、今は長月の屋敷で横になっているそうだ。こいつと椿を一緒に行かせて大丈夫なのかと心配になる。今から椿は一緒に討伐しに行こうと誘ってくるらしい。なるほど、そろそろ椿の答えを聞く時が来たようだ。

 

 

 椿が長月家に兵馬の見舞いに行った後、しばらくすると、大樹さんに呼ばれた。

 

 重々しい雰囲気の中、松さん、梅さんも揃っており、何事かと思ったが、どうやら椿が討伐隊に参加する件についてらしい。なるほど、椿は既に参加することを決めていたようだ。もはや「あっ、そう……」という感じである。

 

 急に態度が冷めたわたしに大樹さんが慌てだした。椿を鍛えていたのは、このためだったのではと考えていたらしい。

 

 違いますよと間違いを正してあげた。御三家会議の後、椿が鍛えてほしいと頼んできたこと、兵馬と二人で討伐しに行った場合の勝てる見込み、討伐隊に参加した場合にほぼ勝つ見込みがないこと、討伐失敗後にわたしと動く場合のこと、今現在、彼女の答えを待っていること、そして、その答え次第では、もはやわたしは面倒を見る気がないということ。

 

 月一回の稽古をつけに来ること五年以上、やはり、それなり以上に情はあるのだ。死んでほしくはない。しかし、彼女にとってわたしの情など取るに足らないことでしかない。今のおもちゃはかつてのおもちゃを超えられなかったのだ。というか、隼人や鼓吹のことを椿は「わたしのおもちゃ」とほざいているが、あいつらのことが好きだったから今でも執着しているのだ。自分と同じ天才という感性が合う者と出会ったことで、つまらない人生に色がついたのだろう。色を付けてくれた存在というものはそれだけ大きい。故に、わたしは椿を止めない、止められない。いかにその選択が愚かで、理にかなっていないものだとわたしが考えていても、人間は理性で生きているのではなく、理性と感情で生きている。今回の件は感情に則するものだ。これ以上の干渉は、わたしの情の一方的な押し付けである。もっとも、椿の想いというものは、兵馬の憎悪とは違い、復讐などというには負の感情が薄い気がする。おそらく、好きだった隼人や鼓吹たちに追いつきたい、彼らを殺した藁座廻を倒せば、大好きだった彼らに近づけるよねといったところだろう。

 

 松さんや梅さんは渋い顔でわたしの話を聞いていた。自分より強いとはいえ、可愛い妹が確実に死ぬようなことはしてほしくないだろう。

 

 大樹さんはなんだか驚いている様子だった。まぁ、椿の討伐隊に参加について、わたしが何も動く気がないことが意外だったのだろう。まぁ、そう思われるぐらいにこれまで色んな人を助けてきたということだ。大樹さんとしても椿に関して頼みたいことでもあったのかもしれない。まぁ、一応椿の返答を直接聞くまでは、討伐隊に参加する気であることを知らなかったことにしますよ。少し準備することがあったので、失礼することにした。

 

 すると、扉が閉まるその時、中から「ありがとう」という言葉が聞こえた。今のやり取りの中にどこにお礼を言うようなことがあったのだろうか。

 

 

 その晩、だいぶ前に椿は帰ってきていたと思うが、なかなかわたしのところに答えを告げに来なかった。夜も更けてきたころ、ようやく、椿が部屋に入ってきた。相変わらずノックをしない奴だ。

 

 さて答えを聞こうかと椿の顔を見たが、どうやら様子が変だ。なんだかもじもじしている。まさか長月家で兵馬と何かあったのだろうか。とりあえず、兵馬の件はどうなったのか尋ねてみた。

 

 どうやら兵馬には断られてしまったらしい。ぼたんを守ることに全力を注ぐそうで、兵馬の口から、彼の戦いは長月家にあることを告げられたそうだ。隼人や鼓吹の復讐に囚われず、自分のすべきことをしっかりと見据えられるようになった辺り、兵馬は本当に変わったのだろう。

 

 では、討伐隊に参加するのかどうかを尋ねると、少しの間、黙ったと思ったら、行かないとのこと……。どういうことだ。参加の方向で動いていることを大樹さんに伝えていたのではなかったのだろうか。

 

 どうも、わたしの言うように討伐隊が失敗する想定で動き、その後、確実に藁座廻を相手取ることにしたようだ。もうしばらく鍛えてほしいとのこと……。隼人の容姿をしている藁座廻は天日(てんじつ)というそうで、そいつだけは必ず譲ってほしいそうだ。まぁ、いいだろう。大樹さんの話と少し食い違うが、それで良いのならまた鍛えよう。おそらく、隼人には鼓吹が付いてくるだろうから、二人同時に相手取ることになる。二人相手でもなんとかなるようにしっかり鍛えてやるさ。

 

 椿はわたしの言葉に驚いたようである。何か驚くようなことがあっただろうか。どうしたと尋ねると、今度は嬉しそうによろしくと言って部屋を出て行った。何だったんだ。

 

 

 夜も遅かったが、大樹さんを訪ねた。まだ仕事中だったのか部屋の明かりがついていた。

 

 どうやら椿は討伐隊に参加しないようです。もともと、参加する気が無かったのかもしれません。いずれにせよ、今しばらく彼女を鍛えることにします。そのように伝えると、椿をよろしく頼むと真剣な顔で頭を下げられた。

 

 了承して部屋を出ると、松さんと梅さんがいて肩を組んできた。彼らも椿を頼むぜと言ってきた。大丈夫です、死なせませんよと伝えると、なら安心だと二人してわたしの胸をこぶしで突いてきた。そして、ちょっと付き合えとお酒の席に誘われたのだった。なんだかんだで、椿が討伐隊に参加しなくて安心したのだろう。嬉しそうにお酒を飲んでいた。途中で大樹さんも加わって、割と高い日本酒を皆で飲んでいた。ちなみにわたしは下戸なので、一杯を飲みきったらダウンした。わたしがここまでお酒に弱いことは知らなかったらしい。松さんと梅さんが部屋まで送ってくれた。あぁ、椿が行かなくて良かった。

 

 

 椿が討伐隊に参加しないことを決め、兵馬が回復してから次の日、菫が夜中に襲われたそうだ。なんでも長月家の地下に隠し部屋があり、そこを発見した菫が一人で調査しようとした時に襲われたらしい。目の周りを負傷し、左手に至っては指二本を失ったらしい。何とかできないこともないが、そこまで、関わりがあるわけではないし、向こうも、私に診せることを望まないだろう。娘の負傷に八衢の本家が激怒しており、婚礼調度と兵馬は重要参考人として対付喪神収容施設に拘束されることになった。

 

 あれまぁと、どうしようかと考えつつも、今日も椿に京都支部の道場で稽古をつけていた。

 

 すると、道場の表の方で車が何台か停まる音がしたと思ったら、ぞろぞろと八衢家と思しき黒服の連中がぞろぞろと出てきた。稽古中だったので、一区切り着くまで放置していたのだが、しばらくしてから一旦止めると、化け物を見ているような顔をしていた。まぁ、仕方がない。これくらいできねば、藁座廻の連中なんて相手にできないのだ。

 

 どうしたのかと尋ねてみると、八衢の当主、黒檀が呼んでいるそうで、同行して欲しいそうだ。もう少し稽古があるのだが、すぐに出向く必要があるのかを尋ねると、そこまでは急いでないそうで、稽古が終わるまで二時間ほど待ってもらった。

 

 椿がシャワーを浴びている間に、わたしの方は汗ばんだ身だしなみのまま車に乗ることになってしまった。到着してみると対付喪神収容施設で、ご当主がお待ちですと案内されることに……。

 

 相変わらず態度のデカそうな黒檀に加えて、体のデカイ紅緋と呼ばれていた護衛、そして、大樹さんがいた。

 

 話を聞くと、どうやらわたしも菫を襲った容疑者の一人のようで、この施設で婚礼調度や兵馬のように拘束されて欲しいとのこと……。とはいえ、ほぼ白であるということはわかっているそうで、同じく拘束されている兵馬の立場が少しでも良くなるように協力して欲しいとのことだった。一応、兵馬の遠縁ということで、わたしが動いて怪しいと思われると、兵馬の立場が悪くなるそうだ。そういうことなら仕方がない。ただ、椿の修行はどうするかを尋ねてみると、監視付きでの許可が出た。収容施設と道場の往復のみが許され、会えるのは椿のみらしい。まぁ、椿の稽古が問題なくつけられるなら良いかと収容施設に寝泊まりすることとなった。本当に寝床が移ったぐらいだった。日中は椿に稽古をつけ、夜は収容施設で寝ていただけで、特別していることに変わりはなかった。

 

 

 そうして、二日ほどたったのだが、この日も椿に稽古をつけていた。一つ違ったのは、ちょっと席を外しますと言った八衢の監視が待てど暮らせど帰ってこないということ……。

 

 なんか変だなと思ったので、探査用結界を広げたところ、周りに八衢の監視などおらず、なんと収容施設の方が騒がしくなっていた。急いで椿と共に向かうことにした。

 

 空中に結界を張ってその上を走ったので、最短距離で収容施設に到着した。すると、ボロボロになった収容施設の5階から、唐傘のような奴が下の中庭のような場所にいるぼたんを狙っていたので、安全第一でぼたんの結界を張ることにした。意識が下にしか向いていないし、やりたい放題だと思って手を出そうとしたが、さらに5階から兵馬が飛び出してきて、唐傘のような奴を生太刀でぶった切っていた。

 

 大樹さん達も施設に突入してきて、収容施設で暴れていた付喪神たちを一喝で静かにさせていた。

 

 よく見ると、ぶった切られた奴は八衢の当主じゃないか。あの混じっていた感じは唐傘だったのか。唐傘には単に喰われて取り込まれるだけではなく、人の意識が残った状態で融合することもできるらしい。ぼたんを手に入れて、現世を治めるために動いていたようだが、少し力及ばずといった感じだろうか。

 

 そして、菫が病院服のままであったが、意識を取り戻していたようだ。当主に兵馬たちを射殺せと命じられていたので、兵馬たちを守るためにちょっと本気出して結界を張ったのだが、弓矢みたいなので射殺されたのは当主の方だった。人に仇なす付喪神を粛清するとか何とか言っていたが、今回のことのあらましが良く分かっていないわたしにとってはもはや状況が混沌と化していた。あとで大樹さんに尋ねてみるとしよう。

 

 その後、八衢の当主に憑りついていた唐傘が、自分は藁座廻の中では名前が付かないほど弱い方で、あの藁座廻トップの四人に、お前たちはひとたまりもないみたいなことを言っていた。あの時戦った時雨ぐらいのが四人しかいないのなら今の椿でも大丈夫だと思うが、まぁ、希望的観測だな、椿には精進させよう……。

 

 なんかもう、これで終わったかのような雰囲気である。わたしはだいぶ出遅れてしまったようだ。椿の顔を見ると、椿も微妙な顔をしていた。

 

 さて、ざっと見渡してみると、負傷者だらけだ。結と薙は、大丈夫なのかと聞きたいレベルで体がこそぎ取られているし、八衢家の黒服たちも大方倒れている。辻家の次期当主もダウンしていたが、見たところ傷らしきものはないので、体力が切れたのだろう。そして、今、割と深手を負った兵馬が気を失ったようだ。

 

 この収容施設も何が起こったのか、護符の効果が全部消えてなくなっているようである。建物はボロボロだし、今なら逃げたい放題だ。これを一喝で黙らせられる大樹さんはすごいね。まぁ、後で結界符をいくらかお渡ししよう。

 

 とりあえず消化不良だし、帰ってまた稽古するかと椿に尋ねると、やると返事が来たので、そそくさと帰るのだった。

 

 

 対付喪神収容施設でいろんなことがあった夜、結と薙が心配だったので、長月家を訪れていた。

 

 結と薙はというと、菫が襲われた蔵の中にいた。見たところ、「岐」の術式が施された部屋のようだ。

 

 なんでも、上半身だけの結と右腕を失っていた薙は、門守で特殊な治療を受けたらしいが、欠損は、全く直る気配がなかったらしい。八衢家の生弓矢という引手の技を受けたかららしいが、まぁ、大丈夫だろう。二人に他の塞眼には内緒にしてくれるように約束させ、修復術を施すことにした。

 

 まずは結だ。流石に欠損が激しいため、かなり精神力を持っていかれるだろう。ということで、極限無想をして能力を完全に開放する。久々の極限無想なので、管理者がもう少し呼び出せとうるさいが、まぁ、集中しよう。もっとも、神の寝床すら直す結界師の修復術なのだ。少しはやれるところを見せられるだろう。今回遅れた詫びだと受け取って欲しい。

 

 まぁ、繊細な作業の修復術は、体力を持っていかれることもさることながら、気力、精神力の方が持っていかれる。体力の方は問題ない。重ねた修業は嘘をつかない。ただ、余りある力を込めすぎると器ごと壊してしまうので、加減しながら集中して修復に取り掛かった。

 

 しばらくして、結の修復が完了したので、次は薙に取り掛かろうとしたら、後ろにぼたんがいた。目が光っていたから現人神状態のぼたん(仮)だな。いつもいきなり出てくるので、わたしを含め驚いていると、薙をさっと直して気を失っていた。うーむ、修復に関しては完全に負けているな……。というか、結果論かもしれないが、これはわたしが何かしなくても二人は直っていたのではないだろうか。

 

 ぼたんに何が起きているんだと心配そうにする二人を尻目に、じゃあ、夜も遅いしおやすみ。と言って帰ることにした。後ろからありがとうと結の声が聞こえたので、手を振って応えておいた。

 

 

 さて、辻の次期当主はやはり術を使って体力切れだったらしく、二日後に目を覚ました。

 

 その間に、今回の騒動の全容を大樹さんから聞いたのだが、どうも八衢の当主は、ぼたんを手に入れるために、長月家に介入する機会をうかがっていたようで、自分の娘を負傷させて介入したようだ。実の娘の指を二本も消し飛ばすのはやりすぎだと思う。ついでに邪魔な婚礼調度を処分し、ぼたん(仮)を制御できるかもしれない兵馬も手中に収めようとしたようだ。それで、婚礼調度を処分するための術式を実行する儀式場を作って整えたまでは良かったが、当のぼたんと辻の次期当主(白百合というらしい)術式に邪魔されて、八衢の当主の正体が露見、藁座廻と繋がっていることが発覚して、粛清されたといったところのようだ。介入されたら止められないだろうわたしについては、椿と稽古させて施設から遠ざける時間を作り、気付いたときには処刑が終わっている状態にしようとしたらしい。

 

 今回については、ほぼ役に立たなくて申し訳ありませんでしたと大樹さんに謝ると、結界符を大量に用意してくれたし、ええよと優しい言葉を頂きました。

 

 ちなみに今回の八衢家の人々については、幹部連中は当主の暗躍に加担していたことは間違いないそうで、厳罰が避けられないそうだ。つまり、八衢家を支える幹部連中が抜けるということで、八衢家の戦力が下がるということになり、そこを立て直すとなると時間がかかる。なんでも、実は一番強いのが、あの紅緋という護衛だったそうで、何なら当主の奥さんだし、菫の母親だそうだ。その最大戦力も辻家に預けられ、謹慎になっている。幹部達も抜け、当主は経験の浅い菫がなり、箔の薄い御三家の一つが、しばらく続いていくことになるのは避けられないそうだ。

 

 一番大きな問題は、八衢と藁座廻がつながっていたことだ。故に、藁座廻に討伐隊が動くおおよそのタイミングなどもばれていると見て間違いない。機先を制することが出来ない以上、完全に失敗だ。現状、どうなっているのか分からないが、いつ何が起きても良いように準備するとしよう。

 

 

 今日は長月家で何やら会議が行われているようで、聞くところによるとぼたんの秘密についてらしい。わたしも椿も不参加だ。「岐」の遠縁だし、参加する権利がそもそもないのであるが、正直、彼女が現人神だろうがなんだろうが、やることは変わらない。現人神状態だと、確かに、ものの修復には目を見張るものがあったし、ものに対しては優位性があるのだろう。しかし、普段は出てこないし、普段の状態だと完全にピ〇チ姫だ。つまり、ただの人なのだ。であれば、強さに上下はあれど、単に付喪神が人にちょっかいをかけるという事実に変わりはない。必要に応じて対処するだけだ。まぁ、現人神状態のぼたん(仮)が出てくるタイミングとか、不確定要素があることは否定しないが……。

 

 そんなことより、ようやく予備を含めて式神の全国配置を完了させた。常に探査用結界を発動しているので、何かがあれば捕捉できるだろう。そして、今回は武器もそばに置いている。そう、天穴(てんけつ)だ。一つは穂先が薙刀のような反りが入ったもので、もう一つは穂先が槍のように真っすぐだ。原作では武器術の方では、さっぱり活用されることが無かったが、杖術や薙刀、槍として使うことが出来る。そして、天穴にある穴で潰したものを吸い込めば、余計な戦闘などが減るかと思われる。もっとも、一つは椿に持たせる用である。別に一から武器を生成しなくても、武器に形成符を纏わせることをしたって良い。形成符は柔軟性が売りなのだから……。

 

 討伐隊と連絡が取れなくなってしばらく経っている。そろそろ何か起きてもおかしくない。椿にもいつでも動けるように準備しておけと伝えておいた。

 

 

 さて、長月家の会議も終わったようで、ぼたんが出歩いている。後ろから兵馬が付いているし大丈夫だろう。長月家ではまだ何やら話し込んでいるようだ。辻のばあさんのところには、大具足の挂が付いているな。このまま何もないならそれでよし、今日はしばらくこの結界の上で様子見だ。隣を見ると椿が瞑想していた。こっちも準備が出来ている。

 

 

 ふと、ぼたんと兵馬が結構な時間話し込んでいる。これは公園に腰を据えているようだ。公園デートのような印象を受けるが、まぁ、いいだろう。存分に青春してくれ。

 

 そんなくだらないことを考えていると、かかった。おそらく、影移動のような感じで、転移してきた。長月家に二つ、辻家に二つ、ぼたんと兵馬のところに二つだな。辻家の一つは大具足の挂がさらっていったな。もう一つは別の人が対応するようだ。

 

 ん?長月家のやつは二つなのに一つに固まって動いている。どういうことだ?まぁ、辻の次期当主と菫が対応するだろう。

 

 はぁ?兵馬が敵の一つと共闘しだしたぞ。どうなっている?どちらも敵だ。行け、椿!これはまずい。おそらく見てくれに騙されている。ぼたんの確保が最優先だ。

 

 大樹さん達も動きが早い。まっすぐ兵馬のところに向かっている。椿と大樹さんがいれば大丈夫か。とりあえず、長月家には式神を向かわせて対処させよう。

 

 よし、椿がぼたんを確保したようだ。兵馬ともう一つが戦い始めたな。おい、辻にもう一ついるぞ。辻のばあさんが一人で向かっているな。一応ばあさんの護衛に式神を向かわせておこう

 

 椿とぼたんの方に二人増えたな。まだ、大樹さんは間に合わない。わたしが行くしかないか。

 

 

 現場に飛んでいくと、造兵さんと兵馬が戦っており、椿はぼたんを背に隼人と鼓吹と対峙していた。椿、もういいぞ。ぼたんはわたしに任せて存分にやりあえ。

 

 椿が戦い始めたので、今のうちに隼人と鼓吹に糸をつけておくことにした。流石にもう逃がさん。

 

 わたしとぼたんはというと、結界の中で成り行きを見守っている。討伐隊が何人喰われたのかはわからないが、油断するべきではない。しばらくすると、大樹さん達も合流し、戦力的にも揃ってきた。長月家の方も、一つが二つに分かれたようで、おそらく、喰らった塞眼の外側を使って塞眼特有の結界を突破し、突破した後は、外側を破って暴れるという寸法だったのだろう。辻家の方もばあさんが少しけがをしたぐらいで、式神は間に合ったようだ。残りの一つを全員で対処している。全員で対処する必要があるほどの強い塞眼の外側なのだろう。大具足の挂はよくわからない。おそらく、いつもそばにいるという斎という付喪神の神域の中だと思うが、ちっとも戻ってこない。負けたのか?

 

 しばらくすると、造兵さんも兵馬に倒された。兵馬は主鷹のように一人で空亡(くうぼう)を使えるようで、造兵さんを消し飛ばしていた。空亡は球体の領域消滅みたいなもので、一人で行うには結構難しいらしい。結構しっかり修行していたようだ。

 

 造兵さんも消され、もはやぼたんの確保は難しいと判断した隼人と鼓吹は、逃げるのと同時に、静観していたわたしとぼたんを張ってあった結界ごと傘の空間転移で持ち去ろうとしてきた。わたしだけなら良いが、ぼたんはまずいと思ったので、結界を解除してぼたんを兵馬の方へ投げ飛ばし、代わりに藁座廻とやらせてあげると約束していた椿を念糸で引き寄せた。結構、一瞬のやり取りだったから頑張ったわ。大樹さん、大丈夫です。御三家会議の取り決め通り潰してきます。椿は必ず帰します……。椿、転移したらすぐに襲ってくるはずだから準備しておけ。

 

 

 こうして藁座廻の本拠地、おそらく常世に招かれたわけであるが、やはり、すぐにわたしと椿を襲ってきた。六人ほど師範代クラスの塞眼が襲ってきたが、極限無想で問題なく瞬殺した。御三家会議の時に辻家の護衛をしていた人もいた。まぁ、何かあっても面倒なので念入りに天穴に吸い込んでおいた。

 

 少し落ち着いたので、周りを見渡してみると、天井には傘模様、下は石畳で、灯篭が両脇に等間隔に並んでいた。後は光が届いていないところはひたすらに黒かった。ただ探査用結界を用いてみると、黒いところ中、穢れた何かだらけだった。まぁ、何でも良い。すべて食い破って潰すだけだ。行くぞ、椿。わたし達だけだ。我慢する必要はない。存分に暴れて良いぞ。

 

 

 結論から言うと、藁座廻の主要な4人(天日、(こがらし)、吹雪、時雨)と鼓吹は、問題なく椿が全員倒した。

 

 まず、わたしが天日と鼓吹、凩を抑え込んでいる間に、時雨と吹雪を椿が倒した。というのも、五対一で戦いたいか、わたしが抑えておいて何人かずつ順番で椿が全員と戦うかどうかを尋ねたところ、椿は順番に全員と戦う方を選んだ。

 

 時雨と吹雪に関しては、なんともあっさりしたものだった。二人とも傘の展開に加えて、常世ならではの攻撃として穢れの液体のようなものを雨や吹雪のごとく際限なく放ってきた。ただ、相手が悪かった。わたしの式神の波状攻撃に耐えてきた椿の敵ではなかった。

 

 凩は竜巻のようなものを展開してさながら災害のようであったが、回転の中心は無風地帯である。結界で足場を作ってと言われて、いくつかルート作ってやれば、立体的な機動で椿が圧倒していた。

 

 やはり苦戦したのは隼人と鼓吹で、こいつらだけは引手の攻撃を使って生太刀の派生技を繰り出してきた。当たればアウトの生太刀を、まるで放電現象がごとく飛ばして面制圧をかけてきた時は、見ていて肝が冷えた。なんと、ご丁寧に、一帯には術返しの陣地が形成符でしかれており、形成符で生太刀の面制圧に対応しようとしていた椿は、形成符が上手く形に作られなくて、生太刀にくし刺しにされていた。だったら、椿は死んでしまったのかというと、生太刀が引き抜かれた瞬間再生して、持たせていたわたしの天穴を使って先に鼓吹を切り刻んだ。一回限りの不意打ちだ。というのも、実はわたしは魂蔵(たまぐら)持ちで、無尽蔵に力を溜め込める体質なのだ。相性が良い人を共鳴者にして、力を分け与えたり、傷を治したりすることが出来る。だから、あれだけ毎日稽古をつけられたのだ。次の日には全快しているのだから、体の調子がすこぶる良かったはずだ。もっとも、一回に分け与えられる力の量は結構なものなのだが、一日にそう何度も力を分け与えられるわけではなく、一日一回が限度である。

 

 そして、一対一となった椿と隼人は、わたしが術返しの陣地を先に消しといたのもあって、生太刀に何度も形成符を消されながらも、勝利していた。勝因は何というか、練度の差だろう。隼人は確かに天才で、いろんなことが出来たが、唐傘に喰われた後は、あまり修行をしていなかったのではないだろうか。引手を使うということは、確かにどんな攻撃でも致命傷を与える攻撃に変えられるのだが、次々と生太刀の派生を展開することはできない。生太刀を展開するにはいちいち引手を二つ合わせる必要がある。一方で、椿の形成符は、符がある限り、攻撃中であろうと展開し続けることが出来る。もちろん、人間何個も同時に事を成すことなどできないが、それを反射的にできるようにするのが反復による修行である。あのわたしの式神の絶え間ない攻撃の中で、椿は反射による形成符の展開を体得していたのだ。一度の生太刀の展開で、戦況は隼人に傾くものの、その生太刀で仕留めきれなければ、一度展開された生太刀を振るうしかなく、その間に次々と椿の形成符が展開されて、対応しきれなくなるのだ。もちろん、太刀という武器の特性上、自分の身を守ることに長けているのであるが、防戦一方でどうやって相手に打ち勝てるというのか。椿の怒涛の攻めに屈していた。

 

 藁座廻の主要な四人を倒したせいなのか、統率を失った穢れ達が溢れて襲ってきた。とりあえず、わたしと椿を結界で囲んでしのいでいるが、上下左右が穢れだらけで気持ち悪い。

 

 あと、この藁座廻の空間自体が閉じて消えようとしている。おそらく常世でこの空間を作り出していたのがあの四人だったのだろう。神域と同じだ。神がいなくなったり、神が見捨てたりすると、その空間というのは維持されず、消えてしまうのだ。ということで、さっさと出る必要があるから、探査用結界でこの空間から出られそうな場所を探したが、一つしか存在しなかった。間に合うかな……。

 

 急いで出られそうな場所に来たわけだが、まずいな。鍵がない。この出入り口を開けるための何かがない。そうなるともはや強引にこじ開けるしかないのだが、先がどこにつながっているのかわからない。完全な博打になってしまう。流石に海の底ではないと思いたいが……。

 

 とりあえず、極限無想で、出入り口を何度も滅していたら、空間は開いた。滅した回数は4桁に余裕で到達していたと思う。

 

 開いたとはいえ、さすがに椿を死なすわけにはいかないので、どうしようかと足踏みしてしまった。周りの空間も狭くなってきているので、もうあまり猶予がない。

 

 そんなわたしの様子を見た椿が、縁をたどればその人の近くに出口が開かないかと助言をくれた。確かに盲点だった。

 

 わたしの縁……。両親は無理だ、既に鬼籍に入っている。後見人は造兵さんだが、兵馬に消されていた。学生時代の友人?テスト前だけ授業ノートをコピーしに来るような友人を友人としてカウントできるわけがない。後は……だめだ。こっちにいる椿しかいない。月一で稽古していた椿との縁が一番太いつながりのわたしって……。

 

 ええぃ、もう同じ月一の塞眼京都支部しかない。大樹さん、松さん、梅さん、お願いします!

 

 全力でか細い縁をたどる……。って、あれ?思ったより簡単に縁がつながった。どうしてだ?

 

 よし、椿、そろそろこの空間が閉じるから先に行け。

 

 完全に椿が出て行くのを確認した後、わたしも続くべく踏み出そうとしたが、足が止まった。

 

 正直、真界を使っていれば、わたし自身が神に近づいて空間を安定させられるので、余裕をもって椿を送り返すことが出来たことだろう。

 

 まぁ、母と約束した手前、神に近づき人を辞めるその選択肢はとれなかった。ただ、既にわたしは魂蔵持ちという人外じみている身だ。今更少し人間を辞めたところで誤差の範囲だったのではないだろうか。椿をきちんと大樹さんの元へ帰すという約束を考えるならば、真界を使うべきだったと思う。椿の命と母との約束のどちらが重いかと言われると、重いのは母との約束だが、優先すべきはどう考えても今生きている椿だった。結果として何とかなったが、なんだか縁をつないでくれた大樹さんに申し訳ないし、椿にも申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。まぁ、とりあえず、二人に謝るか……。

 

 さて行くかと考えて、一歩踏み出そうとしたら、踏み出そうとした反対側の足が引っ張られ、仰向けに転んだ。そして、勢い良く出口へと引きずられて、なんとも情けない格好で、この空間を後にすることになった。

 

 遅いと上から椿の声が聞こえた。何が起こったのか身を起して足を見ると、形成符で作られた細い糸がわたしの足首に巻き付いていた。これで引っ張られたらしい。全く気づかなかった。まぁ、どうやらきちんと塞眼京都支部に戻ってこられたようだ。そばに大樹さんもいた。

 

 先に謝っておくかと思って口を開こうとしたら、椿に抱き着かれ、口を塞がれた。

 

 「ししし♪初めて優を倒せたよ」と嬉しそうな椿の顔が目の前にあった。

 

 何が起こったのか良く分からない。わたしは目を白黒させていたことだろう。

 

 大樹さんがそばに来たと思ったら、わたしの肩に手を置き、椿をよろしくと一言、部屋を出て行った。

 

 その日、何度謝ろうとしても、あの手この手で椿が言わせてくれなかった。

 

 結局、今でも大樹さんにも謝れていないし、椿にも言うことが出来ていない……。

 

 

 

 

 

 6月、雨がしとしと降りしきる中、結婚式が行われた。

 

 塞眼だろうが、神前式という決まりはなく、花嫁はウェディングドレスを着ていた。

 

 お色直しも済み、披露宴の席でだいぶ皆が出来上がった頃、定番のごとく、新郎新婦から義母義父へのメッセージが送られた。もっとも、新郎側には親にあたる人がいなかったため、新婦の言葉は宙に消える。

 

 そして、義父義母を代表して新婦の父からメッセージが語られた。

 

 

 「造兵に東北にもう一人、麒麟児というか異端児がおると聞いて、椿と遊んでもらお思て訪ねたのが最初や。隼人くんと鼓吹さんが亡くなって、椿は毎日おもんなさそうな顔しとったしな……。新しい遊び相手やと思たことは否定せぇへん。ただ、予想外やったんは、椿が転がされて遊ばれただけやったことや。あの椿が相手にすらならんかったんやから、驚きすぎて声が出んかった。まぁ、死んだような眼ぇしてた椿を元気にしてくれたことは今でも感謝しとる。それから月一回、椿に稽古つけてくれるようなって、松にも梅にもえぇ刺激になってくれたわ。ただ、いつまで経っても、優の考えていることだけがわからんかった。いつも柔らかいし、というか、柔らかいところしか見たことあらへんかった。椿も稽古に付き合ってくれるお兄さん程度にしか考えとらんかったんちゃうか。ただただえぇやつ。それがうちらから見た優やったわ。それがちゃうんと気付いたんは、討伐隊に参加する椿を何とか守ってほしいって頼もうとしたときやった。椿が参加するって聞いた途端の優の顔は今でも忘れられへん。言っとくけど、優、おまえ、顔にめっちゃ出るから隠し事できへんからな。あの時の優は、言ってることは、椿を突き放すようなことやったけど、顔は泣きそうやったで。椿に捨てられたような、そんな感じやった。このままやと、そのまま死んで消えそうやったのが忘れられへん。あと、お前がよぉけ色んなこと考えてることがよぉ分かったわ。そして、どんだけ椿のことを考えてくれとったかもな。その晩、初めて椿を叱ったわ。お前は優を殺す気かって。こんだけ想われてんのに、こんだけお前の気持ち分かって付き合ってくれてんのに、お前はちゃんと優のこと見てんのかって。まぁ、椿自身、優のことよぉ想ってたんは知ってたから焚きつけたんやけどな。やから、唐傘連中潰して椿だけが戻ってきた時は慌てたで、椿よりも優は?って聞いてもぅたぐらいにな。おまえが椿と一緒に唐傘潰しに消えたときなんか、椿だけは絶対帰す言うとったけど、自分のこと勘定に入ってへんかったやろ。まぁ、そこらへんは椿も分かっとったみたいやけどな。まさか気付かれんと形成符を足に巻いて、引っぱり出すとは思わへんかったわ。さすが僕の娘やで。あとな優、優が僕や松や梅に何か言いたそうにしているのは知っとる。顔見りゃわかる。でもな、言うとくで。おまえがよぉけ考えてて、おまえが何を言ったとしてもな、おまえはな、もう僕の息子やねん。椿を想って、椿とよぉけ時間を過ごしてくれて、椿を救ってくれて、これからも椿と一緒にいてくれるんや。感謝しかあらへん。嬉しいこと以外あらへんわ。ええか。おまえが何を考えようと、それだけは絶対や。やからな……、一回しか言わんで。こんなこと僕は絶対言わんねんぞ……。……僕の息子になってくれてありがとう。椿の旦那になってくれてありがとう。僕らの家族になってくれてありがとう。……僕からは以上や。」

 

 

 きっと大樹さんはいい顔で語ってくれたんだろう。ただ、残念ながら、やはり、わたしの霞む視界では見ることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 「ねぇ、ママ。このふるいおふだ?のひもってなぁに?」

 

 色んなことに興味が出てきた小さい娘は無邪気に質問する。眠る赤子を胸に抱いた母は嬉しそうに答えた。

 

 「この紐はね。パパはママのことを大好きなんだってこと、ママが分かった時にね。ママもパパのことが大好きなんだよ、何があっても離さないよっていうことを教えてあげた紐なんだよ」

 

 「そうなのぉ?あたしもパパのことだいすきだよぉ。あたしもひもをつくっておしえてあげよぉっと」

 

 「大丈夫だよ、楓。パパが楓のことを大好きなことも知ってるし、楓がパパのことを大好きなことも良く知っているよ。だから紐はいらないかな」

 

 「うん、パパがあたしのことだいすきなのしってるぅ。いっつもなでなでしてくれるもん」

 

 「そうだね。パパも楓が毎日抱き着いているから、楓がパパのことを大好きなのを知っているね。」

 

 「そうだっ!おねんねばっかりしてるひいらぎに、ひいらぎもパパがだいすきだよって、パパがわかるように、あたしがひもをつくってあげる!」

 

 「あはは、そうだね。柊は寝てばっかりだもんね。じゃあ、一緒に作ろっか」

 

 「うん!」

 

 

 

 あの日、私は優が何を言おうとしていたのかはなんとなく分かっている。でも言わせていない。これからも言わせない。優が何を考えていようと、優がずっと私を大切にしてくれたように、愛してくれたように、私も優に大好きなことをずっと伝え続けるだけなのだ。ずっと優が優でいられるように。ずっと私の大好きな優でいられるように。私は強欲で諦めが悪いのだから……。

 

 「ししし♪」

 

 楓と柊と一緒にパパの帰りを待ちつつ、私は今日も優がくれたこの幸せに浸るのだった。




何とかアニメの放映前に書き上げることができました。
長かったと思います。お疲れ様です。
お読みいただきありがとうございました。


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