やるべき事だって多いけど。
それでも、足を止めて。
ふとした時に、あなたを思う。
ちょっと失敗だったかな、そう思いながらベッドに転がる。ここはお母さんと二人で仮住まい中のマンスリーマンション、そして私は自分の短慮を噛み締めている所。
やっぱり言うべきじゃなかったかもしれない、私が――後輩男子の家に居候しているなんて。
渚にはストレートに「あんたバカなの?!?」って失礼なことを言われてしまったけれど、まあ確かにそうだな。私はバカだ、手段を選ぶ頭も無いくらいに。
もっと知恵が回れば、お母さんを説得して独り暮らしする算段も付いただろう。諦めて次善の策を探せれば、海外で新しい仲間とバスケをする道もあっただろう。でも私に、そんな事は出来なかった。
何としても日本に残る、その為には他に手はなかった。少なくとも私の頭ではどうにもならなくて、だからお母さんの旧友である由紀子さんの所へ御厄介になることとなった。
それそのものを嫌だとは思わないけど、でも傍から見たら不安だろうな。大喜くんは男の子だし、私は女子だから。渚が言うように、
でも、私はそれでも猪股家に居続ける。バスケの為、そして――。
そう言えば前に渚自身が言っていた、「預かってもらってる家に男子がいたら、千夏にも恋愛フラグ立ちそう」と。そのくらい近くないとあんたは恋愛なんかしないでしょ、とかそんなのも言われたな。いつもいつも失礼な女だ、よく親友やってるよ私。
そんなに簡単だったら、苦労はしてないんだ。
今まで歳の近い男子がそばにいる生活なんて想像もしていなかったし、正直扱い方が分からない。そう思いながらも私は大喜くんに近づくようになって、だんだんと距離も意識しなくなる程に油断してしまった。まるで家族、姉弟のように。
でも脚がもつれて大喜くんをベッドに押し倒した、あの時。私は改めて思い知った、大喜くんは男の子なのだと。伝わってくる胸の鼓動が、赤く染まった顔が、私に告げていた。大喜くんは目の前にいる、この私を――
このままでは大喜くんに、良くない勘違いをさせてしまう。
だからこそ、一度線を引いた。節度を持とう、良い同居人でいよう。それがお互いにとって、最善だと思ったから。
私たちは束の間一緒にいるだけ、つまりは期限付きな仮の家族。期間満了まで、その関係を維持しなければならない。
……そう思いはすれど、上手くはいかないのだ。
夏の終わりに私は少し離れた所から、大喜くんが蝶野さんと仲を深めていくのを見守っていた。
インターハイで負けて、それでも私たちは止まらず進むしかない。先輩方の引退、私の副キャプテン就任、その他諸々。擦りきれるほどのパワープレイで、私はどんどん弱っていく。
どうにもならないまま疲弊し続ける自分が情けなくて、それでも頼る相手なんかいない。ヒビが入り始めた心を繋ぎ留めたくて、私は自分で引いた線を乗り越えてしまったんだ。
大喜くんは私を責めることも、問い質すこともしなかった。ただ誕生日を祝い、隣に寄り添ってくれた。
その時に沸き上がったのが、なんと言う感情なのか私は知らない。
分かっているのは、一つだけ。
それがとても、心地良いということ。ずっと浸っていたいくらいに。
「でも、なあ……」
大喜くんにこんなモヤモヤした得体の知れない気持ちを押し付けるのは悪いし、それに蝶野さんが大喜くんに告白したらしい。このまま楽しんでいられるような、ユルい状況ではなさそうだ。
どうしよう、かな。
私が下手に動けば、すべてが台無しになる。でもこのまま留まってはいられない。
大喜くんは大きな壁にぶち当たり、うちひしがれている。あの日の私のように。
隣にいてあげられないのが辛い、でも私に何が出来るだろう。何も出来なくとも寄り添いたい、なんてのは只のワガママだ。余計に大喜くんを押し責めるだけでしかない。
でも、それでも。私は大喜くんに救われた、だから力になりたいと強く思う。
私はどうなりたいのか、どうしたいのか。いつか答えを見付け、この気持ちに名前を付ける日が来るのだろうか。
再び猪股家へ戻るときには、結論を出せていると良いんだけど。
願わくば、それが良い結末を導きますよう。私は祈っている。
なんにせよ、明日だ。明日朝練で大喜くんに会って、すべてはそれから。
さぁて、どう出るかな。
とくになにも起きない、扇町さんが好きな日常回的なやつです。