学校サボった時の少しの罪悪感と特別感……そして、時計を見るたびに思う『今頃〇〇している頃かなー』というやつ。それからゲーム。
「それじゃあ、連絡、お願いね」
「はいはい、お大事にね」
学校を休む連絡をお願いし、朝一の業務を完了する。
これで……三日欠席か。宿題が怖いが……仕方ない。今はそれより優先しなくてはいけない。
「石化、治って良かったね」
「ん?ああ、だな。ようやくって感じだ」
右手を握り、開く。右足首をぐるりと回す。何だか久しく感じる。これで完全に石化が解除された。
石化の治りが早くなったのは、もしかしたら、天を守ろうという強い気持ちが解除を早める一因になってるのかもしれない。アーティファクトは魂の力、そういった事が起きても不思議じゃないだろう。
正直、今日から学校に行こうと思えば行けるのだが、天を一人にして行けるわけが無い。天が解放されるその時までもうしばらく欠席だ。
「今日はどうする?」
「どうするって……?」
キョトンと首を傾げてこちらを見る。
「せっかく石化が解除されたんだ。俺は出かけたい」
「出かけるって……大丈夫なの?」
「身体は問題ない」
「そうじゃなくて、平日の日中に歩き回ったら、あたしはともかく、お兄ちゃんはまずいでしょ」
「大丈夫だろ。制服でもない限り。どっか行こうぜ」
昨日は九重が天を元気づけようと頑張ってくれた。俺も兄として天の為に何かしてやりたい。
「どこでもいいの?」
「近場ならな」
「ん~……近場かぁ……。あ、カラオケ!」
「いいな、行くか」
「やた!お兄ちゃんとカラオケ行くの初めてじゃない?」
「何度もあるだろ?」
「二人きりは初めてだよ!あっ、映画も見ようよ!映画!」
「お、映画か。今なにやってるっけ?」
「わかんないけどっ、なんかっ、適当なよさげなやつ!」
「じゃあ、カラオケと映画のコンボを決めるか」
「やた~!お兄ちゃんとデート~!」
「デートて。映画の時間とか、調べておいてくれ。顔洗って来る」
「分かった!」
そう言ってベットの上に置いてあるスマホを取ろうとして、手を止めた。
「昨日みたいにパソコン使っていい?」
「ん?別に良いぞ」
PCを起動し、操作している天を見てリビングを出る。洗面台の蛇口をひねり水を出す。
試しに聞いてみたが、思っていたより喜んでくれたみたいだ。今日はこの調子で兄妹水入らずで楽しもう。
「それにしても、デート、ねぇ……」
テンションが上がって面白半分で言ったのか、それとも……。
『新海翔が、マンションから出ました』
「人数は、二人ですか?」
『いえ、一人で外出していますね』
「……了解です。恐らくカラオケとラウンドツーに行くと思うので、また何かあったら連絡お願いします」
『了解です』
「……一人、か。二人居るんだけどね。こればかりは仕方ないのかな」
授業が始まり学生の姿が無くなった頃合いを見計らって出かけ、駅前のアミューズメント施設へ向かう。遅刻している生徒とか、見回りの先生とかが居たりするんだろうかと若干ソワソワしている俺に対して、天は違う事を気にしている。俺の足とかをチラチラと窺っていた。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「足、大丈夫なの?我慢してない?」
「してない。綺麗さっぱり治った。元通り」
「ほんとよかったね、副作用とか後遺症が無くて」
「ほんとにな。あと欠けたり折れたりしなくてほんと良かった。ぶつけない様にとかめっちゃ神経使ったわ」
「手も痛くない?」
「全然。ほら」
開いた右手を天の前に出す。その手をしげしげと眺め、自分の手の平と重ねてからぎゅっと、指を絡めて握った。所謂恋人繋ぎというやつだ。
「へっへ~」
俺を見てご機嫌な笑顔を浮かべる。
いつもなら『なにしてんだ』とか言って振りほどくんだが……、今日くらいは良いか。とそのまま手を繋いで歩く。
ぶっちゃけ、サボっていることより、妹と手を繋いでいるところを見られる方がダメージあるかもしれない……。だが、今は耐えろ。天のしたい事をさせてやろう。
「ふっふ~、お兄ちゃんが優しい。いつもこんなだったらいいのにな~」
「キャンペーン中限定だ」
「なんなの、そのキャンペーンってさ」
「看病と家事をしてくれたお礼キャンペーン。期限が過ぎれば元の俺に戻ります」
「キャンペーンはあたしが治るまで?」
「んー……、だな。たぶん」
「じゃあ治んなくてもいいかな~」
「冗談でもよせよ、そういうのは」
「だって、他の人に忘れられても、お兄ちゃんが覚えててくれればそれでいいし」
楽しそうに笑いながら、握った手を前後に大きく振る。
今の言葉、冗談……には聞こえなかった。望んでいるのが現状維持なら、悪化の引き金にはならないと思う。いい精神状態とは言えないが……最悪ではないって感じだな。
「少し前にあの二人が帰って来たみたいね。夕食も食べて、たっぷりと遊んできたみたい」
「ふふ、それは良かった」
「それに対して、あなたは家から一歩も出てないなんてね……」
「出る訳にはいかないから仕方ないじゃんー」
「それ、ほんとに舞夜がしなくてはいけないことなの……?」
「んー……そう言われると、正直どうだろうって考えも確かにあるにはあるの……かも?」
「一応、頭ではちゃんと分かっているみたいね。それで、身体の状態はどうかしら?」
「特に変わりなくって感じかな?」
「山場は、明日ね」
「……うん。明日、明日さえ越えれれば平気だから」
「また明日、様子を見に来るわ」
「はーい。連絡、わざわざありがとねっ!」
「したくてしているから気にしなくていいわ。それじゃあね」
「一緒にお風呂入る?」
「一人でゆっくり浸かって来い」
「ちぇ~残念」
残念そうに笑いながら支度をして天が風呂場へ向かう。
既に人だけではなく、機械からも存在を認識出来なくなってしまっていた。少しずつ、だけど確実に暴走した天の力が周囲への影響を強めてきている。
今はまだ大丈夫だが、もし俺にも他の人と同じように症状が出始めたら?そしてそれを天が気づいてしまったら……?その時、きっと天は折れてしまう。
もし俺に何かあっても、天が助かるように、手を打たなければ……。
「……ソフィ」
静かに、呼びかける。
いつかの言葉通り、直ぐに姿を見せてくれたソフィにうなだれたまま、独り言のように小さく呟く。
「……時間がない」
「あと二日待って」
「二日も……」
「何とかもたせて、こっちもギリギリなのよ」
「……一つだけ、頼みがあるんだ」
「ええ」
「もし俺が……天の事を忘れてしまったら、ソフィが薬を天に飲ませてやってくれないか」
「残念だけど、約束はできない」
「どうして……っ」
「確かに私の記憶はソラの力でも消えない。けれど……ソラ自身が消えてしまったら、どうにもならないわ」
「……そう、なのか」
「そう言うってことは、あなたにも症状が出たのかしら」
「いや、
「既に人以外にも認識されなくなってしまっているのよね?」
「ああ、昨日の時点からそうだったらしい」
「そうなの、私の見立てより浸食が遅いみたいね」
「そうなのか?」
「ええ、あなたの頑張りと、ソラのお友達のおかげかしら」
「九重か。っ!そういえば……!」
大事な事を思い出し、急いでスマホを開く。
「良かった。メッセージが来てる……」
画面を開くと、そこには九重からのメッセージが数件来ていた。
「それは?」
「ああ、九重が定期的に送って来てるんだ。天の事を忘れていないって証明の為に」
「あの子も未だに覚えているのね。あなたと同じで対抗力が高いみたいね」
「どうだか分からないが、自分の力を自分に使っているらしい」
「ああ、そういうこと。記憶を維持しているってわけ」
「それで天の事を覚えられるって言っていた。九條とかには試したが駄目だったらしい」
「確かに、ミヤコは低いと思うわ。ところで……彼女、平気だった?」
「ん?何がだ」
「スティグマよ。常時使っているのなら、普通より広がるのが早いはずよ」
「いや、見たり聞いたりして無いから何とも……。でも、問題無さそうだったが」
「そう、それならいいわ」
用件が済み、ソフィが浮かび上がる。
「とにかく、あと二日間なんとかもたせなさい」
「ああ、そうだな。俺が頑張ればそれで済む話だったな。任せろ、やってみせる」
「その意気よ」
どこか優しくも見える笑みを浮かべて、ソフィが消えた。
……あと二日。二日踏ん張れば、天は助かる。
リミットは……あとどれくらいだろうか。俺の……そして天の……。
いや、考えるな。リミットなんて関係ない。
「お兄ちゃ~ん!大変だぁ~!シャンプーがな~い!」
天の声にハッとなり、立ち上がる。
「待ってろ」
洗面台の下から予備を取り出し、浴槽の前に置く。
「ここ、置いたぞー」
「ありがっと~」
天から返事が来る。問題無い、天はここに居る。あと二日、昨日や今日みたいに同じように過ごす。
たったそれだけだ。何も問題ない。
少し短いのですが、切りが良いので一旦投稿。
次回は5/12ですね。