後編です。
「……入っても、良い?」
夜も深まって来た中、希亜が部屋に訪ねて来た。
「あ、ああ……大丈夫だが」
このまま立っているのもおかしいので、取り敢えず部屋へ招く。
「どうかしたのか……?」
「特に用事があって来たわけじゃない……ないけど」
「ないけど?」
「何となく一緒に居たかっただけ」
「そ、そっか……」
その一言にドキリと心臓が跳ねる。座る場所がベッドしか無いので隣り合わせでお互いに腰を下ろす。すると、ぎしりと音が鳴る。
「……もしかして、さっきまで寝てた?」
「ん?ああ、ちょっと寝落ちしていたらしい」
「ごめん、寝ていたのに起こして」
「いや、寝るつもりが無かったのに寝てたから助かった」
「ならよかった」
「むこうは大丈夫なのか?ほら、先輩とか皆は……?」
「春風ならもう寝てる。天と九條さんと舞夜は部屋でまだ起きていると思うけど」
「そ、そうか……高峰は?」
「……さぁ?部屋の電気は点いている感じだったけど」
恋人と同じ空間で二人きりという状況に緊張する。
何を話せば良いのか考えている内に、沈黙が訪れる。
「……和室もそうだけど、こっちも良い部屋」
「一人で使うには贅沢だよな……そっちはどんなだったんだ?」
「こっちも似たような感じだった。部屋の端に小さなテーブルと、掛け軸があった」
「掛け軸……」
「捲ってみたら、一階の和室の部屋と似たような物があった」
「マジかよ……全部の掛け軸の裏にあるんじゃないだろうな……」
「舞夜に聞いてみたけど、他にも色々とあるみたい」
「カラクリ屋敷かよ……」
「春風がそれを聞いてあちこち触っていたわ」
「危なくないか?何か飛び出してきたりしそうもんだが」
「面白そうだから私も一緒に探してみていたら、脱出口らしき道なら発見出来た」
嬉しそうに報告してくる希亜。脱出口って……何を想定しているんだが。
「それ、九重に怒られないか?」
「おめでとうって拍手していたけど?」
「あ~……なんか想像出来るわぁ」
逆に見つけれる物なら見つけて見ろって言いそうだわ。
「あとは、テーブル裏に何か仕込みそうな窪みと、タンスの中から屋根裏を伝って移動するような道があった」
「忍者かよ……」
あいつは一体何を目指してるんだ……。
「その後はしゃぎすぎて疲れた春風が横になったと思ったら……」
「すぐに寝たって訳か」
「そう。だからここに来た」
「九條や天の方には行かなかったのか?」
「そうしようかとも思ったのだけれど、舞夜が部屋から出る際に……」
「出る際に?」
「……天や九條さんが翔の部屋を訪ねない様に引き留めるって言うのと、その、二階の部屋は全部屋防音だから、多少騒いでも音の心配は、無いって……」
恥ずかしいのか、徐々に声が小さくなっている。いや、俺も滅茶苦茶はずいんだが。
「……なる、ほどなぁ」
つまり、希亜にも俺と同じ様な事を言っていたってわけか。
「実はな、俺も九重に同じことを言われた……」
「翔も?」
「ああ、防音はしっかりしているってさ」
「……と、いうことは、つまり……」
「誘導されたって事だな」
「気を遣った……でいいのかな?」
「変な気を、な……」
このままだと、まんまと九重の思惑に嵌まってしまいそうだ。
「そ、そういえば……さっ」
「な、なに……?」
「前に、三人でアーティファクトを回収する為にビルに行った時があるだろ?」
謎の空気が漂いそうなので咄嗟に思いついた事を聞いてみる。
「……ええ、あの時ね」
「あの帰りに、二人で何か話していたみたいだけど……どんなことを話していたんだ?」
「……そうね、翔はどう思っていたか分からないけど、あの日の彼女の姿を見て、私は疑っていたの」
「疑っていた……?」
「私達からすればありえない、非日常的な出来事……色々と驚いたし、恐怖も感じた。けれど、彼女にそんな表情は一切見えなかった」
「……確かにな」
「相手は大人、それに、武器も持っていた。それを何事も無かったかのように制圧し、普段と変わらない声で私達の所へ戻って来た」
「その後も、普段通りに歩いている姿を見て、あなたの友人と同じものを感じた」
「彼女は一体何者なのか……。聞かずにはいられなかった」
「……それで、どうだったんだ?」
今もこうして……変わらず仲間として過ごしている時点で、答えは分かっているけどな。
「詳しくは分からなかったわ。けれど、彼女も彼女なりの正義を持って生きている……そういう風に見えた」
「……翔は、これを知っていたのでしょ?」
確信を持った瞳で俺を見る。
「……なんとなく、だけどな。流石に拳銃とかも平気で扱えるとは思って無かったけど」
「それでも、翔があの子に対する態度は変わらなかった」
「まぁ、そうだな。他の枝で沢山助けられてきたからな……」
「その話、詳しく聞いてもいい……?」
「九重のをか?」
「うん、翔が知っている様に、私も知っておきたい」
「……分かった」
真剣な表情をしている希亜に、他の枝での出来事を簡単に話す。天を助けてくれたこと、与一と戦う為に手を貸してくれたこと、イーリスとの戦いで誰よりも戦ったことを。
「他にも細かいとこ色々とあるけど……鮮明に覚えてるのはこれくらいだな」
「……話してくれてありがと」
俺の話が終わると、考えるように目を閉じる。
「翔は、彼女のことを信じているのね」
「ああ。希亜は違うのか?」
「そうね。昔の私ならそうだったかもしれない……けれど、今は同じヴァルハラ・ソサイエティの仲間として彼女のことを信じている。翔の話を聞いて、それが確固たる物に変わっただけ」
「なら……大丈夫だな」
「"自分のことは信じられなくても、翔のことを信じて、信頼して下さい"……ね」
希亜が小さく呟き、フッ……と笑う。
「ん?なに?」
「いえ、彼女のお願いを、聞き入れることは出来そうにも無いと思っただけ」
「そうか?」
何やら二人の間で交わされたのがあるみたいだが、希亜の表情を見れば問題は無さそうだ。
「そう、だから気にしないで」
「了解」
真面目な話が一段落し、またも沈黙が訪れる。
「……翔は、この後はもう寝る?」
「へ?あ、ああっ、そのつもりだが……まだ話したいんだったら別に大丈夫だ」
「……それなら、私も一緒に、寝ようかな?」
「へっ!?!」
突然の言葉に隣に座っている恋人を見る。
「の、希亜さ、ん……?」
その目は、何かの返事を期待している目だった。
「……ダメ?」
「こ、ここ、人の家だけど……」
「うん、それはちゃんと分かってる。泊まらせて貰ってるのにって。だけど、本人が大丈夫って許可は出していた」
「そ、それはそうかもしれないが……」
確かに九重はこうなっても大丈夫って言っていたが……。
「私も、翔の部屋に来る前に悩んだ……」
「悩んだ結果が、これ……ですと?」
「……うん」
「……なるほどなぁ」
つまり、検討したが来たと……。
「わざわざ私達二人に防音と伝えて、他の人が部屋を訪ねて来ない様に動いている……これは据え膳」
「そ、そうかぁ?」
「翔は、したくない?」
「っ!?」
潤んだような目で俺を見てくる。
「……正直、ギリギリではある」
「ふふ、同じだね」
嬉しそうに微笑み、俺の腕に抱き着いてくる。
「あ、あの」
「ん?どうしたの?」
「これ以上進むと、止められない気がするんですが……」
「……えいっ」
今度は腕じゃなくて体に抱き着く。
「……これでも?」
俺の反応を見るように顔を上げる。
「因みに、部屋の鍵は……?」
「入った時にすぐ閉めた」
「あ、はい……」
最初からそのつもりだったと……。
「ここまでしても、ダメ……?」
「……駄目じゃ、ないです……」
そして俺は、自分の理性が本能に負けたと理解した。
「ふぁ~……んぅ?」
目が覚める。
「……あぁー……そっか」
寝ぼけた脳の状態で起き上がる。隣に天ちゃんが寝ていたので一瞬天国かまだ夢かと勘違いしたが、現実だった。
時間は朝六時前。皆が起きるのはまだ先だろう。
喉が渇いたので、起こさない様にベッドから抜け出す。
「……ふへへ、なんともまぁ無警戒な表情で……ふふ」
まだ夢の中にいる天ちゃんの頬を優しくつつく。
「ん……むにゃ……んぅ……」
うひゃーーーっ!可愛いっ!頬っぺた柔らかっ!
歓喜の雄たけびを上げたい欲を我慢して深呼吸をする。
「……よし、起きてないね」
隣のベッドで寝ている九條先輩を見る。
「……すぅ……すぅ……」
綺麗なリズムで寝息を立てながら寝ている。
あぁ……何時間でも見れそうだよぉ……。安眠用のBGMとして売って欲しい。
少しの間楽しみ、二人を起こさないよう細心の注意を払って部屋を後にする。
そう言えば、昨日は結城先輩を唆したけど……新海先輩の部屋に行ったんだろうか?
事の顛末が気になり、隣の和室の部屋を静かに覗く。
「……まじか」
そこには二人分に寝床が敷かれているが、香坂先輩しか寝ていなかった。
「いやいや、まさか……ねぇ?」
部屋に入り、誰も寝ていないと思われる布団を捲る。
「ですよねー……」
当然、結城先輩はいなかった。
急いで部屋中の気配を探る……が、感じるのは香坂先輩の寝息のみ。
……無防備な格好で寝ている。息をするたびに大きく動く胸部……うん、良きかな良きかな?
これがお泊まりの醍醐味の一つだよねっ!誰よりも先に起きて寝顔を見る!いやぁー……上流階級の特権ですなぁ!うははっ!
いやいや、待て、落ち着け。それよりも結城先輩の所在だ。
気配を消しつつ和室を出る。
「……ここ、だよね?」
新海先輩が寝ている部屋の前に立つ。
「……ん、やっぱり鍵が掛かってる」
ゆっくりと部屋のドアノブを回すが、開かない。
「……流石に放置はまずいよねぇ?」
今度は天ちゃんだけに収まらないし、その後が絶対気まずい。
「先輩方ー……?」
試しに何度かノックをしてみる。
「……うーん動く気配しないなぁ」
激しい運動をしてたのなら、眠りも深いだろうし……。
あと一時間もせずに九條先輩辺りが起きそうだしなぁ……。
「はぁ、仕方ないか」
先程の和室に戻る。
「ここから……」
タンスの中から屋根裏へ入る。
「先輩の部屋は……」
音を立てない様に気を付けながら部屋の真上まで移動する。
「ほいっと」
天井の板を一か所外し、部屋の隅っこから中へ侵入する。
「一応、元に戻して……」
天井の板を戻し、ベッドを見る。
「ははぁん……やっぱりでしたか」
そこには結城先輩が幸せそうに寄り添って寝ているお姿があった。
「……二度目かぁ」
少しはだけている布団をちゃんと被せて、新海先輩の肩を優しく叩く。
「先輩先輩」
起きないので軽く肩を揺する。
「ん……?んぁ……?」
眉を顰めながらも目を開ける。
「……あ?ん?九重……?」
「おはようございます。この後の展開が予想できますので、大声を出さずに落ち着いてもらえるとありがたいです」
「は……?大声……?何がーーー」
自分の今の状況をようやく理解出来たのか、目を大きく開けて体を起こそうとする。
「おっと、ストップですっ。ご自分の今の恰好を思い出して下さい」
肩を押さえつけて布団が下がらない様に掴む。
「あ……こ、これは……だなっ?その……だな?」
「大丈夫ですので落ち着いて下さいって。あと大声も。結城先輩が起きてしまいますよ?」
「す、すまん……」
「今は朝の六時ですので、まだ皆さんは起きていません。ですので、今の内にお二人ともシャワーでも浴びてさっぱりしておいて下さい」
「あ、ああ……助かる」
「では、私はこれにて……」
今度はちゃんと部屋の入口から出ていく。
……シャワーの準備と、他の皆が部屋に入らない様にしておかないとね。
「ふわぁ~……おはよー」
「おはよう」
「二人ともおはよー」
あれから一時間程経って今は七時が過ぎた辺り。天ちゃんと九條先輩が起きて一階の和室へ降りて来た。
「あれ?にぃにもう起きてたの?」
「あ、ああ……」
「あれぇ?部屋に鍵が掛かっていたからまだ寝てるかと思ってたのに……」
「あ、それはだな……間違って内鍵をしてしまったんだよ……」
「内鍵ぃ?なんでまたそんなのが……」
「なんか変なタイミングで閉まっちゃったみたいで……ま、私の方で適当に開けておくから気にしないでっ」
気まずそうな雰囲気を漂わせている先輩のフォローをする。
「それより、香坂先輩と高峰先輩は……?」
「香坂先輩はまだ寝てたよ?もう片方は部屋に鍵が掛かってたからわかんね。寝てるんじゃないかな?」
「りょうかーい。あと30分経っても来なかったら起こしに行こうかな」
「それじゃあ、それまでに朝ごはんの準備しよっかな?」
九條先輩が朝食の準備に取り掛かろうとする。
「みゃーこ先輩、あたしも手伝いますよ」
「うん、ありがと。それじゃあ、一緒に作ろっか」
二人がキッチンの部屋へ行くのをお茶を飲みながら見送る。
「……乗り切りましたね」
「……すまん、助かった」
「ほんとうにごめんなさい」
「あはは、元凶は私なので謝る必要はありませんよ?」
「へ、部屋も後でちゃんと掃除する……」
「あー……それじゃあ、お願いしましょうか」
別に後で私が片付けようかと思っていたけど、本人たちからすれば恥ずかしいだろうし、そのくらいの罪滅ぼしはあった方がいいか。
「ええ、任せて。しっかりと罪は償うわ……」
「罪て……そんな大げさな」
最悪感から申し訳なさそうにしている二人に、苦笑で返した。
それから間もなくして高峰先輩が降りて来た。
「あっ、おはようございま~す」
「すまない。少し遅くなってしまった」
「いえ、全然大丈夫ですよ?時間とか決めていないので~」
「む……朝食の準備をしているのか?」
「え?はい。今九條先輩と天ちゃんが作ってくれてますよ?」
匂いで判断したのかな?
「……なるほど。私も何か手伝えることはないか?」
……なんか目がキラキラしている様な気が……。
「それでしたらぁ……食器などの準備をお願いしても良いですか?」
「承知した、任せてくれたまえ」
朝から若干ウキウキした様子で和室を後にする。
「……そろそろ、香坂先輩を起こしに行こっかな」
あと少しで朝食の準備も終盤に入るだろうし……。
階段を上がり、和室の部屋へ入る。
「……すぅ、……すぅ……」
まだ気持ちよさそうに寝ている先輩がおられる。
「香坂せんぱーい、朝ですよぉー?」
ほっぺをぺちぺちと触る。
「起きないと胸を揉みしだきますよー?」
「……すぅ……んっ、ん?」
あ、起きてしまった……ちぇ。
「あ、あれ……あ、朝ですか……?」
「おはようございます。良い夢見れましたか?」
「えっと……はい……。あれ?なんの夢見てたっけ……」
「もう少しで朝食の支度が終わりますので、下で待ってますね?」
「朝食の……支度……?」
「はい」
「え……あれ?みんな、もう起きてる……?」
「ですね。香坂先輩が最後ですよ?」
「………、……はっ!?」
今の状況を把握出来たのか、声を上げる。
「あっ、あ、あの……わ、私……そ、その……ごめんなさいいぃぃ」
恥ずかしさのあまり顔が真っ赤である。
「いえいえ~。あ、朝食はご飯とパンどっちもあるのでお好きなの選べますよー」
「あ、ありがとうご、ざいますぅ……」
ご飯の話が出たからか、先輩からお腹の音が鳴る。
「あっ……」
「………」
テンプレだなぁ……。
「九條先輩に、楽しみにしてるって言っておきますね?」
「いえっ、あのっ、こ、ここ、これは……っ」
「全然、気にしていないので安心してください。それじゃあ、下で待ってますね?」
「あっ……、あ、はい……」
これ以上ここに居ると、先輩が更なる墓穴を掘ってしまいそうなので早々に立ち去った。
いやぁー……役得役得。朝だけでこんなに良い事があるだなんて。定期的にお泊まり会を開くべきだねこれは!
うんうんと一人で腕を組んで頷きながら、階段を下りて行った。
その後、朝食の準備を終え、それぞれが好きな方を選んで皆で朝食を食べた。九條先輩と天ちゃんの手料理と思えば美味しさは100倍である。
朝食を終え、暫くのんびり過ごしてから一旦解散する流れとなった。
「それじゃあ、お邪魔しましたっ!」
一番最後に玄関から出る天ちゃんが挨拶をする。
「今日もまた来るんだったら連絡してね?」
「はーい。お泊まりありがとね!楽しかったっ」
「こちらこそっ。皆さんもお疲れ様~」
新海先輩と結城先輩を残して全員が一旦帰って行った。
玄関の扉を閉める。
「……それじゃあ、やりますか?」
後ろを振り返って二人を見る。
「……ああ、そうするよ」
「……ええ」
「洗濯が必要な物があれば、洗濯機に突っ込んで適当に回して貰って大丈夫ですので。もし分からない事があれば都度聞いて下さい。あ、部屋の鍵は既に開けてます……それではごゆっくりと」
何とも言えない空気の二人に任せて、和室へ移動した。
すぐに階段を上っていく足音を聞きながら、ゆっくりとお茶を飲み始める。
これはこれで、お泊まりの醍醐味の一つ……は無理があるかな?ふふ。
気まずっ……!二度も後輩に情事後の現場を見られて……っ!これも若さ故の……。
無事お泊まり回も終わりましたので、話を進めて行きます。
この辺りから日にちがちょくちょく飛ぶかも……?