生きてましたっ!
「お邪魔しますね」
思考が纏まらないまま、九重に押されて部屋へと戻る。
「……結城先輩」
部屋の壁にもたれかかっている希亜を見て、悲しそうな瞳を浮かべ、頬を指で優しく撫でる。
「………、元気にしていましたか?」
こちらを向いて、俺に問いかける。
「あ、ああ……。そ、それよりも……、い、生きてたのか……?」
「ふふ、死んでいた……と思ってましたか?」
「ああ……アーティファクトもここにあったから、そうだとばかり……」
「ま、実際にそう見えるようにしたんですけどね……」
「与一から逃げ切れたのか……?」
「まぁ……そんな感じです。色々と手を打って生き延びました」
「今のことは……ソフィから、聞いてるのか?」
「現状は何となく知ってますよ。みんな、殺されたってことは」
「……そうか」
「すみません、すぐに来たかったのですが、イーリスの目を欺く為に時間がかかってしまいました」
「いや、九重だけでも……生きていて安心した」
「……私だけに、なってしまいましたが……」
「………。それで、どうしてここに?俺を待っていたみたいだったが……」
それに、さっきの言葉……。
「はい、新海先輩を待ってました。この戦いを終わらせる為に動き出す……その時を」
「……俺が、何をしようとしてるのか、分かってるのか?」
「……ですね」
「九重は、俺と一緒に来るつもりなのか……?」
一緒に来てくれるなら心強い……が、これ以上巻き込みたくも無い。
それに……何となくだが、違う気がした。
「あはは……、先輩と一緒に行って、全てを終わらせる。そんな結末もあるかもしれませんね……」
悲しそうに笑うその顔は、俺を見ていたが、俺ではない何かを見ているかの様だった。
「ですが……残念ながら、違います」
……やっぱり、か。
「私はここに、お話を……新海先輩に提案をしに、来ました……」
「提案……?」
俺に……?なにを……?
「はい。ご提案です。内容だけでも、聞いて貰えませんか?」
「……ああ、聞くよ」
「ありがとうございます」
いつもと違い、少しよそよそしい動きで頭を深く下げる。
「……色々と、流れとか、どう説得しようかと考えていたのですが……単刀直入に言いますね?」
「最後に、もう一度だけ……あの日に戻ってくれませんか?」
俺の目を見て、ゆっくりと言う。
―――あの日。
いうまでも無い。最初の4/17のことだろう。
「……どうしてだ」
単純な疑問を聞く。
「……みんなを、救うためです」
「みんなを……救う?」
「はい、イーリスから……みんなを」
「無理だ」
反射的に言ってしまった。
「……そう、でしょうか」
「ああ、無理だ」
「理由を、聞いても良いですか?」
「4/17のあの時、神器が壊れて世界が繋がってから、イーリスと与一の同調が済むまでの時間はどれだけ残されてると思う?」
「……五分、ですよね?」
「……知って、いたのか」
どこでそれを……。
「はい。そして、新海先輩がどれだけ頑張って、深沢先輩を探しても、それを止める事が出来ないことも……」
「知ってるなら分かるだろ?みんなを助けるには、その同調を阻止しないといけない。けど、それ自体が無理な話なんだよ……」
「そうですね。不可能な話……だと思います」
「なら―――」
『戻る意味がないだろ』
そう言い捨てようとしたが、言葉が止まる。
……そんなこと、九重も承知のはず。それなのに、敢えてそれを俺に提案してくるってことは……。
半信半疑で九重を見る。その表情は、俺が気づいたことに対して静かに笑っていた。
「……もしかして、あるのか?何か……手が……?」
「ふふふ、頭は働いている様で安心しました」
「確かに、五分という時間は短いです。先輩一人では到底無理でしょう。ええ、
「ですが、私なら……それを覆せます」
「……聞かせてくれ」
「私の実家のことは聞いていますか?」
「……ああ。多少は、程度だけどな」
「実は、フェスのあの日は、警備の為に街中に実家の人が散らばっているんですよ」
「九重の家の人が?」
「はい、割と高密度、広範囲で……。ですので、深沢先輩一人を探す程度、簡単だと思います」
「……けど、仮にそうだとしてもどうやって九重に協力をお願いすればいい。まだ顔すら知って無いだろ?」
「そうかもしれませんね。……それでしたら、私が嫌でも協力してしまう魔法の言葉を先輩に教えましょう」
「魔法の言葉?」
「これを私が聞けば、必ず……協力します。お約束しましょう」
「……それって、九重の秘密か?」
「ん?はい、そうですね。あれ?もしかして他の枝で既に……?」
「一応、聞いてはいる……九重が、その、本当は実家とは血が繋がっていないってことと……」
「ことと?」
「それでも、信じないなら……九里、と言ってくれと……」
「……っ、なるほどです。どうやら他の枝の私は、かなり新海先輩を信用していたみたいですね……」
「そうなのか?」
「ええ、ですが……今回は違います。別の事を教えます」
「別の……?」
「はい。先ほどのも悪くはないのですが、多分、警戒されてもおかしくはないので、もっと分かり易いのでいきます」
懐から紙とペンを取り出して、何かを書く。
「……これは?」
そこには、人の名前だろうか……漢字が書かれていた。
「……私の、大事な人の名前です。これを知っているのは、この世界で私以外居ません。なので間違いなく、先輩のことを信用できると思います」
「これを……か」
ナインボールで希亜に言った、ヴァルハラ・ソサイエティと同じやり方だろうか。
「……この名前を言えば、良いのか?」
「はい。フェスの地震が起きた直後、実は私、おじいちゃんと電話中に新海先輩と天ちゃんと成瀬先生の三人が話している場面を見ていたんですよね」
「……それは、幸運だな」
「その時は何気なくスルーしていたんですけどね……。境内入口、先輩から見れば右後ろの奥に私が居ると思います」
それなら、九重を探す必要は無いってことか……。それにしても、あんだけ探したのに、一番近くに居たとは……。
「もっと早く知りたかった……な」
「……ごめんなさい」
「いや、謝らないでくれ。今知れただけでもありがたい」
「……その時の私は、地震が起きたことでおじいちゃんに事故などが起きてないかの確認をしてると思いますが、無視してすぐに話しかけて下さい」
「それは……良いのか?」
「一分一秒が惜しいですから。と言うか、戻ったその瞬間に、私に向かって名前を叫んで下さい。それくらいの勢いでいいと思います」
「完全に不審者だな……それだと」
「あはは……、みんなの命を助けるためですから、安いものでしょう?」
違いない。
「それに続けて、皆の保護も必要ですね。天ちゃんと九條先輩は傍にいるから良いとして、問題は結城先輩と香坂先輩ですが……まぁ、なんとかなるでしょう」
「そんな簡単に言ってるけど、本当にいけるのか?」
「最初のスタートダッシュさえ良ければ、多分、大丈夫です」
目を閉じて、静かに頷いている。
「……ですので一度、私に賭けてくれませんか?新海先輩」
「………」
「私には、他の枝の記憶はありません。みんなとどの様に過ごして絆を深めて行ったのか知る術は無いのです。ですから、先輩が決めて下さい。これまでの私が、先輩にとって……それに足り得る価値のある人間だと思うのでしたら」
「この手を、掴んでくれませんか?」
そう言って、俺へ手を差し伸べて来た。
「……先輩の目を見れば何となく分かります。イーリスを倒す為に、何度もやり直し、皆の死を見て……それでもどうにかしようと足掻いて……それで、一度は諦めた。ですが、折れてはいなかった」
「その絶望も辛さも私には知ることは出来ません。ここまで来た先輩にもう一度戻れと言うのは最低な発言だと理解は出来ています」
「それでも……、この手を掴んで貰えるのでしたら、私の全てを使って、必ず皆が……笑っていられる結末へ連れて行きます……」
「九重……」
この声は、これまで聞いたどんな声よりも悲痛で、強い想いが籠っていた。
「……俺は、一人でこの戦いを終わらせようとしていた」
「はい」
「その手段も、術も、知っている……いや、理解出来た」
「……はい」
「全部、俺一人で……終わらせるべきだと、そう思っていた」
「けど……」
もう一度、戻ってみてもいい。
そう思ってしまう。
何とか出来るんじゃないか……そんな風に思ってしまう。
「もう、無理だと……そう思っていた……けど」
九重なら……と。
伸ばされた手を、掴む。
「頼っても……いいか?」
「みんなを助ける為に、協力……してくれるか?」
「―――っ!はい……、必ず……っ!絶対に……!」
俺が握ったを見て、驚いた様な顔をして、笑った。
「ありがとうございます。私を、信じてくれて……」
「これまで、沢山助けてもらったからな……あとは」
『もし……どうしようも無くなった時は、私を頼って下さいね?』
以前の枝の最後で、九重に言われたことを思い出していた。
「九重本人から、頼ってくれって言われたのを……思い出した」
「……他の枝の私に、感謝しないといけないですね」
冗談半分に微笑んでから、俺を見る。
「絶対、後悔はさせません。これ以上、辛い思いはさせません」
「ありがとな。また、頼っちまうことになるんだが……」
「この枝の私には初めてなので、何のことだかさっぱりですので」
そう言っておどけて見せる。
「最優先は、深沢先輩の身柄の確保……次に、先輩達の身の安全、ですね。まずはこの二つを私に伝えて下さい」
「わかった。……確認なんだが、本当に言えば協力してくれるのか?」
「間違いなく。あの日の私は、あの場で全体の指揮を執っていたので……分かり易くざっくり言えば、警察みたいな感じです」
「……ほんと、色々とやってるんだな」
「まぁ、これでもそれなりの立場の人間なので……」
前にも何回か、同じことを聞いたな……。
「……それじゃあ、そろそろ行きますか?」
「……だな」
「最初に戻ったら、すぐに呼んで下さいね?」
「分かってるって」
「この私は、ここまでしかお供を出来ませんが……先輩の勝利の報告を待っています」
「と言っても、やり直したら消えるかもしれないけどな」
「それもそうでした。……それでは、ご健闘を」
「ああ。もう少しだけ、足掻いてみるよ」
「はい、いってらっしゃいませ」
「……二回目になっちまったが、行ってくるよ。希亜」
そして、九重に見送られながら、理解した
「もう一度、俺をあの日に跳ばしてくれ。相棒」
「翔の兄貴~、持ってきやしたぜ~」
「ほい、絆創膏」
「さんーーー」
『記憶をインストールする』
「―――っ!?」
「うわ、だいじょうぶ?そんなに深く切った?」
「あー……いや、大丈夫だ」
―――戻って来た。そう理解した瞬間、振り返る。
会場には、それなりに人は居たが、不思議と目的の人物が目に映る。彼女は、スマホを耳に当て通話をしながら、俺の方を見ていた。
「―――!?」
いきなり後ろを見た俺に驚いたのか、大きく目を開けていた。
そして、お互いがお互いを認識したと分かり、九重から教えてもらった言葉を、九重に向けて呼んだ。
「―――っ!?おじいちゃん!始めてっ!」
『承知した……!』
この瞬間の為に予め決めていた言葉……その名前を新海先輩が私に向けて呼んだ。それを聞いて、状況を理解する。
即座に電話越しのおじいちゃんに指示を飛ばす。ここからは時間との勝負になる。
「九重っ!」
天ちゃんと成瀬先生をその場に置いて、私の傍まで走って来る。
「手を……!手を貸してくれっ!」
「……新海、翔ですね?分かりました。まずは何からすれば良いですか?」
私の言葉に驚きながらも、すぐに切り替える。
「俺と同じ白泉学園二年の、深沢与一って男を探してくれ!青い髪の男だ!可能ならすぐに捕まえてくれっ!」
「深沢与一……分かりました。至急捜査します」
「それとっ、三年生の香坂春風って女の先輩と、玖方女学院二年の結城希亜って女の子だ……っ!この二人の安全もだ!」
「そちらも承知しました。優先順位は最初の男性で良いですか?」
「あ、ああ……っ!まずはそっちを頼むっ!」
「それで、何かの事件ですか?事故ですか?」
「説明すれば、長くなるんだが……っ」
「……分かりました。緊急性があるのでしたら、落ち着いてからでいいので。まずはして欲しいことを言って下さい」
「……俺たちの、安全を確保したい……」
「……そう言う事ですか。任せて下さい」
切羽詰まった様子の先輩だが、何となく流れは読めた。
どうやら、これまでの私は上手くやってくれたらしい。
「まず私の方では、新海先輩とその関係者の身の安全を確保しましょう」
スマホが震え、メッセージが入る。
『深沢与一を確保。作戦通り、こちらで預かる』と。
よし、ちゃんと捕まえられたみたい。
「……香坂春風、結城希亜、二人の現在地を確認しました」
「もうかっ!?」
本当は今日一日ずっと監視を付けていたんだけど。
当然、深沢与一の所在も知ってる。なので、イーリスの五分などこっちからすれば十分過ぎる。
「ちょっと、にぃに?いきなり走り出してなんなのさー……って、舞夜ちゃん?」
「おっ?天ちゃん~?こんな場所で奇遇だねぇー」
新海先輩を追いかけて来た天ちゃんとご対面。
「え?えっ……?なんでにぃにと舞夜ちゃんが……?え?知り合いだったの!?」
「えっと、そうなんだぁ~。この街あるナインボールってお店で、たまたま知り合って……ですよね?先輩?」
「あ、ああ……そうだな」
私の話に乗ってくれた。ありがたい。
「ふ~ん、まぁいいや。それよりもっ、怪我っ!まだ絆創膏貼って無いでしょ?はいこれ。それと消毒液も」
「ああ、さんきゅ」
「先輩、他に誰が狙われているのですか?」
「……あそこにいる、九條だ」
「九條先輩ですか……分かりました」
またスマホが震え、中身を見る。
『予定通り』
うん、まだ異常は起きてないね。
深沢与一を担当している人達には、念のために数分ごとに連絡を取り合っている。
「……えっと、深沢与一の身柄をこちらで確保済みですが……」
「ほんとかっ!?」
「ええ、ちょっと手荒な手段ではありますが、下手な真似は出来ないかと……」
ま、既に気絶させて身動き一つ取れない状態にはなってるけどね。
「場所はどこだっ!」
「あ、いえ……捕らえて今は搬送中です」
「搬送……中……?」
「危険な人物、なのでしょう?もしもがあれば困るので意識を奪って身柄を確保しています」
「そ、そうか……」
「ちょっとすいませんがお二方?さっきからなにやら物騒な単語が飛び交っていますが……?」
「後で話すから、今は黙っててくれ」
「あ、はい……。なんかマジの声だな……」
「それよりも、傷の手当ては良いのですか?血、出ていますが……」
「あ?ああ……すまん忘れてた」
「片手じゃやりにくいでしょう。私が貼ってあげますよ」
新海先輩から絆創膏を奪い取る。
「いや、別にそこまで大したことじゃ……」
「怪我してるのですから、大人しくして下さい」
封を開け、先輩の傷口を一度消毒液で軽く触る。
「我慢してくださいねー」
絆創膏を貼る動作を取りつつ、先輩の指に付着している血を指で拭き取る。
「これでよしっと」
「すまん、ありがと」
「いえ、これ程度何でもありませんから」
口元を抑えるフリをしながら、唇でその血を舐める。
『記憶をインストールする』
「―――っ」
一瞬の頭痛に、顔をしかめる。そこで、これまでの記憶が頭の中に入り込んで来た。
「九重……?」
「………、あー……新海先輩」
「なんだ?」
「なんか、私も記憶を……その、引き継いだのですが……?」
「……はっ?」
「えっと……これは何が……?」
わざとらしく両手を見つめるように手を広げる。
「まさか……っ、さっきの怪我で、血が……っ!?」
私の手を取る。
「っ、やっぱりかっ!」
「もしかして、眷属化ってやつでしょうか?」
「……本気で、九重も引き継いだんだな」
「えっと、まぁ……、そうですね」
「説明する手間が省けたと受け取るべきか……」
「あ、いえ……、それよりもっ、みんなの安全を確保が最優先ですね」
「……ああ。そうだなっ、頼めるか?」
「勿論です!お任せ下さいっ!」
当初の計画とは多少違った部分もあるけど、問題無くここまで来れたことに安堵する。
……それと、これからの計画に変更の必要がありそうと、いうことも……。
ここからがラストスパートですね。最終局面へ向かいます。