柱島泊地日記帳   作:まちた

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喚起【ソフィアside】

 今思えば、()()()()()()()が出来たのは、あの頃だったと思うわ。

 アメリカで身柄が宙吊りにならずに済んだのが彼のお陰だと知って、南方海域の孤島で救助されてから数えて一年と少し、私は自らの研究成果が無駄にならないようにと必死になって政府に掛け合ったの。

 アメリカ海軍における艦娘運用は、ある人の言葉を借りるなら杜撰と言う他無かったから。けれどアメリカ海軍の運用の全てが間違っていたとも言えないのも事実よ。

 昔との決定的な違いは言うまでもないわね。彼女たちは生きているの。好き勝手に作って好き勝手に壊すなんて、決してあっていいわけがないわ。でも、だからと言って間違っているわけでもない……悲しいけれどね。

 

 考えてもみて? だって、日本の国土は三十七万八千平方キロメートル、対するアメリカ合衆国は九百八十三万四千平方キロメートル。誤差なんて話じゃないわ。

 防衛範囲、費用、それに必要な兵力は百倍掛かるなんて試算が出る程なんだもの。子どもだってカートゥーンの話じゃないかって勘違いしちゃうわ、こんなもの。

 

 来日してすぐ、日本海軍の井之上元帥との会談を経て大湊警備府へ駐在する事が決定して、そちらへ向かう途中から私は戦場の前線へと足を踏み入れる覚悟を決めていたの。アメリカで見た光景を、ここでも見るんだって。

 

 それは、間違いだった。

 ふふ、間違ってないって? そう言ってくれるのはインタビュアーだからかしら。

 でも間違っていたのよ。

 

 日本における前線の定義は、確かに沿岸部周囲数キロだけれど、当時の私も、今のあなたも大切なことを見逃しているわ。

 あそこは、小さな小さな島国よ。それもぽっかりと浮かんで、海流によってどこから敵が流れてくるか分からない恐ろしい場所。

 

 あら、やっと分かったの?

 

 そうね、そう、あなたの言う通り――深海棲艦の猛攻を押し返し、涼し気な顔で社会を形成し続けているあの国自体が戦場なのよ。

 私の言う目の前で繰り広げられる、っていうのはどこか遠くから音が聞こえてきて、しばらくしてテレビをつけたら音の正体が分かる、そんな世界での話。

 日本で繰り広げられているのは、本当に、目と鼻の先の話。

 だってそうじゃない。支配権の多くを失って、シーレーンだってまともに数えれば片手で足りちゃうような時代なのよ? その半分以上を担う南方を開放した軍隊がいて、まだ諦めきれないような深海棲艦が毎日攻め込んでくる……。

 休まることを知らず、戦い続けている。そんな中で作戦を無尽蔵に生み出す指揮官が顔を突き合わせて命を削りながらも平気そうな表情をして言うのよ。

 

 人が笑うために我々がいるってね。

 日本では、恥も外聞もないっていうんですって、こういうの。

 

 なら今、日本の大湊警備府にいて深海棲艦の研究を続けながら、熊谷という軍人のもとで戦う私だって、いくら素人と指を差されても気にしている場合じゃないでしょう?

 

 私にだって戦う理由があるもの。日本海軍やアメリカ海軍とは違う理由がね。

 

 でも、その理由になった人は私を見て言ったの。

 引き返せるって。戦場に身を浸すなって言いたかったんでしょうね……ああ、いえ、きっと性別だとか、戦歴だとかいう意味じゃなかったと思うわ。

 

 そんな事を気にする人じゃないし、それ以上に、どんな人材だってフルパワーで活躍できる場を用意できる人だもの。

 なら私が活躍できる場だって用意できるはずでしょう。けれど、まるでそのために私を助けたんじゃないって言いたそうな顔で、引き返せって一度だけ言ってくれたのよ。

 

 その瞬間、私は一瞬だけ敬虔な信者に戻ったわ。ふふ、ごめんなさい、もちろん今でも神様を信じているわ。でなければ、あの孤島で鉄くずに埋もれて死んでいたに違いないもの。

 

 神は二度、私に手を差し伸べた。

 一度目は絶海の孤島で。

 二度目は大湊警備府で。

 

 全てを忘れてシアトルに戻り、一般市民と同じようにニュースを見ながら不安を感じ……それでも少しすれば何事もなかったかのように生活を営む……そんなラストチャンスだった。きっとまたコーヒーショップで豆を挽きながら常連客とくだらない話で盛り上がってたかもしれないわ。

 

 それをも拒否した時、神様は私に手を差し伸べるのをやめたの。

 代わりにずっと見守ってくれているのでしょうね、今、この瞬間も。

 だから神に誓って嘘は言わないわ。私は父を信じている。

 私を助け出した人達を信じている。

 

 でも戦場で手を合わせて祈っている暇はない。ならどうするか、簡単よね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はマガジンに弾丸をいっぱいに詰め込んで、ケーキナイフをアーミーナイフに持ち替えた。

 これは戦争よ。間違いなく、多くの悲しみが渦巻いている。

 今の私にこれ以上のことは言えないけれど……インタビュアーのあなたや、この紙面を見た誰かにお願いがあるの。

 

 戦争の意味を変えるのは、私や、私の仲間や、私を救ってくれた人達だけじゃない。

 

 そこのあなたこそが、未来で戦争の意味を変えるの。

 その代わりに仕事は私がこなしておくわ。だから、お願いね。

 

 

 

 

《アメリカ某紙――戦場の魔女(バーバ・ヤーガ)と呼ばれた研究者より抜粋》

 

 

* * *

 

 

 井之上元帥との会談を終えてから、私は海域の水質調査のために横須賀鎮守府を通りゆったりとした速度で北上を続けた。

 深海棲艦が出現しやすい海域、もしくは、深海棲艦が出現したあとの海水には未知の成分が混じっているからだ。それらがどの海域で、あるいはどの地点で実測されるかによって行動予測が可能となる。

 本来ならば共有せず独占していた、あっけないほどに簡単な研究の一つだ。

 アメリカ政府の許可もあり、井之上元帥から直々に頼まれたことに私は使命感を背負い全力であたった。

 

 深海棲艦にとっては相手にもならないであろう、人が作り出した軍艦に乗り込んだ私は、しばし進んでは停泊して周囲をアイオワやサラトガに哨戒してもらいつつ、海水をいくらか回収してはラベリングしていくという作業。

 

 驚くべきことに、軽い検査だけでも全ての海域で未知の成分が発見された。それが発覚した時には本当にめまいがして椅子からしばらく立ち上がれず、船酔いとは違う恐怖からくる気持ち悪さに何度もえずいたものだ。

 未知の成分――恐らくは深海棲艦由来のものであると推察されるそれは、成分で言わば第三石油類にあたるものだった。

 流石に船内で火を扱うわけにはいかなかったので必ずやそうである、とは研究者である身の私は言えないものの、それでもしかし、確かにアメリカで研究していた時に採取したものと同じ水質だった。

 

 特徴としては引火点が六十度から百五十度とある程度広く、濃度によってはちょっとした火花であっという間に燃焼するものだ。

 あえて未知の成分、と言っているわけでもない。

 

 深海棲艦由来であろう成分は第三に分類される石油類でありながらも水溶性で、特徴として近いものを挙げれば不凍液として用いられるエチレングリコールに酷似している。

 しかし一方で、引火点が百度を超える高さを持つエチレングリコールとは違って無臭ではなく、鼻をつくような二酸化硫黄――亜硫酸ガスに似た臭いがする。

 水溶した状態であれば海水の匂いの方が強いため感じることは難しいが、濃度を高めれば顕著に違いが出る。

 さらには有毒とされるガスと同じ臭気でありながら人体に対してなんら影響を及ぼさないのである。確かに嫌な臭いだと顔をしかめるくらいの影響はあるが、呼吸器系にも神経系にも作用せず、本当にただ不快で不安を煽るだけのものだ。

 精神的に影響あり、と無理に言うこともできるかもしれないが……それはさておき。

 日本の周囲海域、少なくとも私が移動した沿岸部の殆どで検出された成分から導き出される答えは、どうしようもなく日本もまた戦場であることを示すだけであり、諸外国と同じく十年という歳月を経てもなお終わらぬ戦争の先は、いまだ闇しかないという結論しか出ないのであった。

 

 私がいくつもの試験管を眺めながらノートパソコンのキーを叩いている最中だったろうか。井之上元帥が護衛にと選出した多くの軍人の中の一人である大柄の男が船室に駆け込んできて、私に言った。

 日本語訛りは抜けていなかったが、聞き取りやすい言葉だった。

 

『ソフィア女史、よろしいでしょうか』

 

『なに?』

 

 名も知らぬ彼はスラスラと言う。

 

『海原元帥より戦力増派の要請が来ております。戦艦アイオワ、正規空母サラトガの出撃要請を――』

 

 私は彼が言い切る前に立ち上がって怒鳴った。

 

『か、彼が!? 大丈夫なの!?』

 

 護衛の男が慌てた様子ですでに切れているらしい無線機を肩に引っかけて困ったようなぎこちない笑みを浮かべる。

 

『彼、とは海原元帥のことでしょうが、心配するまでもないかと。戦力増派に許可がいただければ井之上元帥より――』

 

 またも護衛が言い切る前に私は何度も頷いて『早く向かわせて!』と金切声で叫ぶ。

 それから船室を飛び出して海上を優雅に進む二人に声を上げた。

 

 事情を知った二人が航路を逸れてからは、艦娘がいないのであれば陸路へ変更すべきだと言われ、多くの軍服の影に囲まれて仙台から車両へ乗り換えることとなった。

 

 

 件の問題が起きたのは――このあとすぐの事だった。

 

 

* * *

 

 

「軍務中である! 下がれ! 下がらんか!」

 

 陸路を往くと車両に乗り込んでから一時間と経たないうちに、裏道とまでは言わずも一般道からすこし外れた道であるのに、私達の乗った車が止められた。

 一車線半ほどの小道で、すれ違いも難しくはない場所で、だ。

 

「こちらには報道の自由が――!」

 

「現在、一部で注意報が――!」

 

 唐突に現れた記者らしき人影を、一見して普通自動車にしか見えない特殊車両――これは後に護衛から聞いた話だけれど――の後部座席から見ていると、助手席から降りた一人の将兵が記者を散らさんと冷たく腕を振るう。もちろん、暴力を振るうという意味ではなく、動的に。

 

「軍務を邪魔するつもりはありませんが、こちらにも報道すべき義務があります! 国民が不安に思うところを明確に説明し安心させることも軍務ではありませんか!」

 

「だぁかぁら!! それは広報に言え! 諸君らの行為は軍務妨害と言わざるを得ないぞ! なあ!」

 

「一言でも二言でもお答えいただければいいんですよ? それがどうして軍務の妨害に繋がるんですか!」

 

 喧々囂々と言い合う将兵とカメラを構えた人。記者らしき人物は数名だったが、日本語で言い合う間にもどこからともなく現れて数を増やしていった。

 たったそれだけでも気持ちが悪い感覚に陥るも、後部座席から動けずにいる私。行動としては動かないことが正解だったろうが、自分の立場を思えば顔を出して「早く行かせてほしい」と頼むべきだったと後で考えたのは言うまでもない。

 

 なにせ自分は海外から派遣された研究者であり、私の一言が軍事外交とは別種の力を持っているからだ。

 わかりやすい白衣の外国人、それだけでもカメラを構えた幾人かが相当に愚かでない限りは理解できよう。

 

 今ここで足止めされている場合ではない。

 私を救ってくれた人物が戦力増派の連絡をよこしてすぐなのだから、車から転がり降りて走ってでも向かいたい気持ちでいっぱいなのだ。出来ることはなくとも、せめて、救ってくれた人の傍で役に立てる何かを探したいと思うことは、決しておかしくも愚かでもないだろう。

 

 

 

 そこで、驚いたのは私だけではなかった。

 住宅街を通り過ぎる道すがら、まばらな家屋から濃緑の軍服姿の男達が足音もなく現れ始めたのだ。

 それも奇妙なことに記者と同等の数が。

 

「なっ、え、なんっ……!?」

 

 という記者達の戸惑う声は一瞬にして掻き消えた。

 それは私を護衛していた将兵の一人に向かって怒鳴る別の軍人の声で。

 

「海路は迷わずとも陸路では役に立たんとは軍人の名が泣くなぁ? さて……下がれェッ! 邪魔だ貴様らァッ!!」

 

 後部座席からフロントガラス越しに見える将兵の背が戸惑いに揺れたのが見えた。将兵は腕が当たるか当たらないか程度を見極めながら記者たちを押し返そうとしていたのだが、その人達は違った。

 ああ、あれは陸軍かと気づいたのもつかの間、恐らく日本海軍で憲兵と呼ばれる兵科の男の一人が記者の胸ぐらを掴んであっさりと道路脇へ押しやったのを皮切りに、次々とカメラを突き飛ばし、しきりに日本語で捲し立てた。ここまでくればいくら日本語が分からない私とて理解出来る。

 

 彼らは「Move over!(そこをどけ!)」と怒鳴っているのだ。

 

 私は自然と窓を少しだけ開け、外の会話をよく聞こうと背筋を伸ばした。

 聞いたとて意味は分からないのだけど……。

 

「何をするんですか!? いくら軍務だからってこんな乱暴な――」

 

「貴様ら〇〇新聞社と◯◯テレビ、◯◯局の者だな? あぁ、そこの、腕章はどうした? 貴様は◯◯新聞だろう?」

 

「っ……!?」

 

 憲兵の言葉に記者たちが固まる。

 

「インタビューをしたければ広報を通せ、そうすればいくらでも回答してやると言っているのに軍務中の車両を止めるとは何事だ?」

 

「わ、私達は報道機関として国民に現状を正確に伝えるため――」

 

「ああ、ああ、怖がるな、別に殴ったりはせんから」

 

「今カメラマンを突き飛ばして……!」

 

「おっと、それは失礼。あれが暴力に入るとは……我々は普段からああいうやり取りをするものでな? これは大変申し訳無いことをした」

 

 わざとらしく軍帽を脱いで頭を下げたあと、憲兵の一人は怯える記者と、それらを牽制する軍人をちらりと見て、ニヤリと歯を見せた。

 

「それで……◯◯党の方々はご壮健かね?」

 

「は、はい……? 何を仰っておられるのか、分かりかねますが……!」

 

「はぁ、そうか。では分かりやすく言おうか」

 

 憲兵は、護衛に顔を向けてしっしと手を振る。護衛はすぐに意味を理解して車両へ小走りに戻ってくると、乱暴に助手席側のドアを開いて滑り込んできた。

 ばたん、と大げさに音を立てて閉めて車両が発進し、憲兵の背を過ぎる寸前、ギリギリ耳に届いた日本語は、やはり私には理解出来なかったために、ため息を吐き出してパワーウィンドウを閉めた。

 

「――◯◯党には現在、いくつもの軍務妨害容疑、それから陸軍大臣より正式な抗議が届けられているはずだ。ここにいる貴様らはそこと仲良しこよしと記憶にあるが違ったか? えぇ……?」

 

 

 車両が憲兵と記者を通り過ぎてしばらくは沈黙が車内に満ちた。

 それから数分して、助手席に乗る護衛がぽつりと言った。

 

「まだ反対派が残っていたとはな……しぶといもんだ」

 

 運転している護衛がその声に答えるように口を開くのがバックミラーから見えた。

 

「残念ながら手の内、だったようだが……陸軍大臣までも動いているとあれば、井之上元帥閣下が提言したか」

 

「大方そうだろうよ。まだまだホコリは多そうだ。保全委員に報告するか」

 

「当然だろ。川内殿か、あきつ丸殿に――」

 

「すぐ繋ぐ。流石にネタが漏れてなきゃあそこまで正確に足止め出来んだろうから、関係者一同を洗うくらいはせねばならんだろう」

 

 私が口を挟む隙があるはずもない。ただ黙って俯き言葉を音として耳に受けるのみ。

 

「ここで報告はまずいか?」

 

「海原閣下のご要人だ、問題ないだろ」

 

「それもそうか……あー、()()()()()()()()()()()

 

 助手席の護衛が無線機を取り出してベッパン、と何度か言っていると、無線機のスピーカーから女性の声がした。

 

《ザザッ――こちらあきつ丸》

 

「えー、◯◯道走行中、報道機関関係者に足止めされ……」

 

《その件については陸軍憲兵を派遣済みでありますが》

 

「ぁ……あー、それについて報告を……憲兵に対応を引き継ぎ、現在は大湊に向け進行中」

 

《で、ありますか。委細は後ほど書面にて届ける予定でありますので、また足止めされるようであらば憲兵に要請されたし》

 

「……別班、了」

 

 ぶつ、というノイズのあとに音のしなくなった無線機を片手に、将兵は妙な半笑いをしてみせた。

 すると運転席の将兵も同じように小さく声を上げて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「……こりゃ海原閣下だな」

 

「◯◯党の看板も見納めか」




生存報告が出来ず大変申し訳ありません。
生きてます……!

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