お嬢様博士ですわ!   作:じゅに

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お久しぶりでございますわ〜!具体的に言うと3ヶ月と2週間ぶりの投稿でしてよ!
いよいよパルデア地方への旅を明日に控え、どうしても書き上げておきたかったお話ですわ。
お暇つぶしになれば幸いですわ〜!


9話/バトルと冒険はいつだって最高なんですのよ!

 一

 

 

 ホテル・スボミーインのベッドの上で目覚めたサトシは、静かに起き上がると、大きく背伸びをした。

 

「あー、よく寝たなあ」

 

 カーテン越しに見える空はすでに日が高い。時計を見ると、時刻は十時半を回ったところだった。昨日横になったのが九時前だから、ざっと半日以上も寝ていたことになる。隣のピカチュウはまだ夢の中で、サトシの声にも起きる気配はなかった。

 いつもならピカチュウのほうが先に目覚めて起こしてくるのに……。サトシはふっと頬を緩ませた。

 

「疲れてるよな、おまえも」

 

 柔らかい毛並みを撫でる。規則正しくふくらむ腹が愛おしかった。

 ────ダンデとの激闘から三日。大勢の友達から祝いのメッセージが舞い込み、マスコミのインタビューも殺到して、てんやわんやの毎日だった。

 まだ、ダンデを下してチャンピオンになった自覚は乏しい。乏しいままチャンピオンと持て囃され、どこにいっても注目を浴びるのが気恥ずかしくて、つい人目のあるところを避けてしまう。

 

「すごいバトルだったよなあ」

 

 あんなに胸が熱くなり、ハラハラしたバトルはかつてなかった。シゲルとの戦いも、シンジとの戦いも、忘れられない思い出だけれど、(ダンデ)の強さは別格だった。

 ひとつひとつの技の選択、交替のタイミング、切り札の使い方。どれをとっても勘が冴え渡っていて、常に主導権を握られていた。

 

 本当に、苦しい戦いだった。

 

 キョダイマックスとZ技の連続使用という、心身への負担が大きい戦術にピカチュウが応えてくれたからこそ、もぎ取れた勝利だった。

 

「…………」

 

 無言でベッドを抜け出し、テーブルに置いた五つのボールの前に立つ。

 あれ以来、大好きなバトルが一度もできていない。

 戦いたい。

 あのワクワクを、もう一度味わいたい。

 

 ────でも、誰と? 

 

 ダンデはいま、バトル施設建設のため日夜忙しく、滅多に声をかけられない。

 シゲルはプロジェクト・ミュウが佳境を迎えているので誘うのは憚られる。

 シンジはどこにいるのかもよく分からず、メッセージにも返事がなかった。

 

「戦いたいなあ」

 

 呟いたその時、スマホロトムがメールの受信を告げた。

 送り主の名前にサトシが目を見開く。文章を読み進めるうちに、みるみる顔が輝いた。

 

 

 ────親愛なるサトシへ。

 お久しぶりですわ。お元気ですこと? 

 わたくしを覚えておいででしょうか。

 実はわたくし、いまガラルに来ておりますの。もしもお時間が合えば、お昼ちょうど、ワイルドエリア"逆鱗の湖"までお越しくださいまし。

 わたくしとピクニックランチをいたしましょう。美味しいサンドイッチがございましてよ。

  ラナンキュラスより────

 

「ははっ! ピカチュウみろよ、ラナンからのメッセージだ!」

 

 サトシの歓声にピカチュウが目を覚ました。寝ぼけ眼で相棒の肩によじ登る。ラナンのことは覚えていたようで、ピカチュウも嬉しそうな声を上げた。

 

 数ヶ月前、ワイルドエリアで邂逅した記憶が一気に甦る。色違いポケモン研究のため、いきいきと活動している姿が目に浮かぶようだ。

 

「こうしちゃいられない! ピカチュウ、急いで出かけるぞ!」

「ピカ!」

 

 サトシは大慌てで支度を済ませると、勢いよく部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 二

 

 

 外は素晴らしい天気だった。

 雲ひとつない蒼穹に、透き通るような爽やかな秋風が吹き流れて、カイリューも気持ちよさそうに翔んでいる。眼下に広がる湖のほとりにキャンプしている人影を認め、サトシが指を差した。

 

「カイリュー、あそこに降りてくれ」

「クゥ」

 

 朗らかに鳴き、ゆるやかな弧を描いて舞い降りる。カレー鍋をかき混ぜていた少女が、こぼれるような笑みと共に振り向いた。

 

「お待ちしていましたわサトシ! ピカチュウ! それにカイリューも! 以前お会いした時にくらべて、一回りも二回りも強くなりましたわね? 素晴らしいですわ〜っ! おーっほっほっほっ!」

 

 白衣をばさぁっと翻して高らかに笑う。つられてサトシも破顔した。

 あたりにはカレーの芳醇な香りが満ちていて、腹の虫が盛大にわめいた。

 

「ああーっ、いい匂い! おれもうお腹ペコペコだよ!」

「それなら作った甲斐がありましたわ。さあさ、テーブルにお着きなさいな。手持ちの子たちの分もちゃあんとありましてよ!」

「やったあ! みんな、でてこい!」

 

 天高くボールを放り、仲間たち全員を外に出してやる。ルカリオとネギガナイトは凛とした貌で周囲を警戒していたけれども、食欲をそそる匂いにいつまでも抗えるものではなく、いそいそと席に着いた。カイリューとウオノラゴン、ゲンガーの3体にいたっては、早く食べさせてくれと手足をバタバタさせている。

 

「では、わたくしも」

 

 言って、ラナンも六つのボールを開いた。

 サトシは、その豪華な顔触れに感嘆の吐息を漏らした。

 巨大な翼を広げた翠鱗のボーマンダに、半分眠ったような目つきの蒼輪模様のペンドラー。紫がかった毛並みが美しいアローラキュウコンと、人懐っこそうにニコニコしている桃色のラグラージ。

 ラナンのそばには♂のイエッサンがぴたりと寄り添い、白銀に輝くイーブイが澄まし顔でサトシを見やって、色違いのポケモン6体が揃い踏みした。

 

「わたくしの愛しきパーティですわ! どうぞお見知り置きくださいまし! おーっほっほっほっ!」

「へえ……!」

 

 再びの高笑いを背景に、サトシは興奮しきった面持ちで全員を見回した。

 どのポケモンも、並大抵の強さではないのが伝わってくる。

 

 ────戦ってみたい! 

 

 ポケモントレーナーとして、サトシは痛いほどそう思った。

 

「それではランチにいたしましょう! サトシのチャンピオン就任記念パーティー、スタァトですわ〜っ!」

 

 二人と十二体が一斉に「いただきます」をして、賑やかな食事が始まった。

 スクランブルエッグとクリームで飾られたカレーに、具だくさんのサンドイッチ、新鮮な野菜たっぷりのサラダと、濃厚なコーンスープ。人間とポケモンが同じメニューなのにも驚いたが、なによりサトシが目を瞠ったのは、ポケモンごとに味つけが変えてあることだった。

 

 たとえば、隣のカイリューが食べているサラダには甘いモモンの実が入っているのに対し、ネギガナイトの皿には激辛マトマの実がふんだんに使用されている。

 もしかして、と視線を走らせると、他のポケモンたちにもそれぞれ好みの味になるような工夫がこらされていた。

 

「みんな違う味を作るの、大変だったろ? 凄いな、ラナンは」

「これぐらい、トレーナーならば当然ですわ」

 

 ラナンの返事はさらりとしたものだった。

 彼女が心から愛情を注いで育てているのが伝わり、サトシは胸の中がふわふわ温もるのを感じた。

 

 

 

 

 三

 

 

 楽しい食事はあっという間に終わり、片付けを手伝ったサトシがいつバトルに誘おうかうずうずしていると、ラナンが「巣穴に潜ってみませんこと?」と言い出した。

 

「巣穴?」

「ええ。この湖の裏手に小高い丘があるでしょう? そこにポケモンの巣穴があるんですの。食後の探検、というやつですわ」

「面白そう! いくいく!」

 

 ピカチュウを肩に乗せ、サトシとラナンはさっそく巣穴に向かった。

 丘には屹立した岩が複数並んでい、野生のシャワーズやリーフィア、ブラッキーらが日向ぼっこをしてくつろいでいる。ラナンたちが近づいても逃げる様子はない。

 巣穴はすぐに見つかり、二人は潜りこんだ。

 

 中は大きな空間が広がり、いくらでも走り回れそうだった。

 

「ここはいつもガラル粒子に満ちていて、いつでもダイマックスを使うことができるんですの」

「へえ……」

「勿論、メガシンカもZ技も使えますわ。ミスター・ダンデと戦った時と、同じ条件ですわね」

「……え」

 

 振り返ると、ラナンはサトシから充分な距離を置いてボールを突きつけていた。

 

「チャンピオン・サトシ!」

 

 朗々たる声が響き渡る。

 

「一介のトレーナーとして、あなたに勝負を挑みましてよ! ルールはシングル、交代あり、6vs6のフルバトル! 全てのポケモンを戦闘不能にさせたほうの勝利ですわ! メガシンカもダイマックスもZ技も、すべて使用できましてよ!」

「──! その勝負、のった!」

 

 サトシは胸を高鳴らせた。拳を強く握りしめる。ラナンがルアーボールを放るのと、サトシがピカチュウに出撃を命じるのはほぼ同時だった。

 

「おいでなさい、波濤の王・ラージャン!」

「いってこい、ピカチュウ!」

 

 雄叫びをあげるラグラージ(ラージャン)と、火花を散らすピカチュウが対峙する。

 サトシは黙考した。相性は不利だ。みず・じめんのラグラージに電気技は通じない。

 

(……なら、素早く動いて隙をつくる!)

 

「ピカチュウ、電光石火!」

「させませんわよ、ラージャン、ステルスロックですわ!」

 

 地面から尖った岩片が次々に浮かび上がり、ピカチュウの行く手を塞いだ。サトシの見通しも効かなくなる。しかし、この程度なら障害にはなり得ない! 

 

 縦横無尽に走り抜け、あっさり岩の林を突破すると、構えてもいないラグラージに肉薄した! 

 

「アイアンテール!」

 

 速攻が決まり、ラグラージは強かに横顔を殴りつけられた。大きな口を開けて、悲鳴とも鳴き声ともつかない音を漏らす。

 

「そのまま連続攻撃!」

 

 鋼の尾が再びラグラージを襲う。ヒットする直前、ラナンが指を突きつけた。

 

「グロウパンチっ!」

 

 渾身の拳がピカチュウを捉えた! 攻撃態勢だったピカチュウは受け身を取ることもできず、まともに地面に叩きつけられる。

 そのまま追撃があるかと思いきや、ラナンはラグラージを引っ込めた。代わりに出てきたのは上向いたツノを持つエスパーポケモン、イエッサン♂である。

 

 イエッサンが地に降り立った瞬間、フィールドに不可思議な膜が展開した。

 足元から昇ってくるこの感覚に、サトシは覚えがあった。

 

「サイコフィールド……!?」

「ご名答ですわ。効果はご存知ですわね? もうピカチュウの電光石火は打てませんことよ! セバスチャン、トライアタック!」

 

 イエッサン(セバスチャン)の周囲に浮かんだ赤青黄、三つの光線がピカチュウに殺到する。懸命に躱そうとするも、背後は岩に阻まれ、得意のスピードも出せず、全弾が直撃した! 

 

「ピカチュウ!」

「ぴ、ぴが……ちゃあ……」

 

 ピカチュウはなんとか立ち上がったが、足取りがふらふらして覚束無い。そのままこてりと倒れてしまった。慌ててサトシが駆けつけると、すぅすぅと穏やかな寝息を立てている。

 

「ね、眠ってる?」

「ラージャンの欠伸が効いたようですわね」

「あくび? …………あの時か!」

 

 サトシははっと息を飲んだ。ラグラージがピカチュウに殴られた時、大口を開けていた。てっきり痛みに呻いているのかと思ったが、あれは欠伸だったのだ。

 眠りは深く、すぐには覚めそうもない。

 

「ピカチュウ、よく頑張ってくれたな。すこし休んでてくれ」

 

 ピカチュウを地面に下ろしてから、サトシは鋭い眼差しで盤面を睨みつけた。

 ステルスロックもサイコフィールドも厄介だ。だが、()()()()()()なら突破することが出来る! 

 

「頼んだぞ、ネギガナイト!」

 

 長大な槍と堅固な盾を構え、ネギガナイトが姿を現した。ステルスロックが刺さり、無視できないダメージを与えてくる。

 

「まずは岩を壊すんだ!」

 

 盾を振りかぶり、凄まじい膂力で投擲した。高速で回転する盾が、次々に岩を破壊していく! 

 ラナンがにやりと笑った。

 

「シロナ戦で見せた技ですわね。あの時も見事な機転でしたわ。ですが! 既知の攻略方法を黙って見ているほどわたくしもお人好しじゃありませんことよ! セバスチャン、マジカルシャイン!」

 

 煌めく虹色の光が礫のように発射され、盾を撃墜する。

 残りの光弾がネギガナイトに迫り来た! 

 

「避けろネギガナイト!」

 

 ネギガナイトが走る。落とされた盾を拾い、光弾を叩き落とした。勢いそのまま、イエッサンに斬りかかる! 

 しかし、イエッサンは落ち着き払った表情を崩さず、その場から動かなかった。槍が胴体を貫こうとする瞬間、()()()()()()()()マジカルシャインがネギガナイトに命中する! 

 予想だにしなかった方向からの一撃に、ネギガナイトはがっくりと片膝を着いた。

 

「ガ……モ……!」

 

 わなわなと震えながら、最後の力を振り絞って地面を斬りつけると、そのまま項垂れて動かなくなった。

 

「……っ、もどれ、ネギガナイト」

 

 ボールに戻った勇敢な騎士に囁く。

 

「ありがとうな。お前の頑張り、無駄にはしないぜ」

 

 イエッサンにダメージを与えることこそ出来なかったものの、ステルスロックの大部分は壊せた。これで他の仲間がぐっと楽になる。

 気を取り直し、サトシは三体目を呼び出した。

 

「頼むぜ、ウオノラゴン!」

 

 ウオノラゴンが咆哮した。仲間を倒され、激昂している。合わせてラナンもイエッサンをひっこめた。

 冷静な態度を装いながらも、ラナンは密かに戦慄していた。

 

(最後の斬撃……あれでサイコフィールドが解除されてしまいましたわ……)

 

 ダンデ戦でバリコオルのサイコフィールドを消したのと同じ方法だが、あの時は何度も切りつけて壊したのに対し、今回はたった一度の攻撃で解除に成功している。それもほとんど瀕死の状態で。

 

(立派でしたわ、ネギガナイト)

 

 心の中で賞賛を送り、もう一度ラグラージを繰り出した。

 

 

 

 

 四

 

 

 ウオノラゴンはじだんだを踏み、絶え間なく吠えている。すっかり興奮していた。

 

「行くぞ、ウオノラゴン! エラがみだ!」

「クァァアアァア!」

 

 ラグラージに向かって駆けていく。パーティ随一の力を持つウオノラゴンに噛まれればひとたまりもない。ラナンが命じた。

 

「ステルスロックで阻みなさい!」

 

 彼我の間を埋めるように岩片が浮かび上がる。ウオノラゴンは足も止めずに岩石にかぶりつき、噛み砕いた! 

 

「なんてパワーですの……!」ラナンは口元を覆った。

「いいぞ、そのまま進め!」

 

 ウオノラゴンがどんどん近づいてくる。ラナンは一度深呼吸をしてから、そっと右手首に触れた。

 

「────使うべきとき、ですわね」

 

 ラグラージが振り向き、こくりと頷く。ラナンも頷き返し、右手にはめたキーストーンを高々と掲げた。

 

「その剛腕で目の前の敵を粉砕なさい! ラージャン、メガシンカ!」

 

 眩い光がラグラージを包みこむ。一瞬の間を置いて結晶の繭が弾け飛び、メガラグラージが吠え猛った! 

 

 二体のポケモンががっぷりと組み合う。激しい攻防の末、とうとうウオノラゴンがラグラージの右腕に噛みついた! 

 しかし、ラグラージは意にも介さず、噛まれたままウオノラゴンを持ち上げる。がら空きの胴体に、グロウパンチが炸裂した! 

 

「ギャウグウウ!」

 

 苦しそうに呻きながらもウオノラゴンは離さない。むしろ(あぎと)の力を強めていく。ラグラージの顔が苦痛に歪んだ。

 

「ゴァァアァア!」

 

 二撃、三撃と拳を叩きこみ、ようやくウオノラゴンを引き剥がすと、地を這うように深く身を屈めた。

 ウオノラゴンも負けじと力を漲らせる。

 合図は全く同時に放たれた。

 

「滝登り!」

「ドラゴンダイブ!」

 

 逆巻く水と龍の力場がぶつかりあう。凄まじい爆風が吹き荒れ、サトシとラナンは思わず目をつぶった。

 もうもうと立ちこめた土煙がようやく晴れると、二人は、肩で息をするラグラージと完全に意識を失ったウオノラゴンを見つけた。

 

「サンキュな、ウオノラゴン。よく頑張ったぞ」

 

 サトシが微笑みながら労いの言葉をかける。ラナンは黙ってラグラージを観察した。

 噛まれた右手はぶらりと垂れ下がり、指一本動かすのもままならない。この戦闘中に治る見込みはゼロだろう。サトシの手持ちは残り四体。そのいずれも、片腕であしらえる相手ではない。

 だが、ラグラージの瞳には、闘志が力強く燃えていた。

 ならば、退かせるのは無礼というもの。

 

「まだまだいけますわね、ラージャン」

「グアウ!」

 

 返答は短く、頼もしかった。

 

 サトシの四番手はゲンガーだった。

 

「頼むぞ、ゲンガー!」

「ゲンッガァッ!」

 

 ぱん、と両手を打ち合わせて鬼火を生み出すと、四方からラグラージを囲んだ。

 

「滝登りで掻き消しなさい!」

 

 身体に纏った水で厄介な火種を潰していく。けれども、片腕が使えないハンデは重く、右半身に火傷を負ってしまった。

 そこへ、シャドーボールが畳みかける! 

 ダメ押しの一撃を喰らい、ラグラージの身体が傾いだ。

 

 サトシのダイマックスバンドがきらりと光った。

 

「ここで決めるぞ! ゲンガー!」

 

 一旦ボールに戻ったゲンガーが、雲を衝く巨体となって顕現し、疲弊しきったラグラージを睥睨した。

 

「キョダイゲンエイ!」

 

 シャドーボールが幻を引き連れた力の奔流となってラグラージに襲いかかる! 

 ラグラージはあんぐりと口を開きながら、ゆっくり、ゆっくりと仰向けに倒れていった。

 

「ありがとうございましたわ……ラージャン」

 

 ラグラージをしまったルアーボールを額に当て、ラナンは小さく呟いた。

 白衣のポケットからフレンドボールを取り出す。

 

「……あなたに託します」

 

 白衣の裾を翻し、ラナンは高らかに宣言した。

 

「もう一度、今度は大いなる姿でおいでなさい。我が親愛なる執事・セバスチャン!」

 

 ラナンのダイマックスバンドが輝き、ボールが何倍にも膨れ上がった。見上げるほどの巨体になったイエッサン♂が、ゲンガーに深々と辞儀を送る。特性によって、サイコフィールドが展開された。

 

 サトシが逡巡する。

 イエッサンのタイプはエスパー・ノーマル。ゲンガーの最大火力が出る技、キョダイゲンエイはゴースト技ゆえ通用しない。

 

「だったらこれだ! ダイアシッド!」

「ダイウォール!」

 

 ゲンガーの口から押し寄せた毒液の津波を、見えない壁が防ぎきる。サトシは小さく歯噛みした。

 ゲンガーの攻撃回数(ダイマックスターン)は残り一回。下手に攻めれば弱点をつかれて倒されてしまうだろう。もうゲンガーに、相手の攻撃を耐えるだけの体力は残っていない。

 

「ゲンガー! ダイウォールだ!」

 

 サトシの声が響き渡る。

 ────しかし、何も起こらなかった。

 

「なっ……?!」

 

 慌ててゲンガーを振り仰いだサトシは絶句した。なぜかゲンガーは眠りこけていたのだ。

 

「なんでいま……あっ」

 

 脳裏に先程のラグラージが甦った。キョダイゲンエイを受けて倒れていくとき、大きく口を開けてやしなかったか。

 

「……あれもあくびだったんだ……!」

 

 気づいた時にはもう遅い。無防備に眠りこけるゲンガーを、無慈悲なダイサイコが叩きのめした。

 

 気絶したゲンガーが元のサイズに還っていく。サトシは悔しさを滲ませながら、ボールに戻した。

 

 サトシの手持ちは残り三体、ラナンは五体。数の上で圧倒的不利に追いこまれている。おまけに、イエッサンには一度も攻撃を当てられていないのだ。

 

「強いな……ラナンは」

 

 ダンデと戦っている時と同じくらいのプレッシャーを感じ、掌にじっとりと汗が滲んだ。

 すると、ズボンの裾を引っ張られた。いつの間にか起きたらしいピカチュウが、強い眼差しでサトシを見つめてくる。

 

「ピカピ、ピカチュ!」

「ピカチュウ……目が覚めたのか」

「ピカチュピ!」

 

 頬袋から電気を散らしながら、ピカチュウは何度もサトシに呼びかけた。その声を聞くうちに、自分でも驚くくらい心が落ち着いていくのを感じ、サトシはにっこりした。

 

 そうだ。三体しかいないんじゃない。おれにはまだ、三体も頼りになる仲間がいるんじゃないか。

 

「ありがとう、ピカチュウ」

「ピカ!」

 

 サトシは穏やかな心持ちで、ラナンたちを見やった。

 頭の中で状況を整理する。

 イエッサンはあと一回、攻撃ターンを残している。ダイマックス技は威力も範囲も大きいために、回避は困難だ。

 なら、相手より早く動き、イエッサンを倒すしかない。

 

「いくぞ、カイリュー!」

 

 カイリューが、やる気満々に飛び上がった。

 

 

 

 

 五

 

 

 カイリューがイエッサンの目線まで飛翔すると、双方じっと睨みあった。

 ラナンが人差し指を突きつける。

 

「ダイアタックですわ!」

「龍の舞で躱せ!」

 

 視界いっぱいの白光を、カイリューは間一髪避けた。技の効果で攻撃力と素早さが上昇していく。

 攻撃を外したイエッサンのダイマックスが解け、元の大きさに戻るや、サトシが叫んだ。

 

「カイリューせいぐん!」

 

 シンジとの特訓のおかげで編み出した必殺技だ。龍星群とともにカイリューが突っ込むことで、威力は格段に跳ね上がっている。

 たとえ無傷のイエッサンでも、一撃で倒せる筈だ。

 

「……そう、考えているのでしょうね」

 

 ラナンが独りごちる。

 サトシの予想は、概ね正しい。

 イエッサンの防御力では龍の舞後のカイリューせいぐんにとても耐えられないだろう。

 しかしそれは、()()()()の話だ。

 

 カイリューが充分に近づいたタイミングを見計らい、ラナンが叫んだ。

 

()()()()()()()!」

 

 イエッサンとカイリューに不思議な力がかかり、互いの位置が入れ替わった。

 

「!?」

 

 カイリューは力いっぱい羽ばたいて、なんとか大地に激突することは免れたものの、咄嗟のことで思考が追いつかない。そこに、自身が放った龍星群が降り注いだ! 

 カイリューが悲痛な叫びを漏らす。間髪入れず、イエッサンが追い討ちをかけた。

 

「ワイドフォース!」

 

 サイコフィールドに充ちている力が一点に凝り、超能力の鞭となってカイリューを打ち据えた。爆煙が舞い上がる。

 

 一秒、二秒…………五秒。

 カイリューが居るはずの場所からは、なんの音も聞こえない。

 サトシにとって永遠にも思える時間が過ぎた頃、煙の向こうに、ゆらりと揺らめく影が見えた。

 

 無事かどうかは分からない。

 だが攻めるなら、今しかない! 

 

「ドラゴンクロー!」

 

 土煙の奥からカイリューが飛び出してくる。不意をつかれたイエッサンは、龍の爪に殴り飛ばされ、呆気なく気絶した。

 カイリューが勝利の雄叫びを上げる。

 

 ラナンは薄く微笑んだ。

 

「動けるかどうかも分かっていなかったでしょうに……仲間を心から信じているのですわね。流石サトシですわ」

 

 ボールを翳し、イエッサンを戻す。

 

「素晴らしい働きでしたわ、ありがとう、セバスチャン」

 

 フレンドボールに口づけ、三体目が入ったコンペボールを取り出した。

 

「たとえ飛んでいようとも、この子の角は必ず届きましてよ。いきなさい、双角の救世主・ペンドラー!」

 

 ボールから出たペンドラーがゆらりと首をもたげた。

 体長2.5メートル、体重実に200キロを超える巨躯でありながら、漂う気配や足運びは恐ろしく静かである。

 瞳も茫洋として、どこを見ているのかいまいち判然としない。

 

 いったいどんな攻撃を仕掛けてくるのか、サトシにはまるで予測がつかなかった。

 

「ごちゃごちゃ考えたって仕方ない! カイリュー、暴風だ!」

 

 カイリューが烈風を吹き荒らす。ペンドラーはぐるりと丸まると、その場で回転しだした。

 回転数はみるみる上がっていき、硬い殻と地面が擦れてモーターのような異音を奏で始める。

 充分に速度が乗ったところで、ラナンが指を鳴らした。

 

「GO!」

 

 ペンドラーが弾かれたように疾走(はし)り出す! ラグラージが生んだステルスロックはほとんど壊されてしまったが、辛うじて残っているものもあった。ペンドラーがそうした岩片の近くに到達すると、

 

「ハードローラー!」

 

 大地を蹴って飛び上がった。岩にも負けないほど硬質化した外殻を盾に、ステルスロックの間をピンボールのごとく飛び跳ねながら空中のカイリューに体当たりを喰らわせる! 

 あまりの質量にカイリューが怯む。機を逃さず、ペンドラーが猛毒の角を突き刺した! 

 

「キュアァァッ!」

 

 カイリューの顔色がみるみる悪くなっていく。猛毒状態に陥ってしまったのだ。カイリューはなんとか振りほどこうと藻掻くものの、ペンドラーの首のトゲががっちりと鱗に食いこんでとても引き剥がせない。

 

「キュアッ、キュァアァア!」

「〜〜っ、もういいカイリュー、戻れ!」

 

 苦しみ悶える声にたまらなくなって、サトシはカイリューを戻した。

 空中に放り出されたペンドラーは華麗に着地をきめ、サトシの次の手を待っている。

 

「まさか空を跳ぶなんて……! さすがだな、ラナン」

「お褒めに預かり光栄ですわ、サトシ」

 

 ラナンがしゃなりと膝を折る。

 そのとき、サトシはふとあることに気づき、地面に目を落とした。いつの間にか足元の不思議な感覚(サイコフィールド)が消えていたのだ。

 どうやら、イエッサンの特性の効果が切れたらしい。

 

(だったら……!)

 

 サトシの頬に赤みが差した。

 強力な先制技を持ち、しかも毒に侵されない唯一のポケモンを繰り出す。

 

「よおし、頼むぞルカリオ!」

 

 場に出たルカリオは大地を踏み締め、ペンドラーを睨め上げた。

 

 

 

 

 

 六

 

 

 二体の攻防は熾烈を極めた。

 ルカリオが生んだ無数の影分身をペンドラーがハードローラーで轢き潰し、残った本体にスマートホーンを突きつけるも、バレットパンチで相殺される。

 距離を置いて放たれる波導弾はステルスロックの陰に隠れて受け流し、地震で相手の姿勢を崩そうとしたが、波導を読んだルカリオは既に空中に逃げていた。

 

 双方、容易には隙を見せないまま、じりじりと時間だけが過ぎていった。

 

 ラナンには勝算があった。ペンドラーの特性"加速"ならば、いずれルカリオのバレットパンチをも上回る速度に到達する。

 どんなに強いポケモンも、目に見えない迅さには対応できまい。

 

(長期戦はわたくしの望むところ……さあ、どうしますの、サトシ)

 

 対するサトシは、頭の中から一切の雑念が消えていた。

 ルカリオの目を通じて、盤面の全てが手中にあった。

 波導が、サトシにも流れこんでくる。

 戦況は相変わらず不利だ。だが、焦りも不安も、ひと欠片だって感じてはいなかった。

 

「────ここだよな、ルカリオ」

 

 ルカリオが微かに目配せした。

 ふたり同時に両手を構える。

 サトシのキーストーンが、眩い光を放った! 

 

「メガシンカ!」

 

 ルカリオの全身が結晶の繭に包まれ、破裂する! 中から現れたメガルカリオの圧迫感(プレッシャー)に、ペンドラーが身構えた。

 

「ルカリオ!」

 

 サトシが右手を天に伸ばすと、ルカリオも倣った。()の中に蒼いエネルギー弾が出現する。

 光弾はどんどん大きくなっていく。キバナとの戦いで見せた巨大波導弾だ。

 

「データで知ってはいても……実際に見るととてつもない大きさですわね」

 

 ラナンの額に汗が滲んだ。

 ルカリオを指差す。

 

「ペンドラー! あれを撃たせてはなりません! いま仕留めるのです!」

 

 ペンドラーの躰が紫の弾丸と化し、みるみる距離を縮めていく! 時速100キロを超えた、回避も防御も埒外の、捨て身の攻撃。

 

「ハードローラー!」

「巨大波導弾!」

 

 二つの弾がぶつかりあう! 

 この戦いで最も激しい爆発が、巣穴全体を揺るがした! 

 吹き飛ばされそうになったピカチュウを、サトシが慌てて抱えこむ。

 

 

 ────風が止み、静寂が戻ってくる。

 ペンドラーとルカリオは、ものも言わず向かい合っていた。

 

「……最高の一撃でしたわ」

 

 ラナンが瞼を閉じる。

 ルカリオが片膝を着いた。

 

「……ですがあと一歩、届かなかった」

 

 言い終わらないうちに、ペンドラーの頭がぐらりと揺らぎ、支えきれず()()と倒れた。

 ルカリオが震える足に力を込めて立ち上がる。

 ラナンはペンドラーをボールに戻し、胸に押し当てた。

 

「ありがとう、ペンドラー。この上ない活躍、美事でしたわ」

 

 そうして、ルカリオとサトシを見やった。

 波導を感じる力が冴え渡っている。生半可な小細工は通用すまい。

 倒すには、全身全霊をこめた一撃を見舞うことだ。

 

「それなら、あなた以上の適任は居ませんわね」

 

 ラナンは微笑み、サファリボールを放った。

 

「制圧なさい、天空の覇者・ボーマ!」

 

 翠の鱗をきらめかせ、ボーマンダが火焰を吐いた。

 三白眼をぎらぎら光らせながら、ルカリオを威嚇している。

 すると、サトシのボールからカイリューが飛び出してきた! 

 

「カイリュー!?」

 

 サトシの制止を振り切ってフィールドに降り立ったカイリューは、ボーマンダの視線を真っ向から受け止めた。

 

 ────私が戦る。

 

 カイリューの双眸は、そう語っていた。

 

「ドラゴンとしての矜恃……というやつですわね。いかがしますの、サトシ?」

 

 呆気にとられていたサトシだったが、カイリューの意志は固いと知り、頷いた。

 

「戻ってくれ、ルカリオ」

 

 ボールに入る直前、ルカリオとカイリューが目を見交わし、拳を触れ合わせた。

 

 ラナンはその光景に目頭が熱くなった。

 彼女もまた、サトシと同じく根っからのポケモントレーナーなのだ。強敵と相対したとき、ポケモン同士の篤い友情を見れた時は、心震わせずにいられない。

 

「待たせたな、ラナン! さあ、始めよう!」

「ええ! ボーマ!」

「カイリュー!」

 

「「龍の舞!!」」

 

 飛龍同士の、譲れない戦いが始まった! 

 

 

 

 

 

 七

 

 

 カイリューの肉体を蝕む毒は、けして消えたわけではない。ボーマンダと戦っているいまも着実に命を削っている。

 技を出すたび、あるいは受けるたびに、顔色が悪くなっていくのを、ラナンもサトシも無論気づいていた。

 だが、サトシは無理に退かせようとはしなかった。不調をおして戦場に立つことを選んだ仲間の心意気を、無碍にはできない。

 

「ドラゴンクロー!」

「火焰放射!」

 

 カイリューの爪が業火に遮られる。タイプ不一致でありながら、ボーマンダの吐く火力は炎タイプに勝るとも劣らない威力を有していた。

 せめて相手の体勢を崩そうと暴風を吹かせるも、ボーマンダは乱気流の中をこともなげに飛翔して、そよ風に泳ぐかのようだった。

 

 いよいよカイリューの息が荒くなる。限界が近いことを悟り、サトシが呼びかけた。

 

「カイリュー! もういちどアレをやるぞ!」

 

 カイリューは大きく頷き、天井スレスレまで飛び上がった。

 

「ボーマは地上においでなさい!」

 

 ラナンがボーマンダを着地させる。

 

「キュアオオォオオォ!」

 

 最後の力を振り絞り、カイリューの周囲に流星が誕生した。

 雪崩花火のごとく、美しい軌跡を描いて落ちていく。カイリュー自身もまた、ボーマンダ目掛けて身を躍らせた! 

 

「ゴォアォオオオオ!」

 

 ボーマンダが両翼を激しくはためかせ、荒れ狂う竜巻を発生させる! 

 流星群は、あるいは弾かれ、あるいは逸れて、ボーマンダから外れた地点に墜落していく。畢竟、風の中心にはカイリューとボーマンダの二体のみが残された。

 

 互いに視線を絡みあわせ、二体の大龍が衝突する! 

 耳を聾する轟音が、サトシたちの皮膚を粟立たせた。

 

 ────果たして、ボーマンダの足元にはカイリューが倒れ伏していた。

 

「カイリュー……ありがとうな」

 

 カイリューをボールに仕舞い、サトシが優しい声で労った。

 猛毒に侵されていてなお、カイリューは気高く戦い続けてくれた。仲間の勇姿をしっかり胸に刻み、ボールのスイッチを押す。

 メガシンカしたままのルカリオが即座に前に出、一息に距離を詰めた。

 

「バレットパンチ!」

 

 サトシの指示に応え、拳を握る。

 しかし、ボーマンダの様子に気づいたルカリオは、振り上げた拳を静かに解いた。

 

 ボーマンダは、四肢を大地に立てたまま気を失っていた。

 

「体力も残り僅かだったでしょうに、よくぞボーマを()()()いきましたわ」

 

 サファリボールに仕舞いながら、カイリューの執念にも似た意地(プライド)に、ラナンは拍手を贈った。

 

「気がつけば残ったポケモンはお互い二体。楽しくなってきましたわね、サトシ!」

「ああ! おれもうワクワクが止まんないよ!」

「わたくしもでしてよ! さあ、いまこそいらっしゃい、白炎の女神・しろがね!」

 

 ムーンボールの中からアローラキュウコンが現れた。透きとおった瞳でルカリオを眺めやる。硝子細工のように繊細で完璧な美貌だった。

 九本の尾を僅かにひらめかせると、巣穴の空気が急に冷えて、小さな雪片がちらちら舞いはじめた。

 特性"雪ふらし"が発動したのだ。

 

 束の間、静寂が場を支配する。

 先に動いたのはルカリオだった。

 

「影分身!」

 

 実体のない幻が十数体出現し、キュウコンを取り巻く。けれども、それは悪手だった。

 

「吹雪を!」

 

 骨まで凍てつく寒波が押し寄せる。分身たちはひとたまりもなく消え去り、ルカリオを吹き飛ばした! 

 

 この吹雪で霰の勢いが増大した。冷気が体温を奪い、パワーを削いでいく。なんとかして近づきたくとも、強烈な吹雪は止むことを知らない。己の手も見えない有様であった。ルカリオは、雪山で遭難した登山者のように蹲るほかなかった。

 

「波導だ! 波導を感じるんだ!」

 

 豪雪の奥からサトシの声がきれぎれに聞こえてくる。ルカリオは固く目を瞑った。

 

 

 一方。

 キュウコンの背を見つめながら、ラナンはサトシならこの窮地をどう脱出するか、そればかりを考えていた。

 

 サトシの発想力は柔軟で、常識に囚われない。誰も思いつかないようなやり方か、思いついてもやらないような方法でこちらの策を破ってくる。実に規格外のトレーナーだ。

 

(魅せてくださいまし、サトシ。あなたの底力を……!)

 

 その時。

 特大の波導弾が、猛吹雪の向こうに浮かんだ。

 どうやら玉砕覚悟で吹雪の()を止めるつもりらしい。

 

 巨大波導弾の消耗は凄まじいはずだ。今日はすでに一度撃っている。ここを凌げば、もう二度と飛んではこないだろう。

 

 更に吹雪を強めなさい、と言いさしたラナンは、目にした光景に度肝を抜かれた。

 

 なんと、巨大波導弾が()()()()浮かび上がったのである。

 

「な、なんて子ですの……」

 

 ラナンは恐れおののいた。

 

「あんな技を二つ同時に出してみせるなんて……し、しろがね、オーロラベールですわ! 絶対に当たってはなりませんことよ!」

 

 キュウコンは吹雪を止め、極光の幕を広げた。強力無比な護りだが、これを下ろしているあいだは攻撃も移動もできないという欠点がある。

 巨大波導弾の二連撃に耐えうるか、否か。

 

 ラナンは、耐える方に賭けた。

 

 ルカリオが両手を振り下ろす。一つ目の波導弾がベールに触れた途端、雷鳴にも似た音が鳴り渡った。膨大なエネルギーを受け止め、危ういところで拮抗している。波導弾が小さくなるにつれ、薄皮を一枚一枚剥ぐようにベールが破壊されていく様に、キュウコンの毛並みが逆立った。

 

「……! もういちどオーロラベールを……!」

 

 ラナンの声は、あと一歩、遅かった。

 もう一方の波導弾がベールに突き当たる。刹那、幕がたわみ、膨れ上がったと思ったら、次の瞬間儚い音を立てて崩れ去った。

 

 

 

 

 

 八

 

 

 長きに渡る激闘も、終わりが近づいていた。

 

 双方、残るポケモンは一体のみ。

 ラナンはすでにキュウコンを回収し、準備を終えている。

 

 サトシはフィールドに歩いていき、ルカリオの傍に跪いた。大技を三発も放ち、精魂尽き果てたルカリオは、キュウコンが倒れるのを見届けた途端気絶していた。

 

「ありがとうな」

 

 ルカリオの頑張りがなければ、ペンドラーとキュウコンの二体を倒すことは出来なかったろう。

 他のポケモンたちもそうだ。

 ステルスロックを噛み砕いてくれたウオノラゴンに、サイコフィールドを壊してくれたネギガナイト。メガラグラージを倒してくれたゲンガー。毒で苦しみながらも戦うことを諦めなかったカイリュー。

 

 みんなのおかげで、ここまでこれた。

 そして次のバトルが、

 

「最後だぜ、ピカチュウ」

 

 ピカチュウがやる気に溢れた声で「ピカ!」と鳴いた。

 サトシが笑う。

 

「よおし! 君に決めた! 頼んだぞピカチュウ!」

「ピッカア!」

「おゆきなさい、祝福の申し子・イヴ!」

「きゃう!」

 

 色違いのイーブイが躍り出る。小柄な四足獣同士、一歩も引かぬ面で向かい合った。

 二人のトレーナーが同時に口火を切る! 

 

「「電光石火!」」

 

 駿足を活かして駆け回るピカチュウに、イーブイがぴたりと寄り添う。スピードは互角だ。相手の裏は取れないと知るや、イーブイが距離を取った。すかさずサトシが指示を下す。

 

「10万ボルト!」

「スピードスター!」

 

 強力な電撃と星の瞬きがぶつかり合い、小規模な爆発を起こした。

 

「……速さもパワーも全く同じ。これではダメージを与えられませんわ」

 

 ラナンが嘆息する。だがその顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。

 

()()()()()()、という話ですけれど」

 

 白衣の袖を捲る。左手首に光るものを見て、サトシが目を見開いた。

 

「それは!」

「使わせて頂きますわよサトシ! さあイヴ、あなたの全ての力を解放するときが来ましたわ!」

 

 両手を額と腹に当て、ポーズを決める。

 力強い響きを持って、ラナンが叫んだ! 

 

「あなただけの専用Z技、ナインエボルブーストッ!」

 

 その声に、巣穴の入口からシャワーズやブラッキーらが駆け寄ってき、イーブイを後押しするように並んだ。イーブイの全身が光り輝く。

 

「電光石火っ!」

 

 瞬間、イーブイの姿が消えた。ナインエボルブーストによって潜在能力を極限まで引き出された肉体は、容易にピカチュウを置き去りにし、背後を取らしめた。

 

「捨て身タックルっ!」

「ピガァッ!」

 

 強かに突き飛ばされたピカチュウが振り向きざま10万ボルトを放つも、既にイーブイはそこに居ない。

 ラナンの傍で、悠々とピカチュウを見やっていた。

 

「ピカチュウのように素早く、広範囲の技を持つポケモンには、一撃離脱戦法(ヒットアンドアウェイ)が効きますわ。さあ、どうしますのサトシ」

 

 ラナンの挑発に、サトシはぐっと帽子のつばを掴んだ。

 その下の唇が、にっと笑う。

 

 ぽん、と帽子を放ると、ピカチュウが飛び跳ね、キャッチした。

 

「決まってるだろ! Z技にはZ技だ! いくぜピカチュウ!」

 

 サトシとピカチュウの動きがシンクロする。

 

「10万ボルトよりでっかい100万ボルト……いや! もっともっとでっかい、おれたちの超ゼンリョク!」

 

 二対の目がラナンたちを見つめる。

 ラナンは期待と興奮に震えながら、その視線を受け止めた。

 

「ピカチュウ! 1000万ボルト!」

「イヴ! ゼンリョクのスピードスターですわ!」

 

 雷と星が乱舞し、交錯する。地上に伝わるほどの震動が巣穴を揺るがした! 

 

 

 

 

 九

 

 

 ────外に出てみると、あたりはもう夕闇に包まれていた。

 

「うわ、こんな時間までバトルしてたのか」

「ほんとうに。あっという間でしたわねえ」

 

 頬に手を当て、ラナンが感慨深げに相槌を打つ。

 

「いまから街に戻るのも億劫ですし、今日はこちらでキャンプしませんこと?」

「いいね、賛成!」

「ではご飯を作りましょう!」

 

 ラナンの手際は素晴らしく、あっという間に人数分のシチューをこしらえた。もちろん、味つけはひとりひとり変えてある。

 

 激戦を終えたポケモンたちは、昼間よりもなお親密な空気が漂い、和気あいあいとしていた。ウオノラゴンが食べこぼしたのをラグラージが拾ってやり、カイリューがボーマンダにおかわりを運んでいる。イエッサンの給仕をゲンガーが手伝っているのには驚いた。ネギガナイトとルカリオは、なにごとか真剣な眼差しでキュウコンとペンドラーに語っていた。おそらく今日のバトルについて話しているのだろう。

 ピカチュウとイーブイがにこにこしながら並んで食事しているのを見た時、サトシは、このうえなく幸福な気持ちになった。

 

「おれさ」

「はい?」

「なんていうか、いま、すごく幸せだ!」

「わたくしもですわ」

 

 柔らかく微笑み、ラナンはあたたかいミルクティーを一口啜った。

 

「……サトシは、これからどうなさいますの?」

 

 ラナンの問いに、サトシはふと口を噤んだ。

 憧れのダンデに挑み続けた数ヶ月。ようやく勝利したばかりで、勝ったあとにどうするかなど考える余裕もなかった。

 

「そうだなあ……。なんにも考えてなかった……」

「ふふ。サトシらしいですわ」

「ラナンはどうするんだ?」

 

 ラナンは、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに頬を紅潮させ、胸元から一枚の航空チケットを取り出した。

 

「お次はここに行こうと思っていますの」

「ガラル発、ぱるであ行き……パルデア?」

「ええ!」

 

 ラナンは立ち上がるや、両手をめいっぱい広げた。

 

「パルデア地方! ここガラルと同じくらい、いえ、もしかしたらもっともっと広い大自然が広がる場所! そこにはまだ、見たことも逢ったことも無いポケモンたちがたくさん息づいているんですのよ!」

 

 サトシはその言葉を聞き、喜色を満面にうかべた。

 

「見たことも、あったこともないポケモン……!」

「ええ! 色違い研究家として、ポケモントレーナーとして、こんなに胸踊る土地はありませんわ!」

「おれも行きたい!」

 

 たまらずサトシも立ち上がった。ここに飛行機があったなら、即飛び乗っていただろう勢いである。

 

「うふふふふ、わたくしはひと足お先にいってますわよ! 早く追いついてらっしゃいな」

「ああっずるいずるい! いいなあ!」

「ずるくありませんわよ! わたくしに勝ったんですから、それぐらいはお譲りなさいまし!」

 

 

 はしゃぐサトシとラナンを、ポケモンたちは笑いながら見つめていた。

 中天にかかる月は、少しも欠けることのない満月だった。

 

 

 

 




さてさてさて、皆様いかがお過ごしだったでしょうか!

6対6のフルバトル、書くのめちゃくちゃ大変でしたわ!
途中で3対3に変えようか真剣に悩みましたわ!

ゲーム本編ではありえない、メガシンカZワザダイマックス全部ありの展開、さすがアニポケでしたわ。それを書きたくて始めたと言っても過言ではありません。
まさかダンデに勝つとは思ってなかったので、毎週楽しませていただきましたわ。アニポケスタッフに心から感謝いたしますわ!

いよいよ明日からパルデアにこもりますけれど、魅力的なキャラやポケモンがたくさんいるので、再び更新が始まるかと思います。
またお付き合いいただければ幸いですわ!

よければ高評価、感想宜しくお願いいたしますわ〜!

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