大変お待たせしました。
季節はすっかりと夏へと移行し、ギラギラと眩しい太陽が照り輝いている。
商店街に出ると、すでに辺りはアイスやらジュースやら、暑い夏にぴったりな品々を提供し始めていた。
オレは今日、新しい本を買いに本屋へ来たんだが、目新しいものは何もなく無駄足だったとトボトボ家へ帰ってるところだ。
道中、ふとある光景が目に入る。
「あれは………?」
そばにあった電気屋で何やらゲームを物色している人影が見えた。
その人物のことはあまり知らない分、似つかない場所にいたものだから少々驚いた。
ゆっくりと近づき声をかける。
「燐子」
「きゃっ………………ゆ、雄樹夜………………さん……………!」
ビックリした、と言わんばかりの表情を見せる燐子。
手には数本のゲームソフトを抱え、今から買いに行こうとしていたみたいだ。
「急に声をかけてすまない。つい、目に止まったものでな」
「い、いえ………………」
「ゲーム、するのか?」
「は………………はい………………」
頬を染め、俯き抜きながら答える。
それにしても、やはり意外だ。
燐子がゲーマーだったとは、この夏1番の驚きだな。
「その………………あこちゃん、と……………一緒に………………」
「あこ?あいつもゲームをするのか」
「はい…………………あこちゃんと、知り合ったのも………………ゲームが…………きっかけ、でした……………」
全くタイプの違う二人がどうやってあそこまで仲良くなったのか疑問だったが、それが要因だったとは。
人は見かけによらないとはよく言ったものだ。
「ゆ、雄樹夜さんは………………どうして……………」
「オレは本を買いに来た。残念ながら、面白そうなものは何もなかったんだけどな」
「その、どんな本を………………読むん、ですか……………?」
「ジャンルは基本問わない。だが、非日常に溢れた世界線の作品は好きだな」
「とても……………わかり、ます……………」
「燐子は前、ギリシャ神話の本を読んでいたのを見かけたんだが、面白いのか?」
「はい………………!とっても………………」
「そうか。今度読んでみるとしよう」
あこが意味不明なセリフを言うとき、燐子に助けを求めるのはそう言った知識が豊富だからなのだろうか。
「邪魔して悪かったな」
「い、いえ……………また、練習……………で」
「ああ」
燐子に別れを告げオレは再び商店街を歩く。
街行く人々は汗を流し、この猛暑の中仕事をしている。
オレも将来ああなるのかと思うともう少し学生気分に浸りたいと感じる。
およそ残り1年半の学生生活。
大学に行くか就職するかまだ決めてないが、義両親に迷惑だけはかけないようにしたい。
「このまま家に帰るのもなんだ、アイスコーヒーでも飲んで帰るか」
たまたま目に止まった喫茶店に足を運んでみる。
汗ばみ、太陽に灼かれた体が店の冷房で一気に涼む。
カランカラン、とベルが鳴り店員が近づいてきた。
「いらっしゃいませ♪」
茶色の短い髪を揺らしながらきたこの少女にオレは見覚えがあった。
「確かAfterglowの……………」
「羽沢つぐみです!湊 雄樹夜さんですよね?」
どうやら向こうも面識があったようだ。
「よく覚えていたな」
「これでもお店の従業員ですから。お好きなお席へどうぞ」
和やかな表情でそう告げカウンター席へと向かう。
「………………あっ」
「………………おぉ」
そして、この店の中にもう一人見知った顔がいた。
「よかったら隣、どうぞ」
「悪いな」
Roseliaのギタリスト、紗夜だ。
普段は制服姿でしか見ることはないが、私服はなんだか新鮮さがあるというか。
不思議な気分だ。
「よく来るのか?」
「そんなことないですよ。今日はたまたまです」
「そうか」
「あなたの方こそ、どうなんですか?」
「今日が初だ。Afterglowの人間がここで働いてるなんて知らなかったぐらいだからな」
「羽沢さんですね。とても人当たりの良い人ですよね」
「ああ。オレも見習わないといけないな」
淡白、だとは思うが会話にはなっていると思う。
リサがいなくても、もう大丈夫そうだ。
「ご注文お決まりですか?」
「お任せする。この店のおすすめを持ってきてくれ」
「かしこまりました♪」
オレの適当な注文に、羽沢つぐみは表情ひとつ変えることなく注文を受けた。
こういった面倒な客への対応も慣れているのだろう。
紗夜の言う人当たりの良さもそういった経験から身につけたものなんだと理解できた。
「今日は何してたんだ?」
「ずっと家にいるのもよくないと思ったので外に出ただけです。あなたは?」
「目新しい本を探しに本屋に行ったが、収穫はなかった。ここへきたのは本当にたまたまだ」
「今井さんとは一緒じゃないんですね」
「幼馴染と言えど、特別仲がいいわけじゃない。お互い趣味も違うしな」
その代表的なものの一つが衣服だ。
オレはリサと違いオシャレというものに執着はない。
今も、家にあった黒のTシャツに短パンと非常にラフな格好である。
「どうせなら友希那やリサでも呼ぶか?電話でもすればすぐにでも来るはずだが」
「いえ、大丈夫です」
紗夜はキッパリと断る。
「せっかくなので二人で話しませんか?」
「ああ。構わない」
そう話していると羽沢つぐみはオリジナルブレンドとチーズケーキを運び、差し出す。
「ごゆっくりどうぞ♪」
和かな笑顔でそう告げ、次の客の元へトコトコとかける。
こんな休みの日にも働くんだから相当な頑張り屋だ。
無理して体を壊さなければいいんだが。
試しにコーヒーを一口啜る。
オレ自身舌が肥えてるわけではないが、美味いと感じる。
甘さを調整できるように添えられたミルクと砂糖を入れ再度啜る。
うん、美味い。
全身がほぐされていくような、落ち着く味だ。
「いいな、これ」
「気に入りましたか?」
「ああ。これは通うことになりそうだ」
チーズケーキもまた絶品。
コーヒーとの相性も抜群だ。
メニュー表を見てもこの二つでワンコインなんだから金のない学生にも優しい店だ。
羽沢つぐみという女を育てた親だから、その人柄も窺える。
この世に生まれてくれてありがとう。
珈琲店を営んでくれてありがとう。
「花咲川も、もうすぐ夏休みか」
「ええ」
「この長期休暇でメンバーの演奏レベルがさらに向上すればいいんだけどな」
「可能であればもっと実践経験も積みたいですね」
「この期間、ライブできる回数は何度でもある。友希那の許可が降りればいつでも手配するぞ」
「助かります」
「オレにできるのはそれだけだからな」
Roseliaが成長できるのであればオレはどんなことでもしよう。
それがどれだけ裏方だろうが構わない。
それが唯一友希那にできる罪滅ぼしだから。
しばらく話していると一件の着信が入る。
バイトの先輩、まりなさんからだ。
「もしもし……………はい……………本当ですか。ぜひお願いします。はい、失礼します」
電話を切り、横目で見つめる紗夜にまりなさんからの言伝を伝える。
「紗夜。今週の土日は暇か?」
「え、ええ。予定はありませんが」
「合宿、しないか?」
「は、はあ?」
訳がわからないと言った様子で首を傾げる紗夜。
こういう時、リサがいつも補足してくれるのだが今日はそばにいない。
やはりオレにはリサが必要だ。
「あるバンドが海の近くのコテージを借りたんだが、流行病にかかって行けなくなったらしい。その代わりを探しているところを、まりなさんが真っ先にRoseliaに声をかけてくれた」
「なんとも、絶妙なタイミングですね」
全くもってその通りである。
神がもたらした好機というべきか。
オレたちはついてる。
「返事は決まってます。もちろんいきます」
「よしきた。他のメンバーにも声をかけるか」
グループにメッセージを送信し皆の返事を待つ。
「事がうまくいき過ぎて怖いぐらいだな」
「皆さんと予定が空いていればいいですね」
「人が集まらなくてもオレでよければマンツーマンで付き合うぞ?」
オレのその言葉に、紗夜は口をつぐむ。
「……………その時は、また考えましょう」
「そうか」
まあそんな事はありえないだろう。
何せ、友希那は一日中家にいる事がほとんどだから呼べば間違いなく来る。
近頃は引きこもりっぱなしだから砂浜にでも出して走らせるか。
リサ曰く、衣装のサイズを変更したと耳にした。
もちろん、サイズアップの方で。
余計なお世話だろうが、みっともない姿でステージに立たせるわけにはいかない。
そのためには、オレも鬼になろう。
「もう時期陽も落ちる。そろそろお暇するか」
「そうですね」
代金を支払い、紗夜に別れを告げ羽沢珈琲店を後にする。
陽も落ち少し涼しくなった商店街を抜け帰路につく。
***
家に帰る頃には全員から返信が届き、行けないと答えたのは一人もいなかった。
これで全員参加だ。
次のライブに向けより一層練習ができる。
このまたとない機会を無駄にはできない。
「ただいま」
家の扉を開きそう呟く。
「おや、おかえり」
「義父さん……………」
普段は自室にいる義父さんがそこにはいた。
食事も時間がズレる事が多いからあまり顔を合わせる事がないのだが、どこかやつれている様子だった。
「今日はどこに行ってたんだい?」
「商店街の喫茶店に。友希那のバンドメンバーとたまたま会って」
「楽しかったかい?」
「もちろん」
オレはそう答え、義父さんは嬉しそうに小さく笑った。
「聞いたよ。また、音楽に関わるようになったって」
「…………………」
義父のその言葉に言葉が詰まる。
かつてオレは幼心だったとは言え、友希那とリサと共に音楽で頂点を目指すと言った身。
自分の才能に限界を感じ、友希那からも逃げ、音楽から逃げ、そして自分からも逃げた愚か者だ。
とても顔を合わせることなんてできない。
「雄樹夜?」
「……………正直、オレに今その資格はないかもしれない。けど────」
「どんな形であれ、また雄樹夜が音楽と向き合ってくれて嬉しいよ」
「おこら、ないの?」
「当然だよ。二人とも、僕の大切な家族だ。自分の思うままに過ごしなさい」
友希那だけでなく、血のつながりもないオレのことまで。
なんだか、自然と涙が溢れてくる。
どこまでも優しい義父に心から感謝する。
「Roseliaは必ず、オレが導いてみせる。だから…………見ていてほしい」
「これからも、楽しみにしてるよ」
義父さんはそう返し、自室へと戻る。
「さて、練習メニューを考えなくちゃな」
決意を新たに、オレはまた歩き出す。
テレビをつければ侍ジャパンの練習試合。
世界のしょーへいまじバケモン
優勝目指して頑張ってください。応援してます。