一富士二鷹三茄子。
初夢に見ると良いとされる言葉ではあるが、17回目の初夢は、モニターだけがあるいつぞやの真っ白の空間で過ごすことになる。
「さて、今回は何を観せられるのやら……」
モニターから少し離れた位置に腰を下ろすと、パッとモニターの電源がつきとある映像が映し出された。
舞台はとあるカフェテリア。
落ち着いた雰囲気の内装でゆったりとしたBGMが流れている中、二人の男女にカメラのアングルが動いた。
しかし、カメラはまるでオレにその正体を隠すかのように二人の顔を映し出さず胴体の仕草のみを映し出す。
『一体、どういうつもりだい?』
コーヒーを少し口に含み、身だしなみが整った男が目の前の女に冷たい視線を向け問い詰める。
『………仕方、なかったの………』
女は俯いたままそう述べる。
察するにこの二人はカップルで女側の過失によって男が怒っている。
そんな感じだろうか。
『仕方ない?たったそれだけの理由で───』
『仕方なかったの!!』
『………!』
『私には………もう………』
悔しさからか拳をふるわす女。
言い訳をするには少々言葉足らずな気がするが、それはオレにも言えたことか。
『キミに何があったかまでは追求しない。だが、それが子供を手放していい理由になるはずがない』
子供を手放した?
一体二人がなんの話をしているのか全く理解できない。
『……あなたはいいわよね。なんの不自由もなく、この先も安定した生活を送れるのだから』
『………ッ!!』
男は勢いよく立ち上がり女の肩を掴む。
顔は見えないが相当な怒りだということはその動きで理解できた。
女は怯むことなく言葉を続ける。
『あなたの所属するバンドはメジャーデビューした。可愛い娘も生まれた。
『………それは関係ないだろう』
『じゃあ何?あの子を捨てた私を説教しに来たとでも言うの?』
『そうだ』
『私の親でもない他人であるあなたの説教なんて受けないわ。
『………』
男はスッと冷静になり席に戻ると女は話を続けた。
『とにかく、私はもうあの子の世話は出来ない。これも何かの巡り合わせね。あなたには本当に感謝してるわ』
『舞─────』
『あの子が大きくなったら伝えておいて。「あなたの両親は無責任にもこの世を去った」ってね。それじゃあ』
女はそう言い残し店を出ると同時にモニターの電源が切れた。
それにしても、なんとも身勝手な女だ。
会話から推測するに、女は自分の子供を捨てたが偶然にも知り合いだったこの男が引き取り口論になったといったところか。
しかし、自分で産んだ子供だろうにそんな卑劣なことが出来るなんてとても信じられない。
これまでの観たどの映像よりも時間が短い上に気分が悪くなった。
汚く言えば胸糞悪い、だな。
あの女の考えには一切同情できないしする気も無い。
これは相当寝覚めが悪くなりそうだ。
「さて、そろそろのはずなんだが」
オレはその場に立ち上がり周囲を見渡す。
お決まりのパターンとして、このモニターに映し出された映像をすべて見たら突如として扉が現れそこを開いたら目が覚めるという流れなのだが今回に限りそれが無い。
まだ何かあるというのだろうか。
そう考えていると再びモニターに光が灯り映像が流れ始めた。
オレはそれを立ちながら観る。
舞台は喫茶店から移りとある一軒家へ。
それもすごく見覚えのある家だ。
「これは……ウチか?」
先ほど女と口論になっていた男がそこへ入り、玄関を抜けるとリビングに向かった。
そこには二つのベビーベッドがあり、それぞれに女の子と男の子と赤ちゃんが眠っている。
その片方、男の子の頬に手をそっと添え男は寂しそうな声色でそっと呟いた。
『雄樹夜……キミは、僕が必ず立派に育ててみせる』
そしてカメラは移り、男の顔を捉えた。
そこに映っていたのは若かりし頃の友希那の実父、そしてオレの義父であった。
「何故、義父さんが………」
今日見た映像はすべて義父の記憶らしい。
ここにきてまさかの展開。
顔はハッキリと映されていなかったが今日の映像を観て確信した。
これまで見てきた女の行動録は全て、オレの実の母親だったようだ。
「義父さんとあの女に一体どんな関係があるんだ……?」
謎はますます深まるばかり。
少なくともオレが聞いた話では、施設に預けられていたオレを義父さんが引き取ったという流れだ。
このように母親と話していたとか、知り合いだったとかは全く耳にしたことがない。
まあ隠すのも無理はないか。
あのような言葉を吐かれたのであれば仕方ない。
オレが義父の立場であるなら同じことをするだろう。
一連の映像が終了しモニターが切れると、後方に扉が突如として現れギィッと音を立てながら開いた。
オレはそこへ向かい歩く。
またここに来る機会があるなら、あの女についてもっと深ぼって欲しいところだな。
迎えた朝。
携帯を覗くとまだ朝の6時。おはようというにはまだ早すぎる時間だ。
オレは体勢を変えようと寝返りを打ったのだが……。
「ん?」
横を向けば何故かオレのベットの上でスヤスヤと眠るリサの姿があった。
昨日は一通り話し終えた後眠気が襲ってきてそのまま床に寝ていたはず。
現に友希那は今床で寝ている状態だ。
いつの間に移動したというのか。
「すぅ………すぅ………」
いつもは底抜けに明るく可愛らしい彼女だが、黙っていても尚その可愛さは健在。
オレには本当に勿体無い自慢の彼女だな。
しばらくその寝顔を見ていると、パチクリと瞼が開きオレの顔を見るや否や天使のような微笑みを浮かべる。
「おはよう。雄樹夜」
「ああ。おはよう」
挨拶を交わすとリサは大きく体を伸ばし眠そうな目を擦る。
オレはそんな彼女の頭をそっと撫でた。
「まだ寝てていいぞ」
「ホント?なら、雄樹夜も一緒に、ね?」
グッと距離を詰めたリサは空いた片方の手を握り上目遣いでそう口にする。
「…‥これが初夢か」
「あははっ、現実だよ〜♪」
先ほどまで観ていた
「もしかして夢だったら、今からアタシにいやらしいことでもしようとしてた?」
イタズラな笑みを浮かべたリサは妄想したことを問いかける。
「バカ言え。そこに友希那がいるんだぞ?」
「じゃあ友希那がいなかったらしてたんだ?」
「………違う」
「図星だー♪」
「違うと言ってるだろ」
「雄樹夜が嘘をつく時って絶対目を逸らすから分かりやすいんだよね〜」
確かに目は逸らしたがそんな邪な事は考えちゃいない。
オレにそんな強い欲はないからな。
どちらかと言えばリサの方がそういった欲は強い。
しかし……オレにそんな癖があるのは知らなかった。気をつけよう。
「はいはい、オレが悪かった」
「やーい。雄樹夜のエッチ〜☆」
ニッと白い歯を見せ、指でオレの胸を突く。
「何で嬉しそうなんだよ」
「ちゃんとアタシのこと好きでいてくれてるんだなーって思ってさ」
「そんなことでわかるのか?」
「うん!雄樹夜は誰彼構わず手を出す人じゃないって知ってるからね」
随分と信頼されてるような口ぶりだ。
悪い気はしない。寧ろ嬉しいのだが、信頼してる証拠が下品であるのは少々納得できない。
オレがちゃんと行動や言葉でリサへの好意を示すことができていれば………口下手という言い訳はもう使いたくないな。
年も明けオレはまた一つ大人になる。
そろそろ自分の殻を破らなければ、この先成長はない。
「リサ」
大切な彼女はキョトンとした顔でこちらを向く。
「好きだ」
ストレートに伝えた彼女に対する好意を表す言葉。
今のオレにはロマンチックな言い回しや、ムードを作るような言動はできないが、率直な想いを言葉にすることはできる。
オレからのメッセージにリサは嬉しそうに笑みを浮かべ、『アタシも!』と同意しギュッと身体を抱きしめた。
「ちなみになんだけどさ」
オレの胸に顔を埋めたリサはそのまま続ける。
「アタシ今───ブラ、してないんだよね」
唐突に告げられた真実。
確かに抱きしめられた時、二つの柔らかな感触が伝ってきたが、これは何かの狙いなのか?
「……あはっ♪ドキドキしてる」
「そりゃそうだろ」
オレの身体に触れてるリサには全て筒抜けだ。
当然、そんなことを告げられたら鼓動も早くなる。
「襲いたくなった?」
「オレは騙されんぞ」
「え?」
「襲いたいのは寧ろリサ、お前の方じゃないのか?」
オレからの指摘にリサは目を開き、プクーッと頬を膨らませ不満を露わにした。
「………雄樹夜の鈍感」
「何故そうなる」
「知らなーい。雄樹夜にはもうアタシのおっぱい触らせてあげないもーんだ」
自分の胸を守るかのように抱き、彼女は背を向けてしまった。
女心は難しい。
これから先、それが全て理解できるようになるのか不安だけが高まった。
◆◆◆
結局あの後オレたちは昼まで惰眠を謳歌することとなり、正午を迎える頃にはリサは実家へと戻り友希那は自室へと戻っていった。
一方オレは正月にやる特番を観ようと居間へ降りると、テーブルに腰を下ろしていた義父が和やかな表情で話しかけてきた。
「明けましておめでとう。ぐっすり眠れたかい?」
「ああ。寝過ぎて頭が重いぐらいだ」
冷蔵庫から牛乳を出し、コップに注ぐとそれを持って父の対面に腰を下ろす。
「せっかくの休日だから、しっかり体を休めなさい」
昼まで自堕落していたオレを叱責するわけでもなく、義父はただただオレ自身の体調を心配し労ってくれる。
優しすぎて逆に恐怖すら覚える。
「ところで、義母さんは?」
「買い物に出かけたよ。ついでにご近所さんに挨拶するって言ってたから遅くなるんじゃないかな」
「そうか」
オレが観た初夢には義母は映っていなかった。
それがたまたまなのかはわからないが、オレの実の母親と関係があるかは謎だ。
「もしかして、
「何でそう思ったんだ?」
「いつもより深刻そうな顔をしていたからね。その内容まではわからないけど」
この表情の理由はリサとの一件も含まれているのだが今は置いておこう。
オレはカップに注がれた牛乳を飲み干し、本題に入る。
「………オレが生まれたばかりの時の話だ」
「ッ!」
「ここ最近、変な夢を観ることが多くてな。まるで誰かの人生を俯瞰しているような感じなんだ」
オレはこれまで観てきた夢について全てを話すが義父に一切の表情の変化はない。
平静を装っているだけなのか、はたまた別の理由か。
義父はたまに頷いたりしながらオレの話を聞くことに専念する。
一通り話し終えると、ふぅーっと息を吐き義父は思い口を開いた。
「………雄樹夜。少し残酷ではあるが、自分の過去を知る覚悟はあるかい?」
「ああ。もちろんだ」
そんな前置きなんて気にしない。
どれだけ悲惨な過去があろうとも大切なのは今現在だ。
万が一その話を聞いて絶望したとしてもオレには心優しい仲間が大勢いる。
何も問題はない。
「まず雄樹夜が言っていた子供を捨てた女というのは間違いなく、キミの実の母親だろう」
やはり正体はそうだったのか。
認めたくはないが、行動の節々にオレらしさを感じたからもしやとは思ってはいたが実際耳にすると驚いた。
「彼女の名前は雛形 舞。元は僕のバンドグループのアドバイザーをしてくれていた」
「アドバイザー?それってまるで……」
「ああ。今の雄樹夜と似たような立ち位置にいた。絶対音感を持っていたという点も同じだね」
「遺伝だったのか」
「ああ。舞は口数は少なかったが仲間想いだった。何よりもグループの調和を大切にしていて、争い事が起きるといつも仲裁してくれていたな。まあ、彼女の求めるレベルが高すぎて揉めることもあったけど」
どこか懐かしむように母のことを話す義父はそのまま言葉を続ける。
「舞のおかげで僕たちの音楽は世間に認知し始めた。そんな最中だった。彼女は突如姿を消した」
「姿を消した?何故……?」
「舞はその時精神的に弱っていたらしい。結婚してすぐに旦那さんと死別したこと。子供を授かり生まれる寸前だったこと。両親とは絶縁関係になっていたこと。言い出すとキリがないと、再開した時話していた」
それが真実であるという保証はどこにもない。
あの女がついた真っ赤な嘘である可能性も無くはないだろう。
だが、オレを育てきれないと考え施設に預けようとするには十分すぎる理由だ。
「オレを引き取ったのは偶然だったのか?」
「違う。バンドのメンバーづてに聞いたんだ。舞が子供を捨てたってね」
「義母さんには何も言われなかったのか?」
「もちろん」
和かに答える義父には一切の偽りの感情が感じられない。
生まれたばかりの友希那もいたのに懐が深いことで。
「それで、今はどこにいるんだ?」
「わからない。だが、連絡先は知っている」
「本当か……!?」
「雄樹夜が過去について知りたいと言ってきたら教えようと思ってた。会いたければその場をセッティングすることも可能だ」
唐突に持ちかけられた提案だがオレの答えは既に決まっている。
「…‥…やめておく。今はまだ、その時じゃない気がする」
「そうか」
まだこの先もあの光景を目にするかもしれない。
あの女から直接話を聞くのはその後でも遅くない。
残念がることも不思議そうにすることもなく義父は淡々と受け取った。
(舞………キミは雄樹夜と会う覚悟はあるのかい………?)
私の今年の初夢は、何かとファンタジーな世界で戦っていたような気がします。
妄想することだーいすき