それぞれの視点で楽しんでいただけたら何よりです。
3学期は卒業式以外特別な学校行事はないけど、アタシにとって最も重要なイベントがある。
それがバレンタイン。
普段からクッキーやその他お菓子なんかを渡すからか、バレンタインともなると周りからの期待が半端じゃない。
もちろん、それが辛いと思った事はないよ?
だって、お菓子を作るのってすごく楽しいじゃん♪
「ふぅ〜、みんなお疲れー」
「お疲れ様、です……」
練習を終え一息つくアタシたちの側で、友希那と雄樹夜は改善点とかを話し合っている。
「二人ともー、水分はちゃんと摂るようにねー」
「ああ」
「わかっているわ」
素っ気ない返事だけど、アタシはそれで満足だ。
一年前ではこのような光景すら見られなかったんだから。
「みんな何か飲む?買ってくるよ」
「あこはオレンジジュース!」
「私は……温かい紅茶、で……」
「私も行きますよ?」
「いいからいいから☆紗夜のも教えて!」
「……では、微糖のコーヒーを」
「友希那はー?」
「私は大丈夫」
「OK!じゃあ、雄樹夜買ってきてー!」
「ちょっと待て」
アタシの言葉に雄樹夜が待ったをかける。
「リサが買ってくるんじゃないのか?」
「いやー、最近は練習がハードでアタシもみんなもヘトヘトでさー」
「ほう。それで?」
「そんなアタシたちを労うってことでお願い☆」
「……今回だけだぞ」
「やった♪」
渋々といった様子でため息をつき承諾する雄樹夜。
ぶっきらぼうな顔つきとは似つかず彼は本当に優しい。
そんな優しさに付け入るのは心が痛むけど、それは後ほど倍にして、仇ではなく恩で返すつもりだ。
「それでリサは何が飲みたいんだ?」
「えーっとね、確か携帯に……あった!コレ!」
アタシは携帯の画面を雄樹夜に見せる。
そこには某コンビニエンスストアでしか売られていない宇治抹茶ラテが表示されている。
「自販機にあるものじゃないのか」
「コレがどうしても飲みたいの!お願い☆」
「………」
流石に無茶振りがすぎたかな、と考えていたその時だった。
「雄樹夜。私からも一つお願いがあるのだけれど」
彼の隣にいた友希那が割って入った。
「何だ、私の分も買ってこいって言うつもりか?」
「いいえ。ついでにコレを買ってきて欲しいの」
友希那はアタシと同様に携帯の画面を見せる。
それも、雄樹夜にしか見えないように。
「帰りに買えばいいだろ」
「今日は練習が夜遅くまであるわ。売り切れていたら困るもの」
「それはそうだが……」
「Roseliaに全てを賭ける覚悟がある、あの言葉は嘘だったのかしら?」
「それとこれとは話が別─────」
「雄樹夜」
機先を制するように言葉を被せた友希那はジッと義兄の顔を見る。
「………わかった。今すぐ買ってきてやるから待ってろ」
そう言い残し雄樹夜はスタジオを後にする。
彼に何を買いに行かせたのか友希那訊いたところ『秘密よ』とだけ返された。
秘密なら仕方ない。
まあ、おおよそ検討はついているけど。
「……さて、みなさん!」
仕切り直し、といった感じで両手でパンッと鳴らし全員の注目を集める。
「アタシの家でさ、バレンタインのチョコ作らない?」
アタシからの提案に全員が考えるようなそぶりを見せ各々が意見を述べる。
「あこは作りたいです!」
「わ、私も……!」
「私はどちらでも」
あこと燐子は賛成。
友希那は中立といった感じだけどもうひと推ししたらきてくれそうって感じかな。
「紗夜はどうする?」
「私は……」
顎に指を当て少し迷っているような表情を見せる。
もちろんこちら側は強制するつもりはない。
「……すみません。私は一人で作ろうと思います」
「OK、何か困ったことがあったらいつでも連絡してね」
「ええ、お願いします」
みんなで作れないのは残念だけど仕方ない。
紗夜には紗夜の考えがあることをアタシは知ってるから。
「それはそうと、その話をするためだけに彼を外へ?」
「まあそんなとこ。渡す相手の前でバレンタインの話をするのは違うかなーって思ってさ。友希那はアタシの考えを察してくれてたみたいだけど」
「まあ何となくではあるけれど」
「それでも流石に本屋までは遠いぞ〜?」
「本屋?」
「い、一体何のことかしら」
あくまでシラを切ろうとする友希那の耳元でこっそり、その頼んだであろうものの名前を耳打ちする。
「友希那がチャンネル登録してる動画の猫の写真集でも頼んだんじゃないの?」
「ッ!!」
ビクッと体を震わす友希那。
声に出さずともアタシの答えがあっていたことを物語る。
「それで、友希那さんが頼んだものって……?」
「えへへ。秘密♪」
「は、はあ……」
友希那本人が知られたくないといった反応を見せていたのでアタシはその秘密をバラすことは絶対にしない。
アタシがわかっていればそれでいい。
「それはそうと皆さん。クッキーを焼いてきたのでよかったら食べてください」
紗夜はそう言うとカバンの中から丁寧にラッピングしたクッキーを取り出し、みんなに配った。
「……うん!美味しい!」
甘すぎず、かといって甘くないわけじゃない絶妙な味のバランス。
食感や口溶けも良く、ほのかに香るバターの香りがすごく良い。
紗夜は羽沢珈琲店でのお菓子作り教室へ行った日を境に、こうして度々クッキーを差し入れてくれるようになった。
今となっては市販の物よりも美味しく出来上がっているのだから、紗夜がどれほど努力してきたかが目に見え、味わって分かる。
「超美味しいです!」
「とても、美味しいです………!」
「いつもありがとう。紗夜」
「今井さんほど上手には出来ませんが……」
「そんなことないよ!絶対アタシのクッキーを超えてるって!」
「そ、それだと良いのですが……」
赤く染めた頬を隠すように顔を逸らす紗夜。
もちろんアタシの言葉に嘘はない。
クッキーというお菓子のジャンルにおいては、完全に勝られたと実感した。
「リサはココアや抹茶といった味のアレンジが施されてて美味しいけれど、紗夜はシンプル故の美味しさを感じるわ」
「いや〜、他人に誉められるのが一番嬉しいよねー紗夜♪」
「ええ。また作ろうって気持ちになれますね」
友希那や他のみんなの何気ない感想がアタシたちの気持ちを昂らせる。
今日は紗夜が持ってきてくれたから、次はアタシの番。
クッキーとは別の、甘いお菓子を作る予定だ。
「ところで、雄樹夜には渡さなくてよかったのかしら?」
『あ』
友希那のその一言にアタシたちは固まる。
あまりの美味しさについてが止まらなくなり、気がつけば全てのクッキーを平らげてしまった。
作り手の紗夜は表情ひとつ変えず「お気になさらず」とだけ口にし、クッキーが入っていた小包を鞄の中に入れた。
俗にいう、証拠隠滅、というやつだ。
「彼はバレンタインでたくさんチョコを渡されるでしょうし、構わないでしょう」
「それもそっか!」
都合よく解釈し、戻ってきた雄樹夜にはこの出来事を一切伝えることなく練習を再開した。
◆◆◆
練習終わりの夜。
私は早速キッチンに立った。
お菓子作りをするようになって買ったエプロンの紐をキュッと絞り、長い髪を一つに束ねる。
「さて、と」
台所に並んでいるのはチョコレートや生クリームといったバレンタインチョコを作るための材料に加え、トッピングシュガーやアラザンも揃えた。
見た目にも妥協するつもりはない。
まずはチョコレートを切ろうと包丁を手にした時だった。
「おねーちゃん?」
「日菜……!?」
カウンターからひょこっと顔を覗かせる双子の妹に驚き思わず声を上げる。
「あ、もしかしてバレンタインのチョコ作るの!?」
「え、ええ」
「すごいなー。あたしは作るの面倒だからデパートで買ってきちゃった」
「それも手段の一つよ。何も悪くないわ」
現に私も去年まではそうしていた。
下手な手作りより、完成された美味しいものを渡す方が絶対喜ばれると思っていたから。
日菜は身体を起こすとキッチンまで移動し私の横に立つ。
「それにしても、おねーちゃん最近よくお菓子作るようになったよね」
「Roseliaの皆さんが喜んでくれるから、つい」
「あたしはまだ食べたことないなー」
明後日の方向を見ながらチラチラとこちらを覗く。
言われてみれば出来上がったものは全てRoseliaの皆さんに渡していたし、試食も自分、もしくはお母さんに頼んでいた。
「分かったわ。あなたの分も作るから待っててちょうだい」
「わーい!やったー!!」
満面の笑みを浮かべ喜びをあらわにする日菜。
「くれぐれも邪魔はしないように」とだけ釘を刺し私は早速調理に入る。
と言っても、今回は型にチョコを流して固めるという簡単なもの。
アレンジしたポイントと言えば少々甘めに仕上げたところだろうか。
温度管理さえ気をつければ誰にだって作れる。
冷蔵庫に入れ冷やし固めている間私たちはリビングに移動し、ソファに腰を預け出来上がるのを待っている状態だ。
「まだかな〜まだかな〜♪」
待ちきれないといった様子で足を上下させながらその時が来るのを今か今かと待ち侘びる日菜。
「今冷やし始めたばかりでしょう」
「だって待ちきれないんだもーん!!」
双子の妹ではあるけれど、私とは対極のような性格と落ち着きのなさ。
仕事、学校生活において日菜と関わる人には苦労をかけていることは想像に難く無い。
良く言えば、天真爛漫。
それが悪いように捉えられることも少なく無いだろう。
「日菜は誰に渡すつもりなの?」
「パスパレのみんなとクラスの友達に!あとはね〜、おねーちゃん!」
「……それを本人の前で言うのはどうかと思うのだけれど」
「ハッ!しまった!!」
聞かなかったことにする、というのは無理だけれど密かに用意してくれていたことに対しては素直に嬉しく思う。
「全く、仕方ないわね」
私は肩をすくめ、慌てふためく日菜の頭を撫でる。
「後で交換しようねー♪」
「ええ」
一年前。いや、日菜との "違い" に気づき始めた中学生の頃では絶対に考えられなかった会話だ。
今にして思えば、あの時の私はどうかしていたように思える。
一方的に日菜を意識し、遠ざけ、あまつさえ暴言も吐いた。
口を聞いてもらえなくなるほど嫌われていても不思議ではない言動の数々。
だけど、心優しい日菜はそれでも私を嫌いにはならなかった。
様々な話題を持ち出し、関係が良くなるきっかけを作り続けてくれていたのだ。
ずっと私を待ち続けてくれた日菜には本当に頭が上がらない。
「それで、おねーちゃんは誰に渡すの?」
「まだ決めてはいないけれど、Roseliaのみなさんには渡すつもりよ」
「ユッキーにも?」
「……?ええ」
「へぇ〜……」
彼もバンドメンバーなのだから渡すのは当然。
しかし、日菜は不的な笑みを浮かべ何かよからぬことを考えているようだ。
「おねーちゃん、ユッキーのことどう思ってるの?」
「ただのバンドメンバーよ。それ以上も以下もないわ」
日菜の言いたいことは大体理解できる。
しかしそれはもう過去のこと。
誰にも口にしたことはないのだから、私から話すようなことでもない。
「私はカッコいいと思うんだけどな〜」
「そうね」
「おねーちゃんもやっぱりそう思う!?」
私の反応にグイッと顔を寄せ食いついてきたが、あくまで毅然として答える。
「容姿は整っていると思うわ。無愛想なところはあるけれど、面倒見はいいし、何事も真摯に向き合えるところも彼の良いところね」
「結構ユッキーのことちゃんと見てたんだね」
「一年も一緒にいたら当然よ」
「まあ、ああみえて結構ノリもいいからね〜」
「そうなの?」
「じゃなかったらメイド服なんて……ププッ……着ないよ……」
「………ッ」
あれは文化祭での出来事。
普段は制服かCiRCLEのスタッフ衣装しか目にすることがないけれど、あの日は英国風の黒いロングスカートを身に纏い、さながらメイドのような風貌で現れたのだ。
彼をよく知る身からすれば違和感しかない。
けれど、意外性と思いの外似合っていたことに思わず笑ってしまった。
あれから思い出して笑うこともあれば、夢にも出てきたほど、強烈な記憶として今も残っている。
「いやー、あれは傑作だったよね〜」
「あなたの差金だったのかしら?」
「いやいや、クラスの子みんなの総意だよ」
「よく彼が引き受けたわね」
「嫌々やってたみたいだけど、リサちーの一言で機嫌は治ったよ」
「流石今井さんね」
幼馴染であり、恋人。
コミュニケーション能力に優れ、どんな人間とも好意的な関係を築くことができる彼女だからこそ、彼と上手くいってると言っても過言ではない。
「女子力高いし、スタイル抜群だし、面白いし、リサちーって女の子の憧れーって感じ」
「あなたでもそう思うの?」
「芸能界でもなかなかいないよ、あんな裏表のない子って」
芸能界のことはよくわからないけれど、日菜の言葉を察するにテレビの前でニコニコ笑顔を振り撒いているのは演技、ということなのか。
それに該当しない人も少なからずいるとは思うけれど、少数派であることは間違いない。
現に私も同じことをやれと言われても出来そうもない。
「今井さんが素敵な女性であることは私もよく知っているわ」
「おねーちゃんも他人に対してそう思うことがあるんだ」
「仕返しのつもりかしら?」
「ううん。そんなつもりはないよ〜♪」
驚いたような顔をしたと思いきや今度は朗らかな笑顔を向ける日菜。
「…‥少しだけ。ほんの少しだけ、そんな今井さんが羨ましいって思うわ」
今井さんは私には無いものをたくさん持っている。
私が彼女に向けているのは、憧れや尊敬といった感情に近い。
けれど、私が人に対して "羨ましい" と口にしたことは未だかつてない。
容姿や性格といったこともそうだけれど、もっとそれ以上の何かがある。
「え?それってどういう……?」
「何でもないわ。気にしないで」
これはもう過ぎたこと。
勇気を出せず、いじけてしまった私の責任。
「ホント、ユッキーとリサちーってお似合いって感じだよね」
「ええ。その通りね」
抱いた想いはもう口にすることはない。
せめて、感謝の印として受け取ってくれればそれだけで私は満足できる。
先ほどではありますが、Roseliaのライブで迷惑行為があったと言うニュースを見ました。
バンドリ関係なく、他者の楽しい気持ちを蔑ろにし欲求のままに迷惑行為に及ぶことは許されざることだと思います。
私自身含め、皆さんもどうかお気をつけて。