それまでどうかお付き合いください
友希那のバンドもとうとう5人が揃った。
音楽以外には無頓着な奴だと思ったが、意外にもメンバーとの関係は良好らしい。
それはキョウダイとして非常に喜ばしい事なんだが、オレには一つ問題があって…………。
「お疲れ、紗夜」
「…………………」
友希那のギタリストにとてつもなく嫌われてしまったということだ。
オレがバイトの最中、さりげなく声をかけるも、あの日以来一度たりとも返事を返してくれたことがない。
まあ、悪いのは全てオレなんだが。
「雄樹夜ー、完全に嫌われちゃったね〜」
「らしいな」
幼馴染のリサはオレを励ますように肩をポンポンと優しく叩く。
「雄樹夜さん、落ち込んでないですか?あこのお菓子、食べます?
「あの………………お話し、聞き……………ますよ?」
あこも燐子もどうやら察してくれたらしい。
オレとしては友希那のバンドがうまくいきさえすればそれでいいんだが、友希那がそれを許そうとしない。
「雄樹夜。いい加減仲直りしたらどうなの?」
「その方法がわからないから困ってるんだ。謝って済む問題じゃないからな」
どうしていいかわからず後頭部をかく。
紗夜が怒っているのはきっと、オレが妥協した音を奏でてしまったからだ。
自らを陥れるような演奏をして、それが紗夜の逆鱗に触れてしまったんだろう。
もちろん、オレがこんな愚行をしたことにはちゃんと理由がある。
それを話そうと考えているのだが、紗夜がそれを受け付けようとしてくれない。
この状況はさながら、A○フィールドをいく層にも展開されてしまったと言っても過言じゃない。
もう完全に手詰まりだ。
「今日のバイトは何時に終わるの?」
「19時だ」
今の時刻は18時半。
あと少しすれば上がれる時間だ。
「もう少しね。もう練習は終わったからここで待っているわ。3人とも、帰っていいわよ」
「はいっ!お疲れ様でしたー!」
「おつかれさま……………です」
「アタシもこのあと時間があるし、残っていいかな?」
「ごめんなさい。今日は二人で話がしたいの」
「そっか……………わかった!あまり遅くならないようにね」
「ええ」
3人はCiRCLEを後にし、友希那だけが残り、カバンから紙とペンを取り出した。
どうやらオレのバイトが終わるまでの間、新しい曲の作詞をしているらしい。
「友希那は帰らないのか?」
「そうよ」
「話すなら家でもいいだろ。何故わざわざオレを待つ必要がある?」
「あなたと二人で帰りたいという理由の他に何かあると思う?」
「…………………そうか」
なんとも雑な理由だが、オレは特に気にすることもなく仕事を続ける。
…………………
…………
「待たせたな」
「行きましょう」
CiRCLEを出る頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
昔はお化けが出るとか言って怖がっていた友希那だが、今はその面影すらない。
リサも同類が、今でも怪談話は苦手なそうだ。
「バイトの方は順調かしら?」
「ああ。なんとか覚えてやれている」
「そう」
「そっちはどうなんだ?」
「あこもリサもどんどん上手くなっているわ。燐子も元が良いから申し分ない。ただ…………」
唯一名前が上がらなかった紗夜に関しては何か思い当たる節があるみたいな口振りだ。
「紗夜は、確かにリズムもテンポも正確よ。ここにいる誰よりも。だけど、「彼女らしい音」はまだ聴いたことがない」
「紗夜らしい音?」
「人には特有のリズムがある。それを音に乗せることで曲自体に抑揚がついたり、演奏者の個性が現れる」
「けどそれがあいつにはないのか」
「そう。まるでロボットが演奏しているような。そんな印象を受けるの」
本来、奏でる音が一定ならばボーカルとしてこれほど頼りになることはないだろう。
しかし、友希那の求めるレベルはそれを遥かに凌駕する。
安定した音を出すことは最低限。
友希那の歌声に合わせて、自分らしい音を奏でる事こそがこのバンドに必要なのだ。
「まさか紗夜がこんなところで躓くとは思わなかった」
「長年染み付いたクセはなかなか取れない。けれど、彼女ならなんとかするはずよ」
酷く具体性から外れてはいるが、それほど信頼しているんだろう。
紗夜の奏でる音に影響しないように、オレもどうにかして関係を修復する必要がありそうだ。
「話は変わるけれど、バンド名が決まったわ」
「そうか。遂にだな」
「まだ誰にも話してないのだけれど」
「なら、先にメンバーに──────」
「あなたに、最初に伝えたかったの」
どうやら友希那の目的はこれだったらしい。
真剣な眼差しがそう告げている。
「わかった。聞こう。名前はなんだ?」
「バンド名は────────Roselia」
「Roselia?何かの言葉の組み合わせか?」
「薔薇の "Rose" と椿の "Camellia" からとったわ。特に、青い薔薇…………そんなイメージだから……………」
青い薔薇、花言葉は『不可能を成し遂げる』。
なるほど、友希那たちのバンドにふさわしい名前だと言えるな」
「いいんじゃないか?覚えやすいし、何よりオマエたちに合っている」
「ありがとう」
友希那は小さく微笑みながら言う。
"Roselia" という名前がこれから世に知れ渡ることになるのは、まだ先の話。
今はまだ小さな蕾でも、いずれきっと絢爛な花を咲かせることになるだろう。
◆◆◆
あれからしばらく経つがオレたちの関係はずっと停滞したまま。
スタジオスタッフとそれを利用する客という以上に発展することは決してなかった。
まるで、窓に映る曇り空のように心は
「ユッキーユッキー」
頭を抱えるオレの狭い視界に、ひょこっと日菜の顔が映る。
「何か用か?」
「ユッキーって、おねーちゃんとバンドを組んでるってホント〜?」
「断じて違う。オレはあくまでスタジオスタッフだ。組んでいるのは、リサや友希那だ」
「でもでも、おねーちゃんのことは知ってるんだよね?」
「まあな。それがどうかしたのか?」
何か知りたげな様子の日菜。
恐らく紗夜関連だろうが、奴のことを訊きたいのは逆にこっちだ。
「最近ね "ピタッ" としてて、 "んー" ってなってる事が多いんだぁ」
「待て待て、もっとわかりやすく説明してくれ」
「それで、ユッキーなら何か知ってるのかなーって思って」
「……………オレの話は聞こえてないのか?」
独特な言い回しに思考が追いつかない。
要するに、いつもの紗夜とは違う、と言いたいのだろうか?
いつもテストで一位を取ってる才女のくせに、こういった日常会話はてんでダメだ。
「さあな。そういうことはリサに訊いた方がいいんじゃないか?」
「でも、リサちーからはユッキーに訊いた方がいいって」
日菜のその言葉に、リサの方を向く。
オレの視線を察知したのか、目が合うと両手を合わせ『ゴメンっ!』と言わんばかりのポーズをとる。
どうやらリサ自身も紗夜のことはわかっていない様子だ。
小さくため息をつき、手を握り親指を立てグッドのサインをリサに送りこの無言の会話を集結させる。
「おそらくだが、オレが関与してる可能性はある」
「なになにっ!?教えて教えて!!」
「わかった。わかったから落ち着け」
机に乗り出し、オレの顔日菜の顔がゼロ距離付近にまで近づくと肩を掴み引き離す。
日菜は空席であるオレの前の椅子に腰を下ろし、目をキラキラとさせながら話を訊く姿勢をとる。
「そうだな、まずは────────」
オレは以前の出来事を語る。
日菜は怒ることも、悲しむこともなくただオレの話を真剣に聞いていた。
全て話し終えるといつもの調子で口を開いた。
「完っ璧にユッキーが悪い!」
「だろうな」
分かりきっていたことだが、日菜にさえこうもハッキリ言われるとは。
ここまでくると、例え日本全国民に同じ質問をしてもオレを擁護する声は一切ないとすら思える。
「でも、そこまで怒るほどのことなのかなー?」
「どういう意味だ?」
「確かにユッキーが悪いけど、それだけでおねーちゃんは本気で怒らないと思うなーって」
姉妹ならではの勘、というやつか。
だが、肝心の理由がわからなければ意味がない。
「なあ、家ではどんな感じなんだ?」
「あたしもおねーちゃんとはあんまり話さないからな〜………………でも、この前は『ギターを弾きたくない』って言って部屋を追い出されたよ」
「あの紗夜がそんなことを…………」
恐らく紗夜は全体の練習以外でも家でも相当個人練習を積んでいるんだろう。
あの音を聴けば、容易に想像がつく。
そんな練習の鬼がギターを投げ出し、挙句の果てに妹にまで当たるとは。
ここで、日菜から聞いたエピソードとこの間の夜に友希那と話したことを照らし合わせてみる。
それぞれの単語を関連付け、繋いでは解き別の言葉に置き換える。
頭の中でそれが繰り返し行われ、一つの結論に至った。
これが正解かはわからないが、今まで全くわからなかった状況とは天と地の差がある。
友希那、そして日菜の協力がなかったらここまで辿り着けなかっただろう。
「話を聞いてくれて助かった。ありがとう、日菜」
感謝の意を込め日菜の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「………………ユッキーって時々何を考えてるのかわからない時があるんだよね〜」
「オマエがいうか?」
「じゃあ、相談に乗ってあげた代わりに今日の放課後に部室の掃除、手伝ってね♪」
「……………はぁ?」
「部室で待ってるから〜☆」
「今日はバイトが──────って、おいっ!日菜!」
日菜は笑顔でそう言い残し逃げるように去った。
何を考えているのかわからない。
本当に、アイツにだけは言われたくないセリフだな。
………………………
……………
この学園にはいくつもの部活が存在するが、日菜の属する『天文部』は明らかに異常だ。
部員が奴一人な上に、様々な奇行で先生や生徒会に迷惑をかけてるようでその噂はオレのような日陰者にまで届いている。
相談に乗った礼として、部室の片付けを強制させられたわけなのだが。
「汚ったない部屋だな」
物は散らかり放題で、何に使うかさっぱり分からないガラクタまで床一面に転がっていた。
当の本人はというと、これから撮影があるからこれないのだという。
なんでも、今日中に片付けないと部室を使用禁止にするだとか。
こんなギリギリになって掃除しようと思うな、というか、人に押し付けるな。
そんな空虚のツッコミをしつつもオレは作業に取り掛かる。
日菜からはメールで必要な物は既に回収してあるからあとの物は捨てていいらしい。
……………いやそのついでに片付けておけよ。
またしても無意味なツッコミが飛び出す。
本来はバイトなんだが、まりなさんには遅れると連絡はしてある。
こんな
オレは最大速度で片付けに励み、あっという間に部室の掃除を終わらせた。
ついでに窓を拭いたり床を掃いたりしたのはついでだ。
借りた恩は倍にして返す。
それがオレの流儀でもあるからな。
本来なら、1時間半遅刻。
休んでいる暇はない。
オレは濃い鼠色の空の下、走ってスタジオへと向かう。
遠くの方ではゴロゴロと雷のような音も聞こえ、雲は本格的に降り出すのは今か今かと待ち侘びている様子だった。
そして雨がパラパラと降り始めたと同時にスタジオへとたどり着いた。
「ギリギリセーフだったな」
しかし、本格的に降り出すのはここから。
バイト終わりには止んでいてもらうとありがたいんだが。
スタッフルームへと向かっていたその時だった。
「………………………!!」
スタジオから勢いよく飛び出してきた人物がオレを横切った。
目に涙を浮かべながらCIRCLEを出て行ったのは間違いなく紗夜だ。
「なんなんだ……………」
数秒遅れでRoseliaの面々もスタジオから姿を現す。
「あれっ、雄樹夜!?」
先陣を切っていたリサがオレと目が合うと、立ち止まり大きく目を見開いた。
「リサ。一体何があったのか教えてくれないか」
「う、うん。わかった。実は──────」
あらすじをまとめるとこうだ。
正確なテンポがウリの紗夜なのだが、今日はどうやら調子が悪かったらしく何度も練習を止めてしまったらしい。
流石の友希那も看過できず帰らせたという。
自分の不甲斐なさか、気概のなさか。
自ら失望しスタジオを飛び出して行ったそうだ。
「いくらなんでも、言い方ってものがあるんじゃないか?友希那」
あこと燐子の影に隠れている張本人に問いかける。
「……………ここ最近の話ではないわ」
「なに?」
「紗夜はあなたと喧嘩した日からずっと集中できていなかった。全てはあなたが引き起こしたことなのよ?」
何も言い返せなかった。
紗夜が独りで悩み苦しむ原因を作ってしまったのは誰であろうこのオレだ。
オレは、紗夜を救う絶対的な義務がある。
友希那に言われて、今再認識した。
「………………すまんな」
「謝罪はいいから、早く紗夜と仲直りしときなさい。それまで私たちはここで待っているから」
「わかった。すぐ連れ戻す」
土砂降りの雨が降り注ぐ中、スタジオの傘を借り紗夜の後を追う。
◆◆◆
ここのところ、悪い出来事が続いている。
演奏も調子が上がらず、修復しかけていた日菜との関係もまた元通りになってしまった。
全ての元凶はわかっている。
あの日、あの音を聴いてからだ。
「もう、辞めようかしら…………」
今の自分の心の中はそんなネガティヴな言葉しか浮かんでこない。
その気持ちと重なってか、一面の曇り空から大粒の雨が降り出した。
傘なんて持ってきてないから、その雨を直に受け体を濡らす。
辺りには雨宿りする場所はない。
けれど、そんなことはどうだって良い。
投げやりな気持ちなまま、暗く濁ったこの心の中を洗い流してくれと願うように、私は雨に打たれ続ける。
呆然と立ち尽くす私に近づく足音を耳にする。
きっとただの通行人だ。私には関係ない。
「紗夜」
慣れ親しんだように私の名前を呼ぶ声。
水が滴り霞む視界に映ったのは湊 雄樹夜だった。
きっとRoseliaのみんなから話を聞いて後を追ってきたんだろう。
「………………なんですか」
覇気もなく、目を逸らしながら言う。
そんな私に彼は傘を差し優しく告げる。
「ここじゃ体も冷える。移動するぞ」
「…………………はい」
湊くんの傘の中に入り、並んで歩く。
彼の服を濡らさないように少し間を置くが、逆に彼が距離を詰めてくる。
「遠慮することはない」
「しかし……………」
「オレが良いと言ってるんだ。甘えれば良い」
「………………わかり、ました」
雨音にかき消されるような小さな声で返事を返す。
しばらく歩くと、公園にたどり着いた。
彼はこの辺りの場所を熟知しているんだろう、屋根があり雨宿りできる場所へと向かうとベンチに腰を下ろした。
私も、冷える身体をさすりながら彼の横に腰掛ける。
「冷えるだろ。使ってくれ」
湊くんはそう告げ、カバンから大きいタオルを二つ取り出し、片方を渡す。
「ありがとう、ございます」
またしてもその言葉は雨音にかき消される。
タオルで髪を乾かしていると、湊くんは降り注ぐ大雨を見ながら呟いた。
「オマエと、ずっと話がしたかった」
「えっ……………?」
その言葉に、私は彼の方へ顔を向ける。
「ずっと、謝りたかったんだ」
その言葉に、彼の声と拳が震えた。
彼が謝るようなことは何もない。
だって。
「あの時、紗夜を侮辱するようなことをしてすまなかった」
「い、いえ……………私の方こそ、すみませんでした」
「今は二人だけだ。よかったら、あの時の事を弁明させてくれないか?」
「……………はい。私も、全てをお話しします」
降り続ける雨は屋根が遮り、私たちは落ち着いた雰囲気で話を始める。
本日は花の金曜日です。
どうか無事に、学校、仕事、頑張ってください。