6月というのは、嫌われてる月ランキングで3位に位置すると言う。
その理由というのが、梅雨でジメジメした暑さがあるということと、祝日が一切ないかららしい。
偏頭痛持ちのオレからしても、雨の日の前日はよく体調を崩すから苦手ではある。
体育祭や修学旅行も最近では5月に行う学校も増えてきていて、6月というのはやはりつまらないと感じざるを得ない時期でもある。
しかし、羽丘学園は違う。
「リサちー、ライターって持ってる?」
「日菜、私が持っているよ」
「ありがとう薫くん!」
「よーし、そろそろ下拵え始めるよー」
オレたちは今、校外学習として林間合宿を行なっていた。
こんな季節にやるなんて無謀だと思っていたが、今日は雲ひとつない見事な快晴。
奇跡と言っても過言ではない。
「ユッキー。手伝わないとお肉食べられないよ?」
「ああ。すまん」
今はスケジュールの一つでもあるバーベキューの準備をしている。
メンバーはオレとリサ、そして
同じクラスでグループを作る必要があり、しかもメンバー定数は四人。
オレはリサに誘われる形でこのグループに入ることとなった。
本来は男同士で組むものなのだが、この学園は以前まで女子校だったためか男子生徒が極端に少ない。
オレが入学した理由も友希那やリサが受験すると言ったからという不純な動悸だからな。
「バーベキューって、正直串に食材をブッ刺して焼いたらいいと思っていたんだが」
「ちっちっちー、それが違うんだな〜」
リサはそう言い得意げな顔をする。
「野菜は切り方ひとつでだいぶ変わってくるし、お肉だって下味をつけて焼いた方が断然美味しくなるの☆」
「そうなのか」
料理がからっきしなオレにとっては、その一手間すら思いつくことはない。
将来一人暮らしする時のためにも、学んでおく必要がありそうだ。
「ほんと、リサちーがいてくれてよかったね〜」
「ああ、感謝しているよ」
「ふふーん♪ありがと」
「ところで日菜、そこに転がってるカラフルなキノコたちは何だ?」
「え?拾ってきたやつだけど」
キョトンとした表情で答える日菜。
ハイキングしてる途中、何やらゴソゴソとしているとは思っていたのだがまさかそんなことをしていたとは。
だが、料理に関してど素人なオレでもハッキリとわかる。
明らかに、毒キノコだ。
「食べられる保証はあるのか?」
「毒見すれば良くない?ユッキーが」
「……………薫、その役目、オマエに譲ろう」
「ふふっ、私は遠慮しておくよ。儚く散るにはまだ早いからね」
言葉を濁してはいるが、薫も相当嫌がっているそうだ。
「じゃあユッキー。ほらっ、あーん!」
「やめろ、バカ」
日菜は強引にでもオレに食べさせようとしているらしい。
見た目とは裏腹に結構力がある。
腕を掴み静止させるので手一杯だ。
「これが食べられるって証明できれば美味しいきのこ料理をリサちーが作ってくれるじゃん!だから、ユッキー!あたしたちの尊い犠牲になってよー!」
「さりげなくオレを殺すな…………!」
オレも必死になって抵抗する。
二人で揉み合っていると、薫は地面に転がっていたキノコをひとつ手に取り、調理中のリサの元へ持っていく。
「リサ。少しいいかな」
「どうしたの」
「これが毒キノコかどうか知りたいんだが、何かわかるかい?」
「えー、アタシも別にそこまで詳しくないんだけど……………でも、見た目からして明らかにヤバいよね」
「私もそう思うんだが、日菜はどうしても雄樹夜に食べさせたがっているようでね」
薫はオレたちを指差し、その光景を見たリサは驚きのあまり握っていた包丁を落とす。
「ちょっ!?何やってるの!?」
「美味しいキノコ料理を食べるためにも、ユッキーの鉄の胃袋が必要なの!」
「オレは毒を分解できるほどの鉄人じゃない……………!」
「毒キノコ……………そうだなぁ」
「………………リサ?」
突如としてリサは考えるそぶりを見せる。
「定番は鍋に入れてシチューだよね。でも、それじゃあありきたりだからバレないように出汁だけとって味噌汁に。もういっそのこと、そのまま焼いて──────」
パッチリとした目からはハイライトが消え、ブツブツと何やら怖いことを呟いている。
「おいっ、日菜。どうしてくれるんだ。リサが壊れたぞ」
「り、リサちー……………?」
恐る恐ると言った感じでリサを見る。
「──────なーんて嘘うそ☆冗談に決まってるじゃん!」
「よ、よかったぁ」
いつもの調子に戻るリサと安堵する日菜。
「リサは演技も上手なんだね。よかったら今度、演劇部に来てみないかい?」
「薫に褒められると照れるな〜」
圧倒的な演技力を持つ薫からのお墨付きだ。
だが、アレが素の姿なのだとしたら、オレが今まで見てきたリサは嘘になる。
疑いたくはないが、用心するに越したことはない。
「でもね、ヒナ」
「なあに?」
「あんまり雄樹夜を困らせたら──────ダメだよ」
落ちた包丁を手に取り、先ほどと同じ暗い目をしたリサが日菜を睨む。
それはもう、『次に下手なことをしたらバーベキューの食材にしてしまうぞ』と言わんばかりの迫力だった。
「ご、ごめんなさい……………」
「日菜。悪いことは言わん。さっさとそのキノコを捨ててこい」
「はーい」
日菜は渋々と言った感じでキノコを捨てに行く。
これは後の話になるのだが、あのキノコたちは本当に毒を持っていたらしく、食べていれば腹痛や嘔吐を伴い苦しむことになるだろうと先生が言っていたのだ。
ある意味、日菜は犯罪者になっていただろうし、これを調理し食べさせようとしたリサもまた捕まっていただろう。
あの時抵抗してよかったと心底思う。
"誤って毒キノコを食べ死亡" なんて笑えない話だからな。
◆◆◆
林間合宿ということだけあって、バーベキューだけが全てではない。
テントを自分たちで立て、そこで一泊し、自然の中でどう過ごすかが目的とされているのだが、うちには天才がいる。
「はいっ!かんせーい!」
説明書も見ずにあっという間にテントを二つ完成させる。
見た目も中身も完璧。
先ほどのような奇行さえなければ日菜は最高の逸材だと言えるのに。
「ありがと〜、ヒナ!」
「えっへへ〜♪」
「なあ、薫」
「どうしたんだい?」
「オレたちは何もやってないんだが、どう思う?」
「ふふっ、人には適材適所がある。私たちは今回、とても役に立てなそうだね」
「自分で言ってて悲しくならないか?」
「ああ、儚い…………」
やはり意味不明だ。
早くコイツの翻訳機をよこしてくれ、ドラ○もん。
「日も暮れそうだし、中に入ろうよ」
「そうだね!」
「ああ。今夜は語り明かそうじゃないか」
「じゃあ、オレも一人に」
三人と別れようとしたその時、日菜に腕を掴まれる。
「ユッキーも一緒に決まってるじゃん!」
「いや、しかし…………オレは女子の会話についていける気がしないんだが」
「大丈夫大丈夫♪ほらっ、入るよ」
半ば強引に女子のテントへ連れ込まれる。
「ああ、ユッキーの荷物は全部こっちにあるからね。もちろん寝袋も!」
「おい待て、流石にそれはまずいだろ。第一、何のためにあのテントを立てたんだ?」
「カモフラージュに決まってるじゃん♪」
予め、男子と女子ではテントが別になっている。
モラルとして当然のことなのだが、
「オマエが良くても他の二人は…………」
「えっ?アタシはOKだよ」
「私もさ」
「まともな奴はこの中にいないのか…………」
「それじゃあ、女子&その他会、開催ー!」
日菜の号令のもと、謎の会はスタートする。
それと同時に、日菜はカバンの中から大量のお菓子を出し全ての封を開ける。
どうやら日菜は学校の目的と全く違う目的を持ってこの林間合宿に参加していたようだ。
「ねえねえ、普段おねーちゃんってどんな感じなの?」
キラキラと来た瞳で毎度同じことを訊く。
「前にも説明しただろ」
「あれからひと月も経ったじゃん!」
「あっはは!ヒナは本当に紗夜のこと好きなんだね〜」
「そこまでいくと依存症とも捉えかねないんだが」
「いいことじゃないか。紗夜が羨ましいよ」
「当の本人はそのことで困り果てているんだけどな」
実際、オレは日菜のことで紗夜から相談を受けることがある。
姉妹仲が改善してきたは言え、やはりまだ苦手意識があるようだ。
一歩ずつ歩み寄ってはいるようだが、日菜のことだからそんなもの飛び越えているに違いない。
美竹姉弟とも、オレたちキョウダイとも違う特殊なパターンだといえる。
「薫くんも千聖ちゃんのこと大好きだもんね♪」
「ああ。千聖は素直じゃないから私の気持ちに正直になれていないんだけどね」
「幼馴染だったか。確か」
「あたしにそういう人はいないなー」
「アタシは友希那と雄樹夜と幼馴染だもんね〜♪」
「そうだな」
「えぇー?リサちーとユッキーって付き合ってないの?」
「つ、つきっ!?」
日菜の爆弾発言にリサは固まる。
「生憎だが、オレたちはそんな関係じゃない」
「お似合いだと思うんだけどなぁ」
冷静に返答するオレだが、日菜は止まるところを知らない。
リサは赤面したままフリーズしている。
「ちなみに、今後付き合う予定は──────」
「日菜。そこまでにしろ」
ベラベラと話すその口を無理やり押さえ込む。
見た目に反してリサはこういった話題には滅法弱い。
相手の恋愛事情を聞くのは好きなんだが、自分が聞かれるのは苦手だと言う。
リサ自身そのような経験がないからだろうが、純粋にも程がある。
友希那なら適当に流せるだろうに。
「でも、あたしはユッキーのこと、好きだよ?」
「うそっ!?!?」
「おやっ」
日菜の唐突の告白に三者三様の反応を見せる。
「……………そうか」
「ユッキーさー、そういう時はもっと嬉しそうにしなよ〜」
やはりというべきか、日菜はからかっていただけのようだった。
「本気で受け取っていないからな。それに今は誰とも付き合う気はない」
「なんで〜?高校生活はあっという間なんだよ?」
「恋愛は幾つになってもできる」
「つまんないの〜」
頬を膨らませ不満げな表情を見せる日菜。
事実、オレは恋愛に興味はないし、経験すら毛頭ない。
学園生活でいろんな人と接してはいるが、どうにもそういったことへの感情が湧いてこないのだ。
リサに少女漫画を借りたこともあったが、『これが今の高校生の普通なのか』と感じるぐらいで、同じようなことをしたいとは思わなかった。
オレにはやはり音楽しかないのだろうか。
外の空気を吸うべく、女子3人組の会話から外れテントを出た。
………………………
…………
テントから離れ、少し山を登ると少し開けた場所にたどり着いた。
少し進めば崖があり、落ちると間違いなく死ぬだろう。
そこにあった平岩に腰を下ろし、夜空を見上げる。
オレの目に映るのは都会の空からでは決して見ることのできない満天の星空。
東京にもこのような場所があったのかと、感心させられる。
「綺麗だな」
思わずそうポツリと呟く。
しばらく黄昏ていると、遠くの方から足音が聞こえ徐々にこちらへと近づいてくるのがわかった。
あの3人の中の誰かか、それとも───────。
「……………雄樹夜?」
誰が来たかは振り返らずともわかる。
「ここに何しに来た?友希那」
星空を見ながら義妹に問う。
「話についていけなくなったから、ここへ来ただけよ」
「そうか」
「隣、いいかしら?」
「ああ」
平岩の中心に座っていた身体を端に寄せ、友希那はオレの隣に腰を下ろした。
「………………綺麗ね」
オレと同様に夜空を見上げ、感想を述べる。
「そうだろ。オレも驚いていたところだ」
「ぜひ写真に収めたいところだけど、携帯はテントの中なのよね……………」
「安心しろ。さっきオレが撮影しておいた。後でRoseliaのグループにも送る予定だ」
「そう。ありがとう」
「ああ」
梅雨特有の暖かな風が木々を揺らす。
昔からこういった風の音を耳にすると、ローテンポの曲を思い浮かべる。
余計な音は一切出さず、ギターだけだとか、ピアノだけだとか。
一見シンプルに聴こえるが、それだからこその奥ゆかしさがあると言える。
「今度ライブで披露する曲はもう決まっているのか?」
「まだ考えているところよ」
「そうか。なら、バラードを挟んでみるといい」
「バラード?」
「ああ。Roseliaは友希那の歌声とそれに劣らない迫力ある演奏が魅力だ。だが、何度も同じテンポの曲を続けてしまったらメリハリが無くなり、その良さが霞んでしまう」
「つまり、バラードは曲と曲の間に休息を挟むようなものと捉えていいのかしら?」
「そうだ。何も、ずっと全力でやる必要はない。今のままだと、あこが先に倒れてしまいかねないからな」
「メンバーの今の実力を加味してのことだったのね…………ありがとう、参考にさせてもらうわ」
「また新しい曲を作らないとだな」
「問題ないわ」
自信満々にそう口にする友希那。
さすが、と言わざるを得ないな。
ここでオレは話題を大きく変える。
「テントでは何を話していたんだ?」
「………………」
先程まで饒舌だった友希那の口は固く閉ざされる。
「友希那?」
「……………恋愛話を、していたわ」
友希那は俯きながら答える。
友希那がここへきた理由がよくわかった。
確かに、その手の話題は間違いなくついていけないだろうからな。
「女子は本当にそういう話が好きなんだな」
「あまりにもしつこく聞いてきたものだから……………つい、逃げてきたの」
「気になるんだろ」
「好意を向けられるのは苦手なの。音楽に集中したいから」
「そうなのか」
「雄樹夜はどうなの?」
「どう、と言われてもな…………」
「あなたには好きな人はいないのかしら?」
義妹から突きつけられた直球の問い。
こういった話を友希那とは全くしないからその新鮮さに浸りながら、ありのままの気持ちを伝える。
「いない。少なくとも、今はな」
「意味深なセリフね」
「だが、これだけは言える。友希那、オマエに恋心を抱くことは絶対にない」
「当然よ。私たちはキョウダイなのよ?」
理由はそれだけではない。
オレからすれば、義両親にどう顔向けしたらいいかわからなくなるというのが一番の理由だ。
「友希那も間違ってもオレに惚れるなよ」
「そんな心配不要よ」
「それは失礼した」
だが、将来は誰であれ友希那が嫁に出ることになるだろう。
それは大変喜ばしいことなんだが、今のままでは音楽しか取り柄のないダメな女になってしまいかねない。
オレともども、リサや義母さんに家事を教わる必要がありそうだ。
「戻らなくていいのか?」
「大丈夫。そういうあなたは?」
「もう少し、ゆっくりしていきたい。騒がしいのは嫌いじゃないが、落ち着く時間も欲しい」
「そう。なら、付き合わせてもらうわ」
「好きにしろ」
ここから互いが口を開くことはなく、ただ夜空を見上げ共にこの静かな時間を過ごした。
決して多くは語らない。
それが湊キョウダイだ。
毒キノコ、食べたらダメ、絶対!
山本イツキは過去に、鶏肉で食中毒になった経験があるんですけど、トイレから出られないんですよね、コレが。