納得しようがしまいが、必ず。
それは救いか、はたまた嘆くべき事か。
それは当人にしか、分からない。
いつものバカ路線がお好きな方は、引き返しても良いんじゃないでしょうか。
ふとした時に、忘れていた記憶が表層へと浮き上がってくる。
それは普段なら、特に気にもしないで再び忘れてしまうんだろう。
でも、タイミングというものが世の中にはあって。
何故思い出してしまったんだろう、何故今なんだろう。そう思いながら私は、記憶を手繰り寄せていた。
忘れてはいけなかったのに、大事な事だったのに。いつの間にかすっかり記憶から整理してしまっていた、そんな自分が嫌になる。
夏の終わりに、海へ向かう列車に揺られながら私は。唇を噛み締めてただ、窓の外を見詰めていた。
もう朧気な、若い日の記憶。私は今ほどひねていなくて、まだまだ真っ直ぐに前を見据えていた。抱いた夢を果たすべく、走り続けていた。
でもその道が、平坦なわけは無かった。何度も躓き倒れ、血を吐きながらそれでも立ち上がった。立ち上がって、そしてまた倒れて。倒れて立ち上がりまた倒れ、――限界を迎えようとしていた私はでも、あの日救われたのだ。一つ下の後輩に。
この海を一緒に見て、ただ寄り添って。それだけで私は、癒されていた。
それはきっと、恋だったのだろう。
だから私は勝手に決めた、また二人でここに来ると。約束さえしなかったくせに。一人で舞い上がった私には、なにも見えてはいなかったんだ。
かつて二人で泊まった民宿は、もう跡形もない。もうここまで海水浴に来る人々もいなくなってしまったのか、あの頃は賑わってた筈の駅前さえ寂れきっている。まるで私たちの関係のように。
同じ家に住まわせて貰って、お互いに意識しあってもいた筈。それでも、私は踏み出せなかった。なにもできないまま、時間だけが過ぎていって。同居が終わってようやく、手遅れになってようやく。私は知ったのだ、自分の愚かさを。
好きだったと嘆くには、あまりにも時が過ぎてしまったけれど。
砂浜に腰を下ろして見る夕焼けだけは、変わらない。12年前から、きっと。
紅く染まっていく空は、一人で過ごすには少し重たすぎる。
彼は今、何をしているだろうか。好い人を見付けて、幸せになっているのか。それとも、それとも――私みたいに、後悔の中で生きているんだろうか。
恋は何度かしてみたけれど、一度も上手くいかなくて。仕事はただ口に糊するだけで、生き甲斐も何も無い。私は自分で思うよりずっと、空っぽな人間だったんだ。口先で嘆くだけ、なにもしないから前に進めない。今だってそうだ、こうして過去を悔やんでばかり。無意味だと知りながら、ただ昔に浸っている。
私はたまたま誕生日の朝に高校時代を思い出した、それだけだ。普段はすっかり忘れているくせに、こんな時だけ悲劇のヒロインぶってるんじゃないよ私。
大事な人なのに、顔さえ忘れた。大切な思い出なのに、何年も忘れたまま思い出さなかった。あの日の夢を見なければ、あのまま忘れたままだった。
目が覚めた時に頬を伝った涙は、きっと思い出の断末魔。このまま消えてしまいたくない、と最期の声を上げたんだろう。
もし何処かで、一歩踏み出していたら。不様を晒してでも、思いの丈をぶちまけていたら。きっと私はこうなってなかったんだろう。
今この瞬間を、あの日のように二人で過ごせていたかもしれない。こんな風にいじけたまま、ぼんやりと座り込む事は無かっただろう。
何もかも、遅いのだけれど。
いや、まだ間に合うかもしれない。猪股家は変わらずあそこにある筈だし、何度も機種変してもうスマホにはアドレスが残っていないけど
そうすれば、そうすれば。
……そうすれば、どうなるというのか。
盛り上がった気持ちは夜の磯風に吹かれ、儚く消えていく。
今さら何が出来るんだ、この私に。
あの日から数えて12年、最後に会ってからさえ10年。私がそうなってしまったように、彼もきっと私を忘れている。
泣くことさえ出来ないまま、私はただ黙って海を見詰めていた。
29歳の私が迎える最初の朝は、17歳の私が迎えたあの朝のように爽やかではない。後悔と自己嫌悪にまみれた、苦い目覚め。
ああ、イヤだな。こんなのは、イヤだ。もう、イヤだ。
砂浜に座ったまま眠っていたせいで、あちこちマトモに動かない。ただでさえ鈍りきっているのに。
それでも強引に立ち上がり、軋む身体に鞭打って歩き出す。海へと向かって。
程なく足首が海水に沈み、絡み付いたゴミがまるでいつかのミサンガのようだ。
あの頃の私は、こんな風になることを想像できただろうか。いや、出来るものか。希望に満ちていた若い私は、例え聞かされたって「そんなの有り得ない」と笑うだろう。
でも一晩こうしていて、ようやく分かった。私はもう、終わってしまっていたんだ。何もかも終わったまま、どうにもならない事を嘆いて苦しみ続けていた。
もっと早く思い出していたら、まだ間に合ったかもしれないけど。
もう良いだろう、そろそろ良いだろう。私は充分やった、もう上がらせてもらおう。
朝の冷たい海水が腰を越えて、私の服はもう水浸し。まあ、良いか。
一足毎に近付く死には、別に特段の想いも無い。どうでもいい、としか思えない。
もし生まれ変われるとしたら、私は彼の子供になりたい。無条件で私を愛してほしい。今際の際にまでそんな都合の良い事を考えるんだから、まったく私という人間は救われないな。
顔まで水に浸かり、息も出来なくなって。
最期の息を吐くその瞬間、思い浮かべたのは。
あの輝いていた日々に見た、彼の笑顔。私を支えてくれた、大切な人の姿。
こんな私になってしまって、ごめんなさい。
立派な先輩でいられなくて、ごめんなさい。
貴方を忘れてしまっていて、ごめんなさい。
でも。
それでも。
――好きだったよ、大喜くん。