TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ! 作:冬月之雪猫
人類の三大禁忌。
それは人類世界の命運を繋ぐために定められた絶対のルールである。
一つ、王に不敬を働いてはならない。
二つ、勇者は自由でなければならない。
三つ、語る事すら許されない。
禁忌を破る事は決して許されない。
七王の逆鱗に触れる事や勇者の救済を阻害する事は人類世界の滅亡を引き起こしかねないためだ。けれど、三つ目の禁忌についてはいずれの文献からも詳細が省かれている。
あまりにも不親切ではないかと思った。
詳細が分からなければ、うっかり破ってしまう事もあるのではないかと。だけど、それは杞憂というものだった。
その程度の事を先人達が考慮していない筈が無かったのだ。
完全に隠してしまえば、それが禁忌である事を知らぬままに研究を始めてしまう者が現れるかもしれない。
そうならないように、あらかじめ御伽噺として『七つの禁断魔法』を語り、それが幼稚なもの、価値無きものであると人々の意識に根付かせていた。
わたしには思いもつかない発想だ。
人の心を深く理解して、あらゆる可能性を考慮して、この世界を守る為にどこまでも貪欲でなければ思いつけないもの。
ハロルド・カルバドルは掛け値なしの天才だと、改めて実感する。
同じ世界から来た筈なのに、彼と比べて何も出来ていない自分がひどくちっぽけに思えた。魔王の力があっても、何も成し遂げる事が出来ない。
ふと感じてしまった。
―――― わたしは何の為に、この世界に居るのだろう?
前の世界では考えもしなかった思考が
フレデリカ・ヴァレンタインとしての生きる意味なら分かっている。アルの伴侶として、彼と国に身も心も捧げる事だ。
だけど、それは『わたし』の存在理由ではない気がした。
生まれ変わる前の記憶が役に立った事などない。わたしが立場上必要とした知識や所作はシェリーやアナスタシアが仕込んでくれたものだ。
ゲームの知識も無価値だと断じられた。むしろ、邪魔だとさえ言われた。
アルはわたしを前世の事も含めて愛してくれている。だけど、前世の記憶があるから愛してくれたわけではない気がする。
ゲームのフレデリカが彼と破局したのは、いくつかのボタンの掛け違いが原因だったのだと思う。だって、彼はあまりにも魅力的で、あまりにも優しくて、あまりにも素敵な人だ。
元々は男だったわたしが愛さずにはいられなかった人だ。ゲームのフレデリカだって、アルヴィレオに惹かれていなかった筈がない。そして、愛せば、愛を返してくれる人だ。
「それは大丈夫なのですか? 禁断魔法の存在を人々が知ってしまう事になります」
「無論、全世界とは言っても無差別に情報をばら撒くわけではない。加えて、『禁断魔法』ではなく、『第三禁忌』という言葉を使う」
陛下とアルが大切な話をしている。だけど、声が右から左に通り過ぎていく。
頭が働かない。
「意味が分かる者ならば、それで伝わる。カルバドル帝国の現皇帝やイグノス武国のDr.クラウン、ルテシアン連邦国の元老院、
「……カルバドル帝国やイグノス武国がこの事態にどう動くとお考えなのですか?」
「その両国も禁断魔法の使用とあらば確実に対処へ動くだろう。言っただろう? 禁断魔法の発案者はハロルドだ。彼こそが帝国の始皇帝なのだ。代を重ねた事で国としての在り方は変われども、ハロルドの偉大さが失われたわけではない。彼が定めた事は現皇帝の意思よりも優先される。そして、イグノス武国にはDr.クラウンがいる。彼もまた、必ず動く」
その時代の誰もが王の中の王と認めた人。
死後、幾年が経とうとも陰る事のない絶対的な威光。
国の在り方が変わろうとも、世代をいくつ経ようとも、揺るがぬ信仰。
彼のような人こそ、この世界に必要な人間なのだろう。この世界に存在する意味を持つ人間なのだろう。
「Dr.クラウンというと、イグノス武国の科学者でしたね。信用出来る方なのですか? あまり、良い噂は聞かないのですが……」
「善悪で言えば、悪に傾いている。間違いなく信頼出来る男だとは断言出来ない。だが、彼の目的は今も昔も変わっていない。その憎悪や執念の矛先も分かっている。この件に関しては信用出来ると断言しよう」
「……父上がそう仰られるのであれば」
「さて、長話となったな。そろそろ日が暮れる。お前達は学園へ戻るがいい。ロズガルドの件とラグランジアの件は今話した方向性で動く」
「父上。最後の一つ、よろしいですか?」
「構わぬ」
「アースへ向かう場合、ハロルドやエルフランのように時間遡行現象に巻き込まれる可能性があるのではないでしょうか?」
「もっともな懸念だが、問題ない。実のところ、ザインは一人でアースへ向かったのではない。もう一人、同行者がいた。だが、ザインによって送り返された。そして、多少の衰弱はあったが、彼に時間遡行現象は発生していない。恐らくだが、彼らの移動方法には時間遡行現象を引き起こす要因が欠落していたのだろう。ならば、それを再現すればいい」
「……送り返された?」
「彼の証言によると、ゲートの先でただならぬ事が起きていたようだ。ただ、生身で魔王の権能であるゲートを往復した事で衰弱してしまってな。意識を失い、今も目を覚ましていない状況だ」
「ちなみに、その同行者の名はなんと言うのですか?」
「シドウ カイトという」
「珍しい名前ですね。シドウですか……」
「いや、カイトの方が名前だ。彼の故郷では苗字が前で、名前が後にくるらしい」
「なるほど……」
わたしはどうして、この世界に来たのだろう?
わたしは何の為に存在しているのだろう?
「……フリッカ?」
わたしは――――……、
「フリッカ! 大丈夫かい!?」
「え?」
肩を揺すられて、ようやくアルがわたしに声を掛けていた事に気が付いた。
「あっ、ごめんなさい!」
王子の呼びかけを無視するなんて、無礼にも程がある。それも、陛下の前で。
「……父上、ボクとフリッカはこれで失礼致します」
「ああ」
いつの間にか話が纏まっていたらしい。その話の内容がほとんど頭に入っていない。
最悪だ。国の行く末を左右する重要な話し合いの真っ最中だったのに、考え事に没頭してしまうなんて、あり得ない失態を犯してしまった。
「帰る前に母上に挨拶に行こう」
「は、はい」
返事をすると、アルはわたしの手を掴んだ。
「行くよ」
「はい。陛下、失礼致します」
「ああ、すまなかったな」
「え?」
謝られた理由が分からなくて、わたしはポカンとしてしまった。
それが失礼な態度だと意識するまでに数秒を要してしまった。
―――― わたし、フレデリカ・ヴァレンタインとしてもちゃんと出来てない。
シェリーやアナスタシアが一生懸命仕込んでくれた事すら、きちんと実践出来ていない。
思い返せば、同じような失態を何度も何度も繰り返していた。
変わるべきなのに、みんなからそのままで良いと言われて、甘えてしまった。
「フリッカ!」
アルがわたしの手を強引に引っ張った。転びそうになると、彼はわたしの肩を掴んだ。
「ア、アル……ヴィレオ?」
いつものように呼びそうになった。だけど、よくよく考えると皇太子を愛称で呼ぶなんて無礼な事だ。
「……なんだよ、それ」
彼は陛下の執務室の扉を勢いよく閉めた。
親子関係とは言っても、相手は国王陛下だ。その執務室を叩きつけるように閉めるなんて、皇太子であっても許されない。
「君がパニックを起こしてるのは分かるよ! でも、それはないだろ!!」
わたしの両肩を掴みながら、彼は怒鳴り声をあげた。
「怒られてショックなのは分かるよ! 重要だと思っていたゲームの知識が不要と言われて、落胆したのも分かる! でも、だからってさ……、ボクと距離を取ろうとするなんて酷いじゃないか!!」
怒りをぶつけられて、俯きそうになる。だけど、必死に堪えた。
そして、彼の瞳を見た。
「……アル」
彼の瞳は怒りよりも、悲しみによって満たされていた。
わたしの身勝手な振る舞いが彼を哀しませた。その罪深さに、わたしはますます自分の事がイヤになった。
「ボクを見ろ!!」
彼の手がわたしの頬に伸びた。彼の顔を見ていた筈なのに、持ち上げられた先には彼の顔があった。
俯いていたのだ。彼の怒りから逃げてしまった。
「ボクを見ろと言っているんだ!! 自分の事じゃなくて、ボクを見るんだ!!」
「……アル」
「君の悪い癖だぞ! 自分の事をすぐに卑下する!」
「な、なんで……」
まるで心を見透かされたかのようだ。わたしが目を見開くと、彼は溜息を零した。
「分かるさ。ボクは君の夫だぞ。誰よりも君を見ている。誰よりも君を知っているんだ。だから、いつもやきもきさせられる! 誰よりも価値のある人間だと言うのに、それを自覚しない!」
「わたしに価値なんて……」
「あるに決まってるだろう!」
イライラした様子でわたしを睨みつけると、彼はわたしの唇を奪った。驚くわたしに構わず、舌を入れて来た。
舌に舌が絡みついてくる。
王宮の中なのに、誰かに視られてしまうかもしれないのに、そもそも扉一枚を隔てた所に陛下がいるのに、彼はお構いなしにわたしの口の中を舐め回してくる。
歯磨きは完璧だっただろうか? 口の中に朝食の食べかすが残っていないだろうか? いずれにしても、口の中が乾き過ぎていた。まったく万全な状態ではない。
キスしてもらえて嬉しい。でも、しなければ良かったと思われたらどうしよう。
あらゆる感情がキスへの喜びと不安で塗り潰されていく。彼の唇が離れた時、それが辛くて仕方なかった。他の何もかもがどうでもいい。ただひたすらに、もっとキスをして欲しいと願ってしまう。
「あぅ……」
「フリッカ」
キスの代わりに彼はわたしを抱き締めてくれた。密着する彼の体温がわたしの心に安らぎを与えてくれる。
怒らせてしまった罪深いわたしに対して、彼はあまりにも慈悲深い。
「父上がどうして君を怒ったのか、分かるだろう? 傷つけたくないからだ。無価値だからじゃない。君がとても大切だからだ」
「……でも」
わたしにはそう思ってもらえる資格などない。
「わたしは何も出来ない……」
ゲームのフレデリカとわたしの違い。それは前世の記憶の有無だ。
たった一つの差異。それが無価値だったのなら、
「フレデリカ・ヴァレンタインとして生きるのは……、わたしじゃなくて良かったんだ……」
「……ボクは君じゃなきゃダメなんだ」
アルが言った。
「君じゃない君をボクじゃないボクが愛した可能性もあるのかもしれない。だけど、ここにいるボクが愛したのは君なんだよ」
そう言って、彼はわたしの顔を見つめた。
「美味しそうにお菓子を食べる君は魅力的だった。一緒に釣りに行って、みっともない姿を見せたボクに呆れたりせず、かっこいいと言ってくれた事が嬉しかった。ボクが王様で良かったと言ってくれたおかげで、ボクは自分の進むべき道を見据える事が出来た。姉上に送り過ぎだと叱られても送らずにはいられなかった沢山の手紙にいつも丁寧な返事をくれる君が愛おしくて、君がボクとの再会を喜んでくれたり、離れ離れの時間を悲しんでくれる事が堪らなく幸福だった。君と過ごす時間は一分一秒すべてが輝いていて、何度も何度も君を好きになり続けた」
その言葉一つ一つに深い愛情が込められていた。
「ボクが愛したのは君なんだよ。君はどう? アルヴィレオ・アガリアを愛したのかい? それはこのボクじゃなくても良かったのかい?」
「アルだ!!」
わたしはなんて愚かな人間なんだろう。
今ここにいるアルヴィレオ・アガリアは彼だけだ。ここにいるフレデリカ・ヴァレンタインはわたしだけだ。
ここにある愛は一つだけなんだ。
「わたしが愛しているのはあなただけ!!」
「ボクもだよ、フリッカ。ボクが愛しているのは君だけなんだ!!」
本当に愚かだった。
ここにいる彼に愛される。それこそがわたしの存在理由。それ以外、必要ない。
「愛してる、アル」
「愛してるよ、フリッカ」
◆
「……人払いをしておいて正解でしたね、兄上」
「う、うむ……」
扉を隔てた先で愛を確かめ合う二人の声は執務室の中に響き渡っていた。
「まあ、これを良い薬と思って、一度頭を冷やす事ですね。権能がアルヴィレオに移り始めている事でこれまで通りにはいかなくなったと言えども、あなたは賢王なのですから」
「……すまないな、オズ」
フレデリカに有事の件を話さないで欲しいと請われていたにも関わらず、話してしまった事。
人払いの為に走り回らせた事。
そして、いざという時にフレデリカを止める為に息を潜ませていた事も含めて、ネルギウスは愛弟に頭をさげた。
「謝る必要など御座いませんよ。雨降って地固まったようですしね」
オズワルドは扉の先で未だに婚約者とイチャイチャしている前世の幼馴染にやれやれと肩を竦めた。
「祐希が幸せなら、オレはなんだって構いませんからね」