ここは、彼が住む世界とは別の世界。
忍が徒党を組んで隠れ里という組織を結成しておらず、彼らの根底を成すチャクラという概念すら存在しない世界。
かつて二柱の創星神によって創造されたと言い伝えられる世界が、存在していました。
その世界は、私達の世界では俗にこう呼ばれていました――
様々な形の部族が、各々の土地に徒党を作り、時には手を取り合い、時には争ったりしていました。
外宇宙より飛来した隕石が落下したことを皮切りに、この世界には様々な厄災が襲いかかり、その度に各部族は手を取り合ったり、または争い合ったりを繰り返しました。
皮切りとなったのは一つ目の厄災。飛来した隕石に付着していた有機物が星の環境に適応しながら自己増殖・進化を繰り返し、やがては『■■■』と呼ばれる異形生命達となり、各々の部族の土地に対する侵略したのです。
そんな■■■の侵略の最中、更に起こった二つ目の厄災は、古来より封印されていた悪しき神たち、『己の欲望に忠実にあれ』という、理念と呼ぶには醜い在り方を持つ『■■■』の復活でした。
各々の部族が手を取り合い、紆余曲折ありながりもそれらを打ち払った矢先――更なる三つ目の厄災が起こります。
それが、部族『■■■』により解き放たれた三竜の暴走です。
部族『■■■』が放った、■■■に対抗するために解放した一匹目の竜、■■■■■■。
■■■に続く脅威であった■■■たちに滅ぼすため解き放った二匹目の竜、■■■■■■。
そして――残る厄災の脅威を徹底的に根絶やしにするために解き放たれた最後の三匹目――その名を■■■■■■。
目的を終え、再び眠りに着くはずだったそれら三龍は、解き放った『■■■』の者たちの思惑を外れ、暴走。
それらは、第三の厄災として世界の脅威となりました。
その三龍も、『■■■』を興したと言われる1人の男の思念が犠牲になることによって、再び封印されるのでした。
■■■の襲来、■■■の復活、■■■三龍の暴走――度重なる厄災を打ち払いはしたものの、その戦争はこの世界の住民に深い傷跡を残しました。
大切な友を、家族を失い、心に癒えない傷を抱えた者が続出し――多くの部族の中から帰らぬ人が出ました。
それでも、全ての争いが終わり――生き残った者達はその傷を抱えながらも、未来に向かって各々歩き始めたのです。
――――ですが、この時の彼らはまだ知りませんでした。
これらの戦争で起こった悲劇すら、まだ始まりに過ぎなかったことを。
その世界の中に、1人の少女がいました。
幼き頃より戦争の凄惨さを目の当たりにし、争いを嫌うようになり、優しき心と責任感を抱いた少女がいました。
風を愛し、風に愛され、自然と共に生きてゆく者達、■■■――それが少女の出身部族でした。
少女は世界の残酷さを目にしながらも、敵対する部族でありながら自分を戦災から保護してくれた、優しき人を知っていました。
自分と同じように、その人物に戦災から保護された、違う部族の少女とも友達になりました。
幼き頃から過酷な経験をしながらも、少女の心は真っ直ぐ、心優しきまま育ちました。
ですが、だからといって、世界が変わることはありませんでした。
厄災という共通の脅威が無くなった今、再び各々の部族の対立構造が表面化してきたのです。
血気盛んで好戦的な部族■■■による、争いを好まない部族■■■■■■への侵攻。
さらにはその争いに介入してきた■■■■■。
再び混沌の情勢が招かれ、戦火に包まれていく世界。
それは、少女の部族■■■も例外ではありませんでした。
かつて三龍を解き放ち、そして封印した■■■より派生した一派、■■■■が少女の部族へと侵攻を開始したのです。
豊かな資源、豊かな土地、豊かな自然――それらに愛された少女の部族から、それらを奪い取らんばかりに、彼らは襲ってきました。
侵攻する■■■■を率いるは、かつて少女を助けてくれた筈の女性。それらの集団の中には、あの時己と一緒に救われた少女の姿もありました。
変わり果てたかつての恩人。
心を押し殺したかのような表情で、こちらに牙を向ける、もう1人の少女。
何もかもが、信じられませんでした。
――――故に、■■■族の巫女であった少女にできることは、ただ一つだけでした。
ここは霞の谷と呼ばれる。緑豊かな場所。
虫が鳴き、鳥が唄い、元気な獣たちが自由に駆け巡る自然豊かな緑が際限なく広がる場所。
・・・・・・しかしながら、本来ならば憩いと癒やしで溢れていた大地は、今や不穏な風にかき消され、断たれてゆく多くの命の断末魔が、今にも風に乗って聞こえてきそうでした。
断たれるは、命。
流れるは、血。
そして、その風に乗るのは・・・・・・猛毒。
風に乗った悪意が、猛毒が、あらゆる生命を侵し、奪いゆく。
そんな猛毒の風が吹き荒れる大地の中心にそびえ立つ、高さが何百メートルにも及ぶ巨大な祭壇。
その祭壇の前にて、猛毒の風に苦しみながらも、跪いて必死に祈りを捧げる少女の姿がありました。
普段は一族に伝わる交信術に使われる愛用の杖を支えにしながら、長い階段を猛毒に侵されながらも登り切り、こうして少女は祭壇の前で必死に祈りを捧げているのでした。
「・・・・・・神様・・・・・・この世を創世せしsophia様・・・・・・どうか、あたしの、声を・・・・・・」
途切れ途切れの声で、少女は祭壇に語りかける。
手に掲げられた杖からは、なけなしの交信術の光が放たれ、少女はその光に己の祈りを乗せ、必死に語りかけていました。
「・・・・・・お願いします・・・・・・このままではみんなが、死んでしまいます。どうかこの争いを止めてください・・・・・・みんなを救ってください・・・・・・お願い、します・・・・・・!!」
脳裏に浮かぶは、この霞の谷の自然に猛毒を放った、■■■■の者たち。
かつての恩師が、幼馴染みが、今やこの大自然を侵す主犯として、自分達に敵対していました。
「あぁ・・・・・・どうして・・・・・・」
次に浮かんだのは、■■■の皆。
自分と同じように猛毒の風に侵され、倒れた、姉のようだった人。
そして、自分の恩師だった人によって殺された、自分の父。
「どうして、こんな、ことに・・・・・・」
流麗な翠色の髪を猛毒の風に靡かせながら、少女は涙を流す。
・・・・・・どうして、こんなことになったのだろう?
あの三龍たちが暴れた厄災では、皆が手を取り合っていた。皆が平和を望んでいました。
その平和を望む者に、自分は救われた筈でした。
・・・・・・なのに、なんでまた、こんなことになっているんだろう。
こうしてなけなしの交信術を使って神頼みをするしかできない無力な自分が嫌で嫌で仕方なくて。今でも、この猛毒の風に侵されながらも、この霞の谷を守るために戦っている仲間達に申し訳なくなって。
もう、何もかも嫌でした。
「もう、嫌だよぉ・・・・・・」
多くのことが重なり、少女は限界でした。
かつての厄災で負った凍傷に、今回の侵攻で傷ついた体に、この猛毒の風。
おまけに父に代わりに■■■を率いる立場にいるためにのしかかる、責任感。
肉体面でも、精神名でも、少女は限界を迎えていました。
もう、神でもなんでもよかった。
何でもいいから、縋りたかった。
「助けてよぉ、ウィン・・・・・・」
ついには、この世界には既にいない筈の、幼い頃に里を旅立ち、生き別れた姉妹の名前すら呟いてしまいます。
そして――最後の本音が、少女の口から発せられました。
「もう、こんな世界、嫌だよぉ・・・・・・!!」
その瞬間、少女の視界は突如として爆ぜました。
祭壇に注がれ続けた少女の交信術のエネルギーが、まるで臨界点を超えたかのように炸裂し、祭壇が弾けて、爆ぜたのです。
その衝撃で、少女の体は祭壇から吹き飛ばされ、宙へと放り出されます。
「――――ぁ」
その最中、吹き飛ばされた少女の視界に、巨大なナニかが目に入りました。
まるで、卵から羽化するかのように、祭壇の中から目覚めたソレ。
右手には闇、左手には光のエネルギーを纏い、まるで女神のような温かみと神々しさを持つ巨大なソレが、少女の目に入りました
それの復活の余波に、祭壇の瓦礫と共に吹き飛ばされながら――少女は、朧気な意識の中で、安心したように微笑んだのでした。
――あぁ・・・・・・sophioa様、ついに・・・・・・。
それを最後に、少女の意識は断絶しました。
本来ならば、少女の命はここで終わる筈でした。
そして死後、その体をもう一対の創星神に利用され、影依の傀儡人形として操られてしまう悲惨な末路が待っている筈でした。
しかし、ここで本来の世界線と分かたれ、
神の復活による余波は、世界の壁すら突き破らんとする程に凄まじいものでした。
・・・・・・それ故に、その空間に僅かにできた
ここに、奇跡は起きました。
少女の体は、神の余波により異界に飛ばされ。
それ故に、その余波を最後まで受けきらずに済み、かろうじて瀕死の状態で、異界の砂漠へと落ちたのでした。
・・・・・・だからと言って、少女の運命が変わったわけではありませんでした。
命を落とした本来の世界線にしろ、かろうじて一命を繋ぎ異界に落ちたこの世界線にしろ――少女の体が影依の傀儡人形にされ、望まぬ戦いに身を投じてしまう運命に変わりはありませんでした。
強いてそこに違いがあるとすれば、
「しっかり!僕の声が聞こえる!?」
少女の名は、ウィンダ。
風を愛し、風に愛され、この霞の谷の大自然と共に生きる者達――ガスタ一族の巫女であった。
忍世界の傀儡師と、端末世界の巫女。
本来交わることのなかった者同士が、今ここに邂逅する。
◇
いつから、世界はあんなにも残酷になってしまったんだろう。
確かに、碌なことが起こらない世界ではあったけれど・・・・・・それでも、確かに優しさだってある世界だった。
これからの未来は、その優しさに満ちあふれた、明るいものになっていくのだと信じていた。
ガスタの巫女として、毎日平和への祈りも欠かさずにいた。
だが、祈り続けるだけでうまくいくほど、世界は優しくはない。
――嗚呼・・・・・・自分は世界を知らなさすぎたのだ。
世に蔓延る悪意は、いっそすがすがしいほどに、かすかな光すらも切って捨てていく。
この残酷な闇に、優しい光を照らし出そうと奮起しても、たかが知れていた。
それでも、世界が少しでも優しくなれば、このガスタの里が少しでも変わるのならば・・・・・・いつかはガスタを出て行ったウィンも戻ってきてくれるかもしれない。
そんな思いが、なんとか自分を支えてくれた。
でも、そんな思いも限界に達していたのだろう。
それでも、自分は尚、祈ることやめなかった。
◇
目が覚めると、最初に目に入ったのは、仄かに照らされた薄暗い空間だった。
知覚が未だ定まらぬ中、体を動かそうとするものの・・・・・・思うように体は動かない。
いや、そもそもこの体は本当に自分の体なのか・・・・・・そんな地に足の着かない感覚すら覚えてしまう。
――ここは、どこ?
――ガスタのみんなは?
――リチュアとの戦いは、どうなったの?
思考が明瞭となると共に、共に戦っていた一族の仲間達のことを思い出すが、体は依然として動かず、地に足が着かない感覚は未だに消えなかった。
しかし、体を動かそうとしている内に、かろうじて右腕だけが動くことに気が付いた。
まずは指を動かし、その次に手首を回した。この調子なら腕を持ち上げることもできそうだ。
・・・・・・なのだが、それにしては感触が少し変だった。
見た感じ自分はベッドに寝かされているように見えるのだが、それにしては感じる触感が異なる。
なんとなく、柔らかいものに触れているということは分かるのだが。それにしては、何というか、感触が
感じる柔らかさも直接触れているというよりかは、まるで――
ふと、少女は周囲を見渡す。
・・・・・・その光景を見て、思わず目を見開いた。
そこにあったのは――ヒトの手、足、顔、胴体に至るまで、人間の様々な部位を模して作られたかのようなパーツが、棚の中にズサリと並んでいるのが目に入った。
それらを照らす中途半端な薄暗い灯りは、癒やしを与えるどころか、むしろ闇を助長しているかのようで。その明かりに照らされたそれらは、生理的な嫌悪すら感じさせる気味悪さがあった。
途端に、少女の体は不安と、嫌な予感が迸っていた。
――周囲の棚に並べられた、人の体の部位を模した様々なパーツ。
――そして、体に、特に右腕に感じる違和感。
恐る恐る、少女は動く右腕を持ち上げていく。
そして、少女はそれを目にしてしまった。
確かに動く筈のその右腕は、
黒くて堅い材質で作られ、そしてそれらの可動領域を作る、リング状の球体関節。
「あ、あぁ・・・・・・」
カタカタと、自分の腕ではないそのナニかは、とてつもない動揺で揺れ動いた。
その揺れ動きすら、生き物がするような痙攣ではなく、まるで意思のない物体が振動で揺れているだけのような無機質さで、ソレが余計に、少女の動揺を誘った。
そして――ようやく、この無機質なパーツこそが、今の自分の右腕であるのだと認識したその瞬間。
少女は、言葉にならない悲鳴を響かせた。
――嘘だ、なによ、これ・・・・・・。
――どうなっちゃってるの、あたしの体・・・・・・!?
――それに、周りにあるパーツ・・・・・・もしかして他の部分もっ!?
嘘だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だッ!!!!!
「■■■■■■■■■■■■あぁ■ぁッッ!!!」
木霊する悲鳴。
その悲鳴を聞きつけたのか、誰かが駆けつけてくるような足音も同時に響いたが、少女自身の悲鳴にかき消され、少女の耳には届かなかった。
「ハァ、ハァ、一体なにがッ・・・・・・!!」
やがて、悲鳴が木霊し続ける薄暗い部屋のドアが開かれ、少女と同い年くらいの黒髪の少年が入ってくる。
悲鳴を聞きつけてやってきた少年は、発狂して悲鳴を上げ続ける少女を見るやいなや、息の上がっていた表情を驚愕に歪めながら、慌てて少女の傍まで駆け寄る。
「落ち着いて、大丈夫だ!」
「アァ、アァッ、ギィアァァァッ!!」
唯一動く、
だが、少女が止る様子はない。
「頼む、他の人にバレるとまずいんだ! 大丈夫、大丈夫だから!! 今は、落ち着いて・・・・・・!」
「■■■ッ!!!」
己に纏わり付くソレを鬱陶しく感じたのか、少女は動く
そして――少年に向けて、その
だが・・・・・・少女の目に少年の顔が映った途端、突き出された
「――――ぁ」
呆然としたような声を出し、途端に静かになる少女。
自分が振り払ったソレが、周りにある模造品と違って人間であると認識したこと。
そして、その少年が突きつけられた自分の
これら二つの要因が、少年の命を奪う一歩手前で、少女の暴走を止めたのだった。
「・・・・・・ぁ、ぇ」
その体勢のまま、何十秒か経ったのち、少女の瞳が煩悶で揺れる。
――危うく、目の前の少年を殺しかけてしまったことによる罪悪感。
――そして、殺されかけたことに関して微動だにせず、ただ悟ったように自分の殺意を受け入れようとしていたこと。
その罪悪感と疑問は、少女を別の意味での動揺を誘い、静かにさせるには十分だった。
その体勢のまま、何分が経過しただろうか。
やがて、その静寂を少年が破った。
「・・・・・・ごめん」
目を伏せた少年から、小さく吐き出された、謝罪の言葉。
その意味が分からず、少女の瞳は余計に疑問に揺れる。
――どうして、貴方が謝るの?
――危うく、貴方は見ず知らずのあたしに殺されかけたというのに?
なぜだかうまく言葉を話せず、少女はその疑問を揺れる瞳で訴える。
「君をその体にしたのは――僕だ」
申し訳なさそうに、しかしその瞳は少女と違って揺れることはなく、確固とした意思が宿っていた。
その言葉を聞いた瞬間、再び少女の中に、目の前の少年に対する怒りがこみ上げかけるが、少女はソレをかろうじて理性で呑み込んだ。
そして、少年の次の言葉を待った。
「気を失っていた君を、僕が見つけた。けれど、君の体はとても生きていけるような状態ではなかった。あの場で息がまだあったのが奇跡なくらいに」
ぽつり、ぽつりと。
少女の疑問に答えるように、少年は理由を話していく。
「当然、あのまま放置していたら直ぐにでも君は死んでいた。だから倒れていた君をここまで持ち帰って、医療忍術で延命しながら、君の使い物にならなくなった体の部品を、僕が作った傀儡の部品に置き換えたんだ」
周りにあるのと同じようなやつでね、と少年は周囲の棚にある傀儡のパーツらを見渡しながらそう付け足す。
「・・・・・・どう、し、て・・・・・・」
ゆっくりと、途切れ途切れの言葉が少女から出始めた。
「どう、し・・・・・・あたし、を、たすけた、の・・・・・・? こんな・・・・・・こん、な、からだ、に、して、まで・・・・・・」
思い通りに口が動かず、抑揚も禄に付けられない状態ながらも、少女は必死に己の口から疑問を吐き出す。
その疑問に、少年は一瞬だけ目を伏せながらも、真っ直ぐに少女の瞳を見て返した。
「……分かってはいたんだ、本当はこんなことをするべきじゃないんだって。こんなことをしてまで、君の命を助けることが、君を救うことに繋がるのか。誰だって、元々自分のじゃない人形の体になんて、なりたいわけがない。
それでも――」
言葉が途切れ、少年の目が再び伏せられる。
微かに覗かれる瞳の光は、先の少女と同じように揺れていた。
やがて、再び瞳を少女の方へ向けて、少年は溜めた言葉を、本心を、絞り出すように言った。
「それでも――君に、生きて欲しかったんだ」
真っ直ぐに、噓偽りのないその言葉を聞いた少女は顔を俯かせ――
「・・・・・・」
ゆっくりと、突き出した腕を、力が抜けるように下ろした。
言葉が、なにも出なかった。
目の前の少年への怒りは萎んでいったものの、やはり心のどこかで凝りが残ってしまう。
少年は、自分の命を助けてくれたのだ。
いくらこんな体にしたといえど、命の恩人に向けて怒りをぶつけるのは間違っていると、元々心優しかった少女は思い直す。
怒りの矛先を無くしてしまい、それでもやはり複雑な思いが燻ってしまう。
そんな少女の遠慮にも似た感情を感じ取ったのか、少年はまたそれに応えてように言った。
「でも、だからといって僕が君にしたことが許されるわけじゃない。覚悟はできているよ。もし君が僕を許せないというのなら――僕を殺す権利が、君にはある」
さも当然かのように受け入れている少年。
そんな少年の思いを知らず、自分はこの少年を殺すところだった。
それを思い返し、少女は思わず右腕に力を込めてしまう。今度は少年への殺意ではなく、自分の無鉄砲さに。
少年の言葉に、少女はゆっくりと首を横に振った。
そんな少女に、少年は嬉しげに、悲しげに、儚く微笑む。
自分と同じように、少年も色々と葛藤があったのだろう。
後悔の色こそ見えないが、今でもその複雑な笑みからその葛藤が窺えた。
「罪を犯した僕が、こんなことを言うのは間違いなのは分かっている。
それでも――君が生きてくれていて、よかった」
そして最後、その安堵したような笑みで、少年はそう言った。
その笑みだけは、何の混じり気もない、純粋な嬉しさだけがあった。
その笑みを見て、反則だと少女はどことなく思った。
結局の所、少年は最後まで自分のことを案じながら、この体を用意してくれたというのが、分かってしまったから。
少女はもう、少年を恨むことが完全にできなくなっていた。
「さてと――」
そう言って、少年は作業台の方から引っ張ってきた椅子に座り、少女の方へ向き直る。
儚げな空気が漂う黒髪の美少年は、少女にこれからのことについて話し始めた。
「君が一体何者で、一体どこから来たのか・・・・・・お互い色々知りたいことはあるだろうけれど、まずは君のその体を完成させてからにしよう。
特に表情筋だ。君がまだ言葉をうまく発することができないのは、まだ顔の表情筋が未完成だからなんだ。勿論、今のままでも綺麗だとは思うんだけど・・・・・・ちょっと待っててね」
そう言うと少年は、椅子から立ち上がり、棚の方から手鏡を持ってくる。
「ほら、これが今の君の顔だ」
「・・・・・・これ、は・・・・・・」
前とまったく変わらぬ顔に、少女は内心で驚くと同時に、その無表情さに困惑してしまう。
完全に表情が死んでいる。
こんな状態ですら大きな悲鳴を上げてしまう程、先の自分は錯乱していたのかと思うと、今は少し恥ずかしい気分にもなった。
「このままだと、本当に只の可愛いお人形さんみたいだから、まずはちゃんと表情を作れるようにして、まともに言葉を発せられるようにしないとね。
言葉もそうだけど、表情は相手に自分の情報を伝えるには欠かせない手段だから。互いの事情を知るには、それからがいいだろう。
こんなに綺麗な顔なんだから、やっぱり笑ったりしないと勿体ないよ?」
「・・・・・・やめ、て」
少年の言葉に恥ずかしくなって、少女は見せられた鏡を右腕で退かす。
「粗方パーツも出来上がってるんだけど、まだ右腕しか動いてないし、体を起こすこともままならないだろうから、表情筋の後はそこら辺にも手を加えていく予定だよ。
幸い、
それが全て終わってから、君のこれからについて決めていこう」
それでいいかな、と聞く少年に少女はぎこちなく頷く。
「・・・・・・ごめんね。これが僕の最後の我が儘だ。
僕のことは、許さなくていい。それでも、この仕事だけは最後までやらせてほしい。
君を助けた医療忍者として、そしてその体を手掛ける傀儡師として、全ての誇りにかけて君の体を完成させると誓おう」
己の手で作った少女の右手を、両手で優しく握りながら、少年は少女にそう宣誓する。
朧気な感覚だが、そこに確かな温かみを、そして情熱を感じ取った少女は、ほんの少しだけ暖かい気持ちになった。
「だから、僕を許すにせよそうでないにせよ。君にこの命を捧げるのは、どうかその後にしてほしい」
そして、少年の次のその言葉に、少女は内心で思わず呆れてしまった。
この少年は、まだ自分に殺される気でいるのだ。
もう自分にその気はないというのに。
「もう、いい、から」
だから、今できる、精一杯の言葉を絞り出す。
「もう、あなた、の、こと・・・・・・恨んで、ない、から」
例えどんな状態であろうと、今は自分の命をつなぎ止めてくれた恩人に、言うべき言葉を言わないといけない。
「あたし、を、助け、て・・・・・・くれて・・・・・・ありがとう」
己の命を投げ出そうとする少年に向けて、表情を作れないながらも、精一杯の感謝を込めて、その言葉を言った。
暫し、少年は呆然としたが、やがて嬉しそうに笑った。
「・・・・・・こちらこそ、ありがとう」
そして、少年もまた安堵したように笑い、礼を言った。
次の瞬間、少年は少女の右手を優しく離し、力が抜けたように背もたれに寄りかかった。
突然のことに、少女は心配になって少年を見る。
「・・・・・・ごめん・・・・・・ちょっと、力が抜けちゃった。君に許されて、安心したのもあるんだけれど、この2週間・・・・・・15徹はした、かな・・・・・・」
「・・・・・・え?」
15徹――少年のその言葉に、少女は思わず唖然とした声を挙げる。
「何せ・・・・・・“人傀儡”に手を出すなんて初めてだったから、色々勝手が分からなくてね。今まで、医療の一貫で、体の欠損した仲間に、代わりになる・・・・・・傀儡のパーツを作ってきたから・・・・・・幸い、その経験が・・・・・・活きた」
段々と、言葉が途切れ途切れになっていく少年。
今まで余裕がなかったから気付かなかったが、よく見てみれば、少年の目元には見事に真っ黒な隈が刻まれていた。
「一番、大変、だったのは、治療による延命と、傀儡の部品作りと、その付け替え、を・・・・・・平行して、やらなければ・・・・・・いけなかった、こと、かな。
この16、日間、寝ず、飲まず、喰わずで・・・・・・しかも、時間と、人材を、影分身で、補い続けたから・・・・・・特に、影分身しながら、医療忍術かけ続けるのは・・・・・・キツかった。
おかげで、チャクラが・・・・・・カツ、カツ・・・・・・」
傀儡、医療忍術、チャクラ――次々と少女にとって聞き慣れない言葉を連発しながら、唖然とする少女を尻目に、少年は段々と眠りに落ちていく。
「ごめん、ちょっとだけ、落ちさて・・・・・・もらう、よ。丁度、今日は・・・・・・・・・もう、遅いから・・・・・・また、明日・・・・・・」
それだけ言って、少年は背もたれに寄りかかったまま、寝てしまった。
「あ、の・・・・・・」
思わず、死体のように動かなくなった少年に、少女は手を伸ばしかける。
細かい所で、色々分からない部分はあったが、彼が自分を助けるために、ここまでの無茶をしてくれたことに、少女は胸を締め付けられるような気持ちになってしまった。
――あたしは、彼に何を返せるのだろう?
――どうして、彼はあたしをそこまでして助けようとしてくれるのだろう?
既に、彼から返しきれない程の恩を貰ってしまった。
そして、まだ彼とは会ったばかりであるが、このお人好しで優しそうな性格からして、多分はこれからも自分は彼から恩を貰い続けるのだろう。
「どう、した、ら・・・・・・」
考えて、少女は一旦、気持ちを切り替えた。
今は、後ろ向きなことを考えるのは止そう。
今ここにある命は、彼が手を尽くしてようやく救われた命なのだ。
例え人形の体であろうと、それで彼に何かを返せるのならば、彼が与えてくれた体ならば、生きていく気持ちだって湧いてくる。
元々、自分は前向きな性格なのだ。
単に、ガスタを率いる立場として後ろ向きばかりではいられなかった、というのもあるのだけれど。
色々、気になることはある。
ここは一体どこなのか? 彼は一体何者なのか?
ガスタのみんなはどうなった? リチュアを退けることはできたのか?
――そして、最後の記憶に見えた、祭壇から蘇ったsophia様の姿。
不安で、不安でしょうが無かった
それでも、何故だか分からないが、ほんの少しだけ、前より胸が空くような気持ちにもなっていた。
とにかく今は、目の前で眠っている彼のことが、知りたかった。
そして彼に、自分のことを知って欲しかった。
不思議と、彼が目覚める明日を楽しみにしながら、少女もまた眠りに着いた。
◇
――人形の少女は、まだ知らなかった。
自分を助けた所為で、彼がどうなってしまうのか。
“人傀儡”という行為が、彼の生まれたこの場所ではどれほどの禁忌とされていたか。
彼のことで胸を大きく締め付けられていた少女が、表情を獲得し、再びその表情を
・カグイ
前回に引き続き紹介。
ウィンダを助けるために丸2週間飲まず喰わずで完徹。
しかも影分身で作業を分担し続けながら。
・・・・・・あれ、こいつってもしかしてかなりのチャクラお化け?
容姿は雰囲気が少し儚げになった「闇霊使いダルク」
・エルシャドール・ミドラーシュ(ウィンダ)
完全に表情を曇らせて、チヨ婆から意思のない人傀儡と勘違いされるまで、もう少し・・・・・・。
作者のマスターデュエルでは烙印シャドールや、最近作った「月女神の鏃」3積みの純シャドールデッキで暴れてくれてる。
怪獣? ふわんだりぃず? ・・・・・・知らない子ですね。