白鐘家で二回目の朝を迎える。
ルカの家に泊まるのはしょっちゅうだが、連泊は久しぶりだった。
「さすがに一回家に帰るか」
というか今日は登校日だしな。
朝飯を食べて準備しないと。
あとお手伝いの椿さんに「もう戻ってきて大丈夫です」ってお伝えしないと。
『しばらくお暇をいただきます。二人きりの時間をどうぞお楽しみください♪ by 椿』
昨日の朝、そんな置き手紙と三食分の料理が入ったタッパーが二人分、冷蔵庫に用意されていた。
どうやら椿さんに気を遣わせてしまったらしい。
……というか、これ一昨日の夜の時点で
「うぅ」
熱く火照る顔を手で覆う。
「……一応、声抑えめにしたつもりだったんだけどな」
いや、もうわかんねぇ。
俺もルカも、途中から意識がグチャグチャだったし。
昨日だって飲み食いと用を足す以外はずっと……。
「ダイキ。お待たせ」
「っ!? お、おう」
シャワーを浴び終えたルカがやってくる。
支度を終えたようで、すでに制服姿だ。
「……」
しばしルカと無言で見つめ合う。
たちまち一昨日と昨日のことが頭の中に蘇ってきて、顔が熱くなる。
それはルカも同じだったらしい。
色白の顔がポッと桃色に染まる
ルカはどこか気まずそうに赤い目を逸らしながら、銀色の髪を弄る。
「えっとね、うんとね……」
ルカはモジモジとしながら何かしら言おうとしているが、思うように言葉が出てこないようだ。
わかるよルカ。俺もいま、そんな感じだし。
「あ、朝ご飯どうする? 椿さんの作り置きはもう無いから、パンとジャムとかになるけど」
「いや、ご馳走ばっかになっちゃ悪いし、家に帰って食べるよ」
「そう……」
「……よかったらルカも俺ん家で食べないか?」
「いいの?」
「もちろん。それに……父さんと母さんにちゃんと報告したいし」
「あっ、そ、そうだよね。私たち、もう……」
──お付き合い、してるんだもんね。
ルカがそう口にしたことで、改めて実感する。
ああ、俺たち、本当に結ばれたんだなって。
邪心母と影浸との戦いで、危うくルカを失うかもしれなかった。
そこで、ようやく決心がついた。
もう自分の気持ちを誤魔化したりしない。
曖昧な関係のままで、ルカの隣に立たないと。
そうして俺たちは、幼馴染から、ついに一線を越えた。
……そこからは、もう歯止めが利かなくなった。
お互いを異性として意識して数年。
幼少期から育んできた感情は、爆発する勢いで、俺たちを突き動かした。
そして……。
──ボフンッ。
またしても俺とルカの頭から湯気が上がる。
一晩と丸一日で、ようやく正気を取り戻した俺たち。
幸せで刺激的な時間から一転。後追いで凄まじい気恥ずかしさがやってきた。
「あ、ああ! 腹減ったな! 俺ん家行くかルカ!」
「う、うん! そうだね!」
落ち着かない気持ちを誤魔化すようにルカと屋敷を出る。
お互い、ギコギコと動きがぎこちなかった。
「あわわ」
「おっと、大丈夫かルカ」
途中でルカがフラついたので慌てて支える。
「あ、ありがと。まだ腰回りに違和感があって……あう」
「あう」
ルカにつられて同じ声を上げてしまう。
どうしよう! ちょっとしたやり取りだけで、お互いのこと意識しちゃうよ!
そして何よりも……。
「んっ……ダイキ」
ルカがかわいぎるんだが!
いや、もちろんルカは滅茶苦茶かわいいんだけど、前よりもずっとかわいく思えてしまう!
恥ずかしそうに目を逸らす仕草とかさあ!
なのに手でギュッと俺の服を掴んでるところとかさあ!
ああ! どうしよう! ルカの何もかもが愛おしいんですけど!?
重なる視線。
気づけば、お互いの顔の距離がどんどん縮まっていく。
「……学校、サボっちゃう?」
ルカがそんなことを呟く。どこか艶の滲んだ声色で。
魅力的な提案だけど、さすがに理性が上回った。
「それは、さすがにマズイって」
「ん、だよね」
ルカは名残惜しそうに離れた。
……危ねえ。あとちょっとでもくっついてたら本当にサボる気分になってしまっていたかも。
くっ! 胸のドキドキが止まらない!
これが女の子と付き合うってコトなのか!?
こんなんで
「……続きは、また帰ってからね」
「え?」
ルカさん?
もしかして今日もその気ですか!?
心臓の高鳴りが鳴り止まないまま、俺とルカは朝食に向かった。
* * *
ルカと一緒に自宅に入り、早速リビングに向かう。
ルカを食事に誘うのは昔からしょっちゅうなので、たぶん断れることはないだろう。
「ただいま~。母さん、ルカ呼んだから朝ご飯もう一人分作って……」
朝食の用意はすでにできていた。
朝だというのに、やたらと豪華な料理の山々がテーブルに置かれている。
そしてリビングの壁にかけられた垂れ幕。
垂れ幕には、
『祝・交際おめでとう! 勝ったのはルカちゃんでした!』
と書かれていた。
「なんじゃこりゃあああ!?」
「お帰り我が息子! そしておめでとうルカちゃん! 見事にヒロインレースで勝利を手にしたようね!」
お赤飯をお茶碗に山盛りしている母が豪快に俺たちを迎え入れた。
「お、おばさま? これはいったい……どうして私とダイキのことを?」
ルカも困惑している。そりゃそうだ。ルカとの交際の件はこれから報告するはずだったのに何でバレてんだよ!
「伊達に女を40年やってないわよ! 結ばれた男女の気配! そんなのはお隣にいるだけでビンビンに感じ取ることができるわよ!」
「こえーよ」
何なの? 俺の母も実は霊能力者か?
「まあ実際は椿さんが意味深な顔で『しばらくお暇します~』って挨拶してきたから、それで察した感じだけどね~。ダイキのメッセージも普段は『今日はルカん家に泊まる~』って軽い感じなのに今回はやたらと言い訳がましい長文だったし?」
「くっ……」
しまった。内心イケナイことをしている後ろめたさがあったからか、母さんに送るメッセージがついつい自己弁護っぽい感じになってしまったようだ。
「その様子だと私の勘は間違っていなかったようね! あらまあ! 昔みたいに仲良く手なんか繋いじゃって!」
「「あ」」
母さんに言われて気づく。
本当に無意識にルカと手を繋いでいた。
お互いに慌ててパッと手を離し、誤魔化すように距離を取る。
「あん、そんな照れずに見せつけてくれていいのに! ずっと見守っていた二人が無事に結ばれて嬉しいわ! ねえ、お父さん!」
「や~、めでたい日だね~」
父さんは相変わらずのほほんとした顔でご馳走を食べていた。
「さあさあ、二人も立ってないで食べちゃいなさい! 特にダイキ! アンタはしっかり精をつけなきゃね! ほら、牡蠣にウナギにニンニクよ!」
「朝っぱらからそんな胃もたれするようなのが食えるか! つうか、いらんお節介だ!」
「そんなはずないでしょ! 昨日は一日中ルカちゃんとお楽しみでさぞ消耗を……」
「ななななな何のことかなぁ~!?」
……え? バレてないよね?
さすがにそこまでは女の勘とか言い出さないでよ母さん?
ほら、隣のルカがリンゴみたいに赤くなって気まずそうにしてるじゃないか。
「まあいずれによダイキ! ちゃんと責任取ってルカちゃんをお嫁に貰うのよ!」
「お、おばさま!? そ、そんな! まだ気が早すぎるよ!」
「何言ってるのルカちゃん! 私たちにとってあなたはもう娘も同然よ! 結婚できる歳になったらいつでも籍を入れていいんだからね! ねえ、お父さん!」
「や~、めでたい日だね~」
父さんは「いつでも歓迎だよ」と言わんばかりにサムズアップをした。
「お、お嫁さん……ダイキのお嫁さん……チラッ」
真っ赤なほっぺを抑えながらルカが意味深に俺を見てくる。
えっと、うん、もちろん責任は取るつもりだよ?
まだ学生の身だから先の話になるとは思うけど。
「あっ、もちろんダイキが婿入りして欲しいって言うならそっちも可よ? うちは特にそういうの拘らないから! ねえ、お父さん!」
「そうだね。二人が一番納得する選択をしてくれれば、僕らも満足さ」
「っ!? おじさまが普通に喋った!?」
「「「え? 喋るよそりゃ?」」」
親子揃ってルカにツッコミを入れてしまう。
「だ、だって、いままで特定の一言ばっかり繰り返し喋るところしか見たことないから!」
「や~、僕って口下手だからね~」
「口下手過ぎませんか!?」
お~父さんが珍しく多弁だ。どうやら父さんも母さんと同じように浮かれているらしい。
「ルカちゃんみたいな良い子がダイキと一緒になってくれて、父親として嬉しいよ。これからもダイキをよろしくね?」
「は、はい! こちらこそ! 末永くよろしくさせていただきます!」
ルカが緊張気味にペコペコとお辞儀をする。
そういえばルカが父さんとマトモに会話するの、これが初だな。
……何年もうちに通ってるのに?
うん、父さん。息子としてもさすがに口下手過ぎると思うぞ?
「母さんも言ったけれど、どちらの籍に入れるかは二人が自由に決めていいからね? 僕も婿養子だし」
「え? おじさまって婿養子だったんですか?」
「家族とは絶縁してるからね~。身内思いな人たちだったけど、決まり事が多くてね。どうしても都会への憧れを捨て切れなくて、思いきって家出しちゃった」
「で、高校時代に私と出会ったってワケ! 懐かしいわね~! お父さんったらすっごい世間知らずで私が面倒見ないと突拍子もないことばっかりしてたんだから!」
「はは、ユウさんには本当に感謝してるよ。何せ電気もネットもない山育ちだったもんでね~。下界の知識は一応本で読んで知ってたつもりだけど、時代の流れって早いんだね~」
「もう! またそんな冗談言っちゃって! イマドキそんなド田舎があるはずないでしょ!」
和気藹々と父さんと母さんが笑い合う。
その様子をルカが羨ましそうに見る。
「いいなぁ~。昔から仲良し夫婦で。私たちも、いつかこんな風に……黒野瑠花……白鐘大輝……え、えへへへ。どっちも、いいね」
ルカはニヤけ顔で自分の世界に入り込んだ。
あのぉ、ルカさん? 追々ね? 追々ちゃんと話し合おうね?
「おばさま! よかったらおじさまとの馴れ初め、詳しく聞かせて! 今後の参考のために! 今後の参考のために!」
「え~♪ べつにいいけど~♪ 長くなるわよ~ん?」
「上等!」
「上等じゃないでしょルカ。母さん? 俺たち登校するんだから長話しないでくれよ?」
母さんの話が登校時間まで終わることを願って俺は席に着いた。
早いところ朝飯を食べてしまおう。
目の前には精のつく料理の山……ま、まあ、一応食べておこうかな。
邪心母と影浸の戦いで消耗したのは事実だしね。
……うん、戦いの消耗だけだよ! それ以外のことでヤツれてるわけじゃないからね!
「……ダイキ」
「んぐ。な、何、父さん?」
隣の父さんが話しかけてくる。
いつになく真剣な顔で。
「……体、大丈夫かい?」
「ぶっ! な、何を言い出すんだい父さん!? べべべ別に何ともないけど~!?」
まさか父さんまで勘づいてる!?
やめてよ父さん! そういうのは気づいててもスルーしておくれよ!
「本当かい? ルカちゃんのこと以外で何か変わったこととかなかった?」
ルカのこと以外で?
あったとは言えばあったけど。
前世のペットたちが霊獣になって俺に力を貸してくれるようになった、とか。
でもそんなこと言って信じてもらえるはずないしな。
「……額に痛みとかは? 関節に違和感とかないかい?」
「へ?」
光を反射する丸眼鏡の奥で、父さんの目が鋭くなる。
温和なはずの父さんの、あまり見たことのない顔つきだった。
初めて感じる父親の気迫に、思わずたじろぐ。
「ほ、本当に何もないって! 元気だよ俺!」
「そうかい?」
父さんは納得していない顔だったが、それ以上は聞いてこなかった。
昔から必要以上に踏み込んでこない人だからな。
そんな父さんが……、
「──ダイキ。体に異変を感じたら、すぐに父さんに言うんだよ?」
念押しするように、そう言った。
……どうしたんだろ、父さん。
いつも笑顔を絶やさない人なのに、こんな深刻な顔は初めて見るな。
「あら嘘じゃないわよ! 父さん滅茶苦茶喧嘩強いのよ? この細腕で街中の暴漢や不良たちをヒョイヒョイ投げ飛ばして人助けしまくってんだから~!」
「わ~おじさまって意外とワイルド~」
「山育ちって凄いのね~! 都会のもやしっ子じゃ父さんには敵わないわよ~!」
「で、おばさまはそのギャップに惚れちゃったわけね」
「そゆコト~」
「「や~ん♡」」
一方、女性陣はとても盛り上がっていた。
遅刻になりませんように。