誰もいないから、俺が英雄になる   作:沖縄の苦い野菜

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第15話 過去、英雄が立ち上がった理由

 

 世界が理不尽であることは、疑いようもなく分かりきったことであった。

 黒き絶望と相対し、蹴散らされた時から、全てを諦めていた。

 

 片腕を失い、半身を焼き焦がされ、それでも生きたいと。みっともなく泣き叫びながら敗走を喫して、一体どれだけの年月が過ぎたことか。

 

「あの小僧が死んだらしい」

 

 主神からそう告げられた時、女は何とも思わなかった。「あぁそうか」と、昔の記憶を思い出しながらも、そこに感情は浮かんでこなかった。ただ、諦観が女を支配していた。

 

「まさか、まさかだ。あの小僧を我がファミリアに迎えていたならと。今日ほど後悔した日は、片手で数えるほどしかないな」

 

 女神の片手。そこには一体どれほどの重みが詰まっているのか。あるいは、戯れに虚言を撒き散らしているだけなのか。「あの小僧がそこまでお気に入りだったか?」と、女は疑問に思ったが、特に言葉を吐くことはなかった。

 

「あの小僧、レベル4の分際で。アルフィアとザルドを負かしたぞ」

「ーーーー?」

 

 言葉の意味を、女は理解できなかった。

 記憶の中にあるクソガキと、アルフィアとザルドを負かした、という結果が、まったく結びつかなかった。

 

 そんな女をよそに、女神は意地の悪い声で言葉を続ける。

 

「全治に加えて、階位昇華。それも、オラリオの全冒険者に付与できるほどの大規模魔法。少なくとも、レベル1つを底上げしたらしい」

 

 全治? 階位昇華? それも全冒険者を? 何だそのふざけた魔法は。

 そんな魔法如きで、たかがレベル1つ分だけで、そんな奇跡を起こせるわけがない。 

 

 久しく、顔を上げていなかった女は、数年ぶりに、女神の顔を見た。

 

「ーーっ」

「少なくとも、だ」

 

 女神は爛々と鋭利な光を宿した瞳で、女を見つめていた。まるで、お前はどうする? とでも聞いているかのように。

 

「あのアルフィアさえ、その魔法の恩恵を受けながら。それでも尚、アストレアの眷属たちが、ロキの眷属たちが、アルフィアを超えた」

 

 『ロキ・ファミリア』の名前は、辛うじて記憶にある。昔噂されていた、ハイエルフが所属したとかいうファミリアだろう。

 だが、女は『アストレア・ファミリア』という名前に聞き覚えがなかった。新興ファミリアだろう。レベルも高くて、4あれば一目を置く価値がある。5に至ったものがいるなら、天才と称して差し支えない。

 

「アストレアのところは、最大でレベル3だ。ロキのところは5だ」

「ありえない」

 

 女の記憶が正しければ、アルフィアのレベルは「7」だ。レベル1つ違えば、まともに勝負にさえならないというのが常識だ。

 ましてや、相手はあのアルフィア。『才禍の怪物』とまで呼ばれた女傑である。出鱈目な魔法の数々に、見ればレベル7の剣技さえも容易く模倣するような化け物だ。

 

 たとえ不治の病に全身を蝕まれていようとも、数の暴力があろうとも、階位昇華という出鱈目な恩恵を受けたとしても。

 指先ひとつ掠めることさえ困難。レベル9の女にさえ、勝ち筋があった化け物。それが、アルフィアという女だ。

 

「いいや、もう起きた後だ」

 

 女神は、粗末な木製の椅子の上に腰掛けると、ふぅ、とひとつため息をついた。

 

「アリーゼ・ローヴェル。レベル3でありながら、アルフィアを追い詰めた、アストレアのところの才女だ。

 そして、リュー・リオン。同じくレベル3でありながら、アルフィアに二度も刃を打ち込んだ小娘だ。

 ロキのところのやつか? 知らん。奴らの活躍などてんで聞かなかった。おかしいだろう? たかがレベル3の娘二人が、あのアルフィアに勝利した」

 

 目を見開いている女に見向きもせず。

 聞いたところによれば、と女神は虚空を見つめながら、続け様に口にする。

 

「アリーゼ・ローヴェルは、あの小僧と馴染みだったらしい。メーテリアとほぼ同時期か、それよりも少し後のな」

 

 何故、女神はどうでもいいはずの人間関係を口にするのだろうか。

 そんな疑問は、これを見ろ、と手渡された一枚の紙で、瞬きのうちに氷塊することとなる。

 

「……アルフィアが、ランクアップ? いや、それよりも……なぜ。いや、この、スキルは……!?」

 

 レベル7のランクアップ。それほどの偉業が、オラリオの地上にまだ残っていたというのだろうか。

 それよりも、あのスキルはどこに行った? このスキルは何だ? と、彼女の頭の中は混乱を極めた。

 

『英雄継承・再起

・継承者との行動でアビリティに補正

・継承者と行動中に経験値ブースト

・互いを認め合うほど効果向上

・しのぎを削るほど効果向上

・志の丈により効果向上

・否定しない限り効果継続』

 

 そもそも『継承者』とは何なのか。アビリティと経験値に補正、ブーストが入る? 意味がわからない。こんなスキルは聞いたことがない。

 レアスキル。そんな言葉では決しておさまらない。これがもしもまともに機能するのであれば。

 

「あの小僧の魔法の置き土産、とアルフィアは言っていた」

「っ!?」

 

 魔法で、スキルを強制的に発現させる?

 そんな出鱈目があってたまるか! と、叫び散らしたかった。しかし、現実にアルフィアのステイタスの書写しが、手元にある。

 何より、目の前の女神はそんなくだらない嘘をつく神物ではないことは、女はよくわかっていた。

 

「もしもお前にまだ、冒険者として。……いや。『ヘラ・ファミリア』の団長としての矜持があるというのなら」

 

 ぎぃ、と小屋の扉が開く。

 そちらに目を向ければ、渦中の人物が、堂々とした様子で。まるで気負うこともなく、ただ当たり前のように、そこに立っていた。

 

「私の糧になれ」

 

 『ヘラ・ファミリア』団長たる『女帝』の運命は、その日、覆しようもなく決してしまった。

 折れたはずが、再び立ち上がった小娘を見て、根拠を理解して、そこに最後の希望があるのだと悟った。

 

 ならば、このまま腐るくらいならせめて、と。

 折れたはずの『女帝』が、『静寂』を前にして立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 これもまた、昔の出来事。

 『死の七日間』を超えた『アストレア・ファミリア』。その団長アリーゼ・ローヴェルがステイタスを更新していた時の話。

 

「……っ!」

 

 主神たる女神アストレアは、その事実を伝えるかどうか。短い間に神生でもっとも頭を悩ませて考え抜いた。

 それほどまでに、ステイタスに刻まれたスキルは繊細で、重苦しく、されどもきっと、涙なしでは語れないものであった。

 

「アリーゼ。あなたに、ひとつ問わなければいけないわ」

「なに、アストレア様? はっ、まさかあれだけの激闘で、私もついにランクアップかしら!?」

「それはもちろん出来るわ。でも、それよりももっと、真剣な話」

 

 そのスキルが発現した理由を、女神アストレアは確信していた。だからこそ、これ以上なく真剣に、扱わなければいけないのだ。

 

 後ろに視線を向けたアリーゼは、おどけた様子をスッと引っ込めた。まるで人が変わったかのように、真剣で、どこか鎮痛な面持ちになって。

 

「……スキル、発現。しちゃいました?」

「っ」

 

 アストレアは、アリーゼの言葉に息を詰まらせた。

 それが答えだった。聡明なアリーゼは、「やっぱり」と、泣き出しそうな震え声で、顔を伏せて、それでも声を紡ぐ。

 

「アトラの詠唱。私、聞いちゃったんです」

 

 つまりそれは、詠唱からどんな効果か、おおよそ察することのできるものであった。

 それはあまりにも残酷で、しかし、確かに救われた者が多くいる。

 

 だからこそ、救いがない。

 彼をより深く知る人間ほど、救われた後に救いがなさすぎる。

 

「アトラは、魔法の代償で死んじゃって。……だって、知らない。私は、知らない。知らなかった。アトラは、誰かのために命を賭けることはできても、誰かのために死ぬことのできる人じゃなかった!」

「アリーゼ……」

 

 俯きながら、アリーゼは絞り出した悲鳴のような声で言葉を紡ぐ。

 

「アトラは誰よりも、生きることに真剣だった! 誰よりも、生きることに必死だった! 死ぬことの重みを誰よりも受け止めて、誰よりもわかってた! なのに、なのに……どう、して」

 

 アリーゼは震えていた。何もできなかった自分の力のなさに後悔を抱いて。もっと上手に彼と交流できなかった自分に情けなさを抱いて。

 そして何よりも。あの時、彼のことを誰よりもわかった気でいて、「嫌な予感」に従わず、見殺しにしてしまった自分に、これ以上ない怒りを抱いて。

 

 しかし、どれだけ泣いても。どれだけ後悔しても、死んだ人間が戻ってくるわけもない。

 だから、ひとしきり泣いて、主神にたまっていた自分の中の思いを聞かせて。涙が枯れた頃になって。

 

「……聞かせてください。発現した、スキルの内容を」

 

 アリーゼ・ローヴェルは前に踏み出す。ここで止まれば、きっと彼に呆れられるだろうと思ったから。

 最初の一歩目だけは、どんなことがあろうと、堂々としようと。彼女なりの意地を張った。

 

「……『英雄継承・聖火』」

「っ……あっ」

 

 アリーゼの全身から力が抜ける。彼女の意地は、そのスキルの名前だけに挫かれてしまった。枯れたはずの涙が、また溢れてきてしまった。

 

「彼はヘスティアの眷属だったわね。神ヘスティアの司るものは、『炉』と『家庭』と『家族』……そして、『不滅の聖火』」

 

 女神アストレアは、自分でも意地の悪いことを言っていると自覚しているが、それでも言葉を止めるつもりはなかった。

 

「スキルのことは、関係者になら共有しても構わないわ。でも、細部まで語る相手は、自分で決めること」

 

 そう言いながら、女神アストレアはアリーゼの前にステイタスの写しを置いて、部屋から退出した。

 これは、女神アストレアが関わるべき物語ではないのだから。

 

 お節介を焼かれた男の子と、お節介を焼いた女の子。そんな二人の物語に、女神アストレアが入っていい道理はない。

 唯一、口を出せる神が居るとするのなら。

 

「……本当に、優しい子だったのね」

 

 それは、男の子の家族以外には居ないだろう。

 

 アリーゼがホームを飛び出したのは、それから間もなくのことだった。

 それから帰ってきたアリーゼは、いつものおバカで明るい彼女として振る舞い、いつも通りに戻っていたが。

 

「アストレア様。ランクアップとステイタスの更新、お願いします」

 

 翡翠の瞳の奥には、轟々と音を立てて燃え盛る炎が、確かに継がれていたのであった。

 

 

 

 





 この世界のアリーゼは原作アリーゼのように普段おちゃらけているし、真剣な時はまさしく才女と言って差し支えないスペックを持ち合わせているのは変わらないけど。

 その覚悟の決まり方だけは、他のどんな人物にも勝るものであった。


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