「おはよう達也。その……なんだ、昨日は申し訳なかったね。君にも事情があるだろうに探るような真似をしてしまって」
後日、登校して直ぐに呼び出した達也に開口一番謝罪を行ったウェイトリー。昨日の行いを省みて、ウェイトリーの言動は些か以上に礼を欠いていた。探られたくない腹があるのは誰だってそうだ。そして彼の警戒は未知に対するものであり、然るべきものだ。それに対し警戒と疑いで返す──あまつさえサバト扱いまでする──などもっての外だった。
「……顔を上げてくれウェイト。俺こそおまえの事情に踏み入ろうとしすぎたし、そもそも他人の魔法についてとやかく聞くのはマナー違反だった」
「……ありがとう。引き止めて悪かったね。これからも涼共々よろしく頼むよ」
謝罪が済み、少し緊張していた空気が解かれる。実の所、2人の互いの判断材料は涼だ。友たる達也は"あいつほどの男が真に敬愛しているのならば、それだけで多少は信用に値する"という判断。兄たるウェイトリーは"あの気難しい弟が信頼を寄せるのならば、兄たる己が疑念を持って関わるのは言語道断である"という判断。
凡ゆる感情の昂りを奪われ、たった1つの妹への未曾有の愛情が全ての達也。世界を識り、真実を知り、その全てを無価値と奥底で冷笑するウェイトリー。真の意味で他者を省みぬ2人。その唯一例外たるのが刈谷涼という男だ。無論、当人らは無自覚だが。
◇
「早速風紀委員会の仕事か?」
「あぁ。今日からクラブ活動勧誘期間だからな」
新年度。風紀委員会が最も忙しくなるといっても過言ではない時期が、今日から始まるクラブ活動勧誘期間だ。本来ならば風紀委員会が出張るような行事でもないはずなんだが、クラブ勧誘の熱意たら凄まじく、新入生の取り合いでトラブルが多発するらしい。
「必死になるのはいいことだよ。青春など瞬く合間に過ぎていくものだ。多少熱意がありすぎるくらいで丁度いい」
「……おまえ同い年だよな?」
「当然だとも。それより達也、ルーン魔法の使い心地はどうかね」
「そうだな。やはり宙に文字を書くという発動時間がネックだが、それでも誰でも『
「それは結構。では行こうか達也」
レオに別れの言葉を告げ、風紀委員会室に向かう2人。主にウェイトリーに向けられる女子生徒の視線を無視し、喋りながら歩く。ちなみに彼らの普段の会話内容の割合は、4割が魔法関連技術について。6割が妹と弟についてだ。
「やっほ。2人とも」
「やはりサイオンの変換効率の最適化が──ん、エリカ君じゃないか」
そんないつも通り魔法談義をしていた2人に、エリカが声をかける。ウェイトリーは魔法談義に熱中しすぎて3回に1回は反応しないので、基本達也の方に話しかけるのがE組の通例となりつつある。
「どうした。エリカ」
「2人ともクラブは決めた?」
「いやまだだ。ウェイトは」
「私も決めてないなぁ」
そもそもウェイトリーは現代魔法の殆どを使用出来ない。昨今のクラブは大抵が魔法を使った競技なため、何処に入っても足手まといになるのは否めない。そして壊滅的な運動神経も考慮すると、選べるのは限られてくるのだが。
「じゃあさ、一緒にクラブ回らない? 美月もレオも決めてるんだって」
「……実は風紀委員会でその見回りをしなきゃいけなくてな」
「えー、……そっかぁ。まあ別に興味あるわけでもないし、私は」
「まあ待ってくれエリカ君。どちらにしろ各部を見て回らねばならないのだし、委員会の仕事をしながらでも良いなら付き合うよ? なぁ達也」
そう言うとエリカは「ホント!?」とパァ、と明るく笑みを浮かべ嬉しそうに30分後に集合と言って去っていくのを微笑ましそうに2人は見送った。
「……で、良かったのか? 委員会の仕事上3人で回れるとは思えないが」
「おいおい達也。私1人でどうやって魔法を使う違反者と腕っ節の違反者を捕まえられるんだ? 体術に優れた君と行動する方が私には都合がいい。委員長殿にも了承は得るつもりさ」
「……基礎程度なら教えようか?」
「────いや、遠慮しとこう」
◇
『おはようございます!』
「おはようございます姐さん!」
摩利が入室すると、キビキビと声の張った元気の良い挨拶が響く。委員たちはしっかりと統率が取れており、前世で数回程見かけた軍隊を彷彿とさせる。
「アネサン、おはようございます」
「鋼太郎、姐さんはやめろ。あとアルハズラット、真似はしなくていい。……さて」
ダンッ、と摩利の手が机に強く置かれる。それだけの所作で部屋の空気が、委員の雰囲気がピリピリとした厳かなものに変わる。流石は三巨頭の1人にして委員長だ。腕っ節に自信のあるだろう委員らを纏められるのも納得の威厳だ。
「今年もやってきたな。このバカ騒ぎの1週間……クラブ活動新入生勧誘期間だ」
「……いや、正確には新入生獲得合戦と言うべきか」
その新入生獲得合戦となる原因は、魔法科高校ならではのクラブ。そして"九校戦"だ。
この日本国には第一から第九までの9校の魔法科高校がある。この9校間で毎年行われるのが「全国魔法科高校親善魔法競技大会」、通称九校戦。
九校戦の結果は学校の評判に関わるのは勿論、九校戦で結果を残した生徒とそのクラブは学校側から経費などの優遇がされる。そのため有力な新人の確保は最優先であり、各クラブ間でのトラブルが発生する。
しかもこの期間中はデモンストレーション用にCADの携帯が許可されており、新人の取り合いで殴り合いどころか魔法の撃ち合いが頻繁に起こる。学校側も九校戦のために多少のルール違反は黙認状態。それでいいのか魔法科高校。
「この状態を鎮られるのは我々風紀委員会のみ! 今日から1週間フルに稼働してもらう! 幸い今年は新人の補填も間に合った。紹介しよう。1ーE 司波達也と、同じくウェイトリー・アルハズラットだ」
名前を呼ばれた瞬間、素早く立ち上がった達也に釣られて慌てて立ち上がるウェイトリー。これを聞いた委員らがザワザワとし始めた。"二科生から? "など信じられないといった様子の呟きが聞こえてくる。まあ実際ウェイトリーが逆の立場だったら同じ反応になる。
「委員長。戦力になるんですか?」
これも当然の疑問だ。風紀委員の仕事は
「2人とも実力は見た。なんなら私はアルハズラットに模擬戦で負けているぞ?」
「なっ!?」
ザワザワとまたざわめきが大きくなる。やめろ。やめてくれ委員長。確かに模擬戦には勝ったがウェイトリーは何もしていない。というか速すぎて摩利の動きをほぼ視認出来なかった。惨めにも我が子に泣きついて召喚し、子の後ろで突っ立ってた臆病者だ。
(あの優男そうな奴が本当か?)
(他ならぬ委員長が言ってんだから事実だろ。信じられねぇが……)
「司波も模擬戦にて服部副会長に勝利している。私の目が不安なら実際に確かめてみるか?」
「副会長に!?」
(……NOだ。絶対にそれはやめてくれよ委員長殿)
チラリと非難を込めた眼差しで摩利を見る。目が合ったかと思えば、一瞬だけニヤッと悪戯っぽく笑って表情を戻した。負けたことを根に持ってるのか。若しくは存外に彼女は悪戯好きだったのか分からないが、ウェイトリーは決意した。必ずかの邪智暴虐の委員長を倒さねばならぬと。
「他には?」
摩利の言葉で先程までのざわめきが静まり返る。鶴の一声とはよく言ったものだ。
「では自分からよろしいですか?」
「許可する」
そう許可を貰った委員が立ち上がる。大概こういうときは特に伝達も無しに終わるのが通例だと思っていたが意外にも話は続くようだ。
「アルハズラット……いや、ウェイト。先日俺たちのCADに配布されたこの『ルーン魔法』なるもの。これはおまえが手がけたものと聞いたが本当か?」
矛先はこれまた想定外にも自分だったようだ。ちゃんと配布するときに制作者コードも添付していたはずだが半信半疑なのか。
「えぇ、その通りです。使用法と種類は資料として送っているはずなのでそちらからお願いします。もしなにかあれば私に連絡下さい」
静まっていた室内がまたザワザワと騒がしくなる。"まさか……! "とか"これはもしかすれば……! "とかブツブツと聞こえ、怪訝そうな視線から一転。好奇と期待の籠ったものに変わり果てた。達也に助けを求めて目を向けても、彼は我関せずといった様子で知らぬ顔をしている。
あぁ、頼むから本当に期待しないでくれ。過度な期待は、時として暴力となるのだ。達也は兎も角、ウェイトリーは"ガチ"の劣等生なのだから。