国民的大物女優観察記録   作:これこん

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9月になる前に投稿したし問題ないな、ヨシ!(前回の投稿日から目逸しつつ)


あと前回めっちゃ感想来てて草なんだ。
返信できてないけど全部見てます。ありがとうございます。


第八話

 

26

 

 

夜凪が操作するスマホの画面をじっと見つめる百城千世子。

「そ、それじゃあ電話するわね」とやや緊張気味の夜凪。彼女が画面をタップした指の先には百城の見慣れたアイコンが。

 

「夜凪さん。さっき言ってたお友達ってこの人?」

「うん、そうよ」

「……へぇ、この人」

 

電子の海を漂うフリー素材の内の一つの、しば犬の写真がホーム画面。そして下の名前を片仮名にしただけの三文字のユーザーネーム。

凝る人のものでは長文になっていたりすることもあるステータスメッセージの欄には「よろしくお願いします」とだけ。

至ってシンプルなその画面に百城は見覚えがあった。というよりつい数分前まで会話していた人物のものと全く同じである。

 

百城は全てを理解した。

夜凪の話と、彼女自身の記憶を基に九十パーセント位で確信していたことが百パーセントに。

それは夜凪の言っていた「友達」の正体である。

百城が先程夜凪らに合流する前まで電話をしていた、今は東京にいるのであろう青年。

彼は夜凪の話から推測するに、かなり彼女と親しいらしい。

 

初期設定の呼び出し音が鳴る。夜凪は百城にも相手の声が聞こえるようスピーカー設定にした。

夜凪は百城を紹介するということで緊張から心臓の鼓動が速くなる。

 

「き、緊張するわ……」

「この人と電話するのは珍しいの?」

「あ、緊張しているってそうじゃなくって、千世子ちゃんを紹介するから……。別にこの人と電話は毎日してたから緊張なんてしないわ」

「へぇ、そうなんだ」

 

また一つ夜凪が地雷を踏み抜いたことはさておき。

何せ夜凪の隣にいるのは百城千世子。この国を代表する若手女優だ。

夜凪は勿論今電話をかけている相手が百城と既に知り合いだとは知らない。

いきなり電話に天使が出てきたらさぞかし驚くだろうと思う。と同時に、しっかり百城のことを青年に紹介できるかと緊張している。

だがそれでも彼ならば相手が誰であろうと何やかんや上手くコミュニケーションを取れるのだろうという安心感はあるが。

 

「で、出ないわ……」

「そうみたいだね」

「今何かしているのかしら……? もしかしてお風呂とか……」

 

青年は夜凪からの電話に出なかった。

出ないなら仕方ない。百城を紹介するのは諦めよう。夜凪がそう思いコールを切る。

 

「ごめんなさい千世子ちゃん。あの人電話に出ないの」

「じゃあしょうがないか。……ところで夜凪さん」

 

青年と電話が繋がらずに残念がっている夜凪に、後ろで手を組んだ百城がぐいっと近づく。

二人の顔の距離は十センチもない。

夜凪と百城が初めて会った顔合わせの日。夜凪が百城に「あなたの芝居は人間じゃないみたい」と言った際と構図は同じだった。

百城の目力は多分今の方が強い。

 

「この人と仲良いみたいだけど。二人ってさ、付き合ってるの?」

 

百城の言葉を夜凪は何度も頭の中でループさせた。

付き合っている。百城が言ったのは男女の関係。つまりカップルなのかどうか。

 

「そ、そんなのじゃないわ! 全然違うもの!!」

 

手を身体の前に突き出してぶんぶんと動かし否定する夜凪。だが彼女の頬は紅かった。これは夏の気温と湿度によるものか。それとも。

それに気が付かない百城ではない。彼女は夜凪の顔をじーっと見つめる。彼女は大体のことを理解した。

そして、あと少し経ってからこっちから電話してやろう。百城はそう思う。

東京に帰ってから直接会い話を聞くのでは、それまでの数十時間は彼女にとって長すぎた。

 

電話をかけるにあたり、海の近くまで移動していた夜凪と百城。やがて切り上げ湯島茜や星アキラらのいるところまで戻ってくる。

 

「電話繋がらなかったわ……千世子ちゃんのこと紹介したかったのに」

 

残念そうに湯島にそう言った夜凪。今の彼女にはしょぼんという効果音が似合う。

 

「まぁ出ないならしょうがないやん。もしかしたらこの後折り返しの電話が来るかもしれんし」

「そ、そうよね!」

 

そんな二人のやり取りを横目に見ていた星アキラ。

彼は夜凪と百城が会話をしている最中に偶然近くを通って立ち止まったので、それまでの二人のやり取りを知らなかった。

その場にいた湯島から、「夜凪が友人に百城を紹介する」ことを聞いた。それだけならば何も問題はない。その筈。

胸に手を当てると、心臓の鼓動は何時もより速くなっている。何故か自然と緊張して心拍数が上がっていたらしい。手にはじわりと汗が滲んでいる。

 

「あの、千世子ちゃん。もう少し時間経ったらもう一回電話かけない?」

 

夜凪は百城にそう尋ねる。

この打ち上げがいつまで続くか分からないが、浜に居る間でも宿舎に戻ってからでも時間はある。

撮影は終わったので、百城が毎日行っていた共演者や台本のチェックは今夜は必要ない。

 

「たまに変なことするけど普段は真面目で良い人なの。色々手伝ってくれるの」

「たとえばどんなこと?」

「ええと……洗濯物畳んでくれてたり、お掃除手伝ってくれたり、あと買い物手伝ってくれたり。『俺が持つよ』って買い物袋とか沢山持ってくれるのよ。あ……去年商店街の福引で当てた電子レンジをくれたの! 私の誕生日近いからって」

 

夜凪は早口だ。

 

「……へぇ」

「でも、大体のことは出来るのに料理はあまり上手じゃないの。カップ焼きそばだって私が作った方が美味しいらしいわ。お湯を注ぐだけなのに不思議よね」

 

百城に自身の友人を紹介する夜凪。

特に料理の下りを語る時の彼女はどこか得意げだった。その理由として夜凪は料理の面で青年に頼られていると考えていたし、実際その通りであるから。

普段は鉄仮面な青年がカレーを口に運んだ時に見せる笑みを見ると、夜凪はこれ以上ない達成感を得る。

それを聴き終わった百城は一言。

 

「……じゃあもう一回電話、しよっか」

 

彼女は微笑みながらそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

27

 

 

百城との電話が終わった俺はシャワーを浴びることにした。

脱いだ服を洗濯機に投げ入れる。

右手には今日の昼間に街を歩いていたら試供品で貰った使い切りサイズのシャンプー。有名女優の環蓮が最近CMに出ている新発売のやつだ。

 

環蓮といえば、言わずと知れた大物女優。

抜群のスタイルに、整った顔立ち。巷で「天使」と形容される百城のような可憐さ、そして可愛さではなくザ・美人といった印象が強い。

大人の気品とでも言うべきか。

全身から感じられる凛々しさと力強さが視聴者の心をぐっと掴む。そんな女優だ。

容姿としては景が近いかもしれない。同じ黒髪ロングだし。

 

あと、ランニングコースで偶に会う人に似ている気がする。常にスポーツキャップを被っているので分かり辛いが。

まさか本人ではないだろう。国民的女優とエンカウントする確率など限りなく低いのだから。

いつもは軽く挨拶を交わす程度であるが、この間「君偶に見るけど良いフォームしているね」と声をかけられ話す機会があった。

彼女もスタイル良いしモデルでもやっているのではないだろうか。

折角だから「環蓮に似てるって言われません?」と聞いてみたら「よく言われるね」との返答。やはり自覚はあるらしい。

ただ少し笑っていたのが気になるが、何が可笑しかったのかは分からん。

 

親しみやすい人柄で好感度も芸能人の中ではずば抜けて高いという話を以前テレビで見た。

恋愛関係のスキャンダルがほぼノーダメとかどうなってるんだ。そういう記事をすっぱ抜かれたら百城とか一撃でアウトになりそうである。

ドラマなり映画なり、何気なく観ていたら彼女が出演していたというのはよくある話。

知名度は百城より上かもしれない。幅広い年齢層に人気なのだ。

 

何はともあれ、封を開ける。

半分くらいを手の平に出して、残った分が漏れ出さないように洗濯ばさみで袋を留めて置いておく。

この量は一回で使い切るにはちと多い。それに俺は貧乏性なのだ。

 

CMやパッケージの情報から明らかに女性用に作られているのが分かるが、せっかく貰ったので男の俺でも使って良いだろう。

椿オイルと十数種類のオーガニックエキスが何とやらの謳い文句。確かに匂いが凄く良い。

キツすぎない甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐる。

 

……ふと思いつく。ビビッと頭の中を電流の如きインスピレーションが駆け巡る。

もしかして今この瞬間、俺のいるこの浴室の匂いは環蓮と同じ匂いなのではないだろうか。

今彼女がこれを使っているかは知らないが、少なくともCMの撮影時はそうだっただろう。

もしかして今世紀最大の大発見かもしれない。もしかして俺天才か?

 

……いや、やっぱりキモいわ。

一回死んだほうがいいかもしれない。少し遅れて気付く。気が乗っている時は案外自分では分からないものだ。

多分俺は今疲れているのだろう。よく考えたら最近バイト多かったし睡眠不足気味である。今日はもう早く寝た方がいいかもしれない。

 

さっさと全身を洗って浴室から出る。寝巻きに着替えてリビングに戻り、麦茶を一杯飲んだ。

スマホを確認すると、景から着信が入っていた。十分弱前。丁度俺が浴室に向かった頃である。どうやらタイミングが悪かった。

早速俺は景に電話をかける。数回のコールで彼女は出た。

 

『もしもし……。今平気なの?』

 

俺は大丈夫だと告げて、さっきの電話に出られなかったことを詫びた。先程までシャワーを浴びていたのだ、と。

 

『ううん、全然大丈夫。あの、驚いて心臓止まらないようにね?』

 

緊張したような声で景はそう言った。

え、心臓止まるってこれから何するんだよ。スピーカーにいきなり大音量でも流すのか?

とりあえず警告に従い、息をゆっくり吸って吐いてを繰り返して落ち着いた。これで何が来ても問題ないだろう。多分。

すると景はビデオ通話に切り替え、画面の外に向かって手を招く。向こうで仲良くなった俳優が登場するのだろうか。

そう思ったら出てきたのは百城だった。

ふわふわしたショートの髪に白い薄手の服。一度目を擦ってみたがやはりそこにいたのは百城だ。

 

『こんばんは』

 

そう言ってニコリと微笑む百城。とりあえず今の彼女が仮面を被っていることは分かった。いつもマンツーマンで電話する時とは違う。

……こういう場合、どう返答すれば良いのだろうか。

とりあえず俺もカメラをオンに切り替えた。これで向こうにも俺の姿が映るだろう。

百城レベルの芸能人にもなると交友関係にも気を遣うだろうし今日は俺と初対面という体で話を進めるのかもしれない。

確かに俺との繋がりが周囲に漏れて万が一百城の好感度やらに響いたら大変だ。

 

『……あれ、驚かないの……?』

 

不思議そうにこちらを覗き込む景。

景はどうやら俺が百城の登場で驚くものだと予想していたらしい。まぁ普通の奴ならそうなのだろうが、俺からしてみればもう慣れたどころの話ではない。

それに俺は面の皮が厚いからな。ちょっとやそっとでは周りに考えていることがバレない。

昔から落ち着いている風に振る舞っていたらそれが定着してしまったが、その結果心理戦に強くなりトランプゲームなどで優位に立てる。結構便利なのだ、これ。

とりあえず景には驚きすぎてつい固まってしまったのだと言う。理由としてどうなんだと疑問が残るがこれくらいしか思いつかなかった。

景も「そうだったのね」と言って納得している様子だし問題ない。

 

『知っていると思うけど、百城千世子ちゃんよ! 仲良くなったの!』

 

俺は頭を下げてこんばんはと言う。

百城に対してこういう言葉遣いをするのは殆どないので何だか変な感覚だ。

 

『……夜凪さんと仲良いんだね』

 

そう俺に尋ねる百城。あ、そういえば百城に景のことを言うのをすっかり忘れていた。

だから百城は俺が景とそれなりに仲が良いことを知らないのか。

とりあえず百城には普通に仲は良いと返答する。俺たちの関係を一言で表すなら友人だろう。

 

『夜凪さんのことは下の名前で呼んでるんだ。ついでに私のことも千世子呼びにしてみない?』

 

あれ、どうやら初対面のふりはしないらしい。

というか呼び方なんてどうでも良いだろう。それによって何か変わるわけでもあるまいし。ずっと百城呼びなのだから変える必要は特に感じられないな。

あと、この会話によって周囲に俺と百城の繋がりが知られたら色々と面倒くさそうだが別に構わないのだろうか。主に百城のキャリア的な意味で。

 

『私の周りにはね、夜凪さん以外誰もいないよ。他の人とちょっと離れたところで話しているから何も問題は無いの』

 

なるほど、百城自身に問題がないなら俺はそれで構わない。

ところで、景が目をぱちくりさせているのが気になる。そりゃまぁ、あの百城千世子と知り合いだったなんて知ったらそうなるか。今までそんなことを一度も言ってなかったのだから。

 

『ち、千世子ちゃんとお友達だったの!?』

 

俺は景に頷くことで肯定する。

やはり景は随分驚いているらしい。

 

『……千世子ちゃん、この人と仲良いの?』

『昔からの知り合いなの。仲は良いよ』

『ど、どれくらい?』

『……お友達の中では一番?』

 

百城と景の会話を画面越しに見つつ。二人の距離は何だか近いな、と思う。

景が風邪をひいた原因であるクライマックスシーンの撮影日は、およそ一週間程前。それから二人の関係性は一気に縮まったらしいのだが、短期間でかなり仲良くなったらしい。

何はともあれ、仲がいいのは良いことだ。歳の近い役者同士、これから色々と付き合いはあるだろうから。

画面を見る限り、俺という共通の話題で盛り上がっているらしい。

 

『ち、千世子ちゃんと付き合ってるの?』

 

いきなり身を乗り出すようにカメラの大部分に映り込んだ景がそう言う。

焦ったように何を聞くかと思えば、そんなことか。

俺と百城は昔からの友人であり、そんな関係では無いのだ。俺はそれを景に説明した。

いやまぁ、小学生くらいの頃は距離感近かったりしたせいで「コイツ俺のこと好きなんじゃね」と疑ったこともあったが、今日まで友人関係だったことを考えれば俺の勘違いであったことは明白だ。

 

『よ、よかったわ!』

 

景はスマホの画面越しで、俺の話を聞いてそう言った。

……ん? 良かったとはどういうことだろうか。何だか引っかかる発言だ。

まぁ景はおっちょこちょいだし何かと言い間違えたのだろう。だから特に言及はしない。

 

『………』

 

……何だか百城が無言で俺を見つめてくるんだが。何か言いたいことがあるのだろうか。

あと何というか……寒い? もしかしたら風邪をひいたかもしれない。最近生活リズムが狂っていたし、疲れも溜まっている。風呂に入りながら思考が暴走したことも含めて、やはり今日は早く寝た方がいいかもしれない。

 

『大丈夫?』

 

そう聞いてくる百城には、問題ないと返答する。例え俺が風邪をひいていても、電話越しの彼女らに感染る訳ではないのだし、電話を続けるくらいは問題ない。

そういえばこの後アキラ君にも連絡しようと思っていたのだが、もし近くにいるのなら今ここで一緒に話してしまった方が楽だろう。

別に今日は男同士の女人禁制な話をするつもりはないし、「お疲れ様」と言うくらいだ。それに女子に聞かれない方が良い話と言っても、下ネタとかじゃない。

彼は下ネタが得意でないことを俺は知っているので、そういう話題を振ることはない。

彼と話すのは筋トレなど、女子の前では地味に話題に出し辛いことだ。

 

それを百城に伝えたら、百城は画面の外に目線を向けると手招きしながらアキラ君のことを呼ぶ。十秒くらいして、アキラ君はやって来た。アキラ君は既に俺と百城が知り合いだと知っているので、この場に呼んでも問題は無い。

 

『や、やぁ……』

 

こちらに向かって笑いながら挨拶を交わすアキラ君だが、何やら笑顔がぎこちないな。相変わらずイケメンなのは変わらないが。やはりアキラ君といえど、一ヶ月の撮影は疲れるのだろう。

あまり長い間引き留めるのも悪いのでさっさと用件だけ伝えるか。

俺はアキラ君に撮影お疲れ様と言った。

 

『あ、あぁ……』

 

それにしても、百城と景とアキラ君が並んでいると本当に画になるな。

やはり芸能人というのは顔面偏差値が高すぎる。

それにしても汗をかいているが……向こうの気候は亜熱帯だし、この時間は湿度も相まって随分暑いのだろう。熱中症には気をつけろよ、と付け足しておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

28

 

 

テーブルに置かれた幾つもの皿。

白飯に味噌汁、そして焼き鮭にイクラ。あとよく分からない佃煮にホタテの刺身やイカの塩辛まで。その他にも色々ある。

この間デスアイランドの撮影が終わったばかりの百城に「お土産買いすぎたから一緒に食べよう」と言われ、その約束通り百城の家に来たのだが流石に驚いた。

食卓に並ぶ品数は予想の二倍くらい多かった。

 

因みにいつもこの部屋にあるガラス製の値段が高そうな机だと小さいので、去年辺りに俺が持ち込んだ折り畳み式のテーブルを二つ合わせて使っている。結構面積が広くて使いやすい。

 

お椀いっぱいのイクラとか初めて見たぞ。

何か手伝うと言ったら、百城に座っててと言われたので俺は今席についているが、まだ台所で真空パックされた冷凍品を湯煎していたりするのを見るに、まだまだあるのだろう。

確かに、これは助っ人が必要な量だ。百城一人で食うとなると、かなりの時間が必要だろう。

その間冷蔵庫、冷凍庫が占領されているのだろうし早急な解決が必要な訳だ。

これ、全部でいくらするのだろうか。百城くらい金銭的に余裕がある人間が買うものは、やはり値段もそれなりに高いだろう。

……本当に俺が腹に収めていいのだろうか、何だか変な汗が出てきたぞ。

 

やっぱりアレか、ストレスの溜まった女性は買い物で発散すると聞く。百城にもその兆候が出始めているのかもしれない。

芸能界はやはり色々と大変なのだろう。俺には想像もつかないが。

そーいや最近俳優が薬物やったということで先週のニュースに出てたな。まぁそれだけなら特に珍しいことではないが、確か彼は百城と去年辺りに共演してた記憶が。

……いや、別に何でもない。とりあえず、飯食い終わったら肩とか揉んでやろう。

 

そんなことを考えていたら百城が来た。底が深めの皿を両手で持っている。

見たところ具の無いカレーかビーフシチューの様だが何だろうか。

 

「熊のカレーだって」

 

成る程、熊か。実に北海道らしくて面白い。

北海道が舞台の某漫画で勃起おじさんが熊の心臓食ってたのを見て気になっていたのだ。

 

一通り準備が終わった百城も俺の対面に座り、手を合わせた。そして、「いただきます」と一言。

背筋をピンと伸ばし、脚もきちんとくっつけている。オフでもこういうところの気を抜かないのは流石だ。それを目の前の本人に言う。

 

「身近に姿勢がいい人がいたからね。小さい頃から真似してたら癖になっちゃった」

 

「あなただよ」と。笑いながらそう言って百城は俺を見た。

え、そんな話今日初めて知ったんだが。

テレビで食レポとかする際、こうした所作の丁寧さというか育ちの良さみたいなものを目にした視聴者は好感が上がることだろう。

 

まぁそれはそれとして、適当に目の前に出されたものを食う。

うん、美味いとしか感想が出てこない。だって仕方ない、美味いんだから。

 

「美味しいね」

 

と百城は言う。俺もそれに頷いた。口の中にものが入っているからその間には喋らない。

それから、飲み食いしながら色々と話をした。

主な話題に上がるのは、デスアイランドの撮影。ついこの間までロケをしていたのだから、話題に出しやすい。

誰と話しただとか、インスタを撮っただとか、ホテルのご飯が美味しかっただとか。そんな、他愛もない会話だ。

その流れで、俺は景のことを聞いてみることにした。景はどうだった、と。

この間一緒に電話をしていたし、仲はいいのだろう。

 

「夜凪さんはね、凄かったよ」

 

百城がそう言うということは、やはり景の演技というのはすごいのだろう。友人が褒められているのを聞き、俺も頬が緩む。

映画にも出演したことだし、どうやら景の役者人生の滑り出しは順調らしい。

腕を組んでうんうん頷き、そして視線を元に戻す。そこにはじーっと俺を見る百城が。……どうかしたのだろうか?

 

「そういえばさ」

 

百城は続ける。

 

「夜凪さんとどれくらい仲良いの?」

 

どれくらい。そう聞かれると返答に困るが、世間一般的な友人関係の域を出ることはないだろう。普通に友人だ。

たまに一緒に飯食って、たまに買い物を手伝う。その程度である。あ、でも誕プレとかあげるけど別に付き合ってなどない。

 

「……ふぅん」

 

俺の返事を聞いた百城はそう一言。俺の返答に特に感想は無いようで、そのままこの話題は終わった。

飯を食って、色々話して、また飯を食ってまた話す。その繰り返し。いつも家で食うと食事に十分もかからないので、こんなにゆっくり食うのは久しぶりだ。景の家で食事を頂く時も、そこまで時間はかからないで終わる。

温かいものは先に平らげて、残っているのは元々冷めているものばかりなのでゆっくりで構わない。

 

「……前さ、デスアイランド公開したら一緒に観にいこうって言ったよね」

 

百城はふとそんなことを言い出した。勿論覚えているとも。

俺はアキラ君や景からも言われており、全員の指定した日が公開初日とかだったら被ってしまうかもしれないが、そうなったら皆で観に行けばいいだろう。

皆でわいわいと映画を観る、楽しそうじゃないか。いや、上映中は喋らないけど。

そして当然そうなったら事前に一緒でも良いのか三人に確認はするが。

まだいつ観にいくのか決まったわけではないのだから、そうならない可能性もある。

丁度今回の撮影で景と百城が仲良くなったことだし。親睦を深めるのに良いかもしれない。

そんなことを考えていた。

 

「クライマックスは絶対寝ちゃダメだよ」

 

クライマックス……確か景が風邪をひいたのもそこだったはず。

景は水に流されたと言っていたが、そこのシーンの迫力が凄いってことなのだろうか?

いやでも、今までに百城がラストシーンは観てと強調することなんて無かったし、 演出が激しいシーンなど幾らでもあったから違うかも。要するによく分からない。

 

「まぁ、観てからのお楽しみかな。ヒントはね、夜凪さんのおかげってこと」

 

……改めてヒントを交えて百城が何について言っているのか考えてみてもよく分からないな。

カメラの前では取られることのない百城の仮面が剥がれたとかか?

いや、百城に限って素の顔をカメラに晒すという状況が思い浮かばないし……まぁいいや、考えるのはよそう。

俺は近くにあった、赤く輝くイクラに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

28

 

 

「あ゛あ゛ー彼女が欲しい!」

 

当初はビールがなみなみ注がれていたものの、今では半分程に減ったジョッキを片手に机に突っ伏して唸る目の前の男。

車に機材とか諸々を詰め込んで演劇やら何やらの現場に運ぶバイト先での先輩で、俺は彼を亀さんと呼んでいる。本名は青田亀太郎というらしいが、フルネームで呼んだことはない。

眼鏡と口元のホクロがぱっと見の特徴。あとは茶髪だろうか。染めているのかは知らん。

 

同じバイト先の人で、色々と面倒見てくれたりして良い人なのだ。偶に絡みが面倒くさいが。気の良い近所の兄ちゃんキャラ、とでも言うべきか。

亀さんと会うのは、週に二、三回。

今日はバイトが終わる時間が遅かったので一緒に夕飯を食うことになった。亀さんが奢ってくれるらしい。もう時刻は午後九時半を過ぎている。

 

適当に入った大衆食堂の座敷の隅っこが今日の俺たちの席だ。

周りには会社帰りと思われるサラリーマンだったりで賑わっており、がやがやと賑やか。当然俺は未成年なので酒は飲まない。代わりにコーラを飲んでいる。

 

以前のバイトで、亀さんと昼飯を一緒に食う時黙っていちゃあ気まずいので何か話題を出さなきゃと考え、丁度百城や景が知り合いにいるので「最近役者について興味を持っている」と言ってみたのだが、彼はその話題に食いついた。何と亀さんは舞台役者であるらしい。

そこから一気に仲良くなったのだ。

 

有名どころでは『ライオンキング』だったり『アラジン』、あとは『オペラ座の怪人』などだろうか。それらを舞台上で演じるのが劇団の人々。

メディアへの露出が多い、百城をはじめとした映画やドラマに出演する俳優たちと比べれば知名度は落ちるかもしれないが、俺はどちらも好きである。

実際熱心なファンは多い。

まぁ俺は基本的に広く浅く派だが。

 

あと、亀さんの所属する劇団の名前は『劇団天球』というらしい。

あまり知識のない俺でも知っている有名な劇団だ。

巌裕次郎。

日本で舞台については知らなくても、巌裕次郎を知っているという人間は多いのではないだろうか。

スキンヘッドで彫りの深い顔立ちの彼は渋くてカッコいい。酒と煙草が似合いそうな、ああいう歳の取り方を俺もしてみたいものだ。

 

かなり高齢な筈だが今も活動し続けている、日本を代表する演出家。色々な芸能人が彼と関わりを持っているらしい。

テレビやネットニュースによると、最近新しい舞台の準備をしているらしいが、何だったっけ。

あぁ、そうだ、『銀河鉄道の夜』だ。宮沢賢治の。

主な登場人物はカムパネルラとジョバンニだったか。

まだ俺が保育園にいた頃、保母さんから読み聞かせをしてもらった時に悲しくなって泣いてしまったことを覚えている。

 

その劇団天球にいると考えると亀さんはすごいと思う。

あの巌裕次郎の下で演技をしているということは、亀さんの実力はかなりのものなのだろう。

あと、亀さんのサインは既にゲットしている。「仕方ねーな」と口では言いつつ書いている時嬉しそうだったのが印象的だった。

 

 

「……世の中って不公平だと思わないか?」

 

しみじみとした口調でそう呟く亀さん。

 

「特にお前とか!」

 

そう言ってビシッ、と俺に向かって人差し指を向ける。

別にこれはガチ切れとかではなく、男子同士のノリでよくあるやつだ。

だから特に重く考える必要はない。会う度にこうしたやり取りがある気がする。

 

「ちょーっとだけ良い大学に通ってて頭が良くてスポーツができて顔が良くて気遣いができるからって調子乗るなよ!」

 

めっちゃ早口で言いたいことを口にした亀さん。「チクショウ」と言いながら残りのビールを勢い良く呷る。

どうやら結構酔ってきたらしい。べろんべろんになると困るので、あまり早く飲まない方が良いですよと言っておく。

 

ちなみに亀さん目線だと俺は女を取っ替え引っ替えしているクソヤリチン野郎になっているらしい。どうしてそうなった。

前に亀さんから「お前って今彼女いる?」と聞かれた際、強がりでめっちゃいますよと答えてしまったのが原因かもしれない。

男は見栄を張りたい生き物だから仕方なかった。正直反省している。

 

それから一ヶ月ほど経ったが、その間も色々あって亀さんの抱く俺という人間像は固定された。

今更チェリーですなんて言えるわけがない。もし勘違いですよと言った日にはずっとイジられ続けるだろう。そうしたら多分あだ名は童貞王だ。

 

そんな時、店に新たに客が入ってくる。前髪ぱっつん、明るい髪色のツインテールで丸眼鏡をかけた女の人。

亀さんはジョッキに口を付けつつ入り口を向くと、その人物を確認した。

そして右手で招く。今日は亀さんの他に、丁度バイトが終わったところだという同じ劇団の人も来ると聞いていた。彼女がそうなのだろう。

 

「あ、七生。ここだここ!」

 

亀さんが七生と呼んだ人は俺を見て一言。

 

「え、若っ。いくつ?」

 

俺は十九ですと答える。

七生さんは俺の隣に座った。俺の方が出入口側なのだ。

 

「へぇ、大学生?」

 

俺は頷いた。

俺の顔をまじまじと見つめて、亀さんの方を向く七生さん。

 

「『俺の後輩がいる』って言われたからどんなのか気になってたんだけど、アンタ未成年に酒飲ませてないでしょうね」

「ハァ!? 俺がそんなことする訳ないだろ! 人を勝手に犯罪者にすんな!」

 

二人の会話は荒っぽい口調で行われているが、逆に言えばそれでも問題ない関係ということだろう。

同じ劇団所属ということだし、結構長い付き合いがあるのかもしれない。喧嘩するほど仲が良い、というやつか。

「あ、私もビール」と店員に伝えた七生さんに俺は話しかけた。

せっかく本職の人がいるのだし、亀さんも交えて舞台について色々と聞いてみたいことがたくさんあるのだ。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

「ねぇ、私眠くなってきちゃった……」

 

酒に酔い頬が紅潮した顔で、俺に寄りかかってくる七生さん。腕も絡めてきており、力を込めなければ抜け出せそうにない。

眼鏡を外し、髪を解いた姿は何というか、エロい。あといい匂いがする。

亀さんとは正反対に真面目な印象を当初は受けていたのだが、酒に酔ったら人が変わった。この人めっちゃ酒癖が悪い。

 

そんな俺たちに、目の前に座っている亀さんはスマホのカメラを向けている。撮るなと言っても、酔っているようで聞こえていない。亀さんはベロンベロンである。

 

「ハハハハ! 題名はそうだな、『大学生にお持ち帰りされる七生』! よし、今度昼飯の時皆に見せてやろう!!」

 

……二人の酔っ払いに挟まれて何だか頭が痛くなってきた。

ここまで出来上がっているのを見れば、もう何時間も飲んでいるように思われるかもしれないが、七生さんが合流してまだ一時間経ってない。

俺と亀さんで店に入って来たのを含めても一時間半程度だ。

 

店の中には他にも客がおり、結構賑やかなので俺たちが騒いでいても特に目立ちはしない。

だからと言って服の中に手を潜り込ませるのはどうなのだろう。結構グイグイくるなこの人。

 

「やだすごい筋肉!」

 

何だか喜んでいる七生さんに、ゲラゲラ笑っている亀さん。

まぁなんだかんだ言って、賑やかなのは嫌いではないから結構楽しかったりする。

あと、七生さんは舌ピアスをあけてた。実は元ヤンだったりするのか……?

 

その後三人で割り勘しようとしたのだが、俺は酒飲んでないし千円分位しか食ってないからと二人が払ってくれた。何ともありがたい話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回でデスアイランド編が終わって、次回から銀河鉄道の夜編です。
次回はできるだけ早く出します。できるだけ……



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