綾小路清隆♀のどうにかしたい教室へ   作:ぱや

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気づいたら年の瀬だったので初投稿です


4

 平田くんは綾小路くんのことが特別みたいだった。

 目に見える形で贔屓してるわけじゃない。

 でも、3年間も同じクラスだった私たちには、その違いがよくわかる。

 2年生から少しずつ変わっていった綾小路くんは、不思議な人だ。

 どこか掴みどころがなく、少しだけ怖いような気もする。

 でもクラスに不利なことをしない限りは、綾小路くんはとっても優しい人だって思う。

 だってそうじゃなかったら、きっと、私の恋心なんて簡単に潰せたはずだから。

 

 いつだったか、1人で佇む綾小路くんを見て、平田くんが言った。

 

「僕は、彼の役に立てているかな」

 

 すごく優しい声で。

 深い友情みたいな、そうじゃないような。

 けどこれだけはわかった。

 平田くんの心の奥深いところ。

 そこに綾小路くんは根を張っていた。

 1年生の途中まではそんなに深い仲じゃなかったはずなのに。

 ふたりの間に何があったんだろう?

 気になるような、聞きたくないような。

 

 もし聞いたら、平田くんにはなんだかんだ言って誤魔化されちゃうかも。

 けど綾小路くんならもしかしたら、あっさりと教えてくれるのかもしれない。

 今更、聞いてみたい気がしてる。

 

 でも、そんな綾小路くんはもう、いないんだけれど。

 

 

 

 ー 4 ー

 

 

 

「おしゃべりしようぜ、綾小路」

「……百歩譲ってするとして、せめて着替える時間くらい欲しいんだが」

「あ? んー、いいじゃねえか。悪くない眺めだぜ?」

 

 お前の主観は聞いてない。

 そう言えたら楽なんだがな。

 

 目の前で顔をにやつかせた龍園に溜息を吐いて、私は伏目がちに呟いた。

 

「少なくともこちらは不愉快だ。龍園……くん。君がここに来たことは黙っているから、立ち去ってくれないか?」

「いいぜ、って言うとでも思ったか? やだね。こんな機会滅多にねえからなあ」

 

 確かにそうだが、互いの立場くらいは考えてほしいものだ。

 それに、()()()()()()でうろついて── こいつ、危機感ないのか?

 ……いや、織り込み済みか。

 

 ジトリと睨みつけると、くつくつと笑った龍園が白いものを投げて寄越した。

 バスタオルだ。

 私が服と一緒に並べていたもの。

 ……いつの間に。

 

 礼のひとつでも言うべきかと悩んで、いやこいつのせいでこんなことになってるんだ、と思い直した。

 素早く立ち上がって上半身と太ももまでをバスタオルで隠す。

 大きいものを持ってきていてよかった。

 夏場ということもあって、水中から上がってもバスタオルを巻けばさほど寒くはない。

 タオルがずり落ちないように両脇をギュ、と締めると、目の前の龍園がヒュウ、と口笛を吹いた。

 どこを見てんだ、どこを。

 

 私は雰囲気を変えるように短く息を吐いて、そういえば、と話し始めた。

 

「散策していたうちの生徒に聞いた。Cクラスは一部生徒を除きみんな船に戻った、と……そう聞いているが」

「ハッ、散策だぁ? 偵察の間違いだろうがよ。班分けまでして念入りにやりやがって。まったく油断も隙もねえな、綾小路」

「質問の答えになっていないぞ、龍園くん」

 

 また鼻で笑ってから龍園が口を開く。

 

「間違っちゃいねえよ、ほら。残ってンだろ? ── 俺がその『一部生徒』ってやつだよ」

 

 ダウト。

 明らかなウソ。

 それが私にバレていることも織り込んだうえでの遊び。

 

 龍園という男は用意周到だ。

 前、軽井沢を追い込んだ時と同じ。

 綿密なほどの計画は立てないが、ひとつ、ふたつ、みっつ。

 糸を張り巡らせ最後は力業で押し切る。

 この無人島試験で前の龍園が実行した作戦はまさにそれ。

 

 学年で広まっている『Cクラスのリーダー・龍園翔』に対するイメージの引用。

 派手に動いて見せることで『Cクラスは試験を放棄した』と印象付けることにも成功した。

 少なくともこれでBクラスはCクラスの存在をそこまで脅威に思っていない。

 あれほど粘着され、須藤の一件でもそのしつこさが身に染みているはずなのに。

 ダメ押しになっているのは間違いない、こいつが放った『龍園の被害者』たち。

 それらを保護した一之瀬の中の杯は傾いている。

 それが龍園の張った罠だとも知らず。

 

 佐倉の情報ではAクラスも前と同じ。

 CとAは契約を結び、思惑は着々と進んでいた。

 Dクラスが被害者── 伊吹を受け入れずBクラスに明け渡した、その瞬間までは。

 

 想定外だっただろう。

 龍園にとっても、葛城にとっても。

 平田は甘く、被害者を見捨てておけない性格の男として目に映っていたはずだ。

 だから伊吹を見捨てるという選択は取らないと、高を括っていた。

 ああ、その想定はおおむねあっている。

 

 ()がまさにそうだった。

 だが今は私がいる。

 参謀役として綾小路清隆がいる。

 クラス内の統制を図り、目を光らせ。

 よく言えば温和でおおらか、懐が広く、でも悪く言えば消極的で優柔不断、抱えきれないものまで抱えようとする。

 そんな男をコントロールするやつがいたこと。

 それが今回の龍園の失策であり、そして、葛城の失敗だ。

 

 龍園が私の前に出てきたからには、ヤツはすでに悟っている。

 オレだった時、終盤まで自身の姿を必死に隠していた通り、この計画においてはヤツの存在秘匿、これが重要なファクターだったはずだ。

 だがそれを捨てなければいけなかった。

 その時点で龍園は理解し始めていたわけだ、自分の作戦がすでに砂上に近いことをな。

 が、まだ巻き返せると思っている。

 例えば葛城たちAクラスを犠牲にしてでも、Cクラスの生き残りチャンスがあるのだと。

 確かにないことも、まあ、ない。

 そうだな、あるとしたら。

 

「……入った時から気にしてはいた。Dクラスの留学生、綾小路清隆。一発でSシステムを見抜いたって聞いた時はなんの冗談かと思ったぜ。だが会ってみりゃ理解できた。これはやばい……それで決定的だったのがこの間の一件だ。……いやあ、見事に転がされたもんだぜ、俺も」

 

 龍園が私のそばまで近づく。

 バシャ、と水しぶきの上がる音。

 数センチ上から見下ろしてくる、鋭い目つきが愉快そうに歪む。

 鼻先が触れるか触れないか、ギリギリの距離。

 口を開きかけた龍園に、だが私は少しだけ背伸びをして、その動きを封じた。

 水の中に浸かったままのつま先が水中の砂をえぐる。

 その弾みで水面が揺れて光を反射する。

 脇を緩めたことでハラリ、と巻いたタオルがズレて──……。

 

「は、」

 

 押し付けた胸と龍園の胸板のその間。

 かろうじて引っかかっただけのタオルが私と龍園を隔てる。

 その布越しに伝わる激流のような鼓動を、どこか冷めたような気持で聞いた。

 決してそらされない視線を反射して、私は、その耳元に唇を寄せた。

 

 

 

 

 

 

「綾小路さん!」

「……平田。それに神崎も」

「なかなか戻らないから心配したよ。何かあったのかなって」

「ああ……」

 

 ちらりと腕時計を見る。

 拠点を出てからざっと1時間半くらいか。

 だいぶ時間を空けてしまった。

 水浴びをするには長すぎる時間に、心配性の平田が慌てた様子でやってくるのも理解できる。

 大方、ほかのクラスメイト── みーちゃんあたりに、私が戻ってこないと相談されたのだろう。

 ただでさえ盤石とはいえないクラス内部の様子。

 そのきっかけでもある山内も川のほうへ行ったと聞いては、なおさら心配になったに違いない。

 あとでみーちゃんにもフォローを入れないとな。

 だがどうしてここに神崎がいるのか。

 伊吹と引き換えに教えた供給地点で何か問題があったのだろうか。

 いや、それとも引き取る予定の伊吹がいなかったから心配になって?

 不思議そうな表情をした私に気付いたのか、神崎が視線をそらしつつ言った。

 

「何かあった時、人手があったほうが良いかと思ったんだ。一之瀬は同性だから頼りやすいかもしれないが、うちのリーダーだからおいそれと動かせない。それに……と、友達だからな」

「そうか……心配してくれてありがとう、神崎」

 

 ゆるくハグをすると、神崎はゆっくりと確かめるように抱き返してきた。

 まあ、さすがに平田の手前だからサッと解かせてもらうが。

 

 それにしても……私たちDクラスの結論として、Bクラスとは協力関係を結ばないことになった。

 既にそう決まったはずなのに、こうして友情に厚いままでいてくれるのは、神崎の美点のひとつだろう。

 それと同時に、こいつの甘さの証左でもある。

 一之瀬にも言えるが、Bクラスはツートップが揃ってこれなのが問題なのかもしれない。

 何かを切り捨てる、整理する、選び取る。

 それをするのに躊躇う人情の厚さが、こいつらの一番のハードルだったのかもな。

 

「伊吹さんや山内くんには合流できたのか?」

「ああ、それなんだけどね。伊吹さん、どうも途中ではぐれたみたいで」

「……はぐれた?」

 

 気難しい表情で平田がうなずく。

 その横で、神崎が私の荷物を手に取った。

 おい、優しさを見せるのはいいがその中身は下着だぞ。

 

「実は一足先に金田を迎えに行かせていたんだが、戻ってきた金田からも会えなかったと聞いた。……もしかしたらどこかと合流するのは本意じゃなかったのかもしれないな。」

「僕もそう思うよ。僕らだけで決めてしまったというのもあるし、それに、押し付け合いに見えて伊吹さんを不快にさせてしまったかな」

 

 いや……おそらく伊吹はリタイアしたのだろう。

 神崎たちが金田を向かわせたのは同じクラスだから。

 ひょっとしたら龍園から指示を受けた金田が立候補したのかもしれないが。

 追放された者同士、決して不思議な接点ではない。

 会えなかったというのもウソだろう。

 伊吹が山内から離れたタイミングで合流したのち、キーカードの情報共有を完了。

 Bクラスに合流する意味がない伊吹はそのまま帰った、というわけだ。

 

 だがそれは想定内だ。

 キーカードの場所を変えなかった時からわかっていた。

 問題はない。

 どっちにせよこの試験は── Dクラスのひとり勝ち。

 

 

 

「みんな、よく聞いて。伊吹さんのことだけど、戻ってこない以上はしかたない。でもこれからも彼女を気にかけていくつもりだから、もしどこかであったらサポートしてあげてほしいんだ」

 

 神崎らBクラスと別れたあと、拠点に戻って早々に平田はクラスメイトを集めた。

 内容はいたってシンプルで、伊吹が戻ってこないことと、それでもサポートしていこうと思っていること。

 これはおおむねクラスメイトに受け入れられた。

 まあ誰もでも「サポートする」だけなら口先でいくらでも言えるからな。

 対象の伊吹だってとっくに船に戻ってるから意味はないが。

 

 今後、伊吹を見かけた時にどうサポートしていくのかの話し合い、私は静かに黙ってみていた。

 その最中、ふと、山内と視線が合った。

 山内は怯えるでもなく、得意げに笑う。

 

 ……ここまできたらいっそ、哀れに思えてくる。

 

 この男は自分が転がされているなどつゆほどにも思わないのだ。

 その自己肯定感、いや、自己保身能力はどこで身に着けたのか。

 簡単に人に嘘を吐くところといい、根本から救いようのなさが見える。

 この山内と須藤、池がよく同列にされるわけだが、後者2人とは明らかに違う。

 

 暴力的で粗野ではあったが、バスケに一途で正義感が強く、曲がったことが嫌いな須藤。

 軽薄でお調子者ではあるが仲間意識が強く、いざという時の責任感はある池。

 

 須藤の素も成長力の高さも、この間の事件で確認できた。

 池に関してはこの無人島試験での活躍が大きい。

 自分が他者に施せる優位性を自覚し、それを活かしながら、その責任をも考える。

 この2人には明確な成長余白があるのだ。

 

 だが山内は?

 

 オレだった時と私になった時の今とで、共通する私大のデメリットは「虚言癖」だろう。

 そして自分への高すぎる評価か。

 この学校に入学する生徒の多くに、明確な欠点がある。

 それを洗い出し、たたき上げ、昇華させるための一歩がクラスわけだとするならば、おそらく学校側は、Dクラスに落とすことで山内の無意味な自尊心をへし折るつもりだったのかもしれない。

 自分には特別な才能など無く、目に見える美点も無く、そしてなにより特別な存在などではないこと。

 その自覚。

 それが山内春樹が須藤や池のように成長するために最も必要で、かつ最後のピースだったはずが……残念ながら山内はそれに気づくことすらできないのだ。

 私が気づかせてもいいか、と思ったが、このクラスで最も成長が遅いのは山内だろうから、それをのんびり待つのも退屈。

 何より私には、山内の成長に期待したいものもなければ、育つまで面倒見てやるほどの情だってない。

 かといって放置するのも面倒だから、今回は別の使い方をするわけだが。

 

 アイツにはせいぜい、他のクラスメイトに対する最低ラインの再確認と、クラスの団結力を高めるために役立ってもらうとしよう。

 

 

 

 必要物を買ったその日の夜。

 クラスメイトが寝静まったころ、私は一人起き上がり、キーカードの確認をした。

 綾小路清隆の名前が光るカードは、朝、隠した場所にきちんと仕舞われている。

 だが、ああ、詰めが甘い。

 カードの背面についた泥を指の腹で拭い、私はひとつ、くしゃみをした。

 

 

 

 

 

 

 

「それでは結果を発表する。まず1位から……── Dクラス」

 

 その発表に、その場にいた生徒全員に動揺が走った。

 

 

 

 

 

 

 7日間に及ぶ無人島試験が幕を閉じた。

 今頃結果発表の時間だろうか?

 

「やあ、綾小路ガール。優雅なティータイム中に失礼するよ」

「……ああ。風邪はよくなったのか。高円寺、くん」

「もちろん。私に見合った最適な環境に移動した瞬間、すべての病が消え失せたよ。そう言う綾小路ガールはどうだい? 熱は下がったかな?」

 

 ワイングラスを傾ける高円寺はバスローブ1枚。

 中身がぶどうジュースと分かっていても妙に様になる男だ。

 ……本当にぶどうジュースだよな?

 さすがに学校が所有する船だから大丈夫だと思うが、高円寺を前にすると常識も何もかも通用しない気がして落ち着かない。

 ま、今はいいか。

 それもよりも熱。

 そう、熱だ。

 

 私は紅茶の入ったティーカップを傾けて、一口だけ飲み込んだ。

 

「おかげさまで。部屋に戻った瞬間に治った。やっぱりベッドで寝るのがいちばんだよな」

 

 私のセリフに高円寺が笑う。

 

「極めつけに私の美貌も拝めたことでさらに気分も良くなっただろう! ん? なに! 礼なんていらないさ綾小路ガール! ハーッハッハッハッ!」

 

 誰が礼なんぞするか。

 バスローブをひらりと翻しながら颯爽と走り去っていく高円寺の背中に、音もなく呟いた。

 

 ふたたびティーカップに口をつける。

 紅茶は美味い。

 オレの時はそこまで好きというわけでもなかったが、性別が変わると味覚も変わるのか、少しだけ好きになった。

 芳醇な香りを口いっぱいに吸い込んで、浅く目を閉じる。

 リン、と窓の外から鈴の音が聞こえたが── さて。

 

「綾小路さん!」

 

 エントランス側がにわかに騒がしくなってきた頃、その声が聞こえた。

 歓喜のような、戸惑いのような。

 そんな不思議な音をまとわりつかせながら走ってきた平田、私は、小さく微笑んだ。

 

 さて、答え合わせをしよう。




前回はみなさまのエッッな妄想、投稿感謝感謝。引き続き供給よろしくです→お題箱

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