進藤ヒカルの妹   作:あきと。

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第六話

 

「進藤さん」

 

対局が終わり、検討のため再び盤を挟んでいた時だった。

 

「はい?」

 

「君、本当に院生になって二ヶ月?」

 

福井さんは苦笑いを浮かべながらそう言った。

 

「えっ……」

 

「いや、疑ってるわけじゃないんだけどさ。途中の中央の一手、あれで完全に流れを持っていかれた」

 

そう言いながら、福井さんは問題となった中央の石を指先で軽く叩く。

 

「あそこで左辺に来ると思ってたんだ。実際、普通ならそうなる。なのに君は一回外した」

 

「…………」

 

「多分、僕が“左辺しか見えてない”って気付いたんだよね?」

 

図星だった。

 

あの時、福井さんの視線はずっと左辺に向いていた。

中央はまだ大きい。でも、すぐには動かない。

だからこそ、一呼吸置く意味も込めて中央へ向かった。

 

「いやぁ、参ったな」

 

福井さんは頭を掻きながら笑う。

 

「完全に打ち回されたよ」

 

「そんな、私も必死だっただけです」

 

「それでも勝ちは勝ちだよ」

 

そう言って福井さんは盤上を見つめた。

 

「でも安心した」

 

「え?」

 

「今年の院生、面白くなりそうだから」

 

その言葉に、周囲で検討を見ていた院生たちも反応する。

 

「福井さんがそこまで言うなんて」

「進藤、マジで本物かも」

「でも次は蒼葉だろ? あれも強いぞ」

 

蒼葉さん。

 

次の研修で当たる予定の、一組二位。

 

「ヒカリちゃーん!」

 

噂をすれば、である。

 

部屋の向こうから蒼葉さんが勢いよく駆け寄ってきた。

 

「見てたよ今の対局! すっごかった!」

 

「ありがとうございます」

 

「特に中央! あれ絶対誘ったでしょ!」

 

「え、えっと……」

 

「やっぱり!」

 

蒼葉さんは楽しそうに笑う。

 

「いやー、次ほんと楽しみになってきたなぁ」

 

その笑顔を見て、ヒカリも自然と笑みが零れる。

 

強い人と打てる。

 

それが、純粋に嬉しかった。

 

「でも」

 

蒼葉さんは不意に真面目な顔になる。

 

「次は負けないからね」

 

「……はい」

 

その瞬間。

 

空気が変わった。

 

さっきまでの柔らかい雰囲気とは違う。

院生同士の、静かな闘志。

 

友達でもある。

けれど同時に、全員がライバル。

 

プロになれる人数は限られている。

 

その現実を、ヒカリは改めて感じていた。

 

「さてと」

 

福井さんが立ち上がる。

 

「そろそろ次の対局の準備しようか」

 

午前の手合いは終わった。

 

だが、院生研修はまだ半分。

 

午後の一局が残っている。

 

「はい!」

 

返事をして立ち上がるヒカリ。

 

その瞳には、もう次の勝負への光が宿っていた。

 

――同じ頃。

 

日本棋院、上階の対局室。

 

「ありがとうございました」

 

静かな声と共に、一局が終わる。

 

「ふぅ……」

 

進藤ヒカルは軽く肩を回した。

 

リーグ戦。

相手はタイトル経験者の九段。

 

終盤まで縺れたものの、結果は半目勝ちだった。

 

「相変わらずお前の終盤は気味悪ぃな」

 

検討室で倉田が呆れたように言う。

 

「そうですか?」

 

「褒めてねーよ。ったく、昔より余計に読めなくなってやがる」

 

そう言われながらも、ヒカルはどこか上の空だった。

 

「……なんだ?」

 

「いや」

 

ヒカルは窓の外を眺める。

 

今日は院生研修の日だった。

 

つまり――。

 

「ヒカリ、どうだったかなって」

 

その言葉に、倉田がニヤリと笑った。

 

「なんだよ、ちゃんと兄貴してんじゃねーか」

 

「茶化さないでくださいよ」

 

「でも気になるんだろ?」

 

「そりゃまあ」

 

ヒカルは苦笑する。

 

妹が、自分と同じ道を歩き始めた。

 

それが不思議でもあり、少し嬉しくもあった。

 

「ま、そのうち嫌でも耳に入ってくるさ」

 

倉田は煙草を咥えながら続ける。

 

「強ぇ奴ってのは、すぐ噂になるからな」

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