宵明けのコンチェルト   作:ブラック5930

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若干長いです


第10話「壊れた仮面」

 

「……………っ!!」

 

「——ここは……?」

 

 

 飛び起きて、見知らぬ天井に困惑する。

 カーテンが締め切られて薄暗く、CDのケースや楽譜が散らかって足の踏み場もなく、機械類が乱雑に放置されたままの部屋。

 直前まで広がっていた景色が薄れて、消えて。

 

 ……違う。ここは俺の部屋だ。

 朦朧とした意識が徐々に覚醒させ現実を呑み込んでいく。

 

 

「なるほど。鮮明な夢だ……」

 

 

 眠りが浅い俺は夢を見る事も多い。

 ただし、先のは夢と呼ぶにはあまりにも生々し過ぎた。まるで過去の体験をそっくりとなぞるような。

 

 

「……過去の、記憶?思い出せたのか……」

 

 

 思わず独り言が漏れ出る。

 俺はある所より過去の記憶を思い出す事が出来ない。

 否、それは適切な表現ではない。正確には望む時に詳細を思い出す事が出来ないのだ。

 

 どのような人間がいたのかは覚えていても、どのような会話をしたかまでは覚えていない。

 細やかな記憶が抜け落ちている。あの人が倒れたその日から。全ての始まりも、苦難の数々も、幸福だった筈の日々も。

 今までは、ずっとそうだった。

 

 

 ——だというのに。

 

 夢として見た記憶は異様に鮮明なモノだった。

 まるでつい先程経験したかのように。

 頭を振り、不気味な想像を打ち消す。いつまでも考えいても仕方ない。

 

 

「ナイトコードの通知か」

 

 

 通知音にふと時計を見れば、針は25時を指していた。何ともタイミングが良い。

 

 思考に空白が生まれ、疑問が這い上がる。どうしてあのような夢を見たのか。

 確か、夢というのは脳が影響を受けた事象を反復する形で現れる現象で処理しきれなかった情報を脳が学習処理しようとする機能によって形となるモノだ。

 処理しきれない情報、影響……

 心当たりはただ一つ。

 

 

「……雪の話」

 

 

 それは警告のように感じた。

 大切なものを失った記憶。自らの過ちを戒める過去。消えぬ後悔。

 今度こそ間違うなと。そう突き付けられたように思えるのはただの妄想か。

 

 ……別に、俺はどちらでも構わない。

 雪が救われようと救われなかろうと。

 奏や他のメンバー達が雪を救いたいと結論付けるなら、もう反対するつもりはない。

 昨日散々言葉を尽くしたあの場の空気感で既に話は決まっていたようなものだからだ。

 

 奏なら、雪だって救えるだろう。

 俺が彼女の足を引っ張らなければきっと。

 いつかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鮮やかに彩られた部屋の中で、パソコンに向き合う影が一つ。無言で作業を続けていたその人物は、時計が1:00を示す音に気が付いて手を止める。

 

 

「25時、かぁ……」

 

 

 保存をかけて作業を中断しナイトコードにログインする。

 残されたメンバーの一人である暁山瑞希は、疲れた様子を隠さずに溜息を吐いた。

 

 

「こないだはギスギスしちゃったし……、今日は楽しくやれるといいんだけど」

 

 

 雪の件は結局保留のままとなった。

 奏が決めあぐねている様子だったからだ。

 

 そしてその奏は、数日前に今までの遅れを取り戻すようにものすごい勢いで曲を作り出した。マトモに睡眠すら取っていないようで、絵名と共に休んだ方がいいと呼びかけたのだが、彼女にしては本当に珍しく強い口調で『邪魔しないで』と拒絶されてしまった。

 

 冷え切った雰囲気のボイスチャットでは普段奏に休むように諭してくれる人物の筆頭である靱が無言を貫いており、最悪な空気のまま解散を迎えたのは記憶に新しい。

 

 

『やっほー!今日もみんなでがんばろーねー!

……ってあれ?Kは?』

 

 

 なるべく明るい声を出すように努めてボイスチャットに接続した瑞希は、奏がまだログインしていない事に気が付いて声を上げる。

 

 

『……いない。ずっと離席中』

 

『え?まさかついに倒れちゃったとか……?』

 

『……違う』

 

 

 奏の話題に、絵名と靱が答えた。

 

 

『幾度か個人チャットの方にメッセージは送っているが、返答は返って来ている。無事なのは確かだ。

ここ数時間は返答がないが、大方作業に集中しているだけだろう』

 

『えー……そうは言っても……。

やっぱり心配だな。あーあ、雪がいてくれたらなー』

 

『…………。

今、雪は関係ないでしょ』

 

 

 思わず出た言葉に、絵名が過敏に反応した。

 

 

『もー、えななん、まだ根に持ってるわけ?

そんな怒ってると顔シワシワになっちゃうよ〜?』

 

『別に怒ってない。

ただ、もう雪はニーゴにいる必要がないって思っただけ』

 

『あんなにすごい曲書けるなら、ひとりでやっていけるんだし』

 

『まぁ、そうかもしれないけど……』

 

 

 からかってみても薄い反応を返す絵名の声色は、どこか沈んで聞こえる。

 

 

「(ZEROはいつも通りだけど……やっぱりKだけじゃなくて、えななんもちょっと変だな)」

 

「(まぁ、みんなそれぞれ悩みごとくらいあるわけだし…)

 

 

 瑞希はセカイでの雪の様子を思い出す。

 それは今日の昼起きた出来事に通じるものだった。

 

 

『雪も、本当はずっとキツかったんだろうな』

 

 

 自然と、声のトーンが下がっていた。

 

 

『え?』

 

『雪がいなくなった日にさ。

ボク、雪と雪のお母さんが話してるの聞いちゃったんだよね』

 

『雪のお母さん、ナチュラルに価値観押しつけるタイプの人でさ。

でも、雪は全然気にしてないって感じで受け止めてたんだ』

 

『雪がいいならそれでもいいのかなって思ったんだけど、……でも、セカイであんな感じになっちゃってたでしょ?』

 

『だから、雪はお母さんのために、無理に()()()になろうとしちゃってたんじゃないかなーって思って』

 

『『…………』』

 

 

 相槌こそないものの、靱も話に耳を傾けているように感じた。

 

 

『…ううん、お母さんのためだけじゃないかも』

 

『雪は、周りに合わせて自分を変えてっちゃったのかもしれない』

 

『みんなに慕われて、誰にも迷惑かけない、みんなにとっての()()()にならなきゃって思って……』

 

『そういうのがキツくって、

でも、誰にも話せなくてひとりで抱えて、限界がきちゃったんだろうなって。

なんとなく、そんな気がするんだ』

 

『…………』

 

『……別にボクは、雪みたいないい子ってわけじゃないけど。

なんとなくわかるんだよね。

みんなに合わせなきゃいけないって空気がすごく苦痛だってことは、ボクも知ってるから』

 

 

 感じた事と自分なりの雪の解釈を語れ終えれば、ボイスチャットは静けさに包まれていた。

 やがて、ポツリと絵名が溢す。

 

 

『……Amiaでも、そういう風に思うことがあるんだ』

 

『まぁねー』

 

『って、ちょっとちょっとー!

ボクでもってどういう意味!?ボクだってキツい時はあるんですけど〜!?』

 

『あ……ごめん。

でもAmiaって、わりといつも自由だし。

楽しそうにしてるから』

 

『え?ま、そりゃねー!人生楽しまなきゃ損だし?

いつまでもネガってちゃ楽しくないもん!

えななんだって、毎日パーっとやりたいでしょっ♪』

 

『まあ……楽しくは、生きたいけど』

 

 

 戯けて見せればそこから会話は弾み、少しずつ絵名の様子も()()()()()に戻っていく。

 彼女が落ち着いたのを確認して、瑞希は本題に戻る。

 

 

『……でも、雪は、そういう風にはできなかったんだろうね。ひとりで抱えて、限界がきちゃったんだろうなぁ……』

 

『だから、思うんだよね。

もし、雪が苦しんでて、そのせいでああなっちゃって、それで消えちゃうっていうのは…』

 

『ボクは、ちょっと寂しいなって』

 

『………っ』

 

『……ボク、もう1回、雪と話したいな』

 

『あの“Untitled”って曲を再生すればいけるんだよね。それなら……』

 

『たしかに、そう言ってたけど。

でも、肝心の雪があんな感じじゃ、会いにいったところで……』

 

 

 そこで通知音が響いた。

 ボイスチャットへの接続を示す音だ。

 

 

『えななん、Amia、……ZERO』

 

『『『……K!』』』

 

 

 ボイスチャット越しに聞こえる声は、先日とは異なり覇気のある声だった。

 

 

『K、どこに行ってたの?』

 

『セカイに』

 

『え?セカイって……あそこに行ってたの!?』

 

『そう。

……それで、決めた』

 

『わたしは雪のために曲を作る。

雪を……救いたいの』

 

『………詳しく聞かせてくれないか』

 

 

 靱に問われ、奏は語り出す。

 

 セカイでミクと出会ったこと。

 雪の心の底の想いは、消えたいなんてものではないと言っていたこと。奏の曲は唯一、雪に()()()()()こと。雪の想いを見つけられるとしたら、奏の曲だけだという事。

 

 

『……本心では消えたいとは思っていない、か』

 

 

 奏の話に、靱が意味深に呟く。

 ボクは自らの想いを伝える事を決めた。

 

 

『ねぇ、K。

ボクも一緒に連れてってよ』

 

『え?』

 

『もちろん、ボクが行ってもなんにもなんないし、雪のことは雪にしかわかんないけど』

 

『でも、ボクの感じたことを伝えたっていいと思うんだよね。

……雪がいなくなったら、寂しいって気持ちはさ』

 

『Amia……』

 

『わかった、セカイに行く時は連絡する』

 

『ありがとう、K』

 

『……………』

 

『……ふたりは、一緒にいかない?』

 

 

 一瞬の間を置いて、瑞希は絵名と靱を誘う。

 先に答えを返したのは絵名だ。しかしその声は、最初の鋭さを取り戻していた。

 

 

『……行かない』

 

『KもAmiaも、雪のこと構い過ぎじゃない?』

 

『しんどいのなんて、みんな一緒でしょ。

雪だけ特別な訳じゃない』

 

『私は雪のためにあんな変なところに行きたいなんて思えない』

 

『……そっか』

 

『えっと、ZEROはどうする?』

 

 

一応問いかけるが、返答は予測していた。

奏が行くなら靱も来るだろう。例え何もしないとしても。

 

だからこそ、返された言葉に空気が凍った。

 

 

『俺も行かない』

 

『……え?』

 

 

 ボイスチャットが重い沈黙に包まれる。

 暫くして、気を取り直して瑞希は問う。

 

 

『ZEROは……え、行かないの?』

 

『あぁ。そう言った筈だが』

 

 

 沈黙に拉致があかないと感じたのか、靱は面倒そうに訳を話す。

 

 

『……Kが、雪を救うと決めたのなら俺は反対しない。好きにすれば良いと思う。だが……』

 

『その話において俺は協力するつもりはない』

 

『……どういうこと?』

 

『言葉の通りだ。お前達の()()()()()()()()

後はKに任せる。それじゃあな』

 

 

 一方的に話を打ち切り、彼はボイスチャットを切断した。

 

 

『ちょ……っ!ZERO!?

あー……ほんとに落ちちゃったね』

 

『なんなの、あの態度……!』

 

『ZERO………』

 

 

 Kの悲しげな声が、虚しく響く。

 結局セカイへは奏と瑞希の二人で行く事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び時が巡り、ボイスチャットから二人が落ちる。奏と瑞希が完成した曲を手土産にセカイへと移動したのだ。

 

 

「……結局、ボイチャにもこないし。

アイツ……どういうつもりなのよ」

 

 

 一人になったボイスチャットを後にして、絵名は独りごちる。

 ナイトコードにログインしている癖に見送りにも来ない最後のメンバーに怒りを燃やしメッセージを送ってみれば、意外にもすぐに返事が返ってきた。

 ボイスチャットへの接続という形で。

 

 

『……なんだ。

えななんは行かなかったんだな』

 

『1番に言うのがそれ?

こんなにすぐ反応できるんならKが呼んでた時にきなさいよね』

 

『俺は協力しないと言った筈だが。

この話には関わりたくもない』

 

『私も行かないって言った。

だいたいなんなの?その態度』

 

 

 口を開くや否や始まる冷たい言葉の応酬。

 片や怒りを燃やす少女。片やどこまでも冷たい少年。

 相反する二人の会話の場は険悪な雰囲気に包まれていた。

 

 

『赤の他人の面倒事に関わりたくないだけだ。

誰しもがそうだろう』

 

『そんな言い方、今までしたことなかったじゃない。雪がいなくなってからのZEROはずっと変よ』

 

『機会が無かっただけだ。

……えななんは、随分と雪に肩入れするんだな?』

 

『はぁ?』

 

『どこがよ。今だって……』

 

『一々雪の話に過剰反応しては、今だってわざわざアイツを話題に持ってくる。

えななんは結局どうしたいんだ?

俺に何を求めてる』

 

『なにを……って』

 

 

 言葉に詰まる。予想外の問いに思考が固まった。

 

 

『べつに何も求めてないけど』

 

『わざわざ連絡しておいて、か?』

 

『まぁいい。それじゃ質問を変えよう。

えななんは雪の事をどう思ってるんだ?

セカイには行かなかったようだが、どうにも俺にはお前が雪に執着しているように見えてならない』

 

『………』

 

 

 雪をどう思っているのか。

 考えを巡らせれば、様々な記憶が脳裏に踊る。

 

 

『私は………雪のことなんか』

 

『どうでもいいようには見えないがな。

俺が全員に雪の事を諦めさせようと語った時も、最後まで噛み付いてきたのはお前だ。えななん』

 

『どうせここには雪もKもAmiaもいない。

思ってる事があるんなら好きに吐けば良いだろう』

 

 

 重ねて言葉を掛けられて、絵名の中の感情の波が蠢く。一度口を開けばもう止まらなかった。

 

 

『えぇ、そうよ。たくさんあるわよ!

凡人には興味ないって人のこと内心見下してて、私の絵になんか興味なかったくせに適当なこと言って……っ!』

 

『気に入らない!ムカつく……!

全部ウソのくせに優しくして、みんなの心配するフリして……』

 

『一方的にやめるとか意味ないとか言って!ほんと勝手なヤツ!

あんなに才能があるくせに、あんなにすごい曲が作れるくせに、消えるとか言って……』

 

『……絶対、見返してやる……っ!』

 

『………』

 

 

 激情のままに言葉を吐き出すのを、否定するでも肯定するでもなく靱はただ聞いていた。

 ひとしきり吐き出して息を荒げる絵名の耳に、靱の声が静かに響く。

 

 

『それなら、尚更ここにいるべきじゃない』

 

『……どういうこと?』

 

『その想いは本人にぶつけるべきだって事だ』

 

 

 靱は淡々と言葉を続ける。

 

 

『今頃、セカイではK達による雪の説得が行われている事だろう。雪が戻ってくるにしろ、そうでないにしろ。

想いをぶつけるなら今がチャンスだぞ』

 

『終わった後に蒸し返すくらいなら、今のうちに伝えておけばいい。消えるとするなら、これが最後の機会だろう。

言いたい事を伝えられるのは』

 

()()()()()()()()()()

意地を張って負けたままここにいていいのか?』

 

『………っ!』

 

 

 その言葉に、ハッとする。

 そうだ。このまま雪に消えられては敵わない。

 勝ち逃げなんて許すものか。

 

 衝動的に手を動かし、共有ファイルから曲を再生しようとして、絵名は()()()()()()()()()()()

 

 

『ねえ』

 

()()()()()()()()()

最初の質問、まだ答えてもらってないけど』

 

『……何?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空気が変わった。

 淡々と、変わらずに最初から続いていた靱の声が僅かに揺らいだ。そしてそれを、絵名は聞き逃さなかった。

 

 

『雪の話が出た時のZEROの態度はずっとおかしかった。いつも回りくどい言い方ばっかのあんたがハッキリと拒絶してた』

 

『……またその話か?』

 

『それもKの決定に背くような態度までとって。

ここまでする理由、ある?』

 

『だから言ってるだろう。面倒事には……』

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『………!』

 

 

 紡がれていた言葉が途切れる。

 意趣返しのように先の靱の言葉をなぞった絵名は、そのまま続けた。

 

 

『面倒ごとなんて今までたくさんあった。

でもKの為に、進んで引き受けてたじゃない。

だいたい面倒なら協力するフリだけして黙ってればいいだけ。今までのZEROならそうしてきたでしょ』

 

『らしくないのよ、あんた』

 

『………』

 

 

 絵名の言葉に、靱は沈黙を深める。

 普段なら瞬く間に返ってくる反論は未だない。絵名は既にある種の確信を抱いていた。

 

 

『あんたも、雪に言いたいことがあるんでしょ?伝えられるのは今が最後かもって言ったのはZEROなんだから』

 

『……俺は』

 

『人を焚き付けておいて、高みの見物なんて許さないから。あんたもきなさいよね』

 

『本当の気持ちを、伝えなさいよ』

 

『………っ!』

 

 

 重ねて言葉を投げれば、ボイスチャットは完全に沈黙に包まれた。言いたい事を言い終えた絵名はファイルを開き曲を再生する。

 

 

『先、行ってるから』

 

 

 絵名の心は、多少の満足感を感じていた。常日頃から鬱陶しい靱を言い包めたという感覚に対して。

 一矢報いてやったと、そう軽く考えていた。

 

 

『………ありがとう、()()

 

 

 光に包まれて意識が途切れる刹那、小さな声が聴こえた気がした。

 

 

 

 

 




眠気の極限で書いたので、文になっているのか怪しい一話です
誤字脱字等あった場合は教えて下さると助かります
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