宵明けのコンチェルト   作:ブラック5930

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第11話「救済という名の呪縛」

 

 浮遊感と共にセカイの垣根を飛び越える。

 光を抜け、降り立った世界に広がる一面の白。

 氷室靱は再び雪のセカイを訪れていた。

 

 

「……らしくない、か。

中々どうして的を得た言葉だ」

 

 

 脳裏に浮かぶのは先の一幕。

 突き付けられた絵名の言葉に、俺は反論する術を持たなかった。

 

 

「(雪の話題に触れる時、感情が乱される理由が解らなかった。言葉尻が強くなり、冷静でいられない訳も)」

 

「(指摘されるまで無意識に目を背けていた不自然な感覚……。だが、その意味が解った)」

 

「(俺はきっと雪に伝えたい事がある)」

 

 

 奇妙な夢。記憶の再生。選択の後悔。

 一連の異常は雪の失踪を機に始まった。ならば、俺の俺自身すら理解の及ばない異常の原因は明白だ。

 あの日、雪にかけた言葉はきっと。

 

 

「(……たった一年余りで情が湧いたのか。

こうも絆されては、アイツらを笑えない)」

 

「(奏の為に雪の問題は不必要だと断じていたが……蓋を開けてみればこうして皆が雪の為に奔走している。俺はまた間違えていた訳か)」

 

 

 溜息を吐き、だがこうしてもいられない。

 小さな声を辿って歩みを早めれば、数人の人影が見えてくる。咄嗟に鉄柱のようなオブジェクトに身を隠し様子を伺う。

 

 見れば、まさに説得の渦中であった。

 否、絵名が雪に対して捲し立てているところとも表せる。

 

 

「あんたの曲が頭から離れないの!

あんたみたいな勝手なヤツ大っ嫌いなのに、あんたの曲はもっと……もっと聴きたいって思ってる!!」

 

「嫌いなのに、嫌いなのに……!

心のどこかで、雪に消えてほしくないって………。

もっと雪の曲が聴きたいって思ってる……!!」

 

「だから……消えないで……作りなさいよ……っ」

 

「才能があるんなら、才能がない人の分まで苦しんで、作りなさいよ!!

消えるなんて……絶対に、許さない!!」

 

 

 燃ゆる激情の限りをぶつけるような言葉の数々にも、雪はさほど反応を示さない。ただ、淡々と言葉を返していた。

 

 

「……私の曲がすごいかどうかなんて、そんなもの、どうだっていい」

 

「私がほしいのは、すごい曲じゃない。誰かの称賛でもない。私はただ———見つけたかっただけ」

 

「でも、そんなの無理だってわかったからもうどうでもいいの。あなたにはわからないかもしれないけど」

 

「………っ!雪、あんたね……!!」

 

 

「そっかそっかー。

ボクは雪の気持ちちょっとわかるなー」

 

「Amia………!?」

 

 

 苛立ちを深める絵名の後ろから瑞希が前に進み出て、自分の番だとばかりに語り始める。

 

 

「ほら、天才だろーがお金持ちだろーがカワイイ子だろーが、キツいことってあるし?」

 

「雪がどんだけすごい曲作れても、一番ほしいものが手に入らないなら、雪にとっては意味ないと思うんだよね〜」

 

「だからボクは、雪が消えたいなら好きにすればいいと思うよ」

 

「ボク達が色々言ったところで、雪の問題は雪にしかわかんないんだからさ」

 

「…………なら」

 

「……でもさ。なんとなく、ボク達って似てるような気がしたんだ」

 

 

 話をそれまで、とミクに向き直ろうとする雪を遮り、瑞希は自らの想いを伝えるべく言葉を続ける。

 

 

「周りに少しずつ自分の形を変えられそうになってるところとかさ。それに抵抗したり、受け入れたりして———」

 

「そうやって必死になってるうちに疲れて、全部どうでもよくなっちゃう。……そんな感じが、似てるなって」

 

「あんまり、この気持ちをわかってくれる相手っていないからさ」

 

「だからボクは……、

雪がいなくなったらただ寂しいって思うよ」

 

「…………」

 

 

 しかし、そんな瑞希の言葉も雪には届かない。

 

 

「勝手なことばっかり……」

 

「勝手に嫉妬して、 勝手に共感して、勝手に救おうとして………」

 

「やめてよ……もう、十分でしょ」

 

「私は、消えたい。

それが“私の本当の想い”なの」

 

「……雪」

 

 

 拒絶を露にする雪に瑞希は言い淀む。絵名は既に怒りをぶつけ終え、奏は悲しそうに雪を見詰めるのみ。

 危うい。気が付けば俺は身を隠していたオブジェクトから歩み出していた。

 

 

「——それは雪の、お前の本心なのか?」

 

「………っ!?」

 

「「靱!!」」

 

「きてたんだ……!」

 

 

 雪が目を見開く。

 絵名は遅いとでも言いたげに、瑞希は純粋に驚いて、奏は喜びと驚きが入り混じったような反応を見せる。

 

 ……問題はこれからだ。

 出てきてしまった以上は、俺も想いを伝える他はない。

 

 

「今、それが()()()()()だと雪は言ったな。だがそれは違う。

何故なら消えたいというのが雪の本当の想いなら……ミクはお前の邪魔をしない筈だからだ」

 

「………」

 

「しかし、ミクは雪の意思に反して以前俺達をこのセカイに呼び寄せた。本心ではお前は消える事を望んでいないから」

 

「………そう。ずいぶん都合のいい妄想だね」

 

「ZERO。

あなたは、来ないと思ってたのに」

 

 

 白いミクは以前と同じように読めない表情のまま佇んでおり、前に立つ雪は煩わしそうに俺を見据えた。

 

 

「いまさらなんのつもり?あなたは私がどうなってもいいと思ってたくせに」

 

「気付いてて知らないふりをしてた同族(嘘つき)さん?」

 

 

 全く以ってその通り。滲み出る汗に気付かないフリをして、言葉を続ける。

 

 

「……否定はしない。確かに俺はお前の歪みを薄々感じ取っていながらも、何もしなかった。

不必要だと切り捨てていたからな」

 

「ちょっと、靱!?」

 

「批難してくれて構わない。雪にはその資格がある。だが……以前セカイを離れる前に口にした事が本心であるのも事実だ」

 

「……意味がわからない」

 

「だろうな。

自分でもおかしな事を言っている自覚はある」

 

 

 批難するような誰かの声も、周りのどよめきも、全てを無視して雪を見据える。怪訝そうに目を細める彼女と今は向き合わねばならない。

 

 

「つい先程までは理解すら出来なかった感情だが……どうやら俺は雪に消えて欲しくないと感じているらしい。

雪という人間が必要だと感じている。

今更虫の良い話だが、俺は俺でお前に疑問をぶつけさせて貰う」

 

「………」

 

 

 あまりにも都合の良い話だが、俺も説得に加わるつもりだ。雪に消えて貰う訳にはいかなくなったのだから。

 沈黙を肯定と曲解し、言葉を続ける。

 

 

「雪がどのようにして今に至るのか、その多くを俺は知り得ない。だからこれから口にする事は憶測になるが……」

 

「雪は常に己を偽っていた。誰もに誇れるような出来た人間として振る舞い——その裏で、どうしようもなく空虚に変わっていく自分自身を恐れていた」

 

「以前ここで会った時も、ミクとも、見つける見つけられないといった話題を口にしていたな。

俺が思うに雪は、見失った自分自身を見つけるために“本当の想い”を探していたんじゃないか?」

 

「………っ!」

 

 

 つらつらと根拠の薄い憶測を並び立てたが、雪の反応を見る限りまるで見当違いという訳ではないようだ。

 

 

「自分を見つける為に、これまでずっと探し続けてきたんだろう」

 

「でも、けっきょく見つからなかった。

……見つかるわけがない!」

 

「本当にそうか?」

 

 

 遂に言葉を以って示された反応に、畳み掛ける。

 

 

「雪は確かに懸命に取り組んだのだろう。

だがそれは、お前一人で取り組んだ行いではないのか?」

 

「自分自身を見つけるのに、第三者の観点が必要かもしれないと考えた事は?」

 

「その為に、他者に己の胸の内を打ち明けた事は?」

 

「……ないだろう?

雪は常に、独りで探していた筈だ」

 

 

 雪の演技力は相当なものだ。これまで関わり合う殆どの者を騙し続けて来れたのは想像に難くない。

 ならばきっと、自分の問題は自分一人だけの力で何とかしようと努力を重ねて失敗し続けてきた筈だ。そこが切り口になると思った。

 

 

「独りで幾度となく失敗を重ねて、雪は今のように気力を失っているのかもしれない。

だが三人ならば……或いは四人、五人ならば?」

 

「……幸いにもこの場には、雪の本性を知ってしまい、その上で消えて欲しくないと説得に参じたお人好しが四人いる」

 

 

 後ろの三人を軽く示し、説得を続ける。

 

 

「俺は雪の信用に足らないだろうが、奏はどうだ?Amiaは?えななんは?

雪になら解るだろう。コイツらが本心からお前の事を想い、ここに来た事が」

 

「……どうせ、何も変わらないよ。

人を増やしたら見つかるって根拠は?」

 

「ない。だが、見つからない根拠もない。

やってみなければ解らないだろう」

 

「それで見つかって、救われる可能性があるのならば試してみる価値はある。

なぁ雪。今まで何度も挑戦したんだろう?

だったらあと一度だけ、試してみないか」

 

「……………っ」

 

 

 言葉を重ねるうちに雪は俯いていた。

 聞き取れぬ程の小さな反応が、徐々に大きくなっていき、最後は唐突に。

 前触れなく雪は感情を爆発させた。

 

 

「……うるさい!」

 

「知ったような口ばかりきいて……本当は何も私のことなんか知らないくせに!!」

 

「もう期待なんてしたくない……っ!」

 

 

 浴びせられる負の感情に、失敗を悟った。

 説得は順調だったが、ただ一つ。雪の絶望の深さを見誤っていた事がこの決壊を呼び起こしたのだろう。

 

 

「私はもう、疲れたの!!」

 

「希望があるかもって……まだ、見つかるかもって思うのが……!」

 

「それなら、最初から見つからないって考えてた方がずっと楽だった!」

 

「だから、もう……もう……!」

 

「もう、救われるかもなんて、思いたくない!!」

 

 

「………っ」

 

 

 セカイ全体に雪の絶望が吹き荒れる。

 誇張でも何でもなく、雪の激情が嵐の如き強風として俺達を襲ったのだ。風の中では負の感情が直に伝わってくるような感覚を覚え、誰もが後ずさるように数歩引いてしまう。

 これは、無理だ。己の失敗を胸に諦念を抱く。

 

 

「もう疲れたの!!

探しても、探しても、探しても探しても!!」

 

「見つからなくって……っ

また探して、違うって、絶望して……」

 

「何をしたって、どんな風に探したって、何も見つからなかった!その度に絶望して、苦しくなって……」

 

「もうこれ以上……、

どうしようもないじゃない……っ」

 

 

 雪の絶望に誰もが諦念を抱いた。

 絵名が一歩、顔を歪ませながら後ずさる。瑞希がそっと、目を伏せる。ミクは悲しそうな顔で雪を見詰めている。

 

 俺も、気圧されて更に一歩後退る。

 もはや何も届かない。もう駄目だ。誰もがそう感じた。

 

 

 ———ただ1人の少女を除いて。

 

 

 

 

「わたしが作り続ける」

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 吹き荒れる感情の嵐を物ともせずに雪の前まで歩み寄った少女は、銀の長髪を靡かせながら強く言葉を掛ける。

 

 

「この曲で雪を本当に救えなかったとしても、救えるまで作り続ける」

 

「雪が自分を見つけられるまで———ずっと作る」

 

「……何言ってるの?」

 

「ずっと作る。お父さんの呪いだとしても……」

 

「わたしはもう、わたしの目の前で誰かが消えるのを見るのは嫌なの」

 

 

 それは、決意だった。

 いつも強く感情表現を行わない少女が見せた、彼女の為の決意。

 

 

「……でも……でも……!」

 

「Kだって、本当は消えたいんでしょう!?」

 

「………うん、そうだよ。

だからもし、わたしが絶望して、消えそうになったら……」

 

「その時は雪が“まだ見つかってない”って言ってくれればいい」

 

「そう言ってくれたら、わたしはずっと作り続けられるから」

 

「……何それ」

 

「……自分が何言ってるかわかってるの?

そんなの、もうひとつ呪いを増やすようなものじゃない!」

 

「私が私を見つけられるまで、Kはずっと曲を作り続けなくちゃいけない!

それを………!!」

 

 

 間近で吹き荒れる激情を前になお、奏は怯まず雪の目を真っ直ぐに見詰める。

 そんな奏の姿に、雪の絶望は勢いを失っていった。

 

 

「………………」

 

「どうして……そこまで……」

 

「それは———」

 

「わたしの、ただのエゴだよ」

 

 

 小さく笑い、奏は言葉を続ける。

 

 

「どの道わたしは、ずっと曲を作り続けなきゃいけない」

 

「だから、雪の分が増えたってなんでもないよ」

 

「………わからない」

 

「見つかるまで、どれだけかかるかもわからない。

見つからないまま終わるかもしれない」

 

「それでも………………本当に、やるの?」

 

「うん」

 

「………………………」

 

 

吹き荒れていた絶望が、完全に勢いを失う。

セカイを漂う激情が失われてようやく、俺達は雪達の方へと目を向ける事が出来た。

 

 

「はは、そんなに必死になって馬鹿みたい……」

 

「………はは……ははは……はぁ……」

 

「………………。

なら、もう少しだけ……探してみるよ……」

 

「……雪」

 

「本当に……ずっと作り続けてくれるんだよね?」

 

「……うん」

 

「大丈夫だよ、雪。

絶対に、いつか救ってみせるから」

 

 

 力が抜けたように座り込む雪を、優しく見詰める奏。

 セカイの仄暗い光に照らされた彼女の姿は、救世主メシアの如く輝いて見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員が落ち着きを取り戻した頃に、どこからか聴き覚えのない音楽が流れ出した。ミク曰く、“本当の想いから歌が生まれようとしている”との事。

 

 みんなで歌おう、と誘うミク。

 しかし、俺はその誘いを断る他なかった。

 

 

「……悪い、ミク。

俺に歌は厳しい。訳あって今は歌えないんだ。だから、その誘いには応えられない」

 

「……わかった」

 

()()()()って、どういうこと?」

 

「…………」

 

「あ、あはは。まぁ、答えたくないこともあるよね〜。ほら、えななん。とりあえずボク達は歌おう?」

 

 

 納得がいった訳では無いが、つい先程まで雪の説得で険悪な空気だったというのに、ここでケンカにでもなれば堪らない。

 慌てた瑞希に促され、俺を除いた4人とミクはセカイから生まれた歌を歌い始めた。

 

 遠目にそれを耳にして、思考を巡らせる。

 

 

「……この歌」

 

 

 それはまるで、叫ぶような歌だ。

 不条理な世界とどうにもならない今に苦しんで、消えてしまいと心の底から吐き出すような歌。

 絶望を唄い、友情を嗤い、後悔に詠う。

 

 ……しかしその歌には。

 確かな()()()()という意思が宿っていた。

 

 

「……良い、歌だな。

これが、本当の想いから生まれた歌」

 

 

 雪に訪れた救い……否、救済への道。

 その最初の一歩を踏み出せた。そう感じさせる歌だった。

 

 

「(だが、本当にこれで良かったのか?)」

 

 

 靱は独り悩む。

 雪が消えるのを防げたのは喜ばしい。しかし、その代償として奏は新たな呪いをその身に刻む事となった。

 

 果たして二人(絵名と瑞希)にとって、雪の為にセカイを訪れた二人には、先の救済劇が美しく見えただろうか。

 希望的な結末に思えただろうか。

 

 

 ……俺には、悲劇にしか見えなかった。

 

 

 一同が歌を口ずさむ中、ミクだけが悲しげに靱の方を見ていた。されど彼は気付かない。

 答えのない思考は終わりを見失った。

 

 

 

 

 




ユニットリーダーの主人公力
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