第1話「暁山瑞希の憂鬱」
真昼のシブヤ某所。
どこにでもあるファミリーレストランの一角で少女達はテーブルを囲む。
「みんな、新曲アップお疲れー!」
「今回のもいい感じだねー!
昨日アップしたばっかりなのに再生数20万回いってるし♪」
手慣れた様子で乾杯の音頭を取り、瑞希は声を弾ませる。
それもその筈。瑞希の発案で新曲が出来る度に開かれるようになったオフ会は今回で5回目。
最初はぎこちなかった雰囲気も今では随分と柔らかいものに変わっていた。
「うん。コメントもいっぱい……」
「……絵名ってば、なにニヤニヤしてるの?
いいコメントでもあった?」
「まぁね♪」
注文を待つ間、思い思いにスマホでコメント欄を確認する中、じゃれ合う絵名と瑞希のやり取りをbgmに靱は画面を凝視する。
『“今回はまた違った考察が立てられそうだ”』
『“この前の動画から少し雰囲気変わった?”』
『“イラストから色々読み取れるから助かる”』
「…………」
何度スクロールしても果ての見えないコメントの一つ一つを靱は記憶に刻んでいく。
手掛けた動画への反応とは、自分達にとって最も重要なモノの一つだ。
作り手側では気付かぬ些細な事から次の動画作成の指標となる重大な事まで、時には一つのコメントから齎される事がある。
故に何一つ取りこぼさない。
「……さて。今回の動画の件だが」
全てのコメントに目を通した後、雑談を遮るように靱が口を開く。
直前までふざけていた瑞希達もそれに伴って口をつぐみ、場にうっすらと張り詰めた気が漂う。
「反応を見る限りでは、良好。
特にイラストに関するコメントが多かった。
理由は……おそらく、先日のアレだろうか」
「………!」
「何にせよ、良い影響を齎しているなら問題ない。
今回も前々回程ではないが伸びが良い。
えななんの貢献が大きいだろう」
「歌詞についても多く触れられていた。
あのマリオネットの動画以降、雰囲気が変わったというコメントが増えている。
しかし評価されている以上問題はないだろう」
先日の、というあたりで絵名が反応するが口を挟む事はなかった。
その後はつらつらとコメントとそれに関係する箇所について靱が並べていくだけの時間が続く。
「……皆も知っての通り、以前アップしたマリオネットの動画以来俺達は注目を浴びるようになった。
コメントも再生回数も大きく伸びた。
しかしこれは、有名になったと喜べるだけの話じゃない」
「注目される事で、沢山の人のもとに曲を届ける事が出来るのは素晴らしい事だ。
とはいえ、元々このサークルの動画は万人受けするジャンルではない。
有名になる事で悪影響も齎される。
「誰にでも届くような、などと絵空事は言わない。
しかし、これから求められる基準値が上がっていく事は確かだろう。
今まで以上にクオリティを上げる必要があるかもしれない。或いは、新しい切り口を探すか……」
「有名になることで、悪影響が……?」
「新しい切り口……」
ひとしきり語り終えた靱は口を噤み、並べられた言葉を呑み込みながら絵名と奏から呟きが漏れる。
いつからかオフ会で行われるようになったコレは、最もコメントを確認するのが早く編曲という役割上、客観的に出来上がった動画を把握しやすい靱がコメントの反応をもとに批評するというだけのもので、雑談の一環に近い。
しかし雰囲気があまりに真に迫っているので、この時ばかりは皆雑談を中断していた。
「お待たせいたしました。
フライドポテトの大盛りです」
「あ、来た来た!ボクの山盛りポテト!」
僅かに淀んだ空気を切り裂くように、店員が料理を運んできた事で会話は中断され各々が料理を受け取る。
「ここ来るとこれ絶対に頼むよね、瑞希って」
「だって大好物だもん♪
ほら、みんな冷めないうちに食べて食べて。
ボクは冷めてから食べるけど〜」
「瑞希、相変わらず猫舌なんだね」
「じゃあ、もらうね。
瑞希の分残らなかったらごめんね」
「ええっ!?
今のまふゆにそれ言われると、冗談か本気かわかんないよー!」
「それじゃあ、いただきます」
三者三様の反応を見せつつ、山盛りポテトをつまみ出す少女達を眺めながら瑞希は息を吐く。
「…………」
「(絵名は、もう元気そう。
まふゆはよくわかんないけど食欲はすっごいあるみたいだし、たぶんいつも通り)」
「(奏は、さっきのでちょっと悩んでるのかな。
それで靱は……)
普段通りの絵名とまふゆ、少し表情に影が残る奏。
そして、画面に目を落としたままあれから会話に参加していない靱に目を向けて。
「(………うーん)」
瑞希は、二度目の溜息を吐いた。
・
・
『じゃ、おやすみー!』
深夜。
草木も寝静まる刻にナイトコードの接続を切った瑞希は、大きく伸びをする。
「ん〜!今日はサクっと終わったし、いっぱい寝よーっと♪」
「(にしても、前に絵名がセカイに行っちゃった時はどうなるかと思ったけど)」
「(前より楽しそうに絵が描けてるみたいで、ホントによかったなぁ)」
瑞希は想いを巡らせる。
丁度、数週間ほど前の事だ。
絵名がまふゆの一件をなぞるように突如として失踪し音信不通となった事件が起きた。
自らの画力に強いコンプレックスを抱いていた彼女はセカイに閉じ籠ってしまい、皆の呼びかけが届かない危うい状態に陥っていた。
その時現れた新しいバーチャルシンガーのリンによる歌唱と、奏が絵名の為に作った曲によって事態は収集したものの、その衝撃は記憶に新しい。
オフ会やナイトコードでの様子を見る限り、もう大丈夫そうだと瑞希は胸を撫で下ろした。
「(ていうか、絵名のお父さんが有名な画家だったなんてなー。びっくりしちゃった)」
「…………」
「ボク達って、いっつも一緒に作業してるけど、お互いのことなんにも知らないんだよね」
ふと、感じる。もうかなりの期間、作業を共にしているサークルのメンバー達の事を自分は殆ど知らないと。
プライベートで多少交流のある絵名の事ですら、先日の一件が起きるまでその心情を見抜く事は出来なかった。
長らく自身を偽っていたまふゆ、作曲以外の事に殆ど触れない奏、自身の事を何一つ口にしない靱。
彼女達の内情を今の瑞希が推し量れる筈もなかった。
「(もうちょっと知ってたら、あんな風になる前に絵名の相談に乗れてたのかもな……)」
「(でもなぁ、ボク達が話すのって作業チャットと打ち上げの時ぐらいだから、そういうこと話す機会ってあんまりないし……)」
「(———あ、そうだ!)」
「(人形展の時みたいに、またみんなでどこかに行ってみるのはどうかな?)」
以前に自分の発案で人形展に出掛けた時の事を思い出し、閃く。
あの時は一悶着あったものの、最終的にまふゆは自身の気持ちを示す事が出来るようになり、作詞のクオリティも大きく伸びた。
マリオネットの動画が生まれたのはその時である。
「(あの時はまふゆが大変だったけど、おかげでちょっとまふゆのことがわかるようになったし)」
「(いつも行かないような場所に行ったら、もっとお互いのこと知れるかも!)」
「(でも、どこかに行くってもどこに……?)」
「(春だし、時期的にはお花見とかだけど——)」
想いを巡らす中で、記憶に小石がぶつかるような不快感を覚える。
孤独と諦観。一昔前の記憶が頭を巡り………。
「お花見は、いっか……」
「せっかくどこかに行くんならもっとおもしろい
——あ!」
瑞希はかぶりを振る。
過去を振り払い、思考を巡らせれば、学園祭の時の記憶が浮かぶ。
「お化け屋敷とかいいんじゃない!?」
「この前、ネットで心霊スポットまとめ見かけたし、そういうところに行ってみたいな〜!」
「お化けトンネルとか、いわくつきの神社とか……!おっもしろそ〜!」
「あ、でも……」
「ただ心霊スポット巡りしたい、なんていってもみんな絶対オッケーしてくれないよね」
「とくに靱とか、そういうの絶対反対しそうだしな〜」
「(正直苦手なんだよなぁ。
どう話したらいいかわっかんないし……)」
ひとしきり盛り上がった瑞希だが、思考の真ん中に立ち塞がる少年の姿に頬を引き攣らせる。
普段からオフ会でも作業の話にしか触れず、まふゆ以上に
正直に言って瑞希は靱が苦手である。
ただ、彼が唯一関心を向けている奏さえ賛成すればチャンスはあるように思えた。
「うまく説得する方法、考えなきゃな〜」
瑞希は独り、頭を抱えた。
非常に期間が空いてしまって申し訳ない限りです(
更新再開していきます