宵明けのコンチェルト   作:ブラック5930

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第2話「奏のスランプ」

 

 薄闇に包まれた部屋。

 以前よりも散乱するモノが多くなったその部屋では、変わらずキーボードを叩く音だけが響いていた。

 唯一の光源となるパソコンの画面を睨む様に見つめ続け、早数時間。キーボードを叩き続けていた少年は不意に息を吐き出した。

 

 

「……こんなものか。

結局納得のいく仕上がり(クオリティ)には至らなかったが、これ以上全体を遅らせる訳にはいかない」

 

 

 独りごちる。ふと、時計の方を見た。

 

 

 —— 8:27 PM

 

 

 いつもの時間25時には遠い。

 

 

「取り敢えず、ファイルの整理でもしておくか」

 

 

 俺はナイトコードにログインし、共有ファイルの整理を始める。

 

 この“ナイトコード”というのは、それなりに有名なボイスチャットツールで音声ファイルや動画ファイルの共有が容易という理由で作業に利用する事にしたアプリだ。

 サークル名の『25時、ナイトコードで』というのもそのままの意味で、安直だが多少愛着もある。

 もっぱらニーゴと呼ばれるのが常のこのサークルは、ある日を境に大きく変化していた。

 

 今のメンバーが揃ってもう一年以上経つ。お互いの事情(リアル)や領分に深入りせずに曲を作り続けていた俺達はメンバーの一人である雪の失踪をキッカケに謎の異空間“セカイ”を通じて以前よりも深く関わり合う事になった。

 Amiaの発案によりファミレスやカラオケでのオフ会が開催されるようになったり、作業中の会話に遠慮が無くなってきていたりと細かい変化を挙げればキリがないが、何よりも変化したのは雪の言動である。

 少し前に人形展に出掛けた後の一騒動を通してより顕著となったが、偽らずに素直な感情表現を行うようになった。

 良く言えばそんなもので、悪く言えばトラブルの種が増えた。以前のようにメンバーの仲裁を行う事も殆どなくなり俺の負担も増えた。これ以上は言うまい。

 

 ……思考が逸れた。

 そんな事よりも、奏の件だ。

 彼女は以前にも増して曲作りに励むようになった。望ましくない変化である。

 雪との約束もあってか、次々と曲を生み出しては作業漬けの毎日を過ごしている。強制的に休ませるまで眠らない事すらよくある程だ。

 これもまた少し前に起きたえななんの失踪未遂の一件も原因の一つに数えられるか。

 いずれも奏が曲を作る事で解決した。雪もえななんも持ち直した。だからこそ、彼女は曲を作り続ける事をやめない。やめられない。

 

 

「(俺は無力だ。

アイツばかりが背負いこんで、それをただ見ているだけで終わっている)」

 

 

 雪の時も、えななんの時も。

 奏は呪いを増やしていく。いつも、あの日からずっと、きっとこの先も。

 

 

「(負担を軽減してやる事は出来る。

現にそう在っている。だが、これでは)」

 

 

 キリがない。解り切った話だ。しかしどうしようもない。

 

 

「(俺には………いや)」

 

「(……果たして、本当にそうか?)」

 

 

 本当の意味では何もしてやれない。無力だ。

 否。果たして本当にそうか?

 

 

「(俺は、まだ出来る事がある筈だ。

そうだ。編曲だけじゃない。作詞も、作曲だって何だって)」

 

 

「————っ!」

 

 

 鋭い痛みに、気が付けば額を抑えていた。

 頭が熱い。大きく息を吸い込み、そこで画面に映し出された通知に気付いた。

 

 

「奏からだ。文面は……」

 

 

『“相談がある”』

 

 

 簡素なメッセージに一途の不安を感じた。

 長文でのやり取りの手間を惜しむが故にボイスチャットというツールを利用する奏はメッセージの類いも必要最低限にするきらいがある。

 とはいえ、用件を触りすら書き記さずにおく事は稀であり不穏なものを感じる。

 

 いつでも構わないと返答してから僅か数分後、ボイスチャットに接続すると沈んだ奏の声が耳に飛び込んできた。

 

 

『……おはよう、靱。

ごめん。作業中だったよね』

 

『おはよう、奏。

作業なら少し前に終わったところだ。

それより“相談したい事”について聞かせてくれ。何かあったのか?』

 

『あ……うん。そのことなんだけど……』

 

『実は、その……』

 

 

 歯切れの悪い返答に不安が強くなる。

 固唾を呑んで待つ俺に、聞こえてきた言葉は予想だにしないものだった。

 

 

『曲のイメージが、全くわかなくて』

 

『………え』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……要するに、だ。

今の奏は心身不良……所謂“スランプ”に陥っている、って事で間違いないか?』

 

『はい……』

 

 

 何故か敬語となって縮こまる奏が画面の向こうに容易に想像でき、俺は小さく溜息を吐いた。

 

 スランプというのは主にスポーツ選手関連で耳にする心身不調を表す言葉だ。

 一時的に不調、不振へと陥り本来の実力を発揮出来なくなる状態を意味するものであり、これはどんなに優れた選手、クリエイターにも起こり得る現象である。よって奏に非はない。

 

 

『そう縮こまる事じゃない。

誰しもなる時はなるものだし、奏が悪い訳じゃないだろう』

 

『……でも』

 

『解ってる。作曲に滞りが生じれば、約束を破る事になるしな。

とはいっても難しい問題だな……』

 

 

 こういうのは、治そうと思って治せる類いのものではないのだ。俺自身経験した事がないのでアドバイスしようにも実感が乗らない。

 それに、こういっては何だがどうしようもない理由があって奏が休息を取れるならそれはそれで問題ないとも思ってしまう訳で。

 

 

『なにかヒントがあれば……。

ねえ靱。靱は昔曲を作ってた時にそういうことってなかったの?』

 

『昔………』

 

 

 それは思考の狭間に溢れ出た何気ない疑問。あまりにも自然で、あまりにも唐突な言葉だったからこそ俺は考えた。考えてしまった。

 

 

 

 

 

 昔。そう、昔の話だ。

 俺が歌って、誰かが笑って、何かを語って。

 たくさんの誰かに教わって、肩を押されて、自信をつけて。

 そうして望んだ俺の音楽は不幸を運んだ。

 大切な人を殺した。

 曲を作るよりも前の話。その後もそうだった。

 手掛けた曲は大切な人を奪った。

 いつもそうだ。

 余計な事ばかりで、こんな音楽なんていっそ——

 

 

 

 

 

『——靱!大丈夫!?』

 

 

『———っ!!?

……………………あ?……オレは………っ』

 

 

 尋常ならぬ奏の声で我に返った。

 しばらく放心していたのか、気付かぬうちに体勢が変わっている。

 

 

『……っ………!』

 

 

 鈍痛に、思わず声が漏れ出た。

 額を抑えれば異様な熱さに驚かされる。風邪を引いた時よりも数段熱を持った頭は声高に痛みを訴えてくる。

 

 

『……ごめん。わたし……っ!』

 

『だい、じょうぶだ。

すまないな。少し待ってくれれば回復する』

 

 

 椅子に深く身体を沈め、熱を孕んだ頭が冷えていくのを待つ。

 過去の出来事を鮮明に思い出す事が出来ない。その意味がこれだ。曖昧な記憶が混濁し、より深く探ろうと意識を沈めれば強い拒絶に襲われる。

 まるで身体そのものが思い出すという行為を否定するように。

 

 数分後、気を取り直して話を戻す。

 

 

『それで、スランプだったか。

俺も経験がないから具体的な解決策は提示出来ない。正直な話、どうすれば良いのか解らん』

 

『じゃあ……』

 

『とはいえ、方法がない訳じゃない』

 

『え………?』

 

 

 更に声を沈ませた奏に言葉を被せる。

 

 

『こういうのは他人に相談するのが一番早い。

俺に相談しても答えが出せないなら、他のメンバーにも聞いてみるのはどうだ。

今日、作業に入る前にでも話してみればいい』

 

『………うん。そうしてみる。

じゃあ、みんなには集まってもらわないと』

 

 

 セカイに集合して貰って纏めて話をすると結論付けた奏に肯定の意を示し、ボイスチャットの接続を切る。

 キーボードを数度叩けば、静けさに包まれた部屋は眩い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 




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