宵明けのコンチェルト   作:ブラック5930

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第5話「ミステリーツアー(前編)」

 

 トンネル内部は奇妙な雰囲気に包まれていた。

 異様な静けさの中、不定期に響く水滴の音だけが辺りに反響している。

 そして全てを飲み込んでしまいそうなトンネルの暗闇に、古びたナトリウムランプの鈍いオレンジ色の光が点々と奥まで続いている。

 

 重苦しい空気に自然と一行の口数は減っていき会話が途切れたままトンネルの中腹まで差し掛かったあたりで、ようやく一人が口を開いた。

 

 

「………ただの古いトンネルだね」

 

「ただの?禍々しさがすごいんだけど?」

 

 

 事もなさげに呟くまふゆ、すぐに反応を示したのは絵名だった。

 まふゆは普段と全く変わらない言動なのに対して絵名は恐怖を抑え切れずに周囲に過敏な反応を示している。

 奏はまふゆに手を引かれたまま終始俯き気味であり、完全に表情が固まっている。

 靱も無表情で一行の最後尾を歩いており、その表情は普段よりも僅かに暗い。

 

 景色を楽しみながら先頭を歩いていた瑞希は話し声に振り向いて一同の様子を眺め、笑う。

 悪戯っぽい笑みを浮かべた瑞希はおもむろに口を開いた。

 

 

「——そういえば、ここに出てくるのは、髪の長い女の幽霊なんだってさ」

 

「え、何急に……」

 

「でも普通の女の人に見えるから、車で通りかかった人が『どうしたんですか』ってつい声をかけちゃって」

 

「そうすると、何かブツブツつぶやいてるのがわかる。

何を言ってるんだろう?って耳をすませると

——聞こえるんだ」

 

「……な、何が?」

 

「小さい声で何度も『痛い』って言ってるのが」

 

「それで、その声を聞いちゃった人は

——大変なことになるんだってさ」

 

「………」

 

「た……大変なことって?」

 

 

 緩急を付けた語りに引き込まれていた一行のうち、息を呑んで耳を傾けていた奏が思わず問いかける。

 しかし瑞希はそれに、軽くかぶりを振ってなげやりに答えた。

 

 

「さぁ?」

 

「え、さぁって……さぁって何!?」

 

「っていうか、こんなところでそんな話するのやめてよね!!」

 

「あはは、ごめんごめん。

全然何も起こらないからついさー。

あとけっこう意外だったんだけど……」

 

 

 半ギレ気味に食ってかかる絵名を笑いながら流した瑞希は、そのまま靱の方へと会話を振る。

 

 

「もしかして、靱もこういうの苦手?

ホラーとか全然動じないってイメージあったからちょっと新鮮だな〜」

 

「え?そう?

ずっとすました顔してると思ってたけど……」

 

「……………」

 

 

 トンネルに入ってから一言も発していない靱は、話を振られた瞬間に恨めし気に瑞希を睨むがすぐに目を閉じて口を開いた。

 

 

「……何の事だか理解しかねるが……。

生憎だが、心霊だの怪奇現象だのとそういった類は信じないクチでな。

そもそも、今時幽霊が〜だのとそんなモノは流行らない。人間はすべからずして理解の及ばないモノを神だの霊だのといった超常的存在の仕業にしたがるが、全てはただの自然現象として後世で解明されている。霊事象なんてモノは存在しない。

あぁ、こう言うと決まって科学的に証明されていないものが〜だのと口にする輩が出てくるが、奴らは証明出来ないならいるという発想自体が矛盾していると気付いていない。

いない事の証明を成立させるとはどういう理屈なんだ?証明が成立したとは“有”である事だ。つまり、居ないと証明した時点で居ると言う事になってしまう。物理的に矛盾している訳だ。

そして何よりも、心霊現象の原因となり得るのは“強迫観念”だ。

恐怖を感じた物、事、人に対して最悪な想像をしてしまう人間の生理現象だが、これこそがホラーなんてジャンルを形作った諸悪の根源だ。

大体怨みを持った人間が死んで霊になるなら、武士や侍なんぞに収まらず、もっと遡って石器時代の人間でも霊になっているだろう。それにしては石斧を持った霊なんて聞いた事もあるまい」

 

 

 

「「「「…………」」」」

 

「(うわぁ……これは)」

 

「(相当重症、かも)」

 

 

 早口で捲し立てるように一気に言葉を並び立てた靭に、残る一同は閉口する。

 からかうつもりだった瑞希もこれには若干引き気味だ。

 

 

「………声、震えてるね」

 

「………………」

 

 

 一人、空気を読まないまふゆの呟きに大きな咳払いを重ねた後、靱は言葉を続ける。

 

 

「このトンネルも特集でこそ取り上げられて噂はよく聞くものの、こうして歩いている分には怪奇現象の類なんて起こっていないじゃないか。

向こうに明かりが見えるだろう?

あれが出口だ。ほら見た事か。結局何も———」

 

 

 突然響いた物音と、“ナニカ”が飛び出して来た事で靱の言葉は途切れる。

 ()()にいの一番に反応したのは絵名だった。

 

 

「きゃーっ!!

なになに誰なになに!?」

 

「わっ!ちょっと、絵名急に暴れないでってば!」

 

「だって今、そこで、な、何か動いて……!!」

 

 

 隣にいた人間に勢いよく抱きついた絵名を引き剥がそうとする瑞希だが、怯える絵名は中々離れない。

 しかし、()()の一部始終を目撃していたまふゆの一言で冷静さを取り戻した。

 

 

「……タヌキ」

 

「え」

 

「あっちに走って行った。

タヌキが落ちてた缶を蹴ったみたい」

 

「な……なーんだ……タヌキ?

もう、驚かせないでよね………」

 

「あはは、絵名ってば驚きすぎでしょー」

 

「………え?あ……」

 

「ん?まふゆ、どうしたの?」

 

()()()()()。さっきまで隣にいたのに」

 

「……何?」

 

「え!?」

 

「えー、そんなことある?

おーい!奏ーーー!」

 

 

 一息ついたのも束の間、瑞希の呼びかけはトンネル内部で反響し、とても大きな声となって響き渡るが、姿を消した奏から返事はない。

 

 

「返事ないねー。

どこ行っちゃったんだろ?」

 

「……探しに行ってくる」

 

「あっ!ボクも行く!

ふたりは出口のほう行ってて!」

 

「……わかった」

 

「え、あ、ちょ……!」

 

 

言うが早いか走り出した靭の後を追い、瑞希も駆け出す。

後には、呆然と立ち竦む絵名とまふゆだけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(ちょっ!足、はや………っ!速すぎない!?)」

 

 

 トンネル内を駆ける瑞希は、遠ざかる背中に目を疑っていた。

 走り出しにさほど差はない筈なのにみるみるうちに距離を空けていく靱は既に見えなくなってしまった。

 

 

「(全力で走ってるんだけど!?

スポーツ選手じゃないんだから、さぁ……っ!)」

 

「(この光……もう出口だ)」

 

 

 このままでは探しに行った側がはぐれるハメになる。そう悟った瑞希はそのまま全力で駆け抜けて、トンネルの外に躍り出る。

 

 方面上、こちらは入り口側だ。流石にこんなところまで奏が進んでいるとは考えにくい。

 荒い息を整えながら戻ろうと提案する為に辺りを見回して、瑞希は再び駆け出した。

 

 

「ちょっと、靱!?何してるの?」

 

「奏が誤って転落しているかもしれない。

中を確かめないと……!」

 

「こんなに高い柵は奏の背じゃ無理だって!

このままじゃ逆に靱が落ちちゃうよ!」

 

「…………っ!」

 

 

 高い柵を半分乗り越えて用水路跡を覗き込もうとする足を掴んで止めれば、何言か言葉を交わした後に正気に戻ったように靱は動きを止めた。

 

 

「……そうだな。

すまん、Amia。少し冷静じゃなかった」

 

「ボクは構わないけど、本当に大丈夫?」

 

「………あぁ」

 

 

 柵から降りてきた靭と共に、再び引き返してトンネル内を進む。冷静さを取り戻した彼はみんなで歩いた時とは打って変わって恐怖を感じさせない面持ちで睨むように辺りを見回しながら進んでいる。

 

 

「(さっきの用水路……どう考えても人が誤って転落するような場所じゃなかった。

大人くらいの背丈の人がよじ登るようにしてようやく中が覗けるくらいに高い柵で囲まれてたのに、靱がそれを分からないわけないよね)」

 

「(こんなに取り乱したとこ、初めて見たな。

やっぱりそれだけ奏が大切ってことなのかな。

それなら、次の場所は……)」

 

 

 別の場所にするべきだろうか。

 候補を今から考える必要があるが、次に予定しているところは少し不愉快な気分にさせてしまうかもしれないと感じて、瑞希は頭を悩ませる。

 

 その時、トンネルの向こうから大きな悲鳴が聞こえてきて二人は身を震わせた。

 

 

「「!?」」

 

「……今のは、絵名の声か?」

 

「ってことは絵名の悲鳴!?

戻らなくっちゃ!!」

 

 

 急いで走り出す瑞希に一瞬遅れて靱が続く。

 全速力で暗い道を駆け抜けると、絵名の姿が見えてきた。

腰を抜かしたように床に座り込んでいる彼女に、急いで距離を詰めていくうちに周りの人物達の様子が明らかになると、困惑して二人は足を止めた。

 

 

「あ、瑞希に靱」

 

「おかえり。……探させてごめん」

 

「えーっと、これはどういう状況?」

 

「実は……」

 

 

 腰を抜かしたままの絵名の周りにいたのは無表情で佇むまふゆと姿を消した筈の奏。

 状況の説明を求めると、小さく頭を掻きながら奏が事の次第を語った。

 

 

「さっき物音がした時、反射的に逃げちゃって…

先に出口に着いたんだけど……」

 

「走ったせいで、足を捻っちゃって……。

絵名の呼びかけにも答えられなくて、歩くのを手伝ってほしくて近付いたら」

 

「……絵名が叫んで勝手に転んだ」

 

「しょうがないでしょ!?

あんな話の後じゃ幽霊かもって思うじゃない!」

 

「あっはっはっはっ!なーんだ!」

 

「全っ然笑いごとじゃないんだけど!!」

 

 

 噴き出した瑞希にブチ切れる絵名を尻目に、靱が奏に寄り添って怪我の確認をする。

 

 

「奏、足は大丈夫なのか?」

 

「うん……もう歩ける」

 

「それは何よりだが、あまり無理をするな。

これを貼って俺に掴まれ。捻った直後は極力足を動かさない方が良い」

 

「う、うん」

 

 

 手際よく湿布を貼り付けると、肩を貸して歩く靭。過保護なまでの一連の流れを無言で見守っていた一同は表情を和らげる。

 

 

「よかった〜!これで次に行けるね!」

 

「え……まだ次もあるの?

さすがにもう帰ってもよくない?」

 

 

 一つ目のスポットで早くも疲労しきった絵名は、帰りたいと主張する。

 しかし、まふゆがそれを許さない。

 

 

「奏が曲を作れるようになったなら、帰ってもいいけど」

 

「………………まだ、難しそう」

 

「そう……」

 

「じゃ、じゃあさっさと次行こ次!

こんなトンネルじゃ、わくイメージもわかないってば!」

 

「あはは、そうだね〜。

みんなもう十分満喫したみたいだし、次行こっか!」

 

「はぁ……よかった……」

 

 

 一行はトンネルの出口へと歩みを進める。

 外から差し込む陽の光に照らされながら、瑞希は先程までの出来事に思いを巡らせた。

 

 

「(途中で分かれることになっちゃって悪かったなぁ。

次はちゃんと5人で一緒に行動しようっと)」

 

「(でも……)」

 

 

 脳裏に先程の光景が浮かぶ。

 

 

「(普段見れない顔が見れたから、ちょっと新鮮だったな)」

 

 

 次の目的地へと一行を先導しながら、瑞希は小さく笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 




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