—— 4:30 AM
夜が明け始める時刻。
ナイトコードに接続し、作業が開始されてから既に3時間以上が経過していた。
最初は雑談を交えながら行われていた為賑やかだったボイスチャットも皆徐々に口数が減っていき、今はすっかり静かになっている。
作業に集中しているだけではなく、眠気と戦っている者が大半だろう。
そんな中、最初に音を上げたのはAmiaだった。
『ふわぁ……今日はもう限界かなー。
ボクそろそろ落ちるね〜』
『うん、お休みAmia』
返答した雪の声にはまだまだ余裕がありそうだった。
基本最初にボイスチャットから落ちる雪だが、明日の予定に余裕さえあれば夜遅くまで作業している。
実のところ彼女は、眠気に対して人並み以上に強いのだろう。
その一方でAmiaとえななんは人並みに睡魔に弱いようで、寝落ちするのは決まって二人のうちどちらかとなっている。
『じゃ、私も……って、そうだ。
みんなに言おうと思ってたことがあったんだ』
『ねぇ———“OWN”(オウン)って知ってる?』
えななんが一つの問いを投げる。
その声はどこか緊張をはらんでいるようにも感じ取れた。
『あ、知ってる知ってる!
一部の層からは有名だよね〜!』
『そうなの?OWNって一体……?』
……知らない名前だ。
Amiaは知っている様子で雪は知らないようだ。
Kは返事を返さなかったが興味はあるのか、体勢を変えたような物音をマイクが拾う。
『ボク達みたいに曲を作って、投稿してるクリエイターだよ!
2週間くらい前に、まさに流星のごとく!って感じで現れて、投稿した曲全部20万再生くらいいってるんだよ〜』
『………っ』
……20万?
思わず感嘆の声が漏れる。
『全部、20万再生?新しい人でそれはすごいね』
『気が付かなかった……いつの間にそんな人が?』
Kも雪も驚いている。
それもそうだ。
動画サイトでは一般的に、“動画が10万回再生される事”は一種のステータスとして扱われる程だ。
高名なクリエイターならともかく、素人があげた曲の動画がいきなり20万回再生なんてのはもはや夢物語だ。
『知らないのもしょうがないよー。
ボクもけっこーマニアックな友達に教えてもらって昨日知ったし』
『URL貼っておくから聴いてみてよ。
三人ともびっくりすると思う。
すごく……圧倒されちゃう曲だから』
そう語るえななんの口振りは言葉とは裏腹に暗い。
多少の違和感は感じたが、触れる必要はないと思った。
『そんなにすごいんだ』
『うん、なんていうか……。
Kの曲を初めて聴いた時と同じような感じがしたの。
言葉にできない事を全部形にしてくれる、みたいな……』
えななんの声のトーンが更に下がった。
Kの曲と似たような曲、なのだろうか。
だとすれば、彼女の語り口が重いのは不可解だ。
浮かんだ疑問は次の言葉で氷解した。
『でも……Kの曲と違って、OWNの曲はすごく冷たくて』
『冷たい?』
『うん、うまく言葉にできてるかわからないけど……。
Kの曲はほら、暗いような苦しい雰囲気はあってもどこかちょっとあったかい感じがしてるんだよね』
『でも……OWNはそういうのが全然ないの。
どこまでも冷たいし、全部を拒絶してるみたいな感じ』
『だけどそこに魅力があって……。
正直、ちょっと怖いくらいなんだけど、私は好きなんだ』
『わかるなー。
あのキレッキレに鋭い感じがいいよねぇ。
あんな曲作れるなんて、いったいどんな人なんだろう』
『さぁね。興味はあるけど………。
……知りたくはないかな』
なるほど。そういう事か。
彼女の感情を理解し、改めて接触は不要だと断じる。
コレは触れない方が良い話だ。
それよりも“OWN”だ。
二人の話を聞いているうちに少し気になってきた。
共有チャンネルに貼られていたURLを読み込み、動画サイトのチャンネルへ飛ぶ。
『OWN』のハンドルネームが付いているアカウントページは初期設定のままで、投稿主が雑多な感情とは無縁である事が伺える。
話の通り、登録者数は新設アカウントとして見れば異様に多い。
投稿されている曲は全部で4つ。
再生数を確認してみると、確かに4つとも20万回を超える再生数を記録していた。
曲を聴く為にナイトコードのボイスチャットから一度切断し、最も新しい動画を再生してみる。
「———なんだ、これは……」
いざ再生されたOWNの曲は時折不協和音が耳に残るような奇妙な音楽だ。
これまでの人生でそれなりに多くの曲を聴いてきた俺の感覚が確かならば、楽曲そのものの完成度は大した事がないようにも感じられる程だった。
だが……これは。
「…………」
まだ流れている曲を、サイトごと閉じて断ち切る。
それ以上
酷い曲だ。
音の端々から伝わってくる激情。
それはまるで悲痛に叫んでいるようで。心を揺らされた。
……この
再度ボイスチャットに接続すると、ちょうどAmiaとえななんが落ちるところだった。
二人が落ちるとその場は沈黙に包まれる。
Kと雪はOWNの曲を聴いている途中らしく無音が続いている。
俺もメッセージを残して落ちようか迷い、結局残る事にした。
雪に聞きたい事が出来たからだ。
適当に時間を潰していると五分ほど経った頃にミュートの解除音が聞こえた。
『………はぁ。
1曲聴いただけでなんだかどっと疲れちゃった。
圧倒されるって言ってたの、ちょっとわかるな』
『どうする、K?他の曲も聴いてみ……』
早速、質問を投げかけようとして。
『ねぇ、雪』
雪の言葉を遮るように放たれたKの真剣な声色に開き掛けた口を閉じた。
『この曲——雪が作ったんじゃない?』
『え?』
彼女の問いは、奇しくも俺の投げかけようとした言葉と同じだった。
『昔、雪が作った曲に似てる』
『……….』
『……そうかな?』
『……ああ。俺も同じ事を聞くつもりだった』
『……ZEROまで………』
Kに続く形で、俺は黙り込んだ雪へと言葉を続ける。
『OWNの曲は、前に聴いた雪の曲とは音の方向性がまるで違う。
だが……どこか通じるものを感じた』
『
“OWN”は雪ではないのか?』
『……….』
暫しの沈黙が訪れ……そして、再び明るい雪の声が響く。
『ふふっ、二人にそこまで疑われると逆に自信ついちゃうな。
みんなにすごいって言われてる人と間違えてくれるなんて』
『でも、私にはこんなに重い歌詞は書けないかな』
『そう、か。
おかしな事を言ったな。すまない』
『……ごめん』
『ううん、気にしないで。
それにしても二人とも、私が作ってた曲覚えててくれたんだね。
もう1年以上前になるのに』
『……うん。すごく印象的だったから』
『………』
そう、一年以上前の事だ。
正確な日時は覚えてないが、聴いた曲は今でも頭に残っている。
彼女の曲から感じた
『そっか。
……Kと最初に連絡取りあってから、結構経つんだよね』
『いきなり、アイコンもないしフォロワーもいない人から一緒に曲を作らないかってDMがきて…』
『最初、スパムかなって思っちゃった』
おかしそうに話す雪。
それはKと俺の2人だけで曲をアップしていた頃の話だ。
Kからある日突然、一緒に曲を形にしたい人を見つけたと連絡が来た時には随分と驚かされた。
しかも既にその人物とは連絡を取り合った後だと聞いた時には思わず頭を抱えそうになったものだ。
『あれは……。
雪の曲を聴いて、すぐ連絡しなきゃって急いでアカウントを作って……』
『ううん。すごく、嬉しかった。
ありがとう、K。誘ってくれて』
『そんなの……いいよ』
再び訪れる沈黙。
『…………』
『……ねぇ、雪は、なんで一緒にやろうって思ってくれたの?』
『え?』
多分すごく怪しかったと思うし、と小さく続けたKの言葉に雪は笑いながら言葉を返す。
『面白そう………って思ったからかな?
誰かと曲を作るなんて、なかなかできないことだし』
『あとは、初めて聴かせてもらったKの曲がすごく印象的だったの。
あの時、私……..』
『——Kの曲に、救われたような気がしたんだ』
『……っ!』
『え?救われた……?』
『………え?
あ、私、なんか変なこと言っちゃったね。
そろそろ作業に戻ろう?朝になっちゃうよ』
一瞬だけ雪の声が別人のように聞こえた。
驚きも束の間。声はすぐにいつもと変わらぬ調子に戻る。
『それじゃあ、今日はここまでだね。
またね、二人とも』
『………う、うん』
『あぁ、また明日』
ボイスチャットから雪が消える。
ぼんやりと考え事をしていたが、小さな呟きに思考を中断する。
ボイスチャットにはもう、俺とK以外いない。
『そっか……』
『ちゃんと救えてんだ。わたしの曲で』
『よかった……』
『…………』
静かだが嬉しそうな声色だ。
微笑ましく思うと同時に……Kには。
奏には、解らなかったのかと思った。
『……ああ。良かったな、奏』
『うん』
すぐにKも落ち、ボイスチャットには俺だけが残された。
普段は心地良い静けさが、今だけは薄気味悪く感じられる。
『
『……我ながら白々しい言葉だな』
脳裏に浮かぶのは途中で閉じたあの曲。
確証が得られた訳ではない。
しかし、仮に俺の考えが当たっているならば。
“OWN”と雪が同一人物だとするならば。
彼女が生み出した曲から感じる“絶望”は、かつての比でない程に大きくなっていた。
疑念が晴れる事は、ついに無かった。
作曲グループ(サークル)「名称不定」
動画サイトでのチャンネル名は「25時、ナイトコードで。」
略称はニーゴ