宵明けのコンチェルト   作:ブラック5930

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第4話「色のない景色」

 

 疑念は、現実となる。

 

 

 

「ん……」

 

 

 カーテンの隙間から差し込む眩い光に顔を顰める。

 作業後、OWNの曲を改めて聴いていた筈だったがいつの間にか寝落ちていたらしい。

 

 時計を確認すると既に時刻は午後を指していた。

 一応通知の類を確認するが、特に何も見られない。

 数日前に投稿処理を終えた動画に対するコメントが来ているくらいか。

 

 

「しかし、何か引っかかるな……」

 

 

 何かを忘れているような気がしてスマホのカレンダーアプリを開くと、今日の日付に印がつけられているのが目に留まる。

 

 

「——-しまった……!

今日は見舞いの日じゃないか!」

 

 

 慌てて寝台から飛び起き、支度をする。

 よりにもよって肝心な日に寝坊とは。

 大急ぎで支度をし、個人チャットに謝罪のメッセージを飛ばしておいたところ、少し遅れて連続でメッセージが返ってきた。

 

 ……どうやらあちらも今起きたところらしい。

 一瞬ホッとしてしまった自分に腹が立つ。

 この場合は、寝過ごした己の至らなさに呆れるべきだろう。

 

 自宅を出てそう遠くない距離にある一軒家の前で待っていると、五分程で扉が開き、一人の少女が姿を現す。

 

 街中でも中々見かけない腰まで届く程に長い銀髪。宝石にも喩えられる涼やかな青の瞳。

 贔屓目を抜きにしても、一般的に整った容姿だと表現されるであろう彼女はどこか儚げな雰囲気を漂わせていた。

 

 ……尤も、それら全ては粗雑に着込んだ私服代わりのジャージ姿で台無しだった。

 

 

「おはよう、奏。

替えの衣類やタオルは持ったか?」

 

「うん。………遅くなってごめん。

あのまま寝落ちしてたみたい」

 

「気にしなくて良い。

……俺もついさっき起きたところだ」

 

 

 申し訳なさそうにしている彼女に言葉を返し、大きな荷物を受け取る。

 たかが衣服と侮るなかれ、一週間分の成人男性の衣類やタオルの詰まったバッグはかなりの重量になる。

 部屋に籠ってばかりで体力のない彼女に持たせるのは酷だ。

 

 初めは渋っていたが、今ではすっかり俺が持つ事になっている。

 

 

「花を買い忘れたから駅前の花屋に寄ろうと思う。

それでいいか?」

 

「わかった」

 

 

 会話は少なく、お互い口を噤んだまま病院への道を歩んでいく。

 世の中には俺や彼女のように沈黙が苦にならない人種というのが存在する。

 会話が無くとも居心地が悪いと感じないのは得だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽がいやに暑く感じる。

 昼時のシブヤの街は人が多く、スクランブル交差点に差し掛かった辺りでは丁度ピークに達していた。

 

 情けない話だが、俺は人混みが苦手だ。

 長い信号を待っている間、あまりにも多すぎる人の群れに軽く吐き気を催しているのが見つかり奏に心配されたが、何とか取り繕う。

 

 

「……靭、大丈夫?地下街の方を通っていこうか?」

 

「………いや、問題ない。

むしろあっちの方が息が詰まりそうになる。このまま行こう」

 

 

 身体に異常がある訳ではない筈なのだ。

 しかし何故か、人混みに行くと気分が悪くなる。

 何かしら感じ取っているモノがあるのか、他に理由があるのか。

 自分の事だというのに詳しくは解らない。

 否。覚えていない、というのだろうか。

 

 道中、駅前の小さな花屋で数本の花を購入し、病院に辿り着く。

 毎月のように通っている俺達はすっかり病院内でも顔を覚えられているらしく、見覚えのある看護師が現れて病室まで付き添ってくれた。

 

 

「これ、いつもの着替えとタオルです。

花は花瓶に挿しておきますね」

 

「あら、キレイな花。

きっとお父さんも喜んでくれると思うわ」

 

 

 病室の前で待っていてくれる看護師に礼を言い、扉を開く。

 

 先週来た時と特に変わった様子もない病室を見回した俺は、()()()の相手を奏に任せて花瓶のある机へと向かう。

 

 

「調子はどう?お父さん」

 

「………….」

 

「……寝てる、かな」

 

 

 花瓶の花を取り替え、奏の方を伺うえば首を振られる。

 規則正しく上下する掛け布団から見て取れる事だが、ぐっすりと眠っているようだ。

 

 

「少し待っていくか?」

 

「ううん。……行こう」

 

「……解った」

 

 

 俯いて表情の窺えない彼女の声が少し震えているのを察して、吐き掛けた言葉を噛み殺して彼女の後に続き退室する。

 

 

「あら。今日はずいぶん早いのね」

 

「ええ。よく眠っているようだったので」

 

 

俺の言葉に看護師は怪訝な表情を浮かべる。

 

 

「あら?さっきまでは起きていたんだけど……

タイミングが悪かったわね」

 

「昨日は色々思い出しかけていたのよ。

奏ちゃんのことも、少し話してくれて」

 

「……そう、ですか」

 

「………ありがとうございます。

今日は荷物を届けに来ただけですから、もう帰ります」

 

 

「……奏ちゃん…」

 

 

 一度も顔を上げる事なく歩き出していく彼女を、看護師は悲しげに見送る。

 

 閉めた扉を一度だけ振り返り。

 奏に倣って歩き出す前に、俺は目を細めた。

 

 

 

 

 

 

『僕の代わりに、奏に曲作りを教えてあげて欲しい。

今の君なら大丈夫さ。

それにね、奏もその方が良いと思うんだ』

 

『靭の奏でる音は、お父さんによく似ているね。

僕は君の音楽が……とても好きだよ』

 

『靱は、靱の思うままに音楽を奏でてくれ。

……少し、疲れているんだ。

一人にさせてくれるかい?』

 

 

 

 

 

 

「——父さん」

 

 

 ……ずっと思い出せなかった癖に。

 今頃になって思い出すなんて、何とも下らない。

 頭を振って浮かび上がった記憶を打ち消せば、小さく溜息が漏れ出る。

 

 先に行った奏に早足で追い付くと、彼女は未だ顔を上げずにいた。

 帰り道。彼女の家の前で別れるまで俺達の間に一切の言葉は無かった。

 苦ではない筈の沈黙が、何故か痛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —— 25時

 

 遅れてログインした俺は、長いこと話し込んでいる様子のメッセージ欄やボイスチャットの様から、一番最後にログインしたものだと思い込んでいた。

 

 

『遅れてすまん。もう進捗報告は終わっているだろうか?』

 

『あ!ZERO。

うん、えななんはイラスト完成したみたいだし、ボクも送ろうと思ってたとこ。

ただ……』

 

『雪が、まだ来てない』

 

『それで今ちょっと話してたとこ』

 

『……雪が?』

 

 

メンバーの一覧を確認してみると、確かに雪のアカウントはログイン履歴が数時間前のままだった。

 

 

『いつもは連絡あるから、珍しいなって』

 

『Kの方にも連絡は来ていないか?』

 

『うん』

 

『夕方にはいたんだけどね〜』

 

 

 一応個人チャットも確認してみるが、雪からのメッセージは来ていない。

 多少遅れる時ですら逐一誰かに連絡を入れる雪が、何もなしにいないというのは確かに違和感を感じる。

 

 

『……疲労が溜まっていたか何かで寝落ちしてしまったんじゃないのか?

最近部活動や委員会が忙しいと言っていたしな』

 

『うーん、また夜にねって言ってたんだけどなぁ。

まぁ、雪だって寝ちゃう時もあるか』

 

『……そう、なのかな』

 

『ま、先に始めてようよ。

K、ファイル送るね。あ、ZEROにも』

 

 

 その日は、皆もさほど気にかける事なく作業に没頭した。

 

 そして、次の日、また次の日と雪がログインする事なく時間が過ぎ去り。

 一週間が経った。

 

 

『………』

 

『……雪が来なくなってもう1週間かぁ』

 

『雪、旅行に行くとか言ってたっけ?』

 

『ううん、何も聞いてないよ。

1週間も来ないと、さすがに心配だよね』

 

 

 いつも通り25時に集まったメンバー達も、皆テンションが低い。

 

 流石におかしい。

 口にこそ出さなくとも誰もがそう思っていた。

 あれから各々メッセージを送ったりもしたものの、雪からの返信は無かったのだ。

 

 

『もしかして、何かあったのかな……。

事故とか怪我とかじゃないといいけど』

 

『ちょっとAmia、縁起でもないこと言うのやめてよね』

 

『……でも、本当にどうしたんだろ』

 

『雪……』

 

 

 皆、気が滅入っているようでボイスチャットに重い空気が漂い始める。

 最近はずっとこの調子だ。

 このままでは作業に影響が出かねない。

 いい加減に対処する必要があるか。

 

 

『何か、ナイトコード以外で連絡が取れる方法がないか探さないか?』

 

 

 俺の提案に皆が食い付いた。

 

 

『いいと思う』

 

『うん、そうした方がよさそうだよね、心配だし』

 

『って言ってもどうする?

顔も名前も、住んでいるところ知らないし』

 

『んー、えななんみたいに自撮りで顔とか部屋とか晒してたら、そこから特定できるんだけどな〜』

 

『さらっと怖いこと言わないでくれる!?』

 

 

 二人の戯れ合いが始まり、空気も幾分かマシになる。

 チャットログ等を漁り手がかりを探していた時、共有フォルダに見慣れないファイルを発見し目を細める。

 いかにも、だな。

 俺は全員に呼びかけた。

 

 

『皆、共有フォルダの項を見てくれ。

見た事のない音楽ファイルが追加されている。

管理者は雪、更新日は1週間前になっているな』

 

『あ、本当だ。

ファイル名は…“Untitled”(アンタイトル)?』

 

『……Untitled?

題無し?そんな曲、私は作った覚えないけど……』

 

『じゃあ、雪が作ったのかな?

ファイルに名前付け忘れたとか』

 

『共有フォルダに入れる時、雪なら何か一言言いそうだけど……。

まぁ、取り敢えず聴いてみる?』

 

『……うん。何か手掛かりになるかもしれない』

 

 

 Kの言葉に皆はフォルダを開き、曲を再生する。

 俺も倣って再生ボタンを押した、その時だった。

 

 

『え?モニタが光って…?』

 

『ま、眩しい……っ!?』

 

『わっ!な、何これ!』

 

 

 メンバー達の悲鳴がボイスチャットに響くと同時に、パソコンの画面が眩く輝き出す。

 目を開けられていなくなり、固く目を閉じた瞬間、強い浮遊感と共に、俺はセカイがバラバラになるような錯覚に襲われた。

 

 

 

 

 

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