強く光を放ったパソコンの画面。
突然の出来事に真っ白に染まった視界が再び光を取り戻した時。
俺の前に広がる景色は全く別のモノへと変わっていた。
「……ここは………?」
狭い自室から一転、世界はどこまでも広く続いている。
広がるのは色を失った大地。
地平の果てまで白で埋め尽くされた景色の端々に、鉄柱にも似た奇妙な形状の黒いオブジェクトが点在している。
太陽も照明もない世界だというのに、どこからか仄かな明かりが辺りを照らしており、視界に不自由はない。そっと大地に触れてみると、伝わる感触は冷たく硬かった。
自然に存在する地面とは違う。されど、人工物とも異なる感覚は
「……なるほどな」
立ち止まっていても時間の無駄だ。
取り敢えず歩いていると、見慣れた銀髪が視界の端に映る。
「ここは……いったい……?」
「奏か?」
「わ……っ!?………あれ、靭?」
そこにいたのはジャージ姿の奏だった。
彼女の反応は真に迫っており、偽りとは思えない。
手に触れてみれば、血の通った人間だと解った。
正真正銘、本物の宵崎奏だ。
「靭、ここがどこだかわかる?
なんだか、前に来たことがあるような気がするんだけど」
「……いや。全く。
奏もさっきまでは部屋にいたんだよな?」
「うん、そうだけど……。
あのファイルを開いたら画面が眩しく光って……」
「ねえ!ちょっと、誰かいないの!?」
「おーい、誰かいたら返事してー!」
会話の最中、不意に聞こえた張り上げる様な声。
そう遠くない距離だ。思わず会話を切り上げて彼女と顔を見合わせる。
「今のって……」
「多分、そうだな」
すぐに声は聞こえなくなった。
どこかに移動してしまう前に、声の聞こえてきた方に俺達は急いで駆け出す。
「てゆーかこれ、異世界転生モノの冒頭みたいじゃない?」
「Amia……。
この状況で、よくそんなのんきなこと言ってられるよね」
「……ねぇ」
「わわっ!だ、誰!?」
二つの人影に追い付いた奏が声をかければ、談笑していた二人は同時に振り返った。
「えななんと、Amiaだよね?」
「え?あ……その声!」
「……K?」
「うん」
「よかった、Kも一緒に来てたんだね!
はぁ……ちょっと安心。
……ってことはそっちは……」
人影の片割れ、茶髪の少女は安堵の声をあげるが、すぐ後にこちらを見て意外そうな表情を浮かべる。
「……もしかして、ZERO?」
「ああ」
もう一人、ピンクの髪の少女の問いに言葉を返し、今度はこちらから問いを投げかける。
「一度、状況を確認したい。
俺とKは例の楽曲ファイルを再生してすぐに光に包まれ、気が付いたらこの場所にいた。
二人はどうやってここに来たんだ?」
「どうというか、ZERO達と同じかな。
あの曲を再生したら、急にパソコンがピカーって光って、まぶしい!って思った時にはここにいたって感じ」
「私も同じ。
……はぁ、せめてスマホがあればな。
GPSで場所わかったのに」
良い考えだ。
ポケットを探ってみるがスマホは入っていなかった。
そういえば、丁度充電中だったかもしれない。
「……十中八九、あのファイルが原因だろう。
ここにパソコンがあれば何とかなるかもしれないんだが」
「っていっても、パソコンなんて見当たらないしね〜。
あーあ。ボク達、帰れるのかな?
そもそも、ここは本当にどこなんだろ?」
「……たしかに、早く帰り道をみつけなくちゃ。
ひとまず、あたりを歩いてみよう」
奏の意見に全員が賛成し、どこまでも続く大地を歩き始める。
黙々と歩き続けて40分程経っただろうか。沈黙に耐え切れなくなったAmiaが再び口を開く
「もうだいぶ長いこと歩き回ってるのに、何もないし、他に誰もいないね……」
「でも、まだ1時間も経ってないはず。
……この場所にいると時間感覚が狂う感じがするけど」
「もー、こんな不気味なところいたくないんだけど!」
本気で嫌そうに声を張り上げるえななんを奏は不思議そうに見詰める。
「そう?わたしは、居心地はそんなに悪くない」
「えー、悪いでしょ。
ボク達以外に人なんていなさそうだし、ていうか何もないし…」
「それよりさぁ……」
そこでAmiaは声のトーンを落として嘆くように呟く。
「まさかこんな感じで初のオフ会になるなんて思わなかったよ。
やるんならファミレスとかカフェで集まって本名教えてー?とかワイワイやりたかったのに〜!」
「あ……本名っていえば……。
Kって、奏って名前じゃない?」
先頭を進んでいた俺は、ペースを落とした彼女達に合わせて歩くペースを落とす。
「うん。でも、どうして知ってるの?」
「え?
メールアドレスにkanadeって入ってるから多分そうなんだろうと思ってて」
「全然隠せてないじゃん!Kらしいな〜」
後方のやり取りに思わず脱力しそうになるのを堪える。
以前注意した件だがまだ変えていなかったようだ。
「あ、じゃあボク、これからリアルで会うときははKのこと奏って呼ぼうっと♪
ボクのことも瑞希って呼んでねっ!」
「はぁ?
Kのこと名前呼びとか馴れ馴れしくない?」
「別に、みんなで名前呼び合えばいいだけじゃん。
ちなみに、ボクの名前は暁山瑞希!
よろしくね、奏ー♪ ……で、えななんは?」
「え?
あ、わ、私は……東雲絵名、だけど……」
「わかった、瑞希、絵名」
「……な、なんか照れるけど……よろしくね、奏」
流行に敏感そうなヒラヒラとした服を着た茶髪のショートの少女が「えななん」こと東雲絵名。
こだわりが強そうなロリータ系ファッションに身を包んだピンクの髪をサイドテールに纏めた少女が「Amia」こと暁山瑞希。……らしい。
一通り自己紹介を済ませた背後から視線が集まるを感じる。
暫くは無視していたが、徐々に強くなっていく無言の圧に耐えかねて渋々振り返る。
「……靭だ。本名は氷室靭」
「あ、ようやくこっち向いた」
「えっと、ZERO……
じゃなくて、靭はちょっとイメージと違ってびっくりしたかも」
「イメージと違う?」
マジマジと見詰められ、反応に困る。
「なんていうか、思ったよりマシだなって」
「あ〜、わかるかも。
あとさ、ちょっと奏に似てる感じもしない?」
「えぇ!?そう……?」
瑞希と絵名は、少年を見て言葉を交わす。
ネット上の関係、声のみを材料にイメージする状況で「ZERO」という人物には冷たく無機質な人物像が出来上がりつつあった。
しかし、いざ目にした少年の容姿は個性的だった。
男性にしては不釣り合いな、肩を過ぎる程に異様に伸びた黒髪には赤いメッシュが数本混じっており、女子目線でも驚く程によく手入れされている髪は女性的なイメージを感じさせる。
一方で、同年代の男子の平均よりもずっと高い背丈と眉間に刻まれた皺、暗い輝きを宿す赤色の双眸は男性的なイメージを強く受ける。
彼には、中性的という表現がよく似合っていた。
想像よりも柔らかな容姿はイメージに反するものであり、同時に物静かな雰囲気と言葉少なめな様子は普段の彼のままで。
相反する印象に二人は奇妙な感覚を覚えていたのだった。
どこか、奏に通じる雰囲気を漂わせる様は一層混乱を呼ぶ。
「……あのさ。睨むのやめてくれない?
怖いんだけど」
「あいにく真顔だ。よく言われる」
「あっそ」
熟考した上で出た言葉が容姿の侮辱とは畏れ入る。
慣れたものなので別にいいが。
そんな俺達のやり取りに苦笑して瑞希は言葉を溢す。
「あーあ。雪もここにいたらよかったのになぁ」
「……?……あれ………」
「ん?どうしたの、奏」
「あそこに、誰かいる……」
「「え!?」」
奏が指差した方には確かに、人影のようなものが見えた。
先程まで気配すら感じなかった
先頭にいる俺は万が一に備えて一歩前へと踏み出した。
「だ、誰だろう……?」
「わかんないけど……なんか近づいてきてない?」
瑞希の言葉通り、人影はゆっくりと俺達に近付いてくる。
間近までやってきた人影は突如として霧が晴れるように不明瞭だった姿が明らかになり、その正体に驚きの声が上がった。
「……え?あなたは……あの時の映像の……」
「——わたしは、ミク」
白いツインテールを揺らす少女は、
ミク………「初音ミク」だろうか?
サスペンダーを纏い、赤と青のオッドアイを輝かせる彼女は世に出回った初音ミクとは似てもつかない姿だ。
しかし、紡がれる声は確かに初音ミクだった。
抑揚がない無機質な声色のせいで、多少異なって聞こえるが。
「……ミク?あなたが……?」
「え?ミクって、
いやでも待って。
言われてみれば見た目はそれっぽいけど……ほんとに?
だとしたらすごくない!?」
「いや、ミクってバーチャル•シンガーでしょ?
こんなところにいる訳ないじゃん!」
驚く者、興奮する者、パニックに陥る者。
三者三様の反応を前にして、ミクと名乗った少女は平坦な声で言葉を紡ぐ。
「……あなた達を、待ってた」
「待ってた……か。
つまりお前は、俺達の事を知っている訳か?」
「うん」
「へぇ〜。
じゃあもしかして、ボク達をここに呼んだのもミクってこと?」
「……半分、そう。
呼んだのはわたしと……そして“あの子”」
「あの子?誰それ?」
瑞希の質問にミクは答えず、遠くを見るような目で言葉を紡ぐ。
「そして、ここはあの子の“想い”でできた場所。
あの子の、“セカイ”」
「………」
俺は目を細める。
一同は理解が追い付かず疑問を顔に浮かべている。
「“想い”でできた場所……?」
「ちょっと、もう少し詳しく教えてくれないとわかんないってば!」
「でもでも、ボク達がいた場所とは違うって事なら、やっぱ異世界って事だよね?」
「……そう。
セカイは、あなた達の暮らす場所とは違う」
「あなた達のいた世界とこのセカイは、“Untitled”で繋がってる」
「“Untitled”……あの雪のファイルの曲…!」
「えっと……つまりボク達は、
あの“Untitled”を再生したからここに来たってこと?」
ミクは、無言で頷く。
「う、嘘でしょ……。
ねぇ、今の状況が夢じゃないんなら……私達が元の世界に戻るにはその曲を止めないといけないってこと?」
「そうかもね。
でも、止めようにもここにはパソコンがないけどね」
「じゃあどうすればいいわけ!?」
取り乱した絵名が瑞希に食ってかかる。
一悶着あって、ただ無表情でこちらを見ていたミクが再び口を開いた。
「——お願い、あの子を見つけて」
「「「え?」」」
「……あの子は、このままじゃダメ。
“本当の想い”に気付けないとあの子は……」
ミクの表情は最初から変化していない。
けれどその声色は、少しだけ変わっているように感じた。
「あの子を見つければ、あの子を救える。
あの子はきっと本当の想いに気付ける。
そうしたらその想いから———あの子の歌が生まれる」
「えっと……難しくてよくわからないんだけど……」
「あの子を見つけると、あの子を救える……?」
「……
「“本当の想い”……」
支離滅裂な言葉の羅列だ。各々思い悩む。
しかし、全員の思考はこの場に響いた
「———ミク?
どうして、ここに人がいるの?」
「「「「……!」」」」
パジャマ姿の、紫の髪をポニーテールに纏めた少女。
ミクへと声を掛けた彼女は俺達の前へと姿を現す。
「その声は……」
「………」
声色も雰囲気も全く違う。
けれどその声は、全員に聴き覚えがあった。
サークルから姿を消していたメンバー「雪」
彼女は何の感情も籠もらない瞳で俺達を見据えていた。