宵明けのコンチェルト   作:ブラック5930

6 / 19
第6話「無関心と代償」

 

「………“雪”なのか?」

 

「…………」

 

 

 少女は問いに答えない。

 空っぽの瞳を俺へと向けると、わざとらしく“今気が付いた”とでもいう風に振る舞ってみせる。

 

 

「ZERO。どうしてここに来たの?……Kも」

 

「………」

 

 

 俺もまた、問いには答えなかった。

 気まずい沈黙が場を包み、奏が口を開きかけて閉じる。

 

もう俺と奏半数は気が付いた。

しかし、絵名と瑞希半数は気が付いていない。

 

 

「えっ、雪?

確かにその声、言われてみれば……」

 

「でも、本当に雪なの?

なんかナイトコードで喋ってる時と雰囲気違くない?」

 

「……えななんと、Amiaまで」

 

 

 ハンドルネームを口にした事で二人の疑念は晴れたらしい。

 警戒を解き、安堵の表情を浮かべる二人。

 

 

「よかった!無事だったんだね、雪!

連絡とれないから心配だったんだけど、ほっとしたよ〜!」

 

「もしかして、ずっとここにいたの?

あ、帰り方がわからなくて困ってたとか?」

 

「…………」

 

「……あれ?雪、大丈夫?

もしかしていなかったあいだ、何も食べてなかったりする?」

 

 

 

 

「……うるさい」

 

 

 

 

「え?」

 

 

 平坦な調子は変わらないものの一際低い声が響き、場の空気が凍り付く。

 その声からはハッキリと拒絶の意を感じ取れたからだ。

 

 

「このセカイに来ないで。ひとりにさせて」

 

「……何それ、どういう意味?

一人にさせてって、帰りたくないってこと?」

 

 

 先に立ち直った絵名が語気を強めて問いかけるが、雪は変わらない調子で答える。

 

 

「……今、言ったでしょ」

 

「私は、ここでひとりでいたい」

 

「ちょっと、わけわかんないんだけど」

 

「ひとりで……それは……」

 

 

 何かを恐れるように、奏は再び言葉の途中で口を噤んでしまう。

 

 

「うーん……?

えっと、じゃあ、もうボク達と一緒に曲を作る気はないってこと?」

 

「そう。何度も言わせないで」

 

「………っ」

 

「……あー、そんな急に言われても……ねぇ?

奏もびっくりしてるし……って、奏?」

 

 

 先程までとは一転。

 奏は意を決して表情を変え、口を開く。

 

 

「雪」

 

「……なに」

 

「じゃあ、雪は、ひとりで……。

“OWN”として曲を作っていきたいの?」

 

 

「「!?」」

 

 

 奏の発言に、戸惑う絵名と瑞希。

 

 

「え?“OWN”?

OWNって、あ(・)の(・)?(・)………え?」

 

「うん。

……雪が、“OWN”だよ」

 

「え?雪がOWN?

何それ、どういうこと!?」

 

 

「……根拠は?」

 

「根拠は、ない。でもわ(・)か(・)る(・)。

ニーゴで作ってる曲と傾向は違うけど、間違いない」

 

「そうだよね、雪」

 

「………」

 

 

 声は確信に満ちていた。

 まっすぐに見つめられた雪は暫しの沈黙と共に目を逸らす。

 

 

「………うん、そうだよ。OWNは私」

 

「マ、マジですか……」

 

「雪がOWN?ほんとに?」

 

「そう言ってる」

 

「え?じゃあ、この間、私とAmiaがずっとOWNのこと話してる時……。

……え?」

 

「何であの時、言ってくれなかったわけ?」

 

「別に言う必要が無かったから言わなかっただけ。

雪じゃない私は、あなたと話したいことなんてないから」

 

「……は?」

 

 

 絵名の瞳に、怒りの色が浮かぶ。

 

 

「何それ……。ふざけないでよ!」

 

「何も知らないですごいすごい騒いでる私をどういう気持ちで見てたの?

馬鹿だなって思ってたってわけ!?」

 

 

 ヒートアップした絵名は掴みかからんばかりの勢いで雪に噛み付く。

 手を出しかねない勢いだ。

 見かねて背で進路を塞ぐ。

 

 

「落ち着け、えななん。

今この場で殴り合いでも始める気か?」

 

「……っ!……それは……」

 

 

 絵名が多少冷静を取り戻した隙に瑞希が口を開く。

 

 

「ねぇ、雪がOWNだとしてもさ。

OWNで曲を作りながらニーゴでもやっていくのはムリなの?

いくらなんでも急すぎるし、ボク達も……」

 

 

「私はもう、ニーゴにいる必要がない」

 

 

「えーっ……と………?」

 

「ニーゴにいても、足りなかったから」

 

「……足りなかった、って」

 

 

 ピクリと肩を震わせた奏の前で淡々と言葉は続く。

 

 

「初めてKの曲を聴いた時は、少しだけ救われたような気がした」

 

「だから、Kの傍で探せば、見(・)つ(・)け(・)ら(・)れ(・)る(・)か(・)も(・)し(・)れ(・)な(・)い(・)って思った」

 

「でも……それじゃ、足りなかった。

見つけられなかった」

 

 

「あ……」

 

「……救えてなかった……?」

 

 

「……Kと一緒にいても見つからないのなら、

もう、自分で見つけるしかない」

 

 

 絶望感に打ちひしがれて、呆然と目を見開く奏。

 彼女を一瞥もせず雪はミクへ手を伸ばす。

 

 

「ミク、もうこれ以上、この人達と話すことはない。

ここから追い出して」

 

「……そう」

 

「あなたは、本当にひとりで見つけられるの?」

 

「…………」

 

 

 ミクの言葉に、雪は初めて表情を変化させた。

 

 

「ミクが、私が、まだ私を見つけられるっていうのなら、全部捨ててでも探し出す」

 

「……私にはそれしか残されてない。

もしそれでも見つからないのなら、私はもう……消えるしかない」

 

 

 沈黙が場を支配する。

 しかし、重苦しい雰囲気は響いた怒号によって破られた。

 絵名の我慢が限界を迎えたのだ。

 

 

「だから、あんたさっきから何言ってるのよ!

“救われた”とか“消えるしかない”とか、バカじゃないの!?」

 

「うん、一度ちゃんと話そうよ。

雪もちょっと変だしさ」

 

「変?私が変ならあなた達だって変でしょ」

 

 

 そこで雪は全員を視界に収める。

 

 

「だって本当は、

Kも、えななんも、Amiaも、ZEROも——」

 

 

 

 

 

「——誰よりも消えたがってるくせに」

 

 

 

 

 

「「「「………っ!」」」」

 

 

 決して大きくないその言葉は、全員に動揺を走らせた。

 この場に来てから一切表情を変える事の無かった靭ですら、大きく目を見開いて雪を見る。

 

 四人の中で唯一、その言葉に表面上は目を細めるだけに留めた瑞希が言葉を返す。

 

 

「……ホントに、どうしちゃったの?雪。

それにボクが消えたいってどういうこと?

ボクは毎日楽し〜いし、そんなこと思ってなんて……」

 

「……そ(・)う(・)い(・)う(・)の(・)、もういいよ」

 

 

 茶化すような作られた声色を、冷たく両断する。

 

 

「Amia、あなたはいつも楽しそうにしてるけど。

私が言ってることの意味、全部わかってるんでしょ?」

 

「……へぇ」

 

 

 何もかも見透かしたような物言いに、瑞希は仮面を放棄する。

 普段からは考えられない低い声から興味なさげに顔を背け、雪は再びミクへと手を伸ばした。

 

 

「……とにかく、もう、疲れた」

 

「———ミク。

このセカイに、この人達はい(・)ら(・)な(・)い(・)」

 

「……うん」

 

 

「えっ?ミク……!?ちょ、ちょっと!」

 

「え……き、消えた!?

ミクが触ったら……」

 

 

 ミクは歩みを進め、絵名にその手で触れる。

 同時に眩い光と共に絵名の姿は消えてしまい、驚く瑞希にミクが躙り寄る。

 

 

「……あなたも」

 

「わっ!」

 

「瑞希………!!」

 

 

 目の前の出来事に、悲鳴に近い声をあげる奏。

 瑞希を消したミクはそのまま彼女へと迫っていく。

 

 

「あなたも……」

 

「待って……!」

 

「……さよなら」

 

 

 何かを叫ぼうとして、間に合わずに消える奏。

 一人残された俺へとミクは振り返る。

 

 

「あなたも……」

 

「少し待ってくれ、ミク。雪に聞きたいことがある」

 

「……聞きたいこと?」

 

 

 目の前で人が消えているにも関わらず、靱は酷く冷静だった。

 虚ろな目を向ける雪はそこで初めて靱を見(・)た(・)。

 

 

「先の話で大体理解した、が……改めて確認したい。

雪は、俺達のサークルに……ニーゴに、もう戻る気はないんだな?」

 

「……そう言ってる。

同じことを聞かれても、答えは変わらないから」

 

「そうか。解った」

 

 

 ミクが動くよりも先に、靱はミクに歩み寄る。

 手と手を伸ばし、困惑したような顔のミクの手が触れる直前に、俺は彼女の方へと振り返った。

 

 

「なぁ、雪」

 

「……残念だよ。お前がサークルを抜ける事も。

一人きりで消えてしまう事も」

 

「………っ!」

 

 

 ミクの手が触れれば、視界を白が染め上げる。

 邪魔者が誰もいなくなったセカイは、酷く静かだった。

 

 

 

 

・

 

・

 

 

 

 

「……どうして」

 

 

 全員が退去した後で。

 誰もいないセカイで、誰に向ける訳でもなく、雪は呟く。

 

 雪は「ZERO」という人物を理解しているつもりだった。

 出会った当初から同じ、Kの為だけに動いている人間。

 淡々と作業をこなし、感情の起伏を見せずに全体を取り纏める彼に対して雪は、一種の親近感を覚えてすらいた。

 

 自身に近しい。けれど、己とは決定的に違う何かがある。

 最初こそ多少は期待した。でも無駄だった。彼は期待外れだった。

 

 彼の対応は無干渉に尽きる。私の欠陥などとっくに察しているだろうに。

 面倒事を避ける、ありふれた人間。

 その筈だった。

 

 

 

『少し待ってくれ、ミク。雪に聞きたい事がある』

 

 

 

 何を思ってか、ミクがK達を連れてきてしまった時、彼を最後に残したのは一番手間がかからないからだ。

 後回しにして一番安全な人間ともいえる。

 彼が何を言い出すのか、少しだけ興味が湧いた。

 しかし。

 

 

 

『なぁ、雪』

 

『……残念だよ。お前がサークルを抜ける事も。

一人で消えてしまう事も』

 

 

 

 事務的な確認に案の定と嗤ったのも束の間。

 彼は衝撃を与えるだけ与えてセカイを去った。

 

 

「……どうして、今更そんなことを言うの?」

 

 

 邪魔者を排して、誰もいないセカイで独り呟く。

 あの言葉に嘘はないと見抜けたからこそ衝撃を受けた。

 

 

「ず(・)っ(・)と(・)分(・)か(・)っ(・)て(・)た(・)く(・)せ(・)に(・)。

K以外に興味なんてないくせに。

どうして今になって悲しむフリをするの?」

 

「……わからない……」

 

 

 その言葉に答える者も、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。