宵明けのコンチェルト   作:ブラック5930

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第7話「虚飾のコトバ」

 

 閃光。そして衝撃。

 最初に光に包まれた時と同じ浮遊感を味わっているうちに、いつの間にか自分が瞼を閉じている事に気が付いた。

 

 目を開けば、そこは見慣れた室内。

 

 パソコンの明かりだけが目を引く薄暗い室内は、Untitledを再生する前と全く変わっておらず、全てが夢のようにも感じられた。

 

 

「……戻ってきた、という事か」

 

 

 画面を確認すると、何故かナイトコードから落ちている状態だった。

 起動してすぐにボイスチャットに接続すると、自身を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

 

『ZERO!ねぇ、ZEROってば!』

 

『うーん、さっきから返事ないね。

まだ帰ってこれてないのかな?』

 

『……ZERO。………あ』

 

 

『遅くなったようで申し訳ない。俺は大丈夫だ。

三人は無事に帰って来れたみたいだな?』

 

 

 俺達は無事を確かめ合い、安堵する。

 そして、互いに先程の“セカイ”での出来事を確かめ合う。

 

 白黒に彩られた無人で非現実的なオブジェに満ちた世界について。

 人間のように話し、動いていたバーチャル・シンガー「初音ミク」について。

 

 やがて話題が雪についてのものとなると、絵名が声を荒げ出した。

 

 

『ほんと……何なの?雪のヤツ』

 

『自分がOWNだってこと隠して、こっちのこと馬鹿にして……!

すごいって言ってた私が馬鹿みたいじゃない!!』

 

『ば、馬鹿にしてたかはわかんないじゃん?

……でも』

 

『雪って……あんな子だったんだね』

 

 

 その声は、どこか暗いものだった。

 セカイでの応対を考えれば無理もないだろう。

 

 

『やっぱボイチャだけじゃ性格わかんないもんだね〜、あはは』

 

『……全然笑えないんだけど』

 

『にしても、これからどうしよっか?

あの調子じゃ、雪は戻って来なさそうだけど…』

 

『その件なんだが、俺から提案がある』

 

『ZERO……?』

 

 

 帰る時に考えた事を伝えるべく口を開く。

 

 

『あくまで俺の考えだ。

一個人の意見と前提の上で話を聞いてくれ』

 

 

 そう続けると、三人は静まり返って続く言葉を待つ。

 少しの間をおいて俺は言葉を紡いだ。

 

 

『雪の事は、ひとまず放置するのはどうだ?

作詞担当に穴が空くのは痛いが、()()()が見つかるまでの辛抱だ。

当面彼女の担当箇所は俺が兼任しようと思っている。

雪より多少質は落ちるだろうが、作曲に遅れは出ない』

 

『……!』

 

『え?』

 

『え〜っと……』

 

 

 三人の反応は著しくない。

 いち早く立ち直り言葉を返してきたのは瑞希だった。

 

 

『作詞をZEROがやるって……。

そういえば、最初はZEROがやってたんだっけ?

それはそうと……雪を放置するっていうのは』

 

『雪は、“消えるしかない”とも言ってたけど……』

 

()()()()()()()()

皆がミクに触れられた後、改めて確認したが彼女の意思は固いようだ。

向こうでも言っていただろう。

もう一緒に曲を作る気はないと』

 

『それに、雪が消える消えないだのは俺達には関係ない。

彼女がどうしようと彼女の勝手だろう?』

 

『………っ!』

 

『……!

そんな言い方って……』

 

 

 最初に声を荒げたのは、絵名だった。

 先程までは雪を非難していた筈の彼女だが、あまりにも冷たく突き放すような俺の言葉に我慢ならなかったのか反論しようとする。

 初動を潰すべく、言葉を重ねる。

 

 

『要するに雪は、このサークルを抜けたんだ。

元より強制じゃない。協力してくれると言って、たまたま今まで続いてきただけの関係だ。

やめるやめないは当人の自由だろう。無理強いする道理はない』

 

『やめると言った人間の問題に首を突っ込む必要はないし、そんな暇もない。

ここは音楽サークルだ。仲良しクラブじゃない』

 

『……っ。それは……』

 

『ZERO……』

 

『——K』

 

 

 次は奏に畳み掛けるよう言葉を投げる。

 

 

『Kは、()()()()()()()()()()()()()()()

もう抜けた人間に執着して作業を放り出し、作曲が遅れるのは本意か?

目的を見失うようでは本末転倒だと俺は思う』

 

『………』

 

 

俺の言葉に奏も黙り込む。

替わるように、絵名が再び声を上げた。

 

 

『……だから、雪はもういらないってこと?

()()()()()()()()()?』

 

『……好きに捉えてくれ。

俺達はKの曲に惹かれて集まった。Kの生み出した曲を動画として完成させ、多くの人間に届ける。

その為に活動してきた筈だ』

 

『執着は理解出来る。変化を嫌うのも解る。

だが、それで何が変わる?

俺達がここでウジウジと話していても雪は戻らない。

ならば他に考える事がある筈だ。これからについて、な』

 

『少なくとも、抜けた人間に何とか戻ってきて貰おうなんて考えるよりはずっと建設的な思考だと俺は思う。

仲間意識は結構だが、無理なものは無理だ』

 

『俺は何か間違っているか?』

 

『あんたねぇ……っ!』

 

 

 俺の言葉に絵名は激情を剥き出しにする。

 あわや衝突寸前、というところで慌てて瑞希が割り込んできた。

 

 

『——-まぁまぁまぁ!二人とも、抑えて抑えて。

ここでケンカしてても何にもならないでしょ?』

 

『取り敢えず今日はみんな疲れてるし解散にしない?

雪のことはまた明日ゆっくり考えればいいしさ!』

 

『……ん』

 

『……あくまで俺の意見だ。判断はKに任せる』

 

 

 ボイチャ内に満ちていた最悪な空気は瑞希の仲裁で何とか収まり、その場は解散という流れになった。

 ナイトコードを落として、疲労に引かれるように背もたれに寄りかかかる。

 

 全くおめでたい連中だ。

 ただのネット上の関係に、何を期待していたのか。

 あのまま会話が続いていれば、最終的には雪を諦められずにどうにか連絡を取ろうとする流れになる事は読めていた。

 だからこそ先手を打って切り出したのだが……少し強引過ぎたか。

 

 俺は部屋をぼんやりと見渡す。

 

 

 ——彼女の“異常”に気が付いたのは、出会ってすぐの事だ。

 

 奏が連れてきた彼女の曲を聴いて俺はすぐに理解した。

 彼女はどこか壊れている、と。

 

 奏は気付いていなかった。

 あの頃の奏が目を引かれる程の「絶望」が込められた曲を作った雪が、()()()()人間である訳がない事に。

 

 一見すると、彼女は人格者だ。

 常に気を回し、時には優しく、時に厳しくも相手に真摯に寄り添う彼女はいかにも出来た人間で、「優等生」だ。

 

 しかし。

 皆を案じ、笑顔と共に紡がれる言葉の尽くが、空虚に感じられる事に誰もが気付かなかった。

 見抜いていたのは俺だけだろう。

 似たもの同士、理解出来た。それだけの話だ。

 

 だが、俺は彼女に……

 

 

「…………」

 

「……今、何を考えていた?」

 

 

 思わず独り言が漏れる。

 ぼんやりと巡らせていた思考にふと、奇妙なモノが混じった気がしたのだ。

 俺は今何を考えたのだろうか。

 全ては途中で途切れてしまい理解に至らない。

 

 ……俺は薄情な人間だ。

 判断基準は常に、奏に必要か不要か。

 だから彼女の異常程度の問題は棄て置いてきた。

 

 

「…………」

 

 

 ふと、疑問が浮かんだ。

 セカイから戻る前に雪に言葉を掛けた事を思い出したからだ。

 何故俺はあんな事を口にしたのだろうか。

 心にもない戯言を。無意味に。

 

 

「……解らない」

 

 

 いつの間にか、椅子から立ち上がっていた。

 自分の思考に理解が及ばない。

 頭の中がぐちゃぐちゃに掻き乱されるような感覚の中でセカイでの最後の時と同じ奇妙な感情が入り混じるような気がして、そのまま寝台に倒れ込んだ。

 

 

「……どうして……こんな、気持ち悪い」

 

 

 答えは出ない。

 滅茶苦茶な思考を打ち切って糸が切れるように眠りについた少年の頬を一筋の光が伝い、落ちて消えた。

 

 

 

 

 

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