宵明けのコンチェルト   作:ブラック5930

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第8話「在りし日の記憶」

 

 沈む意識が夢想の彼方で浮かび上がる。

 幾つものセカイが霞み、弾けて、消えていく。

 

 答えの出ない思考の先で暗闇の果てに辿り着く。

 闇の中に、強く輝きを放つモノがあった。

 

 

「……これは」

 

 

手を伸ばし、触れようとした時。それは遠ざかった。

 

 

「……っ!?まさか……」

 

 

 遠ざかっていく光。

 その全貌が明らかになると共に忘れていた言葉を思い出す。

 確か、“アイツ”は。

 

 

 

 

 

 

 

『……それは一体、どんな形だ?』

 

『人によって違うよ。

多くの人の目には、桃色に近しい虹の輝きを放つ光として映るんだったかな。

キミは、どうだろうね?』

 

 

 

 

 

 

 遠ざかる光の正体は、輝きを放つ物体だった。

 夜空の星を丸ごと固めたような眩い輝きを放つ虹色の結晶。

 闇の中で迸るソレは、アイツの言葉に出てきたモノで違いないだろう。

 

 ()()()()()()()()

 

 飛び込むように身を動かせば、弾かれたように体が自由に動き、「欠片」を両手で包み込む事に成功した。

 

 

「……よし!これで……」

 

 

 両手の隙間から漏れた光が無性に眩しい。

 これで、どうなるんだ。

 その先が思い出せない。

 

 

「———っ!?」

 

 

 光が強くなっていく。

 それに比例するように、突如として頭が熱を持って痛み出した。

 割れるように痛む頭に耐えきれず額を抑えた瞬間、手から零れ落ちた欠片は独りでに浮かび上がり眼前で静止する。

 

 頭が熱い。痛い。

 無限に続くように思えた鈍痛は、頭の奥でナニカが壊れるような感覚と共に掻き消えた。

 

 苦しみは不意に終わる。

 意識が薄れゆく感覚の中、俺は笑みを浮かべていた。

 

 

 ———壊れたのは、記憶を抑え付ける蓋の一部だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎年⬛︎月⬛︎日。

 あの日から、二年の月日が経とうとしている。

 

 数ヶ月前、遺品を売り捌こうとした親戚のもとを飛び出したのを最後にとうとうオレを引き受けて“家族ごっこ”を望む親戚連中は現れなくなった。

 元より、奴らの目当ては父の財産だ。

 清々する。

 

 

「…………」

 

 

 早朝。

 がらんどうの家を出て「日課」をこなす。

 まずは玄関ポストから。

 毎日懲りもせず突っ込まれる大量の可燃ゴミを引き抜く作業からオレの一日は始まる。

 心の籠ったお便り達(殺害予告や脅迫文)は纏めて袋にぶち込む。

 最初こそ恐る恐る引き抜いていたが、もう慣れたものだ。

 飽きもせず続ける送り手に最近は感心してしまう。

 

 続いては、塀と壁の確認。庭の様子も見る。

 ゴミが投げ込まれていれば処分し、落書きがあれば消す。

 尤もここ最近は、滅多に見なくなった。

 

 今日は異常なし。

 日課を終えたオレは、溜息をついて屋内に戻る。

 

 ……あれから、二年だ。

 流石にほとぼりも冷めたと思いたいが、残念ながら今朝もニュースで取り上げられているのを見かけた。

 もうこの家も特定されているのだろうか。

 解っていてもオレは、ここを離れられずにいた。

 他に行く宛もない。

 

 

「………っ!」

 

 

 不意に、インターホンの音が響き渡る。

 来客の予定はない。

 嫌な予感を感じながら画面へ駆け寄ると、そこには一人の男性が映っていた。

 出たくはないが万が一という事もある。

 恐る恐るボタンを押す。

 

 

『……どちら様ですか』

 

 

 問いかけに、男性は表情を明るくした。

 

 

『突然すみません。僕は作曲家の宵崎という者です。

こちらは氷室さんのお宅で間違いありませんか?』

 

『えぇ、そうですけど。

何の用ですか。……“氷室”に用が?』

 

 

 知らない名前だ。

 警戒を強めたオレの言葉に、男性は言葉を続ける。

 

 

『——それは良かった。

⬛︎⬛︎⬛︎とは昔馴染みで、約束を果たしに来たんです。

君はひょっとして……靱君じゃないかな?』

 

『父さ……、……親父の?

なんでオレの名前まで………』

 

『声で分かるよ。覚えていないかい?

小さい頃はよく歌の話をしてくれたんだがね』

 

 

 声に嘘は感じられない。

 恐る恐る扉を開くと、男は微笑みかけてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼は、宵崎⬛︎⬛︎と名乗った。

 

 父、⬛︎⬛︎⬛︎と親しい間柄にあったという彼は幼い頃のオレと何度か顔を合わせていたらしい。

 全く覚えていないが。

 

 招き入れた彼の第一声は、謝罪だった。

 両親の訃報を目にした彼はずっと俺を探していたらしい。

 

 しかし、親戚中をたらい回しにされていたオレを見つける事は出来ず、こうして父の別荘に逃げ込んだオレを先程偶然見つけた、という事らしい。

 

 感想としては、そんな話を聞かされても、といったところか。

 父と彼がどんな約束をしたのか知らないが、オレから見て彼はただの他人だ。

 謝られても気味が悪いし、正直どうでもいい。

 

 きっと、酷い態度だったと思う。

 オレの身を案じている彼に対して、拒絶を突き付け続けた。

 誰の助けも望んでいない。

 そう突き付けてやったのに翌日、彼は懲りもせずやって来た。

 

 “一人暮らしは骨が折れるよ”なんて言葉と共に、彼は日課を手伝うようになった。

 次の日もその次の日もやって来て、料理に失敗して火事になりかけたキッチンの消化を手伝ってくれたりもした。

 彼は、毎日のように訪ねてくる。

 理由を聞いても約束がどうだ、と答えるばかり。

 

 

 ……最初は、疑っていた。

 

 誰もが最初はそうだったからだ。

 心配そうに近寄って来てはさも親切に振る舞って油断させて、最後の最後で本性を顕す。

 幾度となく繰り返されてきた裏切りにもう懲り懲りだったから。

 

 どうせ、コイツも同じだ。

 望むのは財産か?立場か?名声か?

 “氷室”か、両親か。いずれにせよ目的はオレじゃない。

 誰もオレを見てなどいない。

 

 そう思い続けていたが、彼はいつまで経っても変わらなかった。

 飽きもせずに適当な話をして、邪険に扱おうが嬉しそうに笑うだけ。

 望めば雑事を手伝ってくれたりもする。

 正直な話、意味が解らなかった。

 でも、彼の作った曲は気に入った。

 

 ある時言ってみたのだ。作曲家ならば曲を聴かせてみろと。

 望みはすぐに叶えられ、初めて聴いた彼の曲は頭に染み付いて離れなくなった。

 久しぶりに音楽に触れたからだろうか。

 ありふれた、面白味に欠ける曲だった筈なのに酷く魅力的に感じた。

 まるで温かく、心を包むような。

 

 

 彼が家を訪れてから一月。

 遂に耐え切れなくなってオレは彼に尋ねた。

 

 

「——なぁ、あんた。

親父の友達だか何だか知らないが、何が目的なんだよ。

俺とあんたは所詮他人だ。なのに、どうしてここまで……」

 

 

 “気にかける?”

 小さく問うた俺に、彼は笑顔から真面目な表情に変わった。

 

 

「……どうして、か。

その前に一つ、僕の話をしてもいいかい?」

 

「君のお父さんとはね、学生時代からの付き合いでね。

僕は作曲家に、彼は演奏家に。

それぞれ夢を叶えたけど、大成したあの人とは違い、僕は昔想像していたような立派な作曲家にはなれなかった」

 

「正直な話、僕は彼に嫉妬していたよ。

けれどね……」

 

「ある時交わした小さな口約束を、彼は覚えていてね。

世界中から引っ張りだこな大事な時期に、わざわざ日本の片隅まで戻ってきて約束を果たしに来た。

完敗だ、と思ったね。

自分の小ささを思い知らされた気分だったよ」

 

「それから、彼との縁は続いたんだけど……」

 

 

 そこで、彼は悲しそうに表情を変える。

 

 

「質問に答えようか。

君を気にかける訳は……きっと罪滅ぼし、だと思う。

彼には一つ頼まれていたんだ。

近々、もしも自分に何かあった時は……その時は、息子の力になってあげて欲しいと。

聞いていた。聞いていたんだよ」

 

 

 けれど、と言葉は続く。

 

 

「何もしてやれなかった。

全てが遅すぎて、今だって後手後手だ」

 

「君にしてみれば良い迷惑だろう。

そんな話に巻き込むんじゃないと思うかもしれない。

でも、僕が君を気にかける訳はそれだけじゃないよ。

もうそれだけじゃなくなったんだ」

 

「……!」

 

「君と接して思った。君の助けになりたい、と」

 

「靱君は立派な子供だよ。

その歳で世間の目を跳ね除けて気丈に振る舞い、小さくも大人を演じることができる。

けれどもそれは……痛々しく思えてしまう。

そうして自分を騙していなければ、今にも折れてしまうのだと思えてならない」

 

「………」

 

「いいかい。靱君。

苦しみを押し殺し、平気なフリを続けていてもいつかは、限界が来て倒れてしまう。

何もかも一人で抱えずに、誰かに頼っていいんだ。

今まで君の周りには縋れる人間がいなかったのかもしれないけど、少なくとも僕は、いつまでも君の味方であり続けられる」

 

 

 大きな手が、差し伸べられる。

 

 

「僕はつまらない人間だよ。

君の言うとおり赤の他人で、君のお父さんのように偉大な人間じゃない。

けれどそれでも、君の力になりたいと思う気持ちは本物だ。

君にまた、昔のように笑って欲しいと思うんだ。

だからね……」

 

「今更虫の良い話だ。

エゴだとも……どう思ってくれても構わない」

 

 

 

「それでもどうか……僕に君を、助けさせてくれないかい?」

 

 

 

「………っ!!」

 

 

 衝撃。乾いた口内を強く意識する。

 

 ……本当は、最初から気付いていた。

 彼からはずっと、“悪意”が感じられなかったから。

 多くの人が日常的に抱えているそれを全く感じられない人間が、打算や私欲の為にオレに近付くだろうか。

 

 手を掴む。

 久しく感じていない人肌の温かさに、いつの間にか目から涙が零れ落ち———

 

 

「…う………っ……!っ…………く……っ……」

 

 

 オレは声を殺して泣いた。

 決意も、意地も、何もかも放り捨てて泣きじゃくった。

 

 気が付けばオレは、抱きしめられていた。

 実に二年ぶりの信頼出来る温かみ。

 

 彼に心を開いたのは、この日からだった。

 

 

 

 

 




すごい今更ですが、これニーゴ知らない人だと読んでも色々分からないんじゃないかと気付きました。
まぁこんな小説を読んで下さる皆さんは恐らく知っていると思うので気にする必要はないのかなと思ってます
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