他学年の詳細は知らないが、今年度の1年クラスはどこがAクラスで卒業してもおかしくないと思っている。
無論同学年でも全員を把握している訳ではないが――少なくとも、各クラスの
Aクラスの有栖、Bクラスの一之瀬さん、Cクラスの翔。
Aクラスは頭が不在だから除外するとして、Bクラスの一之瀬さんは過ごした期間がまだ短いのにも関わらず、結束力の強さを見せている。
そして、Cクラス――。一見クラスが試験を放棄し、離反した伊吹さんと金田くんだけが島に残っているように見える。だが、人数が少ないからと言ってマークを外して良い理由にはならない。
千秋と2人でベースキャンプへ戻ると、火事騒ぎでクラスは騒然としていた。
平田くんの表情には生気が通っておらず、Dクラスの面々は次々に起こる事件に対して動揺している。
強く降り始めた雨の中、堀北さんが重い足取りで森へ入る。体調が悪いのだろうか。大した距離を歩いていないのに肩で息をしている。
「どういうつもり?」
振り返りもせず、小さな雨音を突き抜け伊吹さんの声が聞こえてきた。
大丈夫、私は2人に気付かれていない。確信を持ち、2人の後ろでじっと身を潜める。
「追ってきてるのは気付いてる。出てきたら?」
「いつから気付いてたの?」
「最初から」
堀北さんが物陰から現れる。伊吹さんは堀北さんを目で捉え、静かに会話を始めた。
「それで私を追ってきた理由は?」
「直接言われなければ分からないのかしら」
「わからないな」
暫く2人の問答が続く。
「少なくとも私を追ってきた理由をあんたの口から説明受けたいな」
「下着が盗まれた件や火事の騒ぎ。Dクラスは災難続きだわ」
それから堀北さんは、一連の事件の犯人が伊吹さんであるだろう理由を羅列する。
どうにかして証言を取りたいのだろうが、些かストレートすぎる。駆け引きになっていない。
堀北さんの体調は悪化の一途を辿っている。後ろから様子を見ているだけでも分かる。
そんなのはお構いなしに伊吹さんが更に深い森の中へ足を進める。堀北さんも必死に追うが、もう限界は近いだろう。
1枚のハンカチがくくりつけられた木を視認すると、立ち止まった。
「どこまで追ってくんだよ。いい加減にしてくれない?」
「私から盗んだものをあなたから取り返すまでよ」
「落ち着いて考えてみて貰えない?もし私がキーカードを盗んだんだとしたら、いつまでもそんな危ないものを持ってるわけないだろ。そんなところを誰かに見られたら即失格。私自身ポイントを失うだけじゃすまなくなるんだけど?」
堀北さんは一度もキーカードとは口にしていない。彼女もその点を追及しようとするが、伊吹さんは余裕を崩さない。
このままでは埒が明かないと思ったのか、堀北さんの口から初めて『力ずくで調べる』と言う暴力を匂わすワードが飛び出た。
それに対し、伊吹さんは素直に鞄を差し出す。確認しようと堀北さんが手を伸ばした、その瞬間――。鋭い蹴りが堀北さんの顔面に向け放たれる。間一髪で避けたが、満身創痍だ。
なし崩しに始まった2人の熱いキャットファイトをどこか冷めた目で見ていた。
つまらない。
どんな高度な駆け引きをするのかとついて来れば暴力。
伊吹さんも伊吹さんだ。圧倒的有利な状況にいるのだから、堀北さんに対して何か条件でも突き付けて目一杯利用できるチャンスなのに。
彼女のやることと言えば、判断力を失って肉体的にも弱っている相手を痛め付けるだけ。目の前のことしか考えていない。
全くつまらない。
堀北さんにマウントポジションを取っているため、伊吹さんの周囲への注意は大きく逸れている。背後に周り、彼女が攻撃を繰り出すタイミングでポケットの中から素早くキーカードを抜き取った。
「――キス魔…!」
「……そのあだ名で呼ぶのやめてくれないかな~、伊吹さん。弱った相手いじめてたのしい~?」
「…いつからいた?」
「最初からだよ~。堀北さんには気づいてたけどわたしには気づかなかったんだ?わたしの隠密スキルも捨てたものじゃないね~…っと!いきなり危ないよ~」
「…チッ」
突如繰り出された伊吹さんの鋭い回し蹴りを避ける。当たったら痛そう。
堀北さんはさっきの伊吹さんの攻撃で意識を失っている。と言うか、最悪のコンディションでここまで意識を保てたこと自体伊吹さんの予想外だっただろう。
だからこそ
「ね、伊吹さん。うまくDクラスに潜入したのにラストがこれってどうなんだろうね~」
「…知るか!さっさとキーカード返せ!」
「いや、元はわたしたちのものなんだけどな~…」
話している間にも伊吹さんの暴力は止まることを知らない。
先程の堀北さんとの戦いを見ても分かる通り、伊吹さんは相当喧嘩慣れしていて強い。
男子に混ざってCクラスの武闘派筆頭に数えられるだけの力はある。
でも。
「……ハァ…っ、何で当たらないのよ…!」
「わたしはかわすので精一杯だよ~」
「…っ、…あんたまだ余裕あるだろ!」
「そんなことないって~」
自然の森という不安定なフィールド上においては私の方が動ける。
平らな地面の上で動くのと、木の根の張るぬかるんだ土の上で動くのでは勝手が違う。いくら運動能力が高くとも、慣れていなければ難しい。
それに私は攻撃を
「クラス間勝負って頭ではわかってるんだけど、わたし結構怒ってるんだよね~。けーちゃんと堀北さんを傷つけたこと。自分でもびっくりだよ~」
「軽井沢はともかく、堀北とは仲良くないでしょ」
「堀北さんはわたしのお気に入りだから~。かわいくておもしろい子は贔屓したくなるんだよね~」
「……っ、いいから、
当然ながら、攻撃は仕掛ける側の方が疲弊する。私の前に戦った堀北さんの分、大雨、慣れない森の中。着実にダメージは蓄積している。
これくらいでいっか。
「いいよ~。ハイ」
「―――は?」
伊吹さんにDクラスのキーカードを投げる。戸惑いながらもしっかりと受け取る。
「………何が目的」
「別に~?元々ここに来たのは私怨で、これ以上
「…私がおまえのことをクラスに伝えない保障は無い」
「強制はしないよ~?」
人は対価なくして与えられる利を疑う性質がある。彼女の落ち着かない様子からしても大体従いそうな気がする。
別に伝えられたところでこっちは手を出していないから不都合はないが。
「…わかった。キーカードはこのハンカチと共に木の枝に結びつけておくから、今から30分後以降に回収しに来い」
略奪・暴力行為は禁止。CクラスもDクラスからキーカードを強奪したという事実は出来る限り揉み消したいのだろう。
「は~い。…んん、意識ない人って重いな……じゃあね~」
意識のない堀北さんの上体を起こし、何とか腕を私の肩に回させて引き摺るように歩く。
伊吹さんももう私が何もしないと確信したのか、背を向けて地面を掘り出した。
彼女は駒の1つに過ぎない。手足にはなれるが、頭にはなれない。Cクラスの頭――凡そ翔に連絡を取るのだろう。
…Cクラスの大半がリタイアして以降、翔は無人島でガチのサバイバルをしてたってことか。物凄い精神力と忍耐力。
トップ自ら身を粉にして働き、苦労をしたとなればCクラスの人たちは翔に従わざるを得ない。うーん人心掌握が上手い。暴力は嫌いだけど、私も見習うところはありそうだ。