幻の夢を追いかける花 作:或る記憶
小金井斗真@Toma_HorseMan
昔、尊敬する相手である父へインタビューしたデータが出てきました……!
最近は競走馬をモチーフにしたゲームの人気から声を掛けて貰う事も多く、有り難い毎日です。
アセビボタンの所を少しだけ!
※無断転載や、悪意ある使用等はしないようにお願いしますね!
騎手としての思い出?そうだなぁ。……やっぱり、あの馬だろうね。
アセビボタン。俺の心に刺さって抜けない思い出であり、唯一の心残り。
あぁ、心残りっていうのは悪い意味では無くてね。あの日、落馬なんてしなければもっとアセビの夢を見れていただろうなという、俺の我儘なんだよ。
……有難う、確かにそうだ。今は俺の我儘を任せられる相手がいるからね。
話を戻そうか。俺とアセビボタンの出会いは偶然で、偶々高垣さんと知り合いだったってだけなんだ。
騎手となってからずっと、良い言い方で鳴かず飛ばず、本来の意味なら俺は勝てない技術不足の人間だった。
そんな私が任されたのが、あのアセビ冠の祖だった。
最初は可愛い馬、という印象だったかな。牝馬だし、名前も相まって綺麗な馬だと思った。まぁ、その実力は可愛く無かったのだけど。
まるで、夢みたいな時間だった。あの子から、勝負を教わったと言っても良い。あの子と出会う為に騎手になったと言っても良い。まるで、初恋の様だった。
美しく生まれ、強く走り、慈しむ母。
本当なら、アセビの馬にもっと乗っていたかった。共に、走りたかった。あの日、あの時、着地の方法を間違えなければと何度も夢に見る。
まぁ、過ぎた事を気にし過ぎては駄目だね。着地を間違えはしたけど、俺の命は残ってる。馬も無事だった。それで良いさ。
……そうだね。次の大きな休みにでも牧場に行こう。こう見えても、俺はあの牧場の常連なんだ。
これかい?これはね、"君も無事に"って円谷さんから貰ったものなんだ。もうほつれてボロボロだけど、よく見たら円谷って読めるだろ?
それ、やるよ。お守りにしとけ。
良いか、忘れるな。俺の背を目指すなら、怪我にだけは気を付けろ。そうして、いつか訪れる夢と共に走り、夢を見せる側になれ。
お前にも、俺でいうアセビボタンになる子ときっと巡り会う。
なんたって、小金井近江の息子なんだからな!はっはっは!!
騎手になったきっかけは、端的に言えば、父の影響ですね。
私の父は小金井近江と言って、あのアセビボタンに騎乗していたジョッキーで、私はその父の背中に憧れて騎手を志ました。
反対はされましたね。特に母や、兄妹から。なんたって、愛する父が、尊敬する父が、1度は川を渡りかけたのですから。
それでも私は、騎手になりたかった。他の競馬に関わる形では無く、騎手として。アセビの背に乗って、父の言っていた夢を見てみたかった。旅をしてみたかった。
騎手になるのには私は他の方より時間が掛かりました。緊張して面接が上手く出来なかったり、思う様に身体を動かせなかったりと、競馬学校自体をギリギリで合格して、ギリギリで卒業した。
最初は声を掛けて貰える事も無く、馬を掲示板に入れる事すら出来なくて。
正直、辞めようと思いました。私が父の背を追う事自体が間違いだったのだと。良い事と形容するのは間違いですが、先程の通り家族の殆どには反対されてましたから、実家に戻る事も苦しい選択では無かった。
私の人生が変わったのは、あのアセビの馬に乗る事が決まった時です。
アセビツバキ、私が憧れ父が夢を見たというアセビの名を持つ牝馬。本来なら別のジョッキーへ騎乗依頼をされていたのが、悉く予定が埋まっていて言ってしまえば陣営にとってハズレ籤を引かされた様なもの。
絶対に負けられないと思うと同時に、実力で選ばれ無かった悔しさと、プレッシャーで本当に私で良いのかと三日三晩考えて、ツバキで結果が出せなかったら、それは本当に向いて無い仕事だったのだと辞める決心をしました。
結果、アセビツバキと走った6年間は私にとって、かけがえの無い、正に夢の様な時間になりました。
クラシックは1冠も取る事無く終わってしまい、顔向けできなかった。でも、海を渡った先で漸く冠を手にする事ができた。
そのお陰で、私は今ここにいます。こうして、インタビューを受ける事ができています。
本当に、ツバキには脚を向ける事ができませんね。
馬雑誌@Horse_Book
馬雑誌1月号の特別インタビューは、先日アセビコウロ号の重賞初勝利を上げた小金井斗真ジョッキー。
勝利インタビューの他、あの名牝についてもたっぷり5ページに渡ってインタビューをさせて頂きました!
是非、ご覧下さい!